タクノ流星群

紬いと(ito.)

タクノ流星群
  1. 星座観測部.1
  2. 蓮見の丘事件.2
  3. 流星群と僕等の軌跡.3

◯完結済みの作品◯

初めまして紬いとです。最初にこの作品を書いた頃から年数は経っていますが、作品の改稿をして載せています。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。よろしくお願いします。

◆随時、推敲しています

星座観測部.1

星座観測部.1

タイムカプセルを埋めた
いつ掘り起こされるかも分からない
タイムカプセルを……
僕等は確かにそこにいて
毎日小さな奇跡を見つけるのが僕等の決まりで
飽きもせずに毎日遊んだ
そして中学2年生のある日
一つの星を見つけたんだ
僕等が見つけた星
これはそんな僕等が残していった
小さくとも確かな足跡の物語



 将来の夢『宇宙の星を全部知ることと、流星群を手に入れること。遠井六(とおいりく)』小学3年生の頃本気で書いた僕の夢。先生や周りのクラスメイトが、驚愕の顔をしていたのを今でもよく覚えている。脳裏の裏に焼付くってこういう事を言うんだろうね、きっと。口々に言われた言葉もテープかなんかで録音されて今だにわんわん鳴ってるよ。先生には「大きな夢を持つことは大切なことだもんね。その時は先生にも見せてね? でも、もっと他にはないのかな」と、今度は何か苦いものを食べたような顔で言われたっけ。先生の顔と口から出る優しい言葉は、天秤にかけても全く釣り合わない可笑しな様だった。
 僕には全てお見通しなわけで、当時の僕にはその先生の態度が不服だった。本気の本気で書いた自分の夢だったのに。子供とか大人とか関係なくてさ、そんなもの通り越す程に真面目な夢だった。先生は僕の夢を本気と捉えず、宥めるように同情したんだ。周りの場の空気を感じ取って、僕が傷つかない為に取った策だったろうけど、効果無しだよ先生。だって、子供の僕から見ても先生の大人の事情っていう表情や心情やらが垣間見れたんだから。その点「真面目に書けよー」とか「ナイスボケ」などなど、クラスメイトは思ったままにぶつけてくるからまだ良かった。
 なんて、支離滅裂なことを思ったっけ。なんせ自分も子供だったから仕方がない。


 幼い頃から星を見るのが好きで、周りの友人のようにおもちゃやゲームには全く興味がなかった。父さんや母さんが、誕生日などにおもちゃを買ってくれたりもしたけど、物足りなく思えたんだ。酷い子供だったけど、正直言って嬉しくなかった。
 僕は星に夢中だった。季節によって変わる星座の一つ一つから、ひと時も目を離したくないほどに。夜が怖いと泣く子もいたけど、僕は子供ながらにこの静寂の世界が好きで、夜は朝が来るよりワクワクしてたくらいだ。そんな中、一緒にその世界を共有出来る友が出来た。あおとはな、この2人は星仲間である……一応。中学に上がると宇宙や星に興味のある僕の為に、お祝いとして望遠鏡を買ってくれた。これをきっかけにより一層、夜の世界に魅了されていった。


 *


「今日も眠そうだな、ろく」

「全くもって眠いよ……何で今日に限って、エサやり当番なわけよ」

「知らんわ」

 半分夢の中をさまよう僕は、藍沢誠二(あお)と登校していた。幼馴染のあおは、僕のことをろくって呼ぶ。つまりあだ名。六って書いてりくって読むんだが、大抵覚えてくれないから、そう呼ばれている。実際のところ今はその方が落ち着いているし。
 今朝はクラスで世話をしている兎に餌をやる当番で、いつもより早く家を出た。ここらは人口も少ない村で、30人ちょっとの一クラス。クラス替えはもちろんなく、みなの顔は嫌でも覚えられる腐れ縁学校。更なる過疎化がこの村にもやって来るのかと、3人分の影を見て不安にもなるこの頃だった。

「おっはよー! ろくちゃん、あおちゃん!」

 しけた顔して歩いていた僕とあおの後ろから元気な声がかかる。振り返らなくても分かってしまうのが腐れ縁同士。この声は間違いなく、花森沙織(はな)の声だ。透き通った彼女の声は、辛気臭い空気を断ち切った。

「おはよーさん。今日も元気だな、はなさんや」

「おはよーさん。何ではなっていつも朝から元気なの? 解らない」

 わざとらしく溜め息をこぼしてやった。

「もー年寄くさいよ、若者2人。ろくちゃんがエサやりって知ってたから、心配でわざわざ来てあげたのにさー」

「そりゃどうも」

 僕は朝が大の苦手である。というか嫌いな時間でしかないのが正解。それもそのはず、天気が良好であれば基本的に毎晩天体観測を夜更けまでしているからだ。この2人はその生活を知っているせいか、エサやりをさぼる前提として、こうやって僕の代わりに学校へ早く来てくれるようだ。なんとも頼もしい友だとつくづく思った。
 兎のぴょん太は、並木中学のアイドルでもある。ぴょん太なんて名前付けたのは、僕等の担任の先生であって決して生徒達ではない。普通だとクラスで名前を募集して決めるもんだろうに──
 ありきたりな名前になってしまって残念だ。
校庭に入ると、低音なのに妙に甘ったるい声が聞こえてきた。噂の張本人が機嫌良さそうにして鼻歌まで歌っている。

「せんせーおはよっす」

「先生……」「おはようございます!」

 こういうのを見るとさ、係の必要性を思う。先生がいるなら、いらないんじゃないのって。

『おはよう諸君! 餌係3人揃って登校か。ぴょん太、良かったな』

「幸せそうですね、先生。僕が来る必要なかったんじゃ?」

『なんだ、りく。そんな腑抜けた顔して──少しは動物にも興味を持ったらどうだ』

「これでも、敬愛するぴょん太様の為に早起きしましたよ」

『言い回しが皮肉めいてるなぁ……全く。ほら、あとの餌やりは頼んだぞ』

 そう言って吉田先生は、名残惜しそうに去って行った。吉田先生はこの弱愛ぶりから(ラヴ田)と、みょうちくりんなあだ名で生徒にこっそり呼ばれている。ぴょん太をラヴいと言ったあの日から。

「朝からラヴいな……」

「ラヴ田が餌当番でいい気がする」

「それ言うの……恥ずかしくないの?」

 早くしないと予鈴が鳴ってしまうからと、ぴょん太に急いで餌をあげた。シンプルに人参をあげると小さな口でかじりついている。この兎はいつからこの学校にいたんだっけ。
 真っ白なその動くマシュマロは、近くで見るとより一層、黒目を引き立てていて可愛い。別に動物に興味がないわけじゃないさ、ただ僕にとって星達にはかなわないだけの事。それだけの事なのだ。
3人で餌やりを済ませて、雨の匂いのする空を見上げつつ校内へ入った。上履きだって何か湿ってるし、階段は木目が伸びてる気もするしで、生徒の声までモワっとした声に感じられる。空は怪しい雲行きな上、今にも降り出しそうで。灰色の雲を引き連れたそれは学校に黒い影を伸ばしていった。

 ただ、静けさだけが漂う。

「今夜は中止かな……」

「何か言ったか? ろくちゃん」

「何も。いいから、はよドア開けてください」

 あおの背中を両手で押し出し、そのまま教室へ。大げさに痛がっているのを無視して席へ着いた。
 どうも今日のやる気はいつも以上に無いみたいだ。隣の席からはなの声がかかる。湿気のせいで机はべたついているし、木の匂いが酷いけど、そのまま机に寝潰した。


 *


「明るい星を見つける事から始めるんだ。星座早見盤やパソコンのプラネタリウムのソフトなんか使うと、日付とか時刻から明るい星を確認する事が出来る。明後日は天候も良いみたいだし、付き合ってくれよな」

 放課後のチャイム。
 自分の生気がマックスになる瞬間。そしていつものように、2人を巻き込む誘導作戦だ。

「任せとけ! って、拒否は出来ないのか。悪い、明後日デートなんだ」

「そうか。なら、その彼女連れて来てもいいぞ? しかし……いないはずの彼女とどうやってデートすんだ」

 あおの体が、髪の毛一本まで逆立つように震えている。

「お前! 他に言い方ねーのかよ! こっちは付き合ってあげてる身だぞ!」

「持ち物一応言っとく? 何回か来てくれてるから大丈夫だと思うけどさ。で、どうすんの?」

「行きます……。持ち物教えてください」

 普段は独りで観測しているが、それだと少々暇にもなってくる。そこで友人2人を快くお誘いしてるというわけ。明後日から夏休みに入るし、ここだと踏んだのだ。今年に入って天体観測は数えきれない程行っている。
 下駄箱で喚くあおの声を軽くあしらっていると、はながやって来た。

「あたしも行く!」

「話が早いな、はな。明後日だけどオウケイ?」

「もちろん! だってあおちゃんが喚く理由はいつもの事しかないし」

 拍手してしまう。はなに心から関心した。

「成る程。だってよ、あおちゃん」

「なんか腹立つ。すんげー腹立つ。オウケイ? の言い方腹立つ」

「……んじゃあ、さっそく2人に話を聞いてもらおうかな」



 学校の帰り、完全に自分の趣味の話に花が咲く。僕を含む3人の部活は勝手に作った星座観測部。何とか僕達のわがままで、吉田先生に承諾を得られた。だから尚更、活動は増やしていかないとなんだ。砂利道の続く歩きにくい長い通学路は、今となっては苦ではない。緑に囲まれたこの一帯は、空気も澄んでいて日が沈む時間帯だと星が見えるから好きだ。おまけに狸も出たりするけど。
一雨来そうな機嫌の悪い空の下で、星について色々と代弁していた。2人によると僕は「星マニア」に当たるらしい。口を開けばこの話になるせいでマニアと言われるのか? 一応2人も同じ部活だって事自覚して欲しいと思った。

「持ち物の話に戻るけどいいか? 時計、懐中電灯、双眼鏡だろ。あとは、イスと念の為に防水のパーカーな? 夏は虫が出るから各自対策は頼んだ。長袖着てこいよ? あ、寝そべって見るのにシートも欲しいな」

「うおい、うおい。この間そんなに持ち物なかったよな? 本格的になっとる」

「本当だ……さすがろくちゃん。意欲が感じられる」

 関心しましたという顔で、人の顔を覗くお2人さん。

「言っとくけどな──2人とも同じ部活なんだぞ。それと、時間は当日決めるから」

 2人の家は近所だ。ものの数分で着くから、家族ぐるみの付き合いでもある。自分の家の茶色い屋根が見えると、それが他2人の帰宅とも言える。取りあえず話はここまでになった。



 家に帰ると母さんが夕飯の支度をしていた。食欲をそそる香ばしいスパイスはカレーだとすぐに分かる。
 我が家は平屋の一軒家で、自分の部屋は台所のすぐ隣だ。襖を開けて、荷物を置いた。部屋には俺の宝物の望遠鏡が机の横に置かれている。それは、両親が買ってくれた屈折望遠鏡(=ケプラー式望遠鏡)。実際の天体とは上下が逆になり、像が映し出される。定期的なメンテナンスをしなくて済むのは助かるけど、なんせ大きくて重いのが難点だ。当日はあおにも運ぶの手伝ってもらおう、そう決めた。独りだと本当に骨が折れる。

 好きなカレーを食べる時も頭の中は宇宙や星雲の事でいっぱいだった。そもそも、望遠鏡を発明した事が偉大である。元は眼鏡士が発明の先駆者だったそうだが。自分が師匠と呼んでいるガリレオは、その後望遠鏡の改良をし様々な発見をする。当時キリスト教によって神がいると信じられていた天に、ガリレオは望遠鏡を向けた。それは当時おそれ多い事だとされていたらしい。
 その探究精神に僕の心は感銘を受けたんだ。
 母さんがカレーの味はどうだと訊いてきたが、すっかり上の空だった。
 ちょっといつもより甘い気はしたけど。


 *


 無事に終業式を終えた翌日、昼から学校で集合する事にした。その経緯はこう、餌係を任されたから…ぴょん太のね。何でか知らないが、ラヴ田は僕に担当を任せたがる。

「なー……僕ってそんなに無愛想なのか?」

「むしろ逆でしょ。なんつーか……たまに怖いよ、お前」

 棒状に切ってきた人参を口に運ぶ。小さな口で美味しそうに食べるぴょん太に笑顔。あおには冷笑を向けてやった。

「怖いってえー。──にしてもさ、大きくなったよなぁ。昔はあんなに小さかったのに」

「昔? いつからお知り合いなの、あお太」

「ぴょん太は、ほら小学校でもともと飼ってたじゃん。同級生の誰かが預けていったんだよな?」

 あおに問われた。空を見上げても、頭を軽く掻いてみても、皺が溜まるばかりで全く記憶がない。

「そう、だったっけ? どうしよう。薄っすらとも思い出せない」

「星の事ばっか考えてるからじゃねーの? 俺も顔しか思い出せないんだけどな」

「はななら覚えてそうだな、今夜訊いてみよう」



 昼下がりの校庭は、僕等を除く生徒が部活動に汗を流していた。人数は少ないながらも青春を費やしている。サッカーボールが転がって来た。「すみませーん!」と、下級生が手を振って待っている。僕は何となくぴょん太の頭を撫でてから、ボールを蹴って返した。つま先が思いっ切り中途半端に食い込み、酷く痛かった。放ったボールは綺麗に弧を描いて、白い空へ点となって上がったみたいだ。手を挙げ応える一方、砂埃が舞う中少し劣等感を抱く自分がいた。

蓮見の丘事件.2

蓮見の丘事件.2

「散開星団って名前からしてかっこいいよな。たくさんの星が誕生して、雲が晴れると星の集まりとして見えてくるんだ。きらめく星団はまるで宝石らしい。プレアデス星団、和名はすばる。渦巻き銀河M13も捨てきれないな。銀河は1000万個におよぶ巨大な星の集団で、星だけではなく、大量の塵やガスが見えているんだ。距離なんておよそ230万光年らしい。一体どれだけ離れているんだか──」

「ストーップ! さっきからブレスしてる? ブレス」

 はなの横槍が入る。星の海の下、六本の足音が不揃いに砂利を削っていた。この山道は結構足場が悪い為、自然と無口になってしまう。今夜は久々に3人で天体観測が出来る、それだけで興奮は留まる事を知らない。先頭を歩くのは僕とあおで、望遠鏡を運ぶのを手伝ってもらっている。はなには、その他準備物をお願いした。シートも調達出来たみたいだし。
 観測をする場所は「蓮見(はすみ)の丘」という隠れた名所。子供だけでは危ないからと、学校では注意されているがここが一番この辺りで空に近い場所なんだ。実際に何度も隠れて訪れてる。マイスターと呼んで欲しいくらいだ。傾斜がきつく感じてくると、登り終える合図になる。あおが急に登りにくくなったと言ったから、もうすぐ到着する頃だ。


 *


 3人の息が上がり、荷物を置いたこの場所が目的地。はなやあおは、実際にこの場所に来るのは初めてらしい。開けた草原に出ると、安定した地面になっているのが特徴だった。

「凄い! こんな綺麗な場所なのー? 疲れたけど、登るかいがあるってもんね」

 はなが珍しく女の子っぽい仕草で、目を輝かせていた。

「だー……! 疲れた。早く寝転がって観測しよーぜ……ろく」

「早すぎるって、まずは準備だ。特にあお! お前はゆったりとした気持ちで5分くらい空見とけ。瞳が周囲の暗さに応じた大きさになるには、多少時間がかかるんだ」

 重い腰を上げたあおは、ゆったりというか、ぼーっと空を眺める木と同化していた。
 その間に僕は望遠鏡の組み立てを始める事にした。まずは水平で足場のしっかりとした場所を探す。足裏で地面の感触を確かめ、石ころや凹みのない所へ置いた。アイピース(接眼レンズ)は最も倍率が低くなるように、焦点距離の長いものを付ける。目的の天体を次に狙うのだが、肉眼で見える一等星あたりを目標に。この後はひたすらファインダーを覗きながらの微調整が始まる。
 調整してるうちに、あおが「瞳、開眼してるよ多分!」と声をかけてきた。はなの方を見ると、シートを広げ、寝て見る準備は万端のようだ。まずはどの星を狙おうか…。夏と言えばやはりあの星達かと思い、ファインダーを動かした。


「ろくちゃん! どう? よく見えるの?」

「今日は天候が良いからよく見えるよ。夏の空は水蒸気が多いせいなのか、夜更けになると透明度が上がるんだ」

「そうなんだっ。素敵だね」

 実際に肉眼でもはっきりと小さな光まで確認出来た。瞬きをしないで見ていると、ちらちらと近くの星と会話してるみたいだった。

「夏の大三角は知ってるよな? あれがこと座のベガ、0等星でかなり明るい。わし座のアルタイルに、はくちょう座のデネブ。ベガとアルタイルは、七夕伝説の織姫と彦星を指してる」

「近くで見るとすげぇな。本当にいそうな気がしてきた」

「近くにいるか座なんてのもあるぞ」

「そんなのもあるのか! しかし……空ばっか見てると、俺達って小さく思えるのが不思議だぜ」

 あおにしては真面目な事を言う……。
 だけどその通りだと思った。宇宙は永遠ではなく約137億年ほど前に誕生し、今でも膨張し続けているらしい。星だって誕生すれば、いつかは死を迎えるのだ。僕等の体を作る炭素や酸素、窒素といった原子は星の中で作られた。宇宙を考える事で、人間の生き方を考える事が出来るってのは……本当だと思う。身近に実感するには難しいけどな。
 

 今度は望遠鏡からシートへ移って寝転んで見る事にした。真ん中は座った順番で自分になっていた。
 濃い藍色の空は、総てを知っているのだろうか。
 手を伸ばしてそんな事を考えたりした。
 そんな時、ふとあの話を思い出した。

「はなに訊きたい事があった。ぴょん太を預けた僕等の同級生ってさ、覚えてる?」

「同級生? あー……えっと確か、佐伯逞(さえきたくま)っていう子じゃなかった?」

 さえきたくま。伸ばした手を額に乗せ、目を閉じて考えてみた。一瞬、大切な物を思い出す感覚に似てる何かが、遮った気がした。

「そうそう。そんな奴いたなー。俺はあんま話した事なかったけど」

「小学校に上がる前に転校しなきゃで、その変わりに預けたんじゃなかったかな」

 転校。

「確かさ……ろくって、仲良くなかったっけ?」

「さえきたくまと?」

「今その話してんだろ」

 仲良かった? 僕は思い出せない。何故だろうか。でも、そんな気がしてきた。


 すると突然、寝転がっていた頭上が明るくなる。藍色の空に、無数の光が流れ始めたのだ。何事かと飛び起きる僕とあおとはな。
草原の上を音を立ててゆっくりと歩いた。口をぽかんと開けて、真上を向いたままだ。
これを説明出来ない自分は、たった今が、未知との遭遇かもしれない。

「これなんだよ! 流れ星か……?」

「こんな色するわけないでしょう!」

 2人はあまりの綺麗さに萎縮しているみたいだ。
 七色の光。
 右を覆う、赤い光に青い光。左は黄色、緑、水色、真ん中はええと……オレンジにピンク。
 これって、いったい何の現象だ。

「ろく。おい、ろくってば! やばいんじゃねぇの? 夢であってほしい……」

「私も怖くなってきた。こんなのおかしいよ!」

 僕はというと、その光に心を奪われて動けずにいた。
 この光は、僕等に何か訴えている?そんな想いが浮かんできた。

 2人は何かあったらまずいからと、荷物を纏め始めた。僕も七色の光を気にしながら、望遠鏡をしまう。望遠鏡の入ったケースを持ち上げようとしたら、自分の指先や体が小刻みに震えてるのに気が付いた。ぐっと握り締めて、なるべく急いで来た道を降りて行く。足場が悪いし荷物は重いはで苦労したが、人の恐怖心にはどれも勝てない。ものの数分で蓮見(はすみ)の丘から降りる事が出来た。息の上がる僕等は、無言のまま蓮見の丘を見上げる。
 けど、すでにあの光は消えていたのだ。



「な、んだった……わけ……はぁー……」

「消えて、る……」

「気に、なるな……。あんなの初めて見た」

 でもあんな瞬間は滅多に見られない。
 ここにいる誰かを心配するより、好奇心のが勝っている自分がいた。


 *

 
『ほら、はやくはやく!』

「どこまで行くの?」

『この先のはすみの丘だよ! 行こう』

『ここだったら星がいっぱい見えそう。ねぇっろく』

「そうだなー。星見るのすきなんだな」

『すきだよ。しょうらいは絶対うちゅうに行くんだ。そしたら流れ星だっておみやげに出来るよ!』

「それはおもしろそうかも! なんなら、ふたりで行こう」



 
 今のは自分の記憶? 幼い頃の記憶…僕はその子と星について話していたのか。
 とぼとぼ歩く帰り道。重たい荷物を担ぎながら、そんな事を思い出していた。あの奇妙な光は何だったんだろう。険しい表情のまま、心の隙間に疑問符が増えていった。浮かんでは消え、また浮かんでくる。それを例えるならば探究心の塊だ。


 我が星座観測部の掟。自分の部屋の窓だけは開けておくのが鉄則であり、夜中の12時をとっくに過ぎた頃そこから中へ。望遠鏡は馬鹿力を使わないと、窓からじゃ音がしてしまい非常に危険。毎回この時は神経を使う。室内は静かで、もう家族は寝てるんだろう。
 風呂場へ行き、体についた汚れを洗い流してようやく一息つけた。それにまたさっきの奇妙な出来事を思い返す。目の前に現れた複数の閃光の群は、肉眼でもはっきりとした彩色だったのが不思議でならない。七色以上。

 もしかして──あれも流星群なのか。
 体が疼いた。
 そうに違いないと不確かな実感を味わう。

 僕には夢がある。あの頃読み上げた作文の通り、流星群を手に入れること。
 夢か否かは自らの手にかかっていると、そう思った。


 *


 翌日にさっそくその事を2人に話したが、どこ吹く風だった。蓮見の丘へ行く途中の公園で、乾いた空気だけがアスファルトを撫でていた。何故なら、そんな馬鹿な話があるかという。
 あおもはなも、今度ばかりは呆れ顔だった。
 悔しくなり、そばにあったブランコを蹴る。錆びた機械的な音が虚しく喚く。

「そうかよ。信じては──くれないんだな」

「ろくには悪いけどさ、小学生ん時の話しだろ? いくら何でも付き合いきれんわ」

「あんなの流星群じゃないと思うの。なんだか怖い……私」

 あの日と同じ場所に立っている、嫌な感覚がマワル。

「わかった、もう巻き込まないよ。僕だけで見つけてみせるから──」

「ちょっと待てって。危ないもんかも……辞めとけ」

 あおが帰ろうとした僕の腕を掴んだ。
 僕等3人の連なる腐れ縁は、歪んでしまった。
 それでも今回はどうにも食い下がるしかない。

「──嫌だ。独りでも行く」

「……勝手にしろ! もう知らんわ。お前は何でも自分が正しいって顔してるよな。いつだってそうだ。いい加減、そういうの疲れるって」

 あおが絞り出したような声で言った。

「ちょっと、あおちゃん言い過ぎだよ!」

 言い返す言葉が浮かばなくて、気持ちの悪さだけ心を締め付けてくる。

「嫌なら2人とも、部活自体辞めればいい」

 気付けばこんな言葉を口にしていた。

「──辞めてやるよ。元々入りたかったわけじゃないしよ」

 その一言が頭に反響する。
 とうとう独りになった。「ろくちゃん!」の声が、背中に痛々しい程ぶつかる。悔しくて、苦しくて、まるで四面楚歌を味わっているみたいだった。


 *


 それから独りで蓮見(はすみ)の丘へ行く日々が始まった。天候をチェックしながら、カレンダーに赤ペンで印を付ける。印の入った日付の上を通り、重たい望遠鏡を担いでまた歩き、寝て、また歩く。砂利道の通学路から、15分程度で蓮見の丘へ到着するいつも通りの経路。最近の天候は思わしくなく、自分の心模様みたいで気持ちも悪かった。
 数週間経ったある日、トドメを指すかの様に大嵐の台風がこの小さな集落を襲った。乱れる雨風はいろんな物を巻き込んでいった。おまけに先日起きた落雷の爪痕は大きい。大木が倒れ危険だと、現在侵入禁止になっていたのだ。
 それでも足は構わずに前へ進む。
 印の入った日付の上を通り、重たい望遠鏡を担いでまた歩き、寝て、また歩くだけ。忍耐強い自分の体でも、結構限界が来ていた。 
 蓮見の丘へ着くと、侵入禁止なだけあっていつもの光景とは別物になっていた。
 窮屈そうに折れ曲がった枝達が、こちらを見ている。
 それからというもの、カレンダーの印だけが赤い数を伸ばす一方で、七色の流星群との再会は一向に現れなかった。



 月も変わって8月になり、ちょっとした騒動が起きた。誰かが蓮見(はすみ)の丘に毎日のように侵入し、怪しい事をしていると。これを聞いた時は冷や汗ものだった。辛うじて正体はばれていないみたいだが。
 母さんや父さんは、実は気付いているんじゃないだろうか。
 頭を横に数回振った。今は考えなくていい事だ。
 
 蓮見の丘へ今夜も向かう。はなやあおとは顔を合わせていない。近所でこじれるとこういう時に大変だと身に染みた。暗がりの夜道だって通い慣れた。独りでもと、向きになっているのかもしれない。
 今夜の天候は曇りのち晴れ。僕は何回目の傾斜を体験しているんだか。登っている最中の考え事が尽きてしまい、頭の中は空っぽだった。こんな事に意味なんてあるのかさえ解らない。
 けど、呼んでいるんだ。僕の事を。根拠の無い自信だけが今の支えだった。

「着いたか」

 殺風景な広いだけの空間。3人で来た時は凄く楽しかったっけ。そこでようやく自分のミスに気付く。有り得ない、望遠鏡を忘れてしまった。連日に続く観測の失敗で、ダメージが大きかったのか。致命的なミスに膝を曲げてしまった。
 何やってんだ。
 空笑いしたら、もうどうでも良いという投げやりな気持ちに覆われていた。
そこまでして追い求める理由は? 独りで何やってる? 望遠鏡すら忘れてしまうなんて、馬鹿も大概にしろよ。「もう辞めてしま──」そんな事を口にしかけた時、自分の影以外に、丸い小さな影がいくつも出来ている事に気が付いた。

「七色の──光……!」

 空を見上げると、あの日と同じ複数の光が姿を現した。そしてその一つが目の前で停止する。水色の光だった。ライトで照らされているほどの強い光源。何で止まっているんだ。そもそもこれは、流星群じゃない。はなやあおが言う通りだった。
 不気味に動く七色の光がさっきの光に集まり出した。徐々に形はいびつになり、手足から始まって顔まで出来上がる。すると、手招きしているのかこっちへおいでよと目の前にいた人型の光が走り出した。

 夢でも見ているのか、僕は。
 嘘だろうこんな話があるわけがない。
 そう思いながらも、支離滅裂だが不思議と恐怖はついてこなかった。
 どうやらまだ余裕があるらしい。
 逃がすもんか──それが今出来る精一杯のプライドだ。


 *


「速いなあの光……くそっ」

 ジグザグに進む光には、意志があるみたいだ。でも、この道どこかで覚えがあるような。そんな気持ちを膨らませていると、自分の後ろから聞き覚えのある声が降ってきた。「ろく!」「ろくちゃん!」と、何故かあおとはながいるのだ。

「ど、どうしているんだよ」

「『ほっとけないから来たんだよ!』」

 シンクロする2人の声。

「だからって、何で今日ここにいるって」

「何年腐れ友達やってると思ってんだよ。というか、何で走ってるのか謎だけどな」

「それは確かにそうね。何で走ってるんだろう」

 なるほど、その通りだって思った。ここ一番って時に駆け付ける2人は頼もしいよ、全く。それに、偶然じゃない気もするんだよな、2人が来た事が。必然的に誰かがって。
 喧嘩中だったにもかかわらず、一緒に走っている。こいう時が一番照れ臭くなる。
 前方には先程の光体人間が、振り返るような動作をしながらこちらを見ている。目はないし、喋らないけど、何となく掴めるものがあった。すると、取り留めもなくその光は停止した。停止した光の場所は、星を観測した位置からだいぶ離れた平坦な場所だった。そして、目の前に立っている木の幹に、赤い布地の紐が巻きついているのを見止めた。
 やっぱり、この場所には見覚えがある。黙ってその木に近付いてみる。その後ろで、何処なんだここはと2人は茫然としていた。
 さっきの光体人間は、その木の目の前で姿を消してしまった。一瞬の事で、月明かりだけが頼りになる。その木をよく見ると、ふもとに石ころが積まれていた。いかにも不自然で、勘が働いてしまう。

──こんな事この場所でするのは、僕くらいだろ。

 すぐさま体が動き、その石ころを退かして土を掘り起こし始めた。スコップなんて持ち合わせてないから、もちろん素手になるわけだ。そんな僕の行動を見ていた2人は黙って僕に続いた。目で会話なんて実際あるもんだって初めて知ったよ。茶色くなっていく指先には押し固められた土の感触だけが残る。
 手首を返し、必死にそこにないものを見つけ出そうといていた。
 根拠の無い自信。これが答えに繋がる気がする。
 すると一つの硬い物質に手が当たった。夏の深夜とはいえ、汗が冷えると寒く感じる。それを背中越しに感じながら、ゆっくりと取り出した。掌くらいのそれは、カランと音がして、薄汚れたお菓子の缶とご対面。缶についた粘り気のある土を払って、赤と金色の斜めの線が入った蓋に手をかけた。年期が入ってるせいでぴったりくっついている。まるで貝だ。
おい、何で開かないんだよ。ここまで来たってのに──畜生。べたべたと汚れているせいもあるのか、滑ってうまく開かない。爪が割れる思いで行くしかないと、一発に力を込めた。

 ベキン──ッ……。

 アルミの蓋が飛ぶ。体はその音とほぼ同時に後ろへ仰け反った。
 恐る恐るその缶の中を覗いて見ると石が入っていた。結構平たい石で、角は尖がっている。ただの石だったからか、こんなに苦労した意味がないと思ったのが正直なところだ。
 はぁっと長い溜息が零れて、間違いなくこれは自分が埋めた物だと悟った。
 だけど何で石なんだ。自分はあまりそういうのに興味無かったはずだと、その石に手をかけた時だった。脳内にすさまじい勢いで痺れる様な激しい痛みが走った。
 何だ、何だ何だ何だ……!
 
 
 『覚えてる? ろく……』

流星群と僕等の軌跡.3

流星群と僕等の軌跡.3

「もう少しだよ! ろく!」

 元気に挨拶を交わしてくる少年。歳は五歳くらいだろうか。
──っれ? ここ何処だよ。いつからこんな場所にいたっけ。思い出せない、頭を押さえしばし状況を飲み込もうとしていた。先程の少年はきょとんとした顔で、じっと僕の顔を見つめている。まずはさ、誰なのこの少年は。ゆっくりとその少年を視界に入れてみた。どこからどう見ても、知り合いではないはずなのに。何故僕を呼び捨てに? それとこの場所よくよく考えたら、見覚えがあるな。
 虫の鳴く音と、緑の茂った香りがする。両目を見開いて周囲を見回した。
 あれ? ここってもしかして。


「なーにしてんの? ろく。ぐあい悪いの?」

「あのさ……君、誰なの?」

 今の誰の声だよ。
 耳がおかしくなったのか。どうしたら、自分の声が小鳥の鳴くような高い声に聴こえるんだよ。

 自分の耳を引っ張ってみた。そこで気付いた重大な発見と問題を提示したい。
 手が小さい。キメ細かな汚れのない可愛い手。
 足も小さい。記憶にあるお気に入りの青い靴。
 体も小さい。身長いくつだ?
 決定的なのは自分の声だ。知らない男の子の声が、自分が喋ると口から発せられる。
 
 しかしこれは、間違いなく僕の幼少の頃の体だ。タイムスリップ? いやいや、まてまて。落ち着いて深呼吸をし、頭でもぶつければ目が醒めるかもしれない。今の自分(5歳くらいの)と同い年の少年を前に、ちょうど頑固そうに立っている木を目掛けて、思いっきり衝突してみた。
 が、しかしただ単に正面衝突した哀れな子供。顔面からぶつかったせいか、手で鼻を擦ったら、滅多に見ない赤いそれが出ていた。

「だ、だいじょうぶ? どうしたの、ろく。血……出てるよ?」

「い……痛い、痛みがある。うううう……くそう! どうなってるんだ」

 声を喚かせてどたばたしたせいか、少年はびっくりしていたが、それでも眉毛を下げて微笑し、ポケットからティッシュを出して僕にくれた。それを黙って受け取り、鼻に詰めた。出来た子供だな。服装からして坊ちゃんかな。ポロシャツに短パンと靴下付き。靴は自分のより新しく、髪型はくりんとしていて襟足で綺麗に整えられている。

「もうとまった? 歩ける? ろく」

「んん……大丈夫。でさ、君の名前は?」

「え? もしかしてあたまもケガしたの?」

「いや、これはそういうゲーム? だよ! あははは……はは」

 少年はぽかんと口を開けて、顔を覗いてきた。苦しい言い訳をしてしまった。子供に子供じみた真似しすぎたか?片目でちらっと一瞥すると、少年はにっこりと表情を変えていた。

「なるほどねー。さっすが、ろく! いつもやる事がバカみたい!」

「え? ま、まあね。おもしろいだろー。このほうがさー」

 棒読みになってしまった。
 しかし、実は中身が中学2年なんですなんて言えないもんなぁ。馬鹿とまで言われたよ、この僕が。
 それよりこの少年は自分と友達みたいだから、知っておかなくては。

「ぼくの名前は、さ、え、き、た、く、ま、だよ! たくってよんでくれ」

「ああ、そう。たくね……──たく?」

 身を乗り出して詰め寄ってしまった。肩を掴んでまじまじと顔を見る。この顔には見覚えがある。あおやはなが言っていた、佐伯逞(さえきたくま)だ。という事は、僕は佐伯逞と友達だったんじゃないか。何で、忘れていたんだろう。
 あれ?確か僕は、あおやはなと喧嘩していて、七色の光を見つけてそれで……。それに8月の夜にいた気が。打って変わって、今は肌寒い秋の空気と紅葉が一面を覆いつくしている。

「あのーそろそろいい? ろく」

「え? ああ、うん。ごめん、一つ聞いていい?」

「なに? また星座のこと? それならタイムカプセルうめたあとでもいいでしょ?」

「タイムカプセル?」



 この時、自分の中で佐伯逞がどういう存在だったかをようやく思い出した。
 この少年、佐伯逞は紛れもなく星に関する興味や影響を、僕に与えてくれた人物だった。
 僕等は仲の良い友達だったのだ。
 なのに何故、僕は忘れてしまったんだ?たくが僕を星と巡り逢わせてくれたんじゃないか。2人分の小さな足音が響く中、たくの後ろ姿をまじまじと見ていた。この道は多分、あの場所に続いている。覚えている。あの赤い紐が付けられていた木の場所に続いている。
 そんな事を考えながら吐く息は、白い雲になり何度も消えていく。


「ここだったはず。ほら見て! このばしょなんだよ、ろく」

 そう言い、たくは真上を見上げた。木々がこの場所に、空へと続く抜け道を作っているかの様だった。 丸い空が見える。たくの横顔はにっこりと微笑んでいて、キラキラと瞳を輝かせている。
 自分まで嬉しい気持ちになった。

「このばしょでね、りゅうせいぐんを見たんだ」

「流星群……」

 たくの年齢からしたら、普通は流れ星って言うだろうに。流星群だってさ。
 あれ?確か、僕等は大切な約束をしたんじゃなかったか。とても大切な約束を。

「やくそくしたよね? いっしょに流れ星をおみやげにするって。

 だからこのばしょに手紙をいれておこう」

「手紙? 何のために?」

「もうすぐ引っ越すからだよ。大人になったらこのばしょで、ぼくたちはまた会うんだ」


 そうだ、思い出した。たくは引っ越してしまったんだ。
 たくはあらかじめ掘っておいた穴の中にアルミ缶を入れた。その蓋を開けると、掌サイズの石を2つ入れていた。何で石って訊くと、見ちゃ駄目って押しのけられた。僕は何の気なしにポケットから赤い布を取り出した。どうやらこれがタイムカプセルに入れようとしていた物らしい。
 この赤い布は、あの木に結び付けられているものと同じだった。

「たくはやっぱり、それを入れるつもりだったんだね。この前のうんどうかいで1番取った時のハチマキ」

「え? ああ、そうそう。これを……」

 たくが笑ってこっちを見ている。あの紐を自分が用意したものだったことすら忘れていた。

「それ、めじるしに使えないかな? この木のとこにまいておくの! でね、この石は2人のにしよう」

 やっぱり、そうなるんだな。ちょっと可笑しくなった。
 たくの提案通りに木の幹に結び付けた。

「あとは手紙だよね。これペンだよ! ちゃんともってきたよ」

「紙は? 僕は持ってないけど」

「えー! もってきてって言ったのに。じゃあ……この石になまえかく?」

 ふくれっ面のたくは黒い油性のマーカーで、さっきの石に文字を書き始めた。それを横目に、幼少の頃の自分が結構いい加減だった事にがっかりもしたり。
 書き終えたのか、石とマーカーを僕にも手渡してくる。
 この時、僕は何て書いたんだっけ。


「これ、たくはそのつもりで書いたの? だから見ちゃダメって……」

「なにが? だって、ぼくらのやくそくで夢だから。夢はかなえないとでしょ? ろく!」

 歯を見せて二カッと笑うたくに心がぎゅっとなった。
 大切な約束とは、この事だったんだ。
 自分の夢は、たくが与えてくれたものだった。
 僕はその石の裏に、名前を書き入れた。

「ろくの見せて? ──なまえ、へたくそだけどいいの?」

「うるさいな! 書きにくいの!」

 そう言われ改めて見ると酷い字だった。今以上に汚い。
 けど、必死に書いた夢がそこにはあった。

「これでタイムカプセルのかんせーい! 楽しみだな」

「なぁ、たく。なんでこんな難しい字を書いたんだ?」

「大人になったとき、こっちのほうがかっこいい」

「なるほど──はは! たくっておもしろいやつ」

 自分の中で、何故たくにもう一度会えているのかが、分かった気がした。
 それを考えると今にも泣き出しそうだったけど、そんな事をしてはいけないと思った。
 もしかして、たくはもう……。

「そろそろ帰ろう、ろく。しばらく会えないかもしれないけど……きっとまた会えるよね」

「うん。約束、だもんな」

 多分、たくには二度と会えない。

「星っていいよね。はなれててもキラキラしてて。それでもさみしかったりするのかな」

「寂しくなんてないさ。きっとああやって、近くの星と会話してるんだよ。それに、人にもね」

「人にも?」

「ひとりじゃないよって、言ってくれてるんだ。だから、たくも寂しくなんかない」

「そっか。じゃあ、もしも星になったらろくに会いにいけるかもね」


 そう言って、たくはまた笑った。
 すると、あの時と同じように頭に痛みが走る。
 駄目だ、まだ戻れない。言わなきゃいけない事があるはずだ。

「──たく! ごめん、ずっとごめんな。それと、ありがとう。会いに来てくれて、ありがとう! 思い出したんだ、自分の夢はたくとの夢だったんだって。必ずお前を見つけるよ……きっとあの空の星のどれか──」


『ありがとう。ろく、違うんだ──うれしかったんだ。今でもずっとあの夢を追い続けてくれていること──だから、僕からのプレゼントだよ。見つけてくれてありがとう』


 *


「ってぇ……。あれ? たく?」

 激しい痛みのあと目を開くと、等身大の世界に戻っていた。尻餅をついた格好のまま、泥だらけの友人2人も目に留まった。あおとはなだ。何故かすやすやと眠っている。       
 すっと真上を見上げてみた。そこには、変わらずまあるい空が星と一緒に瞬いていた。
 違う事と言えば季節が夏だということだけ。



 あの光の正体はたくだった。最後に聴こえた言葉が今も耳に残っている。
 夢ではないんだ。たくはいつでも、僕を見守っていたんだ。
 また一つ溜め息が零れた。
 今度は白く残らない無色透明なただの息だ。

 立ち上がろうとした時、ガランと音がし、自分の手の中にあのアルミ缶が握られていた事に気が付いた。よく見てみると、その石は微かに青く光っている。恐る恐るその石にもう一度手を伸ばした。

「これ……そうか、そういう事なんだな」

 その青く光る2つの石は、タイムカプセルでたくと一緒に埋めた石だった。
 そこには汚く擦れた字で、それぞれ「たく」と「ろく」と書いてあった。この字は紛れもなく僕とたくの字だ。そして裏をひっくり返してみると、自分の求めているものが、ひらがなでそこに書かれていた。

「──りゅうせいぐん。確かに、流れ星って書くよりかっこいいよ。たく──ありがとう」

 何年も経ってしまいその字は薄れていた。それに僕の字を下手だと言っていたたくの字も、よく見るとお世辞にも綺麗とは言えない字だった。
 なんだ、たくも下手くそじゃん。それに、辺りを見回すとあの不思議な流星群は消えていた。突然表れたあの光体は、きっと、たくなんだよな。そう信じたい。



 掌の石は、僕等の夢だった。
 流星群を手に入れること。
 そのちっぽけで大きな夢はこうして、僕等の間に奇跡を生んだんだ。


 *


 あれから、暫くしてはなやあおにあの日の事を聞いても、その光の事は覚えてないと言われた。どうやら覚えているのは僕だけみたいだ。たくの光であったことは、今はまだ心の中の大切なところにしまっておくことにしたい。そう言えばあの兎もやはり、たくが預けたものだと解った。昔の知り合いに連絡を当たっているうちに、たくのご両親に音沙汰がついたからだ。
 たくは引っ越した先の小学校に上がる事を、凄く楽しみにしていたらしい。ここよりも良く星が見えるからだそうだ。たくらしいなって思う。だけど、その入学式を前にして不慮の事故に遭ったらしい。こっちに知らせが無かったのは、あまり公にしたくないという、たくのご両親の意向だった。
 それでも僕は……いや、ただただ僕は哀しくて、寂しかった。聞いていて、苦しくなった。
 何でもその日は、父親と獅子座流星群を見に行く約束の日。空気の透き通る良く晴れた日だったそうだ。どんなに自分を責めたであろう父親の心情も、疲れるくらい泣いたであろう母親の心情も、僕にはきっと理解は出来ないのかもしれない。けど、たくは……。


 色んな事をいっぺんに知らされた自分の心は、動揺で埋め尽くされていた。受話器越しに聴こえるたくの母親の声まで、遠退きそうになる。けれどその声は元気に感じられ、その声色だけが救いだった。
 深呼吸をする。……これ以上考えるのを辞めよう。
 過去は過去であって、抗えない事実だからだ。
 世界はたくの死を望んでいたっていうんだろうか。
 こういう時に神様を理不尽にも恨みたくなってしまう。どうしようもなく、辛く哀しい現実。
 それでも、神様がたくに奇跡をくれたことには感謝しようと思う。
 
 こうして季節はそっと夏を奪い、静かに冬を置いていった。

 
 *

 
「おおい! あお、はな! 早くしろって」

「待てって……。にしても、さっみぃ」

「すごいのねー! こんなに沢山の星が見えるなんて」

 僕は腐れ縁の友を連れて、たくが住んでいた所へ向かった。今夜訪れるという、獅子座流星群を見に来ていたのだ。両親を説得するのは苦労したよ。だって、子供だけでって煩く言うからだ。でも、どうしてもこの3人で一緒に見たかったんだ。3人でという事にも意味がある気がしたし。
 落ち着いたら、この2人にもあの奇跡の様な本当の話しをしよう。
 ちゃんと、たくの事を話したいって思うようになったからだ。

 シートを広げた山のふもと。今日はおなじみの望遠鏡は留守番だ。唯一共に来たのは、たくからのプレゼントである流星群と書かれた古びた石。
 ポケットから取り出すと、微かにまだ青く光っていた。
 きっと、たくはまだ自分の傍にいる。

「ろ、ろく! 見ろよ! 流星群だぜ!」

「わぁぁー! 凄い! 何よこれ素敵……」

 急にはしゃぎ出す2人は真上を見上げていた。

「なぁ、悪かったな今まで。散々わがまま付き合ってくれるの、2人だけだ」

「分かってるよ、んなもん。これだから星マニアは」

 あおはこちらを向いて二カッと笑った。

「そうだよ! ろくちゃん。良く言う腐れ縁って奴でしょ?」

「そうだな、うん。ありがとな2人とも」


 その言葉と変てこな笑顔にこれまた救われている。
 不思議なもんだなってくらいに。
 青く光る石は輝きを失っていく。
 もう、たくとの本当の別れが近付いているのか。
 冷たくなっていく石を、心と一緒に掴んだ。


『たく、見えてるか? お前の見たかった流星群だ。綺麗で凄く綺麗で、今にも落ちてきそうだ……』
 

 僕は2人で手に入れた「流星群」をそっと夜空に掲げて、呟いた。
 僕のところに、たくの流星群が降りて来てくれた。
 ちっぽけで大きなあの夢はさ……叶えられたよ、たく。
 ありがとう。
 お前は寂しくないか? いや、心配いらないか。
 大好きな星たちと一緒にいるんだろうから。
 いつかきっと迎えに行く時が来るまで、待ってってくれよな。
 その時は空から一緒にこの世界を照らしていこう。
 寂しくないようにさ。

タクノ流星群

ここまで読んでいただいた方、もしくは目に止めていただいた方、ありがとうございました。
当時、書いてて思いましたがやっぱり宇宙って良いですね。星ってなんであんなにも人の心を奪うんでしょうか。不思議です。
だらだらと雑文失礼しました。
心の隙間に寄り添えますように。

タクノ流星群

中学2年生の遠井六には幼馴染の2人がいた。 藍沢誠二と花森沙織。 心を常に夜空へと馳せている彼のことを2人は星マニアと呼んでいた。学校や周りの環境にもどこか嫌気がさしている日々。自分にしか得られない「何か」を求める彼には、常に焦りと劣等感が漂っていた。しかし、一匹の兎から、ろくの周りで不思議な事が起こり始める── そんな彼の成長と共に、それぞれの軌跡が一つに繋がっていく足跡の物語。

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  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-04

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