矮 蓮子

「矮 蓮子(ひくい れんこ)です。よろしくお願いします」
後ろに細長い木刀を入れるような袋を背負った少女、矮 蓮子が小さくお辞儀をする。
教室中がざわめく中、蓮子は内心で舌打ちしていた。
(交換条件とはいえ、まさかこんなことになるなんて・・・)
「そんじゃ質問したい奴は手をあげろ。言わなくてもわかってると思うがセクハラ質問はあたしのをぶっ放すぞ」
「はーい。スリーサイズはぶっ!」
スカーン!
一人の男子生徒が軽い調子で質問を言いきる前に仰け反る。注意を言った巨乳メガネ美女の担任が呆れたようにため息をつく。
「言ったよな、流(りゅう)」
「はーい、すみませーん」
先生の言葉に満たされたような表情で返事をして流と呼ばれた男子は席に戻った。
(な、なんなんだ)
自分が引き攣った表情になっていることを自覚しながら蓮子が黙っていると、担任が空いている席を指さす。
「とりあえずそこに座っといて」
「はい」
蓮子がその席に座ると、隣の席に座っていたイケメンがこっちを向いてくる。
「はじめまして、矮さん、でいいかな?」
「かまいませんけど」
いきなり名前で読んできたらどん引きだから当たり前だ。
そのまま少しの間向かい合っていたが、イケメン男子はそのまま少し困惑した表情を浮かべ、視線を泳がせる。
「え、えっと・・・」
「なんですか?」
冷静に問う蓮子にイケメン男子はそのまま苦笑いをして目をそらした。
(・・・なんだってんだ?)
少し不快な違和感(・・・)を感じたが、こいつ何か使ったのか?そう思って冷たい目でイケメン男子を眺める。
「矮さん」
「ン、何?」
前の席に座った女子がにこにこと笑いながらこちらに話しかけてくる。
「ごめんね、この人可愛い人には見境ないのよ」
「おいおい相良ちゃんそんなこと言うなよー」
困った表情を崩してイケメン男子が話しかけてきた女子に絡む。
(なんだ、こいつら)
ただ仲が良いクラスメイトのように映る男女だが、蓮子にはそのように映らない。
「えーと、入学案内読んでるから矮も知ってると思うが、うちの学校の一番の特徴だからもう一度皆に伝えとく。うちは成績などのほかにポイント制度というものを扱ってる」
(あの話か)
担任の話にここに派遣(というより強制)で来たときに説明されて自分の中で何かが沸き立つのを感じ、それを契約主から見透かされたように笑われたことを思い出し、思わず顔をしかめる。
「ポイントは主にテストの合計点が徐々に加算されていくが、それ以外に体育祭や文化祭でのボーナスポイントや、先生の出した課題をこなしてもプラスできる」
(でも、それだけじゃないんだよな)
事前に説明を聞いておいた蓮子は静かにため息をつく。
「また、このポイントは日々の生活に必要となる。食事にしろ風呂にしろ、だ。ポイントが最低まで落ち込んだものは慈善措置が取られる。まあ精進料理とシャワーみたいな状態になるからお勧めはしないがな」
その言葉にクラスに忍び笑いが起きる。
「そしてそれを一気に回復する方法として、決闘制度も認められている。これは担任と学年主任から許可がもらえればできる。決闘方法はお互いの話し合いで傷つけあわなければ何でもいいからな。仮に喧嘩だとしても言ってもらえればできるようになってるから安心しろ」
(仮想(バーチ)空間(ャルリ)作成(アライザ)装置、か)
この世界の何十か所に大規模な装置があるほかに小規模なものをこの学校にとある人物が寄贈したらしいその装置で、その関係者が時折メンテナンスにきているらしい。
あとはその他注意事項をいくつか話すと、担任は教室を去ろうとした。蓮子はその教室を出た直後に話しかけるためにすぐに席を立つ。
「先生、いくつか聞きたいことが」
「ん?なんだ」
言っている言葉と雰囲気がまるで一致しない感じがしたが、今はどうだっていい。
「あの隣の無駄イケメン、さっさと離れたいのですけど」
そう言うと、担任は少しだけ眉を吊り上げ、こちらの瞳を覗き込んでくる。
「ほお、そういうことか」
ほんの少し嬉しそうに笑う。
「そういうやつならむしろあいつの隣にいてほしいが」
「冗談言わないでください。1週間も隣にいたら私はあいつの頭を吹き飛ばしますよ」
蓮子の言葉に担任はハハハ、と小さく声を出して笑う。
「なるほどな。あいつが気に入るわけだ」
そう言って担任は向きを変える。
「安心しろ、今日席替えをする予定だ。お前があいつの近くにならないよう方法を取っておくよ」
「よろしくお願いします」
「それで?もう一つありそうだが」
「・・・・今はやめておきます」
そう言うとにやりと笑って担任は思い出したように言う。
「そう言えば名前を教えてなかったな。緋千裕子(ひせんゆうこ)だ。よろしく頼むぞ」
「はい、裕子先生」
裕子先生はそのまま去って行った。

初日の午前中の授業は特に何事もなく過ごせた。授業の間の休み時間に隣の男と前の席の女子がどちらか必ず一方教室の外へと出て行っていたのは少し気にはなったが興味もわかなかった。
(何か企んでるのか?)
面倒くさいと感じながら右手首につけた無機質な腕輪を眺める。
(これが学生証兼仮想現実発生装置のキーだっけ?これも面倒なんだよな・・・)
小さくため息をつくと、4限目の終了の鐘が鳴った。これから1時間ほどは時間があるのでどこか適当に人目の付かないところで時間をつぶそうと立ち上がると斜め後ろから小さく息をのむ音が聞こえた。
「・・・なに?」
振り向きながら聞くと、そこにいたあからさまに気の弱そうな、そして清純そうな女子がおどおどとこちらを見る。
「あ、あの・・・・よかったら、一緒にご飯、食べないかな、って」
「んー・・・」
悩むふりをしながら周囲の様子と本人の態度をつぶさに観察する。隣の席の男子も予想外らしくこちらを向いた姿勢で固まっているし、こちらにそこまで意識を向けてくる人間もほとんどいない。誘ってきた本人に違和感はないが。
「わかった。いいわ」
数瞬悩んだ末に答えを返す。この学校でこういうアプローチを無視すると後々面倒なことになるというアドバイスに従っただけだが、その少女は嬉しそうに表情を明るくする。
「じゃ、じゃあ中庭に行かない?」
その言葉を無下にする理由もないので蓮子は承諾し、自分の弁当を持って教室を出て行った。

「あのね、私叉音悠里(またねゆうり)っていうの、よろしくね、矮さん」
「よろしく」
互いに微笑みながら中庭のベンチの一つで自己紹介する悠里に視線を向けながら蓮子は今後の予定について考えていた。
(これからについては後程ってしか言われてないしなあ)
考えながらビニールパックに詰めたゼリーを付属のストローで吸っていると、こちらを見ている悠里の視線が険しいものになっていることに気付いた。
「矮さん」
「なに?」
視線の先が持っているゼリーを見ていることに気がつき、軽く振って見せる。
「これがなにか?」
「それが昼食なの?」
口調も若干厳しいものになっていて、蓮子は少し意外に思った。第一印象の気弱そうなイメージを少し改めながら小さく頷く。
「私ね、ちゃんとした食事を取らないと、健康に良くないと思うんだ」
「まあ、普通そうよね」
自分には関係ない、というニュアンスを込めて答えたのだが、悠里は表情を変えるどころか更に厳しいものになる。
「お弁当とか作ってもらったりとかしないの?もしくは自分で作ったりとか」
「必要なものは取れてるから良いじゃない」
キョトンとした表情で答えると、悠里は数秒何かを考えたかと思うと、急に気まずそうな表情になる。
「あ、その。ごめんね、なんだか立ち入ったこと聞いちゃったみたいで」
「別にかまわないわよ」
というか何を想像したのか分からない。
「やあ、こんなところにいたのか。転校初日から友人ができたのなら心配する必要はなかったかな」
知っている声に蓮子は即座に声のした方を振り向く。そこにはのんびりとした表情で笑いかけてきている平凡な青年がいた。
「あれ、纏さん。お知り合いなんですか?」
「うん、彼女は古い幼馴染みたいなものだよ。頼まれて今は僕の家に居候してるんだ。だよね?」
「・・・・・そうですね」
渋々ながら頷くと、悠里は納得がいったとばかりに頷き、咎めるように纏を見る。
「ならなんで彼女の食事が」
「僕が一人暮らしなのは知っているだろ?それに僕に二人分の弁当を用意するような甲斐性があると思うかい?自分の分ですらこんななのに」
そう言いながら購買のホットドッグを見せる。
「そうですね。それは仕方ありませんよね・・・・って、なら昨日の残りとかでもいいじゃないですか」
ばれたか、と悪戯っぽく笑う纏と談笑する悠里に対応に困った蓮子はゼリーを吸う。
「とまあそんな感じでね」
「わかりました。それでは歓迎パーティーの準備は任せてください」
「うん、ありがとう」
いつの間にか会話が終わり、蓮子が気がついたときには既に何かの計画が立てられたようだった。

 そのまま放課後までは何事もなく進み、6時限が終わったあと、すぐに帰ろうと立ち上がると隣の男子と後ろの相良と呼ばれていた女子がさりげなく道を塞ぐ様に寄ってきた。
「ねえ矮さん。この後お茶しない?」
相良さんが話しかけてくるが、蓮子としては面倒なことこの上ない。
「・・・・あの」
「矮さん」
死角から話しかけられ思わず身構えながら振り返ると、悠里が困ったように眉を寄せながらこちらを見ていた。
「あ、あの・・・纏先輩から、今日はまっすぐ帰ってくるように、って」
「そう、じゃあそういうことで帰らせてもらうわ」
道を塞ぐ二人にそう言うと、二人は少し渋るような素振りを見せたが、諦めたように道を開けた。
「ありがとうね」
教室を出て二人で並んで歩きながら蓮子が言うと、悠里はキョトンとした後はにかんだように微笑んだ。
「ううん。ほんとは真っ先に話しかけるつもりだったの先越されちゃったの」
「それは仕方ないわよ。あいつら二人がかりで来たし、そうするだけの何かがあるんでしょ?」
当然自分ではなく、この未知の転校生、という条件で。
「うん、まあね。仮想空間作成装置は知ってるでしょ?」
「もちろん」
というか知らないで入学するほうが難しい気がする位だ。
「あれを使って世界対抗の大会があるのは?」
「それは初耳ね」
「で、その種目の中で単独生存戦争、団体戦、領土戦争があるの。それに使える人かどうか」
「あとは使えるならあわよくば自分のチームに、でしょ?」
「・・・・・うん」
驚いたようにこちらを見る悠里を蓮子は内心小さくため息をつきながら目をそらす。
「で、どうせあの陰険先輩の行動はその前に自分のチームに、ってことでしょ」
「あはは・・・そこまでわかっちゃうんだ」
もはや苦笑いをしながら悠里は困ったようにため息をつく。
「先輩のあの性格直してほしいんだけどなー」
「無理でしょ」
そんなことを言い合いながら昇降口を出た。
「ところでどこに向かってるの?」
「矮さんの住んでる家だよ。そこでかんげ・・・げふんげふん」
「無理にごまかさなくてもいいわよ。もうわかってるから」
え、そうなんだ、といった感じ丸出しの表情になり、悠里は困ったように笑う。
「ごめんね、私嘘がつけないの」
「そうだと思ったわ」
「じゃあごまかさずに歓迎パーティーのケーキ買いにいこっか」
「そう、歓迎パーティーなのね」
「え・・・あっ、騙したの!?」
キョトンとした後驚いたように悠里が大声を出す。
「失礼ね、騙したんじゃなくてカマをかけたのよ」
「おんなじじゃない」
頬を膨らませる悠里がかわいらしく思わず蓮子は頬を緩める。
「ごめんね。それじゃあケーキを買いに行こうか」
「・・・もう」
なんだかんだいってこの子は優しく正直な子らしい。仕方ないなとばかりに大きくため息をついて悠里はケーキ屋へと蓮子を連れて行った。
「おかえり」
「・・・・た、ただいま」
にっこりとした笑顔で出迎えた纏にまだ慣れていない挨拶を返す。
「ここに来る前はいつもやってた挨拶なのにね」
苦笑しながら言う纏の言葉に顔をしかめた。
「その話は持ち出さない約束でしょ?」
「まあまあ、ちょっとしたお小言だと思って流してくれればいいさ」
相変わらずの人を食ったような笑顔で言い、キッチンから山盛りのパスタを2皿持ってきた纏は悠里に目配せをして悠里は持ってきたケーキを見せる。
「纏先輩はミルクレープでしたよね。たまたま売ってたのでそれにしておきました」
「おおーありがたい。テンション上がるなあ」
本当に嬉しそうに笑いながら今度は幾つかソースの入った深皿とお玉の乗ったトレーを持って纏は二人に席に着くように言う。
「じゃあ好きなソースをかけて食べて。悪いね、僕こういうのしか用意できないから」
申し訳なさそうに笑いながらパスタを取って緑色のソースをかけて椅子に座る。
「このソースはどうしたんですか?」
「ん?今ちょちょいと作っただけだよ。前から作っておいたやつもあるけどね」
苦笑いをしながら白っぽい小さな塊がいくつも浮いた透けた茶色のソースを指す。
「これなんかは個人の好みによるからおすすめはしないんだけど」
「これは何のソースなんですか?」
悠里が聞くと、纏はにやっと笑う。
「黒酢をベースにした玉ねぎソースだよ」
その言葉に悠里は目を丸くした。
「パスタにしてはものすごくすっきりした味わいになるんだよ」
・・・ほんとはサラダ用なんだけど、と付け加えながら緑のソースをかけたパスタを食べ始める。
「ほら、早く食べないとパスタが固まっちゃうよ」
「纏先輩、じゃあそのソースは?」
「ん?バジルをメインにした緑色野菜ソースだよ。ほうれん草とか入れてるからちょっと独特だけど美味しいよ」
「そ、そうですか」
悠里は顔を引きつらせながら頷き、二つある赤っぽいソースのうち少し具が大きめのを選んでパスタにかけた。
「ああ、それはシーチキンをいれたトマトソースだね。この中では一番意外性はないけど安定的に美味しいよ」
にこやかに笑いながら纏は皆の手を出すソースを一つ一つ説明しながら夕食を進めていった。

矮 蓮子

矮 蓮子

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-28

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