第8話-33

別の宇宙、水の惑星で産まれて育ったビザンとミザンは今、父の命を奪ってまで求めていた答えにたどり着い。

しかし宇宙は崩壊の危機にあり、動植物は食い尽くされようとしていた。

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 ビザンとミザンは唖然と水の球体を凝視した。水が言葉を発した。どういうことなのか理解できないでいた。

 すると球体の表面の波が大きくなったと思った矢先、水の球体から銀色のキューブが2つ、氷が吐き出されるかのように現れ、2人の前に浮遊して停止した。

『選択せよ』

 声は2人に突然、言葉を投げかけた。

「……アーヌの神、そうよ。アーヌの神は言い伝えでは水の神だもの。これはアーヌの神が現れたのだわ」

 急に驚いた青い顔色で銀色の皮下に跪き、胸の前で腕を交差させると、色を変えた頭を垂れた。

『神ではない。我は三次元と1つの時間の次元では生きていないだけの存在。より高度な次元の存在なのだ。神と呼ぶにふさわしい存在ではない』

 水の球体は無機質な声色で言った。

「ならば聞きたい、高次元の存在。このキューブはなんなんだ。どうして父さんにこのキューブの知識を与えた。あんたが知識を与えたから、父さんはキューブに固執したんだろ」

 憤慨した様子でビザンが叫ぶ。父を殺害した後悔が今になってこみ上げていたのだ。

 横でミザンがゆっくりと立ち上がると、父がキューブを求めていたことを思い出し、訝しく水の球体を見つめた。

『グザに知識を与えたのは《水の意思》を伝えるためである』

 高次元の宮殿に声はまた無機質に響く。

《水の意思》水の民として産まれて生きてきた2人にとって、本能に訴えかける言葉であり、なにか胸の奥から浮かんでくる感情を、手に握りしめた。

「《水の意思》でこのキューブはジュヴィラ人を殺したっていうのか」

 あの母星が襲われた時、キューブから発せられた波動が機械生命体を錆びつかせた風景を思い出し、ビザンは叫ぶ。

『我は《水の意思》である。三次元と1つの時間の宇宙空間に水が誕生した時、我も産まれ、水とともに宇宙を見つめてきた。だが宇宙空間は侵略を受けている』

「ジュヴィラ人の侵略か。それでキューブを――」

 言いかけるのをミザンが兄の腕を掴み、言葉を遮った。

「あの黒い物質ね」

 水は何も言わなかった。答えがどちらかは分からなかったが、宇宙が危機に直面していることは事実だった。ミザンが見た黒い粘度の高い液体は、kもの瞬間もあらゆる惑星、衛生に発生した黒い渦から溢れ出し、宇宙を呑み込もうとしていた。

《水の意思》はこの時、2人の脳へ宇宙の現状、ジュヴィラ人の戦争で命を奪われる人々と、黒い液体に呑み込まれる文明の光景を流し込んだ。

 脳内に急激に溢れ出た宇宙の危機に、2人は愕然とした。

『選択せよ、運命の人よ』

「選択って。わたし達に何を選択しろっていの」

 さっきまで神と崇めていたミザンは、もう不機嫌な態度で高次元の存在にくってかかった。その憤怒の声色は高次元を2人に認識できるように三次元空間の宮殿へ変えている空間にも響いた。

 しかし兄のビザンは察しが付いていた。

「宇宙を自ら破壊するかしないか、だろ」

 訝しむ妹とよそに兄は一時の沈黙をする高次元の水球に視線をおいた。

『その通りだ。運命の人よ。このまま自らの手で宇宙を緩慢な破滅へ追い込むか、自らの手で瞬間的に終わらせるか。1500万光年の三次元宇宙空間は君たちの選択で道を変える。歴史が絶え間なく分岐するように。ここへ来た時、海溝の巨大文字を見たであろう。あれは汝らの父が来た時にはなかった。あの時より歴史は書き換えられた。時間とはいかようにも分岐する』

 ジェフフェ族の脳でも処理しきれない言葉の羅列に、ミザンは考えることを諦めた顔つきをしていた。

 けれどもその横にビザンはなにかを考え込んでいた。すると唐突に妙なことを話し始めた。

「来世は。わたしに来世はあるのか」

 何を非現実的なことを言い出したのか、と妹は驚きの顔つきになる。

「ちょ、兄さんなにを――」

 ビザンはミザンの言葉など聞いていなかった。言葉はもはや高次元の存在にだけ向けられていた。

「どうなんだ。わたし達より次元の高いレベルに存在するあんたなら、この答えが分かるはずだ」

 何かを考えているのか、あるいはためらっているのか水の球体に表情などないので、見て感じ取ることはできなかったが、沈黙が答えに窮していることだけは、2人にもわかった。

『ある』

 ただ一言だけ水の塊は答えた。無機質で感情など一切ない、ただの言葉である。

「世界を終わらせてくれ。わたしは、わたしは来世に……」

 兄さん。

 驚いたと同時に妹は兄に腕を伸ばした。

 けれどもそれは核兵器のスイッチのように、ロケットの発射コードのように、生命の死のように、取り消すことのできない言葉だった。

 中空に浮遊していた銀色のキューブは2つ、激しい光を発した。

 これがビザンとミザン、グザの親子が住む宇宙の最後だった。


 ビザンは死後、黒い球体からダラダラと黒い液体が流れる存在の前に立ち『咎人の果実』となり、ミザンとグザは白い球体の前に立ち『繭の盾』となることになった。

第9話-1へ続く

《用語》

『水の意思』

宇宙空間に水が誕生した瞬間に同時に水の意識体として誕生した、次元が1つ上の存在。『水の意思』は長い時間、宇宙空間を見つめ、生命の興亡を見続けてきた。そして『源の民』という『水の意思』と初めて意思疎通できる種族と出会い、遺跡という形で高次元への入り口を与えた。『水の意思』はビザンとミザン、グザがどういった運命にあるかを理解している。

『高次元』

人間も含め多くの生命体は3つの次元、縦、横、奥行きという空間と時間という1つの次元、つまり3つの空間次元と1つの時間次元の中で生きている。ある科学理論ではこの世には「11次元」あるとされ、次元が1つ増えるごとに、生命体ができることも増えるとされている。つまり高次元の存在である
『水の意思』は生命体では到達できない能力を所有している。それが宇宙の崩壊を可能にした。

 

第8話-33

第8話-33

ある兄妹と父の物語が宇宙と共に終わる

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-16

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