ヒメノスピア×キリングバイツ
pixivに連載中の私の作品であるヒメノスピア×キリングバイツ(https://www.pixiv.net/novel/series/1143454)を、こちらでも掲載させて頂きます。
内容としましては、ヒメノスピア第11話(https://www.heros-web.com/comics/9784864685900/)以降の園藤姫乃がキリングバイツ第30話(https://www.heros-web.com/comics/9784864684729/)までの野本裕也の役割を担うが、無料では引き受けないぞ!的な内容です。
第1話:三門陽湖
2019年6月17日 東京都道245号杉並田無線
1台の高級車が“ある場所”に向かって走っていた。
「お嬢様、もう直ぐ[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に到着いたします」
運転手の真後ろ(乗用車における上席)に座る女性が不機嫌になる。
「運転手さん……台詞を間違えてます。ちゃんと台本を読んでいます?」
運転手が慌てて言い直した。
「はっ!失礼いたしました!もう直ぐ西東京市に到着いたします!」
さて、この2人が西東京市の呼び方についてこうも揉めているのか、簡単に説明しよう。
元々はただの西東京市であったが、去年(2018年)の6月13日に日本の警察組織が“ある者”を強奪しようと目論み、1人の女子高生に大量殺戮テロの首謀者と言う濡れ衣を着せた事で、西東京市の運命は大きく変わった。後に『鷺宮女子高銃撃テロ事件』と呼ばれる事になる事件である。
濡れ衣を着せられ知らず知らずの内に日本全土を敵に回す羽目になった“ある者”は、“ある力”を使って日本の警察組織を1週間かけてじわじわと浸食し、逆に鷺宮女子高銃撃テロ事件の真相を白日の下に曝して空前絶後の警察不祥事を引き起こしたのであった。
だが、日本の警察組織を完膚なきまで辱めただけでは飽き足らない“ある者”は、自身の理想を具現化した日本の中でも独立した特別自治区を築いてしまったのだ。
しかも、その“ある者”がある組織[[rb:達 > ・]]にとんでもない要求をしてきたのだ。
(待ってておじい様……私が必ずあの法案を取り戻してみせるから!)
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
高級車がとある学校の校門前に到着した。
「鷺宮女子高等学校……此処に、園藤姫乃が居る!」
女性は車から降りて校内に入ろうとするが、直ぐに生徒達に取り囲まれてしまった。
「見ない制服だね。転入生?」
「それとも願書と取りに来た受験生かな?」
「何処に行きたいの?事務所?職員室?」
「案内してあげるね」
生徒達は善意の心算であったが、女性にとっては無礼以外の何者でもなかった。
「退いて貰える」
「もー。遠慮しちゃ駄目だよ」
「知らない人にも親切にって、姫乃様が言ってたからね」
「そうそう」
「困った事があったら言ってね」
もう我慢の限界に達してしまった女性は、遂に怒号を飛ばしてしまった。
「この私が、三門財閥の三門陽湖が直々に園藤姫乃に会いに出向いてるのよ!さっさと取り次ぎなさい!この愚民が!」
遂には、取り囲んだ生徒の内の1人の襟首を掴んで脅す様な格好になってしまった。
「お前なんかじゃ話にならない。責任者を出しなさい!」
予想外の展開に、取り囲んでいた生徒達は右往左往する。
「きゃああああああ」
「ちょっと!?みんな落ち着いて!」
其処へ、1人の中年男性がやって来て皆を宥めた。
「やめなさい。この方は、園藤姫乃さんの客です」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校裏庭
「いやー、驚かせてすいませんでした。予想していた事とは言え、まさかあそこまで騒ぐとは」
中年男性の釈明をまるで聞いていないかの様に無言でついて行く陽湖。
「ここでは、至る所で『女王』に対する愛情や善意が溢れ返っていますから、どうしてもああなってしまうのです」
やはり陽湖は聞く耳持たない。
「あ、申し遅れました。私は、この学校の保健医、藤本です。以前は『蜂』に関する研究施設に勤めていたのですが、訳あって解雇されてしまいましてねえ―――」
陽湖の隣にいた青年が代わりに質問した。
「貴方はもしかして、フジモト生物化学研究所所長の藤本康臣氏ではありませんか?」
「[[rb:元 > ・]]が付きますがね。今は専門知識を活かしながら『蜂』の巣窟であるこの学校で働きつつ、観察を続けている訳です」
陽湖が漸く口を開いた。
「で、園藤姫乃は何処に居ますの?」
藤本の話に全く興味を持たない陽湖であったが、藤本は全く気にしない。
「やはり、あの法案が白紙撤回された事をいまだに恨んでいますか?」
日本経済は、400年前から四大財閥に支配されていた。だが、件の四大財閥の間で発言権や収益に関する話し合いで大きく揉めてきた。
そこで、四大財閥が財力に物を言わせて集めた達人達に様々な勝負をさせる事で、四大財閥同士の潰し合いを未然に防いできた。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』である。
それから時代は流れ、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の一大エンターテインメントとして公式化させようと言う動きがあった。その為に必要な法案も可決・成立する筈だった。
だが、急に立ち塞がったのが[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を支配する『女王』園藤姫乃で、彼女の鶴の一声で『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』公式化に必要な法案は否決・白紙撤回されたのであった。
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校裏庭
「いやー……しかし、貴方方も災難でしたなあ。まさか、特定遺伝子組換改革法が否決されてしまうとは。やはりこれも、園藤姫乃の力が、警察のみならず、政局にまで及んでいる証拠ですな」
「そうよ。全く、いい迷惑だわ」
「しかし、四大財閥の仲違いによる日本経済の混乱は避けたいからと、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を非合法化させる事で、秘密裏であれば『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を開催できる。と、言った所ですかな?」
陽湖の眉が不機嫌そうに動いた。
「仰る意味を測りかねますが、所長……いや、藤本教授は、三門財閥が『蜂』に屈したとお考えですか?」
それに対して、藤本は軽々しく答えた。
「いやいやいやいや。屈するとか屈しないとか言う次元の話ではありません。元々昆虫は、既知の種だけでも600万超。これは、地球上の全生物の中でも、半分以上を占める数値ですが、その中でも―――」
やはり陽湖は聞く耳持たない。
「はいはい。話が長くなるなら止めていただけますか?」
藤本はつまらなく呟いた。
「これからが面白いのですがね」
陽湖の目が鋭くなった。
「兎に角、園藤姫乃が何を手に入れようと、所詮は愚民。日本最大・世界最長の歴史と伝統を誇る一流の財閥である三門財閥の前では只の屑。それが園藤姫乃よ!」
藤本が嬉々として言い放つ。
「素晴らしい。『兵士』への不満としては初めてのケースです。果たして『女王』がどんな感想を持つか、私も詳しく知りたい所ですな」
陽湖は少し気持ち悪くなった。
(フン!薄気味悪い老人ですわね)
とは言え、此処で引き下がる気は一切無い。
(ま、何にせよ、これで一先ず、園藤姫乃に会えそうね。どんな女か知りませんが、少なくとも判っているのは、身の丈を弁えずに女王を名乗る、教祖気取りのサイコ屑。根拠の無い自信ともたざる者への憐みを携え、『争いの無い国を造る』とか言う夢物語を真顔で語る平和ボケ。最も愚かな阿呆)
陽湖の顔に血管が浮かぶ。
(身の丈に合わない支配者顔を想像するだけで、腹ただしいですわ!見た瞬間に怒りに飲まれそうで怖いですが、先ずは落ち着いて、あの法案を元に戻す方法を聞き出さないと!)
そうこうしている内に、学校の花壇をいじるジャージ姿の女子高生の背後に辿り着いた。
「ほう、ハルジオンですな。キク科の植物は、最も進化と分化を重ねて来た種族です。人類に次代の進化を促す『女王』を象徴する花と言えますなあ」
藤本の言葉に、女子高生は照れ臭く控えめに答えた。
「い、いえ……単に母が好きだったもので……それと」
学校の花壇をいじるジャージ姿の女子高生が振り返り、それを見た陽湖が驚愕した。
(……嘘……でしょ……)
「『女王』はやめてもらえませんか、藤本先生。私は唯の女子高生なので……」
(この……まるで垢抜けない地味眼鏡が……土塗れな愚民女が……)
金魚の様に口をパクパクさせる陽湖。
「これは失敬。所で、此方の方々はですな―――」
ジャージ姿の女子高生が服に就いた土を手で払った。
「ええ、お話は、ルシアさんから伺っています」
ジャージ姿の女子高生が金魚の様に口をパクパクさせる陽湖に自己紹介する。
「初めまして鷺宮高校生徒会長、園藤姫乃です」
人目を気にせずにジャージ姿で園芸部とじゃれ合う姫乃を見て、陽湖は唇がブルブルと震え、胃の奥から溢れ出た、悲痛な叫びを抑える様に、無意識に両手を口元に持っていく。
「女王蜂とは、その呼び名に反し、本質的には働き蜂と何ら変わりはありません。生物学的には『生殖虫』と呼ばれ、あくまで生殖の役割を担う一個体に過ぎず、群れを統率するわけでも、君臨するわけでもないのです。然るに、この学校の『女王』である園藤姫乃の存在もまた、基本的には唯の一生徒。ごく普通の女子高生に過ぎないのです。特に『兵士』ではない一般の生徒にとって園藤姫乃は、元いじめられっ子で異様に腰の低い生徒会長に過ぎないわけで……聞いてます?」
陽湖は聞く耳を持つ余裕が無かった。
日本の警察組織を完膚なきまで辱め、日本国内に独立した特別自治区を築き、鶴の一声で『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』公式化に必要な法案を否決・白紙撤回させた『女王』が、普通の女子高生だと言うのだ。
陽湖は、この設定に精神的にも生理的にも耐えられなくなり、隣にいた青年に残忍かつ薄情な命令を下した。
「『[[rb:獅子 > レオ]]』!こいつらを皆殺しになさい!」
その直後、渚は陽湖をうつ伏せにしながら馬乗りになった。
「姫乃、大丈夫?」
園芸部が驚く中、姫乃は平然としていた。
「はい。怪しい気配は感じていましたが、皆さんが守ってくれると思っていましたから」
姫乃のこの言葉を合図に、大勢の女子高生が続々とやって来た。しかも、やって来た女子高生全員が陰部から伸びる長い管状の『針』を蠍の尻尾の様にちらつかせた。
これこそが、姫乃が手に入れ、警察が恐れ、日本政府が欲した『蜂』の……そして、『女王』の力である。
警察や政府が言っている『蜂』とは、人間社会に寄生する異形の針を持つ赤い寄生バチの事である。
彼らは一般的なハチ目(膜翅目)と違って女王蜂のみが生息し、働き蜂が1匹もいない。
そこで、彼らは人間の女性に針を刺して体内の毒素を注入する事で、自分を愛し護る『兵士』に変えるのである。
しかも、彼らは女性を刺す時に『兵士』にするか『女王』にするか選択する事が出来るのだ。
そして、姫乃は『蜂』に選ばれて『女王』となり、『蜂』同様に人間の女性に針を刺して体内の毒素を注入する事で、自分を愛し護る『兵士』に変えるのである。
また、『蜂』に刺された女性は、『兵士』であろうと『女王』であろうと、体質変化によって長い管状の『針』を得る。伸縮自在である『針』は、普段は陰部に内蔵されているが、有事に際には陰部から出て威嚇や攻撃(『女王』のみ『兵士』を生み出す時にも使用する)に用いるのである。
そうする事で、『蜂』は人間社会を乗っ取り我が物にして理想の社会を作ろうとしているのである。
「とは言え、やはり『女王』が特別な存在である事は否めません。常に触覚が触れる距離で護衛するのが『兵士』の役割。いかに巣の中とは言え、敵襲の惧れがある屋外において、単騎でいる道理はありません」
姫乃は、さっきまでのお気楽な女子高生とは打って変わって、上から目線で陽湖に告げた。
「残念ですが、今あなたがした事は立派な犯罪行為です。騒乱罪、暴行罪、殺人未遂罪、そして、国家反逆罪においてあなたを拘留します」
『兵士』達が陽湖を生徒会雑務室に連行する中、姫乃は陽湖に[[rb:獅子 > レオ]]と呼ばれた青年をジーっと視ていた。
「姫乃、どうしたの?」
声を掛けられてハッと我に返る姫乃。
「いえ……ちょっと考え事を……」
『兵士』達の前で気丈に振舞う姫乃であったが、奥歯に物が挟まる気分であった。
第2話:園藤姫乃
2018年6月13日 西東京市
園藤姫乃と服部渚は、フジモト生物科学研究所研究主任原口理栄が運転する車に乗っていた。
「間に合って良かった。このまま一般道通って、永野の観測施設に向かいます」
そんな原口の説明を聞きながら、後悔と罪悪感に苛まれた表情で後ろ見た……
銃声に包まれてしまった母校『鷺宮女子高等学校』を。
「携帯の電源は切っておいてください。追跡される恐れがありますから。ナビも消しておきましょう」
それに対して、渚が原口の頭頂部を鷲掴みにしながら質問する。
「おい。説明しろ。どうしてこんなに早く警察が動いた。しかも、奴ら、大して確かめもせず、『仲間』だろうがそうでなかろうが、無差別で撃ちまくってた」
そう、鷺宮女子高等学校を銃声で包んだのは、本来なら市民を守るべき警察なのだ。しかも、彼らは何かを国民に隠していたのだ。
「この日本でそんな簡単に人が殺せるもんかよ。どう考えても普通じゃないだろ。あいつら一体何考えてんだ」
そして、渚の舌先が、警察が国民に隠している“ある物”に触れた。
「てか、そもそも『蜂』ってのは、一体何なんだ!?」
原口は重々しく答えた。
「それはまだ解りません。ですが、確実に言えるのは、彼らは何より『女王』の力を欲しています」
それこそ、警察が鷺宮女子高等学校を銃声で包んだ本当の理由である。ただそれだけの為に警備部機動隊と特殊急襲部隊まで動員し、中にいた生徒達を無差別に射殺したのだ。
「『兵士』を生み出す『女王』の能力を科学的に解明し技術として抽出できるなら、軍事面・政治面での利用価値は計り知れません。そもそもの話、特務捜査課も研究所も、表向きは『蜂』に関する犯罪を収拾する為の組織です」
原口は、研究主任として『蜂』を調べていく内に、『蜂』に関する犯罪を収拾する為に組織された警視庁公安部特務捜査課の存在理由に疑問を膨らませていった。
そもそもの話、『蜂』や『女王』が特殊急襲部隊の手を煩わす程危険な存在なら、自然災害や逃走犯の様に事前に国民に公表して注意を促すのが普通であろう。なのに、警察は『蜂』について国民に詳しく説明した事など1度も無いのである。それはつまり……
「しかし、その本質的な存在意義は、『女王』を捕らえる事にあります」
少々不安がらせたと感じた原口は、安心させる様にこう続けた。
「でも大丈夫。私は内部の人間ですから、彼らの思考はおおよそ見当がつきます。『女王』には指1本触れさせません。だから、安心して―――」
だが、完全に罪悪感に飲まれてしまった姫乃が原口の言葉を遮った。
「すみません。『女王』はやめて下さい。好きでなった訳じゃないですから……」
2018年6月13日 フジモト生物化学研究所八ヶ岳自然環境観測所
そんな、罪悪感に完全に屈してしまった姫乃を奮い立たせたのは、少し前まで自身を虐待していた母親の存在であった。
姫乃を取り逃がした警察は、『鷺宮女子高銃撃テロ事件』と言う偽りの凶悪テロ事件をでっちあげ、姫乃を凶悪テロ事件の首謀者に祀り上げ、挙句の果てに姫乃の母親を逮捕したとテレビで報じたのだ。
「ママを助けに東京に帰ります」
それを聞いた渚と原口が慌てて説得するも、姫乃にとっては最早『天敵』でしかない警察をこれ以上野放しにする事は、道徳的にも良心的にも耐え難いものとなってしまっていたのだ。
「もう許さない。私の友達を殺して、楽園をぶち壊して、その上ママまで……もうこれ以上奪わせない」
そして……姫乃はとうとう日本の警察組織に宣戦布告するかの様な言葉を口にしてしまった。
「どんな手を使ってでも、ママを取り戻します!」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
その後、渚と原口の説得を振り切った姫乃は、1週間かけて母親を奪還を目的とした強固な人脈を作り上げ、自ら警視庁に乗り込んで母親の釈放を目的とした交渉を行い、母親奪還に失敗したと見るや『鷺宮女子高銃撃テロ事件』に関する真実をネットやテレビに流して空前絶後の警察不祥事を発生させ、西東京市をバチカン市国の様な独立した都市国家に変え、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]崩壊に導きそうな法案を次々と廃案に追い込み、その事を恨んでで姫乃殺害を目論んだ三門陽湖を拘留して現在に至っている。
「改めて、先程の犯行について、動機をお尋ねします。三門陽湖さん」
まるで大企業の会議室の様に並べられた長机とパイプ椅子に並んで座る『兵士』達に睨まれながら椅子に縛り付けられる陽湖。上座には姫乃が座っている。
まるで裁判の被告人の様な位置に座らされて自由を奪われる。それだけでも陽湖にとっては耐え難い屈辱であったが、その元凶が家庭内虐待の被害者でいじめられっ子の地味女だと思うとはらわたが煮えくり返って血液が沸騰する。
「あんた達……この私にこんな事をして……ただで済むと……思ってるの……」
陽湖は必死になって怒りを抑えようとした。そうでもしないと、怒りに語彙力を全て奪い尽くされそうだからである。
だが、陽湖から反省の意志を全く感じない渚が陽湖の頭頂部を鷲掴みにして陽湖の怒りの炎に油を注いでしまう。
「てめえ……調子付いてんじゃねえぞ。ドラ息子がぁ」
陽湖が怒りのあまり青筋を浮かべているが、渚も青筋を浮かべる程怒っていた。
「私は元よりここにいる全員が、てめえの何千何万倍もムカついて、てめえを今すぐブチ殺したくてウズウズしてんだよ。誰に頼まれた?公安か?人権団体か?吐け!」
陽湖が怒りに任せてついに暴走した。
「ふざけるな下郎!世界最古の歴史を誇る企業組織『三門財閥』の代表者である三門陽湖にこれだけの無礼をして、無事に済むと思うなよ愚民どもがぁ!」
「うるせえ。今度『虫』つったら殺すぞ」
「下郎の分際でこの私に命令だと?お前達愚民は、ただ跪いていれば良いのよ!」
姫乃が陽湖と渚の口論に割って入った。
「誰が……誰が好き好んで卑屈になるものですか。9歳の時、母が外出の折、母が連れ込んだ見知らぬ男に服を脱げと命令されました」
「姫乃?」
姫乃が自分の恥部を語り始めたので、渚が怒りを忘れてキョトンとする。それに引き換え、陽湖はいまだに激怒していた。
「従わねば叱られ母に嫌われると思った私は、泣き出したいのを堪え服を脱ぎました。そこに母が帰宅。裸のまま逃げ助けを求めた私に対し、母の取った行動は、肌を魅せ男を誘った罰として嫌がる私を無理矢理に押さえつけ、熱したアイロンを私の顔に押し当てました」
姫乃は眼鏡をはずし、右頬の火傷痕を見せた。
「これは、その時の[[rb:痕 > きずあと]]です。移植手術なり何なりして、消そうと思えば綺麗に消す事は可能です。でも、あえてそうするつもりはありません」
怒りが未だに収まらない筈の陽湖が、姫乃の威圧感に抑えられ何も言えなくなってしまった。
「何故なら、どんな酷い仕打ちを受けても、どんなに醜い傷を負っても、受け入れなければ生きていけない。それが私の人生だったからです」
格の違いを魅せ付ける為に姫乃の容姿に関する悪口を必死に紡ぎ出そうとする陽湖であったが、姫乃の威圧感に怒りを抑え付けられて言葉を発せなかった。
「親にも環境にも恵まれて、何不自由無く暮らして、勝手気ままに暴言を吐いて、これまでの人生、さぞや楽しかった事でしょうよ。そんなあなたに」
姫乃が『女王』の『針』を露出する。
「一体私の何が分かるっていうんですか」
怒りが未だに収まらない筈の陽湖が、一切暴言を吐けない自分に歯噛みした。
(何故私が何も言えないの?こんな四流学校に通うカス如きに!)
陽湖は汗だくになりながら必死に上から目線的な視線を姫乃に向ける。
対して、言いたい事を言い切った姫乃は自分の席に戻り、渚も他の『兵士』達も完全に冷静さを取り戻していた。
「改めて、先程の犯行について、動機をお尋ねします。三門陽湖さん」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
三門陽湖への尋問に参加しなかった『兵士』2人が、姫乃の命で何かを待っていた。だが、とある理由からスマホに夢中になるなど不真面目であった。
「と言うか、来ると思う?」
「私なら行かないわ。こんな劣悪な条件だと。ま、姫乃様の命令なら行っちゃいそうだけど」
そこへ、1人の女子高生がやって来た。
「鷺宮女子高等学校って、此処で良いのか?」
来るとは全く思っていなかった2人は、突然声を掛けられて驚いた。
「嘘!?来たの!?」
「わざわざ殺されに!?」
殺されると言われて不機嫌になる女子高生。
「人聞き悪いな。私が敗けるとでも思ったのか?」
正門で待っていた『兵士』の内の1人が、思い悩んだ表情で何かを促した。
「……悪い事は言わない。『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』が目的なら、今直ぐ帰れ。姫乃様が出した貴女への条件は、貴女にとっては命取りだ」
そう言われた女子高生は、悪人の様な微笑みを浮かべてこう述べた。
「好条件も悪条件も関係ねえ。牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
2人の『兵士』が危うく『針』を露出させそうになった。
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
陽湖が汗だくで姫乃の圧倒的な威圧感に耐えながら必死に上から目線的な視線を姫乃に向ける。
其処へ、1人の『兵士』が入室した。
「姫乃様!来ました!例の女が!」
渚にとっては予想外の事であった。
「馬鹿な!?姫乃が出した条件を知ってて言っているのか!?」
「はい。当人は屁でも無いって言い張っていますが」
姫乃が再び立ち上がり退室しようとしていた。
「行きましょう。『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を実際に観に」
その言葉を合図に、渚や『兵士』達も次々と退室した。椅子に縛り付けられた陽湖と自主的に残った1人の『兵士』を残して。
姫乃の退室を確認した途端に汗が一気に引いた陽湖を診て、居残っていた『兵士』が図星を指した。
「……あんた、姫乃様に敗けたろ?」
精神的焦りを指摘されて慌てて弁明しようとする陽湖であったが、居残っていた『兵士』が完全に無視して寧ろ屈しきれなかった陽湖をわざとらしく称賛した。
「無理しなくて良いよ。貴女は頑張った方だよ」
言い返そうとする陽湖を無視して話を続ける。
「さっきも言った通り、貴女と姫乃様とでは、くぐり抜けた修羅場の数が違い過ぎるからね。本来なら、貴女の様なボンボンドラ息子なんてあっという間に屈するもんだよ。姫乃様と違って地獄を体験してないからね」
「私の生き様が軽いと言うの?」
「軽いよ」
自分の人生を全否定されて怒りを蘇らせる陽湖。
「こんな四流学校に通う愚民如きが―――」
「その時点でもう軽い。親の威を借るドラ息子ってね」
「三門財閥の代表者たる―――」
「それが貴女を軽くしているのよ。それに引き換え、姫乃様は失うに対する恐怖を知り尽くした。知り過ぎた」
完全論破された陽湖が沈黙を保つので精一杯になってしまった。
「さっきのお話しから察するに、姫乃様の父親は既にいないな?離婚か死別かは知りませんが。それに、『鷺宮女子高銃撃テロ事件』の真相を知っている者なら知ってると思いますが、姫乃様は1度楽園を失ってます」
「だから何?どうせクズなんだから―――」
居残っていた『兵士』が陽湖を睨んだ。
「あんたも何かを失ってみるか?そうすれば、あんたも少しは重くなるんじゃない」
「……これ以上、園藤姫乃は何を奪うって言うの?」
「逆に訊くけど、貴女は何を失ったの?」
暫く沈黙したのち、居残っていた『兵士』が照れ笑いした。
「ま、ブサイクって理由だけで働き蜂に降格した醜女が偉そうな事言うのも可笑しな話だけどね」
言われてみれば、居残っていた『兵士』の左目は右目より2倍近く大きかった。しかも、前歯(上顎中切歯)はビーバーの様に長く伸びていた。
「それより、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』について語らない?」
「フン!そんなもの、実際に観れば良い話でしょ?」
「無駄だよ。今から校庭で行われる『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』は、ただの出来レースだからね。姫乃様が提示した条件を管理局が全て飲んでいればの話だけど」
陽湖が黙ってしまった。[[rb:獅子 > レオ]]に勝てる者が少ない事を知っているからだ。
「それに対して、貴女が知っている『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』に関する情報を聞いた方が有益だと思ったからね」
居残っていた『兵士』が自己紹介を始めた。
「私は川辺のぞ美。園藤姫乃に仕える『兵士』で、趣味は生物学よ」
第3話:谷優牛
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校庭
姫乃と姫乃に仕える『兵士』達が見守る中、陽湖に[[rb:獅子 > レオ]]と呼ばれた青年と姫乃に悪条件を付き付けられた女子高生が対峙していた。
姫乃にとってこの対峙は、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』公式化に必要な法案の否決・白紙撤回が正しいか否かを知る為の試金石でもあり、ある者を手に入れる為の出来レースでもあった。
それに対して、渚はある意味予想外であった。
「あんた……あんな条件でよく来たな?」
「さっきの門番にも言われたよ。だが関係ねえ。牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
女子高生が強気な発言をするが、姫乃が『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』管理局に付き付けた条件は、開始前から結果が見えている劣悪なモノだった。
「そうは言われても、向こうは『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』経験数10回以上の中で最も勝率が高い奴。一方のおまえは、女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]の中で最も勝率が低い。それが、姫乃が『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』管理局に付き付けた条件の筈だろ?」
女子高生が冗談交じりで悪態を吐く。
「お陰で、こいつと私の『[[rb:賭け率 > オッズ]]』は100対0。このままだと、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』は成立しない」
「そりゃあそうだろう。百戦錬磨のこの俺と―――」
『兵士』の内の1人が、女子高生の無謀に対して悪態を吐いた。
「と言うか、馬鹿でしょ?此処まで解っていながらノコノコ来るなんて」
それを聞いた青年が、青筋を浮かべた。
「バカ?今、馬鹿って言ったのかい?」
まさか青年の方が怒ると思っていなかった言い出しっぺが慌てて釈明する。
「違う!私はあなたに言ったんじゃなくて、向こうの無謀馬鹿に言ったの!」
聴く耳を持たない青年は、その容姿を劇的に変化させた。
「貴様の様な非力で矮小な唯の人間が、この[[rb:百獣王 > キング・オブ・キングス]]、[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:獅子 > レオ]]』に向かって……」
そして、青年の上半身がライオンそのものの姿になった。
「馬鹿とはどういう了見だ?」
「だから向こうに言ったんだってばぁー!」
見かねた姫乃が助け舟を出した。
「谷さん、戦う相手を間違えていますよ?」
姫乃に問われて振り返る青年。
「下らない理由で暴力沙汰では、[[rb:百獣王 > キング・オブ・キングス]]の[[rb:谷優牛 > たにゆうご]]の名に傷がつきますよ?」
姫乃の言い分も一理あるので、取り敢えず怒りを治める優牛。
「確かにな。だが、さっきも言った通り『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』は成立しないぞ?」
「仕方ありません。[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の園藤姫乃が、そちらの子に賭けましょう」
姫乃の発言に、優牛が挑発気味に質問する。
「何だと?お前が金を出す保障は?1000万円だぞ」
「手は尽くしますよ。と言いますか、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』公式化に必要な法案の否決・白紙撤回を勝ち取った[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の園藤姫乃の力を舐めないで下さい」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
一方、生徒会雑務室に居残った川辺と陽湖が『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』に使われている獣化手術について語り合っていた。
「つまり、遺伝子内に眠る他の動物の要素を取り出して増量させるって訳ね?」
「そう。今の『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』は、獣人同士の決闘よ。最新の遺伝子強化手術により、人の頭脳と獣の牙を併せ持つ……ね」
「だが、あんたが『[[rb:獅子 > レオ]]』と呼んだ谷優牛は、その割には優男じゃない?」
「普段はね。でも、獣化すると獣の様な姿になるわ」
「……それって、本当に人と言えるの?」
陽湖が残念そうに呟いた。
「ある時期までは言えたわ。獣化手術を取り入れてもなお『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の伝統的な姿を維持してきたわ。5年前にあの馬鹿が余計な真似をするまでは」
「……余計な事?」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校庭
「では、開始して下さい」
姫乃が開始の合図を出した直後に優牛が女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]をビンタで吹き飛ばす。
「秒殺かよ!?」
だが、優牛の猛攻はこれで終わりではない。
仰向けに倒れた女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]に跨り、容赦無くネコパンチを何十発もお見舞いした。
「たとえ獲物が子ウサギであると全力。圧倒的パワーでねじ伏せる。それが、[[rb:獅子 > レオ]]の戦い方だ!」
相手がギブアップするまで殴り続けるつもりの優牛だが、傍目にはこのままでは女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]が死んでしまうのではないかと思える。
「ウガアアアアア」
咆哮をあげながら何時までも殴り続ける優牛を観てそら恐ろしくなる渚。
「殺す気かよ!?」
しかも、優牛は既に強烈なダメ押しをしていた。
「王に挑む事の愚かさと恐怖!その身に刻め!」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校内
「ガアアアアア」
優牛の咆哮を聞いた生徒や教師の反応は、『兵士』か否かで大きく分かれた。
校庭から聞こえる咆哮の正体を確認しようとした生徒の一部が全く動けなくなってしまったのだ。
「何で……物凄く怖い筈なのに、身体が動かない」
「動けないの!?唯の遠吠えの筈なのに!?」
ライオンの咆哮は、猫科の猛獣の中で最も大きく、最も遠くまで響き渡り、半径8㎞以内に棲む全ての動物を威嚇しその動きを封じる。
闇に潜み茂みに隠れる事を生活の基本とする野生動物の中にあって、他種に存在を誇示する動物は、天敵のいないライオンだけである。
校内に残っている『兵士』達が、優牛の咆哮を聞いて動けなくなった生徒や教師をテキパキと保健室に運び込んだ。
蜂と同じ膜翅目に属するグンタイアリの兵士は、脳組織が退化し全く存在しないにも関わらず、何故かお互いに連携し協力し合い、綿密で複雑な作戦行動を可能とする。
司令塔も命令系統もそれを受ける脳すらもないが、兵士は一切迷う事が無い。まるで、何者かの『意思』に導かれているかの様に……
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校庭
校内の様子をスマホ越しに聴いた渚が、目の前で行われている『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の中止を進言した。
「姫乃、『仲間』以外の子が次々と金縛りになったって!こんな事やってる場合じゃないんじゃないの!」
渚に促され、終了の合図を出そうとした姫乃であったが、
「ぐッ……」
その前に優牛が咆哮を止めて後方にジャンプした。
慌てる優牛を観て、渚がまた面食らった。
「今度はどうした!?」
優牛の右手が歯形だらけになっていた。
「こ、こいつ……爪撃を受けながら、俺の指を噛み千切って……」
女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]は既に獣化していたが、獣の様な耳に手足や背中が異様に毛深くなっただけと言う、優牛の獣化とは比べ物にならない程地味な変身であった。
「恐怖?恐怖ねぇ……生まれてこの方、どうもその、恐怖って奴を知らなくてね」
女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]の強気な発言に、優牛は怒りと恐怖で震えた。
「な、何ィーーーーー……恐怖を知らぬ獣など……存在せん。俺の『[[rb:獅子咆哮 > ローリング・レオ]]』を浴びた者は、本能的に恐怖で身を強張らせ、反撃など不可能になるはずが……」
「やっぱり。さっきの校内の金縛り騒動はお前のせいかよ!」
渚のツッコミを無視して女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]に問う優牛。
「貴様、一体何者だ。名乗れ」
女性[[rb:獣闘士 > ブルート]]が、自身の傷を舐めながら名乗った。
「[[rb:蜜獾 > ラーテル]]。[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
優牛の咆哮が止み、校内で起こった金縛り騒ぎが落ち着いたので、陽湖の所に戻った川辺。
「で、一応聞くけど、ただいま谷さんの[[rb:白星 > エサ]]になっている哀れな[[rb:生贄 > おじょうちゃん]]は、何者だい?」
陽湖があっけらかんと答える。
「知らないわ」
「知らない?三門財閥との関係性が深いって、自分で言ってたじゃん!」
だが、陽湖は本当にそう答えるしか出来なかったのだ。
「本当に知らないわ。その子、今日が初戦のルーキーとしか聞かされてないもの」
川辺は驚きを隠せない。
「初戦だと!?くっ!これなら確かに勝率が低いわな!0戦なんだから!」
その時、川辺のスマホが鳴った。
「はい」
質問の内容に、川辺が愕然とした。
「ラーテルだと!?」
聞き慣れないマイナーな名前に首を傾げる陽湖に対し、川辺は管理局の狡猾さに畏怖した。
「まさか……奴らが姫乃様の意図を読んで……くっ!」
川辺が慌てて校庭に向かい、生徒会雑務室に居残ったのが椅子に縛り付けられていた陽湖だけとなった。
「ちょっと!この縄を解いてからにしろ!」
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校庭
ライオンがラーテルを忌み嫌う最大の理由。それは、闘えば必ず負傷するから。
猫科の猛獣は、狩りの際、速やかに獲物をしとめる為、首や腹などの弱点を狙う。
だが、ラーテルにとっては目の前に迫る全てが攻撃対象。たとえそれが、鋭利な刃物であろうと危険な毒であろうと一切躊躇しない。
その必然として、狩人は大切な商売道具である爪や牙を傷付け失う事にもなりかねない。それは、自然界では死を意味する。
即ち、ラーテルに闘いを挑むと言う事は、命を賭けた危険な行為なのである。
だが、
「対戦相手の名前くらい憶えとけよな。バーカ」
[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の挑発を受けて青筋を浮かべる程冷静さを失ってしまう優牛。
「ば……馬鹿だと……この俺に向かって、貴様の様なチビガキが、取り消せー!」
漸く校庭に辿り着いた川辺が優牛に警告する。
「駄目だ谷優牛!冷静さを失うな!」
だが、全てが遅かった。
『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の強烈な引っ掻きが優牛の左肩を切り裂いたからだ。
「[[rb:蜜獾斬 > スラッシュ]]」
2019年6月17日 日本某所三門財閥関連私設
「『[[rb:獅子 > レオ]]』が負けた……?」
人工衛星越しに『[[rb:獅子 > レオ]]』対『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』を観ていた富豪達は、予想外の結果に驚きを隠せなかった。
「馬鹿な」
「99対1だぞ」
「どう言う事だ!?」
「あの[[rb:獣闘士 > ブルート]]は、一体何者だ……」
別室で混乱する富豪達を見ていた1人の学者が、[[jumpuri:複数の黒服の男性 > https://www.ebookjapan.jp/ebj/content/sakuhin/17111/maincharacter.asp]]に囲まれた老人に話し掛けた。
「ご覧頂けましたか?あれが私の最高傑作、[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』」
一方の老人は、ただ満足気に高笑いをしていた。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ!やられたわい。まんまと1人で勝ちを浚いおって」
「か、会長……」
「『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』か。祠堂、お前の言う通り、なかなか面白い娘よのぉ……」
第4話:祠堂零一
2019年6月18日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校保健室
保健室のベットで寝かされていた[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』が目を覚ました。
「……ん……あ?ここは……」
「お。気が付きましたかな?宇崎瞳さん」
突然藤本に声を掛けられて少々困る[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』。
「おっさん誰?医者?」
「私は、この学校の保健医、藤本です。以前は『蜂』に関する研究施設に勤めていたのですが、訳あって解雇されてしまいましてねえ、今は専門知識を活かしながら『蜂』の巣窟であるこの学校で働きつつ、観察を続けている訳です」
『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』もまた、藤本の話に全く興味を持たないが、陽湖とは違って話を強引に終わらせる程の乱暴さは無かった。
「あっそ。そんな事より、園藤姫乃は何処だ?祠堂さんが園藤姫乃に用が有るって―――」
「下手にその様な質問をしない方が賢明ですな」
まさか止められるとは思わず、『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』は不機嫌になる。
「……お前も、園藤姫乃の『兵士』かよ?」
「いえいえ、『蜂』の『兵士』に成れるのは女性だけです」
「じゃあ、何で止めた?」
「私の見解では、家庭や身内、中でもとりわけ[[rb:女性 > メス]]に対しては愛情が深まり穏やかで温厚になりますが、『女王』に仇為す者に対しては苛烈な攻撃性を帯びる筈です。即ち、園藤姫乃の敵にとってこの学校は、地獄そのものと言う事です」
だが、『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』は藤本の警告を無視した。
「うるせえ。祠堂さんが園藤姫乃に用が有るって言ってんだ。会わせろ」
そこへ、タイミング良く姫乃と渚が現れた。
「私もぜひお会いしたいです。[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の最重要人物に」
『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』は少し悩んだが、祠堂の指示に逆らうつもりは無い為、やっぱり会わせる事にした。
「……でも、その前に……」
「え?」
2019年6月18日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]][[jumpuri:デニーズひばりが丘店 > https://shop.dennys.jp/map/2517]]
[[jumpuri:キャラメルハニーパンケーキ・Tallサイズ > https://www.dennys.jp/menu/dessert/caramelhoneypancakes/]]を注文し、蜂蜜をたっぷりかける『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』。
それに対し、あまりの蜂蜜の量にドン引きする渚。
「お前……甘党だったのか?て言うか、(蜂蜜の)量が多くねえ?」
「黙れ。祠堂さんが園藤姫乃に会いたがってるもう直ぐここに来るから……それまでの間、口閉じてろ。なるべく呼吸もすんな」
「随分嫌われたものだな?」
「て言うか……何でお前までついてきてんだよ?邪魔なんだよ。消えろ腰巾着」
「てめえが消えろ化物。本当ならとっくにぶっ殺してるところを、姫乃の恩情で見逃してやってるんだからよ、役立たずの駄猫(谷優牛)を連れてさっさと消えろ」
このままだと口論では済まなくなると感じた姫乃が渚を制止させた。
「服部さん、私は平気なので、もうその辺で……」
「あ。うん」
その直後、『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』が急に立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「あ、あの、昨日は本当にすみませんでした」
突然の『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』豹変に面食らう渚。
「な!?何なんだいきなし!?」
『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』豹変の元凶は、姫乃達の背後にいる人物であった。
「何を謝る?お前は完璧に仕事をこなした。そうだろ?瞳」
(この方が……祠堂さん?)
そこから少し離れた席で『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』と渚のやり取りを観察していた川辺が、陽湖に言われた言葉を思い出していた。
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
「ある時期までは言えたわ。獣化手術を取り入れてもなお『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の伝統的な姿を維持してきたわ。5年前にあの馬鹿が余計な真似をするまでは」
「……余計な事?」
2019年6月18日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]][[jumpuri:デニーズひばりが丘店 > https://shop.dennys.jp/map/2517]]
祠堂と思われる人物の前で赤面する『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』。
「で、でも、あの、[[rb:獅子 > レオ]]を1発で倒そうと思ったけど序盤でラッシュされて、まあ、あんなの屁でもなかったですけど……私がうまくやれないせいで、その、祠堂さんを不安にさせちゃったかもしれないと思って―――」
祠堂が安心させるかの様に『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の頭を撫でた。
「俺はお前を信じている。不安を感じた事など1度も無い」
(こいつが祠堂か?ていうか……この人も誰?)
未だに祠堂到着前と後で性格がまるで違う『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』に面食らい続ける渚。
(とても同一人物には見えねぇ。何だこの態度の変わり様は……)
テーブルに重そうなアタッシュケースを置いて席に着く祠堂。
「はじめまして。祠堂零一と申します。瞳の保護者です。どうぞよろしく」
「はじめまして……と言うのも変ですが、私は―――」
「園藤姫乃。鷺宮女子高等学校普通科3年生。現住所は、鷺宮女子高等学校学生寮。当たってるかね?」
(やはり、姫乃の事を調べてたか!?)
「で、どうだった?『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を特等席で観た感想は?」
姫乃の眉がピクっと動いた。
「単刀直入に言いまして……人間の手に負える力じゃないですね」
「ほう」
それを聞いた渚が祠堂に質問する。
「て言うか、四大財閥は、自分達の仲違いを防ぐ為にあんな事を繰り返してたのかよ」
祠堂は素直に答える。
「400年前から続く世界最古の豪商の一族。それが財閥だ。戦後GHQに解体させられた事になっているが、[[rb:現在 > いま]]も日本経済は、4つの財閥に支配されている」
祠堂の解説に、姫乃が付け足しを加える。
「各財閥の代表者同士が財界の発言権を賭けて戦う。言わば代理戦争」
祠堂と姫乃達の間でピリピリとした緊張感が漂っている中、客のフリして聴いていた川辺も別の意味でピリピリしていた。
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
「余計な事って誰がよ?」
川辺の質問に対し、陽湖が不機嫌そうに答えた。
「お爺様は、祠堂を野放しにし過ぎです。『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』は彼の遊び場ではないのですよ!」
その言葉に、川辺は[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]参戦者の獣人化を推し進めたのが祠堂零一だと解釈した。
「その獣人作りの名人が、お前達四大財閥に何の用なんだ?」
「決まってるわ。『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』管理局長、祠堂零一の企てよ。あの男にとって『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』とは、研究成果を証明するための実験場に過ぎない。由緒正しい決戦の場を私物化する者を、私は断じて許さない」
川辺は、「貴様等が仲違いせずに日本経済を支配し続ける為だろ」と言ってやりたかったが、祠堂が恐ろしい事をしようとしている様に思えたので、それを飲み込んで換わりに更に突っ込んだ質問をしようとした。
「祠堂は、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を利用した実験を成功させた後、何をやろ―――」
だが、『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』と交戦中の優牛の咆哮による金縛り騒ぎへの対応に追われる形で退室を余儀なくされる川辺であった。
2019年6月18日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]][[jumpuri:デニーズひばりが丘店 > https://shop.dennys.jp/map/2517]]
(もっと踏み込んだ質問をして欲しかったが、この店の店員の何人かは『仲間』だが、学校と違って此処は『仲間』の数が変動しやすい。ここで[[rb:戦闘開始 > はじめる]]のは得策ではないか?)
「そう言えば、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を[[rb:円滑に > ・・・]]管理するのも、貴方方管理局の仕事でしたね?」
「それが何か?」
姫乃の舌先が陽湖への処罰に触れた途端、川辺は悔しそうに舌打ちをした。
(くっ!結局、祠堂の最終目標は聞けず終いかよ!?)
「私達が拘留している三門陽湖さんの事ですが、本来なら罪を問う所ですが、ただ殺意を口にしただけであり実行犯になる筈だった谷優牛さんも全く動きませんでした。よって、今回の事は不問に付します。陽湖さんを連れて帰って下さい」
「随分寛大な処罰ですな」
「[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]は、世間が思っている程不自由を強いていませんので」
それを聞いた祠堂が決断する。
「なるほど、そう言う事なら安心して……瞳を預けられるな」
祠堂の言葉に、渚がまた面食らう。
「預けるって、お前の手駒を私達がか?こいつ、一応女だぜ?」
「て、てめえ……何で其処で一応を付けんだよ!」
「普通の女はライオンの前足を噛まねー!」
「『兵士』のクセに平和ボケかよ!」
「てめえみてえな異常者を姫乃から遠ざけんのが私達の仕事なんだよ!」
今度は祠堂が渚と『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の口論を説き伏せた。
「我々には君達を護る義務がある」
「何故ですか?」
「彼女は、今現在唯一の[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の出資者だ。彼女に万一の事があれば、君も『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の参加資格を失う。そうなれば我々も大損だ。是非、協力して欲しい」
完全に飼い犬状態の『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』はふたつ返事で了承した。
「祠堂さんのお役に立てるなら、喜んで……」
「判り易いなてめえ……」
祠堂は、退席際に姫乃に告げた。
「園藤君、君には次の試合でも『出資』してもらう。費用はそのケースの中、今回の『配当金』の一部だ。日時は追って指示する」
そう言って店を後にする祠堂。
一方、相変わらず面食らってばかりの渚。
「配当金って……こんな大きなケースが必要な賞金って……」
「フン。お前の事なんかどーでもいいけど」
「何気に[[rb:非道 > ひど]]いなソレ」
「要は、この金を見張るのが私の仕事だ。持ち逃げしやがったら殺すかんな。覚えておけよ」
「生憎だが、私達が姫乃以外の命令―――」
ケースに敷き詰められた大量の札束(一万円札)を見て、慌ててケースを閉じる渚。
「持てるかあー!?怖すぎるだろ!」
姫乃と祠堂のやり取りを観ていた川辺が、感想を独白していた。
(結局、祠堂の目論見は視られなかったが、なかなか有意義な会話だったと思う)
川辺が注目するのは、姫乃達が座っている椅子と『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』が座っている椅子の違い。
(しかし、姫乃様も人が悪い。姫乃様と渚がいちいち引いたり押したりする1人用の椅子に対して、『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』や祠堂が座ったのは数人用の固定されたソファ。くく……咄嗟に動く時の動きやすさは段違いか?)
姫乃が席を立ったが、出入り口とは逆方向に歩き始めた。
(と言うか……まさか!?こっちに!?)
川辺が慌ててテーブルの下に隠れたが遅かった。
「川辺さん、こんな所で何をしてるんですか?」
照れ臭そうにテーブルの下から出てくる川辺。
「あぁ……バレてました?」
『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』がダメ押しのツッコミを入れた。
「普通解るだろ?」
慌てて取り繕う川辺。
「いや!……姫乃様に仕える『兵士』としましては、姫乃様に万が一の事がありますとね―――」
「嘘付け。[[rb:獅子 > レオ]]の時、お前いなかったじゃねぇかよ」
「え!?なんでそんな……いや、そう言う事じゃなくて!そう言う意味じゃなくて!」
『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の余計なツッコミのせいで、どんどん泥沼にはまる川辺であった。
第5話:栗原
2019年6月19日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
渚が、目の前で起こっている出来事に唖然としていた。
「―――それでは、貴女の出願を正式に受理し本校への編入を認めます。[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の学生に相応しい品行方正な発言と行動に心がけ、清く正しい学校生活に勤しんで下さい。宜しいですね?」
相手が相手だけに、渚は呆然とせざるおえなかった。
「宇崎瞳さん」
「展開……早くね?」
瞳のツッコミに対して、姫乃は平然と答えた。
「いえ、突然の事で少し迷いましたが、『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』管理局の推薦状がありますから、とても無下には出来ません」
それを聞いた瞳が驚いた。
「祠堂さんが!?」
「相変わらず判り易いな!?」
渚のツッコミは無視された。
一方、姫乃は重そうなアタッシュケースをチラ見した。
「で、管理局の方が言っていました次の『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』は、いつ頃になるんでしょうか?」
「と言うか、一口1000万円って何だよ!?しかも、あの中身は、何度数えても1億円じゃねぇかよ!」
「何回数えたって変わりゃしねえよ。暇な奴だな」
渚が手を振りながら否定する。
「いやいやいやいや。こんな物騒な物を渡しておいて、今更平然とされても困るんだよ」
「『兵士』の割には、意外と肝が据わってねえな」
「お前の金銭感覚が可笑しいだけだろ!」
確かに、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]側にとってはあらゆる意味でこのアタッシュケースが怖かった。
ちょっと動いただけで1000万円以上の金が易々と動き、必要とあらば1億円を惜しみなく一括払いで支払える……これだけでも、日本経済を支配する四大財閥が強大無比である事を裏付ける事実と言える。
渚が寒気を感じている中、瞳が転校生特有のありきたりな質問をした。
「で、私の教室は何処だ?」
姫乃がどのクラスかを伝えると、瞳はそそくさと退室した。
渚は、今回の出来事についての疑問を口にした。
「どういうつもり姫乃。あんな奴をこの学校に入れるなんて。どうかしてるよ」
無論、姫乃も無償で瞳を引き取った訳ではない。
「私達の強みは、『兵士』の1人1人が個性を失わず、それぞれの使命を全うする事です。いくら強固に見えても、個性の無い集団は、たった一手であっさり滅びてしまう。1年前のあの時の様に……」
それが、無数の生徒や教師を無差別に殺した『鷺宮女子高銃撃テロ事件』から学んだ事の1つである。
「だから、あえてあの人に、特別な役割を与えたいんです。私に肯定的な人間ばかりでなく、私に明確な害意を持っているという、強烈な個性を持った人間を、そのままの状態で側に置いて置きたいんです」
2019年6月19日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校廊下
姫乃に言われた教室に向かう瞳は、川辺と遭遇する。
「やあ……所で、なんとお呼びすれば良い?宇崎さん?『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』?それとも……瞳さんは流石に馴れ馴れしいか?」
川辺の質問に対し、瞳はあっけらかんとしていた。
「好きにしろ」
「いやいや、連れなくないか?」
だが、たまたま近くにいた[[rb:乃塒押絵 > のどぐろおしえ]]が瞳を見て固まってしまった。
「乃塒さん?どうかした?」
乃塒の顔は赤く、目は瞳に一点集中していた。
「……この御方は……」
いつもとは違う乃塒の様子に、川辺が困惑しながら答えた。
「(多分)今日からこの学校に転校になった……」
瞳が何も答えないので、川辺が慌ててツッコんだ。
「ちょちょちょちょっとちょっと!貴女が答えるのが筋でしょ?」
仕方なく、川辺が答える。
「宇崎瞳さんです」
乃塒の顔は完全に恋する乙女であり、目がハートであった。
「ヒトミ……ちゃん……」
(まさか惚れ……『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』だからな、それだけは無いに決まってるな!)
だが、瞳が自分の編入先のクラスと言うと、乃塒が物凄い表情をしながら絶叫した。
「神様ありがとおぉーーーーーうぅーーーーー!」
勿論教師にも聞かれてしまい、川辺は説明に四苦八苦した。
(何故……こうなる?)
2019年6月19日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
その日の夕方、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]側の小さな悩みの種が今日もやって来た。
「性差別主義者は、この街から出ていけーーッ!」
「ヒメノスピア反対!」
「元の街に戻せー!」
「私達の街を返せー!」
朝の瞳と乃塒との遭遇が起こした騒ぎでうんざりしている川辺は、また来た[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモを発見してうんざりした。
「また来たのか?一般生徒が巻き込まれる前に片付けないとな……」
とは言え、毎回の事とは言え物言いや判断がほぼ一方通行相手に生半端な説得は通用しない。川辺もそれは承知の事である故にうんざりしていた。
「……さて……今日はどう説得しようか?」
川辺がうじうじしている間に、乃塒が嬉々として瞳を連れてやって来た。
「え……」
蒼褪める川辺。生物学を趣味としている故の勝手な決めつけがその原因であった。
ラーテル。
イタチ科に属する小型の雑食性動物。体長は60~80㎝。その性質は荒く凶暴そのもの。
体格に大きく差のあるライオンや水牛等の大型動物にも臆することなく立ち向かうため、「世界一怖いもの知らずの動物」としてギネスブックに認定されている。
すなわち、ラーテルは地上最強の小型哺乳類なのである。
(拙い!このまま『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』とデモ隊が激突すれば、デモ隊の敵愾心は更にエスカレートし、最悪、警察沙汰!?な……なんとかせねば!なんとか早急に終わらせねば!)
だが、焦れば焦る程冷静さを失われ、妙案から遠ざかり、無駄に時間を消費した。
そして、とうとう瞳と[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモが対面した。
「何だお前等は!?この化物共め!」
(あー!やめろぉー!その『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』に喧嘩を売るなぁーーーーー!)
現れた瞳と乃塒を見てエスカレートするデモ隊を掻き分け、1人のロングコートの女が正門に近づいて行った。
「あの、すいません、少しお時間を頂けませんか?」
「嫌だ」
瞳の即答に、エスカレートするデモ隊。
「無視した?無視したぞ!?」
「汚いぞ!」
「卑怯者ー!」
(やっぱりか?ああ……もうこれ以上刺激しないで……)
ロングコートの女が、瞳の意見を無視してロングコートを脱いだ。
「ちょっと、観て貰いたい物が……」
だが、ロングコートの下はパンティのみの上半身裸であった。
「これなんですけど♡」
露出狂痴女の出現に、流石のヒートアップし過ぎたデモ隊ですら無言で固まった。
「な……何をやってるんだね……」
一方の瞳は、露出狂痴女を無視してある者を指名した。
「栗原さん、いる?」
露出狂痴女の出現に困惑していた栗原は、突然の指名に困惑した。
「なっ!?……何よ……」
「お前の妹さん、姫乃に熱狂的なドルオタ状態に変えられたらしいな?」
瞳の他人事の様な言い回しに、無言で固まっていたデモ隊が猛抗議を再開した。
「そうよ!直美を、妹を返して欲しいだけよ!この高校に入学して以来、毎日毎日ヒメノ様ヒメノ様って、家じゅうにベタベタポスターを貼ったり、自分とヒメノ様の恋愛小説を書いたり……」
姫乃に仕える『兵士』である川辺にとっては、栗原の言い分は耐え難い見当違いに聞こえた。
「その事の何処が悪い!」
「気持ち悪いったらありゃしない!元の直美に戻してよ!」
「ふざけるな!それの何処が罪だ!」
「罪よ!と言うか、あんたに直美の何が分かるのよ!」
「そうだそうだ!」
「平和な街に戻るまで、断固として戦うぞ!」
「おー!」
「おおーッ!」
早々と無視された露出狂痴女が、予想外とばかりに困惑する。
一方、完全にデモ隊をヒートアップさせてしまった川辺が攻撃的になるが、意外にも瞳が制止した。
「待ちな。この話には、続きが有るんだよ」
「知るか!姫乃様に止められていたが、もう無理!ブチ殺してやる!」
「アホか?あいつ等、もっと図に乗るぜ?」
「ぐっ!?」
説得を受けて固まる川辺をよそに、瞳が栗原に語り掛ける。
「だからって、森田や大崎に純情をくれてやるって言うのは、筋違いじゃね?」
「え!?」
瞳の口から出た予想外の言葉に、デモ隊がまた固まる。
瞳に名指しされた大崎が慌てて反論した。
「騙されるな!あの女は『兵士』だ!園藤姫乃の手先だぞ!」
だが、その焦りがデモ隊の猜疑心を刺激してしまった。
「ちょっとあんた!言いがかりにしちゃ慌て過ぎなんじゃないの!?」
更に瞳がダメ押しのツッコミを入れた。
「何で栗原じゃなくて大崎が否定するんだ?」
これだけにとどまらず、瞳が言葉で畳みかける。
「そう言う永井だって、デモ隊から貰った金で合コン開いてるだろ?」
「何だと!?」
瞳に名指しされた永井が慌てて反論した。
「騙されるな!あの女は『兵士』だ!園藤姫乃の手先だぞ!」
だが、その焦りがデモ隊の猜疑心を刺激してしまった。
「どっちが正しいんだ!?それによっては大問題だぞ!?」
後は、デモ隊が見苦しい内紛を行うのを待つだけとなった。
「騙されるな!あの女は『兵士』だ!園藤姫乃の手先だぞ!」
「ちょっと待て!そう言えば、この前の会合の後、2人だけでどっか行ったよな!?」
「そういやあんた、関口さんと温泉行ってたよな?」
「俺達の金を勝手に遊びに使いやがって!」
「放せ!俺に借りた金を返してから言えよな!」
「これの何処が人権保護団体なのよ!?パワハラとセクハラの温床じゃないの!」
デモ隊の見苦しい内紛を行う中、乃塒が胸キュン。
(なんてクールなの……好き……♡)
一方、見苦しい内紛に巻き込まれた露出狂痴女が、予想外とばかりにキョロキョロと辺りを見回す。
その背後に、既に瞳が背中合わせに立っていた。
「やっぱりね。餌を1匹泳がせときゃ、間抜けな[[rb:獣人 > サカナ]]が釣れるとは思ってたけど……こんなに簡単に背後を獲られるなんて、油断し過ぎじゃね?」
ラーテルは、意外にも頭のいい動物として知られる。
飼育下では、木の枝や石・スッコプ・タイヤなど、あらゆる「道具」を用い堀を乗り越え、爪を使って柵の鍵を開け脱出する等、鋭い機転と観察力を窺わせる事例もある。
恐れを知らず何にでも興味を持つ性質は、無謀な行動のみならず、時に、機知に富んだ戦略を生み出す。
(な……あのデモ隊が、完全に『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』の手の平……)
だが、追い詰められている筈の露出狂痴女が邪な微笑みを浮かべた。
(なんだこの余裕……背中……ハッ!こいつまさか!?)
川辺は嫌な予感がした。
第6話:粗科涼子
2019年6月19日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
露出狂痴女に擬態し、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモまで利用して園藤姫乃に近付こうとした謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]に対し、宇崎瞳が[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]管理局から得た情報を武器にデモ隊を翻弄してその隙に謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]と背中合わせとなった。
「やっぱりね。餌を1匹泳がせときゃ、間抜けな[[rb:獣人 > サカナ]]が釣れるとは思ってたけど……こんなに簡単に背後を獲られるなんて、油断し過ぎじゃね?」
だが、川辺は宇崎のこの行為が正しいとは思えなかった。
確かに、普通の人間なら背中は致命的な弱点となろう。だが、野生動物が相手だとそうとは限らない。寧ろ、背中に武器や防具を搭載している動物はうようよいる。
例えば、ハリネズミだ。
背は体毛が変化した棘で被われる。針のようなトゲは、体毛の一本一本がまとまって硬化したものである。これにより敵から身を守る。
もし、謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]に与えられた力がハリネズミなら……
「油断?」
謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]のこの言葉に、宇崎も川辺も嫌な予感がした。
その直後、謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]の髪の毛は硬質化した巨大な針に変化し、さらに体中に無数の針が生える。
宇崎が慌てて飛び退き無傷で脱した。
(こいつ。背中からも針を……)
「背後を取った?笑わせる」
川辺は、謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]の針の大きさに歯噛みした。
「ハリネズミ系の中で最悪な奴が来やがった!」
「私にとって、其処は死角じゃない。むしろ、最も攻撃しやすい[[rb:位置 > ポジション]]」
謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]の獣化に巻き込まれて右太ももに巨大な針が貫通してしまった青年が、正体を現した謎の[[rb:獣闘士 > ブルート]]を見上げた。
「全身武器。それがヤマアラシ」
「よりによって……ハリネズミ系の中で1番凶暴な奴が!」
ヤマアラシの針は防御の為ではない。ヤマアラシの針は攻撃用の武器である。
ハリネズミやハリモグラなどと形態が似るものの、全く別種であり、針の使い方も大きく異なる。
外敵に出会うや否や、足を踏み鳴らし威嚇。全身の針を逆立たせ、前後を問わず突進。その猛攻は凄まじく、狩りに慣れた肉食獣ですら、数頭がかりでも持て余す始末。
迂闊に噛みつけば無数の針を顔面に受ける事になり、その洗礼を受け、針が口元に刺さったまま暮らすライオンや、無残にも顔中針だらけになってしまった犬など、ヤマアラシの武勇を示す事例は数多い。
「[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:蜜獾 > ラーテル]]。お前の情報を聞き出した後、[[rb:園藤姫乃 > パトロン]]を殺して『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の参加資格を奪う手筈だったけど……」
校門越しにいる川辺を背にして宇崎の方を向く[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「本人を殺っちゃえば手間が省ける」
邪な微笑みを浮かべる[[rb:山荒 > ラウディ]]。
だが、宇崎は余裕であった。
「心配すんな。武器の多さなんて関係無い」
あの口癖を放ちならが獣化する宇崎。
「牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
ここで、内輪揉めに没頭していた[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモが[[rb:山荒 > ラウディ]]の獣化に漸く気が付いて、一目散に蜘蛛の子を散らす様に我先にと逃げ出した。
「うわあぁー!化け物だぁーーーーー!」
一方の川辺は、デモ隊のあまりの反応の遅さに呆れていた。
「……遅っ」
しかも、逃げ惑うデモ隊の姿は、信念も尊厳も慈悲も無い自分勝手な見苦しいものであった。
「何……これ?暴徒化したデモの方がまだマシだわ」
自分勝手なデモ隊参加者のあまりの見苦しさに目を奪われていた川辺であったが、その間にも[[rb:山荒 > ラウディ]]と宇崎の戦いは続いており、逃げ惑うデモ隊も御構い無しに大技を繰り出そうと大ジャンプをする[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「ライオンすら畏怖嫌厭する、ヤマアラシの猛攻!」
「は!?あの馬鹿共正気か!?」
「凌げるものなら凌いでみろ!」
空中から無数の針を発射する[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「必殺……[[rb:山荒嵐 > ラウディストーム]]」
宇崎があまり動かずにもろに受けてくれたお陰で、発射された針は思ったより散らばらなかったものの、下手をすればデモ隊も巻き込まれて死者すら出る可能性もあった。
「拍子抜けだわ。[[rb:獅子 > レオ]]に勝ったってのも単なるバカヅキだったみたいね?」
闘いに巻き込まれたデモ隊を全く無視して大技を繰り出し、しかも宇崎しか見ていない[[rb:山荒 > ラウディ]]の言動に激怒する川辺。
「待てェ!」
「あら?愉しませてくれるの?」
『針』を露出して威嚇する川辺。
「姫乃様に楯突いていたとはいえ、彼らも[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の住人だった。姫乃様に仕える『兵士』としては、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の住人を利用してしかも殺そうとするなんて……見過ごせると思う!?」
校門を掴んで跳び越えようとする[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「生身の場合だと……10本刺しても死なない奴がいたわ。それが最高記録。フフ、あなたは何本いけるかしら?」
「知るかぁー!お前が一撃死しろぉー!」
「そんなところで何をしてるんですか?川辺さん」
背後から聞こえる聞き慣れた声に、川辺が涙を浮かべながら喜んだ。
「ひ……姫乃様ぁ!」
無数の『兵士』を引き連れながらやって来た姫乃を見て、[[rb:山荒 > ラウディ]]が吹いた。
「プッ!これが園藤姫乃?警視総監を無職にした程の大物だって聞いていたからどんなんかと思えば……思ってたより……地味ね?」
『兵士』達が[[rb:山荒 > ラウディ]]の傲慢な言葉を聞いて不機嫌になる中、姫乃が[[rb:山荒 > ラウディ]]に質問した。
「あなたは何者ですか?」
[[rb:山荒 > ラウディ]]がまた吹いた。
「プッ!何?その暢気な質問?馬鹿じゃないの?」
其処へ、藤本が現れて[[rb:山荒 > ラウディ]]に警告する。
「此処は……退いた方が賢明ですな。貴女がどれ程の力を持っているのか知りませんが、これだけの数を1人で相手にするのは―――」
一方の[[rb:山荒 > ラウディ]]は余裕の表情を崩さなかった。
「賢明じゃないとでも?私の後ろにある物を診てから言って欲しいわね」
だが、藤本は懲りずに質問をした。
「ハリネズミさん」
漸く不機嫌になる[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「ヤマアラシだ!あんな[[rb:雑獣 > ザコ]]と一緒にするな!」
だが、藤本は懲りずに質問をした。
「ミツバチがスズメバチを殺す為に形成する熱殺蜂球に必要な数がどのぐらいか、ご存知ですかな?」
[[rb:山荒 > ラウディ]]が余裕の表情を取り戻して吹いた。
「プッ!何なのこのボケ老人?」
「答えは、数百匹。ですが、問題はそこではありません。蜂球形成の過程で、最初にオオスズメバチに飛びついた中心部のミツバチは天敵の大顎によって噛み殺されてしまい、その数は20匹以上に及ぶこともあります。しかし、犠牲を払いながらも蜂球により天敵を熱殺することで、巣内の何万匹ものミツバチの命が守られます」
「で?」
「つまりですね……」
『兵士』達の殺気を感じた藤本が結論づける。
「相手がどんな武器を持とうが、『兵士』は必ず襲い掛かります。貴女が巣と『女王』の敵である内はですがね」
其処へ、何者かが走る音が響いた。
「貴女がもたもたしていますから、ほれ、どんどん取り囲む『兵士』の数が増えていきますよ?」
だが、来たのは[[rb:刺又 > さすまた]]で武装した[[rb:乃塒押絵 > のどぐろおしえ]]であったので、川辺がズッコケた。
「糞ハリネズミー!ヒトミちゃんの仇だぁー!」
「ヤマアラシだ!あんな[[rb:雑獣 > ザコ]]と一緒にするな!」
川辺が慌てて乃塒を取り押さえた。
「何やってんの!?『兵士』じゃないあんたが敵う相手じゃないって!」
「放して!私がヒトミちゃんの仇を討つの!」
そんな乃塒に声を掛ける姫乃。
「其処を何とか譲って欲しいのですが」
だが、乃塒は譲らない。
「はあああああ!?そんなわけないでしょおおお!これは、私とヒトミちゃんと糞ハリネズミの問題よ!部外者は黙ってなさいよ!」
「ヤマアラシだ!あんな[[rb:雑獣 > ザコ]]と一緒にするな!」
川辺は困惑した。
「何……この支離滅裂なやり取りは……?」
そんな中、姫乃が何かを発見して凝視した。
「あれ?」
「姫乃様?」
「宇崎さん?何でこんな所で寝てるのですか?」
[[rb:山荒 > ラウディ]]が余裕の表情を取り戻して吹いた。
「プッ!何?このおマヌケ?居眠りと死体の―――」
その時、宇崎がわざとらしくあくびをした。
「ふあー……」
[[rb:山荒 > ラウディ]]の時間が止まった。
「んー……いい感じにツボが刺激されたわ。気持ち良くなった」
自慢の必殺技がいとも簡単に破られて困惑する[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「ツ……ツボ……」
そして、必死に弁明する[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「ちょ、ちょっと待て![[rb:山荒嵐 > ラウディストーム]]の斉射を受ければ、鋼鉄だってボロボロになるんだぞ!それをお前、まともに食らって、何でピンピン―――」
対して、宇崎は余裕だった。
「何言ってんだ?こんなモンが、私の毛皮を徹るわけないだろ」
ラーテルの甲皮は、分厚く柔軟性に富んだ天然の装甲。
ライオンの牙も爪も徹さない程の頑丈さを持ち、この甲皮を貫き物理的なダメージを与える事の出来る武器は、自然界には存在しない。
事実、ヤマアラシが縄張りの侵入者に対し、威嚇と針による攻撃を試みるものの、全く意に介さず食事を続けるラーテルの姿が目撃されている。
自慢の必殺技を否定されて時間が止まる[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「……バ……バカな……在り得ない……こんな事……」
一方、乃塒は[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の超規格外の耐久力に惚れ惚れしていた。
「た……たくましい……好き」
「いやいやいやいや。たくましいか否かの問題を大きく超えてるから」
そして、姫乃を殺す為に跳び越えた校門を再び跳び越える[[rb:山荒 > ラウディ]]。宇崎の息の根を止める為に。
「ありえない……ありえなぁーーーい!」
川辺が戦況を冷静に分析して、[[rb:山荒 > ラウディ]]が既に終わっている事を悟った。
「ヤマアラシが完全に冷静さを失ってる!やったか!?」
だが、[[rb:山荒 > ラウディ]]を倒したのは、宇崎でも姫乃でも『兵士』でもなく、太鼓腹の巨漢のタックルであった。
「こげな細か針、おいの脂肪の前には爪楊枝同然たい。獣化するまでもなか」
新たなる敵の出現に、服部渚が喚く。
「おいおいおい!全然やってねぇじゃねぇか!それ所か、第2ラウンド開始じゃねぇか!しかも、あのデカブツ、間違いなくさっきの剣山女より強えぇじゃねえかよ!」
太鼓腹の巨漢が宇崎を発見して声を掛けた。
「おはんが、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]じゃっとが?」
現場にいる者全員に緊張が走る。
(やはり……此奴の狙いも宇崎か)
「ああ?だったら何だよ」
「そげか……じゃっどん、こげな可愛か[[rb:女子 > おなご]]が、あの[[rb:獅子 > レオ]]ば倒しよるとはのう。ふっふっふっ」
宇崎が臨戦態勢を取る。
「だから何なんだよてめえは?殺すぞ」
だが、皆の予想に反して、太鼓腹の巨漢が突然土下座した。
「お頼み申す!おい達の陣営に、力ば貸してほしかと!」
太鼓腹の巨漢の予想外の言葉に、『兵士』達がどよめく。
「これって……もしかして……」
「スカウト?それとも、引き抜き?」
「どっちにしろ、この人は宇崎さんの敵じゃなさそうね?」
そんな中、姫乃が指示を出す。
「取り敢えず、この人達を中に入れましょう。あと、村上さんを呼んで下さい。警察にこの[[rb:獣闘士 > ブルート]]を逮捕させます」
第7話:村上綾
2019年6月19日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校保健室
露出狂痴女に擬態し、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモまで利用して園藤姫乃に近付こうとした[[rb:山荒 > ラウディ]]を撃破したが、デモ参加者の中に闘いに巻き込まれてけがをした者がいる上に、突然現れた太鼓腹の巨漢が宇崎瞳をスカウトしにやって来たのだ。
宇崎と[[rb:山荒 > ラウディ]]の戦いに巻き込まれて足を怪我したデモ参加者の青年の治療を手伝う太鼓腹の巨漢。
「こいでよか。薩摩焼酎は消毒になりもす。骨にも異常ありもはん。まず問題なかと。じゃっどん、明日は病院に行った方がよかと。[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]指定の専門医を知っとりもす。紹介するでごわんど」
そんな中、宇崎が質問する。
「で、お前誰?」
太鼓腹の巨漢が再び土下座する。
「自己紹介が遅れもした。おいの名前は岡島壱之助。石田財閥所属の[[rb:獣闘士 > ブルート]]でごわんど」
姫乃が岡島に質問した。
「つまり、宇崎さんに所属を変えろと?」
だが、宇崎の口から意外な言葉が出た。
「所属?何の事だ?」
保健室の時間が一瞬だけ止まった。
「……知っての通り[[rb:獣闘士 > ブルート]]は、[[rb:三門 > みつかど]]、[[rb:八菱 > やつびし]]、[[rb:角供 > すみとも]]、石田、四大財閥いずれかに属するのが通例―――」
「何で?」
保健室の時間が一瞬だけ止まった。
「み……味方は多い方がよかと。[[rb:山荒 > ラウディ]]は八菱の所属。ごわんでおい達と組めば、奴らもそうそう好き勝手はできもはん。園藤殿の身の安全のためにも―――」
「うるせぇ。味方なんていらねぇし、どこにも属さねぇ」
宇崎と岡島の自分勝手なやり取りに、服部渚が呆れ果ててしまった。
「たった1人で何が出来る?」
渚の言葉に不快感を懐く宇崎。
「私の実力疑ってんのか?殺すぞ」
「馬鹿はお前だ。それとも、お前1人で私達全員を殺せるのかよ?」
岡島は渚の意見に賛成だった。
「確かにおはんは強か。じゃっどん、このままでは敗けもす。天賦の才だけで生き残れる程、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は甘くはなか」
一方の宇崎は、岡島の説得を聞くどころか、寧ろ更に不快感を強めた。
「てめぇ、誰に向かって説教してんだ。闘んのか?ああ?」
宇崎と岡島の自分勝手なやり取りのせいで、宇崎が谷優牛に勝利した理由がますます解らなくなった。
「呆れた……本当に救い様が無い馬鹿だな」
だが、姫乃の一言で事態は一変した。
「宇崎さん、そろそろ祠堂さんに、正門での出来事について報告した方が宜しいのでは?」
「え?祠堂さんに!?」
祠堂の名を出されて慌てて保健室を出る宇崎。
宇崎が保健室を出るのを確認した姫乃は、恋する乙女の様な感じでボーっと立っていた[[rb:乃塒押絵 > のどぐろおしえ]]の眼前に歩み寄った。
「まさかと思いますが……今の宇崎さんの姿が孤高に見えましたか?」
姫乃の乃塒への予想外の質問に、渚が驚きの声をあげた。
「ええぇー!?」
一方の乃塒は、完全に恋する乙女と化して全く聞いていなかった。
(あぁ……なんて神々しさ……好き―――)
乃塒が、宇崎と岡島の自分勝手なやり取りを自分の都合良く解釈していると判断した姫乃は……
突然、刃物が壁に突き刺さる音が聞こえたので、渚と岡島とデモ参加者の青年が音がした方を視た。
刃物の正体は姫乃の秘部から出て来た『女王』の『針』であった。姫乃の『針』が乃塒の真横の柱に刺さっていた。
「乃塒さん、貴女が誰を好きになっても構わないと言いたい所ですが、岡島さんの言う通り、宇崎さんの[[rb:命 > じかん]]は残り少ないです。宇崎さん自らの手で」
姫乃の警告の意味を正しく理解した乃塒は、あからさまに不満と不機嫌を露にする。
「園藤!あんたの目は節穴!?」
「何だとてめえ!?」
姫乃は無言で渚を制止させた。その間も、乃塒は姫乃や岡島への文句を口にしていた。
「園藤もそこのデブも、全然現実が見えてない!ヒトミちゃんは強いの!無敵なの!」
姫乃も一歩も引かない。
「それは、1対1の時の話で、1対多数や多数対多数は含まれていません。まあ、岡島さんとのやり取りを視る限りだと、多数対多数での宇崎さんの実力は、たかが知れていますけど」
乃塒の顔が、先程岡島に喧嘩を売った時の宇崎と全く同じになった。
「てめぇ、誰に向かって説教してんだ。闘んのか?ああ?」
姫乃は、渚が動き出す前に渚に宣告した。
「動かないで!私は大丈夫ですから」
「ひ、姫乃!?」
其処へ、宇崎が保健室に戻って来た。
「ん?どうしたんだ姫乃?そんな物騒なもん出して」
先程までの不機嫌は何処へ行ってしまったのか、岡島を発見した宇崎が、万遍の笑顔でこう告げた。
「分かった。協力する!」
先程までの態度からは想像出来ない言葉に、一同が驚いた。
「え?」
「石田には所属しないけど、臨時雇いって形で仮登録するわ。んで、次の[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]には石田の[[rb:獣闘士 > ブルート]]として出場する。それでいいよね?」
確かに予想外ではあったものの、取り敢えず一応了承を得たので深々と頭を下げる岡島。
「も……勿論!そいでよか。あいがともさげもす!」
姫乃が祠堂の名を出した後の宇崎の言動に呆れる渚であった。
(本当に……解り易いなこいつ……)
因みに、謝罪の仕方で悩み、睡眠時間を削る動物は、人間だけである。
「どーしよーかなー?なんて返そうかなー?」
2019年6月19日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
一方、警察は[[rb:山荒 > ラウディ]]の護送方法が全く思い浮かばず困り果てていた。
「まったく……さっさと獣化とやらを解いてくれねぇかなー……」
遅々として話が進まない事に不快感を露にする女性刑事。
しかし、岡島に敗れた[[rb:山荒 > ラウディ]]が完全獣化状態のまま気絶してしまった為、背中にびっしりと無数の針が生えたままなのだ。
更に、川辺が物凄い事を言い始めた。
「そいつ、今獣化解除したら、全裸だよ」
「……マジか?」
「事実だよ。此奴、完全獣化すると着ていた服を背中の針で破いちゃうみたい」
「で、この毛皮みたいな下着は?」
「獣化した時だけ生えるみたいね?」
女性刑事は、煙草を銜えながら頭を抱える。
「かぁー……随分警察泣かせな通り魔様だな」
其処へ、岡島と宇崎のやり取りを見届けた姫乃がやって来た。
「やはり……まだ運べないんですね?」
「ああ。背中の馬鹿デカい剣山が邪魔で、パトカーに叩き込めない。本当に迷惑だよ」
姫乃がふと[[rb:山荒 > ラウディ]]に言われた言葉を思い出した。
「所で村上さん、この方が、まるで私が警視総監を解雇したかの様な事を言っていましたが……」
女性刑事がサラッと事実を口にした。
「土岐田なら、警察から追い出されたよ。表向きは依願退職だが……間違いなく懲戒免職だなアレは」
その言葉で、公安警察がまだ自分の打倒を諦めていないと悟った姫乃。
「やはり!」
とは言え、警視総監の[[rb:妻や娘 > ・・・]]からの定期報告が滞ってるので、ある程度は予想していた。
「と……なりますと、また新たな『仲間』が必要になりますな?」
「確かにな……一介の刑事が手に入れられる情報は、決して多くないからな」
悔しそうに歯ぎしりする姫乃。
其処へ、1人の男性がやって来た。
「誰だお前?」
「身元引受人です」
「引き受け?この剣山の事か?」
男性は、複数のパトカーを見て疑問を口にする。
「この喧騒は何です?隠密に処理して欲しかったのですが、事件を喧伝する様な真似をすれば、四大財閥だって黙ってはいない筈ですよ?」
姫乃は男性のこの言葉を真っ向から否定した。
「いえ、今回の戦いに巻き込まれた方やご家族の無念を思えば、警察に届け、公式に捜査してもらうのが、当然の―――」
件の青年が、何故か警察がうようよいる正門にいて、自分を指差していた。
「……俺?」
呆れる川辺。
「……何でいるの?」
「道に迷ってしまって」
「でしたら、案内してもらえば良かったのですが」
気まずそうに頭を掻く青年。
「でも、理由はどうあれ、皆さんの敵の所に居ましたし」
女性刑事が不機嫌そうに言う。
「敵……か……」
そして、[[rb:山荒 > ラウディ]]の身元引受人を名乗る男に文句を垂れた。
「すっとぼけてんじゃねえよ」
「何の事で?」
「川辺の証言によると、宇崎が姫乃を否定するデモ隊に関する随分余計な事を知っていたそうだ」
「それと私に何の関係が?」
「全部お前達が用意した茶番なんだろ?宙ぶらりんだった宇崎を石田に放り込む為の」
しらばくれる男性。
「それで、そんな事をして八菱に何の利益が?」
確かに、石田が宇崎を手に入れて得をするのは石田だけの筈だ。だが、それでも今回の騒動の背後に何かがある気がして仕方がないのだ。
「てめえ……今ここでハジいてやろうか―――」
だが、姫乃が喧嘩腰の女性刑事を制止させた。
「村上さん、下がってください」
このままでは新たな戦いが始まりそうだったので、青年はとんでもない事を白状した。
「あのー、すいません。例のデモの事なんですが」
「四大財閥に体よく利用されたデモ隊がなんだって?」
「俺……ただのバイトなんです」
青年の予想外の言葉に、姫乃の目が点になる。
女性刑事が姫乃の代わりに青年を問い詰めた。
「バイト?何の事だ?」
「俺……あのデモ隊の事は……ぶっちゃけ、あんまり知らないんです。ただ、周りの連中のオウム返しをしてるだけで、高額なバイト代が貰えると聞いただけなんで」
そして、青年が土下座した。
「だ、だから……その……ご、ごめんなさい!何も知らなかったんです!まさか、デモ隊の人数稼ぎだったなんて!」
これには、川辺と女性刑事が大笑い。
「あはははは!あははははははッ!あいつ等、散々偉そうな事言っておいて、既に人材不足だったのかよ!?」
「あッははは、お腹痛い!しかも、四大財閥が余計なカミングアウトをやらかしたせいで、お互いの醜い本性が見えてしまった。暫くデモ隊の人間関係荒れるわ!」
姫乃は、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモを諫言の心算で放置していた。だが、蓋を開けてみればこの様である。
なぜ自分はあのデモ隊を生かしておいたのか、ますます解らなくなった姫乃であった。
[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]否定派デモの醜い本性が明らかになり、川辺と女性刑事が大笑いしていたが、そのタイミングで女性刑事の携帯が鳴った。
「フヒヒヒ!はい!もしもし!ケヒヒ!」
だが、電話の相手が相手のせいか、途端に真顔になって不機嫌になる女性刑事。
悔しそうに携帯の通信を切る女性刑事を見て、次の言葉が大体予想出来た姫乃。
「村上さん……もしかして……」
「……釈放だ。そいつを八菱に返せ……だとよ」
「四大財閥が、警察に圧力をかけたか!?」
女性刑事が煙草の灰を[[rb:山荒 > ラウディ]]の額に落とした。
「熱いーーーーー!あちあち!」
「やっと起きたか?喜べ剣山女。家に帰れるぜ」
[[rb:山荒 > ラウディ]]が宇崎や姫乃の事を思い出して慌てて臨戦態勢を取るも、[[rb:山荒 > ラウディ]]の身元引受人がそれを否定した。
「もう遅いよ。君の負けだ」
負けを宣告されて困惑する[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「私が[[rb:蜜獾 > ラーテル]]如きに敗けた!?……そ……そんな筈無い!私はまだ戦える!お前だって[[rb:山荒嵐 > ラウディストーム]]の威力は知ってる筈だろ[[rb:麒麟 > ジラフ]]!?」
それに対し、身元引受人は冷酷に事実を口にした。
「さっきまで寝てたのにかい?少なくとも、君は分単位で落ちていた。それが、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]では何を意味するのか……知らない君ではあるまい?」
現実を思い知らされ、力無く座り込む[[rb:山荒 > ラウディ]]。
「お……おぉおー……」
「これが敗者って奴か……哀れだな……」
2019年6月19日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。警視庁本部庁舎警視総監室
警視総監が溜息を吐きながら椅子にもたれかかる。
「フウゥー……村上警部補は、此方の指示通りに彼女を釈放するそうです?」
1人の男性が、警視総監の目の前でソファーに座った。
「これで……良かったのですかな?岩崎さん」
「ええ。今の所は」
警視総監は、岩崎の目的が全く読めなかった。
「私は、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]や[[rb:獣闘士 > ブルート]]と言うものが何なのか全くわからないので、チャンピオンである[[rb:獅子 > レオ]]がどれ程の実力者か判りませんが、それでも、チャンピオンはチャンピオン。それに勝利する程の将来性を持つ新人を、むざむざと他の陣営に明け渡すのは―――」
警視総監が喋り過ぎだと感じた岩崎は、脅しの言葉を掛けた。
「あまり変な事を言わない方が宜しいのでは?おしゃべりが過ぎると、警視庁公安部第6課が特定遺伝子組換改革法を使って何を始めようとしているのかが、園藤姫乃に気取られる恐れがありますよ」
その言葉に、警視総監が蒼褪める。
「待ってくれ!止めてくれ!あの計画が実行される前に園藤姫乃にバレて何らかの対策を取られたら、前任の土岐田同様に私の首が飛ぶ!」
笑って誤魔化す岩崎。
「ははは、冗談ですよ」
「心臓に悪い台詞だ!」
岩崎は、取り敢えず警視総監の疑問に答えた。
「さっき貴方が言ったのと同じですよ。ある人物にある計画を悟られない様にする為の遠回りですよ」
警視総監の疑問が増えた。
「ある人物?園藤姫乃か?」
「いいえ、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]や園藤さんは、既に[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に巻き込まれていますので、今は警戒する必要はありません」
「では、誰……」
と言いかけて止めた。下手な事を言えば、岩崎が本当にあの計画を姫乃に密告しそうなので。
替わりに[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に関する警告をした。
「岩崎弥芯さん、八菱財閥を失いたくなければ、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]壊滅や園藤姫乃打倒にもっと本腰を入れるべきです」
岩崎は、鷺宮女子高銃撃テロ事件の様な大々的な警察不祥事をまた起こす気かと言ってやりたかったが、馬の耳に念仏だと思って、適当にあしらいながら退室した。
([[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]が滅びる……か。勝ち負けの本当の判断基準を知らない者では此処までが限界か?そんなんだから『蜂』は、貴方方に尻尾を振らずに敵対するのですよ)
2019年6月19日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。警視庁本部庁舎正面玄関
複数の部下が岩崎を待っていた。
「会長、新任の警視総監は如何でしたか?」
岩崎がバッサリと切り捨てた。
「駄目だね。1年前に園藤に殺された黒田二郎とか言う男と同様、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の真の存在価値と言うものがまるで見えていない。遅かれ早かれ、彼らは1年前の様な負け方をした方が良い」
岩崎が話題を変えた。
「所で、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]や園藤さんがちゃんと[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加出来る様にしてあるかね?」
「は。三門と角供が余計な真似をしたので少々苦戦しましたが、石田が既に3人目を手に入れてますから、無事に参戦出来るでしょう?」
「上出来だね」
「は」
そう言うと、岩崎達は足早に警視庁を去った。
第8話:乃塒押絵
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校屋上
かつて西東京市と呼ばれ、今はバチカン市国の様な特別自治区となっている[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]。
そこは、『女王』園藤姫乃が生み出した『兵士』達によって管理されている。
『兵士』は、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]のあらゆる場に溶け込み、効率的に住人を監視している。
そして、何か問題が起きれば、その解決に如何なる手段も努力も惜しまない。
何故ならば、『兵士』にとって、巣の安定を維持する事が『女王』に対する忠誠であり、生きる意味そのものだからだ。
その為、適当に『兵士』を挑発していれば、次の[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を待つ間の生活を飽きさせない……宇崎瞳はそう思っていた。
だが、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]では問題を起こさせないと言う『兵士』達の意志の強さを侮っていた。
現に、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の犯罪率は奇跡的に低い。通りのベンチでスーツ姿のOLが白昼堂々と授乳しているのがその証拠と言えよう。
それでも、『女王』に巣の管理と警護を押し付けられた『兵士』が、憂さ晴らしの為に裏で喧嘩……とも思った。
けど、ある日に見たある出来事が、宇崎の予想を裏切った。
2019年6月21日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校3年A組
姫乃を支える最初の『兵士』である服部渚が、どう言う訳か姫乃を突き飛ばしたのだ。
宇崎は、渚がとうとう刑務所の囚人の様な生活に耐え切れずに反旗……と思いきや……
「ポッキーって、こんな精神の堕落と体重増加を美味しいだけのお菓子なんか、姫乃に相応しくない!」
宇崎は呆れた。単なる過保護ゆえの暴走だったのだ。
ミツバチの女王は、生涯を通じて口移しで働き蜂から食事を与えられる。
その際、女王が口にするのは、働き蜂の体内で精製された、非常に栄養価の高い発酵食品である。
「姫乃に相応しい棒状のバランス栄養食!それは、森谷製菓のエネルギーinシリアルバープロテイングラノーラ!」
もう此処まで来ると、何がしたいのかが全く解らない。何らかのお菓子を口に銜えているので、ポッキーゲームがしたいと言うのは大体解ったが……
「あ、あの……」
「食べろ!」
「何だか物凄く趣旨と違ってきていませんか!?」
「早く食べろおおお!」
宇崎は、これ以上観ても何の得も無いと思い、その場を離れた。
「……アホだ」
だが、姫乃に対してやや暴走気味な愛情を懐いている渚に呆れる宇崎を偶然発見した川辺が独白する。
(君の隣にも……愛情超過剰な奴がいるんだよ……気付かないか?)
2019年6月24日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校1年B組
彼女の名前は[[rb:乃塒押絵 > のどぐろおしえ]]。
趣味は、同級生・宇崎の観察である。そして、スマホで宇崎の顔の写真を撮り続けていた。
「ヒトミちゃん、もう放課後よ。甘い物食べに行こ」
乃塒の言葉に、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に漂う安寧に耐え切れずに寝ていた宇崎が目を覚ました。
「んあ?甘いモノ?」
「こっちこっち。良いお店見つけたよ」
2019年6月24日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]HBショップKUE NAIYA
メープルシロップパンケーキ(ドリンク付)¥800(税別)を美味そうに食べる宇崎をスマホで撮り続ける乃塒。
(きゃああああああ♡何て幸せそうな[[rb:y表情 > かお]]なの。普段はあんなにぶっきらぼうで不愛想な癖に、可愛すぎる)
そして、乃塒の独白は、渚が懐く姫乃に対してやや暴走気味な愛情によく似たモノへと変異していく。
(あーーーーー……結婚したい♡)
ノドグロオミツシエ。
蜂の蜜や幼虫、巣そのものが大好物。
蜂の巣を発見する能力に長けるが、自力で地中から掘り起こす事は出来ない為、同じ蜂蜜には目がないラーテルを巣の在り処まで誘導し、ラーテルの食事の脇からおこぼれに与るという共生関係が成り立っている。
「超うめーよコレ。お前も食ってみ」
だが、乃塒は宇崎の顔を写真で撮る事に夢中であった。
「私は良いから、もっと食べるトコ見せて!」
宇崎は、乃塒が言ってる意味が解らないが、それでもパンケーキを乃塒に食わせた。
「何言ってんだ?ホレ」
「あむ」
「な、美味いだろ?」
だが、
(ヒ……ヒトミちゃん……)
「好きいいいい♡」
「うわヤメロ!?抱き着くな!」
因みに、乃塒は獣人でも何でもない。
2019年6月25日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
体育教師の荒水巌から苦情が来た。
「園藤君、この前の転校生の事なんだが」
渚が嫌な予感がした。
「あの野郎、何かしでかしたか?」
「それだけじゃない!他の生徒に校則違反を促したのだ!」
荒水の証言に、姫乃も聞き捨てならなかった。
「その話……詳しくお聞きしたいのですが!」
2019年6月25日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校付近
(今日の体育は、校外マラソンの練習です。皆がうだってる中……ヒトミちゃんだけは元気です)
「はー、無意味にダラダラ走んの楽しいなー♪」
「ひゃ、100%共感不能ー」
乃塒は、目の前に物凄い物がある事に気が付いて、それを指差した。
「はっ!ヒトミちゃん、見て見て!」
それは、古びた今にも壊れそうな自動販売機であった。
「超古い自販機に見た事ないジュースがあるよ!」
「な、何だこりゃ!?」
宇崎は、自販機の品揃えを視て更に驚いた。
「緑色だぜ。[[jumpuri:マウンテン…… > https://products.suntory.co.jp/d/4901777045682/]]何?山?」
乃塒は、取り敢えず買ってみる事にした。
「うお。何でお前金持ってんの?」
「やった!買えた!」
ミツオシエという鳥は、ラーテルを甘味処へ導くため、いかなる時も注意を怠らない。
見た事の無いジュースを飲む宇崎。
「ヒトミちゃんどう?山の味する!?」
が、宇崎の口元から垂れたジュースを観て、乃塒の脳裏に[[jumpuri:邪な考え > http://livedoor.blogimg.jp/anico_bin/imgs/3/0/30ac2583.jpg]]が浮かんだ。
その時、荒水が宇崎と乃塒がサボっている事に漸く気が付いた。
「コラー!お前ら!」
[[jumpuri:逃げる宇崎と乃塒。追う荒水。 > http://livedoor.blogimg.jp/anico_bin/imgs/1/f/1f046024.jpg]]
「お前ら!授業中だぞ!」
「逃げろ!」
「待ってー!」
「待てー!」
乃塒はただの女子高生であり、獣人でも何でもない。
その為、乃塒はあっさり荒水に捕まった。
2019年6月25日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
荒水の証言を聞いて、川辺が右掌を顔に当てながら溜息を吐いた。
「先生……逆です……」
「逆?」
「[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の校則違反を誘導したのは、乃塒さんの方なんですけど」
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校1年B組
スマホで何かを検索していた乃塒が絶叫した。
「なんだってー!?」
周りが驚き、川辺が呆れた。
「[[jumpuri:iPS細胞で同性間でも子供を作ることが可能に!? > https://girlsjamboree.tumblr.com/post/148451920594/%E7%B6%9Aips%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%AE%E3%81%A7%E5%90%8C%E6%80%A7%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%A7%E3%82%82%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%84%E3%81%A7%E3%81%99]]」
まるで漫画の様な事を言い出す乃塒に絶句する川辺。
「それって私とヒトミちゃんの赤ちゃんも作れるってこと!?」
(冗談でしょ?)
「素晴らしい!エクセレント!最新医学万歳!」
(その最新医学が、[[rb:獣闘士 > ブルート]]や[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を生み出したんですけど)
乃塒は、少しだけ冷静になった。
「でも、私子育てなんてできるの?」
(え?ツッコミ所其処?と言うか、産むの前提!?)
ミツオシエ科の繁殖形態は卵生。
確認されている限りでは樹洞を巣にする鳥類の巣に、1回に1個の卵を産む(托卵)。孵化した雛は宿主の卵を破壊したり雛を殺して、宿主から与えられる食物を独占する。
だが、乃塒の決意は固かった。
「ううん!大丈夫!ヒトミちゃん!私と一緒に!幸せな家庭を築きましょう!」
(逃げ切ってくれ頼む!今回だけは、貴様の味方だ!)
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校廊下
川辺は、乃塒から逃げる様に宛ても無く歩き出した。
「ふーう……」
(だめだ。あの空間耐えきれねー)
あの[[rb:山荒 > ラウディ]]事件以来、乃塒は変わった。変わり過ぎた。
「姫乃様が、『兵士』に変えずに置いておくから、よもやただのバカではあるまいと思っていたけれど、まさか、ただのバカだとはね……」
川辺は、偶然藤本に出会う。
「あ、藤本先生」
「どうしました?何か悩んでいる様ですが?」
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校保健室
「なるほど。それは興味深い」
「何処がよ!?あれ以上話したら、バカが[[rb:感染 > うつ]]るところだったわ」
だが、藤本の意見は逆だった。
「それはどうですかな?」
「え?」
「女性は、社会性を重んじ、元来争いを好まない生物です。が、女性同士が争わなければならない決定的な理由があります。それが何かわかりますかな?」
川辺は、色々と答えを言う。
「子孫……妊娠、子育て、巣の確保」
「若いのによく解ってらっしゃる」
でも、川辺は藤本が言いたい事が解らない。
「生命の目的は、遺伝子を後世に伝える事です。ですから、最近の乃塒の行動は理解不能です!」
「あほらしいなどととんでもない。遺伝子を後世に伝える為なら、どんな愚行も正当化されるのです」
「だからiPS細胞を使ってでも好きな女の精子を手に入れようと!?まるで漫画だ!」
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校廊下
ますます乃塒の事が解らくなる川辺。
そんな川辺の目に、本来なら閉じられている屋上へと続く扉の鍵が開かれているのに気が付いた。
「こ……今度は何だ!?」
川辺は、恐る恐る屋上へと向かう川辺。
第9話:中西エルザ
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校屋上
本当は立ち入り禁止である屋上で昼飯を食べていた宇崎。
「あー……平和だ……[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]が恋しくなる程……」
『兵士』がうようよしていると聞いていたが、実際は『兵士』とは名ばかりの平和な毎日に飽き飽きしていた。
特に、[[rb:乃塒押絵 > のどぐろおしえ]]の宇崎への警戒心の無さは異常と言っても良い程である。まあ、乃塒の言動が観てて飽きないのが唯一の救いである。
因みに、乃塒はただの女子高生であり、『兵士』でも何でもない。
過去の自分を思い出して溜息を吐く宇崎。
「こりゃ性に合わない。なんせ……私が生きてきた環境とは……違い過ぎる!」
其処へ、鷺宮女子高等学校とは別の制服を着ている女子高生に声を掛けた。
「見つけた」
覗き込む様に見る他校の女子高生を見つけ、驚き半分好戦半分の苦笑いをした。
「立入禁止の屋上に出るなんて、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]さんは悪い子だね」
「だから何だ?」
「私、[[rb:中西獲座 > なかにしエルザ]]。八菱財閥の[[rb:獣闘士 > ブルート]]よ。よろしくね♡」
「ったく。露出狂の次は覗き魔かよ。八菱にゃ変態しかいねぇのか?」
「変態じゃないよ。私が興味あるのは、あなただけ」
それを聴いてますます好戦的な態度になる宇崎。
「何だよ?こんなトコで闘ろうってのか?」
それに対し、エルザは宇崎の股間を覗き込む。
「そうね……ココでヤッちゃうってのも、アリかも♡」
宇崎は、獣化しながらパンツを脱がそうとするエルザに襲い掛かるも、渾身の右ストレートを躱されて後ろに飛び退かれる。
「あはっ♡パンツGET!」
「てめー……ぶっ殺す!」
完全に獣化した宇崎を見ても余裕のエルザ。
「ひゅー。すごいな。何の迷いも無く戦闘モードに入っちゃうなんて。でも、ノーパンのままじゃ風邪ひくよ?」
一方の宇崎は少々困惑していた。
(こいつ、あの至近距離で、私の爪を受けやがった。その気ならカウンターをとれたはずが、どういうつもりだ?)
その間も、奪ったパンツを回したりと、余裕のエルザ。
「さてと、戦利品も手に入ったし、今日の―――」
「これ程の校則違反……鷺宮女子に関わる『兵士』としては見過ごせないね」
突然現れた川辺。既に『針』を露出させて臨戦態勢である。
「へー。これが『兵士』の『針』かー」
余裕の表情とエルザの体型から、川辺はある推測が浮かび、それを立証する為に『針』でエルザを刺そうとしたが、エルザに簡単に避けられてしまった。
だが、川辺の推測が確信に変わった。
「『兵士』の『針』を初見で躱したな?これで……お前の正体見たり!」
川辺が、カッコ付けながらエルザを指差す。
チーターの最高速度時速120㎞とは、即ち秒速33.3m。
その校則の世界を常とするチーターの動体視力の前には、秒速3mの液体など、空中を漂うシャボン玉の如き浮遊物に過ぎない。
「つまり。その子の元ネタは……」
[[jumpuri:既に、屋上にいるのは川辺だけであった。 > https://livedoor.blogimg.jp/henshinhero/imgs/b/a/ba0f692c.jpg]]
[[jumpuri:「あれ?どこ行った?」 > https://livedoor.blogimg.jp/henshinhero/imgs/6/0/6012b9da.jpg]]
川辺は理解出来なかった。
エルザは納得がいく。自身の正体が暴かれそうになっているからだ。下手すれば殺されていたかもしれない。
だが、宇崎は明らかに変だ。これから戦う敵の正体を知っておく事は、どれだけ優勢か計り知れないからだ。
それ程有益な情報を捨ててまで途中退場の意味が解らなかった川辺。
[[jumpuri:「……あれっ?」 > https://livedoor.blogimg.jp/henshinhero/imgs/a/6/a6929d56.jpg]]
[[jumpuri:驚いた風に後ろを振り向く。 > https://livedoor.blogimg.jp/henshinhero/imgs/7/f/7f9aa3b2.jpg]]だが、屋上にいるのは川辺だけであり、その光景は、かなりシュールであった。
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校最上階廊下
エルザをの正体を見破った川辺を屋上に置いてきぼりにした宇崎は、からかいにながら逃げ回るエルザを追いかけ回していた。
「待てこらぁ!」
其処に、間の悪い事に乃塒がいた。
「あれ?ヒトミちゃんはどこに……」
周りをキョロキョロしていた乃塒が宇崎と激突した。
「おわ!?」
「きゃ!?」
「あいたた……」
「ん?」
宇崎の倒れ方が悪かったのか?それとも、乃塒の起き上がるタイミングが悪かったのか?
乃塒がノーパンの宇崎の秘部を観てしまった。
(きゃああああああ♡)
が、宇崎はそれどころじゃなく、乃塒の襟首を掴んで問い質す。
「乃塒!あいつはどこだ!?」
「ヒトミちゃん!ご褒美なんですか!?これは御褒美なんですか!?」
全く噛み合っていない会話に業を煮やしたエルザが、からかう様にしゃしゃり出て来た。
「こっちこっち。ハーイ♡」
乃塒を突き飛ばしながらエルザを追う宇崎。
「てめぇ!パンツ返せ!」
置いて行かれた乃塒は、観てしまった宇崎の秘部を思い出してボーとしてしまったが、ある事に気が付いて頭を抱えた。
「ハッ!しまったーーーーー!スマホを使うの忘れてたーーーーー!」
色々と見当違いな事を考える乃塒であった。
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校屋上
一方、取り残された川辺は、エルザの出現と正体をスマホで姫乃に報告。
「はい。それで間違いありません」
「それでは、今から追っても無駄だと?」
川辺は、生物学に詳しい故にある確信があった。
「いいえ。あの子の持久力は大した事はありません。直ぐにその子から手が出ますよ」
2019年6月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校裏庭
未だにエルザを追いかけ回している宇崎だが、
(くそ!あの野郎……獣化もしてねぇくせになんて速さだ!)
だが、宇崎は確信していた。もう直ぐ追いつけると。
しかし、それはエルザの正体を知らないから言える誤算であり、エルザの正体を知らない故の判断ミスであった。
(な!?あの速度、あの体勢から、[[rb:反転 > ターン]]した!?)
見事に宇崎の意表を突いたエルザは、仰向けに倒れた宇崎に馬乗りになった。
「あはっ♡たーんじゅん」
エルザは、優位を確信したのか漸く獣化した。
「駄目だよ。そんな力任せの強引な戦い方じゃ」
此処で漸くエルザの正体を知る宇崎。
「[[rb:狩猟豹 > チーター]]には、追いつけない」
チーター。
哺乳類最高の走行機能を有する、地上最速の肉食動物。
最高速度は120㎞にも達するが、剥き出しの爪がスパイクの役割を果たし、一瞬で静止し方向転換する、『制動力』を生み出す。
さらに、呼吸調整を高めるための大きな鼻腔や軽量化に徹した細長い体躯など、他の猫科動物には見られない、走る事に特化した身体的特徴が多い。
即ち、チーターは、地上最速の[[rb:狩人 > ハンター]]となるべく進化した、異形の猛獣なのである。
優位に立った余裕からなのか、ただただ上から目線で語り出すエルザ。
「最強の[[rb:獣闘士 > ブルート]]、彗星の如く現る。そういう[[rb:台本 > シナリオ]]なんでしょ?[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を盛り上げるために三門財閥が用意した。そうでなきゃ、[[rb:新人 > ルーキー]]がいきなり[[rb:獅子 > レオ]]を倒すなんてありえない」
宇崎は、何を思ったのか黙ってしまった。それは諦めなのか?それとも……
「現に今、あっさり組み伏されて手も足も出ない。[[rb:速度 > スピード]]も[[rb:力 > パワー]]も並。[[rb:防御 > ディフェンス]]だけはすごいけど、それも硬い甲皮で覆われた背中側だけ」
エルザは、宇崎にトドメをさそうとついに手を出した。
「正面からの攻撃に対しては……まるで無力!」
だが、エルザも誤算があった。
[[rb:谷優牛 > たにゆうご]]同様、手を噛まれてしまったのだ。
「な!?」
慌てて飛び退くエルザ。
「やれやれ……お前もあの川辺とか言うインテリ気取りと同じだな」
宇崎が喰いちぎった肉片を吐き捨てた。
「現実が見えてねえ。スピードだのパワーだの関係無えんだよ。牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
予想外の展開に困惑しながら、噛まれた手を視るエルザ。
(ありえない。目の前に迫る爪の一撃を、避ける事もせず、逆に噛みにいくだなんて……)
ラーテル。
猫目イタチ科に属する小型の雑食性動物。体長は60~80㎝。
その性質は荒く凶暴そのもの。
体格に大きな差のあるライオンや水牛等の大型動物にも、臆する事なく立ち向かうため、「the most fearless animal(世界一怖い物知らずの動物)」としてギネスブックに登録されている。
(やばい。もしかしてこの子、ガチで[[rb:獅子 > レオ]]より強い?)
だが、エルザは余裕の舌なめずり。
(やっばい惚れちゃいそう♡)
「[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の実力が本物かどうか、確かめてこいってお兄に言われてるからね。こっちもガチで、いかせてもらわないと―――」
だが、姫乃の大声が水を差した。
「其処までです!」
今度は、本気で悔しそうに舌打ちするエルザ。
「チッ!シラケるわー。邪魔しないでくれる―――」
この段階で全てが終わっていた。
姫乃は無数の『兵士』達を引き連れており、『針』も露出して戦闘態勢は万全だった。
「くっ!」
渚が静かに警告する。
「どうする?このまま大人しく捕まるか?それとも、このままブチ殺されるか?」
宇崎が戦闘が白けてしまった事に呆れながら頭を抱える中、エルザは逆に姫乃達を挑発する。
「[[rb:狩猟豹 > チーター]]の足をなめてるの?……馬鹿にしないでよね―――」
姫乃が警告を追加した。
「今日は、どれだけの距離を走りました?もう……貴女はへとへとの筈です!?」
姫乃のこの行動は、チーターの持久力不足を見越した故の行動だったのだ。
だが、そんな姫乃を宇崎が叱り付けた。
「お前は何を聞いてた!そんな浅知恵なんて関係無え。牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』―――」
渚がめんどくさそうに遮った。
「はいはい!頭の悪そうな台詞は後にして!」
そんな中、姫乃がエルザを睨んだ。
「[[rb:狩猟豹 > チーター]]さん、騒乱罪、暴行罪、殺人未遂罪で―――」
宇崎が姫乃の台詞を遮る。
「てめぇ……これ以上邪魔するなら、もう容赦しないぞ!」
が、宇崎VSエルザを妨害する者は、姫乃達だけではなかった。突然倒れた気が宇崎とエルザの間に割って入ったのだ。
「ちょ、ちょっと……邪魔しないでよ!この子は私が先に―――」
知的に見える小柄な眼鏡男が、[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:熊 > ベア]]を引き連れながらやって来た。
「そうはいかないよ。[[rb:蜜獾 > ラーテル]]と闘りたいのは、[[rb:三門 > ウチ]]も同じだからね」
獲物を横取りされた気分のエルザが反論する。
「はあ?急に出てきて何言ってんの。こっちは仕事で―――」
三門の使者と思しき少年がとんでもない事言い出す。
「ちょっと事情が変わってね、石田が臨時に雇い入れた[[rb:蜜獾 > ラーテル]]を、[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]に参加させる事を決定したんだ」
その言葉に驚きを隠せないエルザ。
「!?デ……[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]……」
「開催は1か月後。それまでは財閥間の協定で、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]参加者の私闘は厳禁。岩崎総帥の承諾は得ている。君のお兄さんもね」
其処まで言われたら、矛を収めるしかないエルザであったが、宇崎は逆に少年を襲い、少年は近くの木の枝に飛び移り、[[rb:熊 > ベア]]がフルスイングのビンタで応戦するも宇崎に防御される。
「ちょ、ちょっとストップ!あんた、何考えてんのよ!?今の話、聞いてなかったの!?」
宇崎は平然と答えて渚を呆れさせた。
「うん。全然。邪魔だしうるせえから、殺そうかと思って」
「……さっきも言ったが、頭の悪そうな台詞は後にしてくれない?」
一方の少年は、宇崎の凶暴さを嘲笑った。
「いやー、聞きしに勝る凶暴さだね」
そして、木の枝から降りると、何も無かった様に普通に帰って行った。
「用件は伝えたから、僕らは帰るけど、細かい説明はエルザから聞くと良い。喧嘩しちゃ駄目だよ。それじゃ」
他の者達が呆然とする中、姫乃は少年から邪な視線を感じた。
(あれが……園藤姫乃か……)
第10話:時坂、聖、北川、西田
2019年6月29日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]ひばりが丘4-8-22ひばりが丘浄苑
服部渚が墓に手を合わせていた。
その墓は、姫乃が得てしまった『女王』の力を我が物にしようとした日本政府と警察組織に惨殺された『鷺宮女子高銃撃テロ事件』の被害者達を祀る為に造られたものだ。
そんな、姫乃にとっても警視庁にとっても黒歴史(姫乃に『鷺宮女子高銃撃テロ事件』の存在を忘れる気は無いが)とも言える慰霊碑の中に、かつて渚の取り巻きだった者達も、残念ながら名を連ねていた。
だが、渚が今回墓参りしに来たのは、そんな警備部機動隊と特殊急襲部隊に惨殺された取り巻き達の知恵を借りたかったからだ。
(図々しい事は解ってる。だが、マジでピンチなんだ!頼む!力を貸してくれ!)
2019年6月27日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
『女王』園藤姫乃と[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』宇崎瞳とのやり取りを聞いて、姫乃に仕える『兵士』達が愕然としていた。
「以上が、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に対する[[rb:私達 > ・・]]の作戦です」
「私としては、その方が良いね」
宇崎は、そのまま退室する。
「じゃ。また明日な」
「はい。また明日」
『兵士』達は、宇崎が去ったのを確認してから、まるで飛び掛かるかの様に姫乃を問い詰めた。
「おい。どう言う事なんだよ姫乃!?正気か!?いくらあの四大会長に遭遇する絶好のチャンスとは言え、あんなふざけた大会に出るとは、在り得ねえだろ!」
確かに、良識的な人物から視たら、[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]は色々と異様過ぎる内容であった。
そもそも、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]とは、1対1ではなく、3人1組の[[rb:獣闘士 > ブルート]]が入り乱れての殲滅戦である。
故に、1対1では絶対に起こらない事態が平然と起こる混沌とした戦いであり、[[rb:獣闘士 > ブルート]]の間では「[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]での敗北は、確実に死を意味する」とまで言われている。
だが、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]が異様に見えるのはそこではない。
「確かに、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]は私が四大財閥の最高幹部達に逢える最大のチャンスです。それに何より、私自身が四大会長をこの目で見ておきたいと思ってましたし―――」
「そう言う問題じゃねえだろ!あの糞大会に出る獣人は『駒』なんだぞ!」
そう。[[rb:獣闘士 > ブルート]]の意志通りに動けない事だ。
言わば、[[rb:獣闘士 > ブルート]]を駒としたリアルチェスだ。
出資者代表であるプレイヤーの意志や選択で、参戦する[[rb:獣闘士 > ブルート]]の生死が決まってしまうという、命の重さが解らなくなってしまいそうな戦い。
それが[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]なのである。
「つまり、殺人の片棒を担がされるんだぞ!その事が、そこら辺のハイエナの様な屑記者共にバレて変な風評を流されたら、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]は終わりだぞ!」
一方の姫乃は冷静だった。
「そうする心算なら、とっくにやっている筈です。力の差は歴然。国の規模も『兵士』の数も王の経験も、圧倒的にあちらの方が上です。もし戦えば、必ず負けます」
姫乃に[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]と四大財閥の力の差を言われてクールダウンする『兵士』達。
「……そ……そりゃそうかも知れないけど……」
「先ずは様子を視ましょう。今事を荒立てるのは得策ではありません。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]参戦者がこちらの手の中にある内は、私達をどうするつもりであれ、あまり思い切った手は打たないでしょう」
だが、姫乃の台詞に決意が帯び始めた。
「……ですが、この学校の生徒や、私の大切な『仲間』に、少しでも危害が及ぶの様であれば、その時は……」
姫乃に目に殺意が宿る。
「容赦はしません」
姫乃の静かな殺気に気圧されてドン引きする『兵士』達。
「園藤姫乃の名において、四大会長を殺します」
2019年6月29日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]ひばりが丘4-8-22ひばりが丘浄苑
渚は、この先どうなってしまうのかが不安であった。
その時、懐かしくてもう聞けない筈の声が聞こえた。
(らしくないじゃん渚)
「え?」
(渚は、私達とは違って、最期まで姫乃を護り抜くんでしょ?)
「その通りだ!……その通りなんだが……」
(だったら、戦うしかないじゃん。例え、誰が相手だろうと)
この声は幻だったのか、妄想だったのか、亡霊だったのか……
今は、この声の正体などどうでも良い。
問題は、渚が[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]に対してどう吹っ切れるのかである。
「そう……だったな?変に迷ってた私が大馬鹿だったな!」
2019年6月27日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]HBショップKUE NAIYA
一方のエルザは、宇崎の気楽さに疑問視しつつも呆れていた。
「確かに、『[[rb:駒 > あなた]]』は優秀。それは認めるわ。でも、それを動かすプレイヤーがヘボじゃ、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]で生き残る事は出来ない」
宇崎は聞く耳を持たず、ただパンケーキを黙々と嬉しそうに食べているだけであった。
「今からでも遅くはない。棄権するか、他の出資者を探してエントリーし直すか……ちょっと、聞いてんの?」
だが、姫乃同様に宇崎も冷静だった。
「別に良いよ。[[rb:姫乃 > あいつ]]で」
呆れて驚きを隠せないエルザ。
「はあ?あんた、私の話を聞いてなかったの!?いい?[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のプレイヤーてのはね、株や外資取引で鍛えた仕手の名手やら、チェスの達人やら、囲碁将棋の名人やら、そんな連中ばっかりなのよ。それなのに、あんなボンクラ箱入り娘が張り合える訳がないでしょーが!」
宇崎が、漸くエルザの意見に反論した。
「そこがいいんだよ。弱い奴ほど強い奴を嗅ぎ分ける。だからあいつは、私に絶対に逆らわない。つまり、私の意志で自由に動けるって事だ」
が……そんな重大さに似つかわしくない者が近づいていた。
(こんにちは。[[rb:乃塒押絵 > のどぐろおしえ]]です。最近、ヒトミちゃんが怪しいのです。ヒトミちゃんにベッタリくっついてるあの女……一体、何者!?)
一見すると、乃塒の方が怪しく見える。
(何の話をしてるの?もっと近くに行かないと……)
エルザは、既に乃塒の不審さに気が付いて背後に回っていた。
「あのさ……あんた偵察下手ね?」
(!?な……つい今しがた、普通にヒトミちゃんと喋ってたのに、いつの間に!?)
チーターは、己が走力に対する自負から、群れでの狩りを決してしないナチュラルハンター。
獲物を発見すると近距離まで忍び寄ってから、全力で疾走しながら獲物を追跡し引き倒す。
気が付けば追い詰められている。それがチーターの狩りである。
「あれ?オシエじゃん。何してんのお前?」
エルザは、ある誤解のせいで呆れ果ててしまっていた。
「何してんのって……こいつ、園藤姫乃が送り込んだ偵察よ!」
宇崎が即座にエルザの誤解を訂正する。
「そいつ、『兵士』じゃないよ」
「え!?」
「それに……」
宇崎は、女性店員がエルザに向けている殺気に気が付いていた。
「[[rb:姫乃 > あいつ]]の『兵士』は、不純物に対する警戒心が物凄く強いぜ?」
エルザは、宇崎に指摘されて漸く気が付くが、知らないふりして話題を乃塒に戻した。
「『兵士』じゃないとしたら、何でコソコソ尾けてきてんのよ?あんたの友達?それともストーカー?」
乃塒が涙目で宇崎に助けを求めた。
「ヒトミちゃーん。説明してあげてー」
だが、宇崎が考え込んでしまった。
「……そう言われてみると……どっちだ?」
乃塒が人目を気にせずに涙で自分の頬を濡らした。
2019年6月29日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]ひばりが丘4-8-22ひばりが丘浄苑
墓参りを終えた渚の許に三門陽湖が訪れたが、
「姫乃の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]参加を阻止したいってなら無駄だぜ。ああなったらテコでも動かねぇよ」
凛とした態度で言いたい事を先に言われて黙るしかない陽湖。
「それと……私も姫乃に1票だ。直にお前達がどんだけ危険かを、この目で確かめねえとな」
陽湖は、静かだが気丈に振舞った。
「まあ好きにすれば?100%後悔するとおもうけどね。でも、後で泣きベソかかないでね。気持ち悪いから」
渚は、陽湖の挑発を無視した。
『鷺宮女子高銃撃テロ事件』に思い知らされたからだ。こういう勝利を約束されていると勘違いしている者ほど、敗北と言う名の罠に堕ちやすいと。
実際、『仲間』が溢れていた頃の自分達がそうだったし、姫乃を逃がす為に学校に居残ってくれた『仲間』を部外者ごと皆殺しにする様指示した黒田も、事前に用意した罠を姫乃に掻い潜られて殺害され、日本の警察の威厳や名誉を底辺まで失墜させている。
渚は確信していた。陽湖もそうなると。
「用が無いなら帰れ。墓場で騒いでもカッコ悪いだけだぜ?」
そう言いながら帰って行く渚。その顔に、もはや迷いはなかった。
まるで、警察に殺された渚の取り巻き達が背中を押したかの様に。
陽湖は、待たせていたリムジンに乗り込んだ。
同乗していた異様な老人が、陽湖の様子を視て何かを悟った。
「出る様だな?園藤姫乃も」
「はい、お爺様。出場を阻止できないなら、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の盤上で、直接[[rb:蜜獾 > ラーテル]]を倒すまで」
陽湖の自信を見て不気味な微笑みを浮かべる異様な老人……いや、三門財閥会長『三門陽参』。
「ふぉふぉ、強気よのう陽湖」
だが、そんな陽湖の強気を疑う様な疑問が浮かんだ陽参。
「じゃが、いくらお前が知略に長けているとはいえ、殺し合いは殺し合い。弱い駒では話にならん。仮にも、この[[rb:獅子 > レオ]]に土をつけた者を相手に、一体どんな駒で挑みよるつもりじゃ?」
谷優牛が代わりに答えた。
「ご心配無く。城戸を使います」
陽参がニヤリと笑った。
「城戸か……」
「そうです。1度は凄惨と言う理由から出禁となった、あの城戸です」
陽参が満足そうに笑った。
「面白いではないか。特定遺伝子組換改革法を真鍋総理の言う通りに動かすか否かを決める試金石のつもりでいたが……今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]、いつにも増して血が見られそうじゃのぉ……」
2019年7月1日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
その後、[[rb:中西獲座 > なかにしエルザ]]も[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]が終わるまで鷺宮女子高が預かる事になってしまった。
その事についてエルザ曰く、
「何言ってんの?闘んないように見張ってんのよ。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]をぶち壊されでもしたら、私がお兄に叱られちゃうんだから」
……まあ、宇崎のあの性格なら、仕方ないなと言える理由であった。
獣人とは、
ヒトのDNAに含まれるあらゆる生物の遺伝情報から、その人間に最も近い「動物の因子」を抽出し強化する「獣化手術」を受けた者の事である。
つまり、ライオンやヒョウなどの大型動物の狩場に入り込み、堂々と居座り堂々と獲物を盗み、しかも、見つかると逆ギレするという、ギネス級の横暴さを誇るラーテルの因子を色濃く持つ宇崎の性格が、生まれつき横暴なのも自明の理である。
第11話:服部渚
2019年7月2日 東京都新宿区フジモト生物化学研究所
1人の男性が、原口の私物と化した[[rb:元 > ・]]所長室に入ろうとしたが、
「おわ!何だこりゃ。更にモノが増えてるぞ」
それでも、男性はめげずに原口を呼んだ。
「主任。原口主任、いますか?もうすぐ定例会ですよ。たまには顔を出さないと、存在を―――」
当の原口は、着替えるのもめんどくさくなったのか、ほぼ下着姿で顕微鏡とにらめっこしていた。
原口は直ぐに自分を呼びに来た男性に気付いて近寄ったが、男性は下着姿を見られた事を怒っていると勘違いして慌てふためいた。
「な!?何も見てません!殺さないで!」
だが、原口の言葉は予想外であった。
「見つけた!」
「……へ?」
「復元培養した『蜂』の解剖標本と、10年分の実験記録と照らし合わせて、『蜂』の胎内に『女王』の因子を伝達する仕組みを見つけた。やっぱり、園藤姫乃が『女王』になったのも、明確な理由があった」
だが、それでは今までの捜査結果と大きく食い違う。
「ですが、園藤姫乃は、無理矢理『蜂』を食べさせられて『女王』の因子を体内に吸収して同化したっていう―――」
「偶然じゃない。『蜂』は人を刺す時に、『女王』とすべきか『兵士』とすべきか、選択する事ができるのよ」
原口は、男性にパソコンの画面を見せた。
「その証拠に……培養液で復元処理した『蜂』の貯精嚢から、僅かながら『女王』の因子と思しき鎖脂肪酸の跡を発見した」
事の重大さに驚きを隠せない男性。
「え……?それって!?」
「間違い無い!園藤姫乃は『蜂』の[[rb:意思 > ・・]]で、なるべくして『女王』になった。そして、その仕組みが明確になった以上、園藤姫乃の他にも『女王』となった人間は存在する!」
2019年7月2日 アメリカ合衆国某所リビング
女性SPに見守られながら食事をする女性の前に、フード付きのジャンバーを着た少女がやって来た。
「今夜は、お招きいただき有難う御座います」
フード娘の慇懃無礼な態度に苛立つSP達。
「マージョリー、もしかしてこの猿は、我々の『[[rb:女王 > クィーン]]』を侮辱しているのか?そうだとしたら殺すが」
フード娘がわざとらしく慌てて魅せた。
「まあまあまあまあ、取り敢えず届けに来たプリントを目に通していただいて」
『[[rb:女王 > クィーン]]』が即座に反応する。
「見せろ」
SPがフード娘からプリントを奪い、それを『[[rb:女王 > クィーン]]』に渡した。
「どれどれ……」
プリントの大見出しを見て不思議そうにする『[[rb:女王 > クィーン]]』。
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]……ただの信憑性皆無の都市伝説だと思ったんだがな」
「今は、それだけマイナーって事だよ[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は」
『[[rb:女王 > クィーン]]』は、肝心要の質問をする。
「で、私に何をしろと?」
それに対して、フード娘は白々しかった。
「一緒に観に行かね?[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]」
逆に不気味がる『[[rb:女王 > クィーン]]』。
「一体何の話だ。言いたい事があるなら、ハッキリ言ったらどうだ」
だが、フード娘は更に勿体ぶる。
「今まで絶滅した種族の中で、明らかに人間のせいなのは、どのくらいの数か、ご存じですかな?」
「……あのなお前、質問に質問で返すとかありえないだろ。マナー違反だと思わんか」
でも、まだまだ勿体ぶるフード娘。
「IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)は、5月6日に陸地の75%が人間活動で大幅改変され、約100万種の動植物が絶滅危機にあるとの報告書を公表したそうです。でも、それも暫定に過ぎず、この先も数は増え続ける事でしょうな」
遂にSP達に包囲されるフード娘。
「あれあれ?そんな事していて良いのかな?このままだと、『蜂』が絶滅種だぜ?」
フード娘は、図々しくも『[[rb:女王 > クィーン]]』の本名を口にしてしまう。
「セレナ・セルバンテス」
SP達が一斉に『針』を露出して臨戦態勢をとった。
だが、『[[rb:女王 > クィーン]]』セレナはGOサインを出さなかった。
「待て。まだこいつに訊きたい事がある」
SP達が渋々『針』をしまうも、やっぱり不服であった。
(く!……殺したぁーい!)
そろそろ限界だと感じたフード娘は、漸く本題を語り始めた。
「1年前に鷺宮女子高等学校を皆殺しにした連中が、一体『何の』を欲しがっていたのか……ご存じですね?」
「……貴様……何者だ?」
「協力して頂けませんか、本当の[[rb:Mr.大統領 > ミスタープレジデント]]。あなたが本当はそう望んでいる様に、[[rb:八菱 > われわれ]]には、『蜂』の[[rb:天敵 > ・・]]と戦うための準備があります」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]に参加する事になった姫乃達は、豪華クルーズ船に乗せられて……
「へぇー。すげぇな。本物のパーティーじゃん」
姫乃達を待っていたのは、死闘とは名ばかりの超豪華バイキングであった。
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]観戦て、いつもこんな豪華な場所でやってるんですかね」
「そしこ重要な闘いっちゅうこっです園藤殿」
岡島のスーツぱっつんぱっつんなのだが、姫乃に同行していた渚と川辺は、スーツが似合わない岡島にツッコミを入れる気が完全に失せていた。
これから待っている死闘を全く知らないかの様に超豪華バイキングを楽しむ[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]参加者と観戦者の姿を視て、機嫌を損ねたのだ。
寧ろ、学校制服で此処に来た姫乃達の方が浮いてる様にすら見える。
「くそ成金が!これから[[rb:獣闘士 > ブルート]]同士の殺し合いを見せられるって言うのに、よくヘラヘラしてられんな?まったく、反吐が出るぜ……」
見るからに不機嫌な渚に声を掛ける者が。
「セレブは、娯楽に飢えているのさ」
「谷……優牛……」
「やあ、また逢ったね園藤姫乃。それに、[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:蜜獾 > ラーテル]]」
「宇崎瞳だ。名前ぐらい覚えておいてやれよ」
渚の皮肉より、この後言った宇崎のボケの方が、谷にとってはダメージが大きかった。
「ところでお前……誰だっけ?」
谷の眉がピクっと動いた。
「ちょっと宇崎さん!」
「瞳殿が初戦で倒した[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:獅子 > レオ]]でごわす」
其処へ、谷や渚よりさらに不機嫌そうな男がやって来てしまった。
「欠場だと?逃げたな[[rb:獅子 > レオ]]。俺と闘るのがそんなに怖いのか?」
「お、お兄……」
欠場と聞いて、谷が宇崎に敗けた日の事を思い出して皮肉を言う渚。
「あ。つまり、[[rb:解雇 > クビ]]って事?」
谷に喧嘩を売った男の眉がピクっと動いた。
それを見ていたエルザが慌ててフォローに入る。
「ごめんなさい[[rb:獅子 > レオ]]。お兄は、今日あなたと再戦するつもりだったから……」
が、宇崎がずけずけと話に入る。
「よーエルザ。ふーん、そいつが自慢の兄貴か。お前すげー強いんだって?今日の試合、楽しみにしてるぜ♪」
だが、谷に喧嘩を売った男は、まるで宇崎を侮辱する様に捨て台詞を吐きながら去って行った。
「フン。[[rb:獅子 > レオ]]のいない[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]など……児戯に等しい」
(うわぁー。完全に嘗められてるよ宇崎の奴!)
[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]参加者と観戦者によるパーティを少し引いて客観的に観ている者がいた。
「クク……いつもの事ながら、このくだらない余興は、財閥間の[[rb:力関係 > パワーバランス]]がハッキリ判って笑えるせ」
先ずは三門財閥。
「金に色目をつけず、名うての強者でガチガチに固めた三門」
次に八菱財閥。
「負けじと人材をかき集めたものの、一歩遅れて2番手に甘んじる八菱」
角供財閥は、かなり素行が悪く、まるで劣悪なヤンキーグループの会合の様であった。
「俺達みたいなはぐれ者を使って、姑息に漁夫の利を狙う角供」
最後は石田財閥。
「四大財閥の中で、最も資金力に乏しく[[rb:雑獣 > ザコ]]しか雇えない石田」
そんなくだらない余興を客観的に観ていた男の背後に、セレナ・セルバンテスとセレナを誘ったフード娘がいた。
「そう言うアンタは、そのくだらない4つの内のどっちなんだい?」
「……誰だ貴様は?」
フード娘はすっとぼけた。
「まだ[[rb:獣闘士 > ブルート]]に昇格してないから、まだまだ大手を振って名乗りを挙げられる立場じゃないんだ」
「フン!勿体ぶりやがって!」
フード娘は、親指でセレナを指した。
セレナの姿は、制服姿の姫乃達や一般的な街角の様な格好のフード娘と違って晩餐会に適したネイビーショール風ロングドレスガウンであった。
「でも、セレナは超大物だよ」
「ほう……どの点が?」
フード娘が自信満々に言い放った。
「[[rb:園藤姫乃と同類 > ・・・・・・・]]と言えば解るかな?」
男が慌てて振り返るが、セレナもフード娘も下に降りてパーティに参加していた。
セレナ達を見下ろす形になったが、男にさっきまでの余裕は無かった。
(ど……どういう事だよ!?『針』で『兵士』を増やせるのは、園藤姫乃だけのはずだろ!?それが何で……)
突然照明が消え、壇上にスポットライトが当てられるた。
「ご来場の皆様、長らくお待たせ致しました。この度司会進行を務めさせて頂きます、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]管理局の篠崎舞です。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]開催の前に、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]管理局長祠堂零一より―――」
祠堂の名を聞いて狂喜乱舞する宇崎。
「何!?祠堂さん!?どこ!?」
呆れる渚。
(アホか?単細胞の忠犬獅子公め)
壇上に上がる祠堂。
「祠堂です。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]は、各財閥を代表する[[rb:獣闘士 > ブルート]]が3名1組4つのチームに分かれ生き残りを懸けて闘う[[rb:殲滅戦 > サバイバルマッチ]]」
川辺がある事を思い出して陽湖の方を見る。
「そして、その舞台はフィリピン海に浮かぶ無人島『[[rb:炎蹄島 > ほていじま]]』。皆様もご存じの通り、今我々は……国内最大級のクルーズ船『獣王』に乗り現地に向かっております」
壇上の後ろの巨大スクリーンに炎蹄島が映る。
「島の総面積は約6㎢。それを100メートル四方のマス目で区切った『ゲーム盤』の上に[[rb:獣闘士 > ブルート]]を駒として配置。それを『プレイヤー』が動かし、違うチームの[[rb:獣闘士 > ブルート]]が同じマス目に入った時戦闘が開始されます」
渚が怒りで拳が震えていた。
(糞外道が!まるでスパロボじゃねえか!)
そんな事お構いなしに説明が続く。
「同じマス目であれば、2対1であろうと、3対3であろうと、9対1であろうと、戦闘は成立します。そして、勝利条件は他の3チーム全ての[[rb:獣闘士 > ブルート]]が死亡または戦闘不能になった時のみ。つまり、経過の如何に因らず、最後まで生き残った者が、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の覇者となるのです」
セレナが不敵に笑い、渚が不機嫌そうに唾を吐いた。
「おい!」
渚に唾をかけられたセレブが文句を垂れるが無視された。
「間もなく炎蹄島に到着します。参加[[rb:獣闘士 > ブルート]]は速やかに準備に入ってください」
渚同様ヤンキーぽい女が連れに声を掛けた。
「あんた達、さっさと行くよ!」
だが、返答は無かった。
パーティを少し引いて客観的に観ていた男は、フード娘が言った「[[rb:園藤姫乃と同類 > ・・・・・・・]]」と言う言葉が引っかかってそれどころではなく、もう1人は……
「ちっ!あのアホまたかよ」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』女子トイレ
1人のバニーガールが強姦されて呆然自失していた。
「ふー。やっと落ち着いたぜ。どーも、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の前には、女を犯っとかないと気が済まねー」
ヤンキーぽい女がバニーガールを強姦した男に声を掛けた。
「ちょっと、いい加減行くよ」
「ヘイヘイ」
ヤンキーぽい女は、強姦魔を折檻するわけでもなく、只々冗談を言い合うだけであった。
「お前が相手してくれりゃ、もっと手早く済んだんだけどな。へへ」
「死にたきゃどうぞ」
「冗談だって」
だが、強姦魔の邪気はまだ消えてはいなかった。
「でも、まだ犯り足りねー……ま、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]でガマンすっかぁ」
どうやら、彼らが[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参戦する角供派[[rb:獣闘士 > ブルート]]であった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』廊下
一方、エルザは付いて来る貴婦人に疑問を懐いていた。
(ねえ、お兄。何でアイツなの?[[rb:八菱 > うち]]には、もっと強い奴いっぱいいると思うんだけど……)
「俺は知らん。会長の指示だ」
肝心の兄がまったく興味を示さなかった。谷が欠席なのがよっぽど不満だった様だ。
「いずれにせよ、結果は見えている。[[rb:獅子 > レオ]]が出ない以上、俺1人でも、全員倒せる」
その頃、石田財閥の幹部達が石田派[[rb:獣闘士 > ブルート]]の眼前で土下座していた。
「どうかお願いします。私共は、会長に勝利を厳命されておりまして、何卒、何卒奮迅頂きたく―――」
岡島は正直困惑していた。自身の実力に自信が無い訳ではない。だが、他の[[rb:獣闘士 > ブルート]]だって勝つ気でいる筈だ。
「おい達も死にたくはなか。じゃっどん、戦況は厳しか。勝つ保証はできもはん」
「そ、其処を何とか!」
宇崎が強気でいつもの台詞を言い放って幹部達を安心させた。
「安心しろって。誰が相手だろうと関係ねぇ。牙の鋭い方が勝つ。それが[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]だ!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
壇上に戻った篠崎がプレイヤーに指示を出す。
「『駒』が炎蹄島に上陸しました。プレイヤーの皆様は、速やかに所定のシートに御着席ください」
将棋盤とタブレットPCが合体したかの様な大きなテーブルを囲む様に座るプレイヤー達。その中に、姫乃と陽湖が含まれていた。
陽湖は、隣に座る姫乃を見て不機嫌になった。
姫乃は、陽湖の無礼とも言える態度に思う所があるが、陽湖が姫乃を殺しかけた時の谷の態度に思う所が有る為にあえて黙認した。
(あの戦いから既に1ヶ月が経っている。なのに病欠……)
姫乃は、ゆっくりと首を横に振った。まるで邪念を捨てるかの様に。
(今は忘れましょう。今やるべき事とは違いますし)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島海岸
その頃、宇崎がちょっとした不満を口にしていた。
「[[rb:首輪 > これ]]、ちょっと邪魔なんだけど、外しちゃダメ?」
[[jumpuri:カイジシリーズ > http://kc.kodansha.co.jp/search?_ft=author&_sw=%E7%A6%8F%E6%9C%AC%E3%80%80%E4%BC%B8%E8%A1%8C]]に出て来そうな黒服達は、宇崎の注文を却下した。
「とんでもございません。その首輪は、貴女様を導くナビゲーター。貴女様がどこに向かえばいいか指示してくれます。それに、ワイヤー部分は特殊素材。獣化に合わせて伸縮するので邪魔にはなりません」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
宇崎と黒服達とのやり取りは、壇上の巨大スクリーンに映し出されていた。
そして、姫乃の右横に控える渚の眉がピクっと動いた。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島海岸
宇崎が最も肝心な質問をしていた。
「指示に従わなかったら?」
黒服達の答えは、ただでさえ不機嫌な渚の堪忍袋の緒を切った。
「ルール違反を伝える警告のメッセージが流れます。そのまま放置いたしますと……ボンッ!となる仕組みで御座います」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加するプレイヤーの1人である角供生命常任顧問の横田大がニヤリと笑った。
それに対し、渚が怒りで震えていた。
姫乃の左横に控える川辺が渚の心配をする。
「おい。さっきから様子がおかしいよ?大丈夫?」
渚が静かに怒りの理由を口にした。
「ムカつくんだよ。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]その物が昔の自分を観てる様でよ」
「昔……」
川辺は、1年前にSNSに掲載されたイジメ動画を思い出して大声を上げてしまう。
「あー!あれかぁー!?」
2018年5月28日 西東京市鷺宮女子高等学校廊下
まだ『蜂』に刺されて『女王』になる前の姫乃が、全裸で四つん這いになりながら移動させられていた。
それを、周りの者達は、助けるどころか物珍しそうに観て楽しんでいた。
「すげー」
「こいつマジかよー」
「超ウケる」
「こっち向けよ」
「オイ」
「ギャハハハハハ」
「校内全裸お散歩♡」
「ぱねー」
「マジで奴隷じゃん」
「バッチリ調教されてんよ」
スマホで姫乃を撮っていた者の中には、それをSNSに実況動画として掲載する悪質もいた。
「ツイキャス配信ぱねー」
「視聴者数200とか、ウチら以外、観てる奴、誰よ!?」
姫乃が慌てて懇願するも、渚が姫乃の後頭部を踏んで懇願を遮断する。
「チョーシこいてんじゃねぇよ。誰に許可とって言葉発してんだよ。この、『虫』が!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
あのまま……姫乃が『蜂』に出逢わなかったら、渚の取り巻き達が警察に殺される事も無く面白可笑しく暮らしていただろうが、その代償として、『蜂』が日本の警察組織を腐らせていたという事実も、日本経済を支配する四大財閥や[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の存在も知らず、無知で[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加するプレイヤー達と同じ所まで堕ちた状態で、自堕落かつ無駄に人生を消費していたと思うと、渚の背筋を冷たくする。
「あの頃の姫乃と[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加[[rb:させられてる > ・・・・・・]]連中……どこが違うって言うんだよ?」
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]と悪質なイジメを同一視されて激怒する陽湖。
「ふざけないで貰える!これ以上、神聖な[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を汚す―――」
今の渚なら絶対にしない姫乃への悪質なイジメを神聖視された気がした渚が激怒する。
「どこが違うって言うんだ!?どっちも調教師気取りで自分勝手に命令してるだけじゃねぇか!このままだと、テメェらにこき使われた[[rb:獣闘士 > ブルート]]共が化けで出てくるぞ!」
『針』を出しそうな勢いの渚の手を優しく握る姫乃。
「大丈夫ですよ。瞳さんは違います。瞳さんは駒ではありません」
姫乃に諭されて怒りを収めかけた渚だったが、陽湖の余計な言葉が、渚の激怒を更に煽った。
「そんな事より園藤姫乃、島の地形は把握してるんでしょうね?」
「地形……ですか?」
「単なる『ゲーム』じゃないのよ。闇雲に『駒』を動かせば、崖や川に誘導してしまい、それだけで『駒』が命を落とす事もあるのよ」
「きっさまぁー!」
だが、姫乃が優しくかつ余裕で渚を説得した。
「大丈夫ですよ。魅せれば良いんです。瞳さんが駒ではない事を。自我を持った『戦士』であり『命』である事を」
渚は、姫乃と宇崎とのやり取りを思い出して冷静さを取り戻した。
「そう……だったな!アイツが、ただの『駒』で終わる様なヤワなタマじゃなかったな!」
姫乃が謝罪しながら[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の開始を促した。
「申し訳ございませんでした。もう邪魔致しませんので、戦闘を開始して下さい」
キョトンとしていた篠崎が、姫乃の指摘でハッとして司会進行を再開した。
「失礼いたしました。前大会の優勝プレイヤーの品田様、ダイズをお願いします」
漸く始まった[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]だが、渚も陽湖も怒りが収まり切っていないのか、横目で睨み合っていた。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島海岸
漸く[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]が始まった事を察した宇崎が気合いを入れ直す。
「さてと……いっちょブン回すか!」
第12話:藤本康臣
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
とうとう始まってしまった[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]。
先ずは、前回の優勝プレイヤーであり、[[rb:虎 > ティガ]]のプレイヤーである八菱自動車代表取締役『品田正信』が賽を振る。
「進むマス目は……4」
「フム。では失礼して、5-1から5-3を経由、6-3へ」
すると、テーブルの人型が移動する。それを観ていた渚があからさまに嫌そうな顔をする。
(止めてぇー!リバースしちゃう!リバースする所見られちゃう![[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加する[[rb:獣闘士 > ブルート]]の命の重さは、将棋の駒と同額かよ!?)
一方の姫乃は、ただスマホで電話をしていただけであった。
「ん!ん!」
陽湖が咳払いで姫乃を牽制するが、姫乃は気にせず電話を続けた。
其処へ、進行役である篠崎が姫乃に賽を振る事を催促する。
「園藤様、ダイズを振ってください」
「あ、ハイ」
姫乃の空返事に、陽湖がますます不機嫌になる。
で、姫乃が出したマス目は……6。
此処で品田が独白。
(あの場所から『6』と言う事は、このゲームを知る者ならば、指し手は1つ。四方を一望できる絶好の拠点……15-24!ま、そんな事は、素人君には及びもつかないだろうがね)
だが、姫乃は、進める数が決まった途端にまた電話を始めた。
「あの、すいませんが、プレイヤーの持ち時間は、一手につき1分間。長考の局面ではありません。駒を進めて下さい」
だが、気にせずに電話を続ける姫乃。
遂に激怒して立ち上がる陽湖。
「いい加減にして。真面目にやらないなら出て行きなさい!」
姫乃と取っ組み合いの喧嘩になりかけた陽湖を、川辺と渚が遮る。
「[[rb:頭 > ず]]が高い。姫乃様の策に異見する気?」
「静かにしな。電話の声が聴こえねぇだろ!」
陽湖と渚が睨み合いをする中、姫乃が漸く宇崎に指示を出す姫乃。
「瞳さんはこれより……15-24に移動します」
それを聞いた他のプレイヤー達が驚いた。まさか、あんな不真面目な指し手で理想の拠点を探し当てたからだ。
不思議そうに姫乃の顔を見る他のプレイヤー達を不思議そうに見る姫乃。
「いくら始まったばかりとは言え……誰もあのモニターを見ていらっしゃらないのですね?」
陽湖にとっては意味不明な言い分だった。
「いい加減にして!これ以上―――」
「それに!」
自身が言おうとした警告を遮られて更に怒りが増す陽湖。
「一手1分と言うのも非常に短くありませんか?」
この言葉で完全に姫乃を侮ってしまった陽湖。
「あっそ。つまり園藤姫乃は救い―――」
だが、姫乃の言葉は[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のルールを全否定するかの様な凄まじい物であった。
「これでは、『[[rb:現場の声が聴き取り辛くありませんか > ・・・・・・・・・・・・・・・・・]]?』」
この言葉で何かを悟った品田が、司会進行役の篠崎に指示を出す。
「[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の様子を映してくれ!今直ぐに!」
「あっ、はい!」
で、篠崎の後ろにあるスクリーンに映し出されたモノは、3人の鷺宮女子高生徒にスマホを返す宇崎の姿であった。
「無礼を承知で言わせていただくなら、皆さんに『島の地形は把握してるのか?』と訊かれた時、何でそんな『無駄な事』をしなくてはならないのかと思いました。何故なら、現場の現状を最も知っている人物は、その現場に立っている人ですから」
そう、さっきの姫乃の電話の相手は宇崎だったのだ。
働き蜂の数や仕事を決めるのは、女王蜂ではない。
卵の数は、働き蜂同士の「相談」により、女王の食事量を調整する事でコントロールされている。
その役割もまた、女王が命じるものではなく、狩り、幼虫の世話、巣作りや掃除など、様々な仕事に対し、適任と思しき働き蜂が、自主的な判断でその役割を担う。
姫乃が採った作戦を正しく理解した品川が不敵に笑う。
(フフ……考えたな。まさか駒がプレイヤーを動かすとはね。スポーツで言うなら、選手が監督に指示を出すようなもの。前代未聞な戦略だ)
だが、同時にある種の畏怖も感じる品川。
(しかし、そうなると……15-24には、駒が自力で辿り着いたという事になる。データが少なく分析は不十分だが、プレイヤー共々[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]への参加は初めてのはず。見知らぬ地にも関わらず、初見で有利な地点を見抜くとは……これも[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の[[rb:潜在能力 > ポテンシャル]]の1つなのか?)
闇夜の中、何の道標も無く見知らぬ場所を動き回る。
人間にとっても動物にとっても、危険極まりない行為は、ラーテルにとっては日常のものである。
その並外れた胆力を武器に、視界が悪かろうと足場が悪かろうと先客がいよと、まるで意に介さず、縦横無尽に縄張りを拡げ、餌場や寝床を見出す事が、ラーテルの生活基盤となっている。
即ち、未開の地にひとり放り出されるという事は、不利どころか本領発揮。ラーテルの独壇場ともいうべき状況なのである。
漸く席に座った陽湖だが、未だに不機嫌であった。
(な、何て奴……思考を放棄して駒に選択を委ねるなんて、どこまで依存体質なの!?プレイヤーとして……いや、人として恥ずべき行為だわ。この女だけは、絶対に潰してやる!)
陽湖が別のプレイヤーに目で合図をする。
(フフ……サイン交換は、あなた達の専売特許じゃなくってよ。見せてあげるわ。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]熟練プレイヤーの実力をね)
その後も、参加[[rb:獣闘士 > ブルート]]に移動指示を出すプレイヤー達の姿を、冷ややかな視線で観る渚。
(で、結局、誰も現場の[[rb:獣闘士 > ブルート]]の意見を聴いてねぇ。せっかく姫乃が手本を見せてやったって言うのによ。プレイヤーの指示もタイムリミット付きみたいだし……ますますスパロボ感覚だな)
だが、川辺が渚に指で下を見る様指示する。
「ん?」
(姫乃、何であんな渋い顔をしてんだ?というか、画面を見ずに盤面を見てるぞ。一体何が……)
盤面を見て漸く気が付いた。宇崎が三門派[[rb:獣闘士 > ブルート]]2人に囲まれていた事に。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島崖エリア
炎蹄島に密かに潜入していた『兵士』達が、スマホで姫乃の指示を受けていた。
「はい。了解しました。では、その様に」
宇崎は、電話の内容を聞かずして、『兵士』達が次何を言おうとしているのかが解った。
「敵か?」
「ええ。しかも、2人で挟み撃ち」
宇崎が笑った。
「姫乃の奴、面白い作戦を考えやがったぜ。お陰で……」
宇崎が嬉々として後ろを振り向く。
「誰かがコッソリ忍び寄ったとしても……すぐ分かる」
後ろにいた男性は、余裕の表情で言い返す。
「心外ダナ。忍ビ寄ッタ覚エハ無イゼ。俺ハ忍ビジャナクテ、力士ダカラナ」
「力士?」
近くにいた『兵士』達が、自称力士を見て冗談を言った。
「その割には、岡島さんよりかなりスマートじゃね?」
「こんなに細い力士なんて、サガるわー」
だが、力士は意に介さない。
「能書キハ要ラナイ。悪イガコノ場所ヲ譲ッテモラウ。コナイダノ決着モマダダシナ。[[rb:蜜獾 > ラーテル]]」
一方の宇崎は、訳も解らず首を傾げた。
「あ?お前誰だよ?」
力士は冷静だった。
「分カラナイカ?」
力士が獣化した。
「ダガ、コノ姿ナラ分カルダロ?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
川辺が獣化した力士を視て驚いた。
「ヒグマだわ」
「ヒグマ?」
「ヘラジカやアシカなど大型動物をも襲って食べる恐ろしい奴だよ。優れた嗅覚と聴覚を持つから、追跡者としても優秀だよ。まともに戦って勝てる動物は少ないよ」
川辺の解説を聞いた渚は困惑した。
「それてヤバくね?」
その間、篠崎と観客のテンションが急激に上がった。
「SHOWDOWN!1つのマスに2つの駒乗ったため、1巡目にして、早くも戦闘開始です![[rb:熊 > ベア]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]!片や比類なき破壊力。片や比類なき無謀。初戦カードから流血必至!果たして、どちらに軍配が上がるのかァァーッ!」
周りの異様な盛り上がりに、姫乃は溜息を吐く。
(1年前のあの悲劇で解っていた事だけど、人間というものが、どんなに平和で調和が取れ、安定した状況にあろうと、必ず、争いを求めるという事を)
そして思い出す谷のあの言葉。
「セレブは、娯楽に飢えているのさ」
(これも、藤本先生が言っていた『政治や軍隊などの中枢機構を男性が占める事による脆く壊れやすい、人類の作る不完全な[[rb:男性 > オス]]社会の弊害』……なのでしょうか?)
「男」であることが犯罪リスクを大きく高めることは、統計的に明らかです。アメリカの調査でも、凶悪犯罪者の9割は男で、人種や宗教、生育環境による差はほとんどありませんでした。唯一、はっきり現れたのが、性差。もちろん、男性イコール犯罪者ではありませんが、「男という性」に攻撃性・暴力性が潜んでいることは間違いありません。
なぜ、男は凶悪犯罪を起こすのか。
進化論的には、男は「競争する性」、女は「選択する性」として「設計」されています。すべての生き物は、できるだけ多くの子孫(利己的な遺伝子)を後世に残すようにプログラミングされており、哺乳類や鳥類の多くでは、オスが競争し、メスが食料や安全などの「資源=支援」をもっとも多く与えてくれるオスを選ぶのが性戦略の基本です。もちろん、ヒトも例外ではありません。
男児は思春期を迎えると、男性ホルモンであるテストステロンのレベルが急上昇します。これによって、他の男たちを押しのけて一人でも多くの女性を獲得するきびしい競争に乗り出すことができるのです。
テストステロンが筋肉質の身体や彫りの深い顔立ち、低音の声などの「男らしさ」に関係するだけでなく、徒党を組んで競争を好み、支配欲や攻撃性を高めることは様々な研究で確認されています。
([[jumpuri:文春オンライン > https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190913-00013997-bunshun-soci]]参照)
2018年6月20日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号警視庁本部庁舎3階留置場
鷺宮女子高銃撃テロ事件では、姫乃の逃亡を手助けしようとした助手の原口を研究者としての本分と好奇心を理由に助長させたため、逃亡幇助と公務執行妨害の容疑で逮捕されてしまった藤本康臣。
其処へ、1人の男性が面会しに来た。だが、その体は包帯でぐるぐる巻きにされており、松葉杖も相まって痛々しそうである。
「大貫さん……でしたかな?生きておられましたか?」
「ええ、まあ……あなたの助手に殺されかけましたけどね」
そう、公安警察特務捜査課に所属していた刑事大貫賢は、姫乃と渚の逃亡を手助けした原口が運転する車に轢かれて重傷を負っていたのだ。
しかも、原口は鷺宮女子高銃撃テロ事件前日に姫乃の『女王』の『針』に刺されて『兵士』化していた。
「今日はその事で来たんですが……何度も理解したつもりだったんですが、どうも解らなくなってしまって……彼女達の……いや、『蜂』の目的は、一体何なんですか?」
藤本は静かに答えた。
「それはですな、ズバリ、理想の社会を作る事です。そのために最も効率的な方法が、社会寄生。スズメバチやミツバチなどの社会性蜂は、女王も兵士も全てがメス。彼女らにとって、オスは全く不要な存在であり、生涯たった1度の生殖活動を終えた後は、メスのみで単一的かつ非常に安定的な社会を作り上げます」
そのまま、藤本は蜂と人間を比較する。
「人類の作る不完全な[[rb:男性 > オス]]社会には、随所に[[rb:女性 > メス]]の存在があります。政治や軍隊などの中枢機構を男性が占めながら、家事や育児などの生活機構は、女性が占める分担制。しかも、それが時折入れ替わったりするという、それはそれで発展的とも取れますが……」
そして、藤本は人間社会そのものを否定するかの様な事を言い出し始めた。
「社会性生物としては落第点。人間社会は、その規模や機能性とは裏腹に、非常に脆く壊れやすい。『蜂』にとっては、まさにそこが付け目。社会形成に不可欠な少数の女性のみを支配下に置けば、最小限の変革のみで、全体を乗っ取る事ができる」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
[[rb:熊 > ベア]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]という流血必至の対戦に観客席のセレブ達が熱狂する中、陽湖が冷静に独白。
(15-24は、確かに有利な拠点。でもそれは、チームの連携があればの話よ。ひとりで立っても意味がない。[[rb:熊 > ベア]]が足止めしてる間に、私の駒が増援に向かえば……2対1。この場所は、確実に三門のものになる)
陽湖がクスッと笑いながら姫乃をチラ見する。
(もっとも、そうなるのは私が二手目を指す前に、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]と『兵士』共が殺されてなければの話だけどね)
そして、篠崎が熱狂している観客を煽る様に叫んだ。
「[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]][[rb:第一戦 > ファーストバウト]]![[rb:試合 > レディ]]……[[rb:開始 > ゴー]]!」
2018年6月20日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号警視庁本部庁舎3階留置場
が、藤本は、[[rb:熊 > ベア]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の勝敗結果を予言するかの様な言い分を、1年以上前から口にしていた。
「何故我々は、男と女に分かれているのか。その理由が解りますか?」
質問の意味が解らずに困惑する大貫。
「いえ……全く……」
「太古の昔、原始の生命は、配偶子を二極化する事で、繁殖力を高める方策を思いつきました。それが、精子と卵子です。ですが、巨大で複雑な機構を持つ卵子と単純で生産が容易い精子。どちらがより価値ある存在かは明らかであり、自然界は、常にオスよりメスを優位なものとして生み出してきました。[[jumpuri:オスよりもメスが大きい種も多く > https://www.youtube.com/watch?v=BuYLGVGCkfw]]、[[jumpuri:概して、生命力も強く寿命も長い > https://www.youtube.com/watch?v=xC--vbzSGhU]]」
此処で、藤本がまた人間と他の動物を比べた。
「しかし、人間の場合、オスの方が大きく力が強い。これが過ちの第一歩。おそらくは、狩猟と農耕とにその役割が分かれた事が発端なのでしょう。その後の進化の過程で、膂力の強いオスが社会の実権を握り、メスは社会の中核から外されていきました」
藤本は、また人間社会を否定した。
「[[rb:人間 > ヒト]]は進化に失敗した。遠からず亡びる運命にある事でしょう」
困惑する大貫を置き去りにして、藤本が持論を展開する。
「ハチは違います。完全なる社会を持つ彼女らは、産卵管を変質させた刺殺武器『針』の存在により、戦闘力において雌雄の差を決定的なものにしながら、2億年もの生存競争を生き抜きました。『ハチの世界』の常識で言えば、オスがメスに逆らうなど愚の骨頂。集団ならともかく、1対1で相対すれば……」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島崖エリア
「雌が雄に敗ける、理由が無い」
観客の盛り上がりに反して、[[rb:熊 > ベア]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]は一瞬で終わった。
すれ違いざまに攻撃する同士のぶつかり合いが発生してすぐに[[rb:熊 > ベア]]がKO敗けしたのだ。
「ナ……ナゼダ……マサカ、アノ時ノ一撃ダケデ、俺ノ技ヲ見切ッタノカ?」
「ま、完璧じゃないけどな。紙一重でこっちが殺られてた。それでも、牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
流血必至の戦闘が一瞬で終わったから観客がクールダウン……という事態を防ごうと篠崎が宇崎の大金星を称えた。
「なんと一撃![[rb:蜜獾 > ラーテル]]が[[rb:熊 > ベア]]を下したァーッ!」
一方……[[rb:熊 > ベア]]のプレイヤーが蒼褪めながら頭を抱えた。
「バ、バカな……私の[[rb:駒 > ベア]]が、一撃で……な、何なんだ、あの技は……」
が、そんな敗けプレイヤーを無視してモニターを睨む陽湖。
(フン。想定していたよりは、多少、厄介な相手みたいね……早めに片付けたい所だけど、戦況を考えれば、もう1人の仲間と合流するのが先ね)
今度は、姫乃に怒りと敵意の視線を送る陽湖。
(今に見てなさい。園藤姫乃、あんたの駒は、私の駒で完膚無きまでにブッ潰してやるわ!)
その一方、セレナが宇崎の決め台詞を嘲笑う。
「終わったな……これで確信になった」
フード娘は、何の事か判らず首を傾げた。
「確信?何の事だ?」
セレナはこう予見した。
「牙の鋭い方が勝つと言う勘違いに囚われている限り、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]は[[rb:兎 > ラビ]]には絶対に勝てない!」
フード娘は、自分の頭を指で突きながら反論する。
「あの[[rb:熊 > ベア]]に楽勝した奴が[[rb:兎 > ラビ]]にって、あんな[[rb:雑獣 > ザコ]]に何が出来るんだい?大丈夫?」
それを聞いたセレナが高笑いをした。
「な!?……何が可笑しいんだよ……?」
「ただ勝つのと最後まで生き延びるのとは別問題だ。相手の力量を見極め、無駄な争いを避ける。それが、常勝に生きる『勝者』の戦術だ」
フード娘が白目を剥きかけながらツッコミを入れる。
「それって……カッコ悪くねぇ?」
セレナが呆れながら答えた。
「それは、人間どもの歪な常識が産んだ勘違いよ。どんなに外見を馬鹿にされても、どんなに忌み嫌われても、絶滅せずに存在し続ける。それが……自然界における『勝利』の定義よ」
セレナがクスッと笑いながら姫乃を見た。
「だが、これはこれで好都合。あの[[rb:強者気取り > すくいようがない]][[rb:無謀 > バカ]]が、園藤姫乃の『女王』としての力量を測る良き試金石となろう」
そして、セレナが宇崎をまた侮り嘲笑った。
「ま、私なら[[rb:蜜獾 > ラーテル]]などと言う常敗のお荷物のプレイヤーなどお断りだがな」
第13話:横田大
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
宇崎が[[rb:熊 > ベア]]を一瞬で倒した頃、岡島は密林に迷い込んでしまい、困り果てていた。
「ヒトミ殿とウイ殿は大丈夫じゃろうか?じゃっどん、人の心配をしてる場合では無か。こげな密林の中でターン終了となれば、おい本来の力ば発揮できもはん。他の駒に狙われる前に、もっと広い―――」
残念ながら、岡島の背を斬撃の様な引っ掻きが襲った。
「お!?」
攻撃した相手である中西大河は、退屈そうに呟いた。
「フン。石田の[[rb:雑獣 > ザコ]]か。退屈な時間を過ごさねばならんのは、苦痛だな」
だが、岡島はタダで大河に勝利を譲る事を許さなかった。
「待つでごわんど」
大河は、振り返らずに後ろをチラ見した。
「噂通りの素速さでごわんど。じゃっどん、大した事はありもなん」
岡島は、獣化しながら立ち上がる。
「こげな程度なら、かわすまでも無か」
獣化した岡島の頭と手足は、カバそのものであった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
獣化した岡島の姿に、渚が岡島の力量を疑った。
「うわ!?弱そぉー……」
一方の川辺は、冷静に岡島が置かれた状況を分析して、困惑した。
「岡島さんも運が悪い」
「そりゃそうだ。カバなのにこんな猛獣だらけの大会に―――」
川辺は、渚の勘違いを真っ向から否定した。
「カバって、ゆったりした動きから穏和で動きの鈍い印象があるけど、陸を時速50㎞で走るし、厚さ3~4㎝の皮膚と4~7㎝の皮下脂肪を持ってるし、カバの下顎の牙は50㎝以上もあるから、下手になめてかかると骨を折られて死ぬよ」
カバの予想外の強さに驚く渚。
「そんなに凄いのカバって?」
でも、川辺は緊張の色を隠さない。
「普通に戦えば、虎がカバに勝つ事なんてありえない……けど」
川辺の台詞に、渚が再び不安になる。
「けどって何だよけどって?」
川辺は、悔しそうに言い放った。
「……密林でカバと戦えば……虎にも勝ち目が有るかもしれないんだ!」
「えぇ!?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
岡島も、密林で虎と遭った事がどれだけ不幸かを自覚していた。
(強がってはみたものの、攻撃が全く見えもはん。さすがは前回優勝者。このままでは……)
と、思いきや、岡島にとっては嬉しい誤算が発生した。
「なるほどね。やたらこのマスに駒が集められてると思えば、そういう事か」
[[jumpuri:あの時の眼鏡男 > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11596984#3]]が枝の上で高みの見物をしていたのだ。
「随分と恐れられてるみたいだね?[[rb:虎 > ティガ]]」
(み、三門財閥の[[rb:獣闘士 > ブルート]])
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
あの眼鏡が[[rb:獣闘士 > ブルート]]である事は、ある程度読めていた渚。
(宇崎のバカがアイツを攻撃した時、アイツは何食わぬ顔で枝に飛び移ったから、普通じゃないと思っていたが……)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
岡島の嬉しい誤算は、これだけではなかった。
「三門・石田・角供が組んで八菱を潰す共闘作戦……姑息なプレイヤーの考えそうな事だ」
岡島の横顔が、心なしか嬉しそうに見えた。
(角供財閥の[[rb:獣闘士 > ブルート]]まで……なるほど。3対1なら、さすがの[[rb:虎 > ティガ]]といえど……)
で、その角供財閥の[[rb:獣闘士 > ブルート]]が不敵に笑う。
「別に、俺1人で十分だがな」
([[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:虎 > ティガ]]。普通なら、おいの手に負える相手ではありもはん。じゃっどん、3対1。この状況なら、いかに[[rb:虎 > ティガ]]とて……)
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
否応にも盛り上がる状況に、篠崎が更にハイテンションになる。
「SHOWDOWN!いきなりの乱戦!1つのマスに4つのコマが集結。前大会の優勝者で今大会の大本命!八菱財閥[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:虎 > ティガ]]に対し、三門、角供、石田、三者が手を組み、3対1で、一気に潰す気だああああ!」
大河のプレイヤーである品田が呆れ気味に言い放つ。
「やれやれ。すっかり邪魔者扱いだな」
それに対し、三門物産執行役員の増田と角供生命常任顧問である横田が、悪びれる事無く言い放つ。
「悪く思わないでくださいよ。こっちも必死なんでね」
「そう。これも強者の宿命ってヤツですよ」
品田が堂々とした態度で言い返す。
「分かってるさ。甘んじて受けよう」
陽湖は、あまりにも白々しい展開に呆れた。
(何が共闘戦線よ。プレイヤーは、何のメリットも無く協力なんかしない。各々に別の思惑がある筈。特に……)
横田をチラ見する陽湖。
(角供財閥のプレイヤーは、要注意ね)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
眼鏡男がいきなり木の枝から飛び降りた。
これは、岡島にとっては予想外であった。あの立ち位置からして、これから大河がやろうとしている3連戦のアンカーとなるかと思われた人物が、しゃしゃり出て来て先鋒をやりたいと言ってきたからだ。
「さてと。そんじゃ、僕から行こうかな。[[rb:虎 > ティガ]]とは、是非1度闘ってみたかったんだよね」
だが、角供派の[[rb:獣闘士 > ブルート]]がそれを遮る。
「お前らは手を出すな。こいつは、俺が殺る」
岡島は、このやり取りに驚き唖然としていた。
(こ、この2人も只者ではなか。あの[[rb:虎 > ティガ]]を1人で倒すつもりでごわんど)
眼鏡男は、あっさりと先鋒を譲った。
「ふうん。別にいいけどさ、あんた1人で大丈夫?大分不利だと思うけど、立地的に考えて……」
「黙れ。邪魔をするなら、まずは、貴様を殺る」
角供派の[[rb:獣闘士 > ブルート]]である椎名竜次が獣化した。
その姿は、二足歩行するワニと言った感じなのだが……
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
川辺は、椎名の獣化を見て違和感を覚えた。
「あれ?」
二足歩行するワニにしては[[rb:何か足りない > ・・・・・・]]気がしたのだ。
「あれ……ワニぃ……だよね?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
椎名の挑発に対し、眼鏡男がわざとらしく驚く。
「おー、怖ッ。それじゃ、お手並み拝見といこうか。[[rb:河馬 > ヒポ]]」
「う、うむ……」
椎名と眼鏡男のやり取りに入れずに空返事が限界の岡島であった。
その間、ただ待っていただけの大河に、椎名が遂に飛び掛かった。
「さあ、魅せてもらおうか……地獄って奴をな!」
椎名が飛び掛かりながら噛みつこうとするが、大河がそれをバックステップで躱し、椎名が立て続けに裏拳を繰り出すも、大河はジャンプで楽々と回避してしまう。
だが、ジャンプの隙を衝く様に極太の腕が大河の腹を思いっきり殴った。
予定外の援護に、椎名が不快になる。
「オイ。手出しするなと言った筈だが、どういうつもりだ?」
あの眼鏡男……三門派の[[rb:獣闘士 > ブルート]]である矢部正太の腕が、まるでゴリラの様に肥大化していた。
「いやー……なんかまどろっこしくてね」
椎名が更に不快になる中、矢部が椎名に関する疑問を口にした。
「ダメだよ。闘うなら、本気でないと。半端じゃ、[[rb:虎 > ティガ]]に失礼でしょ。それとも……何か裏がある。とか?」
矢部もまた、川辺と同様に二足歩行するワニにしては[[rb:何か足りない > ・・・・・・]]気がしたのだ。
「貴様―――」
椎名が何かを言いかけたが、大河がそれを遮った。
「気にするな」
大河が矢部の顔面をジャンプ台代わりにして跳びあがり、そのまま木々を飛び移り続けながら椎名と岡島を翻弄する。
「な!?こ、これは一体!?」
岡島が大河を発見した時にはもう遅く、大河に思いっきり引っ掻かれた椎名が身体を前方に1回転させながらうつ伏せに倒れた。
「お前ら[[rb:雑獣 > ザコ]]の本気など、全く興味が無い」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「圧倒的!まさに圧倒的!目にも止まらぬ[[rb:虎 > ティガ]]の攻撃で、[[rb:鰐 > クロコダイル]]と[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]の両名がダウゥゥゥゥン!」
あまりにあっけない展開に、渚が驚いた。
「早ッ!これが……密林なら、虎でもカバに勝てるかもしれないって言った理由かよ!?」
川辺が悔しそうに頷いた。
「……ええ」
トラは、世界最大の猫科猛獣である。
最大種は体長3m、体重300kgに達する巨躯でありながら、瞬発力と柔軟性を兼ね備え、特に、密林においては無敵の強さを誇る。
樹木が茂り足場の悪い地で虎に見つかれば、奇襲を防ぐ事はおろか動きを捉える事も不可能。
気が付いた時には、急所を切り裂かれ、屍となって地に伏すのみである。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島崖エリア
[[rb:熊 > ベア]]を早々と倒して手暇となった宇崎。
「なるほど。このマスにいりゃ、1㎞先まで見渡せる。確かに有利。ここをウロウロしてりゃ楽勝だな」
だが、好戦的な性格の宇崎が安全策を素直に受け入れるとは思えない。
「でも、やっぱそうはいかねえよな」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
岡島は困惑した。
自分を含めた四つ巴の戦いの筈が、終わってみれば大河と自身との力の差をまざまざと見せられる結果になってしまったからだ。
(こげなこっが![[rb:鰐 > クロコダイル]]と[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]が一瞬で……3対1なら勝てるなどと、とんでもなか。密林の[[rb:虎 > ティガ]]がまさかこれほどとは……)
そうこうしている内に、岡島と大河の目が合ってしまった。
「そうか……もう1匹いたか……」
(ハッキリ言って、勝ち目は無か)
岡島は、覚悟を決めて四つん這いになりながら突撃のチャンスを窺った。
(じゃっどん、只では死にもはん!)
しかし……
「駒の移動が確認されました。3分以内に南方向のマスに進んでください」
大河に下った移動命令に、自身の敗けを確信していた岡島にとっては信じられないと言った感じであった。
(駒を動かした!?バカな!?この圧倒的に有利な状況で、一体何故!?)
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
岡島は知る由もなかったが、有利な状況なのは大河だけではなかったのだ。
品田が苦虫を噛み潰したような顔で盤面を見ていたので、渚が首を傾げた。
(何だ?あのおっさん、画面を一切観ないで盤面ばかり……)
品田がしかめっ面になるのも無理は無い。
別の八菱財閥の駒が、角供財閥の駒に挟まれそうになっていたのだ。
観客席のセレナが品田の苦悩を嘲笑う。
「悩んでるな?見捨てるか……いや!見捨てきれるかな?」
それを聞いたフード娘が苦笑する。
「小を捨てて大を救う……ってか?怖いねぇ!」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
で、結局、品田は駒の移動を選択したが、それこそ角供財閥の思う壺である。
「この時を待ってたぜぇ!」
椎名が大河の左足に噛みついたのである。
(バカな!?なぜ動ける?さっきの一撃は、確実に致命傷を与えたはず!?)
予想外の展開に困惑する大河だが、置かれた状況は、大河が考えているよりもっと深刻であった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
大河の左足が未だに千切れていない事に違和感を感じ……横田の性悪さに寒気を感じる川辺。
「まさか……確か、駒の動きに合わせて本人が動かないと、首輪が爆発する筈!貴っ……様ぁー!」
当の横田は悪びれもせずに品田に言い放つ。
「フフ、正攻法では敵いませんからね、搦め手を使わせてもらいましたよ」
それに対し、他のプレイヤーも観客も只々笑うのみであった。
「ハハハ、こうなっては、さすがの[[rb:虎 > ティガ]]もおしまいですな」
「まったくです」
場の性悪さに嫌気がさす渚。
(何なんだこいつら!?自分の采配で人が死ぬって言うのに、よくそんなに愉しそうに笑えるな!?)
そして、姫乃をチラ見する渚。
(やっぱ……姫乃を此処に連れ込んだのは間違いだったぜ!)
そんな中、姫乃のスマホが鳴った。
「はい」
そんな姫乃の様子を楽しげに観る一同。
「さて、『女王』陛下はどう動きますかな?」
んで、陽湖が姫乃を嘲笑う様に独白。
(ふん。結局、アンタが状況説明と言う名の誘導尋問をして、自分の思い通りに駒を動かすんでしょ?アンタも、他のプレイヤーと変わらないのよ園藤姫乃!)
だが、
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
角供財閥の卑劣な作戦のせいで動けない大河の姿を木の影に隠れながら観ていた矢部。
実は、大河に顔面を蹴られる際に、バックステップしてダメージを最小限に抑えていたのだ。
(なるほど……流石は角供だ。実力で……とはいかないか?)
角供財閥の卑劣さを嘲笑う矢部であったが、彼もまた、他人事ではなくなっていた。
「駒の移動が確認されました。3分以内に西方向のマスに進んでください」
突然の首輪の指示に、困惑しながら大河と椎名の様子を窺う矢部。
(道草を食ってないで、さっさと城戸と合流しろって事か?けど……)
矢部と椎名の目が合ってしまった。
「……やっぱり……さっきのアナウンス……聞かれて……た?」
椎名は、大河の左足に噛み付いた状態のまま大河を振り回して矢部にぶつけようとしていた。
(フフフ……どうだ!?[[rb:鰐 > クロコダイル]]の咬合力は、1.7t!地上最強だぜ!1度喰らい付けば、この程度の振り回し程度じゃ放さないぜ!)
椎名の攻撃を1度は躱すが、振り回される大河に目が行き過ぎて、椎名の尻尾による打撃をもろに食らってまた失神する矢部。
ワニの尾は、巨大な殴打武器である。
それ自体が巨大な筋肉の塊であり、尾の力のみで時速30㎞もの速度で泳ぎ、垂直に飛び上がる事が可能。
表面は強靭な皮革質で覆われ、「皮骨」と呼ばれるスパイクが並び、その威容は中世のメイスを彷彿とさせる。
事実、川岸で水を飲んでいた三頭のライオンが、ナイルワニの尾の一撃で水中に叩き込まれて餌食となった記録もある。
(これで、[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]も今度こそ終わりだな?2人共、首輪の爆発で本物の地獄へ行けぇーーーーー!)
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
矢部と大河が窮地の中、陽湖と増田が大声で揉めていた。
「お嬢様が[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]を動かせって言うからこうなってしまったのですぞ!」
「黙れ!能書きを言っている暇が有ったら、早く[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]に[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の足止めをさせなさい!」
「それをやらせろと言った途端に、角供の罠に嵌ったんですぞ!」
「いいから早くしろ![[rb:穿山甲 > パンゴリン]]さえ残っていれば、こっちはいくらでも逆転できる!でも、[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]を失ったら、その時点で三門は負けなのよ!」
「ちょっと!?それじゃあ、私は何なんですか!?ただの数合わせと言う御心算ですか!?」
それを観ていた渚が嬉しそうに高笑い。
「はははははは!アーハハハハハハ!」
「何が可笑しいの!?元を辿れば、あんた達が余計な事をしたからでしょ?」
嫌な予感がした姫乃が後ろを振り返ると、渚の顔が姫乃に対して悪質非道ないじめをしていた頃に戻っていた。
「何がプレイヤーだよ偉そうに。所詮は、現場の事を何も知らない癖に上から目線で指示を出す邪魔者じゃないかよ」
それを聞いた横田がクスッと笑い、一方の品田は人の事が言えずに困ってしまった。
それは流石に言い過ぎだと思った姫乃が渚に注意を促そうとするが、岡島のプレイヤーで株式会社ソンバンク代表取締役夫人である尊聖羅が姫乃に進言する。
「まあ、渚さんについては、そのくらいは大目に見てやって貰えます。この場の非人道的な空気に嫌気がさしてたみたいなんで」
確かに、[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]のプレイヤーの性格は、ハッキリ言って善人とは言い難い。けど、それをプレイヤーである筈の尊夫人が言うとは……
セレナもまた、陽湖と増田の口論を観て、拍手しながら大笑い。
「だーハハハハハ!」
それに対し、フード娘が皮肉を言う。
「つまり、アンタは四大財閥を過小評価した訳だ?あいつ等なんて……『その程度か』と」
セレナが鼻で笑った。
「フッ!ま、例のルールを聴いた時からそんな気がしていたけど、あいつ等は忠誠の意味を履き違えている。あ奴らは、下に『上に利益をもたらす』を超えるモノを求め過ぎた。正に、姫乃の『兵士』が言う『上から目線で指示を出す無知な邪魔者』よ!」
セレナが勝ちを確信したかの様に微笑んだ。
第14話:岡島壱之助
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島崖エリア
姫乃の命で宇崎に同行する『兵士』達は、電話での姫乃と宇崎のやり取りの短さに驚いた。
「姫乃様って、こいつにちゃんと状況説明した?」
「いや、あいつが一方的に話を進めて終わりだったと思う」
別のスマホに姫乃からの連絡が入り、ダイズの都合上、宇崎の行きたい所に1マス足りないと告げられた。
「宇崎……アンタは何処へ行こうとしてるのよ?」
宇崎が南を見ながら言う。
「気になる奴を見つけてな」
短絡的過ぎる理由に絶句する『兵士』達。
ラーテルは、非常に好奇心の強い動物である。
少しでも興味を惹くものがあれば、危険を一切顧みず、どこまでも追いかけていくため、ナワバリの範囲は実に700㎢以上。これは、他種アナグマの約20倍に相当する。
ミツオシエと呼ばれる鳥は、この性質を利用し、ミツバチの巣を発見すると、けたたましい鳴き声でラーテルの注意を自分に向けさせ、現地まで誘導。ハチミツを掘らせおこぼれに与るという共生関係が成立している。
即ち、ラーテルの恐れ知らずの性質は、強固な攻撃性のみならず、どんな状況にも順応し、己が利を見出すという、柔軟性をも生んでいるのである。
とは言え、必要な説明はしっかりとしないといけないのである。
「残念だけど、直ぐにはそいつに会えないよ」
「何でよ?」
「姫乃様が振ったダイズのせいだよ。今回は5マスしか進めないから」
宇崎は思った程落胆しなかった。
「なに。ここまで近づけば、相手だって気付くだろ?そちらさんから出向いてくれるさ」
だが、『兵士』達はそうは思えなかった。
「もし、そいつを動かしているプレイヤーが、アンタとの戦いを嫌がってるとしたら?」
改めて[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]における[[rb:獣闘士 > ブルート]]の不自由さに頭を抱える宇崎。
「かー!めんどくせー!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
一方、宇崎が向かっている先にいる[[rb:獣闘士 > ブルート]]について、観客達が首を傾げていた。
「城戸……あれは何の獣人でしたかな?」
「私も詳しくは知らないのですが、何でも彼の[[rb:経歴 > キャリア]]は1戦のみ。それもごく1部の出資者しか観ていないとか……」
川辺が観客に歩み寄る。
「どういう事?本当に何も知らないの?」
「知らんよ。こっちが訊きたいぐらいだよ」
『針』で脅してでも城戸について訊き出そうと考えた川辺であったが、観客達のあの様子では、本当に何も知らない様である。
尋問を諦めて姫乃に左横に戻ろうとした川辺であったが、
「あたし知ってるよぉー」
「えぇー!?」
観客達が一斉にフード娘の方を向いた。
ただ、渚だけは別の意味でフード娘の方を向いた。
(嘘だろ!?あの声は!)
フード娘が城戸について簡単に説明する。
「あいつは[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]って言うんだ。んで、戦い方があまりにも凄惨で強過ぎるから出禁食らってるよぉー」
「えぇー!?」
たった1戦で出場停止になる程の強さと危険性を持つ城戸への興味が俄然湧く観客達。
だが、陽湖は宇崎VS城戸と言う状況を避けるかの様な行動を執り始めた。
(くそ!アイツは何者よ!?あの場所じゃ、城戸は本気を出せないのにぃー!)
陽湖が増田に目で合図するが、それだと矢部が椎名の罠に嵌った大河の二の舞になると思って拒否した。
「お嬢様、それは流石に―――」
だが、増田の要求は受け入れられなかった。
「何か、問題でも?」
その結果が[[jumpuri:あの口論 > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11752479#4]]である。
一方、岡島を無視する形になった姫乃達を挑発する横田。
「よろしいのですかな?このままでは、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]の秘密のベールをはがす為の生贄になりますが?それでは、敵に塩を送る様なものだ」
陽湖は直ぐに気が付いた。この挑発の真の意図が、ルールを利用した大河抹殺を邪魔させない為のものだと。
(よせ!挑発に乗るな!そのままさっさと[[rb:河馬 > ヒポポタマス]]の所に行けえぇーーーーー!)
だが、陽湖の望みは叶わなかった。
「進路変更はしません。そのまま城戸さんの許に向かわせます」
(バカ!よせ!角供の思う壺よ!)
篠崎が姫乃の意思を再確認する。
「『指示変更はしない』。という事は、このまま駒を移動させて[[rb:蜜獾 > ラーテル]]VS[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]に移行という事で、よろしいですね?」
(良い訳無いでしょ!角供が得するだけよ!)
陽湖の独白は、姫乃には気付かれずに無視された。
「は……はい」
姫乃は、両拳を握り締め、決意を目に宿らせながら堂々と言い放った。
「宇崎さんの意思と私の責任において、宇崎さんに城戸さんと戦わせます」
笑いを必死に我慢しながら再び姫乃に訊ねる横田。
「本当に宜しいので?これで[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が敗れ去れば、損をするのは石田だけだと思いますけどね?」
陽湖が横田に怒りの視線を送る。
(何が『石田だけ』よ!?白々しい!というか、その程度の心理戦すら理解できないっていうのアンタ!?)
姫乃が静かに語る。
「元々私は、唯のいじめられっ子で、『女王』だとか言われて崇め奉られる様な人間ではないんです。だから……」
姫乃は、一呼吸おいてからハッキリと自分の意志を告げた。
「この戦いにおいては、可能な限り宇崎さんに自由を与えたいんです。それだけは、絶対に曲げません!」
スズメバチの狩りは、ミツバチの様に「ダンスで蜜の在り処を知らせる」などの情報伝達システムを必要とせず、働き蜂1匹1匹のその場の判断により自由に行われる。
そのため、獲物の種別は多岐に渡り、小型・大型昆虫から熊や人間などの脊椎動物まで、何を攻撃対象とするかは、個々の裁量により大きく異なる。
尊夫人は、『蜂』がなぜ園藤姫乃を選んだかを正しく理解した。
(フフ、面白い。一見してその態度は、無為無策の現実逃避としか思えない。だが、全てを他人に委ねるなど、並の神経でできる事ではない。即ち、命懸けの他力本願。それが園藤姫乃の真骨頂という訳か)
尊夫人が稲葉初のプレイヤーである岡電気工業株式会社営業部長大野修に目で合図を送り、大野が嬉々として頷いた。
[newpage]
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
一方、大河VS椎名が最終局面を迎えていた。
(こ、こいつ!?)
大河が椎名に左足を噛まれたまま椎名の背中にしがみ付いたのだ。
「地獄には、貴様も同伴だ」
更に、大河がダメ押しの挑発を加える。
「この程度で放すなよ?ここで命惜しさに俺を解放したなら、貴様はもはや獣ではない。拗けた性根が異様となって表れただけの[[rb:人間 > ヒト]]に過ぎない。俺を斃したくば、1匹の獣となれ!」
(クク……それがどうした?この程度の事で、俺がてめえを放すとでも?)
だが、岡島だけは大河の持論を否定して、それを言動で表した。
先ずは、椎名の攻撃で脳震盪を起こした矢部をビンタで叩き起こし、矢部の文句を無視してに渾身の体当たりを椎名に見舞って大河を解放したのだ。
「何をしちょう!早くこのマスから出んと、首輪が爆発しておはん達も只では済みもはん!」
岡島の忠告通り、首輪が大河と矢部の移動を催促していた。
「最終警告です。爆発まで残り20秒。カウントダウンを開始します」
「行けえぇー!」
大河も矢部も、岡島や椎名への攻撃を諦めて移動を開始した。
「10、9、8、7」
椎名が慌てて大河に噛み付こうとした。だが、
「おまはんは、行かさんと!」
岡島にしがみ付かれて噛み付きが空振りに終わってしまった。
「おい!?」
注意深く周囲の音を確認し、爆発音が聞こえない事に安堵する岡島。
「爆発音は……無か。どうやら[[rb:虎 > ティガ]]も[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]も間に合った様でごわんど」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「おーーーっと!これは意外![[rb:虎 > ティガ]]VS[[rb:鰐 > クロコダイル]]!両者爆死の寸前で、[[rb:河馬 > ヒポポタマス]]が乱入ゥーーーーー!必殺の体当たりが[[rb:鰐 > クロコダイル]]を直撃!罠に堕ちた[[rb:虎 > ティガ]]を死の呪縛から解き放ったァーーーーー!」
それを観た尊夫人が大満足。
「そう。それでいいのよ[[rb:河馬 > ヒポ]]」
一方の横田は舌打ちをする。
「これは意外でした。[[rb:鰐 > クロコダイル]]と[[rb:虎 > ティガ]]の共倒れは、石田にとっても有益だと思ったんですがね」
が、尊夫人は意に返さない。
「ご忠告、痛み入るわ。でも、勝負より、大切な事があるんじゃない?」
そして、渚と品田が白々しい事を言った。
「マジかよ。ソンバンユーザーになるわ」
「私にとっては嬉しい誤算だ。序盤で駒を失うのは退屈だからね」
それを聞いてあからさまに嫌そうな顔をする横田であった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
知らず知らずの内に椎名にヘッドロックを見舞う形となった岡島は、尊夫人とのある約束を思い出していた。
2016年3月11日 尊正義邸庭園
尊夫人が岡島に質問をしていた。
「勝利と命。この2つを天秤にかけられたなら、お前ならどっちを優先します?」
岡島は、土下座しながら宣言した。
「奥方様。おいの様な者に大金を与えてくださり、母と妹を救って頂いた恩義、忘れた事はありもはん。この岡島壱之助、命を惜しまず勝利をつかみもす」
だが、尊夫人はそれを否定する。
「それでは駄目!獣人とは、成功率の低い獣化手術に挑み勝ち残った者。私達が投資するのは、その『価値ある命』に対してよ」
岡島は返す言葉が無かった。
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]たる者、何よりも命大事と知りなさい」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
(分かっておりもす奥方様。この岡島、獣となりても士道を見失う事はありもはん。勝つ事だけに拘って価値ある命を軽々に捨てるは、[[rb:獣闘士 > ブルート]]の恥!)
だが、岡島のヘッドロックを食らっていた椎名が、岡島の脇腹に左腕を突き刺した。
「ぬ!?ぐうッ……がッ……」
「覚悟はできてんだろうなカバ野郎!舐めたマネをしやがって!」
椎名が尻尾で殴打して岡島を吹き飛ばす。
(つ……強か。本気の[[rb:鰐 > クロコダイル]]がこれ程とは……[[rb:虎 > ティガ]]に対して、『1人で充分』と言ったのも、驕りやハッタリでは無か)
だが、岡島は強がって持論を口にする。
「おはんらの覚悟は、まっこ見事でごわんど。じゃっどん、獣とて命は惜しむもの。いくらルール無用とは言え、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は自殺ショーでは無か!」
その言葉が、椎名の怒りを更に煽った。
「ふざけるなあぁ!」
其処へ、岡島への指示が出る。
「駒の移動が確認されました。3分以内に北方向のマスに進んで下さい」
「行かすかぁ!お前は死んどけえぇー!」
が、岡島はいきなり消えた。まるで落とし穴に落ちたかの様に。
「チッ!まあ良い……それよりも[[rb:虎 > ティガ]]だ。アイツだけは絶対に殺す!」
大河を追おうとする椎名だが、
「警告します。現在、指定されたマスの外にいます。2分以内に引き返してください」
椎名の怒りが頂点に達した。
「ぐがあぁーーーーー!くっそっがあぁーーーーー!」
怒りが収まらない椎名は、冷静さを失って周囲の木々を次々と攻撃した。
「うがあぁーーーーー!ふざけるなあぁーーーーー!」
[newpage]
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
横田にはまだ、大河を斃す手が残っていた。
「まだまだ、安堵には早いのではないですかな?」
品田は知っていた。エルザが未だに角供財閥の[[rb:獣闘士 > ブルート]]2人に囲まれている事を。
「解説者の方。密林での[[rb:虎 > ティガ]]の戦いに気を取られて、他の戦いの解説を疎かにしていませんか?」
だが、それでも品田は安堵した。
「その言葉……そっくりそのまま君に返すよ」
品田に促されて盤面を視た横田は驚愕した。
(なっ!?例のマスにいる駒の数が……増えてる!?)
そうこうしている内に、モニターに廃墟エリアの様子が映し出された。
そしてこれが……椎名が怒り狂った状態で待ちぼうけを食わされる原因となった。
「ば……馬鹿なぁ!?あの[[rb:守宮 > ゲッコー]]が……膝をついて苦しんでいるううぅー!?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
風間楓は、自らの欲情に苦しんでいた。
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]序盤での彼女の役目は、同チーム所属の大沼電と組んでエルザを追い詰め、大河のプレイヤーである品田の判断ミスを誘発し、大河を爆死させる事であった。
そして、その目論見は、大河どころかエルザの命すら奪いかけた。
だが、何故か彼女は、この大事な時に、あろう事か発情してしまったのだ。
乳首は勃起して尖り、股間は雄を受け入れる為に濡れ始めたのだ。
彼女は、慌てて両腕で胸と股間を隠すが、それが仇となり、幅広の帽子を被る女性に後頭部を踏まれてしまった。
「思う存分愉しみなさい。肉欲こそが生命の本質。獣の本能。それに比べたら……戦闘なんて前戯みたいなものよ!」
ジャコウネコ。
猫よりイタチに近い風貌を持つこの動物は、約5600万年前から始まる始新世に出現し、今なお、原始的形質を色濃く残す猫の祖先。
その最大の特徴は、芳香。
体内で生成される香りの主成分は、シベトンと呼ばれる性的興奮を促す化学物質。
即ち、強力な催淫効果を持つ媚薬である。
これは遥か古代、哺乳類台頭の黎明期より強い繁殖力を求めたが故に獲得され、ネコ科動物の進化の礎を築くに至った、由緒正しい生存戦略。
この効能は凄まじく、ローマの英傑を次々と篭絡して繁栄を極めた、古代エジプトのクレオパトラ7世も、この物質を全身に塗り行為に及んだと伝えられている。
「[[rb:八菱 > わたしたち]]はハナから[[rb:角供 > あなたたち]]がくせーと思っていた!もっと言えば、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のルールを利用して戦局を優位に進めようとしている事まで読んでいた![[rb:狩猟豹 > チーター]]をわざと見捨てたのは、[[rb:角供 > あなたたち]]を油断させ自惚れさせて[[rb:霊猫包香 > シベトンラップ]]散布の時間を稼いだのさ。私の方が、一枚上手だった様ねえええええ!」
風間は、悔しそうに見上げた。
「うぬぬうう……!そ……その面でそこまで計算していたのかあぁぁ!この風間、一生の不覚!」
帽子の女性は、風間の後頭部を踏むのをやめると、風間の下顎に膝蹴りを見舞った。
「フフ……今度はこっちの番ね?生物である以上、性欲には抗えない。情欲を支配する者が真の強者。クレオパトラも言ったわ。『国を支配するのは男。でも、男を支配するのは私』ってね。ウフフ」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
横田は、椎名をどう動かして良いのか解らなくなってしまった。
(もはや[[rb:守宮 > ゲッコー]]は使い物にならん!かと言って、八菱の駒3人が一点に集中すれば、今度こそ[[rb:虎 > ティガ]]を殺せなくなる!?どうしたら良いんだあぁーーーーー!?)
そして……あろう事か自分の[[rb:番 > ターン]]をパスしてしまった。
この行為が、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]最終盤を大いに盛り上げる行為だとも気が付かずに。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
ただ、八つ当たりの相手を欲した椎名にとっては、とてもつらい指示であった。
「うがああぁーーーーー!何故だあぁーーーー!なぜ俺は、[[rb:虎 > ティガ]]を追えないいぃーーーーー!?」
そして、椎名は怒り過ぎてトランス状態に堕ちてしまった。
そのうち椎名は、激怒をやめる事と考えるのをやめた。
[newpage]
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島池エリア
一方、突然椎名の前から姿を消した岡島は、何者かが掘った坑道の中を滑り落ちていた。
「おおおおおおおおおおおおお!」
そして、運良く尊夫人が指定したマスに到着した。
「む……ぐむゥー……危ないところでごわした……」
其処へ、1人の気弱そうな少女が岡島に話し掛けた。
「あ、あのぉ……遅れてすみません。作戦どおり隣のマスまでは来てたんですけど、穴を掘りはじめたらなんだか楽しくなってきちゃって」
「お……おはんらしかと……」
獣人[[rb:兎 > ラビ]](本名:稲葉初)の言葉に呆れてはいたが、椎名に手古摺ったのが仇になったのか岡島はもう限界だった。
「これ以上は身動きできもはん……じゃっで、おいは一旦こんエリアで身を隠して態勢を立て直しもす」
「あ!じゃあ私が囮になって時間稼ぎします。よぉーし!やっちゃうぞー♪」
そう言いながら、稲葉は自身が掘った坑道の中へと消えた。
(穴掘りをしたかだけやろう……)
とは言ったものの、既に限界である岡島が出来る事は、宇崎と稲葉に希望を託すのみであった。
(ヒトミ殿、ウイ殿、申し訳なか……おいは、もう駄目でごわす……後は……頼みもす……)
こうして、岡島は眠る様に敗北した。
命に別状はないとは言え、岡島の[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]は、ここで終わった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島草原エリア
椎名の罠から逃れた矢部は、同チームのメンバーである城戸を探している。
「[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の基本戦略は、仲間の駒と合流。城戸と僕が合流した時点で、この[[rb:牙闘 > ゲーム]]は終了。三門の勝利と―――」
だが、矢部と合流してしまったのは、宇崎と宇崎と行動を共にしていた『兵士』達であった。
(な!?鷺宮女子!?何でこいつらがこんな所に!?)
待ちぼうけを食わされた宇崎が嬉々として矢部に近付いた。
「城戸のプレイヤーが臆病なヘタレだから、丁度退屈していた所なんだよ……」
矢部が汗だくになりながら困惑した。
([[rb:蜜獾 > ラーテル]]も城戸を探しているだと?……園藤め![[rb:蜜獾 > ラーテル]]に城戸の[[rb:禁忌 > タブー]]を犯させる気かぁー!?)
「さあ……始めようぜ!『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』を!」
第15話:安達瑞
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「ウプ!」
岡島VS椎名の最中に、リスの様に両頬を膨らませながら出て行く鷺宮女子高生徒を発見したフード娘がその後を追った。
だが、セレナがフード娘に声を掛けた。
「良いのか?[[rb:蜜獾 > ラーテル]]VS[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]を見逃して」
フード娘はクスッと笑った。
「……私が言った[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]に関する情報は、全て本当だ。けど、アレは三門を陥れる為の……罠だ」
セレナが何も言わなかったので、フード娘が釘を刺した。
「それより……『[[rb:八菱 > われわれ]]には、『蜂』の[[rb:天敵 > ・・]]と戦うための準備があります』って唾……[[rb:八菱 > わたしたち]]に飲ませんなよ?」
セレナがクールに答えた。
「当然だ。『蜂』の支配に仇為すなら、八菱とて無事とは言えんぞ?」
フード娘はクスッと笑った。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』女子トイレ
鷺宮女子高生徒が嘔吐していた。
「うるぶえええッ!おるぶォげええええええッ!」
鷺宮女子高生徒が息切れ状態で悪態を吐いていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……くそ。何だよさっきの茶番はよぉー……まったく、反吐が出るぜ……」
フード娘が、楽しそうに岡島の物真似をした。
「勝つ事だけに拘って価値ある命を軽々に捨てるは、[[rb:獣闘士 > ブルート]]の恥!」
鷺宮女子高生徒が岡島VS椎名を思い出して、またリスの様に両頬を膨らませて嘔吐した。
「ウプ!……ぶェ!オエエエエ!」
フード娘が大声で嘲笑った。
「ははははは!最近の鷺宮女子高にしては面白い性格してるなお前!?他に嘔吐出来る場面は沢山あったのに、まさか岡島で吐くとはな!」
嘔吐し過ぎて息切れがしている鷺宮女子高生徒がフード娘に悪態を吐いた。
「ハァ、ハァ、ハァ……ふざけんなよ!散々血生臭い事をしておきながら、今更綺麗事を吐くあいつ等の面の厚さが気に入らねぇんだよ!」
鷺宮女子高生徒の言い分を、呆れながら嘲笑うフード娘。
「ひどいな。私ら[[rb:獣闘士 > ブルート]]全員が[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の様な無鉄砲だと思ったか?失敬な」
そして、鷺宮女子高生徒の嘔吐の原因を口にするフード娘。
「善意アレルギー患者。ある程度以上の好意や親切など善意から来る無償の奉仕を受けると、自律神経を失調し突如目眩や吐き気に襲われる悪辣異常体質」
フード娘の眼光が鋭くなる。
「日常生活が不可能になる程の人間不信が、最近の鷺宮女子高に何しに来やがった?……安達瑞!」
安達が本名を言い当てられて危機感を懐く。
「お前の母親である安達瑠至亜は『兵士』……だったか?」
「……てめぇ、何勝手に人の事調べてやがんだよ。変態ヤンキー」
「ははは!確かにヤンキーの方は人の事は言えねぇが、変態は余計だろ?」
フード娘がクスッと微笑んだ。
「それに、てめぇの弱点は既に観たぞ?」
「あっ!?」
フード娘が、楽しそうに岡島の物真似をした。
「獣とて命は惜しむもの。いくらルール無用とは言え、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は自殺ショーでは無か!」
フード娘は、安達が吐いた嘔吐物が放つ刺激臭に耐えながら、楽しそうに大笑いをした。
「遊ぶなーーーーーっ!」
フード娘が邪な微笑みを浮かべながら安達に近付く。
「お前がここにいるのも、母親が務めるバーの常連に頼んでか?何だかんだで、お前は未だに親の力を必要としている赤子よ。ま、その点も含めて昔の鷺宮女子高らしい生き様だな」
フード娘の不気味さに困惑する安達。
「な!?……何なんだよ!?てめぇは!?」
安達が慌ててスタンガンを取り出すが、フード娘は楽しそうに嘲笑う。
「しかも、まだ『兵士』に昇格していなかったか!?」
安達瑞は、母親からの愛を全く受けずに育った。
母親の名は安達瑠至亜。
銀座の高級クラブに勤める人気ホステスで彼女は、その持ち前の話術と社交性で、対外的には理想のシングルマザーを演じていた。
が、それはあくまで仮の姿。
実態は最低限必要な物質や食料を買い与えて可能な限り接触を避けるという隠れ育児放棄であった。
それもその筈、恋愛と仕事に生きる彼女にとって、なし崩し的にできてしまった1人娘など、暇潰しの玩具か飼い猫程度の存在でしかなく、必要以上の関心を払う理由がそもそもないと感じていたからであり、生来の竹を割った様な性格から、娘の前でもそれを一切隠す事がなかった。
そんな愛の無い家庭環境に少女は完全に適応し、中学に上がる頃には、誰に愛されずとも生きていける[[rb:頑丈 > タフ]]な[[rb:自立心 > ハート]]を手に入れていた。
2016年4月20日 中央区立晴海中学校
安達が教室の隅でコンビニ弁当を食べていると、担任に声を掛けられた。
「安達さん、そんな所でどうしたの?お昼は皆で一緒に食べないと―――」
「邪魔しないで」
安達の人間味の無い即答に固まる担任。
「何でわざわざ時間と場所を揃えてまで、他人と食事しなきゃなんないの。馬鹿馬鹿しい」
飲みニケーション全否定をこの歳で言う安達の将来を危惧する担任であったが、安達は反論を言わせる隙を与えなかった。
「せめて教室を出て行かない事が、私にできる最大の譲歩よ」
安達の言い分に、激怒するガキ大将風の男子生徒。
「おい!てめー、先生に逆らってんじゃねーよ!」
「お、落ち着いて佐山君」
担任が割って入って喧嘩を止めさせようとするが、安達の今までの言動が仇となっていた。
「いつもクラスの和を乱しやがってよォ!ハッキリ言って迷惑なんだよ!罰だ!土下座で謝れ!」
だが、安達は反省するどころか、胸倉を掴んだ佐山をスタンガンで返り討ちにした。
集団行動不能。
倫理感覚欠如。
社会生活を送る上で問題は山積していたが、幸いな事に、安達の周囲には彼女を許容できない者の憎悪や怨嗟が渦巻いており、その劣悪な環境は……負の感情を[[rb:精神 > こころ]]の糧としてきた彼女にとって、無限のエネルギーを生み出す源泉となっていた。
だが……
2018年7月2日 東京都中央区某マンション
「マ……ママ……正気?……一体、何を考えてるの……?」
安達瑞は、母親が手にしている物を恐れるあまり、背中を壁に付けながら懇願した。
「お願い……やめて……実の娘にそんな事……やめて!」
だが、母親が手にしているバースディケーキは何の変哲も無い普通のバースディケーキなので、一見すると安達瑞の言い分に説得力は無かった。
「ハッピーバースディ。私の可愛い1人娘。どれだけ貴女の存在に助けられ、支えられて生きてきたか解らないわ」
普通の考えれば、誕生日によくある台詞である。だが、彼女の[[rb:押入れ > こころ]]にそれを許容する余裕は無かった。
「も……もう……やめて……その先は……その先に続く言葉は、絶対に言わないで」
安達瑞の要求は、受け入れられなかった。
「本当にありがとう。愛してるわ。瑞」
「……ウプ!」
安達瑞は、[[rb:押入れ > こころ]]に入りきらなかった善意の言葉に圧し潰される様に嘔吐した。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』女子トイレ
「それで急遽担ぎ込まれて、その結果が『善意アレルギー』……か?面白れぇな、お前?」
今日までの生き様故に、どうあがいても普通になれない安達瑞を嘲笑うフード娘。
安達は、恐怖心に促される形でスタンガンをフード娘に押し当て、フード娘に高圧電流を浴びせた。
スタンガン。
暴漢などの相手に電気ショックを与え、身を護るための防犯グッズである。電撃銃ということもある。
スタン (stun) とは、英語で気絶させる、呆然とさせるなどの意味で、広義では、非殺傷性個人携行兵器の総称として、ゴム弾などを発射する銃火器などをスタンガンと呼ぶ場合もある。
押し当てられれば筋肉は強制的に収縮させられ、本人の意思に関係なく体の自由が利かなくなる。そのため、麻薬中毒者など、痛みによってひるまないような相手にも有効である。
フィクションなどではスタンガンで人を簡単に気絶させる描写があるが、現実では市販のスタンガンで気絶することはほとんどなく、身動きを止めるのみに留まる。ただし痛みを原因としたショックや心臓発作などの要因により気絶する可能性はある。
また何らかの疾患を持つものに行使した場合や、首や頭部、皮膚の敏感な所に過度に使用した場合には、死亡したり、後遺症や火傷の跡が残る場合がある。
だが……
「青少年保護育成条例だと、18歳未満へのスタンガン販売を規制しているだが、それを鷺宮女子高生徒が持つとはね。かつての鷺宮女子高生徒なら解らなくもないが、園藤姫乃に造り変えられた今だと……なおの事、異質だな?」
愛用のスタンガンが通用しない事に驚きを隠せなかった。
しかも、フード娘がダメ押しのつもりで岡島の物真似をした。
「勝つ事だけに拘って価値ある命を軽々に捨てるは、[[rb:獣闘士 > ブルート]]の恥!」
「やめろおぉおぉー!あの胡散臭いカバの事を思い出させるなあぁーーーーー!」
スタンガンだけではフード娘を斃せないと判断した安達がサバイバルナイフを抜くが、
「やめな田吾作!お前の敵う相手じゃない」
声の主は渚だった。
それを見たフード娘はニヤリと笑った。
「ハッ!久しいな?」
「お前は黒居佑。生きていたのか?」
渚の意味深な台詞に身構える安達であったが、渚が頭を掻きながら、
「……って、さっきの言葉、言う程意味深じゃないんだよね。ただ単に、こいつが運良くあの日にズル休みしたってだけだし」
渚の言ってる意味が解らず、判断に迷う安達。
「お前ら知り合いかよ?って言うか、あの日って何だよ!?」
フード娘が笑いながら訊ねる。
「もう忘れたか?1年前……日本を変えたあの惨劇を?」
安達が漸くハッとする。
「1年前?……まさかお前!?」
「そうだ。私の最終学歴は……」
フード娘のこの後の言葉に、安達は畏怖して身がすくんだ。
「鷺宮女子高等学校中退だ!」
「ちょちょちょ!ちょっと待て!その学校って!?」
フード娘はあっけらかんとしていた。
「お前が今通ってる学校だろ?母校の名前くらい覚えろや?」
安達は、サバイバルナイフをフード娘に向けたが、
「そういう事を言ってんじゃねぇ!」
渚が制止する。
「だからやめろって。お前じゃボコボコにされるだけだって」
フード娘は、クスッと笑いながら渚と対峙する。
「で、例の『針』なら、私に勝てるとでも?」
フード娘のその言葉に、安達は更に身を竦めた。
(何考えてんだこいつ!?たった1人で『兵士』に勝つ気かよ!?)
一方、渚は、フード娘と戦う気は無かった。
「そういうお前こそ、学校は良いのかよ?って言うか、あの後どうしてたんだよ?」
フード娘は、右腕だけを獣化させながらこう答えた。
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]に昇格する為の裏方の最中さ」
安達が後退りする中、渚が冷静に言い放った。
「既にそっち側って訳か?なら……」
渚が『針』を出して威嚇する。
「姫乃に手を出したら、只じゃ済まねぇぞ?」
フード娘が笑う。
「姫乃?ハハハハハ」
安達が困惑する。
「な!?何が可笑しんだよ……」
フード娘の次の言葉は、渚にとっては予想外な事だった。
「園藤姫乃に三門陽参は救えない。もう……見殺ししか出来ないんだよ姫乃は」
渚は大混乱した。
(何で姫乃が三門陽参を救わなきゃならねぇんだよ!?というか、何で[[rb:獣闘士 > ブルート]]が三門財閥の親玉を見捨てんだよ!?)
フード娘が渚の耳元で囁いた。
「大事な事だからもう1度言う。園藤姫乃に伝えておけ。『お前じゃ三門陽参は救えない。三門陽参の死を見届けるしか出来ない』……とな」
渚は、立ち去ろうとするフード娘の背に向けて叫んだ。
「お前……今の黒居佑は一体何者なんだ!?お前はどっちの味方で、結局誰を推してんだよ!?」
この質問の答えは、安達にとってもぜひ知りたい事だった。だが、フード娘ははぐらかした。
「誰って……三門以外に決まってんだろ?そのくらい分かれや」
安達が呆れながらツッコんだ。
「それだと、幅が広すぎだろ」
フード娘が去ると、今度は安達にツッコむ渚。
「つーかよ、何でお前までついてきてんだよ?邪魔なんだよ。消えろ田吾作」
「てめえが消えろ糞ヤンキー。私は園藤姫乃を観察したいだけなんだよ」
其処へ、フード娘が戻って来て、楽しそうに岡島の物真似をした。
「獣とて命は惜しむもの。いくらルール無用とは言え、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は自殺ショーでは無か!」
だが、安達はもう嘔吐しなかった。
「へっ!テメェみたいな胡散臭い奴に言われても、もう効かねぇよ!」
つまらなそうに去ろうとするフード娘に対し、安達が啖呵を切った。
「それに、テメェは私に向かってまだ『兵士』に昇格してねぇのかって訊いたよな?」
「ん?」
「ふざけんじゃねえ!誰が好き好んで、てめえらみたいな化物なるかってんだ!バァーーーカ!」
そんな安達の宣言を嘲笑うフード娘。
「ハハハハハ!」
「何が可笑しい!」
「人間は弱いぜ!下手な[[rb:雑獣 > ザコ]]よりもな!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
渚や安達より先に戻って来たフード娘が、セレナに城戸の死に様を訊ねた。
だが、セレナはまだ始まってもいないと答えた。
フード娘がプレイヤー達を見て視ると、陽湖が爪を噛みながら不安がっていた。
(チッ!三門め!城戸の[[rb:禁忌 > タブー]]を恐れて逃げやがったな!?)
一方のセレナは、逃げの一手の陽湖に戸惑っていた。
「それより、あの娘の逃げっぷりは何だ?あの様な性格では、[[rb:兎 > ラビ]]や[[rb:麝香猫 > シベット]]の様な裏方向きな駒のプレイヤーには向かない筈だが?」
セレナの質問に対して勿体ぶるフード娘。
「城戸に訊いてくれぇー!」
その一方、姫乃の右横に戻っていた渚が、姫乃に黒居佑の生存と言い分を告げていた。
「あの事件で生き残っていたのは、私達だけではなかったんですね?」
「ああ。だが、アイツはどっちにつくのか全然解んねぇよ」
川辺が困ってしまった。
「解らない!黒居は既に獣化手術を受けたんだろ?なら、どう視ても四大財閥の味方だろ?」
だが、どうしても渚はそう言い切れないのだ。
「でもよぉ、黒居の奴、姫乃じゃ三門陽参を救えないって言ったんだよ」
川辺は、その点については大して重く考えていなかった。
「それって、三門陽参の性格はもう変わらないって意味でしょ?」
「……そうなのかなぁー?」
だが、その事の重大さに、川辺はこの時、もうひとつ黒居佑が口走った奇怪な一句を思い起こす暇が無かった。また、思い起こしたとて、さすがの彼女もその判断を絶していたであろう。それは「大事な事だからもう1度言う。園藤姫乃に伝えておけ。『お前じゃ三門陽参は救えない。三門陽参の死を見届けるしか出来ない』……とな」という言葉だ。
ああ、もしもその意味を知ったなら、後に三門財閥の令嬢・三門陽子の名に、不吉な赤い血のすじが引かれる事は免れたであろうに……
しかし、この時川辺の危機感は、きっと1年前の鷺宮女子高銃撃テロ事件の生き残りへ投げられた。
「それより、例の事件の生き残りが獣化手術を受けた事の方がヤバいだろ?」
「そうなのか?」
「そうでしょ。もしかしたら、黒居が姫乃様を逆恨みしてるかもよ?」
それを聴いた渚がハッとする。黒居佑の言い分の本当の意味とは逆の方向に……
「姫乃さえ居なければ、あの事件は起きなかったと?」
「既に警察がどれだけ悪徳非道な外道行為を行ったかは周知のとおりだが、例え知ったとしても、姫乃様がターゲットだったと気付けば……」
その上で、川辺は姫乃に進言した。
「黒居佑が何かを企んでいるのが判明した以上、これ以上宇崎の我が儘を許すのは危険かと!?」
だが、姫乃はどっしりと構えていた。
「私達は、虫けらと蔑まれても忘恩の徒ではありません。宇崎さんを駒としては扱わないと明言したのであれば、宇崎さんの処遇は宇崎さんが決める事です。私が言う事は何1つありません。ですが、川辺さんのご心配を無下にする心算もありません」
その言葉を聞いて、川辺は自分の愚かさを思い知った。
「如何なる相手であろうと、盟を重んじるその御心、正に主君の鑑!……差し出がましい真似を致しました」
それに対し、観客席に戻った安達は三門財閥会長・三門陽参の死が近づいている事を察した。
(三門陽参が殺される……)
だが、安達もまた変な勘違いに囚われていた。
(まさか……というかやっぱり、園藤姫乃。あいつが黒居佑の背後にいるのか……?)
黒居佑が元鷺宮女子高等学校の生徒だと知ってしまった事で、どうしても黒居佑と姫乃を繋げてしまうのだ。
(って事は、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]にとって、四大財閥は邪魔者って事になる。何よりまずいのは、その事実を私以外、誰も知らないって言う絶望的な状況。このままだと……)
そんな勘違いによる安達の不安を尻目に、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]は宇崎VS矢部で盛り上がっていた。
(本当にこんな事をしてて大丈夫か?マジで危ねえんじゃねえの?四大財閥)
安達は、黒居佑の過去と姫乃の『女王』としての力に惑わされ過ぎて、四大財閥の性根に対して全く疑いの目を向けなかったのである。
ああ、もしもその意味を知ったなら、後に三門財閥の令嬢・三門陽子の名に、不吉な赤い血のすじが引かれる事は免れたであろうに……
大事な事なのでもう1度だけ言う。
ああ、もしもその意味を知ったなら、後に三門財閥の令嬢・三門陽子の名に、不吉な赤い血のすじが引かれる事は免れたであろうに……
第16話:矢部正太
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島草原エリア
姫乃達も安達も、黒居佑に関する致命的な勘違いに囚われている中、矢部が宇崎と行動を共にしていた『兵士』達の背後に立ってしまった。
(まさか……園藤が城戸を潰しに行くとは?しかも、それを城戸の[[rb:禁忌 > タブー]]に深く関わる場所で……いや、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]を過信した事による暴挙と視るべきか?)
その時、『兵士』達のスマホに着信が入り、宇崎VS矢部に待ったをかけた。
「待って!」
今まさに矢部に飛び掛かろうとしていた宇崎が、出鼻を挫かれて転びそうになる。
「またヘボプレイヤーの妨害かよ……[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]って、期待外れにつまらないな!」
「その点については、どこか遠くで踏ん反り返ってるプレイヤーが[[rb:獣闘士 > ブルート]]を駒の様に動かすって言う設定を何とかしないとね?」
宇崎もその点は同感だった。
「確かにな。もっと自由に闘らせて欲しいぜ!」
その間、電話に出た『兵士』が、矢部にスマホを渡そうとする。
「貴方に話が有るらしいわ?」
スマホを渡されそうになった矢部は混乱して困惑した。[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加する[[rb:獣闘士 > ブルート]]がスマホを持ち込む事自体が、矢部にとって予想外な事態だからだ。
(何でこんな所にスマホが有る!?)
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
矢部の困惑の理由に呆れる川辺。
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に参加する[[rb:獣闘士 > ブルート]]とプレイヤーとの連絡手段……どころかそういう想定すら無いからである。
「改めて[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の歪さに驚かされましたよ……[[rb:獣闘士 > ブルート]]は、只々プレイヤーの言う通りに動いていれば良いと?」
一方、渚はなかなか電話に出ない矢部に焦れていた。
「宇崎が矢部とか言う眼鏡を潰す前に、どうしても矢部と話がしたかったんだがな……」
大分時間が掛かったが、漸く矢部が渚の電話に出た。
「……はい……」
恐る恐るな感じの矢部に対し、渚は堂々と話した。
「やっと出てくれたか?どうしてもお前について気になる事があったからな」
渚が一呼吸を置いてから本題をズバッと言い放った。
「お前、いじめられっ子だろ?」
一旦固まってから否定する矢部。
「は、はああ!?何を根拠に言っているんだ!僕をなめてるのか!?」
いや、渚には渚なりの根拠があった。傍目から視れば只の勘だが。
「あたしの様ないじめっ子って言うのはね、人が思っている以上に気弱なザコを探すのが得意でな、こいつなら絶対に反撃しないってのが判っちゃんだよ」
「はああ!?僕は[[rb:獣闘士 > ブルート]]だぞ!そこら辺にいる凡人とは違うんだぞ!」
だが、渚が鋭い目線をモニターに映る矢部に向けた。
「てめぇがどんなに化物の仮面を被ろうと、その瞳の奥にある物は隠せなかったぜ?」
「瞳の奥!?」
渚は、自分のかつての悪行を恥じて苦々しく思いながら、矢部の正体に関してこう述べた。
「似てるんだよ……あの頃の姫乃の目に……」
隠していた何かを言い当てられた矢部は、狂った様に笑い出し、姫乃に対する不満を口にした。
「お前……正しいよ。[[rb:園藤姫乃 > あいつ]]みたいなオドオドした奴を見るとさ、ほんっとムカつくんだよね。まるで、昔の自分を見てるみたいでさ」
渚にとっては耳が痛かった。
矢部を此処まで狂気に変えたのは、かつての渚の様な非情ないじめっ子達だからだ。
人は時として不毛な制裁に突っ走る!たまったフラストレーションの捌け口として!
そして、憎しみの連鎖は罪無き被害者を邪悪な加害者に変えてしまう。矢部こそそんな邪悪な加害者になった元被害者の典型だった。
「あの頃の僕は、もう死んだ。[[rb:楽園都市 > きみたち]]も死んで生まれ変わるといい。今度は虫けらなんかじゃなく、僕みたいなもっと強い[[rb:獣 > けもの]]にね」
その言葉を聴いた渚は失望した。
あの頃の姫乃と全く同じ目をしている矢部であれば、あの頃の姫乃の心情を、自分達よりもっと深く正しく理解してくれると信じていたからだ。
だが、今の矢部は、『兵士』になる前の渚と何の変哲も無い。不満の捌け口を探す凶暴で自分勝手な愚者。
矢部に同情する気が一気に失せた渚は、冷酷に事実を矢部に伝えた。
「後……言い忘れてたけど、お前の連れのヒグマなら、もうKO敗けしたぜ」
矢部は、意外と冷静で驚かなかった。
自分を惑わす為の嘘だと判断したからか、[[rb:熊 > ベア]]を過小評価しているからか、城戸を完全に信頼しているからか、自分を過信しているからか……
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島草原エリア
漸くゴーサインを得た宇崎が矢部にゆっくりと近づくか、矢部は冷静に右手を宇崎の頭の上に乗せた。
「あ?何の真似だ?」
矢部が偉そうに解説をする。
「ラーテルの強みは、背中の強靭さと柔軟性を合わせ持った甲皮と神経毒に対して強い耐性がある事。だが、今回はどちらも役に立たない。何故だか判るか?」
宇崎がイラつきながら悪態を吐く。
「知るかそんなもん!闘る気が無いなら帰れ!」
だが、矢部は薄ら笑いすら浮かべる。
「闘る気ねぇ……確かに、ゴリラは生来温厚で頭も良くて好戦的な動物じゃないけど、握力は500㎏超。パンチ力は1t超。即ち、こと腕力に限るなら、自然界最強。そのパワーをもってすれば、脆弱な小人を踏み潰す事くらい……訳ない」
矢部は、一呼吸を置いてから腕力だけで宇崎を踏み潰そうとした。
「血反吐の桜ぁッ、舞い散らせやぁぁあああああッ!」
矢部が思いっきり右手を振り下ろした途端、さっきまで宇崎が立っていた場所が大きな砂塵に包まれた。
それを観ていた『兵士』達は、姿が見えない宇崎の安否を気にして叫ぶ。
「ぐ……宇崎!」
「宇崎……!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
それを観ていた姫乃は、意外と余裕だった。
何故なら、姫乃が視る限りだと、矢部は谷やエルザと同じ過ちを犯してる様にしか見えないからである。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島草原エリア
んで、姫乃の予想通り、矢部は右手の親指を喰いちぎられていた。
「!?」
しかも、矢部自身が起こした砂塵の中から宇崎が飛び出して来て、矢部の下アゴに頭突きを見舞った。
「お前……口上が長過ぎんだよ!つうか、過去も性格も腕力も関係無えんだよ。牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
一方の矢部は、自信満々の宇崎を見て忌まわしい過去を思い出してしまったのか、感情的になり逆上する。
「おおおお!」
矢部が近くにあった木々を持って宇崎を何度も殴打し、宇崎が両腕をクロスさせながら防御する。
何度も何度も殴打されながらも自信満々な視線を崩さない宇崎を見て、矢部が更に逆上する。
「うっ!なんだよ……なんだよ……その目は!?知性の欠片もない下等動物め!この僕を散々馬鹿にしてきた連中と同じ様に、お前もこの手で潰してやる!」
矢部が手にしていた木々を投げ捨てると、両手を組んで勢い良く振り下ろした。
「喰らえ![[rb:巨猩羅鎚 > ゴリラハンマー]]!」
だが、宇崎の様なカウンタータイプにとっては、こういう大振りなテレフォンパンチは攻撃ではなく美味しい獲物であった。
「[[rb:蜜獾斬 > スラッシュ]]」
すれ違いざまに宇崎に思いっきり引っ掻かれた矢部が、激しく吹き飛んで仰向けに倒れた。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
篠崎が相変わらずのハイテンションで実況を行う。
「決着うぅ!?[[rb:熊 > ベア]]を退けた[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が、今度は[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]を撃破!?[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]では長らく活躍の場がない石田財閥。しかァーし!今回、波乱の中心は常に石田!まさに台風の目だァーーーーーッ!」
一方の矢部のプレイヤーである増田が愕然とする。
「わ……私の駒が……」
増田の動揺に対し、姫乃は冷ややかに独白する。
(この期に及んで、まだ『駒』と言う単語を使いますか……この様子では、この先の対城戸戦も先が見えましたね?)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島草原エリア
3人の『兵士』の内の1人が宇崎にスマホを渡そうとする。
だが、大河、椎名、そして宇崎との戦いで大きく傷付いた筈の矢部が再び立ち上がった。
「待てぇ……」
それに対し、『兵士』達が呆れながら告げた。
「あんた、獣化手術を受けて強くなったと勘違いしてない?」
馬鹿にされた矢部が不満げな顔をしている。
「勘違い……だとおぉ!?」
既にKO敗けと判断されてもおかしくない程ボロボロなのに、獣化して『兵士』達に襲い掛かろうとする矢部。
それがかえって『兵士』達の呆れを助長する。
「あんた、自分が頭が良くて力持ちのつもりでいるけど、私達には群れからはぐれた迷える猿にしか見えないんですけど?」
「いくら友達がいないからって、気に入らない相手を消しまくって回ってるだけって……それじゃあ、誰もあんたに近付けないじゃない?」
「三門に拾われたって事は、本当は寂しいんでしょ?」
矢部が必死に反論する。
「三門に属する事が寂しがり屋の証明って、意味が解らねぇよ!」
それに対し、『兵士』達は宇崎を例に挙げた。
「宇崎の奴……祠堂に説得されるまでは無所属を貫いたからね」
「しかも、その石田所属もこの大会が終わるまでの臨時雇いだって話だよ?」
確かにその情報は事前に聴いていた事だ。だが、それを本当に1人で生きていく気が有るのか無いのかの判断基準になるとは思わなかった。
「それと僕が寂しがり屋と何の関係が―――」
「今の私達が言える事じゃないけど、あんた、今直ぐ三門を抜けて1人になれる?」
「そんなの!……」
と言いかけて言葉に詰まる矢部。ここで「[[rb:獣闘士 > ブルート]]は四大財閥のどれかに所属しなければならない」と言えば、1人では生きていけないと勘違いされると判断したからだ。
しかし、
「素直に認めたら。味方に囲まれる状況の心地良さを」
『兵士』達のこの言葉に、激しく動揺する矢部。
「み……かた……だと……?」
「あんたは虐められてたんでしょ?って事は、三門に拾われるまでは味方に恵まれなかったんでしょ?」
「そ!……それはぁ……!」
矢部は返す言葉を失って困惑した。あまりにも図星過ぎるからだ。
そこでスマホが鳴った。
相手は姫乃だった。
慌てて宇崎にスマホを渡すが、宇崎は渡されたスマホを矢部に渡そうとした。
「お前にだってよ?」
『兵士』達にとっては予想外の事であった。
「え!?次の移動に関する相談じゃなくて!?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
矢部と電話する姫乃。
「私が……何を基準にして状況を[[rb:私の楽園 > ヒメノスピア]]と呼ぶか否かを決めているか。お判りになりますか?」
矢部がイライラしながら返答する。
「お前も、僕を1人では何も出来ない[[rb:雑獣 > ザコ]]と見下すか?」
姫乃の考えは逆だった。
「いいえ、私達が言う弱さは、1人では何も出来ない事実を認める事が出来ない不器用さを指します」
「何いぃー!?」
「洗脳でも依存でもない、愛情という共通項を持つ[[rb:共同体 > コミュニティー]]は、私にとっても私以外の人にとっても理想的な人間関係を連鎖的に生み出していく。そして、私は常にその中心にいる。それが、私が理想とする[[rb:私の楽園 > ヒメノスピア]]です」
矢部は、図星を交えて激しく反論する。
「お前のそれは、『女王』の『針』が強制的に作り出した独裁だぁあああッ!」
姫乃は冷静に反論する。
「私の『針』が及ぼす効果は、洗脳ではありません」
「嘘を吐くなー!」
「性格も人格も元のまま、人が変わったわけでも悔い改めたわけでもありません。唯、愛する者を護るための『兵士』として、何者をも何事をも受け入れる事のできる揺るぎない力を手に入れた。それだけの事です」
「それと僕を[[rb:雑獣 > ザコ]]と見下す事と何の関係がある!?」
「ですが、貴方はせっかく手に入れた力を『否定』の為だけに使用しています。群れるチャンスがいくらでもあったというのに」
「貴様ぁあああッ!」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島草原エリア
見苦しい反論を続ける矢部にイラっとした宇崎は、矢部の顔にストレートパンチを見舞った。
「ごめん。うるさくて聞こえなかった」
「ですよねぇ」
一説には、
ラーテルがミツオシエを追いかけるのは、けたたましく叫ぶうるさい鳥を食い殺そうとしているためとも言われる。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]!今度こそ完全敗北ぅー![[rb:蜜獾 > ラーテル]]に敗れた[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]が立ち上がろうとしたが、園藤姫乃の言葉攻めで心身共に完全にへし折れてしまったぞぉーーーーー!?」
最後まで改心しなかった矢部に呆れる様に首を横に振る姫乃。
それに対し、谷は、宇崎と矢部の精神力の差を嘲笑った。
「[[rb:蜜獾斬 > スラッシュ]]。あの技の前に策は無意味という事か……つまり、彼女を倒すには、彼女の言うところの『牙の鋭さ』。即ち、闘争本能で上回らなければならないという事……か」
そんな谷の言葉に、安達は複雑な思いでジーと見ていた。
第17話:大沼電
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
[[rb:熊 > ベア]]に続いて矢部まで敗北した三門。この展開に、観客席のセレブ達が色めき立つ。
「今回は、三門が石田に苦戦しておりますなぁ……」
「いつも通りに三門対八菱で終わると思いましたが……」
「まさか[[rb:蜜獾 > ラーテル]]がここまで強いとは……」
「となると、[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]も意外と危ないのでは?」
だが、直ぐに話題が宇崎から離れた。
「おぉーとぉー!?11-24で新たな動きがありましたぁー!」
篠崎の実況により、八菱と角供による2対2を思い出した。
(そうだ!虎が卑劣な罠に堕ちる切っ掛けとなった例の戦いはどうなった!?)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
宇崎が矢部と戦っている(?)間、[[rb:霊猫包香 > シベトンラップ]]で風間の性欲を刺激して戦闘不能に追いやった[[rb:麝香猫 > シベット]]であったが……
「がふっ!?」
[[rb:麝香猫 > シベット]]が突然鼻血を垂れ流しながら吐血した。
「クク……やっと効いたか?」
犯人は風間と同行していた大沼電であったが……
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
完全獣化した大沼の姿に仰天する川辺。
「何だこいつは!?殆ど人の形を保ってない!まるで象ほどもあるコブラじゃないか!?」
驚く川辺を見て、尊夫人が悲し気に告げた。
「以前の[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]では、獣人の起用に充分な規制を敷いてきました。たとえ精強で確実に勝てる獣人だったとしても、経歴や人格に少しでも問題があれば、決して[[rb:獣闘士 > ブルート]]にはなれなかったのです」
それを聴いた川辺は、1ヶ月程前のあの会話を思い出す。
2019年6月17日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会雑務室
陽湖が残念そうに呟いた。
「ある時期までは言えたわ。獣化手術を取り入れてもなお『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』の伝統的な姿を維持してきたわ。5年前にあの馬鹿が余計な真似をするまでは」
「……余計な事?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
川辺が慌てて陽湖を問い詰めようとしたが、当の陽湖が爪を噛み続ける程焦っていた。
(駄目だ!とても何かを訊ける雰囲気じゃない!)
代わりに尊夫人が答えた。
「しかし5年前、管理局長に就任した祠堂零一氏が、独断で規制を緩和」
「!?」
「その結果、凶悪犯罪者、精神異常者、その他得体の知れない者達が、金目当てに次々と獣化手術を受け、下品で粗野で自制の利かぬ[[rb:獣闘士 > ブルート]]が、大量に生まれたのです」
川辺は、ビックリ仰天し過ぎて沈黙してしまった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
大沼が偉そうに説明する。
「噛んで直接流し込むよりちと時間はかかるが、戦闘中に毒牙から散布した霧状の神経毒は、半径3m圏内の獲物を麻痺させ、自由を奪う。名付けて、[[rb:壷舞螺毒霧 > コブラミスト]]」
「ドクハキコブラ」と呼ばれる。アフリカの一部に生息するヘビは、その名の通り、毒液を噴霧するという特性で知られる。
相手の目を狙って噴出する事もできるというこの禁断の「飛び道具」は、肉弾戦が基本の自然界において、種の優位性を保証する強力な武器となる。
ご機嫌な大沼が偉そうな事を言っている。
「ふははははははは。まんまと俺様の策略に嵌ったな牝教師!俺はハナからてめーの作戦を見抜いていたのさあ!てめーの作戦にわざと嵌りテメーを油断させ自惚れさせて、[[rb:壷舞螺毒霧 > コブラミスト]]散布の時間を稼いだのさあああ!俺様の方がさらにもう一枚上手だったようだなあああ!」
「ムキキー!まねすんなあぁぁ!」
強がってはいるが、[[rb:麝香猫 > シベット]]の身体は既に麻痺しており、喋るのがやっとといったところであった。
だが、大沼はトドメをさそうとしなかった。
「何だか身体が軽いし痛みも感じねえ。今ならイケる」
そう言いながら腹部からニョキっと生やしたのは……
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
大沼の身体から生えた物を観てドン引きする渚。
「……こ、これは……もしかして……いや、もしかしなくても……」
(男根!)
ヘビは、1対2本の陰茎を持つ。
[[rb:半陰茎 > ヘミペニス]]。
腹部に収納された有隣目特有の袋状の生殖器である。
人間の陰茎とは構造が大きく異なり、形状も種により千差万別だが、特筆すべきはその攻撃性。メスの体内に侵入した後、内部で膨張。複雑に発達したトゲやコブが「返し」になって容易には抜けない仕組みになっている。
「マジかよアイツ……」
大沼の狂気性に驚きっぱなしの渚に対し、姫乃はモニターを観ずにある駒の動きを追っていた。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
大沼は、力任せに[[rb:麝香猫 > シベット]]のドレスを左右に引き裂く。
ひとたまりもなく[[rb:麝香猫 > シベット]]のドレスはちぎれ、豊満で重そうに弾むバストが露にされた。
「ぐっ!?」
「1度挿入ったが最後。どんなに暴れようが、決して抜ける事はない。愉しみだぜェ。激痛で我に返った瞬間―――」
だが、大沼が行おうとしていた凌辱が唐突に終わった。
「ギアアアアアアアア!痛えええええええ!」
漸く到着した大河が大沼の陰茎を切断したのだ。
「ティ……[[rb:虎 > ティガ]]?」
大河の姿を見た大沼は嫌な予感がした。
「あいつが生きているって事は、竜次の兄貴はもう……」
大沼が大河の目に向けて毒液を噴射するが、大河は右腕で楽々と防御した。
リンカルスはドクハキコブラとして非常に有名である。
防御行動として敵の眼を狙い、毒を吐く。 その毒は非常に正確に目をめがけて2.5メートルから3メートル弱にまで飛ぶ。 毒が眼に入ると、激しい痛みを感じる。最悪の場合失明に至る事も有る。
だが、大沼も馬鹿ではない。
右腕で目を防御している隙にヘビ独特の締め上げを大河に見舞おうとする。
「竜次の兄貴でも勝てねぇ相手に、誰が正面から行くってんだよ!?」
だが、大河は力づくで大沼の締め上げを押し返した。
「俺の[[rb:蛇縛 > じゃばく]]が!?」
それでも、大沼は勝ちを諦めていなかった……と思いきや、
「うっ!?」
大沼は、腹を抱えながら突然倒れた。
大河が首を傾げながら、倒れた大沼に近付いた。
(けけけ!そうやって近付いて来たところを、俺の渾身の噛み付きで一気に毒を注入して殺してやるぜ!)
ゆっくりと大沼に近付く大河。
(来た来た♪俺は目が無くてもお前の動きが観えてんだよ!)
ヘビが獲物を「視る」際に最も重要な器官は眼ではない。
では何か?
それは、意外にも舌。
ヘビは舌で「匂い」を感じ取り、口内上部に位置する解析装置「ヤコブソン器官」に送る事で、嗅覚情報を視覚情報に変換。獲物の位置や大きさを正確に把握する事ができる。
ヘビの舌が二股に分かれているのも、表面積を増やし「匂い」の粒子を捕らえ易くするためである。
大河が十分に近付いたと思った大沼が大河に飛び掛かる。
(いまだ!)
だが、大河がいきなり消え、その直後に大沼が胴体を真っ二つに両断された。
「がッ……ゲボァッ!バカな!?この俺が……[[rb:爬虫獣人 > レプティア]]が[[rb:哺乳獣人 > マーマリア]]ごときにいぃー!」
これには、動けずに見届ける事しか出来なかった[[rb:麝香猫 > シベット]]も理解に苦しんだ。
(今の何?何かが爆発したと思ったら、次の瞬間、[[rb:壷舞螺 > コブラ]]がふっ飛んだ!?)
トラは正真正銘の無敵。アジアにおける生態系の頂点に君臨する動物である。
事実、800㎢もの広大な敷地を持つインドのサリスカ保護区も、その全てが僅か数頭のトラの縄張り。即ち、そこに棲む全ての動物は、ヒグマであれ、ゾウであれ、ワニであれ、人間であれ、トラにとってはただの餌なのである。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
何が起こったのかを正しく分析した渚。
「影身だ!」
「かげみ!?」
「腰を落としながら素早く相手の脇に回り込んで背後から攻撃する。躱しと攻撃の一体技だよ」
「それを凄まじい脚力で行ったのか!?」
改めて大河の小細工が通じぬ実力に戦慄する川辺であった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
圧倒的な大差で大沼を撃破した大河が風間を睨む。
([[rb:壷舞螺 > コブラ]]も[[rb:鰐 > クロコダイル]]もしくじりやがって……まさか1対1の勝負になるとは……勝てるか?)
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
横田が風間のプレイヤーに逃亡を促すアイコンタクトを行った。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
「駒の移動が確認されました。3分以内に北方向のマスに進んで下さい」
(やっぱりそう来るわな!?)
風間が、待ってましたとばかりに逃走を図るが、その動きは壁や柱などに掌や足の裏を引っ付けながら連続ジャンプを続けるという変則的なものだった。
それを観ていた大河は、ただ風間の逃げる背中を見送るだけだった。
(何で?チャンスなのに……)
[[rb:麝香猫 > シベット]]は理解出来なかった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
川辺は、風間の行き先が気になっていた。
「頼むから宇崎の許に行くなよ!」
「何で?」
渚はその意味がいまいち解らなかった。[[rb:麝香猫 > シベット]]の[[rb:霊猫包香 > シベトンラップ]]に翻弄される姿しか観てなかったので、風間を過小評価していたのだ。
「アレを見せられたら誰も信じないけど……宇崎は絶対に[[rb:守宮 > ゲッコー]]には勝てないのよ!」
「勝て……ない……?」
「あの眼鏡が言った通り、ラーテルの強みは、背中の強靭さと柔軟性を合わせ持った甲皮と神経毒に対して強い耐性がある事。だが、風間の掌が宇崎の身体に1度でも張り付けば、その頑丈さは完全に無力化される!」
分子間力。
人類が19世紀末にやっと辿り着いたこの物理現象を、太古の時代から駆使する動物が存在する。
守宮。
英語圏では、その鳴き声から「ゲッコー」と呼ばれるこの爬虫類は、普通のトカゲとは違い、民家の壁や天井に苦もなく住み着く。これは、爪や鱗などを細かな凹凸に掛けているだけだと長らく信じられていたが、事実はそう単純ではない。
ヤモリの掌に生えた約10万本もの剛毛が、ナノ単位の物質が引き合う力「分子間力」を生み出しているのである。
ヤモリ1匹の体毛が生み出す分子間力の総量は、実に120㎏。
この桁外れのパワーを利用すべく、超吸着テープやヤモリ型ロボットなと、最先端科学による再現研究が進められているが、その性能は、未だ本家に遠く及ばない。
それに、川辺の悩みはこれだけではなかった。
[[rb:麝香猫 > シベット]]と合流した大河に廃墟エリアに逃げ込もうとする城戸。それに、怒り狂って冷静さを失った椎名が何をしでかすのかも不安である。
其処へ、姫乃のスマホが鳴った。
「もしもし」
相手は宇崎だった。
「私がどこへ行くのか訊くのも良いけどよ……」
「何でしょうか?」
「お前はこの後どうしたいんだ?」
川辺は、今日ほど宇崎の気まぐれさを恨んだ事は無いだろう。これ程迷う状況で指揮を求められるなど、並の者ではいとも簡単に圧し潰されることだろう。
(こっちの気も知らないでえぇーーーーー!)
だが、姫乃は即答した。周囲の注目を浴びる暇すら無く。
「そのまま、城戸を追って下さい」
陽湖が恨めしそうに姫乃を見た。だが、それがかえって姫乃にある確信を与えてしまった。
「その方が、宇崎さんが城戸さんと大河さんの両方と戦える可能性が高いと思いますので」
それに対し、宇崎はあっけらかんと質問する。
「そうなの?」
「はい。どう言う訳か、三門さんは大河さんが廃墟エリアにいるのを知っていながら城戸さんに廃墟エリアに逃げ込む様に指示しています」
「そうなんだ?」
「だとするなら、今宇崎さんと戦うのは得策ではないと判断したと思われます。だからこそ、あえて城戸さんと大河さんの潰し合いを避け、城戸さんを倒してから大河さんと戦う方が色々と得と考えます」
人は迷う生き物である。
選択肢が多ければ多い程、迷うものだ。
だが、この時の姫乃の眼差しに迷いは無い。選択肢が1つしかないからである。
必要なのは、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のプレイヤーとしてのプライドを捨てる事であり、悩み必要も無い。
控え目な物腰と憂い。激しい気性と冷徹な思考。その相反する2つがない交ぜとなった選択肢を持たない女の瞳が、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のプレイヤーとしてのプライドに取り憑かれて選択肢を無駄に増やして泥沼にはまる陽湖を射た。
何も言い返せずに汗だくとなる陽湖。
川辺は笑顔で確信した。自分は絶対に姫乃に勝てないと。
それは、理屈ではなく真理であり、教義なのだ。
第18話:城戸剛
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
目の前の花を踏みかけた事に気が付いて慌てて後退る城戸。
「お前!案外優しいんだなぁー!?」
宇崎に声を掛けられた城戸が、[[rb:宇崎の立っている場所 > ・・・・・・・・・・]]を見て蒼褪めた。
「!?」
宇崎に同行する『兵士』3人は、蒼褪めた城戸に特別な何かを感じる事は無かった。
「がたいが良いけど、見た目に反して案外ビビりかもね」
が、宇崎はそんな事お構いなしに歩き出した。当然、宇崎は目の前の花々を踏み潰す。
「やめろおぉおぉーーーーー!」
城戸が叫ぶが、目の前に花々が在る為駆け出せない城戸。
叫ぶだけで全く行動しない城戸に呆れながらも、城戸に向かって駆け出す宇崎。当然、宇崎は目の前の花々を踏み潰す。
「口だけじゃ、誰も止まってくれねぇぜ!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
観客席のセレブ達も[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のプレイヤーも、慌てている割には全く動かない城戸に困惑する。
そして、1人の観客が城戸を嘲笑った。
「どうやら……[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]は、パニックに堕ちて体が固まって動けない様ですな?」
それを合図に、観客席のセレブ達が爆笑した。
「ぶゃはははははは!」
「何だそりゃ!?」
「意味が分からん!」
それを聞いた陽湖が赤面しながら歯噛みした。
(園藤姫乃があんな馬鹿げた事をしなければ、こんな事にはならなかったのよ!)
相変わらず[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]に不満を感じる渚が、目の前の爆笑を見て怒り歯噛みした。
(笑ってんじゃねぇよ!誰も城戸に同情しねぇのかよ!?)
その時、姫乃がグーでテーブルを思いっきり叩いた。
「茶番は沢山です。ゲームを進めてください。今すぐに」
目の前の爆笑を沈黙に変えるのに十分過ぎる威力であった。
ハイテンションなノリで進行役を務める篠崎ですら、社交辞令的な台詞しか吐けなかった。
「も、申し訳ありません。それでは、次のプレイヤーはダイズを……」
観客席のセレブ達や[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のプレイヤーどころか、姫乃の側近である筈の渚まで、姫乃の怒気を浴びで体が固まってしまった。
「ぐ……」
(げ……幻覚!?怒気だけで私達を制圧……これが、関東を掌握する大組織の長!)
1年前、鷺宮女子高銃撃テロ事件の際に自分達の制止を振り切って母親を助けに行った姫乃の1週間での成長が、自分達の予想を大きく超えている事実を認めるしかない渚であった。
ただ、セレナと黒居だけは姫乃の怒気には屈していなかった。
「この程度で屈するとは……我々『蜂』が四大財閥を攻め潰す日も遠くないな?」
「万物の霊長などと奢る人類も、生存競争に勝ち残るために選んだ進化部位が『脳』であっただけの、単なる獣の1種。無駄に発達した大脳で『人間の方が優れている』という妄想を思い描くのが関の山だよ?」
そんな2人を疑いの目で視る安達であったが、未だに真実には辿り着いていないせいか、完全に2人に無視された。
その間も、花々を踏み散らしながら進んで行く宇崎に向けて叫ぶが、目の前の花々を気にし過ぎて動けない城戸の姿がモニターに映し出されている。
それを観た川辺は、ある推論に辿り着く。
「エコテロリストだわ」
「エコテロリスト?」
エコテロリズムという用語は、次のように複数の異なった意味で用いられている。
①環境に害を与えると見なされる活動を妨げようとする意図で行われるサボタージュ(破壊活動)の事。 環境を理由に行われるサボタージュ(破壊活動)の事。
②政治的なテロリズムで、敵の自然環境に損害を与えることを意図するもの。
「あの様子だと、城戸は恐らく前者。地球環境保護や動物愛護などの目的を掲げてはいるが、度を越えた環境破壊を行えば、犯罪行為すら平然と行うぞ!」
「だからか?目の前の花を踏むのを躊躇しているのは?」
「つまりだ、三門陽湖が城戸に逃走を指示したのは、草木を庇って本気を出せないからだ」
だとすると、1つ矛盾する事があり、渚はそれに気が付いた。
「でもよ、城戸は最初、あのヒグマと組んで宇崎を挟み撃ちにしようとしてたぜ?」
その矛盾に関する説明も、川辺は既に浮かんでいた。
「あの時、宇崎がいたのは見晴らしの良い崖。それに、目の前の環境破壊を見て暴走しそうになってもあのヒグマが制止する筈だった。だが」
渚はハッとする。
「そうか!宇崎がヒグマを早々と斃しちゃったから、予定が色々と狂っちゃったんだ!」
「そのおかげで草木が多い場所で立ち往生。慌てて元居住区である廃墟エリアに逃げ込もうとしたが、宇崎に即バレて何処行けば解らなくなった。その上に矢部のあの敗北がダメ押しとなって、花畑の上で激戦となった。正直、只の推測だけど、そう考えれば、全ての辻褄があう!」
そうなると、気になるのは城戸の過去。
「あんなに滅茶苦茶ぐちゃぐちゃになる程の[[rb:環境保護過激派 > エコテロリスト]]になったんだ?」
?年?月?日 日本某所とあるボロアパート
1人の少年が福寿草を悲し気に見下ろしていた。
「ママ……逢いたいよ、ママ……」
其処へ、父親が酒を飲みながら福寿草を蹴り飛ばした。
「何が幸福だ」
予想外過ぎる展開に唖然とする少年。だが、父親は傷口に塩を塗る様な事を言い出した。
「教えてやるよ。アイツが出ていったのはなァー、お前が邪魔になったからなんだよ」
「う……うそ……」
実際は、夫の配偶者暴力(DV)に耐えきれずに出て行ったのだが、息子の親権を夫に奪われたのが真相である。
だが、父親はそれを棚に上げて自分を捨てた妻を全否定するかの様な事を自分の息子に言い放った。
「嘘じゃねえよ。そもそもあの女は金で釣ったただの淫売。お前のママじゃねえんだよ。他に男を作って本物の[[rb:子供 > ガキ]]が出来たから、お前はもう用済みだとよ」
妻を繋ぎとめる事すら出来ない魅力の無さまで棚に上げる父親を見る少年の目に殺気が宿っている事に気が付かぬ哀れな酔っ払いは、妻が唯一残してくれた物まで完全否定しようとしていた。
「ついでにもう1つ教えてやるよ。その花の本当の意味はなァー―――」
そこで……少年の父親の人生は唐突に終わった。
父親の息子に金属バットで何度も殴られたからだ。
福寿草の花言葉は永久の幸福、思い出、幸福を招く、祝福。
だが、父親の口から出そうになった言葉は「悲しい思い出」。
幼い少年の唯一の財産である母との美しき記憶を「悲しい思い出」にしない為には、父親を殺すしかなかった……
そして、この事件が少年の善悪の基準を決めた。
草木を尊ぶ者は善。
そうでない者は悪。
この妄念は、少年の成長と共に肥大し、やがて、母のイメージは大自然と強く結び付き、母を慕う少年の感情の爆発が……
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
「やめろおぉおぉーーーーー!」
鋭利な刃となって表出した。
宇崎に同行する『兵士』3人は、獣化した城戸の姿に驚愕し困惑した。
「何あれ!?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
全身が鱗だらけになる城戸の姿を見てとんでもない勘違いをする渚。
「アレって、トカ!?いや!魚!?」
動植物の雑学が趣味の川辺は、獣化した城戸の正体を正しく見抜いた。
「信じられないと思うけど、ああ見えて哺乳類だよ」
勿論、渚は信じられない。
「いや!あんな鱗を持ってる生き物は魚だけだって、あたしでも知ってるよ!」
いや、センザンコウはれっきとした哺乳類である。
センザンコウ科センザンコウ属という1科1属に属す、全体の[[rb:形状 > フォルム]]としては被甲目アルマジロ科の動物に似るが、実際は全くの別種。
アルマジロの甲皮が防御にのみ用いられるのに対し、センザンコウの鱗は刃物の様に鋭く、しばしば攻撃にも用いられる。
いわば全身に武器を纏った状態であり、結果として、怪獣の如き威容を得た戦闘型哺乳動物である。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
やっと本気になった城戸に対して容赦無く爪で切り裂こうとする宇崎であったが、センザンコウの鱗はその程度では剥がれない。
「随分頑丈じゃねぇか!?そんな面白い物を持ってるくせに、何で逃げんだよ!?」
宇崎の強がりに対する答えは、長い尻尾を振り回す事であった。
しかし、[[rb:環境保護過激派 > エコテロリスト]]気質が仇になったのか、城戸はやっぱり1歩も動けない。
「逃げたと思えば棒立ち。お前は本当にどっちだよ!?」
そこで、城戸は丸まった。
それを観た宇崎は、シラケて頭を掻きながら城戸に近付く。
「お前は……本当に何なんだよ!」
宇崎は、右手を振り上げたのち右手を思いっきり振り下ろして容赦なく爪で切り裂こうとするが、センザンコウの鱗に跳ね返されてまた右手を振り上げる形になった。
守勢に回ったセンザンコウは、事実上無敵。
腹部を覆い隠す様に丸くなる事で、鱗による防御は一切の死角を失う。そして、その強度はハンマーも銃弾も寄せ付けない。捕食者の頂点に立つライオンですらも、あまりの硬さになす術なく諦めるという。
また硬いボールになったときに、尻尾だけを伸ばして振り回す事もあるのだ。
即ち、この鉄壁の防御を突破する術は、自然界には存在しないのである。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
城戸の規格外の強度に唖然とする渚。
「な!?何よアレ!?……あんなの倒し様がないじゃない!」
一方、川辺は余裕綽々である。
「まあ……落ち着け」
「どうやってだよ!?どうやってあいつを倒せって言うんだよ!?」
川辺は冷静に質問する。
「悪質な密猟者がセンザンコウを絶滅に追いやってるんだけど、何でか解る?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
防御形態となった城戸をぺたぺた触る宇崎。
「本当に訳が解んない奴だなぁ……」
今度は、城戸を思いっきり蹴り飛ばした。
すると、丸まったのが災いしたのか、そのままコロコロ転がって何処かへ去ってしまう城戸。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
城戸の規格外の馬鹿に唖然とする渚。
「センザンコウを漢方薬や食用としか見ていない傲慢な考えがセンザンコウを絶滅に追いやってるのも事実だけど、センザンコウは素早く逃げたりせずその場で丸くなってしまうという習性があるから、悪辣な密猟者にとってはとても簡単に捕獲できる動物としてターゲットにされてしまうだよね」
川辺の説明を聞いて、黒居が何で城戸を危険性満載だと告げたのかがますます解らなくなる渚であった。
そして、セレナもである。
「……何だアレは?」
ただ、黒居は苦悩しながら微笑んだ。
「いや……[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]が怖いのは此処からだよ。[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]の[[rb:禁忌 > タブー]]を犯し過ぎた」
「……タブー?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
宇崎に蹴り飛ばされた城戸が、滝の様な涙を流しながら戻って来た。
「[[rb:自然 > ママ]]を虐めるな……」
無論、何も知らない宇崎は意図が解らなかった。
「あ?何だそりゃ?」
その間、城戸の鱗に変化が起こっていた。
「殺す。[[rb:自然 > ママ]]をいじめる奴。[[rb:植物 > ママ]]を壊す奴。殺す。殺す。殺す!」
そして、城戸が奇声を上げながら宇崎に突進した。
「ギュオオオオオオオオーーーッ!」
が、
「何だか分からねぇけど」
宇崎にとっては戦いやすい展開であった。
今の城戸の動きは、ただ怒りに任せて両腕と尻尾を乱暴に振り回しているだけで、小賢しい部分はなに1つ無いのだ。
「ヘッ!要は、当たらなきゃ……どうってこたねーんだ……よッ!」
だが、宇崎は何も気付いていなかった。城戸の全鱗の先端が針の様に鋭くなっていた事に。
その代償は大きく、鱗が宇崎の右掌を貫通してしまった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
[[rb:環境保護過激派 > エコテロリスト]]の行儀を完全に忘れたと言える城戸の暴走に唖然とする渚。
「ヤベェ!あの野郎、完全にキレまくって暴走してる!あんなに大事にしていた花々にも、一切構う事なく、薙ぎ払いながら攻撃を繰り出してる!?」
川辺もまた、城戸の暴走を観てさっきまでの余裕を失っていた。
「全身の鱗を逆立てたあの[[rb:形状 > フォルム]]は、いわば身体中から巨大なナイフが『生えた』状態!つまり尻尾の一振りで、束になったアーミーナイフが降り注ぐようなもの!しかも、ミミセンザンコウの前肢は力強く、土を掘る事にも適応してる!並の動植物だと、触るだけで致命傷だぞ!?」
センザンコウとは、地球上で唯一の『鱗』を持つ哺乳類である。
その数は実に300枚以上。
かつて中国では、あまりに特異なその風貌から、陸棲の魚類と考えられていたという。
城戸にとって全身を包むこの鱗は、自分を護る優しい母の如き存在であり、醜悪な敵から母を守るための武器でもある。
一方、[[rb:環境保護過激派 > エコテロリスト]]の行儀を捨てて本気になった城戸を観て、狂喜乱舞する陽湖。
「そ……そうよ[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]!一流の[[rb:駒 > ・]]に敗北は許されない![[rb:蜜獾 > ラーテル]]をブチ殺して優勝するのよ!」
それを聞いた姫乃は、最後の手段を実行に移す為に用意したスマホを制服の内ポケットにしまった。
「城戸さんは……プレイヤー選びを完全に間違えてしまった様ですね?最早……気の毒を通り越してます」
陽湖は、事態の劇的好転と城戸の圧倒的過ぎる戦闘力に酔いしれ過ぎて、姫乃の陰険な皮肉を完全に無視してしまった。多分、聞こえてすらいないだろう。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
宇崎対城戸を観ていた『兵士』達は、最終手段の実行命令を待っていたが、手にしたスマホは一向に鳴らなかった。
「どうしてだ!?何故姫乃様は御決断なさらない!?このまま……」
城戸の刃物の様な鱗と狂気的な暴走に完全に手を焼いている宇崎を観ながら歯噛みする『兵士』達。
「宇崎を見捨てる気なのか!?」
姫乃が反則敗け覚悟で用意した最後の手段。それは、クルーズ船『獣王』にいる姫乃と炎蹄島にいる宇崎の連絡手段として配置している『兵士』達の戦闘投入であった。
蜂が他の動物を襲うのは、巣が危険に晒されていると感じた時。
獰猛なスズメバチも、攻撃行動を取る前に、羽音を立てながら敵の周囲を飛び回り、大あごをかみ合わせて「カチカチ」という音を立て、威嚇する。
ミツバチに至っては、敵を攻撃すると息絶えてしまう。ミツバチにとって「攻撃」は、文字通り最期に残された防衛手段なのだ。
だからこそ、蜂は防衛本能を刺激されて攻撃的になると、死を恐れずに果敢に戦いを挑む。たとえそれが、体格差が240倍以上もある人間であろうと。
だが、陽湖の余計な言動のせいで、姫乃は城戸への攻撃命令を取り止めたのだ。姫乃が陽湖を完全に侮り過小評価していると言ってもいいくらいである。
そして、陽湖の上から目線的な言動の代償を支払う時が、突然やって来た。
「ヒトミさん!大丈夫ですか!?」
稲葉が突然地面からニョキっと生えたのだ。真後ろに城戸がいる事に気が付かずに。
殺気を感じた稲葉がゆっくり後ろを振り返ると、青筋を浮かべながら怒る城戸の姿が在った。
「もしかして……出るとこ間違え……た……?」
城戸の攻撃のターゲットが、目の前の宇崎から花畑に大穴を開けた稲葉にシフトしてしまった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
稲葉が引き起こしたギャグの様な展開に、ついさっきまで宇崎対城戸で盛り上がっていた一同が呆然となり、秒針の音だけが響き渡った。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
ちょっとした行き違いのせいで、稲葉が城戸に追いかけ回されていた。それを宇崎が追う。
「おい!人の獲物を盗るな!」
宇崎の文句に対して逃げ惑いながら叫ぶ稲葉。
「そんなつもりはありませーん!」
一方の城戸は、完全に狂気と殺意に取り憑かれて叫ぶだけであった。
それを観ている『兵士』達が逃げ惑う稲葉を気の毒に思うが……
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
逃げ惑う稲葉を観て、稲葉の身を案じる渚。
「あいつ逃げ回ってるだけで何も出来ないぞ!?」
一方、姫乃も川辺も意外に冷静であった。
「確かに、ウサギはあまり攻撃的じゃない。けど」
「けどって何だよ?」
「だいじょうぶです。稲葉さんは城戸の攻撃を全て見切っています」
「見切っているって……怯えて逃げ……」
よく視ると、
「本当だ!城戸の攻撃が稲葉に1発も当たってない!」
ウサギという動物が、最も本領を発揮する瞬間がある。
それは、逃げる時。
左右で個別に物音をキャッチする長く大きな耳で敵の位置を正確に把握。
危険を察知した瞬間、後肢を同時に蹴り出す「ハーフバウンド」と呼ばれる走法で、チーターと同様の加速を生み出し、更に、地面に掘った避難用の無数の巣穴が、短距離走で言うところのスターティングブロックの役割を果たし、ウサギ独特のロケットダッシュを可能とする。
その最大瞬間速度は、実に時速70㎞。
正に「脱兎の如き」瞬敏さで、狩人の手から逃れる技能を持つ。
それに引き換え……陽湖は、今[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]参加[[rb:獣闘士 > ブルート]]最弱と酷評されている稲葉如きにもたもたする城戸の姿にイライラしていた。
「何やってるのよ!?あんな[[rb:雑獣 > ザコ]]なんて、瞬く間にブチ殺しなさいよ!」
それを見た尊夫人が皮肉を言う。
「どうやら、[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]は[[rb:兎 > ラビ]]との相性が悪い様ですわね?」
陽湖は、赤面しながらしらばっくれる。
「ハ、ハア?何の事かしら?」
尊夫人と陽湖のやり取りを聴いて、陽湖の視る目の無さを呆れた。
「無駄だ。あの狭義的な単細胞では、[[rb:何百年 > いつ]]まで経っても[[rb:兎 > ラビ]]は斃せんよ」
それを聞いた黒居が皮肉を言う。
「そう言えば、『[[rb:女王 > クイーン]]』は[[rb:兎 > ラビ]]推しでしたな?」
だが、それでも渚は安堵出来なかった。
「いや……やっぱり駄目だ!アイツは確かに城戸の攻撃を全て避けてるけど、アイツは1度も城戸を攻撃してない」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
城戸の攻撃を全てかわしながら逃げる稲葉であったが、それもそろそろ疲れてきた。
「たーすけてー!」
「だったら換われぇー!」
対する城戸は、全く当たらない自身の攻撃にしびれを切らして大技を繰り出した。
嫌な予感がした稲葉が後ろを振り返ると、城戸がジャンプしながら丸まっていた。
「やばい!やばいのが来るよぉー!」
が、丸まったまま着地した城戸が、突然落とし穴に落ちたかの様にいきなり消えた。
「落とし穴!?」
城戸の着地兼消滅によって起こった砂塵が消えると、大方の予想通り大きな穴が開いていた。
ウサギはしばしば、狩人の嗜虐心をそそり、深追いさせ有利な地点に迷い込ませる。
これは、ガゼルなどにも見られる草食動物特有の逃走法であり、わざと速度を緩め捕まりそうになった瞬間、クイックターンで敵の気勢を殺ぐなど、追う側の心理を本能的に察する能力を持つ。
宇崎は、取り敢えず城戸を消した大穴の前で城戸を待ち続けた。
だが、
――城戸は――
2度と宇崎の眼前へは戻れなかった……。
ウサギの巣穴は、総延長50mにも及ぶ地下王国である。
内部では、無数の兎が集団生活を営んでおり、騙し部屋あり隠し通路あり、住人が増える度に拡張工事も行われるため、内部構造は複雑に入り組み、ウサギにとっては広大で快適な居住空間でも、侵入者にとってはうかつに攻め入れぬ[[rb:迷宮 > ラビリンス]]となる。
しかも、城戸の鋭い鱗がスコップの役割を果たしてしまい、丸まった状態なのも仇となり、坑道の拡張に大いに役立ってしまったのだ。
それに、プレイヤーが指定したマスから離れ過ぎると、首輪が反応して警告音を発し、それでもダメな時は首輪が爆発してしまうという[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のルールが、城戸から坑道攻略時間を奪ってしまったのだ。
――そのうち城戸は考えるのをやめた。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
まるでギャグの様な決着に一同が唖然として沈黙し、陽湖が椅子ごと仰向けに倒れながら気絶した。
ただ1人。
稲葉の勝利を予想していたセレナだけは満足げに大笑いした。
第19話:謎の青年
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
篠崎が陽湖が最も聞きたくない実況を言い放ってしまった。
「[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]が[[rb:兎 > ラビ]]の罠に堕ちたァーーー![[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]と[[rb:熊 > ベア]]は[[rb:蜜獾 > ラーテル]]に倒され既に撃沈!よって、この時点で……三門チームの敗北が決定しましたァーーーーー!」
陽湖は、まるで世界の終わりかの様に落ち込んでいた。
「こ……ここだけ明るさが違う……」
が、気にする事なく篠崎が残りの[[rb:獣闘士 > ブルート]]の数を整理する。
「あとの3チームは、共に残り2人!これは勝敗が予想出来なくなったぞォーーーーー!」
だが、篠崎のこの説明に猜疑的な考えを持つ姫乃。
(本当に同数と言えるのでしょうか?角供は、怒りに囚われて精神異常を起こした方を抱えての戦い。石田は、1人は戦闘力ゼロで1人は既に3連戦。三門は全滅。つまり……3人ともほぼ無傷の八菱が、圧倒的に有利!)
そんな姫乃の不安を煽るかの様に品田が話しかける。
「これで[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]は片付いた。残る脅威は、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]のみ」
姫乃の眉がピクと動く。
「邪魔な駒は整理しておきますので、ゆっくりいらして下さい。『女王』陛下」
姫乃がイヤミたらしく言い放った。
「こちらこそ、[[rb:急かしてしまって > ・・・・・・・・]]申し訳ありません」
一方、椎名の暴走のせいで話に割り込めない横田が歯噛みした。
「チッ!」
だが、横田の不幸はこれだけではなかった。
「な!?何という事でしょう……」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
風間が椎名と合流しようと移動していた。
「[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の基本戦略は、仲間の駒と合流。[[rb:鰐 > クロコダイル]]もこちらに向かっているとすれば、そろそろ同じマスに入ってもいい頃だが……」
突然、足場兼ジャンプ台である木々が次々と倒壊していき、風間は地面に叩きつけられた。
「何だい何だい!?このマスに何がいるって言うんだい!?」
そこにいるのは、怒り狂い過ぎている椎名であった。
「何なんだいこれは?脅かすんじゃ―――」
椎名は、冷静と考えるを既にやめていた。
(何があったかは知らないけど、いくら何でもキレ過ぎだろ!?……説得が通じるか……?)
怒りと憎しみに任せて周りの木々を破壊し続ける椎名から冷静さを感じない風間。
(いや、この異常者に対して、会話での意思疎通は不可能!マスから出ない程度に距離―――)
だが、風間は全てが遅かった。
椎名が尻尾で風間を殴り飛ばして木に激突させて気絶させてしまった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「角供チームの[[rb:鰐 > クロコダイル]]が……同じチームの[[rb:守宮 > ゲッコー]]を倒してしまったァーーー!」
篠崎の実況を聞いて頭を抱える横田。
それを見た渚が独白。
(予想されていた事とは言え……始まったばっかと今とのプレイヤー席の明るさが違う!)
だが、椎名の異常行為はこれだけではなかった。
「な!?こ……これはぁー!?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
何時まで経っても大河追撃指示が出ない事にしびれを切らした椎名が、プレイヤーの指示を伝え、[[rb:獣闘士 > ブルート]]のルール違反を予防する為の首輪を引きちぎろうとしていたのだ。
「ああーっ!あああーっ……!」
そして、とうとう首輪を引きちぎってしまった。
「ううーっ……あああーっ!」
そして、首輪は爆発した。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
首輪の爆発の威力が予想外に大きかった事に驚く渚。
「マジかよこれ!?殺す気か!?」
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の危うさを再確認した川辺が冷静に説明する。
「これぐらい危険だよって言っとかないと、[[rb:獣闘士 > ブルート]]がプレイヤーの言う事を聴かなくなるんだろう?現に宇崎の様な奴もいるし。それに、人間以外の動植物の自己治癒力は侮れない―――」
人間以外の動植物の自己治癒力は侮れないと言う、川辺が今言った台詞を証明する事態が起こった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
「うがあぁー……があぁー!」
爆炎の中から出て来た椎名が大河を追うべく歩き始めた。
多少の傷では、ワニは死なない。
何故なら彼らは、凶悪な雑菌の蔓延る泥濘の中、闘い傷付く事を日常としているのである。
そのため、哺乳類とは比較にならない程の強力な免疫機構を持ち、破傷風などの感染症に侵される可能性は[[rb:皆無 > ゼロ]]。
この事実が示すのは、中生代三畳紀に出現して以来、2億年以上もの間ほぼ形態を変える事なく、生存競争を勝ち抜いてきたワニの筋金入りの[[rb:耐久性 > タフネス]]である。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
緊急事態中の緊急事態に混乱する一同。黒居も予想外の事態に困惑する。
それらを冷静に見る姫乃達とセレナ達。
「……裏切りに対する免疫が……意外と低くね?」
「あの首輪を引きちぎるのも、あの爆発をもってしても死なないのも、彼らは想定していなかったんだろ?」
「愛情でも洗脳でもない……物としか見ていない強制的な命令の弊害が、とうとう出てしまいましたね?[[rb:獣闘士 > ブルート]]を駒と呼んでいる時点で、この事態をきちんと予測出来る筈でしたのに……」
「どうした?私をこの[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の観戦に[[jumpuri:誘った時の図々しさ > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11657676]]は、何処へ行った?」
困惑ぶりを指摘されて赤面する黒居。
「ハ、ハア?何の事だ?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
四大財閥と管理局を大混乱させた椎名の言動を全く知らない宇崎は、待ちぼうけにイライラしていた。
「何だよ?移動指示はまだかよ?」
宇崎と行動を共にする『兵士』の1人が姫乃と電話をしていたが、宇崎の期待とは真逆な事を言う羽目になってしまった。
「このままだと……[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]は中止かもしれない!」
「何で?」
「角供派の[[rb:獣闘士 > ブルート]]がルールから大きく逸脱し過ぎて首輪が爆発したんだけど、重大な違反を犯した[[rb:獣闘士 > ブルート]]はまだピンピンしてる!」
「で、そいつが[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のルール通りに動かないから中止?」
「でしょうね?プレイヤーと[[rb:獣闘士 > ブルート]]とのやり取りは、完全に一方通行。プレイヤーが一方的に移動指示を出すだけで、私達の様な現場側がプレイヤー側に自分の意志を伝える術が全く無いときてる」
だが、運営側の混乱を知っている者にとっては予想外の言葉が発せられた。
「駒の移動が確認されました。3分以内に東方向のマスに進んで下さい。繰り返します。駒の移動が確認されました。3分以内に東方向のマスに進んで下さい」
「なな!なにぃ!?」
誰の仕業か察しがついていた宇崎は、嬉々として歩を進めようとした。
「フン!園藤の奴、勝手に駒を動かしやがって……上出来だ!」
だが、『兵士』達は宇崎の予測について1つだけ疑問があった。
「待て待て!今は運営側の言う[[rb:いつも通り > ・・・・・]]とはかなりかけ離れているのよ!?さすがの姫乃様でも―――」
それに対し、宇崎は、姫乃を評価しているのか馬鹿にしているのか判り辛い事を言い出す。
「あいつ……口八丁が得意だぞ。一緒にいて気付かなかったのか?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
確かに、宇崎の言う通り姫乃は、ゲームの続行……もとい強行を願い出た。
「ダイズを振ります」
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]をよく知る他のプレイヤー達にとっては、とても通るとは思えない虚しい我が儘にしか聞こえなかった。
特に、駒全滅を認定されてしまった三門派にとっては、続行不能によるノーカウント試合に持ち込む絶好過ぎるチャンスでもあった。
「……通る訳……無いでしょ……」
陽参は、姫乃の胸倉を掴んで無理矢理立たせようとした。
「今まで散々好き勝手したくせに、まだ自分の好き勝手を通そうとする気なの!?スクールカースト最下位のクセにどこまで図々しいのよアンタは!?」
見かねた渚が陽参を突き飛ばした。
「何してくれてんの糞アマ!そういうテメェだって駒駒駒駒うるせぇんだよ!殺し合いをしている連中を駒扱いしてる奴に言われても説得力が無ぇんだよ!」
「[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の流儀に反し過ぎたクセに、まだまだ我が儘を言い足りない貴様等の図々しさには虫唾が走るわ!」
その先は、完全に売り言葉に買い言葉。渚と陽参の口論はどんどんヒートアップする。
そして、遂には渚が『針』を露出させてしまい周囲を驚かせてしまったので、川辺が慌てて止めに入る。
「落ち着け渚!確かにブチ殺したくなる程無礼な奴だが、ここでこいつを殺せば四大財閥に[[rb:楽園都市 > わたしたち]]潰しの大義名分を与える事になる!そうなれば、お前が姫乃様の楽園を潰した事になるんだぞ!?」
川辺の必死の説得を受けて渋々『針』を収める渚。
「すまねぇ……ついカッとなった……」
だからと言って、完全に中止に傾いてしまった運営側の意向が変わる訳ではなかった。
「お言葉ですが園藤様、今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]のこれ以上の続行は、もはや不可能と―――」
姫乃は、静かに“[[rb:ある無茶 > ・・・・]]”の口癖を真似た。
「不利も有利も、正常も異常も、いつも通りもいつもと違うも、全く関係無し!」
「ちょっと!?それってえぇーーー!?」
「牙の鋭い方が勝つ」
「あの引っ込み思案な姫乃があいつの!?」
遂に決断を下した祠堂の声が響き渡った。
「それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
それを聞いた篠崎が慌てて後ろのモニターを視て驚いた。
「だ!……ダイズが!?」
それに対し、品田が咳払いで出た目の数の発表を促した。
「え!?……あ……次の目は、4。園藤様、駒を進めてください」
篠崎がどうにか冷静を装おうとするが、予想外の展開に完全に動揺していた。
(本当にどういう事!?どう考えてもいつも通りの[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]は、もう不可能なはず!?)
そんな篠崎の疑問に答えるかの様に、再び祠堂の声が響き渡った。
「ただし、条件がある」
(じょ!?条件?)
「君が意図的に島に配置した複数の『兵士』。それらを[[rb:楔 > ルール]]から逸脱した[[rb:鰐 > クロコダイル]]の監視に使わせてもらう。現場のカメラスタッフだけでは手に余るからね」
それを聞いた横田が悔しそうに舌打ちをした。
「それが、園藤姫乃が行ってきた反則の数々に対する懲罰ですか?まるで[[rb:角供 > われわれ]]が悪役みたいじゃないですか?」
それに対し、品田は安堵の表情を浮かべた。
「これも……施しと言えるのですかな?『女王』陛下は、[[rb:八菱 > わたしたち]]に嬉しい誤算を何度も与えてくださる」
「どう言う意味だよ?」
「正直言って、この好機は逃したくなかった」
また不機嫌になる渚。
「宇崎の奴、随分なめらてんじゃねぇか?」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島花畑エリア
渚からの連絡を受けた『兵士』達が驚いた。
「はぁー!?何それ!?まるで姫乃様が人質みたいじゃん!?」
『兵士』達が言ってる意味が解らず首を傾げる宇崎。
「何言ってんだ?何でプレイヤーが捕まってんだ?」
『兵士』の1人が、一息ついてから事実を説明する。
「実はね、この島に忍び込んだ『仲間』は私達だけじゃないの」
「そんなの、とっくに知ってたよ。で?」
「その『仲間』を使って……その首輪を切って逃走中の違反者を見張れって言ってんだよ!」
宇崎は、また首を傾げた。
「何で見張るの?」
『兵士』達は耳を疑った。
「何でって……そいつが何をしでかすか分かんねぇだろ?」
宇崎は自信満々に言い放った。
「いや解るだろ?」
「判るの!?」
宇崎が持論を展開する。
「そいつって、自分のやりたい戦い方が有るから違反したんだろ?」
「それは、アンタだけだろ?」
「余程自分の強さに自信がないと出来ないって!」
いや、宇崎の推測はある意味正しかった。
今の椎名の頭の中にあるのは、大河の抹殺。それだけであった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
別の『兵士』達が激怒し過ぎて逆に冷静になった椎名を発見した。
「いたよワニちゃん!一直線に例の廃墟に向かってる!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
『兵士』達の報告を聞いた横田が、大河抹殺に拘り過ぎて理性を失った椎名の姿に歯噛みした。
(くそ!今回は[[rb:角供 > われわれ]]も三門も……石田に翻弄され過ぎた様だな!?)
一方の品田が今後の展開を予想した。
「どうやら……全ての駒が11-24に集結するようですな?」
横田が更に歯噛みした。
(それは良いんだそれは!問題は、[[rb:鰐 > クロコダイル]]が[[rb:虎 > ティガ]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が終了するまで待てるかどうかだ!)
姫乃は、横田の独白を聞き取ったかの様に言い放った。
「宇崎さんが大河さんにどれだけのダメージを与えられるか?そこに関心が入ってましたね?」
品田が間髪入れずに皮肉を言う。
「当然でしょ。相手の駒が無傷というのは、それはそれで嫌なものですからね」
横田の歯噛みが更に酷くなった。
(そう言いたいのは山々なんだよ!だが、俺はもう……[[rb:鰐 > クロコダイル]]に待機命令を出せないんだよ!)
KDDY顧問の田中正が口を挟む。
「いやいやいやいや。[[rb:麝香猫 > シベット]]の存在を忘れてもらっては困りますな?それに引き換え、角供は既に残り1人。八菱が俄然有利ですな?」
田中の楽天的な予想に、セレナが呆れた。
「何を言っているのだあいつは?石田にはまだ[[rb:兎 > ラビ]]が残ってるだろ?」
黒居がセレナの台詞に呆れた。
「推すねぇ……[[rb:穿山甲 > パンゴリン]]撃破の大金星を」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
そうこうしている内に、宇崎が大河の眼前に到着した。
「ヘッ。やっとお出ましか。待ってたぜ?[[rb:虎 > ティガ]]……だけ?」
それを観ていた『兵士』達が困惑した。
「良いのか?例のワニちゃんをほったらかしにして?」
「今更だけど、こいつの行動って刹那的過ぎなんだよねぇ。何となく流れで生きてる感あるわ」
「ある意味野性的ね」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』廊下
他の観客達がもうすぐ始まる宇崎VS大河の話題で盛り上がっている頃、黒居の小出しで中途半端な情報に惑わされてはいるものの三門陽参暗殺計画が順調に進んでいる事だけは正しく理解していた安達が、暗殺計画の犯人と黒幕に関する勘違いに取り憑かれた状態のまま四大財閥に密告しようとしていたが、
「……迷った……」
当然である。卑しくもこの『獣王』は、日本籍のクルーズ船有数の大きさと豪華さを誇っており、旅客定員は880人。客室数は440室にも及ぶ。
「つうか、たかが1隻の船に施設詰め込み過ぎなんだよ。良いのかよ日本人がカジノ作ってもよ?」
道に迷うにただでさえ少ない時間を、更に無駄に消費させられて不貞腐れる安達であったが、その先に1人の青年がいた。
だが、安達は声を掛けずにジーっと顔を視た。
「どうしました?私の顔に何か?」
顔を視る理由を問われた安達は、無礼を承知で質問した。
「あんた……男だよな?」
青年は、その質問の本当に意味を見抜いてこう答えた。
「ご安心ください。[[rb:私は > ・・]]『兵士』ではありません」
青年が男だと確信した安達が安堵の溜息を吐いた。
「すまねぇな、変に疑っちまってよ」
「今の行動を園藤姫乃に知られたくない様ですね?」
安達の表情に真剣みが増す。
「三門陽参に会わせてくれ」
だが、青年は冷静に業務的な事を言う。
「どの様なご用件でしょうか?」
青年の危機感の無さにイライラする安達。
「今はいつも通りをやってる場合じゃねえんだよ!三門陽参に残された時間は少ねぇんだよ!」
「少ない?三門会長の残り時間がですか?」
「早くしないと、あいつらが三門陽参を殺しちまう」
だが、青年は冷静に業務的な事を言う。
「つまり、VIPルームをお探しなのですね?」
「あ?何暢気な事言ってんだ?その気になりゃあ、この船の女性全員を『兵士』に変える事だって出来んだぞ?」
それに対し、青年は自信無さげに言った。
「そうは言われましても……私は、貴女様の言い分を一方的に聞かされただけですので、貴女様の言う暗躍を立証する自信がございません」
この正論に対し、安達は苦虫を噛み潰した様な顔をしながら不敵に微笑んだ。
「証拠が無いから誰も信じねぇって訳だ。まるでカッサンドラだな」
青年は、取り合えず口頭でVIPルームへの往き方を説明するが、安達が青年に背を向けた途端にズボンの左ポケットから白いハンカチを取り出そうとする。
だが、
「そのポケットの中のモノをしまいな」
背後からの声に反応するかの様に安達と青年が振り向くと、青年の背中すれすれに『針』があった。
(しまった!見つかったか!?)
目論見がバレたと思い込んだ安達が悔しそうに舌打ちするが、新崎敦子の台詞は、安達の推測とは真逆であった。
「おい、四大財閥!安達のバカに何を観られた?」
予想外の展開に、安達は反応が遅れた。
「……は……?」
「『は?』っじゃないよ!それ以外に四大財閥があんたを殺す理由があると思う?」
ここで漸く、黒居のあのセリフの正体に気が付いた。
(それって!?四大財閥同士の!?つうか!こいつも三門の敵なのか!?)
安達の動揺を無視して、新崎が勝手に話を進めた。
「安達が握ってる情報は、ちゃんと姫乃様に届ける。邪魔するならブチ殺すよ?」
だが、青年は自信満々に笑った。
「ハハハハハ!」
「何が可笑しい!?」
青年の次の言葉は、安達にとっては予想外なものだった。
「園藤姫乃から聞かされてないのか?新たな『女王』の誕生の可能性を?」
(え!?園藤姫乃以外にも『女王』がいるの!?)
だが、新崎は全く驚かなかった。
「へー。流石は日本財界の親玉様だ。もうアメリカにいる連中の事をご存じか?」
(そんで驚かないんだ)
「……それだけか?」
青年の不気味な言い方に、新崎が少しだけ焦った。
「え?そいつらの事言ってたんじゃないの?」
「はあぁー!?まだいるの!?」
その直後、新崎の背中に何かが刺さった。
「……『針』……?……誰……の……」
新崎はあっけなく死んでしまった。
青年が左ポケットから白いハンカチに隠した麻酔薬を取り出そうとするが、その前に催涙スプレーをかけた。
「もう引っ掛かるかよ!てめえらの好きにはさせねぇよ!」
急いでメインダイニングに戻ろうとする安達であったが、
(少々気に食わねぇが、あいつらを止められるのは園藤姫乃だけだ!急いであいつ等に―――)
安達の目の前に中国人女性が2人現れた。
「すまねぇ!ちょっと急いでるんだ!」
だが、2人の女性が『針』を露出させた。
「なっ!?」
嫌な予感がしたので後ろを振り返ると、青年が注射針を持って待っていた。
「岩崎弥芯が今日やろうとしている計画の失敗は、俺にとっても致命的な痛手なんでね……三門陽参の救出はさせん!」
安達は、自分の軽率な行動を呪った。
(チッ!ドジッちまった!)
第20話:中西大河
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』倉庫
姫乃が三門陽参の暗殺を目論んでいると勘違いしていた安達が、三門を裏切った青年に捕らえられていた。
(クソ……見誤ったぜ……)
自分がまだ生きている事を確信する安達。
(半殺しで済んでよかったぜ)
だが、問題が山積している事も自覚してしまった安達。
(でも、まだ何も解決してねえ。今一番の問題は、岩崎弥芯。あいつが敵だって事だ。何よりまずいのは、その事実を私以外誰も知らないっていう、絶望的な状況。このままだと、マジで危ねえんじゃねえか?三門財閥)
思い出すのは、黒居のあの言葉。
(園藤姫乃に三門陽参を救う力はねえ……か。あいつら、特定遺伝子組換改革法やアメリカに居る別の『女王』の事ばかり考えてるからな……多分気付いてねえだろうな……)
青年に打たれた麻酔薬が大分弱まったのか、他にも捕まっている者がいる事に気が付いた。
「園藤姫乃おぉーーーーー!こんな事をして[[rb:無事 > タダ]]で済むと思っているというのかあぁーーーーー!?[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の終焉は、もう眼前まで迫っているうぅーーーーー!」
(あいつも……私と同じ園藤姫乃の敵らしいが、今回だけは、園藤姫乃のあずかり知らずなんだよ……と言うか、アンタがここにいる事を知ってるかどうかさえ怪しんだよ……)
既に両手と両足を縛られているため、這いつくばって移動するしかなかったが、三門を裏切った青年に協力的な『兵士』はそれすら許さなかった。
「あの檻の中は見ない方が良い。日本人としての誇りを捨てたくなければな」
安達は、日本の未来の行く先について見込みが甘かった事を自覚した。
(クソが!いつでも日本を意のままに動かせる位置にいたのは、園藤姫乃でも四大財閥でもねえって事かよ?つうか、岩崎弥芯を今の内になんとかしないと、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]もマジで危ねえんじゃねえか?)
安達のそんな不安を知らず、園藤姫乃の謀略だと勘違いしている男の見当違いな叫びは続いた。
「これで勝ったと思うなよおぉーーーーー!貴様が気付いた時にはあぁーーーーー!我々の計画が貴様の首に喉元に銃を突き付けているうぅーーーーー!」
安達が男の見当違いに呆れた。
(違げえよバーカ)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
遂に出会ってしまった宇崎と大河が睨み合う。
だが、使用する技に反して戦闘にロマンを持ち込まない[[rb:麝香猫 > シベット]]は、この戦いに割り込もうとする。
(これで2対1。このまま一気に―――)
だが、余計な真似を考えている者は[[rb:麝香猫 > シベット]]だけではなかった。
(ケケケ![[rb:虎 > ティガ]]の奴、完全に[[rb:蜜獾 > ラーテル]]に夢中になってやがる。これは……チャンス!)
なんと、大河に吹き飛ばされて真っ二つにされた筈の大沼が、いきなり大河と[[rb:麝香猫 > シベット]]に飛び掛かったのだ。
コブラは、頭だけになっても死なない。
近年、中国広東省で料理人が食材として20分前に切り落としたコブラの頭部に噛み付かれて死亡するという事件があった。
これは、爬虫類の身体組織が、血液を阻害されても長時間機能する自律性を持つためであり、人類とは死に対する基準も概念も本質的に異なる。
特にヘビの場合、頭部切断から1時間以上経過しても生きていたという実例すらあるという。
「シャアアァ!」
だが、万全とは言い難い状況で戦いを挑むのはリスクが多過ぎた。
大沼の渾身の飛び付き噛み付きが大河に簡単に躱され、巻き込まれた宇崎が大沼を殴り倒した。
「ぶええッ!」
「ったく、頭だけのくせにしつけー奴だな」
宇崎は、何を思ったのか茂みに隠れていたカメラスタッフに声を掛けた。
「オイ。そこの隠れてる奴」
「え?」
宇崎が大沼を持ち上げると、
「ホレ。これ、持って帰れよ。急いで病院に連れてけば、千切れた下半身もくっつくんじゃねえの?爬虫類だし」
宇崎の提案に、一同が驚いた。
「しかしその……撮影もありますし、[[rb:鰐 > クロコダイル]]の捜索を行っている『兵士』達の監視も―――」
カメラスタッフの意見は、完全に無視された。
「早くしろよ。殺すぞ」
このやり取りに、完全に呆れる[[rb:麝香猫 > シベット]]。
「ちょ……ちょっと……助けてどーすんの?あんた、角供の[[rb:獣闘士 > ブルート]]に命を狙われてんのよ。今殺さないと、100%報復に来る」
それに対し、宇崎はあっけらかんと答えた。
「別にいいよ。そん時ゃ、また殺すから」
ラーテルという動物は、過酷な生存競争の中で生きる野生動物であるにも関わらず、わざわざ危険な領域に踏み込み命の危険を冒すなど、非合理とも言うべき判断の甘さを露呈する事がある。
だが、これはラーテルの弱さを示すものではなく、「絶対に負けない」という自負。食物連鎖の外にいる者のみが持ち得る、自然界の掟を逸脱した余裕の産物なのである。
それを聞いた大河が口を開く。
「それもいいだろう。あえて生かすも強者の特権。だが気付いているのか?」
「何が?」
「貴様も[[rb:獅子 > レオ]]に生かされているという事に」
「あ?何だそりゃ?」
大河は、まるで思い出に浸るかの様に語り出す。
「あの男は、昔からそうだった。獅子は兎を借る時も全力。そう嘯きながら、実際は手加減していた。誰もが相手でも一撃では仕留めず、全力を引き出してから全力で応えた」
そして、大河の目に宇崎への殺意が宿る。
「貴様は、その王者の嗜みを姑息な戦術で踏みにじっただけの事。貴様が[[rb:獅子 > レオ]]に勝ったなどと……断じて認めん!」
[[rb:麝香猫 > シベット]]は、白目を剥く程困惑した。
(い……一体……何の話?今は[[rb:獅子 > レオ]]の事とか、全然関係なくね?)
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「六条さんって、随分エロい事を考えている方の割には、あまりロマンには興味が無いようですね?」
姫乃のその言葉に嫌そうな顔をしたのは、[[rb:麝香猫 > シベット]]のプレイヤーである田中……ではなく、大河のプレイヤーである品田であった。
宇崎は、戦闘に関して色々と悪癖の様なモノを持っているが、大河もまた、ある意味戦闘に関する悪癖の持ち主である。
だからこそ、大河がせっかくの2対1を台無しにするのではないのかと不安になるのだ。
そして、そんな品田の危惧が直ぐに現実になってしまった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
漸く始まった宇崎VS大河!……なのだが……
大河の影身があまりにも早過ぎて、気付いた時には宇崎がふっ飛んでいた。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
渚はビックリ仰天。川辺も頭を抱えた。
「強過ぎる……三門三連戦の傷が有る無しなんて関係無い。ラーテルの強固な背中による爪撃無力化をもってしてもあの威力だなんて……しかも、大河の動きがまるで見えない……どうやって勝てというんだ!?」
トラの攻撃は重い。
狩りにおいてトラが獲物を捕らえる際、巨大な掌をハンマーの如く叩き付ける。その威力は凄まじく、イノシシやヘラジカの骨を折り、スイギュウの頭蓋を破壊する。
この壮絶な破壊力の源は、新生代第三紀に栄えた[[rb:剣歯虎 > サーベルタイガー]]の一族が、獲物の反撃で傷を負ったり牙を折られる事を避けるため、前脚の筋肉を鍛え上げ、圧倒的なグリップ力を獲得した事に起因する。
即ち、たとえクリーンヒットでなくとも、致命傷を与え得る。それが、2300万年に及ぶ進化の歴史に裏打ちされた、猫科最強の打撃なのである。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
が、戦いはまだ終わっていなかった。
「立て!今の一撃、かわした事は分かっている。もう一度だ。次は仕留める」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
大河の台詞とは全く逆の台詞を叫ぶ渚と川辺。
「立つなああぁー!立ったら殺されるううぅうー!」
だが、大河に吹き飛ばされて廃墟に激突した筈の宇崎は、平然と立っていた。
「SHOWDOWN![[rb:虎 > ティガ]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]!今大会大注目の[[rb:対戦 > カード]]が実現!しかも[[rb:1対1 > ワンオンワン]]!これは、前回大会優勝の実績から来る強者の余裕か!?だが、一撃決着ならず!絶技『虎砲』を掻い潜り……[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が立ち上がったァーーーッ!」
それを観た渚と川辺が愕然とした。
(あの馬鹿……終わったぁー……)
(さようなら宇崎瞳……迷わず成仏してくださいね……)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
渚と川辺が完全に諦めムードなのに対して、宇崎は相変わらず図々しかった。
「ゴチャゴチャうるせえ。御託はいいから、さっさと来いよ。牙の鋭い方が勝つ。ただそれだけ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
宇崎のしぶとさと大河の必勝パターンの相性について独自の分析を行う[[rb:麝香猫 > シベット]]。
(凄まじい脚力で水平に跳躍して瞬時に死角に回り込む『跋虎』から相手の隙を捉えて放つ居合の一撃『虎砲』で仕留める……だが、これでは[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の忌々しい分厚く柔軟性に富んだ甲皮しか攻撃出来ない!だとするなら……ちょっと怖いが、[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が前で『虎砲』を受けられるように―――)
宇崎と行動を共にしていた『兵士』達が[[rb:麝香猫 > シベット]]に忠告する。
「やめろ!状況的には、協力して宇崎を倒して暴走しているワニちゃんに備える方が八菱の思惑通りだけど、あのトラちゃんの目は完全にイッてる!下手に関われば、アンタもトラちゃんに斃されるよ!」
[[rb:麝香猫 > シベット]]は『兵士』の忠告を無視する心算だったが、場の空気が1対1を妨害する事を許さなかった。
「……!?」
[[rb:麝香猫 > シベット]]は……自分のデコに刃物が貫通したと錯覚してしまった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
やっぱり出てしまった大河の悪癖を観て困る品田。
「大河め、勝手な事を……せっかく2対1の状況を作ってやったのに、みすみす勝機を遠ざける様な真似を……何故だ!?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
全長が200m近くある豪華クルーズ『獣王』。
乗客を楽しませる為の施設がたっぷり用意され、スタッフやクルーの為の区画も存在するが、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の観客席としても利用される為、四大会長達の為に備えられた特別室もある。
「フフ……苛立ってるなあ、品田君。ここからならよぉーく観えるよ。君の動揺も駒の動きもゲームの流れも観客の興奮も、この、VIP専用の観戦室からなら……全てが手に取る様だ」
興奮気味な岩崎に着席を促す三門陽参。自身に関する様々な暗躍が巻き起こっている事にも気が付かずに……
「まあ座れ、岩崎君。知っての通り、今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]。賭かっているモノが、ちと大き過ぎるでのう。勝敗が決する前に、もう一度取り決めを確認したい」
岩崎が指を鳴らす。
「園藤姫乃があらゆる手を使って白紙撤回させた……特定遺伝子組換改革法。通称『獣化法』。表向きは作物の品種改良に関する規制緩和。だが、その実態は、獣化手術の合憲合法化。これは、獣化産業・獣化ビジネスの拡充に繋がり、莫大な経済効果を生み出す大改革。そこに生じる利権を、四財閥がどう配分するか……その決定権を勝者が握る。という事でしたかな?」
残り2人にも同意を求める陽参。
「うむ。他の2人も異存あるまいのう」
角供財閥総理事の角供雅が溜息を吐きながら告げる。
「はい。ウチはもう……敗けたも同然ですからな。勝者に従うのみですよ」
そして、石田に向かってチクリ。
「石田の駒が余計な事をしなければ、勝ち目はあったんだがね」
「う!」
石田財閥運営会総務で株式会社ソンバンク代表取締役社長の尊正義が汗だくになりながら釈明する。
「家内がどうにも、空気を読みませんで……」
岩崎が尊社長に助け舟を出した。
「いやいやいや。品田君の駒が殺られていたら、今度はウチが危なかった。[[rb:GJ > グッジョブ]]ですよ尊総務」
「は、はあ……」
雅は、これ以上口論しても意味が無いと判断して独白する。
(まあいいだろう。今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]。勝敗はさして重要ではない。なぜなら、獣化法で最も旨みを得るのは、どの財閥でも[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]でもなく、祠堂が率いる管理局だからだ)
時間が経つにつれ、雅の猜疑心はどんどん膨らんで行った。
(奴らの本分は遺伝子産業。獣化製造に必要な遺伝子工学の研究施設や医療施設の全てを管理している。これから力を得るのは白明の理。祠堂は、その立場を利用し、三門や八菱に取り入り、発言力を強めている。若造めが……だが、手は打ってある。祠堂零一。貴様の野望など、木っ端微塵にしてくれるわ。クク……)
陽参暗殺計画といい雅の猜疑心といい、どうやら、姫乃が危惧する程四大財閥は一枚岩ではない様である。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
大河の2度目の『虎砲』が宇崎の分厚く柔軟性に富んだ背中に命中するが、それでもなお宇崎は戦意を失わないどころか更に増した。
だが、卑しくもスイギュウすら叩きのめせる程の一撃。宇崎は平然とは程遠い状況であった。
「がはッ!がッ!ぐえ……ゲエエッ!がはッ!」
「ちょっと宇崎!?アンタ今、血を吐かなかった!?」
(く……くそ……)
『兵士』達の動揺に反して、宇崎の戦意は増すばかりであった。
(確かに速いけど、タイミングはわかってきた。次で仕留めてやる)
だが、全く同じ手が3度通用するのは馬鹿のする事であり、大河もそれは心得ていた。
「俺の『虎砲』、2度凌いだのは[[rb:獅子 > レオ]]だけだ」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
渚が白目を剥く程悩んだ。
(あの役立たず駄猫……あいつが言う程の強さを持ってたっけ……?)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
「認めよう。[[rb:獅子 > レオ]]があえて勝ちを譲るだけの[[rb:潜在性 > ポテンシャル]]を」
大河の体勢が、いつもの『跋虎』とは明らかに違った。
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』。その実力に敬意を表し……次の一撃で……殺す」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
川辺が頭を抱えながら大声で叫んだ。
「かあぁーーー!終わったあぁーーーーー!」
一方の品田は、圧倒的優位のせいか余裕であった。
「やれやれ、大河の奴め、ようやく本気になったか。そこの『兵士』の言う通りだ。キミの駒は……もう死んだよ。『女王』陛下」
姫乃は何も言えなかった。
実は、『兵士』達への攻撃許可以外にも策は用意していたが、この位置では実行不可能だった。
かと言って、大河を殺すのにどれだけの『兵士』を消費するのか計り知れないのも事実。
つまり、もう打つ手はないのだ。
黙って……宇崎の末路を見守るしかない……誰もがそう思った。
だが!
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
全力の『絶爪』を繰り出そうと重心を屈めて爪を突き立てる。
その状態で繰り出す『虎砲』は神速の域であり、これを食らって死なない事は[[rb:獅子 > レオ]]以外は在りえないと自負する大河最大の必殺技。
なのだが、その前に椎名の尻尾が宇崎を捕らえて弾き飛ばしたのだ。
「邪魔だ……[[rb:虎 > ティガ]]は……俺が殺る!」
横田が望まず来るなと祈った事態……椎名が宇崎VS大河に間に合ってしまったのだ。
それを見た大河は、全力を出す為にわざと下げていた重心を上げた。
(え?何で『絶爪』をやめてんのよ?)
目の前にいる狂い堕ちた卑怯者相手に本気を出すのは気が引けた大河であったが、攻撃しないとは一言も言ってはいなかった。
そして、いつもの『虎砲』が椎名を捉えた。
「不意打ちの返礼に不意打ちを食らわせたまで。文句はあるまい」
だが、大河にとっても[[rb:麝香猫 > シベット]]にとっても信じられない事が起こった。
椎名が大河から受けた傷が、もう治りかけていたのだ。
ワニの血液には、[[rb:HIV > エイズウイルス]]をも無力化するという強力無比な免疫機構が備わっており、その治癒力は、汚泥の中で噛み傷を負っても、闘いの中で完治する程の凄まじさで知られる。
「誰にも俺は殺せねえ。だが、とりあえず、[[rb:虎 > ティガ]]は死んどけ」
一方、戦いが宇崎VS大河から大河VS椎名に移ったのを好機と感じた姫乃が、『兵士』達にある命令を下す。
「お言葉ですが姫乃様……プランCは、1度実行すればもう引き返せませんよ?」
だが、他に宇崎が大河に勝利する方法がないのだ。
『兵士』達が姫乃の指示を了承すると、椎名の尻尾による打撃によって倒れている宇崎に向かって何かを言っていた。
第21話:宇崎瞳
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
姫乃の指示を受けた『兵士』が四つん這いで宇崎に覆い被さる姿を観て、姫乃が何を知って何を[[rb:起動 > ・・]]させようとしているのかを把握した祠堂は、姫乃が1年前に公安警察特務捜査課に不当逮捕された母親を助ける為に意図的に築き上げた人脈の広さに畏怖した。
(まさか……たったあれだけの時間で7年前に辿り着くとはな。あの時の本気が良く解ったよ)
2012年5月12日 香港九龍・尖沙咀地区龍記招牌雲吞
祠堂がある噂を聞きつけて、部下の柴山と共に香港にやって来ていた。
「社長。滞在の期限は1週間ですからね。それ以上は延ばせませんよ」
社長と呼ばれた祠堂が訂正する。
「お前なあ、いい加減社長はよせよ。会社が([[rb:牙闘 > キリングバイツ]])管理局に統合されてからもう3年―――」
店に外が騒がしかったので外に出てみると、ボロボロの白いワンピースを着た獣の様な少女が、口に盗んだ肉まんを銜えながら走り回っていた。
その動きは既に人間ではなく、体毛も耳も手足も動物そのものであった。
「何だありゃ!?猿!?いや……山猫!?」
柴山はその少女が人間には見えなかったが、祠堂は何かを確信し、嬉々としてその少女を追った。
「追うぞ柴山!あれが[[rb:原種 > オリジン]]だ!」
そして、祠堂が咄嗟に指示を出す。
「南西方向に向かった!行く先は、おそらく[[rb:重慶 > チョンキン]]!お前は反対側から回れ!」
「[[rb:重慶大厦 > チョンキンマンション]]!ガイドが絶対に行くなって言ってた場所ですね。分かりましたよ社長!」
因みに、香港人にとっては大変失礼なやり取りである。
A座3階に警備員詰所が設けられるなど2000年代以降警備の強化が続いている。問題となっていたG階での強引な客引きも2008年末から規制の強化が行われ、以前よりは悪質な客引きは大幅に減っている。
2012年5月12日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
その少女が、一体何者なのか?
どうやって生まれ、何処から来たのか?
誰も知らない。
だが、その異様と獣の如き性情から、現地の人々は、彼女をこう呼んだ。
『[[rb:畜生 > チェーシェン]]』
言葉も心ももたない唯の動物。それが彼女の名前だった。
そして、そんな彼女に親しく話しかけるのは……祠堂零一だけであった。
「大丈夫。私は味方だ。ほら、GoobneChickenの韓国チキンだ。美味いぞ」
少女は、警戒しながら匂いを嗅ぐと、祠堂の手を噛んでチキンを奪って逃げてしまった。
「い痛ッ!ぐ……」
少女がどっかに行ってしまってから柴山が漸く祠堂に追いついた。
「社長!大丈夫ですか!?社長!奴は何処に!?」
だが、祠堂は柴山の質問には答えず、少女が逃げた方向を見ながら喜んでいた。
「ついに見つけたぞ……[[rb:原種 > オリジン]]。獣人の存在意義を根底から覆し得る道の存在。何としても……あいつを日本に連れて帰る」
だが、その目論見は容易ではなく、その時から、祠堂零一の苦闘に日々が始まった。
2012年5月13日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
「やあ、また会ったね。どうやら、この貯水タンクは君のお気に入りの場所らしい。機能のお詫びに、今日はいろいろ持ってきた。君の好物があるといいが―――」
なす術無く蹴られる祠堂。
「あ……でえ!う、うぐぐ……くそ、負けんぞ」
2012年5月14日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
「どれもうまいぞ!」
なす術無く蹴られる祠堂。
2012年5月15日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
2012年5月16日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
2012年5月17日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
2012年5月18日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
2012年5月18日 香港九龍・尖沙咀地区[[rb:彌敦酒店 > ネイザン・ホテル]]
傷だらけの祠堂を診て、柴山が苦言を呈する。
「ったく、何やってんだか。相手は獣ですよ?餌付けなんかできるわけないでしょ」
祠堂は、少女が唯の獣とは思えなかった。
「いや、そうでもないさ。少しずつだが近づける距離は縮まっている。それに、ヒトミの好みも解ってきた。肉や魚より甘い―――」
「!?」
既に名前まで考えている事に驚く柴山。
「ちょ……何ですかヒトミって?あいつの名前!?」
「あの子は人間だ」
あの少女を人間と呼んだのは、多分祠堂が初めてであろう。
「その証拠に、瞳の奥に知性の輝きがある。服も着てるし、言葉も理解出来る。時間さえかければ、意思の疎通も―――」
柴山は猛反対した。
「社長!いい加減にしてください!これ以上は危険だ。篠崎を呼んで捕らえさせます。それまでの間、もう2度とあいつに近づかないで下さい!」
2012年5月20日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦屋上
祠堂は、懲りずにまた少女の前に現れた。
「だってさ。柴山には参るよ。お陰でこんな時間にコソコソ逢引きだ」
少女は、何も答えず、ただ祠堂から貰った物を食べていた。しかし、
「悪い奴じゃないんだが、今頃は、まるで亭主の浮気を疑う古女房―――」
少女は、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ふるによーぼ?」
少女が喋った事に驚く祠堂。
「瞳……今お前、喋ったのか?」
大喜びで少女に近付く祠堂。
「やっぱり言葉が分かるんだな!俺の名前も言えるか?祠堂だ。ほら祠堂!」
だが、祠堂の歓喜は、非情な1発の銃声によって絶望へと変わった。
祠堂が残念そうに振り返ると、柴山が少女に向けて銃口を向けていた。
「柴山!お前、何て事を!」
その隙に少女が逃走してしまう。
「ヒトミー!待ってくれ!ヒトミー!」
一方、悪びれない柴山は、
「麻酔弾を撃ちました。2~3分で身動きできなくなるでしょう。その隙に捕まえれば―――」
祠堂が柴山を殴り倒した。
「大馬鹿野郎!野生の獣にとって、たとえ一時でも、身体の自由を奪われる事が、どれだけ危険か分からないのか!?」
2012年5月20日 香港九龍・尖沙咀地区重慶大厦裏路地。
柴山が撃ってしまった麻酔薬の効果が、少女にとっても、祠堂にとっても、最悪なタイミングで効果を発揮してしまった。
「急げ!この辺りは[[rb:流氓 > リウマン]]と呼ばれる中華系マフィアが仕切る無法地帯。日頃から住民の恨みを買ってる泥棒猫が、荒っぽい連中に捕まればどんな目に遭わされるか!?」
祠堂が見たものは……
複数のチンピラに取り囲まれ、凶暴そうな犬達に両腕を噛まれている少女の姿であった。
「ま!?待ってくれ!」
居ても立っても居られない祠堂が少女の許へと走る。
「その子は獣じゃない!人間なんだ!言葉も通じるし感情だってある!ただルールを知らないだけなんだ!」
だが、悪辣なチンピラ達にとっては喧しいだけであった。
「令人沮喪」
チンピラに殴り倒される祠堂を見て慌てて飛び掛かる柴山。
「しゃ!?社長!?」
だが、簡単に返り討ちにされた。
「請勿打擾。我會殺了你?」
悪辣なチンピラ達は、祠堂に銃口を向けながら、更に邪で身勝手な事を言い始めた。
「此外當你反對、你也是像他一樣、切斷四肢在迷藥我賣!」
このままでは少女が殺されると思った祠堂が、銃口を撥ね退けで少女に覆い被さる。
「不要上當!」
少女に覆い被さった祠堂に対し、悪辣なチンピラ達が殴る蹴るの暴行を加える。
「請停下來、因為它在路上!」
「死了!」
「しゃちょおぉーーーーー!」
柴山の悲痛な叫びが届いたのか、チンピラが何者かに蹴り飛ばされた。
「什麼!?」
「是誰!?」
その姿を見て、祠堂が安堵した。
「来てくれたか!?篠崎!」
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]でのハイテンションな実況とクールな司会進行しか知らない者にとっては予想外だが、篠崎は凄まじい戦闘力を誇っていたのだ。
「遅れて申し訳ありません。局の事務作業が滞っておりまして」
篠崎の謝罪に対し、安堵した祠堂が安心させる様に指示を出す。
「私は大丈夫だ。この子もな。悪いが柴山を看てくれ」
そして、四つん這いで覆い被さる形で少女に語り掛ける祠堂。
「もう大丈夫だヒトミ。一緒に行こう」
それが、ヒトミが祠堂と心を通わせた、最初の瞬間であり、ヒトミが獣から人へと生まれ変わった瞬間であった。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
しかし今宵……
人間社会に寄生して乗っ取ってしまう『蜂』の力を手に入れた『女王』園藤姫乃の謀略が、ヒトミを人から獣へと引き摺り戻してしまった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』倉庫
麻酔薬の効果がまだ僅かだけ残っているにも関わらず、安達は隙を見て逃走した。三門陽参の敵の思惑と戦う為に。
それを監視していた姫乃とは無関係の『兵士』2人が追おうとするが、あの青年が2人を制止する。
「もう、あの女を捕縛する必要は無い。もう……間に合わんよ」
「本当に大丈夫なのか?あの者の口から、三門陽参殺害計画が漏れたら?」
青年は強気だった。
「もうあの者1人だけではどうする事もできまい。それに、今は[[rb:虎 > ティガ]]VS[[rb:蜜獾 > ラーテル]]だそうだ。[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の出資者でプレイヤーである園藤姫乃は、モニターから目が離せんよ」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
覆い被さっていた『兵士』を突き飛ばした宇崎の変化に、7年前の香港の出来事を知らない者達は驚きを隠せなかった。
特に横田は、汗だくで蒼褪めていた。
「何だ……これは……?」
姫乃は、1つの仮説を口に知る。
「宇崎さんは、おそらく獣化手術を受けておりません」
一同は、姫乃の頭の悪さに呆れていた。
「……何を言っているのかね君は?」
「そうだ!獣化手術なくして[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の変化をどう説明する!?」
姫乃は、ある調査資料をテーブルにぶちまけた。
その中に、あの少女と祠堂が一緒に写ってる写真もあった。
「この写真が何だと言うんだ!?」
尊夫人は、写真に写る少女の正体に直ぐに気が付いた。
「[[rb:蜜獾 > ラーテル]]」
その言葉に、一同の視線が尊夫人に集中した。
一方、姫乃が7年前の香港での出来事を知っている事に驚き困惑する篠崎。
(どうしてこれを!?いや……管理局にも『兵士』が宿ってしまったと見るべきね!)
そして、姫乃が仮説を再開した。
「7年前まで、重慶大厦付近で猿の様な生物による盗難事件が相次いでいたそうなんですが、祠堂零一が1人の少女を連れて日本に帰国した辺りから、猿の様な生物の盗難は一気に終息したそうです」
横田は、恐る恐る姫乃に質問した。
「では何か?その猿の正体が[[rb:蜜獾 > ラーテル]]だと言うのか?」
姫乃は普通に答えた。
「はい。かなりの確率で。そして、宇崎さんは、何らかの環境悪化の影響により、胎児の頃から既に獣化手術を受けた状態……つまり、宇崎さんは最初から[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:蜜獾 > ラーテル]]』だったんです」
横田は、歯軋りしながら悔しがった。
「くっ!……化け物めぇー」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
祠堂もまた、宇崎の変化について説明していた。
「あれがヒトミの本来の姿。遺伝子操作による強制的な獣化ではなく、初めから獣化DNAを持って生まれた[[rb:原種の獣人 > オリジンビースト]]」
それを聞いた雅が不機嫌な顔をする。
(チッ![[rb:蜜獾 > ラーテル]]にその様な隠し玉が残っていたとはな!?だが、お陰である疑念が確信に変わったわ!)
「人と獣の完全なる融合は、身体のみならず、本能を司る脳幹深部まで影響を与え、人体に眠る獣の本能『精神の牙』を研ぎ澄ます」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
大河との戦いに戻ろうと立ち上がる宇崎だが、その姿は、肌が褐色になり体毛も白く変化していた。
「さっきの続きをしようぜ[[rb:虎 > ティガ]]!」
それを見た[[rb:麝香猫 > シベット]]は、そんな宇崎の外見変化の困惑した。
「これは……[[rb:蜜獾 > ラーテル]]の完全獣化?いや、もっと別の何か……」
大河に飛び掛かろうとした椎名を突き飛ばす宇崎だが、[[rb:麝香猫 > シベット]]は、その宇崎の一連の動作が速過ぎて目で追えなかった。
「な!?何!?今の!?」
一方、宇崎の性格も普段以上に破壊的なものに変化していた。
「さあ……[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を始めようぜ!」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』
[[rb:原種の獣人 > オリジンビースト]]の存在を知る祠堂と姫乃は異口同音。まったく同じ事を言っていた。
「牙の鋭い方が勝つ。それが『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』だ」
第22話:椎名竜次
椎名竜次。
彼には喉から手が出るほど力を欲した時期があった。
竜次は弟の咢と仲が良かったが、暴力的な父親と育児放棄の激しい母親から身を護るための共同戦線という、防御本能から来る必然的な関係と言えた。
だが、ある程度成長するにつれて、父の標的は弟に絞られた。弟の方が頭が良かったからだ。
子供らしい愛嬌と大人びた利発さを兼ね備え、場の空気を読み、何でも卒なくこなし、巧みに人心を捉える、「良い子」そのものであり、時にわざと父の神経を逆なでしているのかと思える程、誰に対しても常に礼儀正しく社交的であったため、その慇懃無礼とも言える態度がいわゆる「反社」に身を置く父の癇に障るのもまた必然と言えた。
竜次は思った。
弟を[[rb:父親 > しゅくてき]]から護る為には、自分自身が[[rb:父親 > しゅくてき]]より強くなる必要があると。
故に、小学校高学年になる頃には、椎名竜次は立派な不良に成長していた。
だが、竜次が心の底から望む様になった[[rb:父親 > しゅくてき]]の殺害を先に実行したのは……弟の咢の方だった。
父親が寝てる間に包丁でアキレス腱を切断し、身動きが取れない状態にしてから包丁で全身滅多刺しにしたのだ。
内に潜む凶暴性は、咢の方が上だったのだ。
その結果、竜次の強くなりたいという願望から目的と目標が完全に抜け落ち、執念だけとなってしまったのだ。
そんな竜次の「行き場を失った強化願望」を更に刺激したのが獣化手術と[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]で、憎き[[rb:父親 > しゅくてき]]が死んだ後に[[rb:獣闘士 > ブルート]]という人ならざる者になった事で……
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
「ぐおおおおおー!」
椎名竜次は、[[rb:父親 > しゅくてき]]の魔の手から弟を護る為になりたいと思っていた[[rb:父親 > しゅくてき]]より強くて悪い存在に漸くなれたのだ。
「がああぁーーーー!」
椎名が宇崎と大河の激突を待たずに突撃した。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
勿論、椎名のプレイヤーである横田にとっては、頭を抱える程嫌な展開である。
「よせ[[rb:鰐 > クロコダイル]]![[rb:虎 > ティガ]]と[[rb:蜜獾 > ラーテル]]が潰し合うまで待て!」
当然、横田の悲痛な叫びは、遠く彼方にいる椎名には届かず、逆に勢いが増した様に見えた。
「くそ!もはや打つ手は!?」
その時、スマホをいじる渚の姿が目に映り、それを奪おうと立ち上がった。
「おい!そこの『兵士』!それをよこせ!」
「……やっとかよ?」
渚が皮肉めいた微笑みを浮かべながらスマホを横田に手渡そうとしたが、姫乃が無言で右手を上げる形でそれを妨害した。
それを見た横田が胸倉を掴みながら姫乃を立たせた。
「どう言う事だ害虫!?」
「おいてめぇ―――」
姫乃が無言で左手を上げる形で渚の飛び掛かりを妨害した。
「その程度で、あの3人が停まると思いますか?」
今度は、姫乃が横田のネクタイを掴んだ。
「認めてください!私を含めた[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]参加プレイヤー全員が、[[rb:獣闘士 > ブルート]]の人生を滅茶苦茶にしている事実に!」
横田は、姫乃の気迫に圧されて汗だくになりながら沈黙した。
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]は駒じゃない……取るに足らない虫けらは、お前の方だ!」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
宇崎と大河と椎名が壮絶な三つ巴を繰り広げていた。
宇崎の爪が光り、椎名の尻尾がうなりを上げ、大河の脚力が砂塵を起こし、横槍を許さぬ雰囲気を醸し出している。
「これこれ!こういうのこういうの!やっぱ[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]って、愉しいなあーーー♡」
「[[rb:虎 > ティガ]]!お前は死んどけ!そして、俺より強くて悪い奴など……どこにもいねぇー!」
「[[rb:獅子 > レオ]]のいない[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]など退屈そのものと断じていたが、様々な者が裏で動いて何かを企んでいるとすれば話は別。少しは愉しめそうだな」
言ってる事は三者三様だが、どこか楽しそうなのは一緒なので、その場にいた『兵士』達は、完全にドン引きした。
「……ついてけん……」
一方、自分とは全く関係の無い三つ巴が決勝戦扱いされる事態を、自分のプライドが傷付く事態と捉えてしまった[[rb:麝香猫 > シベット]]は、空気を読まずに[[rb:霊猫包香 > シベトンラップ]]の発動準備に取り掛かる。
「私を差し置いて決勝戦だと!フンッ!体内からシベトンを噴出させて!性欲を亢進させ!戦局を操ってくれるわ!」
とっさに[[rb:麝香猫 > シベット]]は体内から圧縮したシベトンを噴出させ、3人の性欲を亢進させ性的興奮を高めようとするが、功を焦り結果を急いだ事が仇となり、椎名の尻尾が[[rb:麝香猫 > シベット]]を吹き飛ばした。
「ぎぃゃぁぁあああ!だ……だめか!と……遠ざかるッ!あの3人の攻撃の威力が大き過ぎて、私が決勝戦から遠ざかってしまうッ!き……軌道を変えられん、も……戻れんッ!ぎぃゃぁぁあああ!」
やめとけばよかったのに、[[rb:獣闘士 > ブルート]]としてのプライドに命じられるかの様にしゃしゃり出てしまい、そのまま早々と退場した[[rb:麝香猫 > シベット]]であった。
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]……どいつもこいつも馬鹿だよ……」
1人の『兵士』が、足下の異変の気付いた。
「ん?」
そこへ、宇崎の退路を確保するために稲葉がやって来てしまった。
「たぁーーーッ!」
「馬鹿!来るな!殺されるぞ!?」
「殺される!?それって!?」
だが、[[rb:麝香猫 > シベット]]が体内から圧縮したシベトンを噴出させた事が、稲葉の運命を変えた。
「へにゃあーーー♡なにこれぇー♡力が入らにゃいーーー♡」
『兵士』達は、稲葉の突然の発情に面食らった。
「はあぁー!?」
「なにエロ声出してんの!?」
「意味解んない!?」
一方の稲葉は、自身の発情に翻弄されて無様に転がっていた。
「あひゃああん♡きもちいいーーーーー♡」
人間は一年中発情期。
という言葉もあるが、ウサギも年間を通し、毎日が発情期である。
ウサギは概して成長が早く、生後わずか5ヶ月で生殖機能が成熟し、繁殖の準備が完全に整う。
これは、とにかく子孫を残す事で絶滅を避けようとする弱者の本能であり、特にメスなどは最も効率の良い次世代生産のため、出産後でもすぐ発情期に入るという、凄まじい徹底ぶりである。
「……どうしよう……これ……」
「ふにゃあ♡うにゃあああん♡子作りしたいぃーーー♡」
「……ほっとこう」
「ほっとくの?」
「うん。変に冷静になって……」
『兵士』達の視線が宇崎と大河と椎名の壮絶な三つ巴に向けられた。
「あれに割り込むチャンスを窺うなんて馬鹿な真似をする心配が無さそうだし」
「……そうだねー……」
こうして、この三つ巴の邪魔者が勝手に退場したのであった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
「[[rb:蜜獾 > ラーテル]]復活ゥーーー![[rb:鰐 > クロコダイル]]の一撃をものともせず臨戦体勢!互いに傷を負ってはいるものの、これはもはや、事実上の頂上決戦して[[rb:最終決戦 > ファイナルショウダウン]]![[rb:蜜獾 > ラーテル]]VS[[rb:虎 > ティガ]]VS[[rb:鰐 > クロコダイル]]![[rb:戦闘 > レディー]]……[[rb:開始 > ゴー]]!」
観客席の異様な盛り上がりと篠崎のハイテンションな実況に反して、3人のプレイヤーである品田と横田と姫乃は気が気でなかった。
(全ての足枷を外してこの程度!?もし、あのままの状態で続けていたら、宇崎さんは……)
(これで……正真正銘の1対1になってしまった!もはや見守るしかない訳か?)
(くそ!全ての策略が全てパーだ!)
どうにかここまで戻って来れた安達は、この騒ぎを見てなぜあの状態から逃げ切れたのかを悟って愕然とした。
(駄目だ……誰も聞く耳持っちゃいねえ……)
安達は、知らず知らずの内に滝の様な悔し涙を流していた。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
壮絶な三つ巴は、椎名が出遅れる形になり始めた。
動きが単調と思われ始めたのだ。悪く言えば、後の2人に動きを見切られ攻撃を受け流され始めたのだ。
特に、宇崎の劣勢でも[[rb:先 > みらい]]を見続け輝く目に、椎名が気圧され始めていたのだ。
ラーテルは、
自力で折の鍵を外したり、他者の力を借りて狩りを行うなど、非情に知能の高い動物として知られるが、ことナワバリ争いにおいては全くのやぶれかぶれ。
出会い頭にいきなり噛み付き吠えるなど無為無策も甚だしい乱戦となるが、それもそのはず、ラーテルの生息圏に棲む大型肉食獣とラーテルを比較した場合、その体格差は実に10倍。
これは、戦術や戦略でどうにかできる範囲をとっくに超えた、自然界では通常ありえない暴挙である。
しかし、この暴挙こそが、長い進化の歴史で培ったラーテル本来の戦闘スタイルであり、強大な敵に挑む勝ち目のない闘いこそが、ラーテルの本領発揮の瞬間である。
「!」
(この目……何だ!?あんな目をした覚えは1度も無い筈なのに、まるで[[rb:忘れていたなんか > ・・・・・・・・]]を思い出させるかの様だ!)
宇崎の目にイラついた椎名が強烈な抜き手を繰り出そうとするが、
「グガアアアァ!」
逆に宇崎に引っ掻かれてしまった。
驚異的な回復力と治癒力の前では宇崎の引っ掻きなんて児戯に等しいが、気迫の差が致命的に開いているために宇崎のラッシュにさらされる羽目になった。
「オラオラオラ!さっきの威勢はどうした!?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
三つ巴の筈が大河が徐々にほったらかしになりつつある状況に、品田が内心喜び、横田が青ざめ始め、姫乃が宇崎の性格に呆れた。
「いかん![[rb:虎 > ティガ]]を休ませるな!一歩引いて[[rb:虎 > ティガ]]と[[rb:蜜獾 > ラーテル]]を疲弊させるのだ!」
「あー……宇崎さん、このままだと、悪役のおバカキャラになってしまいますよ!」
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
だが、プレイヤー達の意見は全く反映されず、弟の天敵にしか見えなかった父親を殺せる程の力を求めて足掻いていた頃の事を思い出してしまった椎名が、宇崎を突き飛ばして大河に突進していった。
「死ねえぇーーーーー!クソ親父いぃーーーーー!」
宇崎と横田は異口同音、全く同じ叫びを上げていた。
「何で!?」
だが、そんな椎名の突撃の代償は、大河の猛攻による失明であった。
猫科猛獣が狩の中で獲物の弱点を見出す[[rb:狩人 > ハンター]]の感性。
これこそが、トラをして現生動物無差別級絶対王者と目される最大の由縁であり、一部の研究者は、3m級のベンガルトラと森で相対するならば、ティラノサウルスですら頸椎を砕かれ死亡するだろうと予測する。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
横田は、この結果に愕然とした。
「バ……バカな……あり得ない……総理事に何と申し開きすれば……」
姫乃は、横田の姿を見て軽く頭を抱えた。観客は、明日は我が身だと思ったのではと思い込んでしまったが……
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
そして、闘いは[[rb:虎 > ティガ]]と[[rb:蜜獾 > ラーテル]]を残すのみとなり、椎名が乱入する直前の状態に戻った。
(あの重心をできるだけ低くするあの構え……あれは土下座と言うより、短距離走のクラウチングスタート!終わらせる気だ!その為に全力全速の突進の準備だ!)
『兵士』達は、[[rb:何か > ・・]]を感じてスマホを構えて、目の前の最終決戦を録画する。
そして、宇崎と大河が同時に飛び掛かったが、両目を失ってもなお戦意を失っていない椎名が起き上がって吠えた。
「クソ親父いいぃーーーーー!」
だが、失明したのが災いしたのか宇崎と大河の激突のど真ん中に突っ込んでしまった椎名。
だが……
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
この大事なタイミングで、豪華クルーズ船『獣王』が大停電に襲われた。
観客達は完全に大パニック。
「なっ!?」
「よりによってここで!?」
「これでは結果が判らん!」
「この船の乗務員は何をしている!?」
「早く直せ!見逃してしまうではないか!」
黒居もまた、事前に聴かされていた[[rb:あの計画 > ・・・・]]には無い展開に驚いていた。
「聴いて無いぞこれ!」
三門陽参殺害計画に翻弄されている安達は、とうとう計画が実行されたと勘違いして頭を抱えた。
一方、この状況をある程度予想していた者達が動き出していた。
先ずは姫乃達。
この停電の黒幕を知っている渚が悪態を吐く。
「あのハゲやりやがった!」
そして、姫乃は立ち上がり、渚と川辺を連れてこの停電の黒幕の許へと急いだ。
そんな姫乃の動きを運よく発見した安達がその後を追う。
まだ間に合うと。岩崎弥芯を倒す術がまだ残っていると信じて。
セレナも、そんな姫乃達の動きに気付いて、配下の女性SPに尾行を命じた。
そして、司会進行役だった篠崎の姿も、何時の間にか消えていた。
想定外の展開の連続に、黒居が混乱しながら移動を決意し、セレナに一言断ってからある場所に向かった。
その結果、今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の裏に潜む者の気配を感じている者達の内、セレナだけしか残らなかったため、観客席は完全に大混乱。蜂の巣をつついた騒ぎとはまさにこの事。
「愚かな……この程度の想定外如きで、ここまで狼狽えるとは……」
2019年7月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]
謎の悪意によって[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]がおかしな方向へ向かう中、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に居残っていた『兵士』達は、とんでもない緊急臨時ニュースに驚いていた。
「これって……」
「よりによって姫乃様が留守って時に!」
第23話:角供雅
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
事実上の決勝戦である三つ巴を見届けた『兵士』達は、周囲を警戒しながらある動画を送信していた。
「間に合ってくれればいいんだけど!」
「渚の話だと、例の船が停電になったらしいし……」
「これがバレたら……あいつら絶対に私達まで殺そうとするよ!」
誰かの話声が聞こえた気がしたので、『針』を露出させながら周囲を警戒した。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島密林エリア
現地カメラクルーが何者かに襲われて全員死亡した。
「現地の撮影クルーは全員死亡……あとは、生き残った獣人を……1人残らず抹殺するだけ」
「それで今大会は勝者不在の[[rb:無効試合 > ノーコンテスト]]」
「全ては闇の中。真相を知る者は俺達だけ」
カメレオン
爬虫類爬虫綱有鱗目カメレオン科に属する生物であり、その特殊な性質の数々から、地上棲の脊椎動物の中でも最も「暗殺」に適した種である。
瞬時に変色し周囲に溶け込む皮膚。
左右が独立して動く事で広大な視野を確保する眼。
高所でもバランスを取り易い体型。
樹に捉まるための長い尻尾と手足。
それに……
「目指すは11-24の廃墟エリア。そこに、石田と八菱のラストバッターがいる。そいつ等だけでも殺せ!……との厳命だ」
「面白い。偉そうに[[rb:獅子 > レオ]]のライバルを気取っている[[rb:虎 > ティガ]]の脳漿を味わってくれるわ」
ルールを堂々と無視する無粋な[[rb:暗殺者 > あくい]]がゆっくりと宇崎達に近づいて行く。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
姫乃達が、未だに復旧しない停電に少々苛立つ四大会長が待つVIPルームに乗り込んだ。
渚が、VIPルームにいる者達に質問される前に開口一発怒鳴った。
「おいハゲ!なにふざけた事をしやがる!?」
全く動揺しない三門陽参が、自分の頭を触りながら冗談を言う。
「ハゲ?どっちの事じゃ?」
安達は、自分の周りで暗躍する裏切りと悪意に気付いていない陽参に告げる。
「やっぱり何も気付いていねえのかよ?って言うか、寧ろ被害者なんだよ」
未だに余裕の陽参が呑気な事を言う。
「被害者?誰がじゃ?」
いま陽参と話しても埒が明かないと感じた姫乃は、角供雅にある事を訊ねた。
「この停電……貴方の仕業ですね?角供雅!」
姫乃が四大会長に問い詰めてる理由が、三門陽参暗殺計画ではなく角供財閥が行った不正についてだと知って困ってしまった安達。
「えー!?そっち!?」
一方、安達が驚く意味が解らず首を傾げる渚。
「そっちってどう言う意味だよ?」
だが、安達と渚の会話を遮る様に祠堂が姫乃に質問する。
「この停電が意図的だと?まるで今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の結果を書き換えようとしているみたいですが?」
(だあぁーーーーー!何やってんだこいつら!?そんな暢気な事言ってる場合じゃねえんだよ!)
雅が祠堂の台詞を聞いて不気味な笑いを浮かべた。
「くくく……どうやら、俺は貴様を買い被り過ぎた様だな……園藤姫乃!」
話が全く三門陽参暗殺計画や岩崎弥芯に触れない事に頭を抱える安達。
(それ……不正を認めた様なもんじゃん。って言うか、そんな事をグチグチ言ってる場合じゃねえんだよ!)
安達の悩みなどどこ吹く風と言わんばかりに、雅がある推測を口にする。
「俺が知らねえとでも思ってんのか?今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]は、管理局が八菱と石田を抱き込み、駒の配置やら賽の出目を有利に計らう。その見返りとして、祠堂の駒の性能を試す実験場として利用した。違うか?」
(かあぁーーーーー!違うんだよ!つうか、その余計な疑念のせいで本当の本題が隠れちまったじゃねえかよ!)
「1年前に日本の警察組織を完膚なきまで辱めたお前なら……と思っていたが、その程度すら気付かんとはな?」
(邪魔だよその疑念!本当の敵がお前の余計な疑念に隠れちゃったじゃないか!?)
雅の推測と安達の独白が全く噛み合わない中、姫乃がある事実を白状した。
「つまり、私の『仲間』があの島に入れる様手引きしたのは、あの島で起こった事を全て消す為だった訳ですね?解っていた事とは言え、まさか本当に行うとは……」
そして、姫乃は雅を殺意が籠った目で睨んだ。
「もし、あの島にいる大切な『仲間』に少しでも触れたら……その時は容赦しません!」
それを聞いた雅が高笑い。
「ダハハハハハ!其処の鈍感馬鹿女と話しても時間の無駄だったようだな!?だが、俺の敵はお前じゃない!」
雅が祠堂をチラ見した。
「どの道だ祠堂。俺は貴様のやり方を絶対に認めん。この角供雅を敵に回した事を……」
雅の背後にいる女性秘書が徐々に獣化する。
「地獄で悔やめ」
だが、川辺の報告で全てが一変した。
「姫乃様、角供雅の不正を[[rb:無かった事にする > ・・・・・・・・]]準備が整ったとの事です」
雅が慌てて立ち上がる。
「俺の不正を消すだと!?何をする心算だ園藤姫乃!」
姫乃が柄にもなくカッコつけた指鳴らしをすると……
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
豪華クルーズ船『獣王』を襲った大停電が完治し、モニターに例の三つ巴の続きが映し出された。
それが何を意味するのかを正しく理解したセレナが苦笑いした。
(四大財閥め!この船を乗っ取られたな!?園藤姫乃に)
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア(録画)
宇崎と大河が同時に飛び掛かったが、両目を失ってもなお戦意を失っていない椎名が起き上がって吠えた。
「クソ親父いいぃーーーーー!」
だが、失明したのが災いしたのか宇崎と大河の激突のど真ん中に突っ込んでしまった椎名。
そして、椎名は大河の方を向いたつもりだが、失明が仇となったのか目測を誤って宇崎の方を向いてしまった。
大河は、無意識で放った形になってしまった[[rb:鰐鎚 > デスメイス]]を避ける事が出来なかった。
大河が吹き飛んだ事に気が付かぬ椎名は、目の前の相手が大河だと思い込みながら叫んだ。
「くたばれ[[rb:虎 > ティガ]]ああぁーーーーー![[rb:鰐噛 > デスバイツ]]うぅーーーーー!」
そんな椎名の咆哮は、宇崎にとっては嬉しい誤算だった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
宇崎を襲った嬉しい誤算に……観客達は固唾を飲んだ。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア(録画)
宇崎のストレートパンチが椎名の口内に深々と入り、椎名の後頭部を貫通したのだ。
なす術無く死亡する椎名。
勝利を確信した宇崎が絶叫する。
「おおおおおおおおおおおおお!」
無敵のラーテルも敵に殺される事はある。
だが、手足を叩き斬られようと、腹を裂かれようと、喉笛を貫かれようと、弱るでも怯むでもなく、むしろより一層凶暴になり、完全に絶命する瞬間まで、激しく抵抗を続けるという。
その根底に在るのは、自然界の常識を覆すラーテル最大の武器……死をも恐れぬ鋼の[[rb:精神 > メンタル]]!
だが、
「お、お、お……」
宇崎はそこで力尽きた……
宇崎は無邪気な寝顔を浮かべるが、観客達にとっては困った事である。勝者が誰か解らないからである。
司会進行役だった篠崎もいない……
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
一方、例の三つ巴の結果を録画してそれを豪華クルーズ船『獣王』にいる『兵士』達のスマホに送信した『兵士』達は、この後の戦いに備えて『針』を露出させていた。
「渚があの船を押さえたって言うけど、そのくらいであのハゲが止まると思う?」
「……無理だと思う」
『兵士』達が苦笑い。
「死んだね……あたし達……」
「姫乃様を庇いながらなら兎も角、こんなクソ大会に殺されるなんてね」
「唯一の救いは、姫乃様の命令でここにいる事かな?」
「ハハハハ」
その時、肌色のロープみたいな物が近くの茂みから放たれ、それに気付いた『兵士』が『針』で撃ち落した。
「褒めてやろう。その『針』で初弾を撃ち落した事をな」
雅が[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の結果を書き換える為に送り込んだ[[rb:暗殺者 > あくい]]が、遂に宇崎と同行していた『兵士』達の前に姿を現した。
「だが、無明の闇からの狙撃を可能とする[[rb:避役 > カメレオン]]の必殺武器……『舌弾』からは逃れられん」
カメレオンの舌の射出速度は、実に90km/h。
しかも、最高速度に達するまでの時間は、僅か0.01秒。
これは爬虫類のみならず、鳥類、哺乳類を含めたあらゆる有羊膜類の中で最大の加速度を持つ、動物界最速の「弾丸」なのである。
「さあ……死にたくなければ、そのスマホをこっちに寄越せ」
[[rb:暗殺者 > あくい]]と対峙した『兵士』が悪態を吐く。
「何を白々しい事言ってんの?どの道、生き残ってる[[rb:獣闘士 > ブルート]]全員殺す癖に」
「それに、今更スマホを取り上げたってもう遅いんですけど?」
「そうそう。もうこの中に入ってる動画は、あの船にいる『仲間』に送ったよ」
[[rb:暗殺者 > あくい]]が、目の前の『兵士』達の空元気を嘲笑う。
「無駄な足掻きは止せ。さっきの一撃で実力差をまざまざと知った筈だ?」
それでも、『兵士』達は啖呵を切った。
「うぜえ事言ってんじゃねえよクズ!私達に命令して良いのは、園藤姫乃ただ1人だ!」
「そうだそうだ!誰がお前の命令なんて効くか!」
「それに、さっきの決勝戦の結果はもう全員にバレてる!もう手遅れなんだよ!」
[[rb:暗殺者 > あくい]]の内の1人が大きく口を開けた。
「そうか……なら……せめての情けだ……死に気付かぬ程一瞬で殺してやろう……苦しまずに死ねる事をありがたく思え!」
自分達の確実な死を確信した『兵士』達は、ただ一言、姫乃への詫びの言葉を告げていた。
「申し訳ございません姫乃様……私達はもう……ここまでです」
だが……[[rb:暗殺者 > あくい]]による『兵士』達の処刑が実行される事は無かった。
[[rb:暗殺者 > あくい]]達の背後に何者かが立っていたからだ。
茂みの奥から突然聞こえる戦闘音に驚く『兵士』達。
「な!?何なのこれ!?」
だが、『兵士』達は直ぐにこれを好機と見て『針』で茂みを攻撃し、[[rb:暗殺者 > あくい]]達の背後にいた者が[[rb:暗殺者 > あくい]]を盾にして『針』を防いだ。
「クソ!」
別の[[rb:暗殺者 > あくい]]が慌てて舌弾を発射するが、逆にその舌が捕まってしまい投げ飛ばされた。
「ぐっ!?な、何故だ……一体どうやって、俺達の位置を把握して……」
[[rb:暗殺者 > あくい]]達と戦っていた者の正体は、豪華クルーズ船『獣王』にいる筈の篠崎であった。
「未登録[[rb:獣闘士 > ブルート]]の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]参戦は、重大なルール違反です。管理局の権限において、あなた達を排除します」
[[rb:暗殺者 > あくい]]達の意外な末路に唖然とする『兵士』達。
篠崎が手にしているハンディカメラで自撮りしながらスマイルする。
「大変お待たせ致しました。機材トラブルが発生したため中継が寸断されておりましたが、勝者の生の声をお伝えするべく、わたくし篠崎が現場に急行した次第です」
突然の篠崎の変貌に困惑する『兵士』達。
「……多重人格者?」
とは言え、『兵士』達は説明しなければならない。
三つ巴の結果、[[rb:暗殺者 > あくい]]達の目的、豪華クルーズ船『獣王』の現状など、色々と。
だが、ある1人の少女が目を覚ました事で、それらの全てを帳消しにしてしまった。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]を観戦していた観客全員が頭を抱えながら困り果てた。
最も起きてはいけない者が、最も起きてはいけないタイミングで、最もそれを観てはいけない者の前で、目覚めてしまったからだ。
2019年7月26日 フィリピン海炎蹄島廃墟エリア
何も知らない稲葉がゆっくりと目を覚ました。
「あ、あれ……?ここ、どこだっけ……」
篠崎と『兵士』達が見守る中、何も知らない稲葉が素っ頓狂な事を言い始めた。
「確か……急に物凄く気持ちよくなって……物凄く子作りしたくなっちゃって……えーと……確か……」
そして、漸く[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の事を思い出す。
「そうだ![[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]!私は逃げるための穴を掘って……」
慌てて宇崎を探す稲葉。
「ヒ、ヒトミさんは、何処に!?」
全てが終わった事に気付かず、とんでもないタイミングで目を覚ました事に気付かぬ稲葉の慌てふためく姿は、どこか滑稽で、どこか暢気であった。
今の稲葉はかなり情けないが、篠崎は目の前の真実を克明に実況しなければならない。
「ぎえええ!まさか!?まさかまさかの……[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:兎 > ラビ]]!優勝ォーーーッ!」
優勝の2文字を聞かされても、何の事か解らない稲葉はキョトンとするばかりであった。
「……え?優勝?誰が?」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
結局、稲葉が[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]で優勝したという形になってしまい、雅がやろうとした結果隠蔽は失敗に終わった。
「お前の負けだな?角供雅!」
「不正の証拠は全て篠崎が録りました。そうですね?角供会長」
観念したかの様に座る雅。
「フン。どいつもこいつも、使えん奴らよ」
「不正への関与をお認めになるという事ですか?」
「ああ。こうなった以上、逃げも隠れもせん。だが、地獄往きは祠堂と同伴だ!貴様の野望を道連れにしてくれるわ!」
だが、雅に仕える女性秘書が祠堂に飛び掛かる前に、何者かが天井から降って来て雅の顔を右眼球が吹き飛ぶほど思いっきり引っ掻いた。
「く!」
女性秘書が雅を殺害した者に飛び掛かろうとするが、相手の唸り声を聞いた途端に身体がすくんで動けなくなった。
が、『兵士』である渚は平然と雅を殺害した者の名前を口にした。
「黒居」
川辺もまた、『兵士』故か雅の女性秘書を怯ませた唸り声に対して平然としていたが、流石に姫乃を裏切るかもしれない者の名を聞いて少し焦った。
「こいつが黒居佑か?」
一方の黒居は、自身の唸り声が通用しない事に驚きつつも、悟られない様に平然を装った。
「飼い主が目の前にいるから怯えてる場合じゃねえってか?これって、『兵士』と言うより軍用犬だな?」
(くそ!服部の奴、何で[[rb:魔唸 > デアグロル]]が通用しねえんだ!?)
それに引き換え、黒居の[[rb:魔唸 > デアグロル]]を受けて完全に身体が竦み過ぎていた安達。
(早く三門に警告して……園藤姫乃に岩崎弥芯を殺させねえといけないのに……でも……な……何でだ……身体が……動かない……)
黒居が唸り声を止めると、安達が何かから解放されたかの様に深呼吸するが、汗だくで呼吸も荒々しく、何も言えなかった。
一方、未だに座ったままの三門陽参が、何も知らずに只々黒居を褒めた。
「何者かは知らないがよくやった。このわしの眼前で不正を働くなど、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]に対する冒涜に他ならん。死で償うが相応の罪よ」
汗だくで四つん這いが関の山の安達が何かを言おうとするが、まだ竦みが完治してないのか言葉が出ない。
(くそ!口が思う様に開かねえ!?早く気付かせねえといけねえのに!)
一方、姫乃は黒居に間接的に言われたあの言葉の意味を漸く理解した。
「園藤姫乃に三門陽参は救えない。もう……見殺ししか出来ないんだよ姫乃は」
「ん?私の言葉だな?何でそれを園藤が言うんだ?」
姫乃は、意味深な事を言った。
「つまり、貴方方[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]が三門財閥をブチ壊す気なんですね?」
姫乃の言葉の意味が解らずな安達。
「……え?」
第24話:真鍋進造
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
姫乃は、意味深な事を言った。
「つまり、貴方方[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]が三門財閥をブチ壊す気なんですね?」
姫乃の言葉の意味が解らずな安達。
「……え?」
代わりに言葉の意味を説明したのは……祠堂だった。
「あなたも大きな罪を犯したのですよ。三門陽参」
陽参の眉がピクっと動いた。
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を利用する事で、三門財閥は長きに渡り経済を私物化。今日の停滞を生んだ。もはや日本経済は限界。このままでは自滅は免れない。つまり、我欲のために変革を恐れ、変革を拒んだ事こそが、あなたが犯した大罪なのです」
それを聞いた安達がとんでもない勘違いに囚われてしまった。
「貴様が岩崎弥芯かあぁーーーーー!」
安達が祠堂にナイフを突き刺そうとするが、黒居が唸り声を放った途端に身体が竦んで転んでしまった。
(くそ!何でだよ!?このクソ忙しい時にどうしちまったんだよ私の身体!?)
一方の陽参は、見苦しい命乞いなどを一切せず、寧ろ清々しい程堂々とした態度で自身の理屈を言い放った。
「ならば、貴様ら弱者の存在こそが罪よ。このわしの様な強大な力を持った王に、罪を問う事など誰にも―――」
黒居が右腕を陽参の胸に突き刺して背中を貫いた。
「ゴプ!」
「てめえの罪……その最たるものは、下界の目論見に目を背けた、雲の上ゆえの傲慢さなんだよ」
黒居が陽参を殺害する場面を目撃した事で、今までの勘違いの数々を恥じて赤面してしまう安達。
「我ながら、とんでもない迷探偵ぶりだぜ。結局、あの時に黒居を殺せばいいだけだったんだ」
だが、姫乃がそんな安達の後悔を否定した。
「いいえ。ここに黒居がいなかったとしても、遅かれ早かれ三門陽参は殺されていた」
姫乃の言葉の意味が解らずな安達。
「……え?」
祠堂が姫乃に質問した。
「どうしてそう思います?」
なんでお前が訊くんだよってツッコみたかったが、既に三門陽参の暗殺が完了してしまった為、ただの負け惜しみにしか聞こえないと思いやめた。
姫乃は、悔しそうに言った。
「今にして思えば、最初から怪しかったです」
「最初……から……?どこの事言ってんだよ?」
姫乃が思い出すのは、学校で渚と陽湖の口論であった。
「私が学校で三門陽湖と口論した時、谷さんは一度も助けてはくれませんでした。学校にいる『仲間』全員と戦えば無傷では済まないと判断したというのもあるかもしれませんが、既にその段階で……三門財閥に従う気を失っていた?」
姫乃の言ってる事に恐怖を感じる安達。
「それってつまり……」
安達が怯えながらVIPルームを視回した。
「この部屋全員が……グル……だって言うのか?」
三門陽参暗殺計画の規模の大きさに恐れ慄く安達。
2019年7月26日 日本某テレビ局
フリーアナウンサーで姫乃に仕える『兵士』である鹿島優美は、ある緊急臨時報道の原稿を渡されて動揺する。
(これは……罠……なの?[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を滅ぼす為の……)
とは言え、フリーは信頼と実績が命な為、読まない訳にはいかなかった。
「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします」
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』廊下
ある中年男性が大慌てでVIPルームに向かって行った。
「くそ!あの害虫共が!だが、あの者達がいつまでもこの『獣王』を乗っ取られ続ける事を黙っていると思っているのか!だとしたら―――」
だが、中年男性がVIPルームに到着した時には……もう全てが終わっていた。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
中年男性にとっては仇敵と言える存在がいたので叫んでしまった。
「園藤姫乃おおぉーーーーー!?」
「この忙しい時に何を―――」
背後で叫ばれて不機嫌になった渚が、叫んだ中年男性の顔を見て仰天した。
「真鍋総理!?何でここにいる!?」
何も知らない真鍋は、白々しいと思ったのか、呆れながら見当違いな事を言い放った。
「何を言っている!貴様ら虫けら共が私を拉致誘拐を実行したのであろう!」
身に覚えの無い罪を問われて困惑する[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]勢。
一方の安達は、周囲を確認せずに見当違いな決めつけに取り憑かれている真鍋に呆れ果ててしまった。
「……おっさん……まだ何も解ってないみたいだな……」
だが、安達も『兵士』に見える真鍋の耳には届かなかった。
「解っておるわ……害虫風情の貴様らが、四大財閥をも取り込もうとしているという、身の丈に合わず手に余り過ぎる誇大妄想過ぎる間抜けな計画をしているのであろう」
自身の決めつけを一方的に押し付けて真実を視ない真鍋の姿を見て、右掌を顔に当てながら首を横に振る安達。
「だが、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]はもう終わったのだ!我々の勝利だ![[rb:我々と四大財閥による > ・・・・・・・・・・]]計画は、既に最終段階を通り越して―――」
安達が真面目な顔で、[[rb:とある計画 > ・・・・・]]の結果を見る様に促した。
「じゃあ見て視ろよ」
姫乃達も察したのか、真鍋の視界から出た。
そして、三門陽参と角供雅が無様に殺されたという事実に漸く気が付く真鍋。
「み、三門陽参!?どうしてこんな!?」
慌てて三門陽参に駆け寄る真鍋。
「三門さん!?しっかり!?みつ……」
既に手遅れだった。
(そ、そんな。三門陽参が死んで……いや、この夥しい流血と背中にまで達した深い傷。どう見ても異常事態。自然死じゃない。もう1人倒れている血まみれの男は、まさか、角供会長?)
だが、それでも三門を裏切った者達の関与に全く気が付かない真鍋は、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「ふふふ……ふふふ……園藤姫乃……とうとう日本に仇為す害虫としての本性を―――」
だが、白々しい事を言ったのは……祠堂だった。
「園藤お嬢様、三門会長は先程……急性的な心不全により亡くなられました」
真鍋にとっては予想外の展開であった。[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の敵である筈の祠堂が、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]が行った三門陽参殺害に関する言い訳を、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の首魁である姫乃に言い聞かせる様に言い放ったからだ。
「な、何をやってるんだね?祠堂君?」
真鍋のこの言葉は、安達にとっても予想外であった。祠堂が岩崎弥芯だと勘違いしていたからだ。
「は?じゃあ……どれが岩崎弥芯なんだ?」
安達の質問は無視され、祠堂が姫乃に向かって三門陽参殺害についての白々しい言い訳を続ける。
「警察と医療機関にはすでに連絡してありますので、亡骸にはあまりお手を触れぬよう。お悔やみ申し上げます」
真鍋が、汗だくになりながら真鍋にとっては予定外な事実を無視する。
「見損なったよ祠堂君……あの害虫共にどんな弱味を握られているか知らんが、あの計画の事を知っている者なら、この程度の事は楽々と撥ね退ける事が出来るだろう……」
そして、真鍋が姫乃に向かって殺意と悪意に満ちた視線を送った。
「いずれにせよ、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の責任問題は免れない!つまりお前はもうおしまいって事だ害虫共!」
だが、祠堂が更に畳みかける様に、真鍋にとっては予定外な事実を冷酷に言い放った。
「お言葉ですが、おしまいなのは真鍋[[rb:元 > ・]]総理の方ですよ」
一方、姫乃達はあまりの気の毒さに言葉を失っていた。
2019年7月26日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]
[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に居残っていた『兵士』達は、とんでもない緊急臨時ニュースに驚いていた。
「何でもいいから、とにかく当たって情報を集めてくれ!」
「何としてでも姫乃様に連絡しろ!」
「誰か鹿島を呼べ!」
「罠だとしたら規模はかなり大きい!必ず痕跡が残っているはずだ!」
「北條の経歴も洗い直せ!多分、私達に伝えている事は全部嘘だ!」
「大貫と村上は何をしている!?」
2019年6月19日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。警視庁本部庁舎
警察もまた、とんでもない緊急臨時ニュースのせいで大混乱であった。
「なんて事だ……1年前の大敗を超える内閣不祥事になるぞ!」
「本当に合成麻薬MDMAがあそこにあったのか!?」
「君達の言葉次第で、日本そのものが消えてしまうのだぞ!解っているのかね!?」
だが、呼び出された麻薬取締官と交通捜査課役員は全く忖度せずに事実を報告した。
それを聞いた警察幹部は、まるでお通夜の様に真っ暗となった。
それに対し、何の隠蔽も無しに事実を軽々しく報告した取締官達に違和感を感じた大貫が食って掛かる。
「待て!」
「何でしょうか?すべき報告は全て報告したと思いますがね?」
「逆だ!」
取締官達が首を傾げた。
「逆?」
「喋り過ぎなんだよ!」
「仰る意味が解りかねますがね?」
大貫が取締官の胸倉を掴みながら壁に叩きつけた。
「今がどれだけ大事な時期か……解って言っているのか!?」
大貫に問い詰められた取締官達は、悪びれも無く正論を口にした。
「でしたら何です?警察組織の為なら、目の前の犯罪を見て見ぬ振りをしろと?可笑しな話ですねぇ?」
だが、大貫は一歩も引かない。
「日本がどうなっても良いのか!?今ここで我々警察が弱みを見せれば、日本は2度と『蜂』に立ち向かえなくなるんだぞ!」
取締官達は鼻で笑った。
「まるで……反政府デモに対して軍事力行使を行う恩知らずな独裁政権の様な事を仰いますな?」
「貴方が本当に警察官なのか疑ってしまう」
それでも、大貫は一歩も引かない。
「あと少しなんだぞ……あと少しで[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]は終わるんだぞ!という時に、この様な状況を公に堂々と公表する!それが、日本にとってどれだけ危険な事か解っているのか!?」
取締官達は鼻で笑った。
「全国の全テレビ局にお詫びしろと?先程の発表は全部嘘……だと?」
「それでは、政権が間違った方向に進んだ時に誰が止めてくれるのだ?警察が民衆にとっての防犯であらねばならないのに」
一歩も引かない大貫であったが、取締官達は、これ以上はただの堂々巡りだと感じて足早に去って行った。
「待て!まだ話は終わってない!」
このやり取りを観ていた村上が大貫に話し掛けた。
「どうやら……姫乃様は無事な様だな?」
「……それは……我々警察が『蜂』に屈した……って意味か?」
村上は、予想外に大貫の推理力の無さに呆れて溜息を吐いた。
「いいや、『蜂』が四大財閥に屈したんだよ。『兵士』としてはかなり悔しい事ではあるがな」
大貫は認めたくなかった。だが、認めざるをえなかった。
「……奴らは見捨てたのか……『蜂』と結託する為に、我々公安警察特務捜査課を見捨てたのか!?」
村上は、大貫にとってはキツイ事実を口にした。
「さっき[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]から連絡があってな、さっきのフェイクニュースの意図を調べてくれって言われてるんだが、どうやら、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]にとってはそんなに慌てなくてもいいニュースだった様だな?」
大貫は愕然とした。
1年前の鷺宮女子高銃撃テロ事件で園藤姫乃に敗れ、空前絶後の警察不祥事となって公安警察特務捜査課を苦しめ、 公安部第6課と名前を改める事でどうにか解散を免れて再び『害虫駆除』を再開出来る所まで回復したのに、日本経済を支配する四大財閥の勝手な我が儘のせいで全てが水の泡となってしまったのだ。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』VIPルーム
祠堂の報告を聞き、姫乃と川辺は呆然とし、真鍋は愕然として崩れ落ち、渚は祠堂の胸倉を掴みながら『針』を露出させた。
「真鍋がシャブ中?真鍋が交通事故で焼死!?祠堂!お前、そんなふざけた嘘を本気で押し通せるとと思っているのか!?」
祠堂は平然と答えた。
「いいえ。これは全て事実です」
姫乃が無事に日本に帰れるか否かがかかっていると思っているのか、渚は怒気を強めた。
「ふざけるな!じゃあ何で焼死したシャブ中が、あたしらの目の前で平然としてるんだよ!?」
渚が認めたくない疑念を、安達が口にしてしまった。
「この船に乗ってる奴を皆殺しか?」
それを聞いた渚が更に焦る。
「ふざけるなあああぁーーーーー!」
見かねた岩崎が、姫乃達を安心させようと語り始めた。
「おいおい祠堂君、言葉が過ぎるぞ。『女王』陛下、どうかご安心ください。これは管理局の落度などではありません。言うなれば、犠牲を最小限に留めた[[rb:理想的政変 > イデアルクーデター]]」
今度は真鍋が焦り始める。
「くくくクーデターだとおぉーーーーー!?日本に仇為す害虫共の前でなんて事をしてくれたのかね君達は!?」
だが、岩崎の語りは止まらない。
「管理局、八菱財閥、石田財閥、そして三門財閥内部の『反会長派』が慎重に協議を重ねた結果、三門会長に死んで頂くのが一番良いと判断したまでの事。どうか、ご理解頂きたい」
それでも納得がいかない渚。
「それは、お前らが三門を裏切った事に関する理由だろ!?真鍋は関係無ぇだろ!」
岩崎は、真鍋に対する処刑宣告とも言える言葉を口にした。
「そこにいる真鍋[[rb:君 > ・]]なら―――」
もはや、岩崎が真鍋の事を総理として扱っていない事を知って慌てふためく真鍋。
「く!?くくくくくくくくくくくくく『[[rb:君 > ・]]』だとおおおおおぉーーーーー!?この私も切る気か岩崎!?」
安達は、どれが岩崎弥芯か漸く解ったが、正直言ってもう手遅れであった。
その間も、岩崎は真鍋に対して冷酷な事を平然と言い放っていた。
「この後、別の船でアメリカに直行し、とある港町で『[[rb:女王 > クィーン]]』セレナ・セルバンテス配下の『兵士』達が回収して―――」
更に蒼褪める真鍋。
「ままままままままま待ってくれ!私がセレナ・セルバンテスと対面する理由とどの様な状況下でかをちゃんと説明してくれ!場合によっては、日米安保に致命的な悪影響を及ぼすぞ!」
祠堂が不機嫌そうに訊ねた。
「まさかと思いますが真鍋[[rb:元 > ・]]総理……あのデメリットしかない計画が実行されれば、『蜂』は必ず駆除出来ると……ロナルド・トランポリンに説明してしまったのですか?」
真鍋にとっては信じられない単語ばかりであった。
「デメリット?我々の勝利が約束されたあの計画を……デメリットだとおおおおおぉーーーーー!?」
祠堂は平然と答えた。
「はい。財界を、世界を、人類を変える新たな進化を創めるためにも、デメリットしかないあの計画の中止は必要不可欠だったのです」
「日本の敵である害虫の駆除を中止する事に何の意味が―――」
祠堂が怒気を強めながらこう告げた。
「期待していたのですがねぇ。あなたなら世界を変えられると。だが、あなたは戦争とアメリカの軍事力とそれが生み出す損害に魅入られた。社会と人類全体よりも、自分に利益をもたらす者への忖度とアメリカの[[rb:奴隷 > ポチ]]に成り下がるという小さな行為を優先した。大罪人である[[rb:真鍋 > きさま]]が唯一出来る事は、セレナ・セルバンテスに『蜂』の天敵の本名を正しく伝え、多くの人々が獣化技術の恩恵を享受できる社会の構築の足しになる事だけです」
真鍋が涙目で殺意の籠った視線を送る。
「くっ!よくも私の目の前でいけしゃあしゃあと―――」
だが、黒居が強烈な壁ドンで真鍋を黙らせた。
「どうです?これまであなた方が我々日本国民にしてきた様に、盤上の駒の如く使い捨てにされた気分は?」
岩崎達は、黒居に脅されている真鍋を無視して次々と退室した。
「さて、これから忙しくなるぞ。事後処理は任せたよ祠堂君。我々は授賞式典に出席せねばな。ところで尊社長、どんなスピーチをなさるおつもりで?」
「いやいやいや!そんな準備は全く……早く妻に相談せねば!」
「いっそ代わってもらっては?ああ、『女王』陛下もどうです?授賞式典」
姫乃は、逆に尊社長がさっきまで座っていた席に座った。
「申し訳ありませんが……私は疲れましたので、欠席させて頂きます」
「まあ……ご自由に。これから貴女も忙しくなりますからな」
愉し気な笑い声を響かせながら退室する岩崎達であった。
姫乃達と安達と黒居と……八菱財閥に完全に見捨てられた真鍋を残して。
八菱財閥は、これで真鍋への懲罰が終わったと思っているが、黒居はそうは思っていなかった。
「そう言えば、そこの屑男をセレナに明け渡せと厳命されてはいるが、鷺宮女子高銃撃テロ事件被害者遺族の怒りを代弁するなとは……一言も言われてないんだよねぇー」
鷺宮女子高と言う言葉を聞き不安を募らせる真鍋。
「鷺宮女子高だと?君もあの害虫共の仲間なのか?」
黒居が不機嫌そうに言い放つ。
「違げえよ」
その時の黒居の顔は、冷めた目でしょっぱい顔をしていた。
しかし、真鍋は黒居の否定を否定した。
「嘘だ!では何故あの害虫共の味方をする!?」
黒居は、真鍋の否定を否定した。
「害虫うぅー?人間という[[rb:雑獣 > ザコ]]の分際で、なに偉そうな事言ってんの?」
「雑魚!?日本国内閣総理大臣である真鍋進造が雑魚だと言うのか!?」
黒居が偉そうな事を言う。
「人間は、脆弱な動物である。牙は無く、爪は丸く、体毛は薄く、皮膚は弱く、感覚器官は鈍い。有るのは……唯、他者を喰らい嬲り尽くしたいという欲望のみ。それの何処が[[rb:雑獣 > ザコ]]より強いって?」
真鍋は否定したかったが、肝心要であった権力は、既に八菱財閥に奪い尽くされた後なので、もう何も言えなかった。
渚が弱々しく訊ねた。
「……だ、誰だ?お前?」
黒居が偉そうに答えた。
「[[rb:魔 > デビル]]。[[rb:獣闘士 > ブルート]]『[[rb:牙魔猫 > タスマニアデビル]]』。名前くらい覚えとけよな。バーカ」
タスマニアデビルとは、
タスマニア島に生息する世界最大の肉食有袋類である。
その性質は極めて獰猛であり、生まれた瞬間から死ぬまで闘い続けるとも言われ、同種他種間を問わず、戦闘の際には、
「背筋の凍る様な」
「地の果てまで響く」
と形容される程の特徴的な唸り声を上げて相手を威嚇し、動きを封じる事で知られる。
そしてそれが、
この獣が「悪魔」の名で呼ばれる事の最大の所以である。
黒居が真鍋に向かってとんでもない事を言い出した。
「いいからケツ穴を魅せろや」
「何で!?」
渚は、黒居の手の組方からこの後の展開が読めた。
「お前……まさか浣腸?」
嫌がる真鍋を追いかけ回して蹴り上げ、無理矢理ズボンを脱がす黒居。
「いいからケツ穴を魅せろや!」
「な!?何をする気だ貴様!?」
やっぱり、黒居がやろうとしている事は、真鍋への浣腸だった。
「今から貴様に秘孔を突く。そうすれば、アンタも[[rb:雑獣 > ザコ]]に合った口の利き方を少しは身に付くだろう……」
「何を訳解らない事を言っているかね貴様はあぁーーーーー!」
「いい加減往生際を良くしろよ?アンタはもう……終わってんだよ」
だが、真鍋がとんでもない事を口にした。
「こうなったら……貴様等も道連れた八菱いいぃーーーーー!せっかく[[rb:時坂涼子 > ・・・・]]の遺体を有効活用してやったというのに恩知らずめえぇーーーーー!」
姫乃達にとっては衝撃的過ぎる台詞だった。
「……え?」
「玄野二穂!そいつが我々が[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を滅ぼす為に送り込んだ刺客だ!」
聞き慣れない名前の連続に、川辺は混乱して困惑した。
「盛り上がってる所悪いけど、くろのにほって……誰?」
そして……真鍋は、姫乃の仇敵の名を口にしてしまった。
「黒田二郎と言った方が解り易いだろう!?黒田君の脳を時坂涼子とか言う害虫の身体に移植したのだ!害虫共を陥れるためにな!」
黒居が呆れ果てた。
「あー……お前さあ、あれだけ言われてあの手術が実行されたとまだ思ってたの?嘘だと思うなら黒田の今の入院先……あっ、真鍋はもう日本の土を踏めないんだったわ」
「黙れ裏切り者!貴様ら八菱もクソ虫けら共に―――」
《xbig》ブスッ!《/xbig》
「あう!」
真鍋の肛門が吸い込み飲み込んだのは黒居の両人差し指―――ではなく、姫乃の『女王』の『針』であった。
「消えろ。穢らわしい」
それを観ていた者達は全く同じ考えが浮かんでいた。
今の姫乃の表情をどう形容したらいいんだ?
その間も真鍋の肛門が姫乃の『女王』の『針』を飲み込み続ける。
「ぐお!があ!があああぁああーーーーー!」
「お前に……[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に入国する資格は無い!アメリカだろうと地獄だろうと好きな場所に逝くが良い!ただし、二度と私達の前に姿を現すな!」
真鍋の肛門が姫乃の『女王』の『針』を吐き出した頃には、真鍋は白目を剥き舌と涎を垂らし無様に尻穴と出来立て切れ痔を晒しながら失神していた。
2019年7月26日 フィリピン海豪華クルーズ船『獣王』メインダイニング
VIPルームで日本の運命を左右する暗闘が行われていた事などつゆ知らぬ観客達は、目の前で繰り広げられている閉会式に一喜一憂していた。
「個人優勝は[[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:兎 > ラビ]]!チーム優勝は石田財閥!以上の結果をもちまして、[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]を閉幕とさせて頂きます」
第25話:尊聖羅
2019年9月20日 アメリカ合衆国バーモント州ウッドストック
八菱財閥に裏切られ、違法薬物大量所持の濡れ衣を着せられ、モリカケ問題や桜を見る会などの様々な不正の真相を暴露され、ダンプカー飲酒運転に巻き込まれて焼死したと言われて日本から追い出された真鍋進造[[rb:元 > ・]]内閣総理大臣。
『女王』園藤姫乃に植え付けられ、『[[rb:女王 > クィーン]]』セレナ・セルバンテスに仕える女性SP達からの拷問によって劇的に悪化した切れ痔のせいで、ズボンはおろかパンツすら履けずに[[rb:下半身裸 > アンダーレス]]を余儀なくされ、つま先立ちガニ股以外の歩行がほぼ不可能な状態に陥っていた。
それでもなお、八菱財閥と[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]管理局が今後の為に知っておきたかった『蜂』の天敵の本名を最後まで言わなかったので、最終手段として1万円相当のアメリカドルを渡されてアメリカの田舎町に放置されたのである。
住人を発見しては、自分が日本国内閣総理大臣の真鍋進造であると告げて協力を求めたが、[[rb:下半身裸 > アンダーレス]]な上につま先立ちガニ股で近づく行為が女性の危機感を煽ってしまい逃げられる事もあった。
更にダメ押しとして、真鍋の話を聞いた者達に、日本史上最凶最低最悪の総理を騙るのは得策ではないと(冗談交じりで)アドバイスされる始末であった。
2019年9月20日 アメリカ合衆国某所リビング
それをテレビで観ていたセレナが満足げに拍手しながら大笑いした。
「ははははははははは!」
女性SP達は微動だにしなかった。
「最高だな!?我々『蜂』に歯向かった者の末路を広報するにはうってつけの愚者だな」
女性SPがセレナに質問する。
「これでよろしかったのでしょうか?」
「ん?」
「あの者は、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に仇為す者達の黒幕について何も語りませんでしたが?」
セレナが肘掛けに左肘を置き、頬に左手を添えながらジト目でテレビに映る真鍋の痴態を観る。
「つまり、奴は勝利を未だに諦めていない……と言う事だな?八菱の言う黒幕さえ無事なら巻き返しは利くと思い込んでいる。その思い込みを消さない限りは、奴は真の意味で屈服せんよ」
セレナが、おもむろに質問をする。
「ところで、私と真鍋進造[[rb:元 > ・]]内閣総理大臣、どっちが貫禄あると思う?」
「うっ!」
女性SP達は、平然とセレナを讃える言葉を並べる。
「『[[rb:女王 > クィーン]]』の命令こそが絶対。二君に仕えるつもりはありません」
「あの男如きに『[[rb:女王 > クィーン]]』を超えられるとは、微塵も思っておりません」
ただし、1人だけ意見が違った。
「私は逆です『[[rb:女王 > クィーン]]』。岩崎弥芯は危険です。やはりあの船の中で始末すべきではなかったのですか?」
「ジョイス!またお前―――」
「よい。案じてはおらぬぞ。お前達がいるからな」
「勿体無き御言葉!」
「で、ロナウドはどっちだと思う?」
「うっ!」
セレナの眼前で全裸土下座を行っている中年男性が必死で平謝りする。
「申し訳ございません。あの時は本当に気が迷っておりました。故にあの愚かな誇大妄想のペテン師の巧みな話術に踊らされ、誤って愚かな選択を選んでしまった事を深く反省し、今後とも『[[rb:女王 > クィーン]]』の隷属として―――」
セレナがロナウドの後頭部を踏んだ。
「よいか……二度目は無いぞ?その心算で身を粉にして働けよ」
「はははははい!喜んでえええぇええー!」
2019年9月20日 アメリカ合衆国バーモント州ウッドストック
その頃、真鍋は自分を補導しようとした警官に自分の身分を明かして保護してもらおうとするが、全く信じてもらえずパトカーに乗せられてしまった。
無理矢理座らされた事が超重度の切れ痔を刺激して悲鳴を上げるというおまけ付きで。
2019年7月27日 東京港晴海客船ターミナル
[[rb:牙闘獣獄刹 > キリングバイツデストロイヤル]]を終え、東京港に戻って来た豪華クルーズ船『獣王』。
観客、管理局、今回の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]を生き延びた[[rb:獣闘士 > ブルート]]が次々と下船する。その中に、姫乃と姫乃に従う『兵士』達も含まれていた。
ただし、東京港に帰り着く前に死亡した城戸剛、新崎敦子、椎名竜次、角供雅、三門陽参は、むろん死体として処理された。
更に、セレナとセレナに従う女性SP達は、八菱財閥に裏切られて全てを失った真鍋進造総理と共に東京港に帰り着く前に下船してそのままアメリカに直行した。
それに、未だに下船しない者達もいた。
三門陽参殺害計画の密告を計る安達を一時的に捕縛したあの三門を裏切った青年と、その青年に協力する『兵士』達である。
「三門陽参と真鍋進造は、ちゃんと滅んでくれたようね?」
声を掛けられた青年が振り返ると、青い瞳にクリーム色のショートボブで、口からは八重歯が覗くロシア系幼女がいた……様に見えるが、この女性こそ三門を裏切った青年に協力する『兵士』達を従える『女王』祭紫明であった。
「暢気に[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]を観戦していた金持ち共は、もう直ぐ驚くわね。アンタたちの計画通りなら、今頃日本は大混乱なんだから」
青年が笑顔を見せた為、紫明が慌てて青年に指示を出す。
「屈むなよ!絶対に屈むなよ!こう見えて、私はお前とほぼ同年齢なんだから!」
紫明の身長は127cmしかない幼児体型で、小学3年生くらいから殆ど背が伸びていないらしい。
一方の青年は冷静に話を進める。
「どっちにしろ……全ては終わった。三門財閥も特務捜査課もな」
それを聞いた紫明がクスッと笑った。
「三門……陽湖も?」
青年は真顔で答えた。
「あの女の真価を計測するのはこれからだ。今までの三門陽湖は、ただの井の中の蛙だ。だが、これで漸く三門財閥という井の中から出られた。鷺宮女子高銃撃テロ事件で全てを失った園藤姫乃が大化けした」
紫明が呆れながら言い放った。
「陽湖は、私やあの憎ったらしいセレナと違って『蜂』に認められていない。園藤姫乃の真似事が出来るとは、到底思えないけどね」
だが、青年の考えは違った。
「君達『女王』には悪いが、園藤姫乃が『女王』だからと言う理由で日本の警察をあそこまで辱めれる訳ではない」
「地の底から這い上がれるか否か……って事?」
青年と紫明が暫く睨み合うが、不毛だと感じて紫明が話題を変えた。
「で、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は、日本政府の手からどんどん離れていくって寸法?」
「……そうだ。祠堂の獣化手術を人類進化促進と新時代創造の道具として利用する。それが、岩崎総帥が描いた絵図だ」
「それで、日本政府が企てていた……『女王』の力を技術として摘出して軍事や政略として利用する計画が邪魔になったと?」
青年が真顔で不快感を表した。
「戦争は、俺も岩崎総帥も嫌いだ。尊夫人の言うところの“軽々に価値ある命を無駄に捨てる愚かな行為”だ」
紫明が笑顔で告げた。
「戦争は儲かる……は、もう古き悪きと言ったところか」
「そう言う意味では、お前もまだまだ生きてもらうぞ祭紫明。『女王』同士の殺し合いを阻止する為にな」
「三すくみか……一方の『女王』がもう一方の『女王』を殺せば、その隙に第三の『女王』が残りの『女王』を殺す……これは確かに下手な動きは出来ないわ」
「そう意味では、安達瑞は大いに役立ってくれた。アイツの証言のお陰で、お前をセレナや園藤姫乃の目に晒す事なくお前の生存を思い知らせる事が出来た」
「狡い男ね」
紫明が青年のいる部屋から出ようとするが、その直前に紫明が口を開く。
「日本有数の企業グループ『KUSAKA』。今はまだ八菱財閥傘下組織だけど……岩崎弥芯の望み通りの新時代が訪れた後はどうするの?」
その言葉が、青年の側近である黒隅を驚かせた。
「世界に君臨する……帝王か……」
それに対して、青年はただ笑顔を見せるだけであった。
紫明が笑顔で皮肉を言った。
「……ま、好きにしたら?『KUSAKA』グループ総帥の日下俊一郎さん」
俊一郎も笑顔で皮肉った。
「好きにさせてもらうよ。ロシア系中国人の祭紫明『女王』陛下」
紫明が退室した。
2019年8月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]][[jumpuri:デニーズひばりが丘店 > https://shop.dennys.jp/map/2517]]
くだらない理由で呼び出された安達が不快感を示した。
「じゃ、帰るわ」
それを聞いた乃塒押絵が驚いた。
「全然聞いてねぇーーーッ!?鷺宮女子高生徒全員が、宇崎瞳の退学危機について、フル回転で頭を悩ますこの時に」
乃塒が安達の胸倉を掴みながら叫んだ。
「上の空とは何事かぁーーーーーッ!営倉行きでござるぞォーーーーー!」
安達もまた、乃塒の見当違いな言葉に呆れて言い返した。
「現実を視やがれ!宇崎があの学校を出ていった事を悩んでるのはお前だけだ!他の奴らは別の事で頭をフル回転させてるってぇーの!」
そう言いながら独白する安達。
(あの狂気の宴から解放されて、もう二週間が経とうとしている。船を降りた翌日には、日本中が真鍋総理の違法薬物大量所持と焼死と言うフェイクニュースに震撼するのを尻目に、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に日常が帰ってきた)
乃塒が安達の胸倉を掴みながら何かを叫んでいたが、安達の耳には全く入らず、安達は窓の方を見ながら独白を続ける。
(よほど時坂って奴の身体に黒田って奴の脳みそが移植される可能性にムカついたのか、うちのお姫様は真鍋をほったらかしにするよう命じた。そのおかげで[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]は、日本の他の街と違って平穏を保っている)
乃塒が安達に何かを言ってから大急ぎで店を出たが、安達は何を言われたのか知らなかった。
(ま、確かに真鍋の悪意が[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を襲う事は無くなったわな。それに、宇崎達がいなくなってくれたお陰で……心地良い静寂が戻った)
安達は、学校に向かって歩き出した。
2019年8月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
安達がスマホでニュースを観ていた。
特定遺伝子組換改革法。
農作物・家畜などの品種改良を隠れ蓑に獣化手術を合憲合法化した法律がとうとう可決成立してしまったのだ。
(これからは……[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]も野球やサッカーの様なメジャーなスポーツとして流行っていくんだな……あの岩崎の思惑通りに……)
生徒会執務室の隅に置いてあるアタッシュケースを見る安達。
(怖くて手のつけられない……現金入りの重たいケースが2つ増えて3億円分。[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]が現実だった証拠として君臨している)
「どうなっちまうだよ……日本は……いや、世界は……?」
2019年8月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校学生寮
渚を含めた複数の『兵士』達が、帰宅する姫乃に同行した。
「けっこう買ったねー。冷蔵庫に入りきるかな?ねえ姫乃」
『兵士』達は『兵士』達なりに気にしていたのだ。岩崎の陰謀と獣化法可決を阻止出来なかった事を姫乃が気にしているのではないかと。
「やっぱ私だけでも泊まろうか?1人にするのは心配だし……」
だが、姫乃が笑顔で答えた。
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます。いつまでも付きっきりで護ってもらう訳にもいきませんし、皆さんは家に帰って下さい」
「そっか……」
だが、渚は食い下がる。
「じゃあ姫乃、何かあればすぐに連絡してね」
「分かりました。では、また明日」
そう言うと、姫乃はドアを閉めた。
一部の『兵士』が楽天的な事を言い出した。
「気にし過ぎなんじゃないの?」
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]の軍事利用の危険性も無くなったみたいだし」
「もう、何も起きないんじゃない」
「だよね」
だが、渚だけは姫乃の先程の明るさを否定した。
「……いや、姫乃は悩みがある時ほど、明るく振る舞うクセがあるんだ」
2019年8月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校学生寮シャワールーム
姫乃は、只々ボーとシャワーを浴びていた。
(私は……『女王』としては幼過ぎた。真鍋の悪意から日本と[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を救った岩崎は、こちらの手の内を読み、脅し、賺し、試し、鼓舞し、あまつさえ、身を焦がすような懊悩まで与えていった。勝ち負けを競うレベルじゃない。完全に掌に乗せられて弄ばれている)
姫乃は……深刻な顔をしながらシャワーを止めた。
(……だけど、それよりもっと深刻で残酷な現実が、私の胸に深く突き刺さってる。それは……)
姫乃の脳裏に浮かぶのは、鷺宮女子高銃撃テロ事件が発生する前に魅せた渚の取り巻き達の笑顔であった。
(日本政府が未だに『仲間』への悪意を捨ててない事だ!奴らは自分の望み通りにする為なら、死者すら平然と悪用する!このままじゃいけない!このままじゃまた、あの悲劇を繰り返し、全てを失う事になる!)
姫乃は、『針』を露出させながら決意を新たにする。
(させない![[rb:私の楽園 > ヒメノスピア]]は絶対に護る!たとえ、どんな手を使っても!)
2019年8月22日 首都高速都心環状線
安達は不安だった。
姫乃達と共に車に乗せられて何処かへ連れて行かれているからだ。
(何なんだ?今度はどんな目に遭うってんだ?)
どうやら、『兵士』達も知らないらしく、チラチラと姫乃が乗る車を不安そうに見ていた。
(どうやら……こいつらの目論見って訳じゃなさそうだな?まさか、特務捜査課の残党がまたぞろって訳じゃねえよな!?)
2019年8月22日 東京都港区東新橋一丁目9番1号。東京汐留ビルディング
到着したのは、東京汐留ビルディングという店舗・オフィス・ホテルが入居する複合ビルである。
安達と『兵士』達が驚く中、姫乃だけは堂々とビルに入って行った。
安達は慌てて渚に質問する。
「ちょちょちょちょちょちょ!これはどう言う事だよ!?」
「それはこっちの台詞だよ!まあ、姫乃の事だから、何か考えがあっての事だと思うけど……」
「……敵を欺くならまず味方からって奴か?」
「……だと良いけどな」
その間も、姫乃が受付嬢に何かを語り、それを受けた受付嬢が電話をし、ブルドックの様な警備員の案内でとある場所へと向かって行った。
安達と『兵士』達が慌てて姫乃を追った。
応接室に招かれた姫乃がある人物に挨拶をする。
「お久しぶりです。尊社長。尊夫人」
姫乃を呼んだ人物の正体が石田財閥の大幹部だと知って、『兵士』達が慌てて『針』を露出させたので岡島が慌てて釈明する。
「ち、違うでごわんど!これは―――」
姫乃が岡島に助け舟を出した。
「この2人を呼んだのは、私の方です」
安達は、理解に苦しみ過ぎてボケーとしていた。
「……へ?」
どうやら……ソンバンクが[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]と何らかの取引をしようとしていたのだ。
「って!嘘吐け!あの時、岩崎の側に回った癖に!」
安達の疑問は尤もだが、姫乃は、その点に関してはそんなに気にしていなかった。
「あの時は、仲間のフリをしなければ、尊社長も黒居さんに殺されていたかもしれませんので」
「たっ……確かにその通りかもしれないけど……」
尊夫人が姫乃に不意に質問する。
「園藤姫乃さん、八菱が掲げるクリーンな[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]についてどう思います?」
川辺はドキッとした。彼女もぜひ訊きたい質問だったからだ。
姫乃は、冷静に落ち着いて答えた。
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]は間違いなく世界的エンターテインメントスポーツとして流行するでしょう。それに伴い、獣人の人口は爆発的に増え……いずれはこの日本本土に収まりきらなくなります」
「よい予測です。で、その予測の続きを……言えますか?」
尊夫人のとんでもない言葉に、一同が困惑する。
姫乃が一呼吸してからとんでもない事を言い始めた。
「祠堂零一がやろうとしている事は、人類の進化のため」
渚が即座に否定する。
「いやいやいやいや!いくら姫乃の言葉でも、だったらおかしいだろ!遺伝子組み換えに没頭してまで人殺しの様な決闘を推進して、それのどこが進化なんだよ!?」
だが、姫乃の衝撃的な予測は続く。
「それは、[[rb:残るべき人間 > ・・・・・・]]を選別するため」
「残るべき人間!?」
「これから起こる[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の世界的大流行に耐えられる者。つまり、獣化技術に寛容な精神的な余裕を持った人間。その選ばれた人類だけが新人類となる。岩崎弥芯の目的は、新人類による高度精神文明を築かせること」
安達が、姫乃の飛躍し過ぎた予測にツッコむ。
「ちょ待て待て待て!これって、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を理解出来ないアナログは死ねって言うのか?いくら何でも―――」
尊夫人が安達に問う。
「では、なぜ特務捜査課は八菱財閥に裏切られたのです?『女王』の逮捕と『蜂』の殲滅を訴える特務捜査課を」
安達は答えられなかった。沈黙しか出来なかった。
「つまり、八菱はもう軍事に何も期待していないって事なのよ」
「だから、日本国憲法第9条の改正を計った真鍋を排除した?」
尊社長が首を縦に振った。
「園藤さん……[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]が世界的エンターテインメントスポーツとして大流行するのは構いませんが、八菱はやり過ぎです。何らかの抑止力を用意しないと行く所まで行ってしまいます」
姫乃はソンバンクの要求を受け入れたが、条件を加えた。
「御2人には、しばらく私の私怨に付き合って頂く事になりますが、それでも宜しいのであれば……ソンバンクと[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の姉妹都市提携を受け入れます」
尊社長が不安そうに呟いた。
「……私怨……?」
2019年9月1日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。警視庁本部庁舎公安部
かつて公安警察特務捜査課に所属していた刑事大貫賢が呆然としていた。
「……首相代理……」
中井内閣総理大臣臨時代理が直々に公安部第6課に辞令を通達していた。
「公安警察特務捜査課の名称は刑事部人外対策課に変更。管轄は公安部から刑事部に異動する。任務も『蜂』の駆除と『女王』の捕獲から獣人犯罪や獣化技術悪用の阻止・抑止に移行する。よろしいですな」
大貫が呆然としながら訊ねる。
「な、なぜだ首相代理!あ、貴方は[[rb:特務捜査課 > われわれ]]の―――」
だが、中井首相代理は意に返さなかった。
「より以上の“義”が動けば、私はその“義”に従う。当然の事です」
大貫が食い下がる。
「奴らは所詮寄生虫![[rb:宿主 > ヒト]]に頼らず生きる術はありません!『蜂』が人類を滅ぼす事は有り得ませんが、人類が『蜂』を駆除する事は不可能ではありません!我々は必ず勝ちます!公安警察特務捜査課を信じ―――」
中井首相代理が去り際に……大貫に対して冷酷な冗談を言い放った。
「大貫君……台詞を間違えてます。ちゃんと台本を読んでいます?」
この言葉で、大貫は中井首相代理が公安警察特務捜査課を刑事部人外対策課としか見ておらす、ある計画の要であったある手術の中止とソンバンクグループと[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の姉妹都市提携が事実だと思い知らされて、怒号を上げながら泣き崩れた。
「うっ……うおおおおおぉぉぉーーーーー!」
第26話:黒居佑
2019年9月8日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院
2人の女性と1人の大男がある人物を見舞うために病院に訪れた。
だが、その手に有る物は悪意に満ちていた。
そして、必死にリハビリをする中年男性の眼前に到着した。
「御宅が[[rb:元 > ・]]公安警察特務捜査課課長の黒田二郎さんですか?」
黒田は答えない。リハビリで忙しいからだ。
「マメだねえ。その様子だと……まだ[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]と戦う気かい?」
「病院の産婦人科と小児科以外の全科を受診する程の重傷を負わされてもなおか?」
1冊の新聞を見せびらかす様に突き付けた。
「あんたが知ってる特務捜査課は、もう存在しないのに」
黒田は答えない。リハビリで忙しいからだ。
ただ、リハビリに就きあった看護師が見舞いの品を見て不快感をあらわにした。
「当病院では、そちらの品の持ち込みは禁止されていますので、お引き取り下さい!」
彼女達が持っていた物。それは、鉢植えタイプの白シクラメンだからだ。
お見舞い・退院祝いに贈る花として最も避けるべき花は、鉢植えタイプの花だ。植物が土に根を下ろしている様子は、「根付く」すなわち「寝付く」という言葉を連想させ、病気が長引くことの暗示となるため縁起が良くない。
また、白・青・紫系の花はお悔やみの際に選ばれることが多いため、避けたほうが無難。差し色として少量混じる程度か花を渡す相手の好きな花が寒色系の色であった場合であれば問題無いが、全体を寒色でまとめた場合は寂しげなイメージを抱かせてしまう。
花は、それぞれが強いメッセージ性を持つので、その名前から「死」や「苦」といったネガティブな言葉を連想させるシクラメンは避けるべきだった。
よくそこまでお見舞いに不向きな見舞い品組み合わせが出来るなと感心してしまう程の悪意であった。
だが、そんな無礼な女性達は看護師の指示に従わない。
「まだ帰らないよ。まだまだ話すこと沢山有るから」
そう言うと、女性達が勝手に自己紹介を始めた。
「私は、1年前に鷺宮女子高を中退した黒居佑。で、こちらが園藤姫乃と同様に『女王』である」
「祭紫明よ。いずれ祭一族の長になる女だか―――」
リハビリで忙しい黒田がやっと口を開いた。
「害虫共が何しに来た?それとも、あの害虫に頼まれたのか?」
それを聞いた紫明が大笑いする。
「ハハハハハハハ!園藤姫乃が貴様を消すとでも?」
そして、紫明が『女王』の『針』を露出させながら黒田に告げた。
「自分を買い被るなよ黒田。お前はもう[[rb:時代遅れ過ぎる > ・・・・・・・]]んだよ」
周囲の驚きを見た黒居は、紫明を注意する。
「ここでそれを出すのはやめろ。面会時間が減っちまう」
黒居に言われて自分の軽率さを恥じる紫明。
「そうだったな。黒田と大貫が服部に伝えなきゃいけない事を黒田に伝える日……だったわね?」
黒居が黒田に顔を近づけながら意地悪そうに質問する。
「[[rb:元 > ・]]鷺宮女子高等学校生徒である私が、どうして鷺宮女子高銃撃テロ事件から逃れたのか?服部の奴は、丁度あの日にサボったからって言ってるけど……」
2018年6月12日 東京都千代田区丸の内二丁目7番1号。八菱UFJ銀行本社
岩崎弥芯と祠堂零一が、もうすぐ成立する特定遺伝子組換改革法に備え、様々な身体検査や健康診断の結果をできる範囲内で集めていた。
「これでも、獣化手術に適しているかある程度は解りますが、やはり我々が直に血液検査をしませんと」
「正確な事は解らない……か?旨い事義務化出来ればいいんだけどね」
「そうしたいのも山々ですが、タカ派を一掃する前に血液検査による獣化適性を義務化すれば―――」
「[[rb:獣闘士 > ブルート]]が軍事利用されて、我々が望む新世界からますます遠ざかるな」
溜息を吐く岩崎。
「解ってないね真鍋と言う男は。戦争が儲かる時代は、もうとっくに終わったんだよ」
そこへ、篠崎が慌てて駆け込んできた。
「どうした篠崎?」
「その前にお聞きしたいのですが、その資料の中に鷺宮女子高等学校の生徒も含まれていますか?」
祠堂が資料を見直し、黒居佑と灰渕絵奈がいる事を告げると、篠崎が悔しそうに呟いた。
「残念ですが、その2人はもう手遅れかと……」
祠堂が不安そうに訊ねた。
「どう言う意味かね?」
そこへ、『KUSAKA』が[[rb:15年前 > ・・・・]]に保護した『女王』祭紫明が説明する。
「金を掴ませた警察幹部からの情報よ。明日の午前9時にSAT(特殊急襲部隊)が鷺宮女子高等学校を強襲する。『女王』園藤姫乃以外は皆殺しだそうだ」
姫乃逮捕の本当の目的が透けて見えた祠堂が頭を抱えた。
「日本国憲法第9条に護られている筈の日本を戦火に包む気か!?あのボケ総理は!」
岩崎が質問する。
「で、SATが園藤姫乃を逮捕する可能性は?」
「突入前に警備部機動隊が学校を包囲し、学校と外部との通信も完全に遮断するとの事だ」
「そうか……」
岩崎は、考え込む様な素振りを見せながら冷酷に言い放った。
「少々勿体無いが……SATには死んで貰うか」
2018年6月13日 西東京市鷺宮女子高等学校裏庭
黒居は、色々と面倒臭くなったので取り巻き達と共に教室から出て行った。
裕福な家庭に生まれた筈の黒居だが、両親がジャーナリストと芸術家故か『鍵っ子』の呼称が定着してしまう程1人ぼっちの時間が永く、鬱積した孤独感故に凶暴な不良に堕ちた……
様に見えるが、心のどこかはいつも冷静で、彼女なりに引き際は弁えており、服部派の様な度を越えたいじめも後先考えない動画配信もせず、いつも安全地帯を探してしまう……他人にとってはクールな不良に観えるが、当人にとっては[[rb:劣等感 > コンプレックス]]であった。
「退屈っすねえ。そのままふけましょうか?」
「さんせー。こんな学校、私らには行く意味無いし」
「服部の馬鹿共と同じだと思われたら嫌だし」
「最近は無くなったけど、他人の全裸散歩を無許可でSNSに掲載するなんて、頭可笑しくなってんじゃねえ?」
取り巻き達の会話を無言で聴いていた黒居だが、突然他校の女子生徒が現れたのに気が付いて声を掛けた。
「お前……何者だ?」
エルザが黒居に警告する。
「だったら早い方が良いよぉー♪」
この言葉で、取り巻き達はやっとエルザの出現に気付いた。
「何だこいつ!?何時の間に!?」
だが、岩崎から指示を受けていたエルザにとってはどうでも良い質問だった。
「私の自己紹介を暢気に聴いている場合じゃ……無いんだけどね♪」
その直後、正門付近で1発の銃声が響き渡った。
黒居の取り巻き達が慌てふためく。
「な!?何なんだ今の!?」
「は……花火だよな!?」
そこへ、妙な老人に無理矢理連れて来られた灰渕がやって来た。
「[[rb:狼 > ウルフ]]。遅かったじゃない?」
「お前と違って還暦間近なんだよ[[rb:狩猟豹 > チーター]]」
軽く冗談を言い合う[[rb:狼 > ウルフ]]だったが、直ぐに真顔になって、
「[[rb:麒麟 > ジラフ]]と[[rb:犀 > ライノ]]と[[rb:虎 > ティガ]]もこっちに向かってるそうだ」
それを聞いたエルザが大喜び。
「お兄まで来たの!?今日出勤したSAT(特殊急襲部隊)も気の毒ねえー♪」
一方の灰渕も黒居達も何の事だか解らない。
「……一体、何が始まるって言うの?」
暫くして、岩崎が灰渕と黒居を救助する為に送り込んだ獣人達が裏庭に集結した。
その直後、校内でまた銃声が響き渡った。しかも、今度は拳銃ではなくMP5SD6と呼ばれる短機関銃の単発音であった。
慌てふためく取り巻き達と灰渕。
「……今日は色々と可笑しいぞ?」
2018年6月13日 西東京市鷺宮女子高等学校1-B
一方、今日の激戦の詳細を知っている筈の姫乃達もまた、心のどこかで高を括っていたのか、SAT(特殊急襲部隊)の暴力的で乱暴な強硬手段に困惑していた。
だが、『兵士』達に迷いは無かった。
「もう一刻の猶予もならない。私達が盾になって食い止めるから、姫乃だけでも逃げ延びて」
「な……何を言ってるんですか[[rb:聖 > ひじり]]さん!?」
しかし、この時はまだ『女王』としての心構えが宿っていないせいか、自虐的な駄々を捏ねる姫乃。
「皆を置いて私だけ逃げるだなんて、そんな、そんな……そんな事できる訳ないでしょう!私のせいで時坂さんが死んだんですよ!?私が投降すれば済む話です!これ以上、犠牲を増やす事なんてない!大体何ですか!?ついこの間まで、皆で散々いじめてたくせに、急に手に平を返した様に私に優しくして、女王様みたいに祭り上げて、挙句の果てに、私のために盾になるだなんて、そんなの……ちっとも嬉しくない!」
渚が、姫乃の自虐的な駄々を遮るべくキスをした。
「反省は後だ!このまま捕まれば、私達も姫乃も命の保証はない。だから逃げる。分かった?」
渚のこの言葉を合図に、『兵士』達が次々と体力自慢を始めた。
それを観ていた姫乃の心に、ほんの僅かではあるが『女王』としての心構えが宿り始めた。
2018年6月13日 西東京市鷺宮女子高等学校廊下
他のSATが偶然出会った生徒達を次々と容赦なく射殺しながら姫乃がいる[[rb:筈 > ・]]の教室を目指す中、D班が不自然に開いたダストシュートを発見し、G班とH班に伝えた。
2018年6月13日 西東京市鷺宮女子高等学校裏庭
灰渕と黒居を救助する為にやって来た獣人達は、ダストシュートから出る落下音を聞いて、周囲を警戒しながら安堵した。
「よかった!姫乃の奴が責任を感じて投降するって言う、八菱にとっても日本にとっても最悪のシナリオだけは回避された様ね♪」
その直後、上の階でまた銃声が響き渡った。姫乃の逃走時間を稼ごうとする『兵士』達とSATが激突したのだ。
「何なんだ何なんだ何なんだ!?」
[[rb:麒麟 > ジラフ]]が残念そうに呟く。
「どうやら……君達に解り易く説明する時間は……[[rb:今は > ・・]]無さそうだ?」
D班にダストシュートの出口を調べてくれと言われたG班とH班が裏庭に到着してしまったのだ。
「な!?何!?軍隊!?」
「いや……正確には日本の警察の特殊急襲部隊。通称『SAT』だ」
訳も解らず混乱と恐怖しか出来ない取り巻き達を尻目に、SATに立ち塞がる獣人達の容姿が徐々に変化していった。
「まだこんなにもいたのか!?」
「早くダストシュートの出口に急がねば、『女王』を取り逃がしてしまう!」
「構わん!少しでも『兵士』の疑いがある者は射殺せよと厳命されている!」
そう言いながらG班とH班がMP5SD6の銃口を立ち塞がる獣人達に向けたが、その時既にエルザと大河がG班とH班の真後ろにいた。
「私達は『兵士』でも兵器でも奴隷でも[[rb:実験体 > モルモット]]でもない。[[rb:獣闘士 > ブルート]]だ!」
エルザのこの言葉を合図に、獣人達の強烈な先制攻撃が始まった。
[[rb:麒麟 > ジラフ]]が踏み潰し、[[rb:犀 > ライノ]]が投げ飛ばし、[[rb:山荒 > ラウディ]]が針地獄を再現する。
その時点で、人間とは程遠い容姿と攻撃を見てもう大混乱するG班とH班。
「うっ!?うわあああぁぁあああーーーーー!」
だが、獣人達の優勢はこれだけに止まらず、[[rb:狩猟豹 > チーター]]と[[rb:麝香猫 > シベット]]と[[rb:狼 > ウルフ]]がG班とH班を相手に無双する。
「遅い遅い♪そんなのろまでよく警察学校を卒業出来たわね!?」
「なに死亡中に[[rb:勃起 > たって]]んのよ!?本当は堪ってんじゃない?」
「匂う匂うぞ!お前達の恐怖と混乱が!」
どうにか激戦との距離を開けられたSAT隊員2人が、獣人達にMP5SD6の銃口を向けた。
「いくら強かろうと、この距離なら―――」
だが、既に大河が真後ろにいた。
「帰れ[[rb:雑獣 > ザコ]]ども。こっちはつまらん戦いはしたくない」
2人のSAT隊員はあっけなく降参した。
「ふぁ、ふぁい」
G班の班長が、予想外かつ致命的な窮地に困惑した。
「馬鹿な……我々SATがまるで漫画の様な展開如きに敗ける?我々の今までの訓練の数々は……何だったんだ?」
そこへ、鉄パイプを持った黒居がG班の班長に近づいて行く。
「今鳴り響いている銃弾は……お前達の仲間がやったのか?」
G班の班長が黒居にMP5SD6の銃口を向けた。
「この学校内にいる『兵士』は、全て駆除せよ!それがSATの今日の任務だ!」
黒居が青筋を浮かべながら小声で言い放った。
「初めてなんだ」
「?」
「手加減しないで誰かをぶちのめしたいと思ったのは、生まれて初めてなんだ……だから、覚悟しろ!」
エルザが空気を読んでG班の班長の背後に回った。
「こっちこっち。ハーイ♡」
「なっ!?何時の間に!?」
慌てて後ろを振り向くG班の班長だったが、これが致命的なミスとなり、黒居の鉄パイプの餌食となった。
タスマニアデビルの人生は、喧嘩ばかりであった。
生まれた時は、20~40匹と多くの家族に恵まれ、その全てが母親の腹部にある育児嚢の中で過ごす。
だが、母親の乳首の数はたったの4つ。
彼らは生後間もなくにして、生き残りを賭けた争奪戦を経験する。
そして、死闘を制し、たった4匹にまで絞られた精鋭達も、顔を合わせれば始まる飽くなき兄弟喧嘩や殺し合いにまで発展する餌の奪い合いで、更なる研鑽を余儀なくされる。
そのため、幼い頃より顔や身体に生傷が絶えず、噛み跡や掻き傷の数で個体の年齢が推測できる程の生粋の戦闘種族なのである。
2019年9月8日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院
八菱財閥が行った裏切り行為の数々を聞かされて憤る黒田。
「[[rb:特務捜査課 > オレたち]]の方が、虫けら共より危険だと踏んだのか?」
紫明があっけらかんと答える。
「その通りだ。現に、お前達は軍事の存在価値を完全に見間違えた。軍事を過大評価し過ぎたと言っても良いくらいよ」
黒田が遂に激怒を露にする。
「[[rb:特務捜査課 > オレたち]]の方が虫けら共より劣ると!?」
だが、黒居が黒田の右ストレートを楽々と捌いて右手首を捻った。
それを観た紫明が自信満々に告げる。
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]はまだまだ旬なんだよ。[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]はまだまだ伸びるんだよ。だが、私にはお前達の価値が見えん。お前達と組む理由が見えんのだ。無価値な[[rb:老害 > ちゅうこ]]は脅威なのよ!」
それを合図に黒居が黒田の腹部に膝蹴りを見舞った。
看護師の声が木霊する。
「黒田さん!」
赤ワインのコルクを開けた紫明が、四つん這いになった黒田の後頭部に赤ワインをかけた。
驚く看護師。
「あ!?赤ワイン!?」
紫明が自信満々に質問する。
「1年前……お前にSATへの命令権を与えた連中は、1度でも『女王』を殺せと言ったか?」
黒田は答えない。だが、紫明は沈黙を図星と解釈した。
「やっぱりね。『蜂』の危険性を本当に知っている者はまず、『兵士』の暴走を承知の上で『女王』を先に殺す。『女王』がいる限り『兵士』は際限無く増え続けるから。だが、お前達は園藤姫乃を逮捕に留めようとした。それって……どう言う意味?」
耐えきれなくなった看護師が飛び掛かろうとした。
「やめないか!」
だが、紫明を護衛する大男に阻まれて黒田に近付けない。
「うお!?」
紫明が更に畳みかけようと、[[rb:16年前 > ・・・・]]のあの大事件に触れた。
「それと、私に祭一族の長の座を与えたくない連中が私を殺す為に仕掛けた爆弾……あれ、私が作った『兵士』まで死んだ事を良い事に、特務捜査課の必要性と発言力を高めるための嘘に使ったでしょ?」
黒田の妻を殺したあの大事件の犯人が別にいると言われ、弱々しく呟く黒田。
「貴様等の……貴様ら虫けら共のせいだ……」
「はいー?何?耳が遠くて聞こえなーい♪」
看護師が黒田に向かって叫んだ。
「黒田さん!もういい!警察を呼びましたから―――」
だが、黒居が皮肉で返した。
「違うな!警察が鷺宮女子高銃撃テロ事件の真犯人だよ。雲の上の言う事なんて、鵜呑みにする方がヴァカなのよ」
無礼極まりない黒居と紫明を止められず、ただ小声で助けを求めるのが関の山になってしまった看護師。
「助けて……誰か……助けて……」
その願いが通じたかの様に、1人の女子高生が黒居に声を掛けた。
「黒居さん、ご友人のお見舞いの花に、プリザーブドフラワー化した紫アネモネは如何です?紫は本来避けるべきですが、花言葉が『あなたを信じて待つ』だと言えば、患者さんも許してくれると思いますよ?」
その声は、お世辞にも大音量とは言えなかったが、黒居と紫明の無礼を止めるには十分過ぎる威力だったので、看護師にとっては大助かりだったが、黒居と紫明の無礼の被害者である筈の黒田にとっては、最も聞きたくないタイミングで聞かされた仇敵の声だった。
「園藤……姫乃……?何故ここにいる?」
第27話:祭紫明
2019年9月8日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院
無礼極まりない黒居と紫明を止められず、ただ小声で助けを求めるのが関の山になってしまった看護師。
「助けて……誰か……助けて……」
その願いが通じたかの様に、1人の女子高生が黒居に声を掛けた。
「黒居さん、ご友人のお見舞いの花に、プリザーブドフラワー化した紫アネモネは如何です?紫は本来避けるべきですが、花言葉が『あなたを信じて待つ』だと言えば、患者さんも許してくれると思いますよ?」
その声は、お世辞にも大音量とは言えなかったが、黒居と紫明の無礼を止めるには十分過ぎる威力だったので、看護師にとっては大助かりだったが、黒居と紫明の無礼の被害者である筈の黒田にとっては、最も聞きたくないタイミングで聞かされた仇敵の声だった。
「園藤……姫乃……?何故ここにいる?」
それに対して、姫乃はあっけらかんと答えた。
「貴女方が教えたんですよ?黒田がここにいると」
黒田は汗だくだが、黒居と紫明は余裕だった。
それは、現存する『女王』が3人もいるからだ。
働き蜂の全ては、自分の遺伝子よりも『女王』の遺伝子を優先する。この習性により、争いの火種は完全に消滅し頑強な社会性を形成するのである。
だが、他人の『女王』は、自分の『女王』にとって、まさに遺伝子を伝えるという目的を阻害する敵に他ならない。
だが、どの勢力も同じ事。故に、他の2人を潰し合わせて楽に1人勝ちを狙う『漁夫の利』になる事態を皆恐れている。
それが、紫明が分析した現状であった。
黒居が呆れながら言い放った。
「お前さあ……この屑に何しに来た?まさか、あの忌まわしい大虐殺の元凶のお見舞いに来た……なんて能天気な事を言うんじゃねえだろうな!?」
それに対し、姫乃はあっけらかんと答えた。
「ええ……今の私は能天気で無警戒ですよ」
更に呆れる黒居。
「ああぁー!?」
「黒田さん、未だに貴方を恨んでいますし、貴方が起こした悲劇の数々への後悔と苦悩が今も私の心を蝕んでいます」
「ふざけるな!」
黒居と紫明の無礼の連続を受けてボロボロにも拘らず、立ち上がって姫乃の胸倉を掴んだ。
「全てお前のせいだろ虫けら!」
それを観た看護師が理解に苦しんだ。
「何で!?非道いのは、あの2人の方でしょ!」
それを観ていた川辺が悔しそうにガクガク震えていた。黒田がどんだけ姫乃に無礼を働いても、いっさい助けるなと姫乃に厳命されていたのだ。
それを無理矢理ここに連れて来られた安達が皮肉る。
「嫌いか?あのおっさんそんなに嫌いか?」
黒居が代弁する。
「あー!嫌いだね!アイツに私が鷺宮女子高銃撃テロ事件から逃れた本当の理由を話しているから詳しい説明は省くが、私もこいつに殺されかけたんだよ!」
黒居が黒田を思いっきりぶん殴る。
と、ここで姫乃が漸く口を開いた。
「見ての通りです。貴方がやろうとしていた[[rb:私の楽園 > ヒメノスピア]]を破壊する為の一手は、八菱財閥が握り潰したんです!」
黒田は、黒居の言い分を思い出して歯軋りする。
「だから……」
その姫乃の宣言は、黒居と紫明の無礼の連続を憎む看護師達にとっては当然の結果であり、黒田にとっては理解不能な事であった。
「私も貴方も八菱と戦う運命なんです!」
「俺と貴様の共通の敵だとぉー!?」
再び立ち上がろうとする黒田だが、そのあまりの痛々しさに、さっきまでの川辺が懐いた憎しみは完全に消えてしまった。
「哀れだな……」
姫乃が優しそうな笑顔を止めて、話題を変えた。
「それより……かつてマレーシアで奇妙なジンクスがあったそうですね?」
敵意満載の視線を紫明に向ける姫乃。
「祭紫明さん!」
姫乃の殺意を感じてはいたが、3すくみ効果に胡坐をかいているせいか、それほど警戒していなかった。
「何かしら?」
2001年9月16日 マレーシアクアラルンプール某歩道。
1人の男性が、複数のフード姿の男性達に囲まれながら周囲を警戒した。
「つまり、その無礼な暗殺者を殺す為に我々を雇ってくれた訳ですな?」
この男性は、マレーシアで一旗揚げようとしている実業家だが、運悪く華僑の総本山を自負する中国系企業複合体『華総連』の傘下マフィア『祭一族』と揉め事を起こして命を狙われる立場になってしまったのだ。
「それはそうなのだが……」
ターゲットの男がガタガタ震えながら1枚の写真を取り出した。
「この娘は?」
「この女が、祭一族が私を殺す為に雇った暗殺者なのだが……」
フード姿の用心棒の内の1人が強気な発言をした。
「可愛い子ですね?解りました。もう2度とおいたが出来ない様にしてやりますよ」
だが、ターゲットの男の不安はそこではない。
「その子……祭紫明って言うんだが、どう言う訳か、こいつに命を狙われた奴は……きゃつが暗殺を開始する前に必ず病死するんだよ!」
フード姿の用心棒達は、いまだ自信が揺らいでいないのか、お気楽な予測を口にする。
「なるほど……毒殺と言う訳ですな?」
「ならば、その娘が毒を盛ったところを捕まえれば良いのですな?」
だが、ターゲットの男の不安は消えなかった。
「違う……きゃつに狙われたターゲットからは、毒物がいっさい検出されなかったんだよ!」
フード姿の用心棒達がターゲットの男を安心させる為に言い放った。
「ありますよ。警察はおろか医者すら騙せる暗殺方法が」
「ですが、今回は我々がいます。病死を装った毒殺は……させませんよ!」
だが、フード姿の用心棒達は致命的な見落としを犯してしまった。
すれ違った一般人[[rb:女性 > ・・]]がターゲットの男をチラ見したのだ。
2019年9月8日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院
姫乃が語ったジンクスは、傍目から聞けば荒唐無稽のオカルトにしか思えなかったが、姫乃にはある確信があった。
「もし、祭紫明に私と同じ能力があったとしたら……」
それを聞いた安達が、三門を裏切った青年が安達を監禁しようとした時に協力した2人の『兵士』を思い出した。
「あー!もしかして、あの船にいた『兵士』はお前のか!?」
それを聞いた姫乃と川辺が立ち上がった。
「祭紫明……安達さんの証言通り、あなたが新崎さんを殺したんですね」
紫明が動揺するが、3すくみ効果に胡坐をかいているせいか、それほど警戒していなかった。
「こっちも事情があってね。あの時は、ああするしかなかったんだ。でないと、三門陽参の暗殺が失敗して―――」
大男が紫明を背中に隠すが、川辺の『針』が大男の腹に刺さってしまった。
黒居と紫明にとっては予想外の展開であった。
「お……お前馬鹿か!?いま祭一族と[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]が潰し合えば、喜ぶのはセレナ・セルバンテスだけだぞ!せっかく現存する『女王』が3人もいるのに、なぜそれを活かそうとしない!?」
だが、姫乃はハッキリと言った。
「関係ありません!肝心なのは、あなたが私の大切な『仲間』を殺したか否かです!」
姫乃のこの台詞を合図に、黒居と紫明の背後に多数の『兵士』が『針』を露出させながら待機していた。
「油断しましたね祭紫明。3すくみ効果に胡坐をかかず、いつ私と遭遇しても良い様にそれなりの準備をするべきでしたね?」
黒居が獣化しながら唸り声を上げたが、安達には絶大に効果を発揮しても、2人を包囲する『兵士』達にはまるで通用しなかった。
「くそ!何故だ!?何故『兵士』には[[rb:魔唸 > デアグロル]]が通用しねえんだ!?」
そして、紫明に対して冷酷な事を言い放つ姫乃。
「あなたがまた『仲間』を殺すのであれば、死を以って償って頂きます」
安達は、姫乃の即決に驚いた。
(え?殺すの?3すくみ効果はどこ行ったの?)
だが、
「ぐおおぉーーーーー!」
紫明を庇って『針』に刺された大男が、最期の力を振り絞って姫乃にチキンウィングフェイスロックを見舞った。
「は……早く[[rb:紫明 > ボス]]を……」
死を覚悟で姫乃に複合関節技を決める大男に促された黒居が、紫明を腋に抱えながら動揺する『兵士』達の包囲を掻い潜って窓から飛び降りた。
が、川辺は咄嗟に真逆な命令を『兵士』達に出す。
「悔しいけどほっておけ!今は姫乃様の安否確認が先だ!」
そういうや、川辺が大男の左目に『針』を刺した。
「クソ!貴様、『兵士』の『針』を無力化するワクチンを飲んだな!?」
それでも、大男は既に限界だったのか、全身がガクガク震えていた。しかも呼吸も荒かった。
大男の限界を悟った川辺が説得を試みる。
「『女王』の『仲間』になれるのは女性だけの筈でしょ?なのに、男性である貴方がなぜそこまでするの?」
瀕死の大男は、出来る範囲内で微笑んだ。
「……クク……それがそうじゃねぇんだ……おめぇらにゃうちの[[rb:紫明 > ボス]]の事は解らねぇ……」
大男は知らず知らずの内に涙を流していた。
「うちの[[rb:紫明 > ボス]]はよぉ……ああ見えても暖けぇんだ……親も知らねぇ……名前もねぇ……糞ダメのような所で這いずり回っていた俺達を拾い上げてくれたんだよ……う……嬉しかったぜぇ……」
大男はとうとう吐血して姫乃を手放してしまった。
「姫乃様!?」
苦しそうに咳き込む姫乃だったが、幸い命に別状はなかった。
両膝をついた大男は、最後にこの言葉を言い放った。
「[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]……お前達なら解るだろ……たとえ『女王』の『針』が作った幻であろうと……人は従わせるより慕わせなきゃ……な……」
大男は……うつ伏せに倒れて動かなくなった。
戦いが終わって平穏が戻った病院。
姫乃が必死に平謝りをしていた。
「申し訳ございません。こんなにも大騒ぎをしてしまって」
看護師達は、この謝罪を聞かされて悔しかった……
本当は、こっちがお礼の言葉を言いたいのに、どの様な理由があれ、姫乃達が行った行為も暴力なので、面と向かって黒居と紫明を追っ払ってくれた姫乃達にお礼が言えないのがとても悔しいのだ。
「いえ……私達は大丈夫ですし……」
悪いのは黒居と紫明の方だと言って姫乃達を安心させたいのだが、姫乃達が明確に『針』を使用したので、それすら飲み込むしかなかったのだ。
「今後気をつけてくれれば、それで十分です」
看護師達は、今日ほど自分が恥知らずだと確信した日は無かった。
姫乃がお見舞いの花をベンチの上に置くと、申し訳なさそうにそそくさと帰ってしまった。
ただ、忠臣のシンバシーを感じたのか、紫明の逃走時間を稼ぐ為に命懸けで姫乃と戦った大男の治療を依頼する川辺。
「図々しいとは思いますが、そこに斃れている忠臣を看てやってはくれませんかねぇ?」
これが、黒居と紫明を追っ払ってくれた姫乃達に対して出来る看護師達の唯一の恩返しであった。
姫乃達が去り、残っているのは、黒田を含む患者達と看護師達と漸く到着した警察だけであった。
「これは……戦争でもあったんですか!?」
恩知らずな自分への恨みを必死に抑えながら答える看護師。
「はい……この病院と……祭紫明と名乗る外道との戦争です!」
看護師とは思えない言葉遣いに、警察は唖然とする。
(いったい……ここで何が遭ったんだ?)
2019年9月8日 大阪府大阪市浪速区。KUSAKA本社
姫乃の予想外の攻撃に、只々逃げ帰るだけの黒居と紫明。
「3すくみに頼り過ぎて油断したな?」
返す言葉が無い2人。
だが、日下俊一郎が更に畳みかける様に姫乃の思惑を予想した。
「これは、警告であり挑戦状だよ」
「どう言う意味だ?」
「私は、お前達ほど3すくみに胡坐をかいていない。お前達3人の『女王』の[[rb:友情 > パートナーシップ]]は、お互いに拮抗している力の元に成り立っている。もし、他の2人の力が少しでも衰えたら、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]は瞬時に牙を剥くと」
俊一郎の予想に、黒居が首を傾げる。
「あの地味子の園藤がか?」
俊一郎が首を横に振る。
「いいや、只の地味が憎い相手を病院の産婦人科と小児科以外の全科を受診する程の重傷にまで追い詰めるか?」
紫明が舌打ちをする。
「そうだった。あいつは激情家だったわ」
俊一郎が注意を促す。
「兎に角だ、せっかくセレナを即決させない為の3すくみだ。下手に殺されない様に砕身の注意を払ってもらおう!」
「解ったよ」
2019年9月8日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院
半ば無理矢理病室に戻された黒田は、姫乃が残したプリザーブドフラワーを飾ろうとした看護師に訊ねた。
「その花はどっちのだ?あの虫けらの忌まわしい汚れか?それとも、あの虫けらに追い返された哀れな2人か?」
看護師が質問で返す。
「今日、黒田さんの元を訪れたのは、虫けら2人と虫けらを追い返してくれた『女王』様だ―――」
黒田が強い口調で命令した。
「そっちは捨てろ!あの虫けらの心配される程落ちぶれてはいない!」
それを聞いて、規則と言う理由だけで恩知らずな恥じるべき行為をさせられた怒りをぶつけるかの様に反論した。
「黒田さんと黒田さんを救ってくれた『女王』様との間に何が遭ったのか、私には解りません!」
「五月蠅い!アイツは虫けらだ!『女王』どころか人間ですらない害虫だ!」
「ですが、私が観る限りでは、あの方はあの2人とは比べ物にならない程ご立派な方です!」
「五月蠅い!とにかく捨てろ!」
これ以上の説得は不可能だと感じた看護師は、姫乃が残したプリザーブドフラワーを飾るのを諦めてナースセンターに持ち帰った。
2019年9月10日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院
病院に呼び出された大貫は、ブルブル震えている看護師からUSBメモリーを手渡された。
「これ!黒田さんが園藤さんへの憎しみが完全に消えるまで預かってもらえませんか!?」
「どう言う意味です?」
「園藤さんが持って来たお見舞いの品の中に紛れ込んでいたんです!ですが、黒田さんは園藤さんの事を異常なまでに嫌っていまして、内容を観る前に壊してしまうのではないかと思い預かっていたのですが!」
「このまま預かり続ける事は出来ないのですか?」
「実は……ちょっとした好奇心から……その中身を観ちゃったんです!それ以来……怖くて怖くて持っていられないんです!」
「でも捨てる事も出来ないと?」
「これを絶対に黒田さんにお見せしないといけないのは解ってるんです!でも、私は怖いんです!ですから、警察の中で黒田さんに1番親しいという貴方が持っていて欲しいんです!」
ただ事ではないと感じた大貫は、渡されたUSBメモリーを注視した。
2019年9月10日 東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。警視庁本部庁舎
大貫は、早速USBメモリーを再生した。
中に入っていたのは……声だった。
お久しぶりです。園藤姫乃です。
恐らく……黒田さんの事ですから、これを最後まで聴くと決めるのに数年はかかったと思いますが、あえて2019年時点での[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の方針を話させて頂きます。
まず、残酷な事を言わせていただくなら、黒田さんが待ち望んだ(?)手術の事ですが、アレは八菱財閥の岩崎弥芯と『[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]』管理局長の祠堂零一の手によって握り潰されました。
あの手術が[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に何をもたらすのかは解りませんが、あの手術が中止になったと聞いてホッとしているのと同時に、内心、自分の力の無さに驚かされました。私は、時坂さんを全然護ってやっていないのですから。
とは言え、私は、時坂さんの遺体を公安警察から取り戻してくれた八菱と戦わなくてはならないのです。
その理由をお伝えする前に、1つ質問させてください。
黒田さんは、2019年に起こった真鍋進造総理違法薬物大量所持事件についてどう思います?
まさかと思いますが、真に受けていませんよね?
あの時と……私のママを逮捕したと嘘を吐いた時と同じです。八菱財閥が[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]と日本を自分達の望んだ通りの形にする過程で、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を壊そうとした真鍋総理が邪魔になったので、濡れ衣を着せてアメリカに明け渡しただけなんです。
そして、三門陽参と角供雅を殺したのも、八菱財閥が雇った獣人なんです。
信じられないと思いますが、これは事実です。残念ながら、証拠はまったくありませんが……
今はどうなっているか解りませんが、2019年時点での[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]は、ソンバンクグループと姉妹都市提携を結んでいます。
多分ですが、ソンバンクグループも八菱財閥がやろうとしている[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の世界的エンターテインメントスポーツ化の背後に、人類進化促進と新時代創造……悪く言えば、人類大選別があるのではないかと予想しているのではないかと思います。
私も、八菱財閥がやろうとしている人類大選別には反対です。
[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の大流行に耐えられる者は善。耐えられない者は悪。そんな勝手な決めつけは、とんでもない暴論だと思いますので。
それと、祭紫明という『女王』には気を付けてください!
祭紫明は、手に入れた『女王』を使って中国系マフィア『祭一族』から請け負った暗殺の仕事を次々と成功させ、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]をも利用し、あわよくば、華僑の総本山を自負する中国系企業複合体『華総連』の大幹部に登ろうとしています。
祭紫明は、見た目に反してかなり狡猾で狡賢いので注意してください。
私が黒田さんにお伝えしたい事は以上です。
黒田さんがここまで話を聞いてくれている頃には、ソンバンクグループが[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]をただの世界的エンターテインメントスポーツに修正してくれているか、最悪、私が八菱財閥の手によって消滅しているか……
もし、万が一、私が黒田さんと仲直り出来るのであれば、ソンバンクグループと共に[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]に光を与えて欲しいです。
では……私はそろそろ戦場に戻ります。
私が大好きだった『[[rb:現在 > ・・]]』を護る為に。
第28話:室戸純次
2020年4月13日 東京湾獣人特区郊外
稲葉初は焚火に当たりながら困り果てていた。
「[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]での優勝を期に、次々と来る対戦オファーやインタビューから脱兎の如く逃げまくった結果、獣人特区でホームレス生活を送る羽目になるとは……」
[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]優勝と言う実績に釣られた[[rb:脳筋 > さかな]]共から去る様に[[rb:獣闘士 > ブルート]]を引退したまでは良かったが、引退後の生活までは考えていなかったのだ。
「うー、寒いよー。お腹空いたよー」
既に何度も弱音を吐く続けている稲葉を発見した[[rb:草原大鼠 > プレーリードッグ]]3兄弟が、厭らしい顔をしながら近づいた。
「ヒョー♪こんな所にカワイコちゃんがいるぜ」
「マジかよ?すげー!」
そして、この3人の邪はどんどんエスカレートした。
「ここって無法地帯だからさ、誰に何したってバレないんだよねー」
「ヒヒ♪」
稲葉もこの3人の卑劣さに気付いたのか、驚き目を見開いてしまう。
(やばい!犯される!)
だが、アロハシャツを着た極道風の男性とボロボロの頭巾とマントで正体を隠す謎の人物が、邪な考えを持ってしまった3人に声を掛けた。
「待ちな」
「何だよおっさん、邪魔すんなよな」
「稲葉初に先に唾を付けたのは私達なんだ。返して貰うぜ」
「いなばうい?何言ってんだ?」
しかし、3人組の方の内の1人がとんでもない事を思い出してしまった。
「……って、[chapter:え!?][[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]優勝者![[rb:獣闘士 > ブルート]][[rb:兎 > ラビ]]!」
とんでもない事実に気付いてしまった[[rb:草原大鼠 > プレーリードッグ]]3兄弟は完全な恐慌状態に陥った。
「[[rb:巨猩羅 > ゴリラ]]も[[rb:鰐 > クロコダイル]]も倒して[[rb:獅子 > レオ]]よりも強いという……」
「マジか!?」
そして、とうとう一目散に逃走してしまった3人であった。
「おみそれしましたー!実家に帰らせて頂きまぁーす!」
邪な3人組を追い返した2人に対して、可能な限りの虚勢を張る稲葉。
「い、いやー、まさか正体がバレてしまうとは……力でねじ伏せても良かったのだが、上手く手加減できるかどうか分からなくてね。ハッハッハ―――」
「あっ。この格好じゃ気付かないか?」
頭巾を外すと、その正体は服部渚であった。
「ほら!姫乃と一緒にいたヤンキーの!?」
稲葉は、謎の人物の正体に漸く気付く。
「もしかして!?服部さん!?」
焚火に当たりながら異様な格好の訳を話した。
「裏の世界に潜む『女王』……ですか?」
「そう。紫明から姫乃と[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を護る為に、私も裏の世界に行こうとしたんだが、肝心の往き方が解んないから。私馬鹿だし」
稲葉は、あからさまに嫌そうな顔をした。
(裏の世界って、ヤクザやマフィアが出てくるあれじゃないよね?だとしたら……)
アロハシャツを着た極道風の男性が稲葉の逃げ腰を察して図星を突いた。
「逃げても良いが、お嬢ちゃんの就職先はどこなんだい!?」
「うっ!」
図星だった。
何も考えず逃げる様に[[rb:獣闘士 > ブルート]]を引退したので当てがないのだ。
渚は、稲葉に優しく語りかけた。
「大丈夫だ。アンタは、ただの親玉なんだよ」
「親玉!?」
渚がとんでもない計画を語り始めた。
「裏って付くもんをやって行ったら、いずれは裏の世界の到達するだろうと考えたんだが、それじゃあ時間が掛かると思って。だから、逆に表に有る物を無理矢理裏にしちまおうと考えたんだ」
「裏って……何を裏にするつもりなんですか?」
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]」
稲葉は停止してしまった。
「……はい?」
「つーまーり、[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]優勝者である稲葉初が裏[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]を主催して顔役を演じてくれればいいんだよ」
稲葉は、また停止してしまった。
「……はい?」
そんな噛み合ってる様で噛み合ってない稲葉と渚。アロハシャツを着た極道風の男性がこの2人と手を組むのには、一応理由があった。
2019年9月8日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
「服部さんは、今日は留守番をお願いします」
黒田のお見舞いに出掛けてしまった姫乃にそう言われてしまった。
まあ、理由は解ってる。
私が行ったら、勢い余って黒田を殺してしまうかもしれないからだ。涼子達の仇な訳だし。
そんで、手ぶらになった私は、最近[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に出没する珍人2人の尋問を行う事にした。
とは言え……どっちも私にとっては捨て置けない2人だけどね。
その内の1人は既に出頭して校長室のソファーに座っている。
2019年9月8日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校長室
で、このヤクザくさいおっさん……自称『黒田二郎の性根を捻じ曲げた男』らしいんだ。
「やっぱ……俺みたいなヤバい奴の前に、園藤姫乃はださねぇか……」
私は、その質問には答えず、こっちも一方的に質問させてもらった。
「で!あの悪名高い黒田二郎の性根をどうやって捻じ曲げたって!?」
おっさんは、想い出を語る様に話し始めた。
「俺の旧姓は黒田でね、俺はこう見えて二郎の兄なんだ。つまり長男」
「で、それと黒田の腐った性根と、何の関係がある?」
おっさんがフッと笑いながら、まだ黒田だった頃の事を語り始めたんだ。
「俺のクソ親父は警官でね、と言っても、何も無い叩き上げだがな。そんなこったでよく二郎と2人で空手教室に通わされたもんだ」
んー。これは長そうだ。だが、どうも重要な部分な気がしたから、切らずにそのまま話させちまった。
けど、私の予想よりは短かったんだ。
「あの頃の俺は、まだ忖度ってもんを知らねぇクソガキだから、言って良い事と悪い事の区別があいまいだったんだ。だから、俺に敗けちまった二郎にこう言っちまったんだ……『次男である二郎が、長男である俺に勝てる訳ねぇだろ!』てよ」
私達は、まるで漫画の様なズッコケ方をしちまった。
「若かった……」
「『若かった……』じゃねえよ!あいつのメンタルってそんなに紙装甲かよ!?」
「女には女なりの意地が有る様に、男には男なりのプライドがあるんだよ!俺は、そのプライドを面白半分で傷つけたんだよ!」
姫乃と同じ学校に通い続けている私にとっては、その程度でへこたれるこいつらの方がおかしいと思えた。
私達やママにイジメられ続けても、めげず懲りずに学校に通い続けた姫乃に比べたら……
だが、
「それに、俺がしちまった二郎への仕打ちが、俺がぐれて極道に堕ちたきっかけを作ったんだよ!」
……はい?
「それから……二郎が中学に上がる頃から、クソ親父が俺の進路に首を突っ込む様になったんだよ」
「本当に豆腐メンタルだなお前ら……そこら辺の親が普通にやる事だろ?」
「いや違う!あいつは二郎には何も期待していなかったんだよ……俺が空手教室でしでかした事を知っていながら、俺の罪を棚に上げて二郎から警察への道を奪ったんだよ!」
いや、全然奪えてないじゃん!現に1年前に警察率いて私達を皆殺しにしようとしたじゃねえかよ!
「そこで、二郎ではなく俺を警察に仕立て上げようとしたんだよ!『二郎じゃ心の鬼には勝てない』って言いながらなぁ!」
「心の……鬼……ね」
まあ、そいつのせいで、私は姫乃達の黒田へのお見舞いに同行できずに、ここでヤクザくさいおっさんと尋問ゴッコなんだけどな。
だから、私はこいつにこう言ってやったんだ。
「人間はみんな鬼を飼ってる。怒りにまかせ、その鬼を解き放つのは簡単だ。だが、そいつを抑えきるのが本物の男なんだぞ」
すると、おっさんがトーンダウンした。
「そ……それは確かに、クソ親父は、『警察は、犯罪だけでなくクレームや屁理屈とも戦わなければならない』って言ってたけど……」
「けど?」
「それでも、あの時の俺はクソ親父の言いなりになるのが嫌だったし、クソ親父のクソ予言を覆してやりたいって思っちまったんだ!」
多分……この後はお決まりのパターンだろう……
「それで、家出してヤクザになったって言うのか?」
「ああそうだよ!名前も、黒田一郎から室戸純次に変えてよ!」
まあ……『黒田二郎の性根を捻じ曲げた男』を騙る理由は解ったが、肝心の質問がまだだったよ。
「それと……この[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]徘徊と何の関係がある?」
すると、このおっさんが急に頭を抱えやがった。
「……解らねぇんだ……馬鹿の俺にゃア答えが解らねぇ……」
ははぁーん。こいつ、姫乃を殺そうとしたが……
「7か月前に、風の噂で二郎が園藤姫乃に滅多刺しにされて病院送りにされたって聞いて、いてもたってもいられず[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]に乗り込んだけどよ……[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]を調べれば調べる程、ここが俺がわざと拒んで二郎に譲った『光』そのものなんだよ!」
こいつ!?犯罪者が『闇』で警察が『光』だと思ってやがる!ヤクザも警察も……素は唯の人間なのによ。
「何でだ!?何で『光』同士が潰し合わなきゃならねぇ!?俺の様な『闇』同士なら解るけどよぉ!」
……そこまで言われると、言い辛いなあ……姫乃の奴が逮捕される[[rb:本当の理由 > ・・・・・]]って奴が……
そこへ、もう1人の珍人を尋問していた『仲間』がやって来て、私に変な事を言ったんだ。
「渚!これはどう言う事!?」
「どう言う事って、何が?」
「あんたに似すぎてんだよ!あいつ!」
……はい?
2019年9月8日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
そのもう1人の珍人を見て視ると、
「え?私!?」
私似の女が大慌てでわめいていた。
「こんな事してる場合じゃねぇんだよ!早く玄野二穂を此処へ呼べ!」
玄野二穂!?何でこいつがそんな事を知ってんだ!?
「早くしろ!玄野が姫乃をぶっ壊そうとしている裏切り者なんだよ!」
しかも、玄野二穂を造ろうとした理由まで知ってやがる!
「いや……だから、くろのにほって……誰よ?」
「いいから早くここへ呼べ!何もかもが手遅れになる前に!」
私は、正直言ってこいつが私達を惑わす為に八菱が送り込んだ……とも思ったが、あの眼は嘘を言ってる眼じゃねぇ……な。
だとすると……気が引ける真実がまた1つ増えやがった。
「すまないけど……こいつと2人にしてくれねぇか」
心配する『仲間』達を無理矢理追い出して、別世界(たぶん)の私と2人だけになった。
「お前……服部渚なんだよな?」
「信じねぇとは思うが……未来から来たな」
うわぁー……気が引ける真実に拍車をかけやがった。
「私達はもう手遅れだけど、ここはまだ間に合うんだよ!だから!」
「玄野二穂をブチ殺せと?」
「そうだ!あいつは『仲間』じゃねぇ!あい―――」
別世界の私は、やっぱりここが過去だと勘違いしてやがる!?ここだと玄野二穂は……
「それと、セレナに頼っても駄目だぞ!」
でしょうね。よほどの報酬がないと、アイツは絶対に手を貸さ―――
「あいつも負けて死んだからな!」
え?敗けた!?あのセレナがか?って、八菱に裏切られた真鍋が、日米安保がどうだかって言ってたけど……つうか、こっちの世界のトランポリン大統領はまだ[[rb:生存 > いき]]てるよな!?
と言うか、どう騙そうか……こいつに真実を言っても……
と思ったが、あっちの世界の姫乃に対する非道な仕打ちを聴かされて、私は決心した!
言おう!あの2人に……あの気が引ける真実を!
2019年9月8日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校長室
で、私とあっちの世界の私と黒田の兄さんの3人だけにして貰った私は、取り敢えず深呼吸した。
「このお嬢ちゃんは誰だ?」
「このおっさんは誰だよ!って、こんな事してる場合じゃ―――」
「それについて話す前に2人に訊きたい事がある!」
「だから!こんな禅問答―――」
「今から話す事は……あんたらにとって、かなりショックな事だらけだけど、覚悟はいいか?」
あっちの世界の私が驚く。
「どう言う意味だよ?」
「先ずは……その前に、このおっさんに玄野二穂がしでかした事を全部話してくれねぇか?」
あっちの世界の私は、意外と素直に語ってくれた。
姫乃に『仲間』になりたいと言って近づいた事、新崎敦子を殺してそれを安達に擦り付けた事、警察に連れていかれるふりをしながら姫乃を拉致した事、そして……あの姫乃が心を壊す程の非情な拷問を行った事、更に、トランポリン大統領まで抱き込んでセレナを殺害した事を。
で、黒田の兄さんは、玄野の『闇』に驚いたのか、変な冗談を言いやがった。
「何だよそいつ?まるでエロ小説に出てくる極悪人みたいな女は?」
「……読んでるの?」
まあ、その冗談についてのツッコミはここまでにして、あっちの世界の私が唯一言わなかった事を言う事にした……超気が引けるけど……
「で、玄野二穂の正体を知ってるのか?」
「知るか!どうせ、『蜂』を1人占めしようとしたどこぞの『女王』だろうよ!」
『蜂』を1人占めだけは正解だけど……黒田の兄さん、覚悟はいいか!?
「実は……私は知ってんだよ。玄野二穂の正体」
「そんな事どうでも……えっ!?」
「で、エロ小説に出てくる極悪人みたいな女の正体って、何なんだよ?」
私は、一呼吸おいてから、黒田の兄さんにとって最も不都合な真実を口にした。
「黒田二郎の脳みそを移殖された時坂涼子だよ」
2人とも……開いた口がふさがらなかった。特に、黒田が警察と言う『光』に向かって突き進んでいると思い込んでいる黒田の兄さんにとっては……
「ふざけんな!二郎は警察なんだ!俺の様な極道とは違うんだよ!」
そこへ、あっちの世界の私がダメ押しを言いやがった。
「私達を皆殺しにしやがったのは警察だろうが!黒田ってクソ刑事の指示でよ!」
黒田の兄さんが、悔しそうに壁に頭突きしていやがった。
「くっ……くくっ……」
まあ……当然の反応だろう、まともな生活を送ってる筈の弟が大量虐殺の片棒だからな。
だが、あっちの世界の私は、私が玄野二穂の正体を知ってる理由に対して何の疑問も持たなかった。
「何で……何でそこまで知っていながら、玄野二穂を殺さない!?」
生憎……そいつはもう……
「いないからだよ。こっちの世界の黒田二郎は、八菱に騙されて……玄野二穂に成れなかったんだよ」
「え……?」
「この様子だと、八菱も[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]も知らねぇな?」
「何だよそれ……っていうか……ここってまさか……」
「そうだよ。ここは過去じゃない。別世界だ」
うわぁー……完全にお通夜だよ。このまま、自殺するんじゃねぇだろうな?
だが、私がこんな非道な仕打ちをした理由を話さなくちゃならない。勇気をもって。
「お前達にこの事を話したのは……玄野二穂が望む[[rb:未来 > ビジョン]]が予想出来ないからだ」
「ビジョン?」
この時……私は号泣していたと思う。多分……きっと……
「最近の私の周りは、未来を欲しがってる奴ばかりだった。存続(園藤姫乃)、支配(セレナ・セルバンテス)、出世(祭紫明)、成長(岩崎弥芯)、進化(祠堂零一)、栄光(谷優吾)、冒険(宇崎瞳)、善意(尊聖羅)、保身(真鍋進造)などといった具合にな。だが、玄野二穂には何も無い!あいつは後先考えてねぇいじめっ子に過ぎない!そう思うと、気の毒なんだよあいつが!」
だから、私は黒田の兄さんに詰め寄った。
「けど、こっちの世界の黒田二郎は、まだ玄野二穂じゃねぇ!だから……まだ間に合うんだよ!」
2019年9月8日 東京都墨田区堤通2-14-1。東京都リハビリテーション病院正面玄関
いない筈の私を見て姫乃が驚いている。
んで、川辺が食って掛かってきた。
「渚!?何でここにいる!?姫乃様のご命令はどうした!?」
嬉しさ余って抱き着いてしまった私に驚く姫乃。
「姫乃……姫乃おおぉぉーーーー!」
「わああぁぁーーーーー!?」
「今度は……今度は必ず護るからな!絶対に!」
「え!?ちょっと!?服部さん!?」
「て言うか!?渚の証言にちょっと気になる事があるんですが!?と言うか!?黒田ってそんなにヤバいの!?」
ミツバチの兵士は、女王バチの身体を執拗に舐める習性を持つ。
ロイヤルコートと呼ばれるこの行為は、女王の身体を清潔な状態に保つと共に、女王特有の支配フェロモンを受け取る事で、主従を明確にし、女王への忠誠を新たにする意味を持つ。
……そんな……
あっちの世界の私の姫乃への抱き着きを、遠くから観ている私と黒田の兄さんである。
「よかったのか?アレで?」
「良いんだよ。あいつは、地獄を彷徨い過ぎた。そろそろ、あの時に戻してやらねぇとな」
「でも……それだと、お前が―――」
「私は、こっちの世界で充分堪能した。私は大丈夫だ!」
と言う訳で……そっちは頼むぜあっちの世界の私!裏の世界に潜む『女王』祭紫明は、私達が何とかするから!
2021年6月25日 東京湾獣人特区番外地[[rb:金網通 > メッシュストリート]]
私は、[[rb:忍陣畠 > キャロットフィールド]]を主催している稲葉初です……
はぁー……
2年前のあの時……変なタイミングで目を覚ましたら、偶然優勝しちゃって以来、試合に出るのが怖くなっちゃって、番外地に隠れ住んでたら、噂にどんどん尾びれがついて、いつの間にやら、[[rb:兎 > ラビ]]は陰の実力者!……って事になっちゃってるんだよねー……
そのせいか、服部さんの思い付きで始めただけの裏[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]が思いの外流行ってしまって、更に[[rb:狼 > ウルフ]]や[[rb:象 > エレファス]]まで手伝うって言って来たしで、もはや引っ込みがつかない状態に……
はぁー……
ん?
「……二郎……あんた、どんどんクソ親父が言った悪口どおりの人生になっていくぜぇ……」
あなたは確か……室戸さんでしたっけ?
その……二郎さんって、何ですか?
2021年6月1日 東京湾獣人特区KBスタジアム広場
1人の少女が、受付の機械の説明を聴いていた。
「ようこそ!ここは政令指定獣人解放特別区域、略して獣人特区。獣化法で定められた獣人に関する様々な規制緩和を実施するため、日本各地に設置された特別自治区です。そして、この東京湾獣人特区は世界的獣人格闘イベント・[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]のメイン開催地でもあります。その会場となるのは、特区中央部に位置する巨大競技施設KBスタジアム。この施設は[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]のため―――」
少女は、受付の機械の『案内終了』のボタンを押した。
すると、さっきまで受付の機械の説明と重なっていた解説アナウンスが聞こえてきた。
「[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]とは、かつて三門財閥が秘密裏に行っていた非合法な賭け試合でしたが、『獣化法』により獣人同士の非公式な戦闘行為が厳しく取り締まられている現在では、競技者精神に則った世界的エンターテインメントスポーツとして生まれ変わりました。しかし、世界一過酷で世界一危険な格闘技イペントであるという事は、全く変わりません。本日は、その参加資格を審査する[[rb:試闘 > オーディション]]を行います」
少女は、拳を握り締めながら宣言した。
「ついに来た……獣人の聖地。ここで私は……[[rb:牙闘 > きりんぐばいつ]]の[[rb:王者 > ちゃんぴょん]]になる!」
少女の名は戌井[[rb:純 > ぴゅあ]]。この能天気そうな少女が、[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]と[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の裏で暗躍する者達の運命を大きく変えるのだが……この時点では、本人を含めて誰も気が付いていなかった。
第29話:盛山順也
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
複数の男性達が大きめのダンボールを持ってやって来た。
「城彩大学漫画研Q会の者でござる!今日は、園藤姫乃様にお願いの義が有って参ったしだいでござる!」
対応に当たった『兵士』達は困惑する。
「お前ら、姫乃様に何をさせる気だ?」
「それは……貴女方の大好きな持ち物チェックをしていただければ判るでござる!」
妙な大学生達の勢いに負けて渋々ダンボールを受け取る。
「この箱から変な物が出てきたらブチ殺すからね!」
『兵士』達は、取り敢えずダンボールの中身を確認した。
そして、その中身はある意味怪しかった……
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
姫乃も渚も……この箱の事を宇崎にどう説明しようか悩んでいた。
「よりによって……」
箱から出て来たのは……未使用のメイド服であった。
「どうやら……この前の[[rb:山荒 > ラウディ]]との戦いを目撃したらしく、時間が経つにつれて猫耳メイドが観たいという衝動が大きくなった……との事です」
渚が悪態を吐く。
「たく!あの2人がこんなの着ると思うか?」
「2人?まさか、中西の事も言っているのか?」
「まあ……あいつ等の言い分は猫耳メイドだろ?だとすると……」
「中西を生贄にして宇崎が逃げるって?渚、アンタって時々怖い事言うわね?」
「悪かったな?私は元いじめっ子ですよー!」
とは言え、『兵士』達の意見は、あの2人は着ないと言ったと偽って返却するで一致した。
「あのオタク共、あの2人の正体を知らな過ぎる」
だが、姫乃だけは違った。
「宇崎さんと中西さんを呼んでください。突き返すと言っても、やはり直に訊かないといけません」
渚は、頭を掻きながら姫乃の意見に疑問を感じた。
「あいつらを呼んでも、結果は変わらないと思うんだけどな……?」
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校廊下
学校内に校内アナウンスが響き渡った。
「緊急連絡緊急連絡。宇崎瞳さんと中西エルザさん、至急、生徒会執務室まで来てください。繰り返します。宇崎瞳さんと中西エルザさん、至急、生徒会執務室まで来てください」
それを聞いた乃塒押絵が不安そうにスピーカーを見た。
「案で!?中西は良く解るけど!案んでヒトミちゃんが姫乃に呼び出されなきゃ井げないの!?」
少々慌てたのが仇となって語彙が少々可笑しくなる乃塒に呆れる川辺。
「完全に取り憑かれたわね?」
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校正門
「緊急連絡緊急連絡。宇崎瞳さんと中西エルザさん、至急、生徒会執務室まで来てください。繰り返します。宇崎瞳さんと中西エルザさん、至急、生徒会執務室まで来てください」
漫画研Q会にも先程のアナウンスが聞こえたので騒ぎ出した。
「2人も!?こうしてはいられない!」
漫画研Q会は、急いで大学に戻って行った。
「あ!?ちょっとおい!……何だったんだあいつら?」
「……こっちが知りたいよ」
だが、この漫画研Q会の一時帰還を許した事が、今回の騒動を更に大きくする要因であった。
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
呼び出された宇崎は、その理由を聞いて不快になった。
「知るかボケ。殺すぞ」
渚達にとっては予想通りだった。
「でしょうね。まあ、そのくらいの事で姫乃が殺されるのは勘弁だけど―――」
だが、エルザの意見は逆だった。
「いいよ」
「それは、承諾と受け取ってもよろしいのですね?」
姫乃以外の誰も直ぐには反応出来なかった。
「……」
「え?」
渚が慌てて反論する。
「良いよって!?このメイド服を無理矢理着させられるんだぞ!?普通に考えて宇崎の反応の方が自然だろ!?」
だが、エルザはあっけらかんと答えた。
「いいじゃない。逃げて疑われるよりマシでしょ」
「それはそうかもしれないけど……」
「それに」
エルザが宇崎の方を向く。
「ガチバトルしか能のない不器用な[[rb:新人 > ルーキー]]に処世術ってモンを教えてあげるいい機会だわ」
「あ?お前に教わる事なんかねーよ」
「ふーん。じゃあ……こういうのできる?」
すると、エルザの耳だけが獣化した。
「なるほど……獣化部分を減らして消耗を最小限に抑えると言う訳ですね?」
「……それを園藤姫乃が先に言うとはね?」
宇崎がエルザに詰め寄る。
「それ、どうやんだ。教えろよ」
「別にいいけど……」
エルザが突然、宇崎の服を脱がし始めた。
「まずは、お着替えしてからね♡」
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校廊下
会話を立ち聞きしていた乃塒が、貪欲故の混乱に陥っていた。
(宇崎ちゃんが……コスプレ!?しかも獣耳メイド!?み……観たい!物凄く観たい!でも……それだと……あの穢れたクソオタクどもにヒトミちゃんの崇高なお姿を晒してしまう!でも観たい!どうしたら……どうしたらぁーーーーー!?)
そして、乃塒の脳裏に邪な嘘が浮かんでしまった。
気配に気づいて、走り去る乃塒の背中を見送った渚が姫乃にツッコんだ。
「やっぱ……アイツも『仲間』にして制御し易くした方がいいじゃね?」
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校門
邪な嘘を携えて校門に向かった乃塒だが、全てが遅かった。
「『兵士』殿、首尾は如何に?」
(何この数!?)
「写真部や映画部も関心を寄せているのでござる。よもや今さら中止になどと―――」
乃塒は愕然とした。
本当は「当人が拒否したので中止になった」と嘘を言うつもりだったが、とてもじゃないが『中止』の一言が言える状態ではなかった。
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
その様子を窓から見ていた『兵士』が、呆れながら言い放った。
「馬鹿だよ……男ってさあ……」
「お待たせー♪」
エルザの声が校庭に響く。
皆が校庭の方を見ると、宇崎とエルザが本当にメイド服を着ていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
漫画研Q会を見張っていた『兵士』達が『針』を露出して威嚇しようとするが……
「正門を開けてください」
「よろしいのですか!?姫乃様!」
姫乃が首を縦に振ったので、『兵士』達が校門を開けた。
「ヒョオオオオオ!」
「話が解るうううぅぅ!」
「スゲー!かわいー!」
「やべー!いける!」
「こっち向いて」
「最高オオオオ!」
皆が楽しむ中、宇崎は部分獣化の事しか頭になかった。
(確かに楽だな。自転車のギアを1番軽くしてるような……)
だが、
「すみません!ちょっとポーズとってください!」
「へ?私?」
不意に声を掛けられて驚く宇崎と、そんな動揺を感じて呆れる渚。
(こいつ……絶対に次の[[rb:獣獄刹 > デストロイヤル]]の事を考えてたな)
「ぽ……ポーズと言われても……」
と言いながら、取り敢えず尻を突き出して尻尾を強調した。
「うおおおおおお!」
「すばらしい!」
「最高です!」
これには、乃塒も我を忘れて写真を―――
「こらこらこら!乃塒!いい加減に正気に戻りなさい!」
だが、そんな川辺のツッコミを無視して写真を撮りまくる乃塒。
「ヒトミちゃぁぁぁぁーーーーーん!」
「おい!」
そんな中、宇崎が独白。
(何だか知んねーけど、すっげーウケてる?やばい、もしかしてこれって……結構楽しいかも!?)
ラーテルは、非常に好奇心の強い動物である。
少しでも興味を惹く物があれば、危険か顧みず、どこまでも追いかけて行く為、ナワバリの範囲は実に700㎢以上。これは他種アナグマの約20倍に相当する。
ミツオシエと呼ばれる鳥は、この性質を利用し、ミツバチの巣を発見すると、けたたましい鳴き声でラーテルの注意を自分に向けさせて現場に誘導し、ハチミツを掘らせておこぼれに与るという、共生関係が成立している。
即ち、ラーテルの恐れ知らずの性質は、強固な攻撃性のみならず、どんな状況にも順応し己が利を見出すという、柔軟性をも生んでいるのである。
そんな中、乃塒がスマホを見て絶叫した。
「があぁーーーーー!スマホの容量がぁーーーーー!?」
川辺が冷静にツッコんだ。
「そりゃあ、そんだけ録れば容量がパンパンになるわな?」
だが、乃塒は諦めない!
「よし、かくなる上は……今彼や元彼やエゴザイルや三代目なんとかなどの……どうでもいい男共のデータを、片っ端から消してやる!」
「おい!切羽詰め過ぎ!少しは冷静になって!」
ミツバチの巣では、環境の良い中心部に女王やメスの卵が配置され、オスの卵は、歪な場所や巣の端っこなどに配置される。
これは、餌不足などの有事の際に巣を断片的に切り落とし、不要なオスを『間引き』する為の合理的な措置なのである。
「ヒトミちゃぁぁぁぁーーーーーん!」
呆れる川辺。
「……付いてけん……」
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
壮絶な撮影会を終えて宇崎と渚が悪態を吐く。
「ったくよー、しょうがねえ奴らだな。あんなんで大喜びしやがって」
「お陰で、こっちは校庭でまたお祭りだよ。お前らも片づけを手伝えよ!」
だが、姫乃が楽しそうに微笑んだ。
「えっ!?なに面白そうにしてるの!?」
「何言ってんのよ?結構楽しんでたクセに」
エルザのツッコミに慌てて反論する宇崎。
「そ!?そりゃお前だろ!」
「私達は部外者だぞ?」
だが、姫乃が変な事を言った為、その火消しに四苦八苦する渚。
「服部さんも、かつては写真撮り過ぎてスマホの容量に余裕が無くなる事があったじゃないですか。覚えていません?」
「ちょ!?それは!」
呆れながら叫ぶ川辺。
「[[rb:服部渚 > ブルータス]]!お前[[rb:も > ・]]か!?」
「ちょ!?どういう目で私を視てるんだよ!つうかブルータス!?」
だが、川辺にとって重要な所は、お前[[rb:も > ・]]の中の[chapter:も]の部分であった。
2019年7月15日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校廊下
リラックスし過ぎてボケた感じになっている乃塒。
「はぁー……すばらしいかったぁー……もう何も考えられない程に……」
安達瑞VS岡島壱之助
2019年9月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校門
石田派[[rb:獣闘士 > ブルート]]の岡島壱之助がいやらしそうな男性の後頭部を鷲掴みにしながらやって来た。
「何すんだテメェ!?放しやがれ!」
「だめでごわんど!身の程を知るのは、おはんの方でごわんど」
「ちょ、ちょっとかわいこちゃんに手を出しただけだろ!?」
「いくら[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の外だからって、やって良い事と悪い事がありもす」
「それくらい許してくれよ。男なら、それくらい普通だろ?」
岡島が手に力を込めた。
「あ痛々……ちょ、ちょっとタンマ……」
「おはんは、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]から[[rb:女子 > おなご]]の取り扱い方を学んだ方がよかと」
「殺す気かお前!?あいつらにバレたら、間違いなく殺されるー!」
そこへ、渚が複数の『兵士』を連れてやって来た。
「何やってんだお前ら?」
岡島は気付いていなかった。この服部渚が、平行世界の服部渚だと。
「あ、渚殿。姫乃殿にお会いしたい事が1つ……」
いやらしい男性をチラ見した岡島。
「いや、2つありもす」
嫌な予感がした男性が小声で促す。
「言うなよ。絶対に言うなよ」
だが、岡島はあっさり言ってしまった。
「まずはこの者でごわんど!」
「このおっさんがどうしたって?」
「やーーーめーーーろおおおぉおぉぉーーーーー!」
「電車で[[rb:女子 > おなご]]に非道無礼な行いをおこなったでごわんど!」
呆れる渚。
「痴漢かよ!?それなら鉄道警察に―――」
岡島が残念そうに首を横に振った。
「じゃっどん、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の外なら何やってもよかと思っとりもす。そちらで更生させた方がよかと」
痴漢が慌てて首を小刻みに横に振る。
「ダメだよ。ダメだよ。ダメだよ!」
その時、嘔吐音が響き渡った。
「ゲェエエエエーーーーーッ!」
「チッ!またかよ……」
(何が起きたと?)
見れば、安達が四つん這いで嘔吐していた。
「ゲッ!ゲエエッ!」
「またやっちゃったよ……」
岡島にとっては何の事だか解らない。
「どう言う事でごわんど!?それより、病院に運んだ方が―――」
「今は駄目だ!今それ言ったら悪化する!」
「いや……でも―――」
岡島が心配そうに安達に近付いた途端、安達の嘔吐が悪化した。
「ゲ……ゲエエッ!ゲエエエエエエエエ!」
その隙に痴漢が逃走するが……
岡島が、渚の説明を受けて困惑する。
「ぜ……善意アレルギー?」
「こいつ、許容しきれねぇ善意を受けると、嘔吐したり失神したりするんだとよ?」
「お、おはん……日常生活は大丈夫と?」
安達が岡島に食って掛かる。
「ふざけんじゃねえよ。クソ野郎。命は大切です。その命を護る為なら負けても良いですってか。何様気取りか知んねえけど、その絵に描いた様な偽善と欺瞞が気持ち悪いんだよ」
「……ムカつくかも知れねぇけど、こいつについては……慣れて」
更に困惑する岡島。
「いや……でも、これ程派手に嘔吐されて心配せん者はおらんと」
安達がまた嘔吐する。
「ゲエエッ!」
で、岡島が安達の体調を心配して安達の嘔吐を悪化させる悪循環となった。
「……まるで水と油だな?」
そこへ、逃走した筈の痴漢が両手を上げながら戻って来た。
その後ろには、川辺が『針』を露出させながらやって来た。
「渚、この不審者は誰?」
岡島が代わりに答えた。
「電車で[[rb:女子 > おなご]]に非道無礼な行いをおこなったでごわんど!」
それより、ここに岡島がいる事に驚く川辺。
「よりによって岡島さんが来ちゃったかぁー!?もし安達に出遭っちまったら―――」
「もう……遅せぇよ」
四つん這いになっている安達を見て、全てが手遅れだと察した川辺。
「その様ね?でも、この変態のお陰で、安達の嘔吐を止められるかもよ」
「ん?どうやって?」
痴漢が青ざめる。
「何するの?何するの?何するの!?」
「これが本当に拷問として使えるのか試したくなってな」
苦悩の梨。
この洋梨型をした鉄製の器具は、ネジを捻じる事で開閉自在。
口内に捻じ込むことで、受刑者を黙らせる猿ぐつわとして開発されたものである。
だが、人間の果てし無き残虐性が、この苦悩の梨を膣や直腸に挿入し人体を内部から破壊するおそるべき処刑道具に変わるのに、さほど時間はかからなかった。
痴漢の命乞いの悲鳴が木霊する。
「いーーーーーやーーーーーだあぁーーーーー!」
そして、絶命の危機への絶望に耐え切れずに失神する痴漢であった。
「って、やらないよ。そんな事したら、[[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]の評判がガタ落ちだって」
2019年9月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
岡島の報告を聞いた姫乃が考え込む様に目を瞑った。
「やはり、東京オリンピックは中止ですか」
「はい。IOCは、真鍋総理の汚点がオリンピックにまで及ぶのを恐れて」
姫乃が困り果てながら背もたれにもたれかかった。
「八菱は、間違いなく東京オリンピック中止による損失を[[rb:牙闘 > キリングバイツ]]の世界的エンターテインメントスポーツ化のための踏み台にするでしょうね?」
「間違いないかと……」
「……後手に回りましたね?恐らく、ここまで計算した上で真鍋総理の冤罪と国外追放を強行したのでしょう。岩崎会長の遠大な深謀には驚かされます」
岡島は、ある者が気になって横目でチラ見する。
「それより……何でここで元気になりもす?」
安達は、先程の岡島の報告立ち聞きした事で、パンチを打てるほど回復していた。
「ん?絶好調」
困惑する岡島に対して、姫乃はこう告げるしかなかった。
「それについては……慣れてくださいとしか……」
だが、岡島はやっぱり安達の将来を心配してしまう。
「いや、でも色々と親切な方はおりもす。その人の前で嘔吐は失礼でごわんど」
「うるせぇよ!」
まさか、自分が安達に叱られるとは夢にも思えなかったので困惑する岡島。
「いや……でも……」
「ハッキリ言って気持ち悪いんだよ。どんだけクズに囲まれてようと、どんだけ地獄に住んでいようと、立派に力強く生きてる奴だって、大勢いるんだ。てめえらめてえな化物の力を借りなくてもな」
それを聞いて安達の将来どころか過去まで心配する岡島に対し、平行世界の渚がこの世界の渚の言い分を思い出す。
2019年9月8日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校校長室
この世界の渚が、平行世界の玄野二穂の[[rb:未来 > ビジョン]]の無さを哀れんだ。
「あいつは……確かに後先考えないいじめっ子に成り下がってるけどよ、その背後にいる連中の[[rb:未来 > ビジョン]]も破滅的なんだよなぁー……」
弟の黒田二郎の将来を心配する室戸が不安がる。
「どういうこった?」
「そいつらは、姫乃から奪った力を使って他国を攻撃したり、他人を奴隷にしたりするんだよ。つまり、洗脳や強制が横行する……『仲間』がいねえ世界を作ろうとしてるんだよ。黒田の恨みは、そいつらに利用されてんだよ」
2019年9月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校生徒会執務室
平行世界の渚が安達に警告する。
「でもよ……立派に力強く生きてる奴らを護る為にも、許しちゃいけねえ[[rb:極悪 > クズ]]ってのも……いるんじゃねえのか?」
平行世界の渚の言い分に警戒する安達。
「な!?……何なんだよ……?」
それを見ていた姫乃がある人物を思い出した。
「その勇気……グレタさんを思い出しますね」
安達は、とんでもない人物の名が出て来たので慌てふためく。
「ぐっ!?グレタ!?」
「グレタ殿って、あのグレタ・エルンマン・トゥーンベリ殿の事でごわんど?」
「はい。グレタ・トゥーンベリさんこそ、ノーベル平和賞を取るべき人物です。私も日本も、彼女から学ぶべき事が多い―――」
安達が仮死した。
「あっ、安達殿おおぉーーーーー!?」
「安達さん!」
「と言うか、許容範囲を超えた善意を受けたぐらいで仮死るのやめて」
岡島と姫乃が気絶した安達の心配をする中、川辺が残念そうに告げた。
「申し上げにくいのですが、どう視ても姫乃様が安達にトドメをさしたとしか見えません」
「何故でごわんど!?姫乃殿は、ただグレタ殿の話を―――」
「それについては……[chapter:慣れて]」
困惑する岡島。
2019年9月10日 [[rb:楽園都市 > ヒメノスピア]]鷺宮女子高等学校保健室
その後、グレタの名を聞いて仮死った安達が、保健室のベットで目を覚ました。
安達VS岡島。
勝者……[chapter:グレタ・エルンマン・トゥーンベリ]
ヒメノスピア×キリングバイツ