アーユルヴェーダ*拾陀

これちかうじょう

  1. 一ノ瀬一心
  2. 一ノ瀬一心Ⅱ
  3. 藤原柊
  4. 藤原祥
  5. 逢瀬

一ノ瀬一心さんと出逢う俺である。
そう、一ノ瀬先輩の旦那さんだ。
結ちゃんには聞いてたけど、本当に結婚してたんだな…。
でも年上すぎる気がするけど?

一ノ瀬一心

「…は?」
「…」
だから、と結ちゃんが言葉を濁す。
「だから、何」
「…十和子は既婚者」
「…」
「…」
「…」
よくよく考えれば、一ノ瀬先輩には浮いた話がなかったのである。
その昔、結ちゃんと見合いの話が持ち上がって、
見合いはしたらしいけど、どっちも(一ノ瀬先輩も結ちゃんも)一人っ子ということで、
後継者がどちらもいなくなってしまうということで、
破談になったということも少し聞いた気がする。
でも、既婚者って。
そうか、女の人は16歳になれば結婚できるんだっけ。
「一ノ瀬先輩の誕生日っていつ」
「4月3日」
「ちょ、超早いな」
「俺は3月3日」
「…超遅いな」
約1年のハンデがあるのか、このふたりには。
というか、1年近く先に生まれてればあの機関銃は分かる気がする。

「で、旦那さんてどんな人」
「困る」
「困る?結ちゃんが?」
「うん」
「何で結ちゃんが困るんだよ?どんな接点があんの」
「…」
その真意はすぐに分かることになる。
修学旅行に行く少し前に結ちゃんが髪を切った。
びよーんしてた寝ぐせともお別れかなと思ったんだけど、
見事に寝ぐせ大魔神になるので、それは残念。
でも、髪を切ってくれたのが、その旦那さんだと言う話。

「もしかして、毎日違う髪型とか、その旦那さんに教わってるの」
「うん」
「つかさあ、本当、毎日髪型変えるよなあとは思ってたんだよ。何だよ、そこまで不器用なのお前」
「…うん」

そんな結ちゃんが修学旅行に行ってしまってすでに3日目である。
例の携帯でもって会話をしていると、
『今日、7組と逢瀬』
と何が何だかという報告をされる。
新聞の見出しじゃないんだからさ、普通に会話してよって感じだ。
「7組って?ああ、藤堂会長のいる7組か」
『城善寺と藤堂』
「よかったじゃんあのふたり、好き合ってんだろ。逢えてよかったね」
『うん』
何故、電話をしているのかというと、
結ちゃんの声を聞いていると何故だか、此処にとどまれるのである。
学校から帰って来ても、そして、夜寝る時でも、結ちゃんからはかかってこない電話を、
俺の方からしている。
それはそれで、ちょっと一昨日のことが怖かったからで。
時代を飛び越えるなんて芸当、できっこないと思ってたのに。
『冬至』
「何さ」
『…好き』
「はいはい、俺も好きだよ」
これで何度目だ、と悪態をつく。
好きと言って好きだと言い返されることが、奴にとっては最高の倖せらしい。
まあ、これが俺にできる、結ちゃんへの癒しなんだけど。
「あ、陣馬さんが呼んでるわ。じゃーな、切るぞ」
『ご飯』
「そうそう、結ちゃんがいないとなると、職人さんたちが作ってくれんの。
 弁当もね、実崎さんが作ってくれるよ。ご飯は陣馬さんだけど。
 あー」
『?』
「…結ちゃんの方がおいしいよ。じゃーな」
『…うん』

陣馬さんの作るご飯をみんなで食べる。
「なあ冬至坊ちゃん」
陣馬さんは俺をそう呼ぶ。
「何です?」
「十和子ちゃんとこの旦那さん、どう思うかな」
「えーと」
「いっしんさん。ひとつのこころって書く名前のさ」
「俺、逢ったことないんですよね。結ちゃんは困るって言ってましたけど、
 どんな人なんですか」
「やり手だね、ありゃ。営業もピカイチ、ただあれかな、年がかなり上でね」
「ほえー」
「柊さんとそうは変わりないんじゃないのかしらねえ」
「へ!」
お父さんは今年で41歳になるとは聞いたことがある。
お母さんはそれよりちょっと年上で、43歳。
25歳の時に結ちゃんが生まれたって聞いた。
「俺なんか父さんと母さん、40代後半でできた子供なんですよー?」
「ありゃあ、随分頑張ったお父さんたちだねえ」
「結ちゃんが羨ましいな、若いお父さんとお母さんで」
「まあ私も19の時に長男産んでるけどねー」
「そうなんですかあ?」

そんなこんなで再び電話をする俺である。
向こうの予定とかも気にしろと自分に言いたい。
「結ちゃん、一心さんって何歳なの」
『…42歳』
「え、じゃあ17歳と42歳の夫婦なの」
『うん』
「どういうきっかけで出逢ったふたりなの」
『モデルとカメラマン』
「なるほど、一ノ瀬先輩ならパリコレとか出れそうだもんな」
『…冬至』
「あんだよ」
ぶっきらぼうに答える俺、よくないとは分かってるんだけどね!
『風呂は』
「入ったよ、それはもうぬくぬくだよ。布団乾燥機で超あったかくした」
『…どっち』
「もち、結ちゃんのベッドで寝てる!」
『…』
「おい」
『…』
「おい、てめえ、今想像したな?しかもそれで何かしようとしたな?」
『ううん』
「第一俺の写真なんか何であるんだよ、これ見て思いを馳せてたの?
 早く逢いたいなあとか」
『うん』
「しょ、正直でよろし」
あんまり電話してると眠くなってしまうので、
(こんなに結ちゃんと喋るのは寝る直前のことばかりで、それの影響で、
 結ちゃんと会話=就寝という方程式が成り立つ)
今度はメールにしてと言う。
「俺のメルアド教えるわ」
『知ってる』
「…おい犯罪者」

一ノ瀬一心Ⅱ

「もしかして、冬至さんて君のこと?」
学校帰り、俺はどこぞのお兄さんに声を掛けられた。
相手は自転車で、大きなリュックを背負っている。
「ほらほら、藤原さんとこにいるー」
「あ、そうですけど」
無事に俺は藤原冬至になってしまいました。
それは、結ちゃんが修学旅行の4日目のことです。
「申し遅れました、僕は一ノ瀬一心ていいます」
「あー、一ノ瀬先輩の旦那さん」
「おやおや、もう知られてましたか」
最近メタボなんです、高血圧なんです、といきなり報告される。
「十和子ちゃんにどやされてしまいます、このままでは危険です」
「確かにどやされそうですね」
「でも冬至さんの噂は聞いてましたよ!藤原家に迷いなく帰れるって!」
「いやあ、俺には普通の帰り道なんで」
「それが神がかりっていうんですよ!」
お父さんに聞いたんだけど、藤原家に帰れる、戻って来れるというのは、
本当に神技みたいなもんなんだそうだ。
いつもは結ちゃんが一緒だから、
それは普通のことだと思っていたんだけど。
「42歳、なんですか?」
「はい、お恥ずかしい限りで」
「何でも、営業がピカイチだって聞きましたけど」
「お恥ずかしいー!」
髪の毛がちょっと肩に触るくらいのお兄さん、といった感じなんだけど、
42歳って今どきのおじさんは若いんだな。
お父さんも41歳だっていうし、若いっていいな。
「実は僕、青陵について噂を聞いてるんです」
「はい?」
「七不思議です」
「はあ、まあ、古い学校だからそんなことはあるんでしょうけど」
「一度だけ、ファインダーに収めたいのがあってですね」
「何でしょうか」
「昔の制服を着たままの、通年冬服生徒てのがあるんだそうです。
 十和子ちゃんも見たことがないと言ってました」
「昔の制服?」
そう言えば、と俺は思うのだ。
仲宗根先輩って、俺たちとは違う制服を着ていた気がするのだ。
そりゃそうだよな、昭和の、戦争時代中の生徒だったわけだし。
つかもうあの人死んでるの?うへえ、俺、また力使っちゃったんだ。

「俺、仲宗根先輩なら逢いましたよ」
「仲宗根先輩?」
「はい、多分その通年冬服生徒ってのが仲宗根先輩ですね。
 あの人死んでるから」
「!」
「あの?」
「死んでる人、見れるんですか冬至さん!」
「は、はあ」
「す、すごい…!」
と憧れの目線で見られてしまっても。
「でも見えてもよくはないこともあります。一心さんも生きてる人、
 例えば一ノ瀬先輩を大切にしてくださいね」
「それはもう!僕にはもったいないくらいの人ですから!」
じゃあ記念に一枚、と一心さんがカメラを構える。
そうだ、この人カメラマンなんだ。
「今は一ノ瀬酒造のお婿さんとカメラの両刀で行ってます。
 でも将来的には酒造に一本化されるんでしょうけど、
 そうしたら冬至さんとも酒造仲間ですね!」
「でも俺、夢があるから…」
「高校生はいいですね、夢とか恋とか、…結さんもいい人見つけたもんだー」
怖い、この人も結ちゃんのこと知ってるんだ。
「この前結ちゃんの髪の毛切りましたよね、何か注文でもありました?」
「ありましたありました!初めてですよ、結さんが注文するなんて。
 後ろを少し刈り上げてくれと言われました」
「…ははは」

藤原柊

「へええ、一心君に逢ったんだ?どうだった?かっこよかったでしょ」
「まあ、年相応とはいかないまでも、かっこいいお兄さんみたいな」
「そうそう、俺も若くいないと駄目だなあって思うよ。
 それからね、これ、ちょっと見ておいて」
紙を渡される。
養子縁組がうまくいったということの結果だ。
「これから藤原冬至、て名乗ってね」
「学校でもですか」
「まあ、いきなりはびっくりされるだろうから、卒業までは中村姓でもいいけど」
「友達には言いますけど、クラスメイトとかにはまだ内緒にしておきたいな」
「そうだよね、そういう年頃だもんね」
お父さんも、一心さんと同じようにかっこいいのである。
いつもは作務衣というものを着ているから、あんまり分からないんだけど、
この前スーツを着ていた時、お父さんてかっこいいなって思った。
結ちゃんがあんだけ美形だから、その父親、母親もそうなんだと思い知る。
でも、俺は思う。
結ちゃんの美人度はおばあちゃん譲りだ。
おばあちゃんて、若い頃は絶対すげえモテたはずだ。
「実崎さん、今日のお弁当おいしかったです」
「ありがとー!作った甲斐があったよ」
「実崎さんてただの職人さんじゃないでしょ、学校とかどこ出身ですか」
実崎さんというのは、職人さんの1人。
年はお父さんと同い年なんだそうで。
「僕は中学出てすぐに調理師学校に入ったんです。勉強が嫌だったんですよね。
 だから調理師免許持ってて、料理は結さんにはかないませんけど、
 それなりにはできると思ってます」
「調理師学校行ってたんだ…すげえ」
「最初は銀座で寿司握ってたんですけどね、こっちに引き抜かれちゃいました」
「…すげえ」
銀座で寿司、銀座で寿司、と俺の頭がフル回転である。

「寿司が食いたい」
『…』
「寿司が食いたい!寿司!」
『…帰ったら連れてく』
またまた電話している俺である。
「明日で北海道ともお別れだな、ちゃんと満喫できてるか?」
『うん』
「また酒飲んでねえだろうな」
『…うん』
「おい、飲んでるな?」
怖いよ高校2年生!
酒造の跡取り!

藤原祥

「冬至君、将来はどうしたいとか夢とかあるの?」
「ほえ」
何を突然、と俺はお母さんを見る。
「それはねえ、結には酒造を任せるってちゃんとしたいんだけど、
 でも冬至君は違うでしょ?うちの子になってくれたけど、
 でも冬至君が見てる夢とか、知りたいなって」
俺は、と言う。
「俺は、父さんと同じ消防士になりたいです。父さんができなかったこと、
 俺が今度はちゃんとしたいって思ってます」
「消防士?かっこいいわねえ」
「かっこいいだけじゃないんです、人を助けるんです。手遅れにならないうちに、
 俺はたくさんの命を助けたい」
「うんうん、すごくいいと思う。このこと結には言った?」
「いいえ、まだです」
「じゃあ言ってあげてね。あの子、酒造のこと冬至君と一緒にやりたいだなんて言い出しかねないから。
 あくまであの子には酒造、冬至君には冬至君の道、って決めておきたいから」
「ありがとうございます」
笑顔が似合うお母さんである。
そう言えばいつも、ニコニコしてる気がする。
不器用なあいつと親子とは思えん。

「そろそろ駅に着いたかな」
「きっと冬至君逢いたさに飛んで帰ってくるわねえ」

逢瀬

俺はバス停まで迎えに出ている。
あいつは生粋の藤原家の人間だから、迷うことはない。
むしろ、いそいそと帰ってくるもんだと思っていた。
だからこうして、俺が迎えに、と出ているのだが。
「あれ、帰ってこない」
バスがUターンして帰っていくけれど、降りる人がいなかった。
「…あれ、帰ってこない」
携帯を出してみる。
一か所しかかけられない、そんな不思議な携帯。
「もしもし」
『…重くて』
「重い?何が」
『次ので帰るから』
「お、おう」

かくして、次のバスを待つ俺である。
おー、来た来た。
「すみません」
何故かバスの運転手までもが荷物を下ろすのを手伝っている。
何、何、その半端ない荷物の量は!

「冬至、」
「おかえり」
「…ただいま」
ばさばさっと手荷物を落として、いきなりのハグである。
「逢いたかった」
「…おい、それよりなんだ、この荷物の多さは」
「逢いたかった」
「人の話を聞け」
まるででかい犬にほおずりされてるような感覚だ。
「逢いたかった」
「だからさ、俺は荷物を」
「逢いたかった」
「…おう、俺も逢いたかったよ」
背中をぽむぽむとしてみる。
やっと満足したのか、俺から離れて荷物の説明を始めた。
「北の、幸」
「はい?」
「カニとかエビとか、イクラとか」
「まさか、それって」
「冬至のご飯」
がっくん、と俺は膝を折った。
お土産いいって言ったじゃねえかよ!
「すぐ食べよう」
「…お腹すいた」
「うん」
「お腹すいちまったよ!」
藤原家にはクール便もくそもないのである。
宅配便までもが迷う場所だから、持ち帰るしかない、
というわけで全部持って帰ってきたというのだろう。
それには、何故なんだか、愛を感じる俺は、
いかれちまったんだろうか。

「冬至」
「何」
「好き」
「…はいはい、俺も好きだよ」
「うん」
これ、いつまで続くの?
ちょっと怖いよ。

アーユルヴェーダ*拾陀

結ちゃんが帰ってきた。
そして俺は、藤原冬至になった。
お兄ちゃんとは呼べないから、今まで通り結ちゃんでいいよな?
でもって俺は結ちゃんの弟だ。
でも、そういうの、の前に俺は気恥ずかしい。
家族になれたことを、心から嬉しく思ってしまうのだ。

アーユルヴェーダ*拾陀

一ノ瀬一心さんと出逢う俺である。 そう、一ノ瀬先輩の旦那さんだ。 結ちゃんには聞いてたけど、本当に結婚してたんだな…。 でも年上すぎる気がするけど?

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