魔女の一撃

魔女の一撃

 高校時代の話。
 次の授業は体育、今日は柔道だ。
 教室を出て柔道場へ着くと、
立っていたのはなぜか社会科の先生。
 初老ながらもいかつい、
剣道部顧問として檄を飛ばす鬼軍曹。
 出張で不在の体育教師、その代理らしい。
言葉を交わしたことすらない、実質初対面。
 運動音痴の僕はかなり緊張していた。

「まずは準備運動から!」
 威勢のいい声が道場に響く。
「お前ら二人組になれ」
「組んだら一人がもう一人担いで、スクワット20回」
 
 ―えっ?まじで。
 あっけにとられた。
 スクワット自体ほぼ経験がない。
 にもかかわらず、
人ひとり担ぐとかそんな無茶な......
 当時体重48キロ。ガリガリに痩せていた。

 僕は合気道部に所属していた。
 しかし合気道における準備運動は、
怪我を防ぐ目的の柔軟性を高める運動法が基本。
 加えて呼吸法といったヨガに近いものも多かった。

 一般的にイメージされる、弟子たちをちぎっては投げ捕らえては極める。
いわばフリースタイルは猛者である有段者ゆえ可能なこと。
 受け手も数々の技を心身共に理解しているからこそ、
打ち合わせなしで何度でも飛びかかることができる。
 僕ら部員が学んでいたのは空手でいう型。合気道の場合は演武と呼ばれる。
 部活の成果を披露する舞台は文化祭。
文化系運動部と陰で揶揄されていると、先輩から聞いたこともあった。

 このように、日頃の自分は体育会系と無縁であった。
 これから始まる準備運動が不安で仕方なかった。
とはいえ、もたもたしていれば叱られる。やらねば。
 壁際に立ちパートナーを肩に乗せた。
 重い、とにかく重い。その一言に尽きる。
立っているだけでやっと。脚がガタガタと震え始めている。
 
「はい、1、2~」
 号令に合わせ膝の屈伸を行う。
 今にも崩れそうなところを必死にこらえ、
持てる力を振り絞り、食らいついていく。
 
 突然ゴキッと、鈍い音がした。
 体の中から聞こえる、とても嫌な響き。

 その後、校内での記憶は一切ない。
あまりの痛みに放心状態だったのだろう。
おそらく保健室へ運ばれたものと思われる。
 僕はぎっくり腰を起こしてしまった。

 発症から2、3日は、等間隔且つ断続的な鈍痛が朝晩続く。
 思わず飛び上がるほどの衝撃が振動となって体中へ広がる。
ズキッ一回につき一感嘆符が付く、そんな印象を受けた。
 痛みの震源が体の要にあるため直立が辛い。
 片手は壁へ、残った手を腰に添えてようやく動ける。
 横になってもジンジン痛み、同じ体勢が維持できず、
そのため一晩中寝返りをして凌いだ。

 幸い実家の近くに何度もお世話になった整体院があり、
帰宅後即治療を受けたため、強烈な痛みは数日で和らいだ。
 その後も完治まで通院、電気治療と整体の施術は続いた。
 施術台での骨盤矯正ではコキッと音が鳴った。
 
 おかげで学校にも休まず通うことができた。
 両親から送迎してもらうまでもなく、
まだ痛む腰をかばい、普段通り自転車で通学した。
 まっすぐ歩くと負担がかかり痛みだすため、
廊下の端をカニのように横歩きして過ごした。

 腰が治るまで部活には見学で参加。
 正座して皆の稽古を眺めていた。
 施術の心得があったのであろう。
時折、顧問の先生がマッサージしてくださった。
 慣れた手さばきで腰回りの筋肉がほぐされていく。
ストレスが軽くなっていくのが分かる。とてもいい気持ち。
 
 先生のメニューには骨盤矯正も入っていた。
 横になった畳の上。
 腰からコキッと、聞き慣れた音がした。

魔女の一撃

魔女の一撃

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-01

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