コンプレックス

コンプレックス

　散髪してきた。
　いつもの三分刈り、丸坊主。
　想像に難くない話ではあるが、
禿頭の場合、四季の中では冬が一番つらい。
　床屋終わりは両サイドと後頭部がヒヤッとする。
　夜は特に厳しくなる。
　入浴を終え入室すると、防御の薄い頭を寒さが襲う。
　頭頂部から足の指先まで冷気が走る。
　温まっていた体は一瞬で冷め、
ポカポカ感があっという間に消えてなくなる。
　どこか遠くへ飛び立ったかのように。

　この感覚、フサフサさんには分かるまい。
　フサフサがボサボサと化し、
目元首筋が煩わしいため美容院へ出向く。羨ましい限り......
　同じ動機でヘアカットできたのはモラトリアム期まで、僕の場合。
　今や美しきアルバムの一ページ、遠い日の懐かしい思い出。
あったかどうかもまゆつば物、ってこれは言い過ぎた。

　自分にもフサフサ期はあった。物証もある。
　当時の免許証が机の引き出しに入っている。物持ちがよいもので。
　証明写真を見れば、肩近くまで伸びた髪の毛。
ため息が出そうになるのを抑え、元の場所へそっと戻す。

　大学時代はパーマをかけたこともある。失敗したけど。
　顔に合わなかった、チリチリが。
　ある同級生からは、
「君、その髪型おかしいね」
　ハッキリそう言われた。
自分でも分かっていたが、他人から指摘されると倍凹む。
　
　前髪にメッシュをよく入れていた。
　髪の毛全てを染める場合は一度色を抜かねばならず、
その際、頭皮がものすごく痛いとファッション雑誌に書いてあった。
　痛いのが嫌だというのもあったが、それ以上に父方の男性、親父も亡き祖父も、
仏壇の間に飾ってある写真の中の曽祖父も、みんなみんな禿頭という家系のため、
保険をかける意味で頭皮にダメージを与える行為は敬遠することにした。
　結果的にあんまり意味はなかったけれど。

　禿頭が継承される父方の血。
だが遺伝するのは短所だけではない。長所も然り。
　その長所とは小顔。
　おかげで身長の低さを頭身で補うことができている。
　妹は僕以上の小顔だ。女子ゆえ得している、よかったね。

　低身長、これも父方の遺伝。
　大抵の男性より僕の視線は低い。
　若い頃は正直コンプレックスだった。
　だが、中年の坂を上り始めると、
女子の目を気にすることは自然となくなった。
　
　僕は猫背で背が低く見えがち。
そのため最近、良い姿勢を意識している。
　一人飲みで盛り場へ出る際には、
背筋を伸ばし胸を張って歩くよう心がけている。

　猫背矯正には体型の変化も関係している。
　ここ数年で体重が増え、
下っ腹の膨らみが目立ち始めたから。
　それでも適正体重より数キロ多い程度。
　長い間痩せ気味で推移してきたため、
現状から少し絞ればちょうどよくなる。
　見た目的にも健康面からも、
威張って見える歩き方が今の自分には必要だ。

　体重増加に伴い、ワードローブに長時間の着用困難なアイテムが増えてきた。
　ぴちぴちに締まって苦しくなるならまだいい方、
着ることすら不可能なものも少なくない。
　昨年知人にアウターやトップスなど上半身用中心に20着ほど譲り渡し、
タンスの中がだいぶスリムになった。続くは体型だ。

以前はハゲ隠しの意味もあり被ってきた帽子も、
本来の意味合いで楽しめるようになった。そこには小顔も貢献している。
　春から秋までベースボールキャップを愛用してきた。
　季節はもう冬、これからは心も頭も温まるニットキャップの出番である。