かたり

鉄橋

 これから書く話は私が数年前に亡くなった叔父の葬儀で出会った或る男から聞いた話をもとにしていることを先に記しておく。もとにしている、というのもその当時の得た記憶が不確かな状態でしかない為私が勝手に話を改竄しているもしれないからだ。もっとも語るということは騙るということに他ならず語った時点でそれは騙りなのだが。
 蘭帯町というとどこなのか地理に明るくない私は知りもしないし今は市町村合併でなくなってしまったらしく詳しい場所は今となっては分からないが凡そ関東のあたりにそういった名前の町があったらしい。
 その花の名を冠する町の季節は晩秋から初冬へ移り変わろうとしていた。独り身の男には厳しい季節であった。男は数年前からの精神の病に悩ませられており毎日十錠程の薬を欠かさず服用していた。
 ある夜、男が風呂からあがると蚊や虻に刺されたのか菌に感染したのか不意に首が痒くなってきた。男は上気した薄黒い肌に切るのを怠った二枚爪をたてて引っ掻いた。何度引っ掻き何度掻き毟っても痒みは治らず赤くなった肌を突き破って血が滴る。滴った血は畳の上へ埃に絡めとられ磨り硝子からの灯りを浴びててらてらと光る。男は痛みを忘れて掻き続けたがあまりの苦しみにいっそ酒を飲んで寝てしまおうと考えた。そして狂ったように酒を呷り斃れたように眠ったのであった。赤く染まった爪垢を晒しながら。
 男の意識が次に覚醒したとき首は繋がっていなかった。これは男が死んでいた、ということを意味している訳ではなくただ男の頭と胴体とがスッパリ離れ離れになってしまっていたということだ。

(暗褐色に固まった血がこびりついた畳の上に胡座で坐す胴体とそれと対峙する頭。時刻は丁度丑三つ時といったところだろうか。半月のらんらんとした灯りが両者の薄暗い肌の表面を照らしている。)
頭 これはどういうことか、奇妙にもおらの首から下の胴体だけが血の一しずくと垂らさずに坐しているでねえが。
胴体 お前はなにもわかっていない、いつもそうだ。お前があまりに首をかきすぎるからそのまま引き裂けてしまったのだ。
頭 馬鹿やろう、そんなことがあるもの。それにだいたい、何故頭から離れたお前が意思を持って一人で話すことができている。
胴体 そらあ肉体にも意思は宿るもんだ。お前が知らないだけでおらはいつもお前の意思を監視して本当にまずい時にだけ出てきているのだ。
頭 それじゃあなんだ、今はまずい時だってのか。確かに頭と胴体が分かれてしまっては一大事かもしれんが。
胴体 まずい時もなにもお前は死んだんだ。尋常じゃない傷を自分で負って酒をあんなに呷るなら出血多量だ。
頭 それで畳がこんなに赤いのか。しっかし驚いた。頭だけになったかと思えば死んだとはなあ。
胴体 そしてお前は滅ぶ、一つの細胞のように。

頭の意識は次第に朦朧となり再度目を覚ました時男の首に痒みはなくなっており胴体とも繋がっていた。そればかりか首にも傷はなかったと言う。だが、その翌日その男は死んでしまった。一匹の虫から感染した病が死因らしい。
 勿論これは精神病患者の見た奇怪な幻覚かもしれないし死の直前に見た走馬灯の一種なのかも分からない。
 何故私が叔父の葬儀で出会った出自の分からぬ男からこんな話を聞くことになったのか今となっては思い出せないが、たった一つ書き忘れたことがあったのでここに書き足しておくと死んだ叔父は最後まで独り身でひどく精神病に悩ませられていたらしかった。
 
 

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