ぽっかり開いた

ぽっかり開いた

奈落

悲しいことがあった。

どうしようもない気持ちを処理することができなくて、久しぶりに家を飛び出した。
11月の刺すような気温の中を、間違った軽装で駆け出す。
夕陽はとうの昔に沈んでおり、視界の右端にうっすらと半月が見えた。

なぜ人を好きになると、こんなにも辛いのだろう。
右目から溺れ落ちる涙を袖で拭き取りながら考えた。
…答えは出ない。辺りが徐々に暗くなっていくだけだ。
このまま闇に溶けていければどれほど楽なのだろうか。
依存しているわけではないが、それほどこの恋に生涯を預けているのだろう。
情けない。
このブレない心が恨めしい。頭空っぽで夢だけ詰め込めるあの子のようになれたらどれほど楽なのだろう。

スマホを持たずにきたせいか、普段は聞こえない夜の音がした。
遠くを走る車の音や、住宅街から染み出す家族の声。
普段はこの輪の中にいるのかと考えるだけで笑えてくる。
そうなんだよ。別にこんな気持ちにならなければ私は世界一幸せなんだ。
過去があるからいけない、感情があるからいけない、心があるからいけない。
そうは思うが、それがなければ幸せすら感じられないんだ。

気がつくと、公園の前にいた。
1本しかない外灯が、ブランコを怪しく照らしていた。
乗るしかない。これは運命なんだ。
他人の目も世間体も気にせず、私はブランコを漕いだ。
徐々に加速していき、さらに冷え込んだ風が顔の温度を著しく下げた。
何も考えずに漕いだこのブランコのことなんか、ほんの数分で忘れるだろう。

「ねぇ」
声をかけられた。振り返ると全く知らない人が立っていた。
私が無視して漕ぎ続けていると、その人も隣のブランコに座り、漕ぎ始めた。
どれくらいそうしてただろう。視界の隅に映る彼はすごく楽しそうにブランコを漕いでいた。
「何ですか?」
数分前の問いに応えたが、今度は彼からの返信がない。
私はその場を後にした。

悔しいことに、私は自然と家路に向いていた。
歩きなれた道をゆっくりと歩いている。
どこからか入浴剤の匂いがする。晩ご飯の残り香が鼻を撫でる。
それがスイッチになっていたかのようにお腹が鳴る。私はやっぱり生きている。

我慢して生きていくことに楽しみなんかあるんだろうか。
どうせ壊れると分かっていて過ごす日常に意味なんかあるんだろうか。
このまま何も見出せないまま歳をとって死んじゃうんじゃなかろうか。
私は最後に笑えるんだろうか。
生にしがみつくいまの自分を懐かしむことができるんだろうか。

「ただいま」
「おかえり!」
私の考えなんかどうでもいいと思えるほど素敵な笑顔で貴方が言った。
途端、溢れ出しそうになる涙を今日もまぶたの裏側にしまった。

こうしてまた私は、不透明で不確実なひび割れた幸せの中で生きる。
この道を選ぶも捨てるも私次第だ。

ぽっかり開いた

ぽっかり開いた

「もう何回悩んだんだろう」

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-27

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