月にはぼくたちとおなじかたちをしたいきものはいない

あおい はる

 うさぎが、はねる、月には、ぼくたちとおなじかたちの、いきものは、いないとされていて、夜空をみあげたとき、すこし、さびしい。
 理科室には、うわばみが棲んでいて、せんせいがひそかに、えさをあたえていることを、しっている。となりのクラスのおんなのこが、さいきん、テレビにでるアイドルになって、学校は、なんだか、にぎやかしい。飼育小屋の、にわとりが、しずかに、一羽ずつ、いなくなっているのは、たぶん、うわばみの、せいで、でも、うわばみが、飼育小屋に侵入しているのか、せんせいが、うわばみのために、持ち出しているのかは、不明である。日々は、そうそう、華やかなものではないし、それを望んでいるわけでもないけれど、やや血生臭いのも、な、と思う。晴れた日にしか、きみは、帰らないし。
 レモンケーキは、商店街、二丁目の、しろくまくんちケーキやさんのに、限る。ぽっかりと、あなのあくようなむなしさに、おそわれたときにだけ、シュークリームがたべたい。カスタードクリームと、ホイップクリームの、二種類のクリームがはいったやつ。うわばみのなまえが、ネム、であることを、せんせいが一度だけ、会話のなかで、明かした。いつも、眠っているために、ネム、なのか、それとも、意味などはなくて、語感、音的なものが、しっくりきたからなのかは、わからないけれど、ぼくも、こころのなかで、ネム、と呼んでいる。ネム、という響きが心地よくて、ときどき、声にもする。ネム、と呟くと、なんとなくだけれど、晴れた日にしか帰ってこない、きみのことも、ゆるせるような気がしてくる。
 ネムのすがたをみかけたことは、ある。二回ほど。まだ、だれもいない理科室の、床に、じっとしていた。からだをのばして、じっと、うごかないで、いた。特別教室しかない棟の、つねに人気のない、階段の踊り場でみかけたときは、とぐろをまいていた。首(へびのくび、というのが、ただしくは、どこからどこまでをしめすかは、わからないが)をもたげ、目をつむり、眠っているようだった。実際に眠っていたかは、わからなかった。へびも、たぬき寝入りをするかもしれない、と思った。ネムのからだは、いつみても、つやつやしていて、ぬれている。水っぽいというより、ぬめっとした液体をまとっているような、ぬれかたをしている。
 にわとりは、一羽ずつ、かくじつに減っているはずなのに、まだ、たくさんいる。むしろ、減る前より増えているような、気もする。アイドルになった、おんなのこが、体育館のうらでひとり、泣いているのをみた。きょうは晴れているから、きっと、きみが帰ってくる。

月にはぼくたちとおなじかたちをしたいきものはいない

月にはぼくたちとおなじかたちをしたいきものはいない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-11

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND