天女伝説
照りつける日差し。吹き抜ける温い風。
湖畔に立った男女がまぶしそうに眺める水面は、しかしどこまでも澄みきって美しい。
「ねえ、この暑さ異常じゃない?」
女が言った。
「暦ではもう冬なんだけどね」
男が言い返した。
「それよりどう?ここが天女が水浴びしたって伝説の湖」
「たまに旅行に行こうだなんて言うから、ついてくれば、あんたっ」
男はみるみる肩を落とした。どうやら夫婦のようだ。
「あたしはもっとこう、美味しいご飯を食べたり、珍味な土産や素敵なアクセサリーを買いたいのよ」
つまり最後のアクセサリー、高価なお土産が欲しいというのが本音だろうと男は思った。
「で、でも周りを見てよ。燃えるような真っ赤な木々を。素晴らしい紅葉じゃないか」
「何が素晴らしい紅葉よ。燃えるような木々よ。あたしがこの暑さで燃えそうよ!」
「仕方がないよ。地球は温暖化で、それなのに世界の国々はお金が欲しいと、懐を暖めるばかりだから」
「何、上手いこと言ってんのよ」
微かに女の口元がクスリと緩んだのを、見逃さなかった男は閃いた。
「そうだ!せっかく天女の伝説の湖に来たんだ。水浴びでもしたら?」
「あたしにここで脱げって言ってんの」
笑みを浮かべる女の目だけは笑っていない。
「もも、もちろん、足だけ水に浸かったらっていう意味だよ」
しばらく無言だった女が口を開いた。
「しょうがないわね」
湖面を見ながら腕組みする女は答えた。
「キャッ、冷た」
無邪気に水面を蹴りあげる女。
「ああ涼しい。思った以上に冷たいわ」
見守る男に女が伝える。自然と微笑む男にさらに付け加えて女が言った。
「あたしの靴、ちゃんと見ていてね。高かったのよ、その靴。あと濡らさないでよね」
あらためて男は脱いだ女の靴を見た。初めて見る靴だと気づいた。いつの間に買っていたのか。男は苦笑いを浮かべる。その時、
「ねえ!」
女が叫んだ。驚いた男が立ち上がった。
「足拭くタオルはあるんでしょうね」
女の言葉に男が胸を撫で下ろす。
足元のバックから男が何やら取り出し、女に振り回す。
「大丈夫。温泉に入るかなってバスタオル持ってきているから」
「あんたにしてはやるわね」
白いバスタオルを見ながら女は言った。
振り回すのを止め、もう一度見せつけるように前へ突き出して、バスタオルをしまおうと、男はまた閃いた。
「このバスタオルが羽衣だったら」と。
そうすれば妻を天界へと追い払えるから。
天女伝説