ルル、星はまだ青いか

 ルル、きみの肉体は、削れば粉砂糖のように。

 たまご焼きを、せんせいがつくった、朝の、たまご焼き用の、四角いフライパンを、スポンジで洗っているときの、ぼくの、泡まみれの手から、すでにルルは、抜け落ちていて、いまはもう、ぼくのからだは、ぼくだけのもの、という事実が、でも、まだ、夢みたいに思える。
 テレビのなかで、だれかが泣いている。
 せんせいの声に、似ているような気がするし、まるでちがうような気もする。
 ぼくたちの星は、この頃、さいきん、やや衰退ぎみであるらしい。専門家のひと、いわく。衰退ぎみ、とは一体、どういうところが、衰退してきているのか、は、目にみえないところで起こっているらしく、ぼくらには、まるで、わからないし、衰退しているね、と、しみじみしあうほど、実感はない。せんせいにも、ぜんぜん、わからないというのだから、ぼくがわからなくても、問題ないと思っている。それよりも、問題があるとすれば、七日後の、学期末考査の、おもに数学のことと、ぼくのからだからいなくなった、ルルの所在、であるが、なんだか、それらのことも、ぼんやりとしてくるほど、今朝は寒くて、眠かった。いま、ぼくの一部を、たとえばかじりとられたって、ぼくは、気づかないかもしれない。それくらい、ぼんやりしているし、すべてが、にぶっている。泡だらけの手を、じいっと、みつめてしまうほどに。
 テレビのなかからきこえていたはずの泣き声が、やけに生々しく、近くにきこえる。
 耳もとでささやかれているような感覚が、ある。鼓膜から、するりと侵入してきて、からだのなかで、わんわん響いているのでは、という感じである。せんせいは、三十分前に家を出た。ぼくしかいないはずの、せんせいの家に、ほかにもだれかが、息をひそめているみたいな、気づかない、ぼくを、いたずらに、もてあそんでいるひとがいるような気分は、じわじわとこみあげてゆき、一瞬であふれて、ひろがる。水道から、水が、じゃばじゃばと流れて、泡がきえていくのに反し、ぼくのなかにうまれた、不安のようなものは、かわいて、しみになってゆく。(ルルは、そういえば、ぼくのからだのなかにいたときから、さびしがりやだった。ぼく、という肉体と、精神が、よりそっていても、他人をもとめるのが、ルルだった)

 浮いている。

 まだ、夢から、さめていないのかもしれない。
 せんせいの家の、たまご焼き用の、四角いフライパンを洗いながら、ぼくは、地上から数ミリだけ、浮いている。

ルル、星はまだ青いか

ルル、星はまだ青いか

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-06

CC BY-NC-ND
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