たぶんせかいでいちばん残酷なであいとわかれ

 せかいの、ほんの一部分、十二枚入りビスケットのうちの、一枚の、たぶん、ほんとうにひと欠片みたいな、この町に、しろくまの群れは、ときどき、きまぐれにあらわれて、ぼくらの町に、なじんでゆく。
 暮らしているのだ。
 やすらかに、おだやかに、生活をしていて、ある日とつぜん、いなくなる。まるで、けむりや、ゆうれいの類いだったのでは、と思うくらい、一瞬にして、こつぜんと、きえてしまう。だから、彼らには、恋をしては、いけないのだが、ぼくは、ある冬にあらわれた、しろくまの群れのなかの、ひとりを、好きになって、それで、好きだと告げるまもなく、うしなった。パンをつくるのがうまい、しろくまだった。とくに、クロワッサン。パンやさんをはじめればと言ったら、たのしそうに笑ってた。やさしさと、あたたかさが同居している表情を、つねにたたえていた。好きだった。いや、いまでも、好きで、好きで、忘れられないしろくまと、なった。しろくまの群れは、相変わらず、ときどき、きまぐれに、あらわれるけれど、彼以外のしろくまは、ただのしろくまで、とくべつなしろくまは、彼しかいなかった。
 砂糖菓子の花が、咲いている。
 年に一度だけ降る銀色の星が、山に落ちてゆく。一瞬、まばゆい閃光をはなって。
 しろくまの群れは、だいたい、おとなしいのだけれど、たまに、にんげんと、もめる個体も、いる。にんげんどうしだって、日々、なにかしらのいさかいをおこしているのだから、しろくまと、相容れないものが浮き彫りになっても、おかしくはない。ぼくは、そう思っていたのだけれど、ぼくが好きだった、しろくまは、あらそいを好まず、にんげんも、しろくまも、みんななかよくしてほしいと願っていた。そういう甘っちょろいところも、やっぱり好きで、ぼくは、いまでもちゃんと、うつりかわりゆくしろくまの群れと、なかよくやっている。お別れのときに、さびしくない程度の、距離感で。なんせ、しろくまの群れはなんの前触れもなく、とつぜん、いなくなるものだから。
(きみのつくったクロワッサンの、あの、サクッとする食感が、いまでも恋しいよ)

たぶんせかいでいちばん残酷なであいとわかれ

たぶんせかいでいちばん残酷なであいとわかれ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-22

CC BY-NC-ND
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