救われない僕たちは

英雄

王都ソレイラの郊外に位置するこの村は王都ソレイラへと供給する作物を生産することを生業としており、穏やかな時が流れる中で子供たちは大いに遊び、大人たちが美しい労働の汗を流せる場所だ。

そして、時間的には作業を切り上げた大人たちが今日の晩酌はどうしようかと楽し気な声の相談が聞こえてくる頃合い。


しかし今、空を覆う厚い雲の下で村を包むのは断末魔に似た悲鳴と、うめき声、そして木造の家々を焼く業火。

ここにあるはずの平凡ながら平和の象徴ともいえる光景は見る影もなく、炎を帯びた唸るような風が肌を焼き、地の獄の如き凄惨たる景色が目を穢す。


その地獄の最中に立つモノは獅子の頭と蛇の尾を持った異形の存在。


頭から尻尾の端まで長さは10mを優に超え、四肢の太さは人間の胴の3倍、胴の太さはその2倍、口から止めどなく溢れ出す靄のような炎は地面に着く直前で空気に溶けるように消える。

冷気の様に溶ける炎も、それを吐き出している化け物自体もこの世の物質や常識からは大きく外れている存在であるという事は想像に難くない。


ソレの牙と爪は見る者の全てを刈り取るような、触れるまでもなく対象を傷つけてしまうような恐ろしい輝きを備えており、人間などが抗う由の無いその存在はある意味で神であった。



標的を探すように首を伸ばしていたソレは自らの視界の中に何かを捉えたのか、前足を上げると地面を揺るがしながら一歩一歩踏みしめるようにして歩き始める。


ソレの視線の先に居たのは20代中ごろとみられる女性の姿で、化け物を前にして余りにも弱弱しいその体から、

「いやああああああ!!!!来ないで!!来ないでぇ!!」


叫び声を上げながら、彼女の子供とみられる少女を庇うように自らの腕の中に抱き込んだ。

娘を守ろうとする儚い母の姿は人ならざるモノの目にはどのように映るのか、彼女の悲痛な叫びはその獣の耳に届いているのだろうか。

もっとも、何を映そうが何を聞き取ろうが、ソレが為すべきことは一つなのであろうが。

巨体を揺らしながら獲物の前にたどり着いた異形は

「グルアアアア!!!」


轟く叫びを上げながら、残酷なほどに鋭く光った爪を叩きつけるように振り下ろす。

我が子だけでも守り通そうと地面にうずくまるようにした女性は猛烈なスピードで来襲する刃に対抗する術を持たず、脆弱な人の体は異形の一振りの元に断絶されるかに見えた。

その刹那、荒んだ空気ただよう大地を一筋の閃光が駆け抜け、


_____ガキィィン!!


鈍い音と共に周囲の大気がビリビリと震える。


音と衝撃の発信源に居たのは羽織ったマントを風に揺らがせる一人の黒髪の青年。


化け物の凶刃は母子の体に触れる寸前で彼の刀によって受け止められていた。

青年は頭上に両手で構えた剣で化け物の攻撃を食い止めており、自身の胴の何倍もある異形の前足を前にしても押し負けるどころかピクリとも動いていない。

受け止めた側も人の中では大柄な方とは言え、10倍近い全長の差がある存在の攻撃をモノともしないという目を疑う状況はさらなる驚愕への前兆に過ぎない事を直ぐに知ることになる。

数秒の力の均衡の後に青年の持つ剣の全体が青く光り始め、


「・・ハア!!」


力の籠った掛け声とともに、彼は自らの視界を覆わんばかりの前足を弾き飛ばしたのだ。


化け物にとって想定外の反撃だったのか、あるいは青年の力がソレの巨体を凌駕するほどに強力であったのか、化け物の巨体はひっくり返って二回転程してから再び正面に向き直る。

獲物を奪われた怒りからか、充血し爛々と殺意に燃える目を向ける異形の怪物の視線を前にして、


「お待たせしてすみません!私が必ず守ります!」


青年は化け物の方向に注意を払いながら、背後の二人を気遣うように顔の半身だけを後ろに傾けて力強い言葉を投げかけた。

連続して起こった現実とは思えない光景に目をぱちくりとさせながら青年の方を見る女性と彼女の腕の間から顔を覗かせる幼子。

そんな二人を尻目に剣を右手に持ち替えた青年は片膝立ちになって地に左手を着けると、


「グレイ!」

呪文のような言葉を唱えた。


すると、彼の後方、母子の周囲3mほどの地面が4mほど上にせり上がり、一瞬のうちに円柱のような形状のモノが現出する。

戦闘の渦中から離れたその地面の一角は地表を這う恐怖の熱波から母子を守る、急ごしらえの避難所として機能を与えられた。


一言のうちに地面を操った青年は振り返ることはせずに立ち上がると、先ほどまで地に着かれていた左手を今度は自身の前方に掲げるようにして、


「ウィル!」


続けざまに唱える。

その言葉に合わせて、どこから吹いてきたのか優しくも確かな質量を持った突風が周囲一帯を撫でるように通過し、家々を焼き尽くさんとしていた業火を一瞬にして鎮火させた。

まるで焚火に水を掛けたかのようにパタリと火の手が収まった光景は不可解というほかなく、青年のやることなすこと全てが人智を超えているのは明白。

この理解が追い付かない状況の中で、ただ一つ確かなことがあるとすれば絶望的としか形容できなかった状況を一変させたこの青年が人類の敵でなかったことは幸運というほかにないということだろう。

人命の安全と家屋炎上の鎮火という現場の応急処置を行った青年は最後に残された最も厄介で邪悪な対象と相対すべく、前方に向けたのは射貫くような鋭い視線。

「グルルルル!」

その眼光とぶつかったのは唸り声を上げる化け物の殺意の波動で、静かに切られた開戦の火蓋に、少しでも守るべき者から離れようという判断であろうか、青年は剣を右手に握りながら前方に向かって猛然と走り始めた。



それを受け、迎え撃つべく始動した化け物の巨体は図体に似合わず俊敏で、青年を押しつぶさんばかりの威圧感を放ちながら四肢を前に進める。

鏡に映したように同じタイミングで標的に歩を進め始めた一人と一匹の距離はあっという間に詰まり、あと数歩で互いの間合いに入ろうかという所で、青年の足が突如として地を踏み蹴った。

次の瞬間、マントを翻した青年の体は遥か上空に飛び上がっており、化け物の獅子の頭を優に見下ろせる位置にまで飛ぶ脚力は人のそれを凌駕している。


獲物の跳躍の動作を見逃さなかった化け物は地面を揺るがしながら急ブレーキをかけると、重力によって自身の方向に落ちてくるしかない青年の体に焦点を合わせた。

雲を背景に上空を舞う青年は自由に動くとはいかない状況でも顔色一つ変えずに右手で握っていた剣を両手で握り込むと、

「大地を穢す魔族よ、ここは人の世だ!」


天地の法則に身を任せて化け物の胴体へと落下していく。


天から降下しガラ空きである胴に必殺の一撃を狙う青年に対して、

「グルアア!!」

攻撃の的が狙いやすい化け物は獅子の口から叫びを上げると、蛇の頭を持った尾の先から毒々しい粘液の塊のようなモノを吐き出して妨害を試みる。

空を裂きながら進む紫色の塊は明らかに有害そうで、当たればただではすまいであろうことは火を見るよりも明らかである物質は上空で機動力を失っている青年の元に一直線。


恐らくは直撃以外でも被害が発生するであろう、自身に向かってくる危険物に一瞬思案するような表情を見せた青年は剣に力を溜めるようにすると、


「エルフローラ」


剣を振りぬきながら唱える。

それと同時に振るった剣の軌道に合わせるように彼の前方に扇状に氷の道が空気を凍てつかせ、冷気の波動に触れた毒らしき物体は一瞬で氷の塊へと変わり、そのまま化け物の胴体の上に落ちていった。


靄のような冷気の余波の中から姿を現した視線の先の化け物の体を見下ろしながら、

「足掻くな」

一言ポツリと吐き捨てると、落ちていく氷塊の後を追うように異形の胴体へと迫る。

その体から感じるのは力の集約、とてつもない力を人の身一つに宿していることによる溢れんばかりの暴の鼓動。

「グラァ!!」

ただならぬ気配を発しながら近づいてくる青年に対して怯えるような動揺を見せた化け物は獅子の頭から燃え盛る火炎を吐き出し、命の危機を遠ざけようと抵抗をみせた。

下からせりあがってくる熱波に顔を照らされた青年は両手に握った剣と共に体全体を逸らせるように、柄を掴んている両手が自身の頭の後ろに来るほどに振りかぶると、


「バルフレア!」


自身を包み込まんばかりの火炎に向かって、いつの間にやら黒い赤みを帯びていた剣の切っ先が当たるように瞬間的に振り下ろす。

それは正に一瞬かつ一太刀の出来事で、

______ドゴオオオン!!

すさまじい爆発音とともに刀身から黒く扇状に広がった空気の炸裂は火炎を振り払うだけにとどまらず、その下の異形の化け物の体を真っ二つに叩き伏せた。

分厚いという言葉ではとても表現しきれなかった肉の塊はものの見事に一刀両断され、荒ぶっていた生命の呼吸は鼓動を止める。


全てを穿った黒い空気の爆砕は地面に着くか否かというところで消え、ほとんど同時に青年の足も地面を踏みしめた。青年の着地点を境に前後二つに割れていた化け物の胴は程無くしてズシンという音を立てて地面に崩れ落ちる。

中身を失った二つの大きな肉塊が大気に溶けていくのを見ながら青年が剣を鞘に納めようとしたとき、彼の後方からいくつもの馬の蹄鉄と金属の擦れる音が迫り、


「ジークバルト様あああああ!ご無事ですか!!」


最期に聞き馴染みのある野太い男の声が聞こえてきた。


ジークバルトと呼ばれた黒髪の青年は剣を鞘に納めると声のした方向に向き直り、

「ラルフ隊長。・・私の方は問題ありません。それよりも負傷者の救護をお願いします。家屋の延焼は押さえましたが、下敷きになっている人がいるかもしれません。捜索をお願いします」


視線の先の者を認めると軽く周囲を見渡し、幾人かの負傷者や崩れ落ちた家屋を確認してから言葉を投げかける。


ラルフと呼ばれた、白髪で30代前半頃のガタイの良い兵士はジークの指示を受けると、自身の後方に付いてきていた10人ほどの彼と同様に鎧をまとった兵士の方を向き直り馬上から、


「了解しました!・・・総員!救護と救助だ!かかれ!」


声を張り上げて指示を与えると、自身が真っ先に馬を降りて負傷者の元へと駆けていった。



威勢よく駆けだしてゆくラルフの背を見送ったジークは自らが作った土の円柱の元に歩み寄り、それに右手を置く。すると、円柱はゆっくりと地面に引きずり込まれるように降りてきて、やがて平坦な地面へと戻った。


元あった場所に戻ってきた地面の上でへたり込んでいる女性と彼女の腕に抱かれている少女の頬を伝う涙はまだ止まらぬようで、目には充血の色が浮かぶ。


そんな二人の様子を見て面食らったのか、ジークは先ほどまでの猛烈な戦闘からは想像できないほどにアワアワとした表情を見せた後に、


「も、もう大丈夫ですから、泣かないでください!」


守り抜いた二人を安心させようと言葉を絞り出した。

ジークのその対応からは相手を思いやる繊細な優しさが見て取れ、否が応でも溢れるのは好い人感。

恐怖の余波と取り戻された平穏のギャップに涙ぐみながら、

「・・グスッ・・あ、ありがとう・・お兄さん」
「あの・・ほ、本当にありがとうございました。・・・貴方様は?」

娘と母はどうにか謝意を口にし、女性は瞳に映った長身で黒髪の自分よりも年下に見受けられる青年の素性を尋ねる。


一先ず口を聞けるぐらいには気持ちが落ち着いた二人にジークは少しニコリとすると、

「王国親衛隊スペラーレのジークバルトです。太陽の国の民を守るのが我々の使命ですから、当然のことをしたまでですよ。アナタたちが無事で本当に良かった」


優しい口調でそう言った彼の白いマントと刀の鞘には金色の太陽の紋章が刻まれていた。

兵士

なだらかな隆起はあるものの広々と周囲を見渡せる平地を進むジーク達は先ほどの村の人達を載せた馬車を中心にして、円を作るように陣形を組んで街道を進んでいた。

既に日は暮れかかっており、夕暮れの穏やかなオレンジ色に照らされた一行の前方数キロ先には王都ソレイラの高い城壁の一部を見る事ができ、到着はすぐそこまでにまで迫る。

集団を先導し、王都の堅牢な壁の一角を眺めるようにしていたジークは横で馬を操るラルフへ顔を向けると、


「ラルフ殿。どうにか日が暮れる前に王都に戻れそうですね。」
「はい!比較的に近場でしたからな!幸い犠牲者もいませんでしたし、今のところは魔力探知機にも反応はありません!今日はこの方たちを王都に送り届ければ終わりですかな!」
「そうなりそうですね。・・ラルフ殿も久しぶりに家で過ごせるのではないですか?ここ数週間は激務でしたからね、家の方々はさぞ待ちかねていますでしょう」
「だといいんですがな!家を空けすぎると娘は私の事を忘れてしまうかもしれませんから、そろそろ顔ぐらいは見せておきたいですな!ガッハッハハ!」


白いひげを揺らしながら発された豪快な笑い声が平野をそよぐ風に乗って響く。

妻子あるラルフや兵士たちには数週間ぶりの王都はまさに待ちに待ったものであり、心躍る気持ちは容易に察することが出来た。


馬上で空を仰ぐようにして声を上げていたラルフはその王都に帰還するという話題から連想したのか、ふとジークに視線を戻すと、


「ジークバルト様はどうなさるのですか?久しぶりの休息ですかな?」

激務を共にしてきた戦友に王都での予定を尋ねる。


ラルフの何気ない言葉に対して、先程まで楽しげに会話を楽しんでいたジークの表情は少し深刻そうな色を浮かべると、

「・・いえ、次は西方に行くことになると思います。ここ一週間ほど断続的な魔力の観測、そして、3人の兵士が遺体で見つかったと報告が届いています・・恐らくは混乱に乗じた呪者による犯行でしょう。それの調査及び討伐に出ます」
「何と!休息も無しに次の任務ですか?!その愛国心には全く頭が下がるばかりですが、流石のジークバルト様といえどお体に堪えるのでは?」
「体の疲労については我々は魔力でいくらかはごまかせますから、多少の無理が利きますし・・・それに国に拾われた命です、国の為に捧げるのが道理かと」

絶え間なく任務に追われる状況を悲観するわけでもなく、自らの役目について淡々と持論を語った。

国のために命を捧げる、二十歳そこそこの青年が口にするにはあまりに重い言葉で、戦場に身を置くジークが口にしたからには文字通りの意味を持つことになる。

会話を終え、けろりとしているジークとは対象的に、さも当たり前の事のように呟かれた最後の一言を聞いたラルフは顔を俯かせ、大きな体を小刻みに震わせるようにしていた。

何かを堪えているように見える、ラルフの突拍子もない行動に、


「あ、あの。・・ラルフ殿?」


反応に困ったジークが恐る恐る様子をうかがうように隣の髭面を覗き込みながら言葉をかけると、


「ジークバルト様!!決めました!!私もその西方の調査にお連れください!!ジークバルト様が奔走為されているときにのうのうとしているわけにはいきませぬ!!」

関を切ったように言葉を吐き出し、勢いよく顔を上げるラルフ。

若人の言葉に感化されたのか、熱のこもった瞳にはうっすらと涙が滲んでいるのが見て取れた。

情に厚く涙もろい大男から確かな決意の視線を向けられたジークは突然の提案に対してまごつく様子を見せると、

「・・お気持ちは嬉しいですが、陛下に指示を仰がない事には何とも。それにラルフ殿は流石に休息を取らなければ体がもちません」
「何をおっしゃいますか!従軍20年!幾たびも強行軍を経験してきました!!それに、私の国を想う気持ちはジーク様に引けを取りませぬ!!何卒、陛下にお口添えを!!!」
「・・・お気持ちは分かりました。ラルフ殿が一緒であれば私も心強いです、陛下に提案することを約束しましょう」


どうにか昂ぶりを抑えようと試みたのだが、結局はラルフの熱意に押し切られる形になり、最高権力者に意見を仰ぐという言質を取られてしまう。

どこか嵌め込まれた感が否めずに微妙な表情で首をかしげるジークの横で、

「ガッハッハ!やはりジークバルト様は義を重んじる御方ですな!どこまでも付いていきますぞ!」

発されたのは心底楽し気で信用の色が滲み出たラルフの声。

押しに弱いジークを手玉に取るようにしてみせた彼だったが、根底にあるのはひたむきで真っ直ぐなジークに対する信頼と信認であることは間違い無いのがこの声から感じ取れる。


十五歳近くも年齢の離れた二人が年甲斐もなくじゃれ合っているうちに、一行の眼前には口を開いた巨大な城門が姿を現していた。

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ジーク達の隊列が王都の玄関口を通過しようとした際、

「ジークバルト様!!ラルフ隊長!ご苦労様です!!」

城門を警備している4人の兵士が敬礼をし、そのうちの一人が労いの声を張り上げた。


久しぶりに聞く番兵からの言葉にジークは馬上から右手を軽く手を上げて答えると、


「お疲れ様です!村の方々を保護してきました!バートさん、この方々の案内を頼みます!!辛い思いをなされました!丁重にもてなしてください!」


後ろの馬車の方に半身を向けながら、丁寧な口調で兵士に指示を出す。


人外の化け物によって家を失った彼らの心のケアと生活の再建の面倒を見ることも王都の重要な役目の一つで、それが出来るだけの財力と胆力があることがアルデミオンが大陸最大の領土を保有する理由でもあった。

ジークから名指しで命令を授かったバートは明らかにテンションが上がった様子で、

「了解致しました!!・・ジークバルト様!陛下から言伝を預かっております!戻り次第、イル様とシエル様と共に太陽の間に来るように。とのことです!」
「分かりました!!」

折返しで命令を伝えられたジークは了承の声を上げると、

「では、ラルフ殿。陛下への進言の件、確かに」
「お頼みいたしますぞ!!」

左隣の戦友と先ほど交わした約束について確認する。


念押しするような口調でラルフは分厚い胸板ごと倒さんばかりに深々と頭を下げたのだが、ゆっくりと顔が上がってきたところで、


「・・それとは別に、日頃の今夜我が家で食事でも如何ですかな?夕食まではまだ時間がありますから、妻と腕によりをかけて料理を作りますぞ!・・当然、宮廷の料理には遠く及びませんので、もちろん宜しければですが」


そのように切り出しすと、まるで懇願するように小動物のような目をしてジークの方を見つめてきた。

今日だけで二度目となる唐突な提案に馬上で少し身じろぎしたジークは困惑しながらも、面前の人物の太い眉毛の上の大粒の汗から、この誘いをかける機会を待っていたということだけは察する。

が、意図が読み取れないという部分に関しては何も解決していないので、少し思案する様子を見せてから、


「ラルフ殿、お気持ちはありがたいですが、。久方ぶりの家族水入らずの食卓に私が入ってはご婦人や娘さんはいい気持ちはしないはずです。家族の団欒を邪魔することなど出来ません」


切り返すジークが口にしたのは常識かつ全くの正論。

例え亭主が良くとも、彼の家族が数週間ぶりの家族の一時を邪魔されたくないであろうという推察は至極全うで口を挟む余地はないほど堅固に思えるが、今日のラルフの頭に退くという言葉は無いようで、

「邪魔などと、何をおっしゃいますか!!私も含め、この国の民は全員、貴方様と食卓を共にすることを夢見ているのですぞ!!」

少し言い過ぎではないかという規模の話を持ち出し、鼻息荒く誉めたてる。

わざとらしい程の賛辞にも、年上の人間にそこまで言われては無下にするのも非礼と感じてしまうのがジークの性分なようで、

「大げさすぎますよ・・ただ、ラルフ殿にそこまで言わせておいて断るというのも忍びないです。..今晩、ごちそうになっても宜しいですか?」
「ガッハッハハ!もちろんです!!心待ちにしておりますぞ!」


最終的には先ほどと同じように丸め込まれる形になり、ジークの礼節を重んじる性格をよく知るラルフの作戦勝ちという形になった。

先程のことに加えて、やはり何か腑に落ちずに馬上で首をかしげ、

「先ほどからラルフ殿に丸め込まれている気がしないでも無いのですが・・・」
「何をおっしゃいますか!ジーク様、そんなことよりも陛下がおよお待ちなのでは?」

疑惑をこぼした無垢な青年にラルフが打ったのは仕入れたばかりの誤魔化しの一手。

「そうでした!では後ほど!」

優先事項を呼び起こされたジークは手綱を握り直すと、城下町へと馬を走らせた。

救われない僕たちは

救われない僕たちは

「お前たちの王に罪の償いをさせに来た」 降りしきる雨の中、そう語った青年は一夜にして太陽の王を含む十数人の人々の命を刈り取り、その刀を血で染めることになる。 後に{陽の落日}と呼ばれる事件を単身で引き起こした青年ユーノ。 ほんの数週間前まで自身の失われた記憶を追い求めることだけを目的としていた、大雑把ながらも心優しかった彼がどうしてその身を闇に落とすことになったのか。 貴族の少女アリシア・クウォーネとの出会いから全ては始まる。 これは救われない神々の、悪魔の、人間の物語。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-07

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