なんで茶髪にするん!

 ——危なかったぁ、、、
 
 大学の食堂でご飯を食べる際、僕には避けなければならない危険が一つだけある。
 
 危うく元カノの斜め向かいの席に座ってしまうところだった。別れてからも変に彼女を意識してしまって、自分ひとりで勝手に気まずくなっている。
 道端ですれ違うときは気づかないふりをしてやり過ごしてきたが、食堂で近くに座ってしまったらどう対処したらいいか分からない。もちろん能天気に彼女に話しかける気概などない。
 さっきは目当ての席に座ろうと思った時に気付き、急いで引き返す。彼女に気づくのがかなり遅かった。
 急にターンしたものだから、お盆に乗せていたラーメンの汁をこぼしてしまう。箸が汁でべちょべちょになっているのを見て、思わず舌打ちしそうになった。
 新しい箸を取りに行きながら混みあう食堂の中で、再び座るべき席を探す。空席はあっても座りたい席は見つからない。知らない集団の近くで一人食事をとるのは気が引けるし、壁際の席はそこまで辿りつくのが大変そうだ。
 もちろん彼女が見えない位置で食事をとりたい。

 食事を終え席を立っていく集団を見つけ、無事に席に着く。みんなからダサいと不評の自分の黄色いカバンを隣の席に置き、食堂の可もなく不可もない普通の味のラーメンをすする。
 ラーメンの味が思ったより平凡だったせいだと思いたいが、自分の頭は同じ学部の同級生の元カノのことでいっぱいになる。
 
 あれから一年。
 彼女と別れた季節と同じ冬がやってきた。 
 寒くなってきて、マフラーや手袋、冬物のパーカーと再会を果たしたとき、僕はあの頃のことを思っていた。

 
「友達はみんな髪を染めたことあるみたいだけど、私は染めたくないなー。あと、ショートはなんか恥ずかしいから嫌だなー。」
 付き合っていた頃に彼女がそう言ったのを覚えている。彼女の黒髪が好きだったし、セミロングは彼女にとても似合っていたから、当時の僕は全然それが嬉しかった。
 
  
 だけど僕と別れてから彼女は、男の子に間違えられそうなくらいの長さまで髪を短くした。
 その様子は、食堂で彼女をちょくちょく見かけていたから知っていたし、意地の悪い友達が冗談半分でわざわざ僕に報告してきたこともあった。
 あと、髪の長さだけではなく化粧も、心なしか前より濃くなった。
 
 「どういう心境の変化なん?」
 そう思ってしまう僕は本当に情けないと思う。
 
 「もしかして、、、彼氏でもできた…?」
 もっと情けない。

 でもだって、僕はあれから彼女どころか、好きな人すらいなくて、何のために生きているのかも分からなくなっている。彼女にフラれてからの自分は大して変化がないし、前にも進めていない。
 あれから、恋愛以外の趣味も大して見つけられず、暇な大学生活をただただ浪費していた。

 彼女のことを考えていても、なぜか顔だけが思い出せなくなってきて、さっき彼女だと思った人は僕の勘違いではないかと思うようになってきた。
 今は彼女を避けて座っているけど、単なる僕の見間違えではないのか。
 なんかどうしようもなく気になってきて席を立つ。
 
 方角的にトイレに行くフリをすれば、ごまかせるだろう。
 そう思って、僕が見たい景色はたった1席なのに、友達を探している風を装って辺りをキョロキョロ見わたしながら、ゆっくりめに歩く。
 
 全力のカモフラージュを施したうえで、あの席に座っている人を確認する。
 絶対にバレてはいけないから、ほんの一瞬だけ。
 自分の動体視力は、今最高の状態だ。


 屋外にある男子トイレの前に、寒さに耐えながらもたどり着く。
 彼女を確認した後は、無意識に早足になっていた。
 あの席に座っている人は間違いなく彼女だった。

 トイレの入り口の扉を開けると同時になんだか気が緩んで、長く息を吐く。
 ふとその時、洗面台の鏡に映るムスッとした表情の自分と目が合う。
 
 「なんで茶髪にするん!」
 そのせいで彼女に気づけなかったし、こうやって自分は動揺している。
 でも今、自分の不満がバチっと一言で表せれて満足している。

 もう一度鏡の自分を見る。
 「なんで茶髪にするん!」
 自分の本音と顔を合わせると、よく分からないけど笑った。

なんで茶髪にするん!

なんで茶髪にするん!

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted