スイカ、メロン、キュウリ、ニラ、白熱灯、枕カバー、旅行したいカエル。
「高級リゾートに行きたい。高級ホテルに宿泊し、高級プールで泳ぎ、高級朝食を食いたい」と、カエル先生は朝の朝礼で言った。クラスメイトは僕以外全員インフルエンザによって休んでいた。だから教壇にはカエル先生、真ん中の席に僕1人だけが座り一対一での朝礼が始まっていた。朝礼から開始10秒後、カエル先生は己の欲望か儚い夢を語った。
「ここまでインフルエンザが横行しているのに何故、学級閉鎖をしないのですか?」
僕はカエル先生に言った。しかし、カエル先生は僕の質問を無視して語り続ける。
「おそらくだが、そのリゾートは全てが高級であるから、スイカ、メロン、キュウリ、ニラ、白熱灯、枕カバーまでもが一級品であるのは確実」
僕は「確かに一級品のスイカは美味いと思います。しかし、高級リゾートにスイカは合うのでしょうか?」とカエル先生の黄ばんだ襟を見ながら言った。
「何が言いたい?」
「つまりですね。高級リゾートにスイカは相応しいのでしょうか? 夏のコンビニエンスストアでも今は売られています。それなのに高級リゾートでイチイチ食う代物でしょうか?」
カエル先生は僕の発言を聞いて「うむむ。一理ある」と言った。
「しかし、メロンは高級だ。人によっては一年に一回食うか食わないかの奴もいるだろ。私はメロンが好きだ」
僕は残念そうな声で「メロンは高級であります。でも高級すぎると数は限られる筈です」と言った。
「何が言いたい?」
「つまりですね。この国の高級メロン作りの農家が高級メロンを一年で100個作るとします。高級ですからちょっとしか作れません。我が子のように常に手押し車の中にメロンを入れて愛情を注ぎますから……。するとです。すくすと育ったメロンの半分はお金持ちの方々に出荷されます。残った50個のメロンの半分は海外のセレブたちに出荷されます。次に残った25個のうち20個はお洒落なお店に出荷されます。お洒落志向な人たちは高額なメロンが好きなんです。それから残りは5個。そして5店舗のホテルに出荷されます。名門リゾート、危険リゾート、珍獣リゾート、原っぱリゾート、それから高級リゾートです。でもまた此処からもメロンは分けられます。なんせ575室ありますから。高級朝食にメロンを出すには少なくとも575等分しなければなりません。でも高級リゾートは家族連れ、カップルの宿泊客が多いので大体3倍で考えると1725等分しなければなりません。するとです。高級朝食に出てくるメロンはとても、とても、小さいでしょう。それを口に頬張っても味が濃いのか薄いのか、水っぽさだけを感じて甘いのかさえ分かりません。それを高級リゾートで食べても楽しくないですよ。直接農家から仕入れた方がいいです」
カエル先生は僕の発言を聞いて「うむむ。一理ある」と言った。
「だがキュウリはどうだ? キュウリはメロンと違って生産数量は多いはずだ。一本くらい、高級朝食で食える筈だ」
僕は答えた。
「高級朝食で、一本キュウリを食えたからと言ってそれは本当に高級と言えますか?」
カエル先生は僕の発言を聞いて「うむむ。一理ある」と言った。
「ではニラはどうだ? ニラはおひたし、レバニラ炒め、焼きそば、餃子の具とあらゆる分野の食で活躍する脇役。高級脇役とでも言える。」
僕は答えた。
「別にいいんじゃないですか?」
「うむ? 意外な発言だな。先生はまた否定されると思ったぞ」
「否定はしません。でもですね。僕自身、外食した際にニラを意識して食った事なんてないです。それを意識して食える事はカエル先生が高級思考とでも言えるでしょう。でもまあ。高級リゾートから帰って、職員の皆さんに高級ニラについて話しをしても高級感は中々伝わらないと思いますが」
カエル先生は僕の発言を聞いて「うむむ。一理ある」と言った。
「では食を辞めて他の高級感を考えよう」
「と言うのは?」
「おそらく、ホテル内の適当な箇所にも高級を貫いている筈だ。例えば職員しか使わない倉庫の照明にもな」
僕は答えた。
「残念ながらそれはあり得ないです。はっきりと断言できます」
「何故はっきりと断言できるのだ?」
僕はカエル先生の質問に対して質問で返答した。
「ではカエル先生にお聞きしますが、先生にとって高級白熱灯とはなんでしょうか?」
カエル先生は当たり前そうな顔で答えた。
「そりゃ、高級白熱灯なんだ。高級ガラス、高級フィラメント、高級ニッケル、高級ヒューズ、高級中心電極が使用されているに違いない」
「おっしゃる通り、カエル先生が言っているのは間違いではないです」
「それなら何故、不服そうな顔をする。私が言ったことは正しいだろうが。それにあのトーマス・エジソンが発明したんだ。まさに高級品だ」
僕は再びカエル先生の黄ばんだ襟をジッと見てから小さな声で「エジソンが発明してたと思っている哀れなカエルさん……」と言った後、声ぼボリュームを上げて「しかしそれで本当に高級と言えるのでしょうか?」と言った。
「なんだと」
「高級の素材で製作したと言っても所詮は消耗品。高級ゴミとなって高級的に破棄されるのがオチです。つまりですね。本当の高級とは永久に光り続ける白熱灯なのです。一度設置すると光る電球、一度設置すると永遠に映り続けるテレビ、一度設置すると永遠に回転するメリーゴーランド。それが真の高級製品というものだと思うんです」
カエル先生はすぐに口を開いて「君は永久機関の事を言っているのかね? それは考えるだけで時間の無駄だといわれる代物だ。猿でも分かる。それは低級の考え方だよ君」と言った。
「カエル先生が述べる通りです。しかし、そこまでの域を目指す事が高級リゾートではないでしょうか?」
僕の言葉にカエル先生は黙って考えた。僕は背中が痒かったので鉛筆でワシワシと掻いた。それでカエル先生は口を動かす。
「君の言っている事柄も一理ある、しかし、これについて話しを続けても平行線だな」
カエル先生の一言に僕は呟いた。
「これだからカエルさんは……」
カエル先生は白いチョークを持ってポキリと折りながら「なら、枕カバーはどうだ? 高級リゾートと言えば宿泊する部屋。部屋と言えば一日の疲れを癒すベッド。ベッドと言えば快適な睡眠をするための枕。枕と言えば素晴らしく肌触りの良いカバー。高級枕カバーと共にゴロゴロしたいものだ」
僕は答えた。
「僕もそう思います。ホテルの部屋でゴロゴロするのはとても素晴らしい事です。気持ちの良い祝福です。しかし……」
「しかし? まだ文句があるのかね」
カエル先生は不満そうな表情で言う。
「はい。1つだけ問題があるのです。余りの肌触りの気持ちよさに寝過ごしてしまい、周囲の観光やビーチ、プールに入る時間が減ってしまう可能性があります」
僕の発言にカエル先生は唸って言った。
「それは困るし、その失敗をする可能性は十分にあるな。半日をだらだらと過ごしてしまい、高級の一日が高級半減してしまう。それは高級リゾートに行く意味がなくなる」
カエル先生はそう言ってから黒い革の鞄からノートと教科書を取り出した。その光景に僕は唖然した。
「もしかしてですが? 授業をするんですか? 僕1人しかいないのに?」
「当たり前だろ。さっきから適当な事を私に言いやがって。私は国語の教師だが今日は宇宙の真理について話しまくるからな。小テストもしてやる。間違えたらテスラタワーに括り付けて1000万ボルトの電流をながしてやる」
カエル先生はそう言って理科室にある小型のテスラタワーの方を指さして言った。短い指で僕は笑っちゃたけど。
「カエル先生。質問していいですか?」
「なんだ」
「このインフルエンザの流行ってもしかしてカエル先生の仕業ですか?」
カエル先生は答えた。
「私の所為かどうかはしらんがインフルエンザ予防のために培養しまくったウイルスをこの前のテスト用紙に塗りつけて回したんだ。予防接種の針はみんな嫌だろ? うん? そしたら生徒が全滅した」
僕は疑念が困った声で聞いた。
「本音は?」
「高級リゾートに行きたかったから学級閉鎖に追い込もうと思ったんだ。私は」
それからカエル先生は僕をジロッと濁った大理石のような大きな目で僕を見てから言った。
「どうして君はウイルスが効かなかったんだ? 私が作成した新種のZZZ型だ」
「そんなの知りませんよ」
僕は答えた後に大きなくしゃみをした。それから「実は僕。カエルアレルギーなんです。早退して良いですか」とムズムズする鼻を抑えながら聞いた。
スイカ、メロン、キュウリ、ニラ、白熱灯、枕カバー、旅行したいカエル。