セラミック




 ノックの音から推し量る、人工的なセラミックの一枚。
 映像と音声にズレは無く、切れ長の眉毛と大きな黒目が一点を見つめる。一分、二分、首を傾げて、こちらに向けた右手の甲の動きに合わせ、緩く曲げられた指の骨が当たった箇所でもう一度鳴る。ノック、暫くして口の動き、発せられる声に震えて、彼女の訊きたい事が耳に届く。
「もしもし、もしもし。」
 返事がない、またはこちらから返事をしても聞こえないお互いの予想が当たるのは当然で、画面の中のストーリーは首を傾げる彼女の疑問と即興で浮かぶ思いのセンテンスで続いていく。感情が形になった建物のプレゼンテーションのために、既にその建物に住んでいる彼女が紡ぐその日の時間が、暗くなるまで流れ、暗くなった後に再開する。近未来の出来事になるらしい。蜘蛛のようなロボットが写された巨大パネルが強調する。添えられた計画のコンセプトは、先程興味深く読ませて貰えた。
 芸術と科学を謳う展示の一つである。
 最先端の科学的プロジェクトは面白く、用いられるデザインは美しかった。ただ一方で、芸術的要素が乏しいと感じてしまっていた。直近で、イメージが飛躍する内容の濃い絵画の展示を観たせいかもしれない。現実にあるものを用いながら、現実に着地しない表現。内に広がる興奮がもたらす軽みが、物を足場とする各展示内容からは感じ難かった。秩序だった想定は刺激的であり、設定された問題の場面を見事に描き出す手腕には目を奪われる。それでも不足を感じてしまった芸術性に、過度な期待を抱いていたのか。芸術とは、と高々な形で語り、育ちそうな芽を慎重に潰しながら、歩き辿り着いた一角、先の彼女は話していた。その時には、老夫婦が彼女の目の前に立っていた。
 心の形が見える、という事は一つのアプローチになるのだろう。変化を止めて観察する事は、対象を上手に捉える契機となる。形となってしまったために、時間の経過による変化が失われるのでないかという問題意識はまた別に持てばいい。一つの提案の明確な意義は伝わる。蜘蛛が建てる個人的な住処の居心地は、どんなものかと想像する。
 先の彼女は、既にそこに住んでいる。一人暮らしを始めた事情と決意は、彼女の語りから少し窺える。建物の形状は複雑なようで、しかも常に変化し、昨日と同じにならない(時間的要素、しかし形になって直ちに止まる)。彼女は迷子になっているらしい、あるいは迷子になりそうなことを心配している。それは他人の住処の変化であり、彼女はその形状も説明する。少し、感想も述べる。その時の目線は斜め上にあり、こちらを向き、逸れる。彼女の口は閉じている。語りは、彼女の内面として再生される。その語りも止まる時、映像の中の静寂が訪れる。静寂は維持される。面と向かう時間が確保され、空間は満たされる。こちらを見る意思、そして彼女は動く。緩く折り曲げた指を手の甲に乗せたまま、彼女の動作が画面を叩く。セラミックを思わる、という感想は彼女のノックで選ばれた。よくよく聞かなくとも、ガラス製だと思い直すにも関わらず、彼女のノックはイメージを決める。こんこん、ふーと長い息を吐いて「機械はダメね」と彼女が言い放つ。そう、記憶に残っている。
 ひゅいん、ひゅいんと回るCPUのファンを目に映しながら、満ち足りた気分に不思議になった。勝手に読み取った物語性に刺激された結果なのか、シンプルに彼女の容姿に見惚れたか。チューブから格子状に握られた数貫のお寿司の模型が並ぶ展示の前で照らされる。眩い蛍光灯と屋台が踊る。
 再現された耳に語れるとすれば、疑問がもたらす距離感と散りばめられた少しの情報、そして誘う敷居の硬い隔たり。フワッと舞い上がる気持ちの初動が、そうして歩みを弾ませる。
 ひらひらと、咲いた樹々の基本となる幹や枝が並ぶ通りの先にある建物の中には、自然のフォルムが有する機能をフューチャした展示が開催されていた。期間の終わりを知らないため、足は自販機の前から動かない。温かい苦味はマイルドになり、甘い方と感じる味わいになる。首を回して眺める空は青く広がる。思い付く単語はレイリー散乱、そう打ち込んで表示される結果をタッチし、横断歩道は渡れることを繰り返し教えてくれた。任意に選んだページにある内容に目を通す。光に波長があるのだ。
 感知する、まぶたを動かし走り出す。
 
 

 

セラミック

セラミック

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-05

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