流行病
文明が2度滅んだ後に生まれた人類は、比較的穏やかであった。しかし、先人たちが地球に対して行った、森林伐採、水質汚染そして核戦争などの残虐な行為への罰を、彼らは償いつづけている。彼らが地球に生まれ、言葉を有するようになる頃には痩せこけ何も育つことのない大地と、未知の化学物質で汚染された水だけしか残っておらず、ただ以前の変わらないのは煌々と照りつける太陽だけだった。
だが、生物というのは不思議なもので、その環境に適応して進化していくのだ。彼らも例外ではなかった。作物が育たないのなら、あまり食糧をとらずとも死なないように、水が汚れているのなら、汚れを分解できるようにと言った具合に地球に合わせて姿を変えた。
彼らは前の人類と同じように強い知的好奇心を持っていたが、それ以上に慈愛に満ちていたいたので、争いを起こすことなく、これまでの文明よりもはるかに速いスピードで、生活を豊かにしていった。そして、遂に自分以前の生態系について関心を抱くようになった。
風が冷たく、皆がクローゼットにしまってあったコートに腕を通した、冬の日のことだった。ある若者がそれを発見した。小汚く、茶色い体毛が生えているそれは、先人たちがペットとして飼育していた犬という生き物であることが、権威のある研究者から発表された。その発表は瞬く間に世間に広がり、ますます発掘作業と研究への熱が高まった。
そして今度は、水分が全て蒸発させられそうな、猛暑日のことだった。研究者が一人倒れ、病院へ搬送された。医者や看護師は皆、暑さによる体調不良だと予想していたが、結果は予想を簡単に覆した。原因不明だったのである。今までに見たことのない症状に、研究熱心な者達が急いで、原因を追究しようと昼夜を問わず室に篭り続け、1つの結論に至った。それもまた、権威のある研究者から伝えられた。
「今回の騒動の原因は、おそらく古代のウィルスによるものでしょう。我々はそれに対して免疫を持っていないため、罹ってしまった場合には、皆命を落としてしまうかも知れない。私たちも、ワクチンを作ることに尽力するので、安心して欲しい」
彼の言葉は、混乱をおさめるには至らず、その日から人類は未知のウィルスに対する絶望と、好奇心で生態系を観察したことへの後悔に蝕まれはじめた。そうして、時間を重ねていくうちに、彼らは完全に冒され、お互いを罵り、傷つけ合うようになっていった。荒廃した世界への希望は消え、常に暴力で人を支配するようになった人類は徐々に、数を減らしていき、遂に研究に打ち込んでいた者しか残っていなかった。
ワクチンができたことを喜んで、伝えようとしたものが見た世界は誰もいない、静かな世界だった。彼らはみな、自分たちがもっと早く、薬を開発していればこのようなことにはならなかった、生態系に関心を抱かなければこうはならなかった。そう思い、悲しみに打ちひしがれ、一定の期間を過ぎるとそれは、他者への怒りに変わっていった。
そして、室の外にいた人間と同じような道を歩んでいった研究者達は遂に1人だけになった。3日も経たぬうちに、彼は孤独と静寂に耐えられずに、自ら仲間の後を追った。
この件でウィルスで命を絶たれたものは、最初に罹った1人だけであった。結局、脅威であったウィルスも環境に耐えきれず、1人の命を奪ったあと、その亡骸と一緒にこの世を去った。しかし、人類は古代のウィルスに打ち勝った事も知らず、憎悪、憤怒という感情に、心を蝕まれついには、命さえも空費してしまったのだ。
何もかもがいなくなった地球は、今も変わらず回り続けている。今日も、明日も、明後日も。
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