モロヘイヤ

北上八三

人生ゲームの健康食品カードかなにかで人生で初めてモロヘイヤを知りました。

突然の事だが、地下世界に連れていかれてそこでの生活を余儀なくされた。
「え?全然身に覚えない」
何でかわからないけど、もしかしたら知らないうちに誰かの借金を肩代わりしたのかも知れないし、連帯保証人になってしまったのかも知れない。

「まあでも」
ただ、地下で暮らすようになっても特に私の生活に変化はなかった。
自由時間もあるし、睡眠時間もあるし、食べ物の配給もあるし、パソコンも借りれるし、だから毎日高瀬とか千雅とか出来てる。仕事もあるが週休二日。重労働が多少あって汗をかくし疲れるけど、サウナやら温泉施設もあった。洗濯乾燥機もあったし、洗濯機はドラム式だった。

「おおおおー!」
休みの日暇になるとドラム式洗濯機の中を眺めて過ごした。最の高であった。

こうして考えてみるとむしろ地上世界で暮らしていた頃よりも健康的なんじゃないかと思えた。立派とは言えないが寝泊まりする場所がある。仕事もある。重労働で体も動かせる。食事も出る。温泉施設もあってサウナもある。太陽は眺められないけど、洗濯乾燥機がある。ビタミンDのサプリがある。肌が白いのが嫌なら日サロもある。サンオイルもある。スマホもあるし、充填機もあるし、Wi-Fiも飛んでる。アマゾンも注文したら来るし。それにもともと外出欲の乏しい私なので特段どこかに行きたいという事もない。

「なんかいいんすかね?」
どういう経緯でこの地下世界が出来ているのかは不明だけど、来年オリンピックがあるというし、もしかしたらそれ関係かも知れない。

とにかく生活は難なくできていた。布団と掛布団があれば、寝れる。そもそも普段から寝れないという事が無い。そこに加えて重労働で体を動かす仕事が私の日々にメリハリをもたらして、
「ああもう眠い」
みたいな、そういう心地よい疲労感さえあった。充実感が半端なかった。充実野菜で体を満たされているみたいな充実感。

これでは連行された、地下世界に煉獄された意味がないのではないか?そんな風に思って日々健康になって、若干のメリハリボディが形成されてきた頃、
「おい、お前は今日から育成班だ」
と、口は悪いがすごくいい人な班長に言われて連れてこられた先に、
「何すかここ?」
「モロヘイヤ壕だ」
モロヘイヤ壕と言われている一室があった。

そこ一帯は、野菜類を育成収穫している壕が並ぶゾーンであった。当然モロヘイヤのほかにも人参とかじゃがいもとかキャベツとか、他にもまだまだあった。そのどれもこれも広い。それぞれが防空壕の様に区切られており、中で光を灯して各々の野菜を育成しているという。こうしてみると地下世界は思った以上に広いらしい。東京ドーム何個分かわからない。アメリカのディズニーランドくらい広いのかもしれない。休みの日に散策したらいいんだけど、ドラム式洗濯機の回転ばかり眺めているから全然わからない。

「お前は今日からモロヘイヤだ」
そんで、そんなことを言われて私はその日からモロヘイヤ壕の担当となった。モロヘイヤはほかの野菜類に比べて需要が少ないのか、私一人の配置であった。
「あの、全然わからないんですけど・・・育成の方法とか・・・」
恐る恐る連れてきた班長にそう言ってみると、
「中にマニュアルがある」
と、ぶっきらぼうに言われて自分はさっさと持ち場に帰ってしまった。

「・・・モロヘイヤねえ・・・」
仕方なく壕に入り、中を確認すると、
「ひろ・・・」
中は存外に広めだったけど、まあ、慣れたらどうってことないんだろうかなあ。っていう感じ。マニュアルも土壁に刺さった釘にノートがぶら下がっておりそれを確認したら事細かに育成の方法、指示が書いてあったので大丈夫そう。
「うーん」
むしろ今までの重労働に比べて、だいぶ楽になったような気がした。不安感が湧くほどの楽さじゃねえかこれは。

一日の作業をこなしたら、あとはまあとりあえず暇。よそを手伝うみたいな気遣いも地下世界では必要ない。寝てもいいし、読書してもいいし、ゲームしてもいいし、え?マジすか?いいんすか?っていう感じ。

「とはいえ、配属されたわけだし、まあ・・・」
いいのか。いいんだよな。うん。ノートを確認し、スプリンクラーと書いてある蛇口をひねると中のモロヘイヤ全体に水がまかれる仕組みらしく、その日はそれで水を撒いて終了。

まあ一応マニュアルの確認くらいはした方がいいかと思ってノートをもってその壕を出て、入口に下がっている『モロヘイヤ』というプレートを再度確認し、その下に自分のネームプレートを張り付ける。さて帰るとかと思って一旦そこから視線を外した瞬間、違和感が。
「ん?」
再度プレートを見る。よく見る。
『モロイヘヤ』
と書かれている。
目をぐしぐしと擦ってもう一度見る。
『モロイヘヤ』だった。どう見てもモロイヘヤだった。

「・・・」
再度、壕の中に入って、マニュアルのぶら下がっていた壁の釘を引き抜きその穴をその釘で何度かひっかくと驚くほどもろもろと壁は崩れて、すぐそこに、もうすぐ近くに、
『地上世界への脱出の扉』
と書かれた扉が現れた。

「・・・」
振り返り誰もいないことを確認し、いったん壕から出て表にも誰もいないことも確認し、また地上世界への脱出の扉の前に戻る。
「・・・」
驚くほど。
それはもう驚くほど。
びっくりするほど。

その扉には魅力が無かった。

何の魅力もなかった。

地上世界に戻ってどうする?どうなる?今できかけのこのメリハリボディはすぐに元のたるみボディに戻るだろう。お金だって溜まらないだろう。日々の生活に充実感も得られないだろう。温泉施設も遠い。お金かかる。生活にお金かかる。死ぬほどお金かかる。ドラム式洗濯機もない。元の世界には誘惑が多すぎる。やる事も多すぎる。義務やら気遣いやらも多すぎる。しんどい。めんどい。大変。鬱になる。鬱病になる。

「戻るほどの世界じゃない・・・」
どう考えても戻るほどの世界じゃない。

私はその扉を再度土で固めてから、ノートをもって自分の部屋に戻った。

戻るにしてもここで色々と資格を取ってからでも遅くないだろう。ここでは自衛隊の様にたくさんの資格がとれるという。そういうのを幾つか取ってからでも遅くないだろう。

地上に誰か待ってるわけでもないし。急いで戻るほど大事な何かがあるわけじゃない。

それに脱出できるのにしないというのがなんとなく、砂の女の主人公のようで、そんな状態にもう少し浸っていたいという思いもあった。

でも別に、
「これで十分だよなあ」
十分すぎるほど十分だ。本心からそう思える。

そういえば、私の前任者はどうしたのだろう?まさかあの扉から外に出てしまったんだろうか?もしそうだとしたら、
「なんとも・・・」
馬鹿な事をしたもんだ。まあ、そのおかげで私が配属になったんだから感謝しなくてはいけないんだけども。しかしどういう人だったんだろう?外によほど守りたいものでもあったのか、あるいは、

私もいつかそうなるんだろうか?

どうしても外を渇望するんだろうか?

恐ろしいなあ。
「とても」
恐ろしい。

外がブレスオブファイアⅤみたいになってたらいいけどさあ。きっとまだ私の覚えている通りの、あの世界だろうに。

あそこは死ぬほど大変だろうに。

それはもう驚くほど大変だろうになあ。

モロヘイヤ

モロヘイヤ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-02

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