大洲 桂

  1. その山は生まれたころからそこにあるが、その全容は見たことがない。見えるのはただただ目の前にある上り坂
  2. 情熱は持ってそうだ とあのウサギを言った
  3. その山にはいつのまにか多くの人がいた

その山は生まれたころからそこにあるが、その全容は見たことがない。見えるのはただただ目の前にある上り坂

物心ついたときからその坂道を登っている。 なぜ登っているかわからない。一緒に登っていた人もいたかもしれない。時には一人で苦しい思いをしながら登ってきた。その坂道を登れば、そこにはなにか『いいこと』があるかもしれない。 そう言われて登ってきた。 その『いいこと』が具体的になになのかわからないまま、ただ、ただ登ってきた。

なぜ登っているのだろう?と考えることもあった。決まって苦しいときにそう考えた。でも、登るのをやめる方法もよくわからなかったし、その勇気もなかったので登り続けた。

その上り坂にはこれまでいくつかの分岐路があった。平坦な道、急な坂道、曲がりくねった道を選択する分岐路だ。 ただし、それもなんとなく険しそうだ、とか、楽そうだ、とかそのぐらいのイメージしか分からず、その程度はまったくわからなかった。 一緒に登ってきた者の中には、迷うことなく道を選んだものもいた。彼らはその先にある「何か」が明確に見えていたのだろうか?

僕にはそれが明確に見えていなかった。 なので、楽そうな道を選んだ。 そりゃそうだ。誰が先に何があるかもわからないのに、わざわざ険しい道を選ぶか? 

でも、楽そうだからと選んだ道もそれなりに楽ではなかった。ゴロゴロと岩が行くてを邪魔して、歩きづらく、景色も特別美しくはない。 たまに霧が晴れた様に周りが見渡せたかと思うとすぐにまた視界が悪くなる。 そういう時は本当に不安になってイライラしたものだ。

あるとき、坂の途中で寝転がっていた歳を取って太った醜いウサギが僕にこう言った。

「この道、一見楽そうに見えるけど、登るにはそれなりの装備が必要だよ。その装備もっているかい?」

「え? その装備ってなんっすか?」
僕は別段驚く事はなかったが、なんとなく礼儀だと思って驚いたフリをして聞いた。

「そりゃー、オメー、『情熱』と『理論』と『知性』だよ。 アンタは『情熱』はそこそこもっていそうな感じだけど、あとの二つはもってなさそうだナ」

言われてみれば、『情熱』は一応持っていそうな感じが自分でもするが、あとの二つはそれがなんなのかさえわからない。

歳を取って太った醜いウサギは、いかにも勿体ぶって偉そうに含み笑いをした。
僕は内心余計な世話だよ、と少し思ったが、一応礼を言ってまた歩き出した。 
なんなのか分からないものを見つけることなんて出来ないじゃん。 それがなんなのか、どの辺に落ちているのかを教えててくれないなら、本当に余計なお世話だ。
あの醜く太った歳とったウサギはそれらの装備を持ってなかったからあそこに寝転がっていたんだろう。 それらが具体的に何で、どうやったら手に入るかを知っていればとっくにそんれらの装備を手に入れて先に進んでいた筈だからね。

そう思った。

情熱は持ってそうだ とあのウサギを言った

そもそも情熱とはなにか?

ある物事に向かって気持ちが燃え立つこと。また、その気持ち。

辞書にはこう定義されている。

僕のことを良く知りもしないあのウサギは僕のなにをみてそう思ったのか。また、ボク自身はなにを持って自分でも持ってそうだ、と思っているのか?

僕はこの道を「楽そうだから」選んだのだ。そこに情熱があるとは思えない。

怒りはある

うまくいかないことに対しての怒り
正しくないことに対する怒り

そしてボクは、怒りが時として爆発的な集中力を生む事を経験値で理解している。

ボクはボーっとした子供だった。 中学生の時サッカー部に身を置いていたが、別段サッカーが好きだったわけではない。 どういう訳か、当時一番学校内で練習が一番厳しいと言われていた部活をやる事で自分を律しなくてはならない、とある時ふと強く思い、その翌日入部希望を出したのだ。

中には小学生の頃から地元チームに所属し技術が既に非常に高かったヤツもいた。そんな中で一番になることなど到底思うはずも無く、目標はその学校で一番キツイと言われていた練習についていくこと、だけだった。

ある時練習中にチームメイトに馬鹿にされた。 内容は覚えてないが、本当に腹が立った。ボクを馬鹿にした彼はチームで一番技術が優れたヤツだった。

ボクは怒りがものすごい勢いで集中力に変わっていくのを自分の中に感じた。この嫌味なヤツに負けたくない、と強く思った。

途端に力が湧いてきて、彼と1対1の練習で、なんと10本連続でボクがボールをコントロールし、ゴールを決めたのだった。 彼はその時のボクの力に非常に驚いていた。 正直ボク自身が一番驚いた。

それがボクの生まれて初めての『覚醒』だった。

その時以来、あれほどの奇跡的な力が出たことは記憶に少ない。その後、怒りを集中力に転換する方法を自分の中で確立しておくべきだった。覚醒した能力はまた直ぐに寝てしまった。

怒りというのも「燃え立つ感情」の一つだ。うまくコントロールすれば凄いツールになる。 まだボクにそのカケラは残っているのか。 あのウサギはそれがわかったのか? ボク自身はそれを無意識に意識しているのか。

その山にはいつのまにか多くの人がいた

歯を食い縛り苦労して登る者、先を一点見つめて脇目もふらずに登る者、中には歩くのをやめてしまい脇道にうずくまって動かない者もいた。ボクは歯を食い縛りながら登る大多数の中にいた。

道中所々に人垣ができている。なにかと思って見てみたら装備を売っていた。歯を食い縛りながら苦労して登る者は皆足を止めてその実演販売を見ていた。どこもそれらの装備がこの先進む上でどんなふうに役立つのかという解説をとともに、これらの装備はこれから登る道を登りやすくするための言わば投資だと言って売っていた。

売っていた装備には名前がついていた。「知識」「技術」「資格」「学位」・・・

多くの者が皆それぞれ気になる装備を購入しているようだった。一つの「技術」を後生大事に抱えているもの。抱えきれないぐらい多くの「知識」「資格」を持ち歩く者。中には大金と膨大な時間を代償に「学位」を手に入れた者もいた。

装備を手に入れた者たちの中には、同様の装備を手に入れた者同士が集まり、それぞれの装備を見せ合っていた者達がいた。手に入れるのにどれぐらい苦労したか、どれだけの対価を支払ったか、そういう類の事を楽しそうに話ながら、その場にとどまっていた。彼等にとってこの道は、それらの装備を手に入れる為の道だったのだろう。満足そうにいつまでも話をしていた。

「理論」や「知性」という名の装備は何処にも売っていなかった。あるいは売っていたのを見落としたのか? 仮に売っていたとしてもボクには対価として支払うモノがなかった。

『ボクの知っていることなんか誰でも知ることができるものだ。ボクの心、こいつはボクだけが もっているものなんだ。』若きウェルテルはこう言った。

その辺で実演販売をしているものは誰にでも手に入れることが出来るもの。 売っていないものは自分で作り出すしかない。 

しかし、ゼロからなにかを作り出すことは不可能だ。 ゼロはいくつ掛けてもゼロのままだ。 ボクは対価となり得るモノをなにも持っていないが、怒りはある。怒りは情であり、心である。心はボクそのものであり、路上で売っていることはない。それを既に持っているのなら、ボクは幸運である。

相変わらずこの道の先にあるものはわからない。 だが あるくのだ。 持っているものがゼロではない限りいずれなにかがついてくるだろう。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-26

CC BY-ND
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