星のかたち

 ゆりかごには、まだ、ほど遠く。
 冬の、学校のプールに浮かんでいる落ち葉や、白いビニール袋なんかが、ただひたすらにさびしいだけの、世界。ひと、なんてものが、いつまでも、ひと、の形でいられるとは限らないし、星は、いつしか、生命体に容赦なく、歪さを増してゆく。カフェオレよりも、アイスレモンティーがのみたい午後の、ちいさな気泡のような憂鬱がぷつぷつと、あらわれては消えてゆく感覚に、ひだりうでがすこしだけ、重い。

 やさしいせんせいは、あの春から、やさしくないせんせいになりました。
 ぼくの兄は、のろわれて、鉱物を吐き出す体質になりました。ラブラドライト。
 十六才で吸った、たばこの味を、ぼくはもう、おぼえていません。高速道路に散らばったマネキンをみたとき、かるい吐き気はしました。ニュースで、事故をおこしたトラックが積んでいた、女性のからだをした、マネキン。あらぬ方向にまがった、あし。折れた、うで。影が差して、物憂げにみえる表情。絶望、という言葉が、ぴったりだと思いました。
 星がはじけとんだとき、ぼくは、でも、せんせいと、手を繋いでいたいのですと、やさしくないせんせいに懇願したとき、せんせいは、口角を持ち上げて、実に愉快そうな笑みをたたえたまま、
「ああ、もちろん、ずっと離さないよ」
と言って、ぼくの耳朶をなめました。理科室は、他の教室にくらべて気温が二℃か三℃、低いような気はしていました。学校からは、いつのまにか、生徒がひとり、ふたり、先生が、ふたり、さんにんと、減っていき、とうとう、ぼくとせんせいの、ふたりだけの学校に、なってしまったものですから、ぼくらは永遠に、先生と生徒でした。
 兄が吐き出した、ラブラドライトの破片をくすねて、ときどき、ぼんやりと眺めます。
 きれいだな、とも、どうして兄のからだのなかに生まれるのかな、とも、ぼくもいつか鉱物を吐くようになるのかな、とも、なんとも思わないで、ただ無感情に、みつめるばかりでした。
 となりの家に住んでいる、しろくまの親子が、空から落ちてきた星をひろいあつめにいく夜は、せんせいがいなくてもあまりさびしくありません。たくさんの星を抱えて帰ってくる、しろくまの親子の姿を、二階の窓からうかがっていると、ふしぎとあたたかい気持ちになります。星の、仄かな光に照らされて、夜の闇に浮かびあがるふたりが、まるで、なんらかの道しるべであるかのように、おそらく、それは、祈りにも似た。

星のかたち

星のかたち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-01

CC BY-NC-ND
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