メシア篇其の3

これちかうじょう

メシア篇其の3
  1. 5月20日(土)天野家にて
  2. 5月22日(月)猪瀬家にて
  3. 5月23日(火)
  4. 5月24日(水)
  5. 5月25日(木)
  6. 救世主とシヴァ
  7. 5月26日(金)
  8. 5月26日(金)天野家にて
  9. フライデーナイトフィーバー

5月20日、土曜日。
僕は少し交換日記を書くのをためらっている。
何故なら、『嫉妬』というものを考えていたからだ。
城善寺に対してそれを思っていたのかどうか。
今はもう分かりっこないのだ。
昔は、と片づけられる今だからこそ、
城善寺に対する思いを整理するようにと、
君はそう言うのだろうか?

5月20日(土)天野家にて

学校は休みだ。
来週には中間テストがあり、僕はまた城善寺に負けるだろう。
前は何も気にしていなかった。
負けても、負けても、まあいいかと流せていた。
でも今は、君に突きつけられている。
嫉妬を感じていたのかどうか。
僕は確かに、城善寺が好きで仕方なかったのだけれど、
相手が嫌だと思ってしまうことに対して、
それを見て見ぬふりしていたことを今は恥じている。
恥じては、いるのだ。
「真咲ー、ちょっと降りてきてー」
母さんにそう言われて交換日記を一度、閉じる。

「どうかしたの」
「今から自宅出産のお手伝い!お父さんも往診でいなくなっちゃうから、
 ちょっとだけ留守番しててちょうだいな」
「別にいいけど」
「テスト近いのにごめんね、じゃあ行ってくるわ」
単なる高校2年生なんだけれど、しかも男子の。
と僕は思うのだけれど、母さんは母さんで助産師として仕事をし、
土曜日だというのに曜日に関係なく仕事をしていることに対しては、
僕は尊敬はしている。
父さんも産婦人科医ということで土曜日は往診にいつも出掛けてしまうし、
残りのスタッフが総出で外来をやっていくのは多分、大変なんだと思う。
でも僕にできることと言えば電話番とか、受付とかだけなんだけれど。

「真咲君はパソコン得意だったよね!」
「はい?」
いきなり医療事務の女性に言われてびっくりしてしまう。
まあ、一応は使えるには使えるけれど。
「ここのね、医療点数の改訂があったのよ、そこをちょこっと入力して欲しいの!」
「はあ」
「ほんとやになっちゃうわよね!すーぐ改訂改訂!見直しすればいいと思って現場は後回しなんだから!」
「こうですか、ここをこうして」
「わーすごーい!さすが高校生ねえ!学校で勉強してるんだよね!」
「まあ、少しだけですけど」
情報基礎は総合進学部にはない授業だ。
情報科学部のお得意中のお得意というものであって、あの高瀬だったらちょちょいのちょいなんだろうけれど。
「午前中だけだからさ、一緒に頑張りましょ!」
「はい」
まあ、いい気分転換になるか。
と言った具合で僕は産婦人科の医院を手伝うことが度々、ある。

お昼をスタッフさんに作ってもらうのも、ひとつの報酬であったりする。
食べるのが汚い、と言われてからはなるべく人前で食べるようにしている。
そうすれば治るかな、とも思ったもので。

「そうそう真咲君、昨日なんだけどねえ」
「はい」
「可愛い子がクリニックの前にいたのよお、でね、みなちゃんが話しかけたら、
 真咲君の後輩だって言ったんですって!」
「後輩?」
「ねえねえみなちゃん、あの子、名前聞かなかった?」
みなちゃんというのは、医療事務の中で一番若い女性スタッフだ。
ちなみに事務さんと食べている食事はオムライスである。

「名前は聞かなかったですう、でもちっちゃくて可愛い男の子でしたあ」
「そうそう、背が小さかったわよねえ、真咲君とは大違い!」
僕は一応、身長が180センチある。
小さい、後輩、となればまあ、検討はつくんだけれど。

「昨日は雨が降ってませんでしたよね」
「そうねえ、降ってなかったわねえ。でも今年は雨が多いって話よねえ」
「雨が降ってないのにこんなとこまで来たのか…」

そう言えば、早退したと書いてあった。
交換日記。
「じゃあもういいですか、僕は予習をしますんで」
「ありがとねえ、助かりました!」
「では」
2階に上がって自分の部屋に入る。
そしてまた開く、例のページ。
5月19日の君の話だ。

「嫉妬か…そんなの感じてた記憶がないな」
今となってはもう分からないのだ。
城善寺のことは確かに好きだった。
嫌がるのを分かってて何度も執拗に迫ったりして、
今思えば恥ずかしい限りなんだけれど。

「でも僕はずっと2位で…高等部に上がってからもずっと2位で…」
中等部時代は五頭という生徒が常に1位だった。
その生徒は今年に入ってからすぐに情報科学部に転部した。
総合進学部から何故情報科学部に入ったのかは理由は分からないけれど、
異例中の異例ということで、
それはそれで話題にもなった。

「一ノ瀬いわく僕は必殺仕事人なんだろうし…」
何故か彼女は僕をそう呼ぶ。
それはもう、多分だけれど、生徒会の仕事を第一に行うからで、
でもそれは藤堂がさぼるからで…。

「って話がずれた」


大地へ

嫉妬、というのは感じたことはないのですが、
多分感じていたんだろうとは思います。今となっては。
僕は中等部時代からずっと万年2位の成績で、
常に上に人がいるということが何かしら、ネックだったのかもしれません。

でも、それはそれでいい状況だったと今は思います。
目指せる人がいるということは、いいことです。

城善寺に対しては、好意よりも尊敬の念が今は強いです。
彼は誰よりも早く登校して、教室で勉強をしているそうです。
それを藤原に聞いた時はびっくりしました。
何でも、お姉さんと妹さんが邪魔をするので学校に早く来て勉強するようになったということですが、
6時には門が開く青陵に6時5分には来ているんだそうです。
僕は家が遠いので、学校にそうは早く行けません。
知っての通り、駅で言えば5つ、学校から離れています。

そういう努力をする人を、僕は尊敬します。
尊敬という感情こそ、最高の人間関係だと思うのですが、
大地はどうですか?

天野真咲

5月22日(月)猪瀬家にて

「尊敬…」
してもらったことなんかないね。
と俺はシャーペンをぐるぐる回しながら文字を考えている。
今日も書道部で馬鹿にされたし。
何であんなに女子いんの?
何でこんなに男子俺だけなの?
でも交換日記を持ってきてくれるから、書道部の部室にいないといけないし。
査察を兼ねてなんだろうけど、
女子の連中、真咲が来ると喜ぶんだよな。

「嫉妬なんか」
畜生、畜生。
分かってないじゃんか、全然。
俺は、俺は、お前に見捨てられたんだぞ。
それを理解するまでは、思い出すまでは、絶対にやめてなんかやらないからな。


真咲へ

尊敬することはいいことだと思うよ。
でも、それは相手が上ってことじゃないのかな。
自分が下にいるから思うことなんじゃないの?
それはつらいよ。
俺だったら対等になりたい。
というか、相手より上に立ちたい。
っていうのは嘘だよ。
対等でいいな。
俺も、真咲と対等になりたい。
対して等しく在りたい。
それよりね、聞いてよ聞いてよ。
柳瀬橋と喋ったんだ。
なんとね、保健室登校になったんだって。
何でも、脳腫瘍ができて、それを取り除いたんだってさ。
そしたら神経を圧迫してた腫瘍のせいで、
歩行困難だって。
でもそれがきっかけで喋れたのは嬉しいな。
ずっと喋りたかったから。
あんなきらきらした人、世の中にいないよ。
それとね、柳瀬橋の友達でさ、中村ってのとも喋ったよ。
あいつ、すんげえ自分のこと分かってないんだ。
藤原先輩にあんなに大事にされてんのに、
全然理解してない。
俺は理解してない奴が嫌いだ。
理解してこそ、対等になれるんだよ。
対等になれれば、いずれ相手にも尊敬される。
それはもう、上下関係なくだけど。

でも、柳瀬橋と喋れて嬉しいんだ。
友達になってくれないかなあ?
俺、友達、いないんだ。

猪瀬大地

5月23日(火)

大地へ

友達がいないの?
いると思ってたんだけど…そこは理解が乏しくてごめん。
なんなら、僕が友達になろうか?
って、嫌がるんだろうけどね、君のことだから。

僕には恥ずかしながら友達がいます。
友達だと言ってくれる人がいます。
あの城善寺もそうだけど、一ノ瀬や藤原がそうです。
藤堂は、どうかな。
ただの仕事仲間かな。

友達は人生の宝です。
大地もいろんな人と接して、
その、柳瀬橋とも喋れるようになったんだから、
友達になってもらうってのはどうかな?
でも気恥ずかしいよね、友達になってとお願いするのは。
普通に、自然に、そうなれればいいと思いますが。
それと、中村の件ですが、
中村は中村で藤原のことを大事に思ってるみたいですよ。
それは見てれば分かります。

って、他人事かな。

天野真咲

5月24日(水)

真咲へ

友達は宝物だってのは分かるよ。
だから今の真咲は楽しそうなんだよね、
学校に行くことも、勉強することも、
こうして交換日記してくれることも。
あれ、楽しくない?
あはは、ごめんごめん。

もうすぐ中間テストだね。
また2位かもしれないけど、それは変わらない努力を真咲がしてるからであって、
俺はそれを知ってるよ。
そうだ、テストが終わったらすぐに夏服になるね。
夏服第一号の日にまたどっか行こうよ。
テストも終わって開放的になっちゃったところでさ、
そうだ、
真咲の家に行きたいな。
駄目かな?

猪瀬大地

5月25日(木)

「…え」
うちに来たいのか?来てどうするのか?
って、一度クリニックの前まで来ていることは分かっているけれど、
今さら僕に何を期待するのか。


大地へ

内緒にしておこうと思ったんだけど、
一度うちに来たことがあるよね?

本当は書きたくなかったんだけど、
スタッフから聞いてびっくりしてしまって、
それはどういう真意かなあと思って書いてしまいました。

僕は大地の家が分からないけれど、不思議だね、
何故か君の声が聞こえる気がするんだ。
呼ばれれば分かる気がする。
名前を呼ばれれば、すぐに逢いに行ける気がする。
第六感ていうのかな、
僕にはそれがあるみたいで。
まるで救世主みたいでしょ、ピンとくる何かがあるって。
でもこれは本当の話なんだ。
試しに呼んでみて?
はは、冗談だよ。

天野真咲

救世主とシヴァ

「…」
「…」
「…」
「…あの、藤原」
何故、藤原と面と向かっているのかというと、だ。
話は1時間前にさかのぼる。

「副団長を決めるように天野から藤原に言ってくれないかな」
藤堂がいきなり生徒会室でそう僕に言った。
「は?何で僕が?応援団は君の管轄じゃないか」
「だからさ、僕が言ったところで藤原が動くわけないんだよ。
 そもそも僕はただの生徒会長であって、藤原の友達じゃないしね」
「いや、友達の意見を聞くような人間じゃないんだよ藤原は」
「でも気ごころ知れてるじゃないの、普段から同じ教室にいるわけだし?
 それに十和子と千春の喧嘩も一緒に止めてるんでしょ?
 だったら大丈夫、天野に任せるからさ」
「でも僕は文化部担当だし、仕事が山積みだってのは」
「知ってるよ?だから何」

藤堂はそういう奴なのである。
カリスマ性はすごいとは思うけれど、それ以上に冷徹で、残酷な部分もある。
現に、部下である僕には結構厳しいことを言う。

「分かったよ、副団長を決めろって言えばいいんだね?」
「うんうん、頑張ってね」

そういうわけで、放課後、部活に行く前の藤原を呼び止めたわけである。

「藤原、話があるんだけれど」
「?」
「ちょっと座って」
僕もまあ、大きい方と言えば大きいんだけれど、藤原は193センチ、
僕より13センチも高いことになる。
一緒に立っていると威圧感がすごい。
それにまず、周りがくらくらしてしまうので(何でだか僕には響かないんだけれど、美人らしい)、
僕はいそいそと教室に残ってくれるようにと促した。

そして、面と向かって1時間である。

「…」
「だからさ、副団長を決めるようにと藤堂が言ってるんだよ」
「…」
どうしてこうも無口なんだ。
一ノ瀬がいれば通訳してくれるんだけれど、残念ながらもう放送部の部室に行ってしまった。
「団長である君が任命していいんだ、そうだ、中村を任命すればいいんじゃないのかな」
「…」
「そうすれば部活関係の仕事も一緒にできるじゃないか?部費申請日にも一緒に生徒会室に来れるし」
「…まだ」
「まだ?」
「早い」
「…いや、確かにね、中村はまだ1年生で入学してから2か月くらいだけど」
「…」
「でも充分やってるじゃないか、部室、綺麗になってるし、この前本人に土足厳禁だとか言われたしさ」
「…」
「君島も長谷川もその気はないんだろう?だったら今のうちに任命しちゃえばいいと思うな」
駄目だ、僕は死にそうだ。
頭を抱える。
どうしてこうも無口なんだ。
無表情だし、愛想もないし、とにかく考えが読めないというか。
僕の苦手なパターンの人間なんだよな。
こういう旦那さんがクリニックに付き添いで来ると、
僕はもうとことんへこたれてしまうわけだけれど。

「い、たーッ!」
「!」
「!」
その怒号?に僕も藤原もびくっとなる。
「結ちゃん!てめえは今何時だと思ってるんだ!」
「…冬至」
「時計を見ろ!今何時だ!このポンコツ!」
「…午後5時15分」
「部活終わるまでもう1時間もねえぞ!ふざけんな!先輩ペアにどんだけつっこまれてんだか俺は!」
「ごめん」
「いいから行くぞ!天野先輩、結ちゃん返してもらいますからね!」
「あ、ああ」

うん、副団長の素質、あるよ…。
「中村」
「はい!?」
「今度は生徒会室で逢おう」
「何言ってんすか天野先輩!俺はペーペーでーす!」
いいから来い馬鹿!と罵られる藤原が嬉しそうなのは、
まあ、今は僕だけの秘密にしておこう、かな?

「藤堂」
「どこで油売ってたんだ天野」
「いや、君に言われたんじゃないか、応援団の件で」
「え?」
「え?」


時々、というか、いつもだけれど、
藤堂は結構、僕に厳しい。

5月26日(金)

真咲へ

今日は雨だったね。
だから俺、元気元気。

そうだよ、前に一回、真咲の家に行ったんだ。
遠くから見てたんだけど、中の人に気づかれちゃって、
後輩でーすって言っただけ。

将来は真咲は医者になるの?
お父さんの跡を継ぐの?
俺の家はね、サラリーマンの家系だから、
俺は自由なんだ。
母さんも働いてるし、共働きっていうのかな?
だから家にいる時は大抵ひとりなんだ。
呼んでみてって書いてあったけど、
本気にするよ?

お願い、逢いに来て、真咲。

猪瀬大地

5月26日(金)天野家にて

「…あれ」
呼ばれた、気がした。
「…え、まさか、」
今日、大地がどんな日記を書くのか、僕は知らない。
でも、呼ばれたからには。

「…あら真咲君、どこか行くの?」
「ちょっと忘れ物してしまって」
もう19時半だ。
クリニックも終わりを迎えていて、締めの作業をみんながしていた。
「真咲、雨降ってるから傘持っていきなさいな」
「うん」
ああ、まただ。
呼ばれている。

耳の奥にかすかに届く、声がする。
まるで歌を歌っているかのような、そんなかすかな呼び声だけれど、
僕には分かる。
「…大地」

フライデーナイトフィーバー

「真咲…」
あはは、と俺は笑って見せた。
本当に来たよ、呼べばすぐ来る犬みたいな感じで。

「大地、本当に呼んだ?」

駅の入り口で俺は真咲を待っていた。
雨だから少し肩が濡れている。
「真咲の家の方も雨が降ってたんだ?」
「いや、だから、」
「うん、呼んだ。名前呼んだよ。逢いたかったんだもん」
まさかね、と俺は思ってたんだ。
第六感なんてありえないって思ってたんだ。
でも、こうして来てくれた。
あの時は、無視したくせに。

「ねえ真咲」
ああ、駄目だ。まだ薬が回ってる。
「キスして」
「はい?」
「お願い、1回だけでいいから」
「あのね、ここは駅だしね、みんなが見てるか」
俺は真咲の首に抱きついてキスをした。
少しかがめ、と思いながら。

「逢えて嬉しかった、好きだよ、真咲」
「…あのね、こういうことは困るよ」
「好き、大好き」
「…はいはい」

今に見てろ。
あの日、あの時、俺を無視したその事の重大さを、
今に思い知らせてやる。

「もういっかいー」
「大地!」

メシア篇其の3

俺が本当に考えていること、分かったら褒めてやるよ。
だから今は俺に溺れればいい。
俺に夢中になればいい。
そうしていつか裏切られた時に、傷つけばいい。
かつて傷ついた俺みたいに、
ボロボロになってしまえばいい。

メシア篇其の3

交換日記ももう少しで1か月になります。 それぞれに思うこととは?

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