きっと、夜が明けるまで [現代編]
【まえがきは必ずお読みください】
【12/13更新(本文)】【未完】【★更新中】
ファンタジーです
あらすじ: どこかの世界に、夜の明けない街があった。そこに住む一人の少女はアバンダンドと呼ばれる、夜から生まれた魔物を狩って生計を立てていた。そんな日常のとある日に、少女は、もう一人の不思議な少女と出会うことになる。光の力を操る少女と、闇の力を持つもう一人の少女——彼女たちはどう繋がって、どう関わり合っていくのか……
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第1章: 明けることのない星空のもとで
1: 彼女と出会った、最初の夜——
ウィザウト・サン——それが私たちの住む街の名前だ。
名前の通り、太陽の昇らぬ常闇の街で、人々は夜に起き、街の明かりは常に点々と灯り、また夜に就寝する。
そんな街で起こった、私たちの物語を、これから語ろうと思う。
それは、私が、一人の少女と出会ったことから始まった物語——。
私は街の郊外の森を駆けていた。
明かりは、腰のランタンだけ。だが、いつも駆け慣れているその道は、暗くても視界が遮られることはなかった。
追っているのは、黒い魔物。夜闇に紛れて活動するそれは、この世界の人々からは、アバンダンドと呼ばれていた。
私は走っている最中、視界に動くものを捉える。アバンダンドだ。狼の姿をしたそのアバンダンドは、私の左右に数匹走っている。
右のアバンダンドが止まる。それに従って私も停止する。今が攻撃の好機、と思いきや、そのアバンダンドが私に向かって飛びかかってきた。
私はすっとその飛びかかりを避ける。同時に、アバンダンドを目で追う。
すとん、と向こうに着地したアバンダンドが見せた隙を、私は逃さなかった。
まだこちらを振り返らぬ背中に向かって走った。その最中、両手を天に掲げた。そして力を込める。
「これを……くらえっ!」
次の瞬間、私の手元に、一筋の光が走った。そして手には、一本の黄金の剣が握られていた。
それを、ちょうど今振り向いた狼に叩きつける。頭蓋の真上から剣が振り下ろされた。ぎゃん、と狼が悲痛の叫びを上げた。頭が一刀両断されて、そのアバンダンドは消滅した。
剣を振って、刃についた闇を振り払うと、私は周囲を見渡した。周囲には、数匹のアバンダンドがいる。
そのうちの一匹に向かって、私は再び駆け出した。
「逃げるなよ……」
狼は警戒しながら私を見ている。私はどんどん狼に近づいていく。狼は、逃げないようだ、どうやら私を迎え撃つらしい。狼も、私に向かって駆け出した。
剣を頭の横に構える。狼と私が衝突する瞬間、剣を薙いだ。
先ほど同じく、悲痛の叫びを上げて狼が吹っ飛んだ。対する私は、無傷ではなかったが、なんとか無事だ。吹っ飛んだアバンダンドがどうなったか確認すると、もう既に消滅していた。
周りをもう一度見渡す。残りはあと少しだ。私はそのアバンダンドの駆除を急いだ。
剣が、狼の腹に突き刺さる。があ、と一声上げ、最後のアバンダンドは絶命した。
剣を振り払う。そして辺りを確認した。アバンダンドは、もういない。どうやらここらへんの駆除は終わったようだ。
「ふう……これで、依頼達成、と」
私は剣を消して、懐から紙を取り出す。白い紙には、アバンダンドの駆除、求む!の文字がでかでかと書かれていた。
「もう他にも依頼はないな……さて、帰るとするか」
この森には、アバンダンドの討伐依頼のために来ただけだ。それ以外に用事はなかった。
長いは無用、と思って、私たちの街——ウィザウト・サンの方向へ身体を向けた……
「……ひぃ……化けモノ……!!」
その時、ちょうど私の反対側のほうからそんな声がして、私は振り返る。今確かに、男の人の声がしたよな……? 人が、アバンダンドにでも襲われているのか……? だとしたら急がなければ!
「どこ! 今行きます!」
私は叫んで、声のしたほうに向かって走り出した。
森の木立をの間を駆け抜けていく。月夜に照らされて、少し先の、木々が開けているところに、腰を抜かした——声からすれば男性の——人がいるのが見える。そして、その更に奥には、暗くてよく見えないが、黒い人影のようなものが見えた。
「やっぱり、襲われていたか……大丈夫ですか!?」
私は腰を抜かして倒れている男性に近づく。
「ああ……私は大丈夫だ……だが、あれが……」
すると、もう一人の人影がいたほうから、大きな音がした。
「……これ以上、やらせない!」
人影——声からして女性のようだが、その人物が自分の得物を振り回したようだ。そのモノの持っている剣は、暗黒のような暗い色をして、鈍く光っていた。
(あれは……闇の力……?)
私の持っている光の魔力と相対する力。その力を持っているモノの多くは人と敵対すると言われているが、その人物は、人の敵となる人型のアバンダンドを狩っていた。どうやら今のところは味方と見ていいようだ。
(そうだ……加勢しなきゃ)
その女性が闇の力を持っているとはいえ、普通の人間を助けているのであれば、私も加勢しなければならない。私は手に光の剣を呼び出し、彼女の隣に走った。
「そこの剣士! 加勢します!」
彼女の隣に立って光の剣を構える。彼女は、ちらりと横を見たあと、私と同じように暗黒剣を構えた。
「助太刀、ありがとうございます! あのアバンダンドを……全て、残らず、倒してください!」
叫んだ時は分からなかったが、彼女はとても優しげな声をしていた。
「分かりました!」
私はその声と同時に走り出していた。人型のアバンダンドを相手にするのは久しぶりだ。なぜかというと、個体数はそれほど少なくはないのだが、人前に姿を現すことは少ないからである。街に貼り出される依頼も、滅多にない。
しかし、貼り出される依頼が少ないのは、とあるもう一つの理由も関係している。それは、その人型アバンダンドは、元は人間であったという噂が、まことしやかに広まっているからである。もう元の人格もなく、夜の魔力で堕ちてしまった存在ではあるが、元は同じ人間であったモノを狩るという依頼を出すことは、人として憚られるのだろう。
だが、襲われている今は例外だ。襲われたのなら、そこいらにいる野盗などと同じ存在で、裁かれるべき存在となる。だから私たちも躊躇なく戦える。
ここにいる人型アバンダンドは、魔法使いと戦士が混合したもののようだった。私は、魔法使いアバンダンドの暗黒魔法を避けつつ、戦士アバンダンドに斬りかかった。
一度は躱されるが、追撃し、一体を撃破、その後二体目のもとへ向かい、刃を向けた。
『あの女の味方か。やれ!』
リーダー格のアバンダンドが、他の個体に指示を出す。戦士アバンダンドが持っていた剣を振り上げて、呼応した。
(さあ、どう来る?)
戦士アバンダンド二体とその後ろに魔法使いアバンダンド一体がいる。戦士アバンダンドの壁を乗り越えなければ、勝利はないだろう。
『沈め、人間!』
一体の戦士アバンダンドが私に武器を振り下ろしてきた。私はその攻撃を、剣の腹で受け止める。
戦士アバンダンドと鍔迫り合いになり、私は押し込んで相手の態勢を崩させる。そして首元に剣を薙いで、二体目を撃破した。
『しぶとい奴め……』
リーダー格のアバンダンドが、魔法使いアバンダンドの後ろで舌を鳴らしたのが聞こえた。
私の側にいたもう一匹の戦士アバンダンドは、仲間が倒されたことに動揺し、攻めあぐねている。その隙に私はそいつをさっさと倒してしまった。
「いい調子!」
私はそのまま、奥の魔法使いアバンダンドに向かって剣を構えた。
『ひぃ……こいつら、やり手ですよ。どうしましょう、リーダー』
魔法使いアバンダンドが青ざめた顔で後ろのリーダー格に指示を仰ぐ。
『致し方ない。ここは引き下がる。いくぞ』
リーダー格のアバンダンドは手を上げて撤退の指示を出す。それに応じて、他のアバンダンドたちは各々の武器をしまい、後退の準備をし始めた。
『……そこの人間、いや、闇の戦士よ』
リーダー格のアバンダンドは引き下がる直前に、ふっと後ろを振り向いて声を上げた。
『同胞に手を上げたことを後悔するんだな。ここでの借りは、いずれ返させてもらおう』
「……私は、お前たちの同胞じゃない」
どうやら、もう一人の少女に向かって声をかけたようだ。少女は毅然とした態度で拒否した。
『闇の戦士である以上、お前はこちらの人間だ。定めから逃れることはできない』
そう言い残して、アバンダンドたちは闇に消えていった。
「ふぅ……なんとか、無事」
私は剣をしまい、まずその場で一息ついた。
「あっ……あの人……」
そして、思い出したように後ろの商人の男性のもとへと駆け出した。
「大丈夫ですか? 怪我はない?」
「ああ……」男性は、こちらを見ようともせずにそうとだけ答えた。その視線は、もう一人の少女のもとへと注がれている。
「……化けモノ……化けモノ……!」
男性は恐怖の表情のまま、そう叫びつつけている。
「大丈夫ですか? 落ち着いて。もうアバンダンドはいませんよ」
「……い、いや。違う。俺は……」
男性の視線は、なおも少女に注がれている。
「……そこのあんた」
男性は少女に声をかけた。
「助けてくれたことには……感謝する。だが、俺が見たのは……あんたは……あんたは……」
「……」
少女は向こうを向いたまま、振り向かない。
対して男性は、青ざめた顔をぶるぶると震わせて、そのまま何の言葉も掛けぬまま、荷物を持って、走り去って行ってしまった。
(……?)
私は、その男性の反応に違和感を覚えた。いくら闇の力を持っているとはいえ、同じ人間なのに……。そしてそのうえ自分を助けてくれたのに、何か恐ろしげなモノを見たかのような表情に、私は不思議に思った。
男性のようにそのまま去るわけにもいかないので、私はもう一人の少女にも声を掛けてみることにした。
「……あの。お怪我、ありませんか?」
一見した感じ、かなり手練れの戦士のようだったので、怪我はしていないとは思うが、一応聞いてみる。
「……ああ、私は、大丈夫です。それより、貴女は?」
「私は少し……でもさっきの戦いで負った怪我ではないです」
「そう……よかった」
彼女が振り向いた。夜月に照らされて、彼女の顔が露わになった。黒髪のボブカット、青くて大きな瞳、真っ白な肌。可憐な少女だった。とても闇の力を操っているようには見えない。
「あら……ブロンドの髪の、可愛らしいお嬢さん」
彼女はにっこりと微笑んだ。私も笑った。
「今から、ウィザウト・サンに帰るんですけど、あなたもどうですか? 行き先、違うかな?」
私は少女に話しかける。
「私も、アバンダンドの駆除を終えて、街に帰るところだったんです。……その道中、先ほどの男性に出くわして……」
「あ……私とほとんど一緒だ」
私は苦笑する。
「それじゃ、一緒に帰りましょうか。いくら戦う力を持っているとはいえ、一人での森の道は危ないですし」
「……そうですね。それでは、行きましょう」
私と少女は、共に連れ立って歩き出した。
森から歩いてしばらくののち。少しずつ木々が開けていって、最後には完全に平野になり、徐々に向かう先には、街の明かりが見えてきた。
「もう少しですね。はぁ〜、やっと家だぁ」
「ふふ……」
私は背伸びをしながら、今日一日の疲れを実感する。
ウィザウト・サンは大きな街だ。外周は数キロメートルにもおよぶ。街の入り口へも、それなりの距離があった。
私たちはゆっくりと、しかし確実に、歩を進めていく。少しずつ、街の入り口に近づいていく。
「よし、入り口。あとは酒場に寄った後に、帰るだけ」
そして、私たちは、ようやくウィザウト・サンにたどり着いた。
「リューカさんも、アバンダンドの討伐依頼を受けていたんですよね? じゃあ、酒場までも同行しましょうか?」
私は気軽に、もう一人の少女——リューカの名前を呼ぶ。
街に来る道中、私は彼女と様々な話題を話した。ウィザウト・サンに住んでいるのかとか、私と真逆の力を持っているんですね、私と同じ生まれつきなんですかとか、ウィザウト・サンの、美味しいケーキ屋さんは知っているかとか。ほとんど知らない、秘密などと彼女は話していたが、名前だけは教えてくれた。リューカさん、という名前らしい。
「そうですね。お願いします」
彼女は微笑んで答えた。
私たちは酒場へと向かう。宿屋の横を抜け、街の商業区を抜け、街一番の中央広場にたどり着いた。
「えーっと……酒場は、こっちだな」
酒場に面する通りに出ようとした時、ふと私は、壁に貼っていた貼り紙に目がいった。
貼り紙には、『街一番の強者よ、集え! バトルトーナメント開催!』の文字が書かれていた。
「そっか……今年も、大会の時期が近づいてきたか」
ウィザウト・サンでは年に数回、トーナメント方式の模擬戦闘大会が開かれる。一位になったら賞金として、五十万ぺリル(¥で五十万円)は出る、かなり大掛かりな大会だ。私は毎回参加しているが、いつも三位止まりで終わっている。いつか一位を取りたいと、熱い野望を燃やしていた。
「リューカさんも、参加するんですか? 模擬戦闘大会?」
私は彼女に聞いてみる。前回大会以前には、リューカという名前の参加者はいなかったはずだが、先ほど一緒に戦った感じ、彼女が参加すれば、上位に食い込むこと間違いなしだろう。彼女は、結構な武術の腕前がある。
彼女は微笑みながら、答えた。
「前回以前は参加してなかったんですけど、今回は、参加することにしました。……だって今回は、ROTSも、参加者からの候補者選抜に訪れているんでしょう?」
「ROTS?」
私は首を傾げた。ロッツ? なにそれ。初めて聞く名前だ。人の名前? いや、そんな人の名前はいない。じゃあ、何かの集団の名前か?
「知らないのも、無理はないですね。最近できた新興組織ですから。ロッツというのは、太陽天昇を望む、昼の解放を試む戦闘集団のことです。定員は全員で12人、今のところ10人が所属していると言われ、最近では、ウィザウト・サンのこの大会から、残りの二人が選ばれるのではないのか、という噂が広まっています。私は、ロッツに所属したいのです。そして、世界に昼を取り戻す……この身が失なわれても……ね」
「へぇ……」
彼女は新興組織ロッツについて、とても熱く語ってくれた。何やら、ものすごい思い入れがあるようだ。だが、昼を取り戻せるのなら、私も私で、参加してみたいな、という思いがこみ上げてきた。
「私たち……選ばれるといいね! どちらが優勝するかわからないけれど」
「そうですね」
そうこうしているうちに、私たちは酒場に辿り着いた。
酒場の門戸を通り抜ける。今は、仮に昼間があったとしたら、夜の九時ころのはずだ。手元の懐中時計でも、午後九時を指し示していた。だから酒場は、結構混雑している。
私たちは、椅子に座る人たち、その間を歩く人たちの隙間を通り抜けながら、酒場のカウンターに近づいた。
酒場のカウンターには、一人の中年の女性がいた。
「あら、ミューネちゃん、こんばんは。依頼を終わらしてきたのね?」
「はい、アリーさん。アバンダンドの駆除依頼、四つです。証拠の品は、ここにあります」
そう言って、私は懐から、茶色い大きめの麻袋を取り出す。この麻袋の中には、アバンダンドたち一体ずつから取れる闇の核が、倒した個数分入っている。この酒場では、アバンダンドの退治依頼を受けた場合の証拠として、アバンダンドの核を持ち帰ることがルールの一つだった。
「どれどれ……核は、見た感じ個数分あるようね。はい、それじゃあ、依頼完了! これが報酬よ」
アリーさんは、私と同じように、今度は小さめの麻袋を、私に渡してくる。私は中身を確認した。そこには、三万ぺリルほどが入っていた。今日まで一週間ほどかけて依頼四つを、丸一月かけて依頼十数個ほどこなしたが、受け取ったぺリル的に、まだまだぎりぎりの生活だった。
「本当はもっとあげたいんだけど、ごめんね〜。相手が相手だからね……」
「いいですよ、アリーさん。雑魚しか相手にできない私の実力不足です。もっと精進します」
私は、少しだけ引きつった顔で、無理して笑う。はぁ……今日も晩御飯少なめかぁ。
「それでは……今度は私のをお願いします」
少し後ろにいたリューカが、少し前に出て、麻袋と依頼書を差し出す。その様子を見たアリーさんは、私の時よりも盛大に、「あらぁあらぁ」と言って、その物を受け取った。
「この子、昨日からこの酒場を利用してくれてるのよ〜。ミューネちゃんの新しい友達かしら?」
リューカは微笑んで、何も言わない。
「いや、まだ出会ったばっかりですけど、一緒に依頼をこなせるなら、これからもやりたいなぁ……なんて」
「あらあら、それじゃ、もう友達よ〜。この子、あら、ずっとこの子じゃかわいそうね、リューカちゃんは、昨日来たばかりなのに、難しい依頼ばかり受けてってくれたのよ〜」
「え、そうなんですか?」
「そりゃ、もう、ドラゴンタイプのアバンダンドとか、魔狼タイプのアバンダンドとか。すごいのよ、ふらっと現れた放浪のツワモノ! って感じで〜」
アリーさんは言いながら、麻袋の核を確認する。その膨らみの大きさは、私とは到底比肩できない大きさだった。そして、確認したあと、ぺリルの入った麻袋を、リューカに渡す。
「それ……いくら入ってるの?!」
その膨らみの大きさからして、三万ぺリルは入っている。私のように、一月で十五万ぺリル前後ならまだ分かるが、彼女は三万ぺリルを一日で荒稼ぎしている。私では到底考えられないことだった。
「私……アバンダンドを倒せるだけでいいんです、お金は本当は、それほどいらない。生活できるだけでいいんです」
「そんなことが言える、リューカさんが羨ましい……」
私も、昼の解放のためにアバンダンドを狩っているところが、ないわけではないが、ほとんどは生活のためだった。生きるためにアバンダンドを狩る。そういう点では、アバンダンドは、いてくれて助かっている存在でもあった。絶対に今の世間では、口に出しては言えないことだけれども。
「さて、依頼も終わったことだし、二人とも、ここで何か食べていく? ミューネちゃんの新しい友達祝いで、少し量、サービスしてもいいわよ?」
アリーさんが笑って両手を合わせる。
「いいですね、仕事終わりでお腹も減ってますし、がつんと入れちゃいましょう! リューカさんも、いいですよね?」
「……ええ」
私たちは料理を頼むために、席に着いた。
「ふぁ〜、美味しかったですね、アリーさんの料理!」
午後十時半ごろ。酒場で料理を食べ終わった私たちは、酒場の前で一息ついていた。
「本当に。あのスパイスの使い方が、なんとも言えなかったですね」
リューカも微笑んで応える。
「さて、腹ごしらえも終わったことだし、あとは家に帰って寝るだけだぁ。明日の仕事に備えてね。リューカさんも、早く横になりたいでしょう?」
私がリューカにそういうと、リューカは少し顔を暗くして、うつむかせた。
「……私」
「……どうかしたんですか?」
リューカの暗い表情に、私は間違ったことでも言ったかな、と思って、言動を振り返る。まさか、家に帰る、ということがダメだったのかな、と思ったが、もう遅い。
「……実は私、帰る家がないの」
「……え?」
唐突に、とんでもないことを言われて、私は驚く以上にきょとんとする。いや、でも驚くことでもないのかな、アリーさんも『放浪のツワモノ』って言ってたし、その時点で察することもできたのかもしれない。私、馬鹿だ、なんて馬鹿なんだ。今まで仲良くしていたのに、ここで自分で差し水をするなんて。
だが、私には、どうその場を取り繕えばいいか、分からなかった。どうすればいいのか分からなかったので、次の瞬間には、自然と、こう言葉を発していた。
「……そうなんですね。じゃあ、私の家に来ますか?」
「……え?」
* * *
私の家は、酒場から歩いて十数分のところにあった。
道中、あまり会話はしなかった。というより、ほぼ無言だった。私が、聞いてはいけないことを聞いてしまったこともあるし、今はこのままのほうがいいのかなと思ってもいたからだ。
酒場のある、夜でも喧騒が騒がしい歓楽街を抜け、閑静な住宅街に入っていく。私の家は、すぐに見つかった。
私がまず玄関の鍵を開け、中に入る。そのあと、後ろのリューカに手招きした。
「さあ、どうぞお入りください」
「……本当に、ごめんなさい。失礼します」
ばたんと、リューカが玄関の扉を閉める。
「汚い部屋だけど、ここがリビング。ゆっくりしてくださいね」
「……はい」
リューカを案内しつつ、私はリビングの窓際のハンガーに、着ていた自分の上着を掛ける。そして、台所に向かった。
「そう固くならなくて、いいですよ。ハンガーに上着を掛けて、ソファに座ってくださいな。今、お茶を出しますから」
私は台所から、玄関のところで固まっているリューカのほうに身体を向けて、声を掛ける。彼女は緊張しているようだった。
「それじゃ……失礼します」
ようやく彼女は動き出した。ゆっくりとした動作で彼女はソファに座り込む。彼女が座り込んだことを確認すると、私は竃に火を入れて、お湯を沸かす作業を始める。
鉄製のヤカンに水を入れて、竃の上に乗せる。そして、そのまま後ろを向き、くちばしのついたカップと、ティーカップを用意する。くちばしカップに紅茶葉と沸いたお湯を入れて、準備は完了だ。このくちばしカップに、紅茶葉を押さえるフィルターがついているので、あとは何もいらない。
くちばしカップとティーカップをお盆に乗せ、隣のリビングに向かった。
彼女は、部屋で目を閉じて考えごとをしていた。私は、ソファの前のテーブルにお盆を乗せ、彼女の横にすっと座った。
「……お茶、飲みますか?」
私はそう言って、彼女に目配せする。彼女ははっと目を開けて、小さく微笑んだ。
「それじゃあ……頂きます」
私は、二つのティーカップにお茶を注いだ。二つ以上のカップを使うことは久しぶりだ。私はここで一人暮らしをしているから。
私が紅茶を注ぎ終えると、彼女はティーカップを手に取った。そして、すする音を立てずに、コクコクと飲んだ。
「……美味しいですね」
「そうですか? 地元の、ウィザウト・サン産の紅茶です。確かに香り高くて、私も気に入ってます」
彼女がカップを置くと、今度は私がカップを手に取った。そして、わずかにすする音を立てながら、コクコクと飲んだ。
紅茶の、爽やかな香りが鼻を抜けていく。この紅茶は、確かに美味しい。私も、何種類も紅茶を飲むような人ではないが、それでも美味しいと思える。我が街の自慢の一品だった。
「……本当に、いいんですか?」
紅茶の香りを一人嗜んでいると、不意に彼女が話しかけてきた。彼女の顔を見ると、紅茶を飲んだおかげで少し安心したのか、暗い顔はしていないが、少しの不安の残った表情をしていた。
「……家に、泊まらせることですか?」
「……ええ」
私は、持っていたティーカップを受け皿に置いた。カツン、と陶器同士がぶつかり合う音がして、次第にゆっくりと消えた。
「私は、いいですよ。ただ、お金の問題がありましてね。私一人の報酬だけで、二人を養えるかどうか……」
「……そういうことじゃないんです。……私が、闇の力を持っていても、何とも思わないんですか?」
思いもよらないことを聞かれて、私は少し動揺する。闇の力? 持っていてもいいじゃないか。だってあなたは——。
「……確かに、闇の力を持っているモノは、人と敵対するモノが多いというのは事実です。しかも、今の世間的に、闇の力が排他されるべきものだ、ということもよく知っています。ですが、あなたは——」
私は、おそらく紅潮しているだろう頰のことを想像して、更に気分的に紅潮し、言葉を詰まらせながらも、最後の言葉を紡いだ。
「……あなたは、人を助けていた。それは、それも紛れも無い事実です。ですから、私はあなたを信じます。これからも、人類の味方である、例外の闇の戦士であることを」
言い終わったあと、彼女の顔を見ると、はっとしたような顔をして、だが少し迷ったような顔もしていた。
「……ありがとう、ございます。ミューネさん、あなたはいい人なんですね。闇の力と聞くだけで、敵対視する人だっているのに……」
「……確かに私も、闇の力と聞くと、警戒してしまう節はあると思います。ですが、あなたは違う。私は、確かに、この目で見た。あの商人の男性も、助けられたのにおかしな反応をしていたけど、確かに感謝はしていた。あなたは、人々から排他されるべき存在ではないのです」
私は、なんだか感極まって泣きそうだった。
「……そう言ってくれてありがとう。世の中、捨てたものじゃないですね」
彼女は、静かに微笑んでいた。
「……さて、こんな話もやめにして、疲れたでしょう? 早く横になりましょう。寝室は二階の部屋です。ベッドは——あー……ベッド一台しかないんだった……私と、二人で寝ることになりますが、いいですか? ダメ?」
「居候させて頂くのに、わがままはいえないです。二人ベッドでいいですよ」
「そうですか、よかった。それじゃあ、さっさと寝ちゃいましょう! 明日も早いですからね」
「はい」
* * *
翌朝。ベッドから身体を起こした私は、まず隣の彼女を見た。
静かな部屋の中で、すーすー……と小さな寝息が聞こえる。彼女は、まだ寝ているようだった。カーテンは、開けなくても良さそうだ。私はそのままで、下に降りた。
ガタン、ガタンと階段を降りていき、リビングに入る。そのまま、隣の台所に向かった。朝食——と言っても夜だけど——の準備だ。
竃に火を入れ、フライパンを乗せる。昨日買ってきておいた卵と干し肉、チーズ、そしてパンを用意した。それを全てフライパンで焼いて、パンで挟んだ。ミューネ特製、エッグチーズ・ジャーキーブレッドの出来上がりだ。
私がそれをさらに盛り付けている時、階段のほうから、降りてくる足音が聞こえた。彼女が起きてきたようだ。
「おはようございます。よく眠れた?」
彼女がリビングに降りてくると、私は台所から、パンを皿に盛り付けながら挨拶した。
「おはようございます……よく眠れました」
彼女は目をこすりながら、リビングのソファーに着く。
「朝ごはんまで……ありがとうございます」
「何言ってんですか。これからずっと一緒に住むことになったのに、そんなこといちいち言ってられないでしょう」
「えっ……ずっと?」
彼女は少し驚いた表情をして、こすっていた目を見開く。
「ずっと、じゃないんですか? 住む家がないなら、ここにいるしかないでしょ? それとも、途中までのつもりだったんですか?」
「いや……そういうわけじゃないですけど……」
彼女は困ったように目を瞑る。彼女の言いたいことは分かっている。本当はここにいていいのか、まだ分かっていないのだ。彼女から、自発的には一言も、泊めさせてください、とは言っておらず、私が半ば無理やり泊めさせているのだから。だけど、私は本当に、このままずっといてくれても良かった。一人暮らしだと寂しいところもあったし、話しの合う彼女とは、楽しい日々を送れそうだったから。……ただ、お金は正直なところ、折半で出して欲しい。ちょっとこのままでは厳しい。
「はーい、パンできたよ。一緒に食べましょう」
私は盛り付けられた二つの皿に乗せられたパンを、リビングのテーブルまで持っていった。私は皿をテーブルに置くと、ソファーの彼女の隣に座る。
「それじゃ、いただっきますー」
私は皿のパンを手に取って、ガブリ、と齧った。チーズの濃厚な味わいと干し肉の塩気、卵のまろやかな感じとパンの甘みが口の中で広がった。
「うーん、美味しい。……ほら、冷めちゃいますよ、早く食べましょうよ」
「あっ、はい」
私の食べる姿をぼーっと見ていた彼女に一声掛けて、もう一度、パンを噛みしめる。うん、やっぱり美味い。
「それで……あなたはこれからどうするんですか? 私と同じように、この家に住んで、アバンダンドを狩る日々を、過ごしますか? あっ、ロッツに所属するんだっけ」
私はパンを手に持ったまま、横目でリューカに問いかけた。
「……はい。ロッツに所属して、世界を救う活動をする。それが私の望みであり、夢です」
「夢……か。確かに人類の夢かもしれないな、昼を取り戻すというのは」
私はもう一度、パンに齧りついた。
「それじゃ、模擬戦闘大会には、絶対忘れずに、参加しないといけないね。あと三日か……。短いようで長い」
「早く戦いたいですね」
彼女も、小さくパンに齧りついた。
「あっ、そうだ。紅茶、いれないと。ちょっと待っててね」
玄関から外に出た私たちは、足早にアリーさんの酒場へと向かった。
道中、街で一番広い広場に出た時、再び貼っていた貼り紙に目がいく。今回は、どんな人たちが参加してくるのだろうか。様々な人たちと戦えることに胸が高鳴ったが、同時に少し緊張もした。
貼り紙を過ぎ、歓楽街に入る。今は、夜だが午前8時半ころだったので、人はそれほどいない。まばらと言っていいくらいの人混みだった。
私たちは、アリーさんの酒場に到着する。酒場の扉を押し開けた。
「アリーさん、おはようございます」
朝夜でも酒を飲んでいる客がいるテーブルの向こうのカウンターへ、声を投げかける。後ろを向いて作業をしていたアリーさんは、その声に応じて私たちのほうを振り向いた。
「あらぁ、ミューネちゃん、リューカちゃん、おはよう」
私たちは昨日と同じように、客とテーブルの間をすり抜け、カウンターに向かう。
「今日は美味しそうな仕事、入ってきてますか?」
「うーん……今日はね、これ。ネズミ型アバンダンドが支配する、廃墟のテーマパークの、アバンダンド退治かしら。なんでもいいのでアバンダンドを三日間の間、一定数倒して欲しいという依頼よ。内容の簡単さにしては報酬がいいのがオススメポイント!」
「ネズミが支配するテーマパーク……ああ、確かそんなのが昔あったな。子供の時に……まだ世界に太陽が昇っていた時に、遊びに行った記憶があります。リューカさんも、行ったことあるよね?」
私は後ろのリューカにも振ってみる。だが、リューカは予想に反して、とても悲しそうな顔をしていた。
「……」
「……リューカ、さん?」
「……ま、まぁ、そういうわけだから、構造とか知っていると思うのよね。これは、お金に困ってそうなミューネちゃん、そして腕の立つリューカりゃん、あなたたちに頼もうとしていたわけ。どう? 引き受けてくれる?」
アリーさんは少し困った様子で私たちに依頼を引き渡してくれる。
「そうですね、三日間の間ならちょうど模擬戦闘大会にも間に合いますし、アバンダンドならなんでもいい、っていうのがいいですね〜。……よし、引き受けましょう。三日後に、アバンダンドを倒してまた戻ってきます」
「ありがとう。待ってるわ。そして、イーダスの神のご武運を……なんて、こんな堅苦しい挨拶は似合わないわね! それじゃあ行ってらっしゃい!気をつけていくのよ〜!」
「はーい!」
「……あなたは、あのテーマパークに行ったことあるの?」
酒場を出た時、不意に彼女——リューカから声を掛けられた。
「あ……ありますよ。まだ、世界が平和だったころにねぇ」
「そう……」
リューカはうつむく。
「……私も、行ったことあるわ。あなたと同じ。世界にまだ太陽が昇っていたころにね」
「あ……そうだったんですか」
「……でも、いい思い出は一つもない。だって、わたしが訪れた時に、世界は闇に包まれたんですもの……」
「えっ……」
「……世界が闇に包まれるとき、見たわ。か弱い、多くの人間が闇に包まれ、アバンダンドと化すところを……。でも、私は、意識を保ってたわ。どうしてかしらね?」
「……」
「……あなたになら、伝えられるかもしれない。13年前の『闇の氾濫』……あれは……」
と、そこで言いかけて、彼女は悩んだ表情をし——実際、かなり悩んでいたのだろう——首を左右にぶんぶん振り、そして顔を上げた。
彼女は……明らかに無理して笑っていた。
「ううん……やっぱり、まだその時ではないわ。泊めさせてもらって、この言い草は悪いのだけれど……まだあなたが、信用に足る人間だと、わかっていないから……。もう少し、このことを話すのは、時間が必要……」
「……いいですよ、でも、無理はしないでくださいね。話したくなったら、いつでも聞きますから……」
「……ええ。ありがとう」
私は笑った。彼女も、また、笑った。
2: ネズミの城
登場人物
ミューネ - 本作の主人公で女性。[現代編]では18歳。金髪のボブカットをしている。リューカからはミュネと呼ばれている
リューカ - 本作の第2の主人公で女性。[現代編]では18歳。黒髪のボブカットをしている。素性に何らかの秘密がある。ミューネからはリュカと呼ばれている
ROTSの人間 - 12人いるロッツのROTSの構成員。それぞれに個性がある
用語など
闇の氾濫 - 13年前に起こった闇の氾濫。その日をさかいに、世界は夜に包まれた
光の氾濫 - 闇の氾濫の対義として、光の氾濫がある。何らかの理由に、光の魔力が世界に満ち溢れる現象
ROTS - 夜の世界で、太陽を求める有志から成り立った新興組織。主にアバンダンドの駆除や、闇の氾濫の解決法の探求、世界に光を呼び込むなどの活動をしている。メンバーは、アバンダンドの闇から身体を守る、真黒いローブを纏うのが特徴
世界の次元 - 世界には四つの次元があるとされる。太古、過去、現代、そして未来だ。世界の何処かに、次元の狭間へと繋がる穴があり、そこから数多くの存在が移動を繰り返しているという
きっと、夜が明けるまで [現代編]
【12/13更新(本文)】【未完】【★更新中】
ファンタジーです
あらすじ: どこかの世界に、夜の明けない街があった。そこに住む一人の少女はアバンダンドと呼ばれる、夜から生まれた魔物を狩って生計を立てていた。そんな日常のとある日に、少女は、もう一人の不思議な少女と出会うことになる。光の力を操る少女と、闇の力を持つもう一人の少女——彼女たちはどう繋がって、どう関わり合っていくのか……
【作品投稿について詳しいことは、作者プロフィールページをお読みください】
よるのないくに3 の小説のアカウントはこちら (作者名 NOA3) → https://slib.net/a/24459/
(下から読んでいる方もこんにちは!)