第9話-3

『繭の楯』『咎人の果実』の面々は、イ・ヴェンス、アニラ・サビオヴァ、ドヴォルの気配が消えたのを、脳波の消失で感じ取った。

「どうやら僕たちの方が数的に有利になっちゃったみたいですね」

 赤い巻げの少年、19歳のロベス・カビエデスがニコニコとメシア・クライストの不安げな顔を見ながら、しかし楽しげに言い放つ。

 イ・ヴェンスが最後に残した言葉。『繭の楯』全員の頭の中でその声が響いた。けれども全員が金縛りにあったかのように、その場を動くことができなかった。それを例えるのであれば、周囲に針山があるようなものだ。少しでも動いてしまえば、針はどこからでも飛んできて、自分たちが守らなければならないメシアを、救世主を殺傷してしまう。

 敵『咎人の果実』にはその力があるのだ。

メシアをまた抱え、茶色い鉄の皮膚を持ち、筋肉が大きく、眼が4つあるノーブラン人のボロア・クリーフは超高速で移動することも、60代の顔つきをしかめて考えた。

 その考えをしかし見透かされているかのように、白い光が一閃して、ボロアの鉄の頬を切った。光はそのままボロアの後ろに飛び、白い部屋の壁を貫き、黒煙を放射した。

「おじさん、逃げようとしてるのは、すぐに分かるよ。それしがおじさんの能力だものね」

 ニコニコと殺人の光線を手のひらから放ったロベス・カビエデスは、赤い巻げを揺らして笑った。

 これを不機嫌に思った小柄のジェイミー・スパヒッチ22歳の怒りの顔を19歳の少年に向け、細くしなやかな両腕を振り上げた。すると周囲に水蒸気のような白い物が現れ、周囲の視界を奪った。彼女の能力、雲が全員の視力を曇らせた。

 そして雲の中で動く物が居た。雲と相性がいい稲妻を生み出す能力の、イラート・ガハノフが右手に稲妻の塊を握り【咎人の果実】めがけ投げつけた。

 雲の中で稲妻は拡散し、敵が居る付近を明るくした。

 が、稲妻を操作できるのは彼だけではない。イラートの姉・エリザベス・ガハノフも同じく稲妻を操作できる。【繭の楯】である弟から放たれた稲妻の放射は【咎人の果実】のエリザベスによって受け止められ、彼女の手のひらに吸い込まれると、まるで粘度をこねるように、身体の中に吸収してしまった。

 雲も水蒸気、水の粒である。水を操るガロ・ペルジーノは手にその水蒸気を吸引した。ギョロリとした眼で自らの視界を晴れにすると、その集めた水の水滴を弾丸のようにメシアめがけ高速で放射したのである。

 高速でそれを弾くボロア。ところが水滴の1つがメシアの胸めがけ弾けてしまった。と、それを受け止めたのは、獣と化すことのできるニノラ・ペンダースだった。人間の腕では受け止めることのできないことを瞬間的に判断し、左腕をクマの腕よりも太く、ゴリラの筋肉よりも巨大に変化させ、メシアの前に突き出した。

 腕は水の弾丸を受け止めたものの、被弾した黒人青年ニノラの顔は痛みに歪んだ。

 けれどそれを抑えるかのように、脚をうさぎのように、背中から鷲の翼をはやし、血がとめどなく溢れる腕でメシアを抱え、そのまま空中へ飛び上がった。

「メシアはわたしが。皆は敵をひきつけてくれ」

 そう叫ぶと、さっきロベスが光で壊した部屋の白い壁の向こう側に、無機質な通路が見え、そこへ翼を羽ばたかせ、ニノラは隼の如く、壊れた穴から通路へ抜けて行った。

 逃すまい、と【咎人の果実】たちが中空へ跳ね上がり、飛翔すると同じく【繭の楯】たちも空中に飛翔し、進路を妨害した。

第9話-4へ続く

 

 白い部屋に黒い粒がいくつも散らばった。それは黒い豆を空中に巻き、それが停止している光景にも見えたが、実際はマイクロブラックホールが口を広げ、シュヴァルツシルト半径に【咎人の果実】たちを吸い込もうとしていた。

 丸顔のマキナ・アナズの能力を前に、またしても身動きが取れなくなった【咎人の果実】たちだったが、手のひらをかざすマキナの肉体が急に上からの激しい重さに押さえつけられ、腕が強引に降ろされた。かろうじて空中にはとどまって居られるがこのままでは、重さに負けて床に激しく身体を打ち付けられそうな勢いの重さが彼女の小さい身体にのしかかっていた。

 ファン・ロッペン。メシアの友であった面長の男のこの力がマキナの肉体限定で周囲の重力を過度に重くし、マキナを身動きのできない状態にしていた。

「行け。メシアを殺せ」

 したり顔で他の面々に指示するファンの言葉を聞き入れ、趣味の狩りでもするかのように、狩人たちは一斉に遺跡の中へ散っていく。

 するとそれを追いかける【繭の楯】たちが居なくなると、ファンは何を考えているのか、急に重力を開放してマキナを自由の身にした。

 身体に力を入れ、汗が全身を流れる中、このまま攻撃しても自分のブラックホールは重力に支配される、と考えマキナも部屋を出ていった。

 残ったのはファンとガハノフ姉弟だけであった。

「ここで君たちの戦いを見るのも面白いが目的はそれじゃない。あくまで主目的は救世主の殺害。君たち姉弟の関係性に興味はない」

 そういうと空中にゆっくりと飛び上がったファンは、空中散歩を楽しむかのように、壁の穴から通路へと抜け出ていった。

 残された姉弟は、本当に稲妻がぶつかり合うかのように、互いの顔を見つめ合う。

「本当にこれでいいのか。メシアを、救世主を守らなくて」

 弟が静かに言う。

 が、姉は何も言わなかった。ただそのまま空中に飛び上がり、弟の横を通っていく。

 イラートはすべてが変わっていくのを感じながらも、自らの宿命に向かって飛んでいった。

第9話-5へ続く

《用語》

『シュヴァルツシルト半径』

ブラックホールとは宇宙にある重力が一番強い天体の1つである。穴のようになったその内部は落ち込むと、何もでてくることができない。しかし近づいたらすべてが吸収されるわけではなく、シュヴァルツシルト半径と呼ばれる黒い部分に入り込むと、ブラックホールに呑み込まれるのだ。ちなみにシュヴァルツシルトとはこの理論を発見した科学者の名前である。

 飛翔する【咎人の果実】たちはメシアを抱えた獣人ニノラの姿を見失っていた。そこでテレパシーで談合した結果、分散してメシアを探すこととなった。

【繭の楯】ボロア・クリーフとサンテグラ・ロードは無機質な白い壁面と天井、床だった世界から急激に機械がむき出しの空間に入り込んだ。そこはすでに化石化していたが昔は、機械が駆動し激しい音がしていた工業区画であることは、すぐに分かった。

「ここなら隠れられそうね」

 サイラントイランとホモサピエンスの混血であるサンテグラは白い皮膚と額の蜘蛛のような塊が特徴の女性で、隠れることを前提に物事を考えているようにいう。

 だが対デヴィル組織のイデトゥデーションの警備責任者を仕事としてきたボロアは、敵をここに誘い込み、一気に殲滅することを考えていた。

「隠れるなどしない。入ってきたところを高速で叩く。それだけのことだ」

 明らかに不服そうな顔をするサンテグラだったが、そこへ突如丸く穴が空間に口を開け、中から大量のドロのような物が溢れ出てきた。

 2人はすぐにそれを避けると、遥か下、化石とかした機械類にかかったドロは、硫酸の如く化石を瞬時に溶かして、煙を上げた。

「こういうのを出すこともできるのよ」

 2人がおののいているところへ、触手の生えた肌を露出して鼻にかかった声を発しながらミサイルラン人のミンチェが入ってきた。彼女は自らの空間を作り、その中に閉じ込めた相手は、自らの意思かあるいはミンチェが死ぬ時以外は外に出ることはできなかった。

 空中に開いたミンチェの空間の穴は口を閉じていた。

 今なら高速で近づきあの女の背後から殴りつけられる。とボロアが思った刹那、今度は機械の空間の出入り口から炎が吹き出し、角張った青い皮膚の昆虫を二足歩行させているようなソフリオウ人のゴーキン・リケルメンが自ら操る炎の中から化石の空間へ飛び出してきた。

 ミンチェの空間から噴き出した炎は見方には作用しないらしく、無傷のまま、昆虫人間はトンネルを抜け出てきた。

第9話-6へ続く

 ジェイミーとマキナは気づくと2人で空中を滑空しており、下に続く筒状の場所に出ていた。この巨大な居住ビルに何億人が暮らしていたのか検討もつかないし、ここにそもそも人間文明があったのかも分からない。どうやってこの縦長の筒状の通路を移動したのか理解もできないが、上か下かの選択肢した2人の小柄な女性には与えられていなかった。

「上、下」

 独特の脳天から抜けるような甲高い声でジェイミーがマキナの顔を見る。

 マキナは上と下を焦る顔つきで見比べるが口数の多い方じゃないだけに、すぐに答えは出てこない。

 もう、と言いたげにジェイミーはマキナの腕を引き、上昇していった。

「逃げてるんだから、迷ってる場合じゃないでしょ」

 ジェイミーはブツブツと文句を言う。

 マキナは心中で、だったら自分で決めればいいのに、と思いながらも口にはしなかった。

 2人の女性が縦の通路を抜け出た先には、正方形の広い部屋が待っていた。広さは500メートルはあるであろう正方形の部屋であった。しかも入り口は今上がってきた縦穴しかなく、石で組まれたその部屋には中央にホログラムの十字架とその下にひざまずく聖母マリアの姿が浮かび上がっていた。

 石畳の地面に降りて周囲を見渡すと、椅子らしき丸い空中に浮かぶ物が並んでいるところから、聖堂だな、とマキナもジェイミーもすぐに察しがついた。

「聖堂とは死ぬにはお似合いのところだ」

 ホログラムの前に立っていた2人の背後、縦穴のすぐ前に立つガロがニヤニヤと行った。

「お祈りはすんだかしら」

 後ろには黒いレザーマスクを耳に装着した円盤型の装置から伸ばすカロン・カリミの姿もある。彼女が建物の動力を動かしたことで、ホログラムも起動したのであった。

「懺悔はすんだか、お祈りはしたか。死ぬ準備はできてるか」

 子供に語りかけるように、馬鹿にするようにガロはニヤリとし、手のひらに水の渦を作った。

 対するジェイミーは周囲に雲を漂わせ、マキナは手のひらにマイクロブラックホールを作る。

第9話-7へ続く

第9話-3

第9話-3

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-16

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