れもん色のうみのそこ

 れもん色のうみのそこから、むくむくとあらわれた、かなしみをくらうバケモノが、いつか、せかいを、こわすかもしれない、という、たんなる憶測におびえる、にんげんども。

 どうしようもないときの、やるせない気持ちを、きみが、花びらにくるんで、野原に埋める。野原では、こぐまが、昼寝をしていて、なまえもしらない草花が、生息していて、野原は、たぶん、神さまのもので、個人的な感情を埋葬するところではありませんと、せんせんはいう。かなしみをくらうバケモノとは、町はずれのラブホテルで、たまに、あう。いろんな愛憎が感じられる、という理由で、バケモノは、その寂れたホテルを、好んでいて、わたしは、でも、ベッドの軋む音が、おんなのひとの悲鳴にきこえるから、あんまり好きではない。せんせいのつくるココアをのんだあと、きみが、せかいのおわりにはこのココアをのんでいたい、なんていって、わたしはちょっと笑う。バケモノは、ベッドには眠らない。ひとりがけのソファに、だらりと座り、わたしがあげた、わたしのかなしみを、むしゃむしゃとくらう。姿勢が悪いから、消化に悪そうだと、いつも、ひそかに思っている。バケモノとむかえる、ラブホテルの、午前七時の部屋は、うっすらとれもん色に光っていて、れもん色のうみのそこで目が覚めたときって、こんな感覚だろうと想像する。朝ごはんはパンがたべたい。バケモノは和食派で、夜のあいだにくらったわたしのかなしみは、別腹なのだそうだ。きみが花びらにくるんで埋めた、やるせない気持ちが、か細い、一筋の、白い糸のような煙となって、空にのぼってゆくところを、ときどき、みる。こぐまは起きていて、ちいさな赤い実を、ぱくぱくたべている。こぐまの体毛は、ふさふさしてみえる。でも、すこしかたそうで、融通がきかなそうにも、みえる。かなしみをくらうバケモノのからだは、しゃわしゃわしていて、サテンの生地みたいな触り心地が、する。せんせいはそろそろ、動かなくなるかもしれない。処理能力が低下しているのか、動作が鈍いときがある。野原のこぐまは、きまぐれに、光る。星にはまだ、なまえがない。

れもん色のうみのそこ

れもん色のうみのそこ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-07

CC BY-NC-ND
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