真夜中の昴・改訂版《まよなかのすばる・かいていばん》

真中 茉袰《まなかまほろ》

真夜中の昴・改訂版《まよなかのすばる・かいていばん》

連載中。時々更新。

序幕《じょまく》

 
 その古アパートの裏庭には、まるで数時間前の黄昏を吸い取ったような鮮やかさを(もっ)て、1輪の赤い鳳仙花が、ゆうらりふわりと鈍色(にびいろ)の夜に浮かぶように咲いていた。
 見遣(みや)ると、そこに並んだ殺風景な部屋の中に至極(わび)しい雰囲気の居室(きょしつ)が1つある。その部屋の中は玉響(たまゆら)に窓を叩く気紛れな南風(はえ)(ほの)かに響くのみにて寂寥(せきりょう)としており、他には何1つとして聞こえなかった。それは別段珍しくも無いよくある6畳1間の簡素な和室であった。
 その部屋に今、男と女が、ぐったりとして倒れていた。
 疲れ切って酷くやつれた中年男性と、まだ10代半ばであろうと思われる儚げな面差しの少女という訳有りげな2人組。
 畳の上に横たわる彼らは、先刻(せんこく)より微塵(みじん)も動いてはいない。動いてはいないが、死んでもいない様子。刹那に強風が通り過ぎ、激しくカタカタと窓が鳴った。しかし然して気にも留まらぬのか、少女と男は互いに必死で何かを考えているようだった。
――嗚呼、遂に私、エレファントさんを殺してしまったのね……。
少女は、心の中で呟いた。彼女は(まぶた)を閉じたまま、己の犯した罪をひたすらに振り返り悔いている。
――嗚呼、遂に、遂に、恵那(えな)を殺してしまった。ワシはとうとう娘殺しじゃ……。
そうして、男も又、少女と同じく閉じた(まぶた)を開く勇気も無いままに、(ひとえ)にその罪を後悔していた。
 彼らは親子だが、少女だけがその事実を一切知らない。そう、男は、罪深いことに生き別れた娘に(つい)ぞ何の真実も伝え切れぬままに、心中という愚かな罪に手を染めたのであった。
 今現在親子は、同じ部屋に居ながらにして互いに互いを殺してしまったのだと深く信じ込んでしまっている。
 その勘違いのせいで、『心中(しんじゅう)を決行したというのに自分1人が生き残ってしまった』というある(しゅ)の罪悪感と後悔が生まれ、それによりもたらされる計り知れぬ恐怖までもが心に重たく圧し掛かっており、彼らは互いに酷く萎縮(いしゅく)してしまっていた。故に生死の確認の為に相手の状態を確認するという事も(まま)ならず、正に孤影悄然(こえいしょうぜん)そのもの。誰かに助けを求める心の余裕も丸切りなしといった手詰まりな塩梅(あんばい)だった。
 ――まさか自殺サイトで知り合った女が生き別れた娘だとは……御釈迦様(おしゃかさま)でも気付くめえよ、チキショウめ。
ふと、男が心の奥で悪態(あくたい)()いた。
 少女の方はというと、声も無くハラハラと落涙(らくるい)している。元々、若い身空で心中(しんじゅう)を思い切る程に精神が追い詰められていた彼女だ、ますます世を(はかな)んでしまっているのかもしれない。
 彼らは、(しば)しの時を()ても互いの生存に全く(もっ)て気付く気配すらまるでなく、ただただ相手を殺してしまったと一心に思い込んでおり、ぎゅっと固く目を閉じ現実から逃避(とうひ)しようと見えぬ振りをするばかり。双方(そうほう)己の犯した罪に()うが(ごと)(ひた)り切り、ひたすらに後悔することに夢中であった。
 ()くの(ごと)く誤想激しき彼ら。彼らが『巻き結びにした輪っかに首を通し同時にロープを引き首を絞め合う』などという(まこと)(つたな)き方法を使って心中(しんじゅう)(はか)ったのは、ほんの数十分前のこと――本日(よい)(くち)の話であった。

真夜中の昴・改訂版《まよなかのすばる・かいていばん》

真夜中の昴・改訂版《まよなかのすばる・かいていばん》

改心が間に合う碌でなしと、改心が間に合わぬ碌でなし。その違いは、偏に誰と出会い別れるかに他ならないのではないかと思う。些細な違いで先の運命は分かれども、2人の碌でなしが互い出会わずしてたった1人の少女の人生を人でなしから救う話。 仁丹刑事。改訂前はどうにも解りにくいようでしたので、コメディ要素を減らして書き直してみました。推理。ミステリー。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日 2019-12-13

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