せんせいとたばこ

あおい はる

 きれいな肺、というものとは、もう、無縁であると、せんせいは、あきらめたように笑いました。
 たばこに、火をつけます。ながれるように。
 なれたように、けむりを吐きます。せんせいは、くちびるをつぼめて、細いけむりを、吐きます。けむりは、宙に、しばし滞留し、空気のながれる方向に従うのか、うねりながら、ときに、なににも逆らうことなく、まっすぐ天へとのぼってゆく途中で、きえるのです。学校のひとは、だれも、きっと、せんせいが、たばこを吸うとは、思っていないでしょう。おっとりとした口調と、あくのない雰囲気、どちらかといえば、たよりない印象のある、どこか抜けている調子の、せんせいと、たばこ、というのは、だいぶ、かけはなれている存在同士のような気がします。対極。
 しかし、せんせいは、たばこを吸っている。
「べつに、隠しているつもりはないのですが、さいきんは、たばこを吸えない場所の方が、圧倒的に多いですからね。喫煙者は、こうして追いやられて、肩身のせまい思いをしている。けれど、いい傾向なのだとも、思います。たばこは、おすすめできませんよ」
 ぼくが、せんせいの部屋を訪れたとき、せんせいはかならず、ベランダでたばこを吸います。ふだんは、台所の、換気扇のしたで、吸うそうです。ごめんなさい、と謝ると、せんせいは、謝るのはぼくの方ですよ、と言って、ぼくに、あたたかいミルクココアをいれてくれます。せんせいは、雨でも、夜でも、冬でも、ぼくがいるときはぜったいに、ベランダでたばこを吸います。申し訳なさそうに、ベランダに出てゆく姿が、なんだかすこし、かなしくも思えてくる。がまんしなくてはという気持ちと、吸いたい気持ちが、せんせいのなかで、はげしく葛藤しているのが、苦笑いに、にじんでいるのです。
(いいのに)
 ぼくは、思います。
 せんせいの健康を祈りますが、ぼくは、でも、たばこを吸っているときのせんせいが、好きです。
 ベランダで、せんせいが、たばこに火をつける瞬間、さいしょに吐く、けむりの行方、たばこをはさむ、骨ばった指や、目があったときの、おだやかな微笑み、寒い冬には、たばこを持っていない方の手を、フリースのポケットにつっこんで、七階から町をみおろし、遠くの山や、空をながめているときの、うしろ姿。
 おそらく、学校のなかでは、ぼくしかしらない、窓越しのせんせいが、けむりをまとい、物憂げな表情をのぞかせるとき、なによりもうつくしいと思うのです。

せんせいとたばこ

せんせいとたばこ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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