夜行バスに乗って

夜行バスに乗って

 在京時、帰省する際の足は決まって夜行バスだった。
 
 料金が新幹線のほぼ半分で済む、
これが最大にして唯一の理由。
 本数は行きも帰りも一日1本のみ。
 日付が変わる前に乗車し、降車する頃には日が昇り始める。
 上京当初は往復共に利用していたが両親の厚意により、
後半は下りが夜行バスで上りは新幹線が定番となった。
 おかげで金銭面はもちろんのこと、
体力面においてもだいぶ負担が軽くなった。

 夜行バスの乗車時間は約5時間半。
 日中の便と大きく異なる点はひとつ、
それはサービスエリアに停車した際。
 外に出て休憩できるのは運転手のみ、
乗客はアイドリング状態の車内で待ち続ける。
 
 これが就寝中ならば何も問題ない。
 しかし、自分は違った。
 早く発車しないか、止まるたび焦れていた。
 運転手が一服し終え再び運転席へと座るまでの15分間、
とにかく長く感じられて仕方なかった。

 そう、神経質すぎるが故か、
僕は眠れたためしがなかった。
 意識が遠のきかけたことはある。
 だが、脳の機能が休止し動くは心臓のみの寝落ちを、
一度たりとも味わうことができなかった。

 5時間半もの長い間、目的地への到着を待つのみだった僕は、
過ごす時間をできるだけ楽にと、回を重ねるごと工夫も重ねた。
 快適とまではいかなくとも、心身の負担軽減となればそれで充分。

 時代の変化とテクノロジーの進化による、
4列シートから3列シートへの座席移行は歓迎すべきものであった。
 盆暮れでなくとも週末となれば、席が埋まることが多い。
見知らぬ隣人へ気を使う必要がなくなり、気分はだいぶ楽になった。

 この勢いにのらぬ手はなし。
 体力的にもリラックスをと、
ネックピローや腰枕の導入も図った。
 ぎっくり腰経験者としては、
エコノミークラス症候群からの腰痛は極力避けたい。

 そして眠れない夜を抱いた乗客最大の敵、
それは夜行バス特有の走行音。
 大勢の人を乗せた大型車両が高速走行する際、
タイヤと路面との摩擦によって生じる轟音。
 あの獣が唸るような響きには、
一度聴いたら忘れられない迫力がある。

 その対策として選んだのが、MDウォークマンやスマホアプリ。
 イヤホンを通じ音楽を楽しむことで、騒音も時間も忘れられる。
 ただこの抵抗、音量大にしたため音漏れしてしまった。
 結果、眠れる席の中年からジェスチャーで注意を受け、
再発防止の観点から使用中止を余儀なくされた。

 音を楽しめないのならいっそ無音に、と次は耳栓を探した。
 とにかく防音効果の高いものをと遮音性能を示すデシベル第一に、
実店舗やネット上を巡り出合ったのが、アメリカ製のものだった。
 この品、使用前は弾丸型をした硬めの練り消しといった印象。
 白を基調とした、赤や緑が入り混じるサイケデリックな色調。
 使用時は手のひらで温め柔らかくした後、
親指と人差し指でグニャっとつぶし耳の中に押し込む。
 最強とうたうだけあって、これがかなりの優れもの。
うなる走行音を半減、いやそれ以上防いでくれる。
 相も変わらず一睡もできぬ僕になくてはならない、
帰省の際には欠かせないアイテムとなった。

 帰郷後は上京するまでの用事がなく、
比例し夜行バスに乗ることもなくなった。
 チケット片手に荷物を担ぎ直す、
そんな待ち時間も含んだ長距離移動。
 恋しくはない、あんな思いもうたくさん。
 ただたまに、たまにだけれど懐かしく感じる時がある。
 帰る家があるっていいことなんだ、
ありがたいことだったんだなって、そう思う自分がいる。

夜行バスに乗って

夜行バスに乗って

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted