金魚すくいは4階です。

 テレビのチャンネルを変えようと思ったけど携帯が鳴ったから辞めた。それで僕はテーブルに置いてある携帯を手に取った。友人の名前が表示されていた。一度、無視をしようと思ったがそうすると学校でネチネチと文句を言われる。ため息を吐いて僕は彼の要求に応じる事にした。
「なんだよ」
「どうしてすぐにでない」
「でたからいいだろ? それで要件なんだよ」
 友人は率直に要件を言った。
「クラスの奴らと雪ミュージアムに行こうぜって話が上がってな。お前も合流しないか?」
 雪ミュージアム。工業地帯で毎年やっている雪をテーマにしたイベント。去年は確か、僕は風邪をひいて参加しなかった。それから少しだけ考えてから「わかった行くよ」と伝えた。
 友人は「それじゃあ先に入っとくから着いたら連絡して」と言い会話は終わった。僕はマフラーとジャンパーを羽織ってから家から出た。雪は降っていない。1ミリも積もっていない。この状況でミュージアムに行って楽しいのか? と疑問に思いながら歩いた。

 僕は到着して雪ミュージアムの会場に入った。そこは鉄を生産している工場で敷地はとても広く、廃車になった鉄くず、電化製品を溶かして鉄筋や鉄骨を新たに製造していた。どういった理由かは知らないが毎年、この工場で雪ミュージアムとして運営されていた。無料で入れるので一般客が多く子ども連れの夫婦もチラホラと歩いていた。僕は携帯から通話ボタンを押して友人に連絡した。
「おお、着いたか?」
 友人は言った。
「うん。今着いた」
「りょーかい。俺たちB館にいるからそこに来てよ」
「うん。B館ね。向かうよ」
 そう伝えてから僕は携帯を切った。此処からB館は500メートル先ほどに立っている3階の建物で、決まって何時も雪の結晶について展示や紹介が行われている。それから雪の結晶は顕微鏡がずらりと並んでいる部屋で覗くことができる。僕や友人たちはまず始めに雪の結晶を顕微鏡で見た後、広場にある屋台でおでんを食べ、食べ終わった後は雪で製作したアマチュアの雪だるまを投票しに行く。アマチュアが作る雪だるまは中々力作が多く、見るのが面白い。その中から一番気に入った作品を選んで投票する。一位を取った雪だるまは一年間工場地帯のマスコットキャラクターとされたり、多分製作者には景品も与えられる。それから夜には打ち上げ花火が放たれるから、またB館に戻って3階から花火を眺める。めちゃくちゃに熱いココアを飲みながら。
 きっとこのルーティンで自然と友人たちはB館に居るんだろう。一応確認の為に友人に連絡をしたが、やはりその通りであった。それで僕もごく当たり前の感覚でB館へと足が進んだ。B館に入りエレベーターから3階に昇ることにした。エレベーターのドアが開いて籠の中に入り3階へと上がるボタンを押そうとした時であった。半袖半ズボン、丸坊主の少年が勢いよくエレベーターの籠に飛び込んできた。僕は思わず「何だこいつ」と言ってしまう。少年の風貌が季節の逆転、自然の摂理からの反逆した服装だったからだ。その丸坊主の少年は僕をギロリと見て「おい、4階を押せ」と言った。僕は「はあ? この建物は3階までしかないぞ」と反論した。だが丸坊主の少年は「違う、4階だ。この建物は4階まである。4階を押せ」と言った。丸坊主の少年があまりにも自信を込めて述べるので僕はエレベーターのスイッチを3階まである事を確認するために見た。僕の正しさを証明する為に。だがスイッチは4階まであった。
「おいさっさと押せ」
 丸坊主の少年は再び言った。
 僕は何も答えられなかった。もしかして増築したのか? いや、さっきは確かに3階までしかスイッチはなかった。と、自問自答をしていたが丸坊主の少年は僕の答えを待つことはなく「なにやってんだよ」と言い自ら4階のスイッチを押した。スイッチは白く光、エレベーターのドアはしまった。そのドアの先の景色がもう二度と見れない、と、僕は悟った。籠はスウーと上がり、丸坊主の少年は口をへの字にして立っている。籠は3階で止まりドアは開いた。見慣れた光景がある。『雪の結晶へようこそ』と書かれた手作りの看板もある。それで僕はすぐに降りようとした。だが……何故だろうか? 変な好奇心がわき水のように脳内から分泌された。それは恐らくキュリー夫人が初めてウランに触れたような緑色に光る好奇心だ。4階には何があるのか? この丸坊主の少年は4階に何をしに行くのか? 僕はその好奇心を抑えきれずに振り向いて質問した。
「君は4階に何しに行くんだ?」
 少年はへの字の口を開いて「金魚すくい」と答えた。
「金魚すくい?」僕はそう言って「そんな季節でもないし、どうして、そんな出し物が4階でやっているんだ?」と聞いた。
 僕の問いに対して丸坊主の少年は「冬に金魚が泳いでたらおかしいのか? 別に外で泳いでいるわけじゃないだろ。室内で泳いでいるんだ。アイスクリームだってコタツの中でなら余裕で食えるだろうが?」と返事を返して「お前は3階で降りるんだろ? さっさと降りろよ」と急かした。
「いや、その金魚すくい、僕も見てみたい」
「はあ?」
 丸坊主の少年はめんどくさい表情で僕を見上げた。でも僕はそれに反応を示さずに
「その金魚、赤いのか?」
「当たり前だ。金魚は赤い」
 それからエレベーターのドアは閉まった。

 4階でエレベーターは止まりドアは開いた。右に進める廊下と左にも進める廊下があって、正面には扉があった。また左右の廊下の先を見たが照明が暗いのか奥がはっきりと見えない。また正面にある扉をゆっくりと観察する。その扉はパーテーションに設置されるような薄くて軽く見えた。丸坊主の少年は僕を見て「お前、勝手に廊下を進むなよ」と言った。
「どうして?」
「迷子になったらこっちも困るんだ。いいか? 俺から離れるなよ」
 僕は「もういい歳なんだ迷子になったからといって君に問題でもあるのかい」と返事した。だが丸坊主の少年は何も言わずに進み正面の扉を開けて「俺が言うことは聞けよ」と言った。僕は「できるだけ」と答えた。
 丸坊主の少年は扉を開いて中に入った。続いて僕も中に入った。中は何処か見覚えのある事務所のようだった。六畳間ほどの広さで棚と書類と机とパイプ椅子が置いてあった。それからタイルカーペットの床に幼稚園児が夏、家の庭でジャブジャブと入浴している一メール程の空気を入れて膨らませるプールが部屋の真ん中にあった。
「あのプールに金魚がいるのか?」
「そうだ」
「君は勝手に金魚すくいをするのか?」
 丸坊主の少年は「いいんだ。店主にはもう許可は取ってある。それにすくっても俺は持っては帰らないんだ」と言った。
「それじゃあ、すくう意味はないだろ」
「俺の家には水槽はないんだ」
 丸坊主の少年はプールに近づいた。僕も丸坊主の少年の後ろ付いて歩いた。すると丸坊主の少年はプールの中を覗いて「あっ」と呟いた。僕は丸坊主の少年が呟いた理由を知った。金魚はいなかった。一匹も。透明な水と青いプールの底だけがあるただの一般的なプールだった。
「金魚いないじゃん」
 僕は言った。
 丸坊主の少年は「どうしていないんだ?」と言った後に1人でぶつぶつと「おかしい。そんな筈はない。それならどうして、この扉の鍵は開いていたんだ? ……意味が分からない」と喋っていた。
「誰かが先に来てすくった。とかは?」
 僕は丸坊主の少年の前に立って聞いた。
「プールの周りを見ろ。全然、濡れていないだろ。誰かがすくっていない」
「なら、店主がまだ入れていないとかだろ?」
「それも違う。底をよく見ろ金魚の糞が落ちている。さっきまではいたんだ。このプールに」
「じゃあ、知らんわ」
 僕は息を吐いて答えた。
 けれども丸坊主の少年は口をへの字にして考えていた。それから僕に「いいか、お前、俺が戻って来るまで此処にいとけよ」と言った。
「金魚がいませんってクレームにでも行くのか? 別に、金魚すくいをしなくてもいいだろ? 他にもいろいろ或る。例えば下の階の雪の結晶を見るとか」
「飽きるほど見たよ」
 丸坊主の少年はそう言って扉を押して部屋から出た。僕はすぐに丸坊主の少年は戻ってくると思った。でもそんな事はなかった。結構な時間が経っても少年は戻ってこない。あくびをする。少し眠たいと思った。それからぼんやりと部屋の中を観察していると、窓にかかったブラインドに気づいた。
「窓の向こうはどうなっているんだ?」
 疑問に思った僕はブラインドに指を突っ込んで広げ、外を見た。だが暗くて何も見えない。夜ではない事は分かる。まだこの工場地帯に来てから夜になる時刻は経過してはいない。となると、ガラスにフィルムでもされていると思った。それで窓を開けようとするが、ゴミが詰まっているのか全く動かない。それから、この部屋に戻って来る気配のない丸坊主の少年の事を考えた。あの少年はもしかするとそのまま家に帰ったのかもしれない、または友だちを見つけて何処かのブースに行った可能性もある。そんなふうに想像をすると僕はもう丸坊主の少年を待たない事にした。入ってきた扉の方に歩いてドアノブを回して部屋からゆっくりと出た。外はひんやりと冷たかった。廊下は薄暗く照明があるのかないのか分からない。目の前にはエレベーターがあったが、すぐには乗らずに僕は廊下を歩いて何の部屋があるのかを確認しようと思った。取りあえず右に曲がって進んだ。
 暗いから目を凝らして進んだ。ドアは何枚かあった。でも何に使用されている部屋なのか分からないから通り過ぎた。でも其処で何かを期待して歩いていた僕はがっかりとした。何故なら廊下を真っすぐに進んだ先は行き止まりだったからだ。壁に触れる。コンクリートのひんやりとした冷たさが手のひらに伝わる。結局、廊下の先には何もない事が分かった。納得できた僕は振り返って進んだ。さっき居た部屋に戻ろうと思った。エレベーターの目の前にある扉まで来た僕はドアノブを回したでも鍵が掛かっていて扉は開かない。扉の縁の方からは光が漏れている。すると、子どもの声が聞こえた。ドアに耳を当てると何やら会話をしているらしく、笑い声も聞こえた。僕はあの丸坊主の少年が友だちを連れ込んで遊んでいると思った。めんどくさい僕が入れないように鍵を閉めているとも思った。でも、まあ、いいかと、僕はそのように思考を変えた。子どもには子どもの付き合いがあるもんだ。
 エレベーターに乗って降りるかと思った。だが、僕はあることに気づいた。さっきまでは何もなかった隣の扉から光が漏れている。誰かが中に入るのだろうか? 僕はその扉に近づいてドアノブを回した。扉はいとも簡単に開いた。僕はそれで部屋の中に入った。さっき居た隣の部屋と同じ事務所の内観だった。そして、部屋の中央にプールがあった。ピンク色のプールで色だけが違った。
「まさか、金魚が泳いでいるのか?」
 僕は独り言を呟いて近づく。プールの中には赤い金魚が何匹も泳いでいた。夏の湿ったイベントで見かける金魚たちが、この冬の季節に見れるのは、やはり場違いに感じる。丸坊主の少年は部屋を間違えて入ったんじゃないのか? 僕は改めて思った。
 パチッ。
 突然。部屋の明かりが消えた。何者かがスイッチを押した音が聞こえた。僕は振り返るが何も見えない。人の影が立っているようにも思えた時、ドーンと近くから花火が上がる音が聞こえた。
「あっ」溶けた声を僕が言った時、重たいモノが頭に当たった。

 携帯が鳴る。僕は気づいて応答した。
「今何処にいるんだよ」
 友人からの着信だった。
 僕は答えた。
「到着したばかりなんだ」
「ならいいんだ。ちなみに俺たちは今、雪だるまの投票をしに行っているぞ」
「え? 先に雪の結晶を見にB館に行っているんじゃないのか?」
 友人は困惑した声で「何言ってるんだ? いつものパターンで周っているだけだぞ。最初に雪だるまの投票、次に、おでんを食って、B館で雪の結晶を観察した後に花火を見るんだろ? 熱々のココアを飲みながら」
 僕は黙ってから「ああそうだったな」と答えた。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
 友人はそう反応して電話を切った。
 僕は雪だるまの投票が行われている場所には向かわず、まずB館に行った。B館に入場した僕はエレベーターの方に真っ先に進み、階数を見た。階数は4階まであった。僕は沈黙したままスイッチを押して降りて来た籠に乗って、4階のスイッチを押した。エレベーターは昇り、扉は開いた。エレベーターから出て4階を見渡す。廊下には明かりが灯っていて廊下の奥まで良く見えた。それから目の前にある扉を確認する。企業の事務所なのか扉には会社名が書いてあった。僕はボーとしてそれを眺めていると扉が開いて事務員が出て来た。
「何かようでも?」
 事務員らしき女性は僕に近づいて聞いた。
「ここって金魚すくいとかのイベントが開催されるんですか?」
 事務員らしき女性は不思議な顔を作って「それはないですね。ここは普通の事務所なのでイベントとは関係ないですよ」と答えて「それに金魚すくいは夏でしょ? 普通」と言いエレベーターのスイッチを押した。
「そうですか」
 事務員の女性はエレベーターを待っている間が悪く感じたのだろう話しを続けた。
「3階に雪の結晶のコーナーがありますよ。そこに行かれては?」
「知ってますよ。今から行きます。一番にね」とイラつきながら言った。
 

金魚すくいは4階です。

金魚すくいは4階です。

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  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-16

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