▸ 2019.

-12.23

深く、考えて。
軽やかに、動いて。
ずっと始まっているでしょう。
ささめく星が見えたかしら。
ほら。あの片隅に。

みんな無くなってしまうらしいの。
魂は還って巡るんだって。だから私達、ずっと出逢っていて、ずっと傍にいて、ずっとさよならをしているよ。「おはよう。」「おやすみ。」「愛してる。」あなたが安らかであれますように。あなたの世界が優しく、光に満ちていますように。

熱傷と凍傷、魚に触れた指先と指先に触れた魚。原罪。翳り。

返る言葉はなく。
帰る場所だけを携えたまま。
反すには寂しくて。
孵すには足りなかった温もり。
還して行けるよう、祈るばかり。

ぴったりと閉ざした呼吸。カンバスに描いた彼女の瞳に、光を差す。細筆を僅かに動かして、見つめ合いながら、そこに「生」を写し取る。どんな鮮やかさをもっても、彼女には敵わないだろう。私のポラリス。

照明を落とした部屋で、三千円のプラネタリウムを回す。名前がない星たちは、これから産まれる子供なのかもしれないと思った。人も生き物もそれぞれに星の子だ。月明かりに抱かれ陽と遊び、風と走って水に揺れ、草の上で寝転ぶような。

星の子ら地上にとっ散らばって遊んでる。きらきら、ちかちか、瞬くひかりの、いくつもの、雨にも似た、瞳。

この胸に透明な星が宿る限り。

夏が焼き付いて離れない。眼下に広がる海の底に宇宙があること。真冬の海で遊ぼうって交わした約束。いなくなるきみの名前を呼んだこと。あなたがわたしをみていた、いつか。

滑り落ちていく水の玉。
言葉を宿してするすると。
受け止めるための掌に、
当たって割れて、落下した。
こぼれて、おちて、花が咲く。

例えばもしも、ポラリスの存在しない世界に行ったなら。こんなにも焦がれず済んだかな。七月の風がまだ宿っているの。数多の「もしかしたら」の中には、ポラリスのない世界で生きる私がいるのでしょう。ここにしか居られない私と、そこにしか居られないあなたと。どちらが良いかは、比べようがないね。

瞳を閉じれば流星にだってなれるから、踊るんだよ。はだかのままだって美しいでしょう、私ら星の子なんだもの。無邪気に戯れようよ、ほら、手を繋いで廻ろう。今夜は流星群らしいから、ねえ、ひとり、ふたり、いなくなっても気づかれないよ。

月の明かりが傷跡を撫でる。透明なその指先で、優しく、優しく、悼む。すらありと伸びた影さえも、透き通って輝いていた。ひかりの腕の中で、宵の胸に抱かれて。膝を抱え目を閉じた。「眠っていいのよ。」と諭される。鳥の声がした。花が枯れる匂いがした。

ゆうらり、ゆらあり、と、体を動かしながら沈む。ひかる海月の爪先と、私の指先がぶつかった。かちん、と星が生まれて死ぬ様。

真冬の海に行こうと手を引いた。三日間だけの駆け落ちをしよう。海月の遺体を埋めて、ふたり、共犯者になってしまおうよ。いくつもの秘密を携えて、私たちだけの言語で話そう。そんな夢をみたと話せば、それを現にするきみだから。

鯨の瞳に宿る夜。あわいひかり。あわい。間。美しの星。数え唄。夢見の真珠と、風の音。ひかる、ひかる、いのちが、いくつも重なり、絶えて、砂土となり、沈んでゆく。

変わらない閃光だけが私の心を暖めた。冬のシリウス。私だけの銀星。あの日に留めた輝き。失くしても美しいままのもの。目があったその瞬間から今もずっと、私の黒目の奥に宿って煌めいている。一等眩しい、一等愛しい星。

薄青の光からうまれたの。
竜胆についた滴からうまれたの。
ゆれる炎の中にいる。
きれいな、ひかりの子。
それは極夜のなかに眠り、白夜のなかで目を覚まし。明くる日の暁に燃やされ絶える。ひかりの子。

暖炉の火がゆらぐ様を見ている。
煙が昇り、空気に、融けて、まどろむ。

てのひら、こぼれた、みずの、とうめい。うすいまくの、むこうがわで、ゆれている、ひかり。とろけた、ひとみ。

「それは正しく違えた互いの愛だ。」

嘴から吐いた小さな息の白。ふるえる体。開いた羽。朝陽に輝く翼。巣立ちの朝。静寂。遠雷。風音。雲ひとつない蒼天に、光と虹。

深窓、深層、真相、真槍、神葬。
金の環を載せてマグノリアを敷き詰めて、冷たい唇に薔薇の花弁を添えた。土に埋め木の枝を置いて火を点す。煙と共に命が昇ると教わった。ならばこれは貴方の亡骸が放つ、最後の光か。いいや、きっとまだ。貴方ならば輝くのだろう、星となって。

あぁ、燦々と降る月の明かり。夜の海を歩いたことも、流るる星の温度さえも。いつか喪われてゆく。やがては思い出せなくなる。それでも滔々と流れる脈が憶えているから、こんなにも声を震わせ叫ぶ。

くるくる廻ろう。
されど回ろう。
僕らふたつの星だ。
手を繋ぐ他ないだろう。
ほら無邪気に、笑って。
一番楽しい瞬きが、一等星の瞬きだ。

眠たい声を拾い上げて撫でる彼の表情よ。てのひらから伝わる海の静寂。

パシャンと跳ねた水に魚。腹這いになってアスファルトの上。焼けて死んでしまったさかな。拾い上げるために触れる手すら、その鱗を焦がしてしまう。

棺に横たわらせ、花を敷き詰めて、真白な絹の布をかけ、扉を閉じて、燃やして、煙となり上り灰になる様を浮かべて、佇み微笑むので精一杯。これ以上の別れがありますか。

ざあ、ざざ。ざぶざぶ。ざざあん。ざざあ。貝殻の奥から波音が聞こえるならば、貝を割ったら海へ行けるんでないかしら。思い立ち金槌を振り下ろす。しろく美しい破片ばかりが散らばって、どこにも行けない。

私の呼吸に色がついた。
あわい、あわい、菫青。
薄荷の匂いがした。
鯨の声がした。

静謐で恐ろしく、揺れていて安定した、たゆたう、黒い、暗い、海。

石蹴りの石みたいなもの。
忘れられてゆくものよ。
一時の楽しみにしかなれなかったの。

この海はなんだって生めるのよ。おおらかな鯨、白痴の貝、歌うように鳴くカモメたち。どんな真珠よりも美しい泡に、果てのない線。描く波だって、まるくて、とがってて、やわらかくて、かたくて。ここは眩しく暗い場所。どんなものだって、ここに還るわ。宙さえ映して飲み込める。雨だって、巡るのよ。

あなたがいないとこんな幸福、こんな不幸せ、こんな不在、味わえないでしょう。

感受性のアンテナ 絡まった糸 鎖 鎖 くさり 腐り 腐蝕した 蝕まれて、いる。繋いだ 絡まった 解けた 繋がる 重たい頭 鈍く 痛んで。悼む。あなたの名前を呼ぶことが私の祈りで救いだった。わたしのかみさまに、手が届かないこと。

肺の奥で炎がゆらめいて煙で満ちて、ため息とともに黒。あふれていく。薪をくべるように思考をそこに注ぐ。灰になるまで。灰になるまで。

白く乾いたあなたの喉笛。
こんなにも軽くなってしまった。
撫でれば砕け灰となる。
抱けど空の温度しかない。
あなたがいない。

黒い画用紙に金と銀の箔を散らしてほら、よるだよ と無邪気に笑う子。

美しいものになりたい。瞬間でいい。何も残らないものに。一瞬の閃光に、瞬きに、弾けるガラスの一欠片に、粉々になる花弁に。たった一秒、鮮烈な極彩色を放って。消えてしまいたい。跡形もなく。

忘れたならば幸福でしょうか。
憶えているなら愛でしょうか。

暗い 昏い 藍晶の昊。眼下に散らばる銀の星々。天にはアイリスのような星雲。浮遊。ぽわん、と浮かぶ軽やかな音。感覚の喪失。委ねる身の先、崩れて、砂になる。透明な私の内臓に、いくつもの星が、ぎゅうと詰まった。

刺さるような冷たさも凍えそうな痛みも融けて、目を開ければ日向。殻を脱ぎ捨てて恐る恐るついた爪先。地に足をつけて棒のように立つ。蛹の中でくしゃくしゃになった羽に力を込めてぴんと伸ばせば、透明な硝子が震えて鳴った。触れたら壊れてしまうような羽で飛び立つ。

揺らぐ 滞る 凍てつく 寂しさ 針のような 迷う 惑う 問う ゆれる 孤独 白 黒 灰色 輪 ぐずる 今は冬 冬だから 芽吹く春待つ 静かに耐える。

息苦しいから炭酸水の中に飛び込んだ。メダカの尾ひれにだって煌めきは宿る。草葉の裏でキスしていたあの子。開きっぱなしの下駄箱。体育館の匂い。白百合。先生が吸っていた煙草の銘柄、知らないまんま大人になったよ。

遥かな流れの中で、一瞬の光の中で、悠久の輪の中で、かちあった星ふたつ、時の綺羅。

瑠璃も玻璃も割れてしまって星屑ばかりが散らばって。

碧空に投身した。翼がないことを理解した上で地を蹴った。落下と睡眠はよく似ている。季節外れの桜が見えた、気がした。衝撃とともに霞む視界。それでも青に満ちていたこと。

不明瞭な意図。異図。糸。すり硝子と銀細工。割れた硝子。切先。

それは思い込みに過ぎず/にしても/然りとて/名前/唇/花弁/鬱蒼とした/白磁/言の葉紡ぐよりも口づけで塞いでと/酸素/氷菓と白菊/眈々とした視線/淡々とした答え/忘れていたことなど、在りましょうか。

此処ではない何処かよりも、何処へだって行ける爪先で十分だよ。星屑のような青いペディキュア塗って、白く輝く砂を蹴る。

春の訪れを教えること。
夏の鮮やかさを伝えること。
秋の夜露を数えること。
冬の静寂と寄り添うこと。

拝啓,
ひとつでも多くの幸いがありますように。あなたを笑顔にするものであふれますように。よるが優しく在りますように。ずっと健やかで居られますように。あなたの悲しみや苦しみ、痛みが、どうか流れて行きますように。

祈する (きする)
意味:愛すること。祈り。
類語:帰する。

こんなにも凍えそうな夜だから、何もかもが恐ろしくて繭になってしまう。やさしいことも、あたたかいものも、ひりついてしまう。切先になってしまう。怖くてたまらずに震えて泣くの。暗闇に空いた小さな穴を星と呼ぶんだって、誰かが言った。

ひとつでも多くの幸いが貴方に訪れますように。

よるの海で踊ろう。二人きりだよ。ねえほら、手を繋ごう。くるくると回ろう。貴方が泣いていたって、笑っていたって、荒んでも、深い暗闇に落ちてしまっても、私はここにいるよ。ただただ、寄せては返す波と一緒に。時にはやわらかな朝日と一緒に。私の歌を紡いでいるよ。

clavis. dormito. esse. fluctuat. verba. caelestis.
(*クラヴィス ドルミート エッセ フルクトゥアト ヴェルバ カエレスィス/鍵、眠り、存在性、波のように揺られる、言葉は、神に似た・天の)

albus. albus. aeternitas. cantus.
(*アルブス アルブス アエテルニタス カントゥス/白、しろ、永遠の、 うた、)

祈っているよ。/(読:あいしているよ。)

「うんとお食べ。健やかにお育ち。たくさん眠って、いっぱい歩いて。どうかずうっと、元気でいてね。いとしい、いとしい、私の子。」

あなたが祝詞を詠うなら、私は寿詞を歌いましょう。流々と、滔々と。果てのないまま、広がるままに。

祈言:いのりごと。
私がもつ言葉のなかで、あなたに優しくあってほしいと願う言葉。そのすべて。

丁寧に、名前を呼んだ。
丁寧に、名前を書いた。
愛を、想いを、いくつも込めて、なぞらえた。あなたを示すその名前が、尊く思えた。

眠るといいよと梟が言った。
そうだね、今夜は露垂るる秋。金色の瞳がひかっているよ。まるで豊かな稲穂のよう。美しいね。綺麗だね。木々の歌を聞いていて?

安寧、泥沼、水中、蓮、調律、砂利、細波、指先、白雨。

一歩踏み出すだなんて、恐ろしいことをしてしまった。勢いのままに、いっそ清々しく笑ってしまいそう。どんな場所に辿り着くのだろうね。

こんなにも軽く乾いた「愛してる。」/コップの中で跳ねた小石。

私、なんにでもなくなりたいの。
ずうっと大らかな海辺を駆けてね、めいっぱい歌い、踊るのよ。裸足になって、らんらんと。月と星があればいいの。さみしいよるで十分なのよ。それでもどこかで陽の目を見たくて、岩場の隅で眠りに就くの。朝日に融けるのを待っている。

欲を言うならばどこかで報われたいものです。さうして波。やさしい夜だね。時期に朝が来るでしょう。花は美しいよ。枯れても立派だ。腐れば糧になる。土は豊かに、水は流れて、雨が歌うさ。ささめく星の瞬きと、風の吹く音。こんなに優しいせかいだもの。ゆるされているよ。

「骨貝が好きよ。」と微笑む君。白魚のよな指先を砂に伸ばし、白く乾いた貝殻を拾い上げた。ザアザアと鳴る海と、風に靡く髪。確かその時は冬だった。君の瞳に宿る光の鋭さは、骨貝の角とよく似ていた。

▸ 2019.

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  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-15

CC BY-NC-ND
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