リラの花が咲く頃に 最終話

かぐらゆうい

リラの花が咲く頃に  最終話

「人生の旅立ちに大切なことは」

「…お、起こそう…」


遂に2人の女の宿怨を晴らす時が来た。

宿怨を晴らされると思わずに呑気に大いびきをかいて眠る佳苗に知世と佳奈子がそろりそろりと忍び寄る。


「ママはね、昔から足裏を爪で触れるか触れないかの感じでくすぐると起きるのよ」


知世に言われた通りに足裏を爪でくすぐってみる。


「…ん〜んん〜…何よっ!」


「わっ…ほんとに起きた…」


「起きた、じゃないわよ!…あー頭痛むぅ…」


先生が台所から水を入れたコップを持って佳苗に手渡す。


「ありがとう…あんた気が利くねぇ」


喉を鳴らし水を飲む佳苗がコップを置くタイミングを窺い、見つめる。


「はぁ…」


佳苗は手の甲で口を拭くとコップを畳の上に置いた。


「佳苗」


「何よ姉さん」


「佳奈子が生まれる前に私に借りたお金、いつ返してくれるの?」


「はぁ〜?そんなの今更ーー」


知世はエプロンのポケットから四つ折りに畳まれた日に焼けた白い紙を取り出すと、佳苗の前に広げて見せる。


「昨日お掃除したら出て来たのよ、21年前の借用書。これ、あんたのサインと母印でしょ?」


A4サイズの紙には借用書と書かれ、猫宮佳苗のサインと母印が捺されていた。 それを見、佳苗は頭を抱えた。


「あの時あんたさ私になんて言って借りたか、覚えてる?」


「そんなの…21年も前のことなんて覚えてるわけないじゃない」


明らかに佳苗の声は震えていた。


「やっぱ覚えてるわけないか。あんたはあの時『9月に生まれてくる佳奈子のために充分な子育て費用欲しいけど、慶一さんの経営する会社が当時危なくて出産費用だしたらうちが破産するから貸して』っていったのよ」


「はぁ、そうだっけ?」


「私はそれ聞いてお母さんになってようやくあんたも一人前に人間らしくしたのかなって思って貸したの。でも後でわかったことは、佳奈子には一切使われず、教祖様のわけのわからない御本尊や祭壇に当てられていたってこと。傷ついたわ」


「だってそういうこと言わないと姉さん貸してくれないじゃない。そんな嘘、お金のためならいくらだってつくっての」


佳苗はタバコに火をつけ吸い始める。


「あんた、今お金あるんでしょう?ネットオークションで慶一さんの物売りさばいて」


「ケホっ!ケホケホっ!…なんでそんなこと知ってるのさ?!」


「佳奈子から聞いたのよ」


「パパの大事なコレクションとか急に減ってたらそりゃ怪しいって思うでしょ?勝手にパソコン見ちゃった」


佳奈子はスマホで撮ったネットオークションのページや売った商品などのデータを証拠として佳苗に突きつける。


「…ちっ」


佳苗は咥えタバコで小さな黒のブランド物のリュックから分厚い封筒を取り出し、知世に投げて寄越した。


「その中に300万入ってる。100万の利子付きだよ。受け取って頂戴」


知世は受け取ったものの、首を捻っている。


「一応確認するけど、また誰かから借りたお金じゃないわよね…?」


「うん。それは口座から出したからね」


何かおかしい…嫌に素直な気がした知世はまた尋問のように聞く。


「…これ、本当は何に使うつもりだったの?すぐにこんな大金出せるっておかしいわ」


「…何に使うにも私の勝手でしょ?」


佳苗は明後日の方向を向いてタバコをふかしている。知世には佳苗が嘘をついているのがすぐにわかった。今の知世は21年前のようにこのロクでもない妹に情で騙される生娘ではなかった。


「そう言えば、慶一さんは生きてるの?ここのとこ慶一さんの容態について聞いてないわ。…もしかしてーー」


「死んだのよ…」


佳苗は目を合わさないまま即答した。


「いつ…?」


「先月の…5日に…」


「…え」


佳奈子は思わず声が漏れる。

佳苗が肩を震わせ、眼から大粒の涙が溢れた。佳奈子が初めて見る母親の“人間らしい姿”…。


「…あんたが自分からうちに来るなんて何かあるとは思ってたけど…」


知世は突然燕家に佳苗がくる時点でおかしいと思っていて佳苗の行動に注視していた。ビールを飲むピッチがいつもより早かったことも怪しく思っていたのだが、まさかの展開だ。


「じゃあ…ネットオークションでパパの物を売っていたのは」


「遺品整理…いつまでも物があるとさ数少ない思い出さえ思い出しちゃうし、生活もあるからさ…」


(結婚した相手だからママでもパパに対して思いいれはあるか…)


実の母親であってもこの女に人間らしいところがあるのかと思うと、一瞬今までのことを許してしまいそうになる。


「…でね、実は…宗教を脱会して、御本尊とかも全て売り払ったんだ」


「…え」


衝撃的すぎて佳奈子は耳を疑った。家族を放ってまで熱心に信仰していた人がすぐにその信仰を捨てられるわけがないからだ。


「嘘…でしょう…?」


「嘘じゃないさ…20数年信じてきたものに対して私は疑い始めて止まらなくなったんだよ…洗脳が解けたのかもねぇ…」


「嘘みたいな話…信じられないわ。散々私たち無視しといて、結局得たものは何もなく寂しくなったとか言って私らにすがりつこうったって無理よ」


「別にそんなんじゃない…あたしは…あたしはただ、今までのこと謝りたいだけだよ…」


佳苗はごめんなさいと頭を下げた。その際、首元からさらりと音を立てて下がったのは信仰の証である金のネックレスではなく、シルバーの細い鎖に通された小さなロケット型のの骨壷だった。


「佳苗…」


これまで一度も頭を下げることなどしなかった佳苗が頭を下げたことに1番驚いていたのは、1番の被害者である知世だ。


「もういい…もういいから頭上げて…」


「こんなんじゃ、謝り足りない…本当に申し訳ないもの…」


佳苗が家族を顧みずに宗教に費やしてしまった時間はもう取り戻すことはできない。しかし、謝罪し、罪を償うことはできるはずと佳苗は考えたのだろう。


「今日あたしがここにきたのは純粋に今まで自分がやってきたことを謝りたかったから…佳奈子を姉さんに押し付けて、宗教ばっかやってさ、借金までやって、今頃バチが当たったのかもしれない。本当に、佳奈子もごめん…」


「私に、「死んじまえ」って言ったことも…?」


「そうさ…謝って済むことじゃないことくらいわかってるけどさ、こんなあたしでもあんたを産んだのはあたしだからそれだけは忘れて欲しくない…」


「忘れるわけないよ…お腹にある帝王切開の跡だって知ってるもの、私を産んだのはママだよ」


「母親の自覚、全く無いわけじゃなかったのね。だったらもうあんなこと言うもんじゃ無いよ。佳奈子がどんなに憎いと思うことがあったとしてもさ」


「うん…」


「あんたがそれだけ後悔したってことは、慶一さんの死以外にも何か原因があるんじゃない…?」


知世は知っている。佳苗は本来とても弱い人間であることを。小学生の頃にいじめられて精神的に弱くなり、性格が歪んでしまった佳苗のことだ、姉には想像がついていた。


「何年も前から、本当は何か隠してる気がするんだよね…あんた見てると…」


「…なんで?」


「活動を楽しんでない気がした。他にもいっぱいあると思うけど」


「…大人になった姉さんはなんでもお見通しなんだね…」


「だって、あんたわかりやすいもん」


シュンとした面持ちで一度一服すると佳苗は重い口を開いた。


「実はさ…みゆちゃんに裏切られる前に、他の人ともめたんだ、勧誘についてさ。名前と住所聞いたら、本人の意思を聞かずに入会にするのが最近増えててさ、そう言うのはって指摘したら会内でもめてハブられるようになったんだよね…4年前かなぁ。そっから、楽しめなくなったよね…」


初代からの会員である佳苗は当時からの勧誘方法を貫いてきた。しかし、平成初期などに横行した宗教事件によって日本の宗教によるイメージというのはかなり悪くなり、勧誘も難しくなってしまった。そのためこのままではと危機感を持った会員たちはなんでもいいから名前と住所を聞き出して本人の意思なしに入信させてしまうというやり方が横行し、佳苗はそれを指摘したところハブられてしまったのだ。


「あたしは悲しかったよ、宗教内でいじめがあるなんてさ。子供たちの間ではあるって聞いてたけどさ、大人同士でもあるってなんか普通の社会と変わらないじゃんそんなの。

そんな孤立したあたしに唯一声を掛けてきたのは、みゆちゃんだった。あの子の札幌のおばあちゃんにはよく会内のこととか教えてもらってたけど、まさかそのお孫さんにまで優しくしてもらえるなんて思わなくて、おばあちゃんが引き寄せてくれたのかななんて思ってみゆちゃんとは仲良くしてたんだ」


「だから、ミュウと…」


「諒くんと一緒にあんたのことも入信させますなんて言うから協力したら、見事に騙された上、自分の旦那殺されちまった。しかも、あの子は自分の手を汚さないために自分に片想いしてた男使って、その男まで殺して…。

もう会内のやつなんか信じられなくなった。大好きで崇拝してた先生のこともね…」


「え…まさかあのお兄さんじゃ…」


「肌の白い、かなり整った顔のさ。あんた会ったのかい?」


「うん、パパのこと一緒に探してーー」


「そいつが殺したから居場所がわかるんだよ。割とすぐ見つかっただろ?」


「…そんなのって」


「大柳くん…あの子も二世会員で熱心だった。それなのに、あんな女に唆されてまんまと罠にはまって殺された…」


人形のように美しく整い過ぎて不気味だったあの大柳もみゆによって殺されていたことを佳奈子は初めて知った。


「あのみゆって子、こっちに来るまで釧路育ちで、ご両親も動物病院やってて会員だったから奉納金額が釧路トップで大黒天だった。でもね、ある年から経営が上手く回らなくなって、借金取りに殺されたんだってさ。それであの子は札幌のおじいちゃんおばあちゃんに引き取られたけど、どっちも亡くなっちゃって…。

この世に対して結構恨みがあったはずだよ。あんたに対しての妬みだけじゃなかったんだ」


涙が落ち着いた佳苗だったが、再び込み上げてきたのか、手の甲で目頭を押さえる。


「あたしが信じて続けてきた世界は壊されてしまった…。

あの事件について教団側はニュースにならないうちに揉み消した、「イメージが崩れるから」ってさ。今まで散々週刊誌やらワイドショーやらなんかで賑わせて浮き名をながしてきたくせにさ、今更イメージが崩れるって何さって思ったよ…」


泣いている佳苗に知世はツッコミを入れる。


「気持ちは分からなくもないけど、そもそも初めから教祖様自体怪しいんだからイメージどころの話じゃないわよ…」


「それも言える話だけど。あの人を本当に神だと信じてるあたしらにはわからないんだよ、洗脳されてるからさ「この人こそが神だ」、「救世主だ」って疑いもしない。そこで思考が止まってるんだから。教団側もネットのエゴサ禁止にしてるからあたしらは情報を得ることもできないし」


「そこからよく脱したね、ママ」


「でしょ?もっと褒めていいくらいじゃない、これ?

でさ、テレビとか見るようになって思ってことがある」


「何を思ったのママ?」


「…あたしは家族放って何してんだろうってさ。テレビCMは特にカレーとか作ってもの家族で食べてるのにあたしはコンビニ弁当。誰かと一緒に物を食べるなんて会員同士でしかなかったから突然虚しくなったんだ。あたしにはもう借金しかないから…」


「高すぎる人生の勉強代だったわね…バカだわほんと」


「バカだったよ、あたしは…こんなババアになるまでわからなかったんだから」


項垂れる佳苗を知世と佳奈子は静かに抱きしめた。

「これからは家族を大事にしなさい、ね?」

宿怨を晴らすつもりが、結果的にその必要なく2人は佳苗と円満に和解し、その瞬間を見ていた先生は問題解決に心の底から安堵するのであった。



ーー1年後、5月。


佳奈子は先生との約束通り、羊ヶ丘展望台の神聖なチャペルで真っ白なウエディングドレスを身に纏っていた。


新婦控室で知世とれなは佳奈子のウエディングドレス姿に見惚れていた。


「綺麗よ、佳奈子。遂にこの時が来たのね」


「来ちゃった、ふふっ」


少し時間はかかったが大好きな人と永遠の愛を誓い、夫婦として人生を歩んでいく初日を迎えた。

幸せ過ぎて佳奈子は朝からニコニコなのであった。


「羨まし過ぎるんですけどぉ?でもこれまで苦労して来た佳奈子が幸せになるなら、親友としてこんなに嬉しいことないよね。おめでとう」


「ありがとう、れな」


みゆに横領され大損害を負ったれなの実家のコンビニは、今では多方面での功績を称えられ、すっかりあの事件のことは世間から忘れられている。れな自身も新店舗で店長となり、バリバリ仕事をこなす毎日を送っている。


「そう言えば、諒って来てるの?」


「うん、さっき新しい彼女とバンドメンバー連れてチャペルの前歩いてたよ。見た目ガラ悪いからチャペルから追い出されなきゃいいけどさ」


「ほんと、それは言えるね…」


バンドマンあるあるだが、諒のバンドはバリバリのロック路線の見た目をしていて、チャペルから追い出される、もしくは聊斎家(りょうさいけ)側からクレームが入らないかなど佳奈子は心配になってきた。


「まあ、新しい彼女が真面目そうだから、あいつらをまとめてくれると私は信じてる」


れなも佳奈子と同じく心配であったが、そこは諒の新しい彼女にかかっている気がした。


「諒くんの新しい彼女って年上なんだっけ、れなちゃん?」

「そうなんですよ。バンドのリードギターであり、リーダーでもあり、おまけに諒の新しいバイト先の先輩。夏伐(なつぎり)さんって言うらしいんです。初めてあったけど、かっこよくてかわいい人だった…」


みゆに宗教施設に監禁され、しばらく恋愛にも歌にも遠ざかっていた諒だが、運命的に出会った2歳歳上でボーイッシュな夏伐有栖(なつぎりありす)と恋に落ち、彼女のお陰で元気を取り戻した。


有栖は完全にギャルだったみゆとは違い、真っ黒なボブカット、そして150㎝にも満たない華奢な女性だ。

性格も真面目で仕事をバリバリこなし、プライベートでは華奢な小さな身体でバンドを速弾きギターで引っ張っていくというギャップもあって、諒には勿体ないくらいだともっぱらの噂らしい。


「バカな諒には案外そう言うお姉さんがお似合いなのかなぁ?」


「幼馴染として、また長いこと片想いされた側としても安心かな」


「そう言った面でも佳奈子は苦労したね…」


「でもそんな苦労も今日で終わりね。さあ、そろそろ私たちは会場に行きましょうか。佳奈子、リハ通り頑張るのよ」


「そう言えば佳奈子とバージンロード歩くのって誰なの?」


「新婦さま、そろそろお式が始まりますのでスタンバイお願いします」

結婚式のスタッフが呼びに来た。


「いってらっしゃい、佳奈子」

「いってきます」

「いってら!」




式が始まった。神聖なチャペル内には両家の親戚一同並びにその関係者が参列している。

チャペル奥の祭壇前には牧師と白いタキシードに身を包み立つ先生の姿。

扉が開き、一同注目する。入場行進曲共に佳奈子と歩くのは実母である佳苗だ。


『バージンロード、誰と歩くべきなのかしら…』


ウエディングプランを見積もりに行き、燕家に帰ってきてからも佳奈子たちを悩ませたのは父親の不在だった。


『パパもいないし、ママなんて私全然いい思い出が…』


『そうよね…過去に娘に「死んじまえ」なんて言い放った人だものね…』


佳苗は実の娘である佳奈子に対し「死んじまえ」と言い放ったことがあった。あの時は本当に傷ついた。


『おばさんの彼氏は…?』


これまでの人生を佳奈子の母親代わりとして生きてきた知世だったが、これまでずっとビジネスパートナー出会った上司・野嶽(のだけ)部長と10年かけてようやく付き合い始めたのだ。


野嶽部長はかつて知世が愛した両瀬(りょうせ)との関係を唯一知る人物であり、彼もまた妻を亡くし10年近く亡き妻を想っていた。

妻子持ちな上病死した両瀬を忘れられず思い悩んでいた知世に相談と言う形で寄り添っていくうちに、いつの間にか亡き妻よりも知世を想うようになったようで、知世は10年目で野嶽部長を受け入れた。


『野嶽部長…んー、頼みづらいわね。年齢的に慶一さんと同じくらいだからお父さんって言っても違和感ないけど…』


『椎名桔平似で渋くてかっこいいし』


『まぁ…確かにかっこいいのよ…♡』


知世が思わず惚気てしまうほど、野嶽部長はかっこいいのだが…。


『佳奈子とあんまり接点ないし、それに野嶽部長にも娘がいるから…』


『残念…』


野嶽部長案は消滅した。他にも男性の知り合いはいないかと探ったが、見つからなかった。


『どうしよう…いない…』


バージンロードを一緒に歩けそうな大人の男性は身近にいなかった。手詰まりである。


『こうなったら、一人で歩くしかないのかな…』


『寂しいけど、しょうがないわね…』


諦めかけたその時だった。


ーーガチャ

燕家にインターホンを鳴らさずに勝手に上がりこ女が現れた。


『ちょっと、自分の家じゃないんだからインターホンぐらい鳴らしなさい』


『いいじゃない、鍵持ってんだから。あたしだって一応ここの家の娘よ?』


黒ずくめの格好で上がり込んで来たのは、相変わらず常識はずれな佳苗だった。


『寒かった〜、はいお土産』


『ママがお土産持ってくるなんて珍しいね。しかも六花亭じゃない』


佳苗がテーブルの上に置いたのは、六花亭の菓子の詰め合わせだった。


『月命日だからあの人の仕事の下請け会社の人が持ってきたんだけど、私一人じゃ食べきれないから持ってきたのさ』


『そっか、今日月命日だったのね。お坊さん呼んだの?』


『うん、若いの来たよ。あのお寺の住職の息子だって。随分かっこよくない?』


『あー、あの人か。確かにかっこいいわよね、先生と年変わんないはずよ。時代変わったね、先生もだけど今の40手前は昭和と違って若い!』


『それ思う!しかもさ、住職の息子も先生も美形だわぁ〜』


『そんなことないです』


『そんなことあるってのぉ〜謙遜しなさんな。佳奈子、大事にするんだよ?私を反面教師にしてさぁ』


『そだね…』


佳奈子は変わったと思いつつも、内心佳苗の居酒屋にいる酔っ払いのような品のなさには未だ引いていた。


『お茶淹れるわね』


知世が席を立つと同時に佳苗はL字のソファの端に座る。


『何話してたの?結婚式のことかい?』


『そう、ちゃんと見積もりもして来た上でね。でもさ、バージンロードで私と歩く相手がいないんだよね』


『パパが生きてたらねぇ…そっかぁ…』


佳苗はタバコに火をつけ、考えるように腕を組む。


『どうぞ』


タバコを吸い始めた佳苗に先生が灰皿を差し出す。


『サンキュー。あんたも吸ったら?こう言うの頭使うから吸いたくなるっしょ?』


『すいません、お言葉に甘えて』


『遠慮なく吸いな。家族になるんだから』


先生もタバコに火をつけた。今日は一本も吸っていなかったのだ。


『佳奈子』


『なに、ママ?』


『バージンロードさ…私と歩かないかい?』


『…は!?』


予想外な展開に佳奈子は思わず声をあげてしまった。


『女同士ってダメだった気がするけど、その辺事情話したら融通きかないかねぇ…。あたしあんた産んだきりその後何もしてこなかったからさ…罪の償いってことでどうだろう?』


宗教ののめり込んでいた時の佳苗なら絶対にあり得ない話でしばらくその場は凍りついものの、佳苗本人による罪の償い案で決定したのだった。


無事バージンロードを歩ききった2人は組んでいた腕をゆっくり解いて離した。


「先生」


「はい」


「佳奈子を頼んだよ」


「幸せにします」


それは、佳苗が唯一母親として佳奈子にしてあげた最初で最後のプレゼント、そして償いだった。




式を挙げ、ブーケトスの時がきた。


「みんなー、行くよー!」

両家の親戚または関係者の独身の女たちが一斉に集まると、その場は一瞬にして殺伐とした空気になり、男たちは一斉に捌けた。

後ろ向きに立つ佳奈子の掛け声と共に高く宙に打ち上げられたブーケは、美しい放物線を描いて夏伐有栖の手元に渡った。


「…あれ?マジで?」


「これは次の結婚式は夏伐さんと諒だね」


戦に負けた女たちの視線が全て有栖に向けられた。


(怖いなぁ…視線がマジで痛い。でも、諒と結婚できるなら…)


有栖は諒に視線を向けた。諒はバンドメンバーたちと喜びを分かち合っている。


「やったじゃん諒!」


「有栖姐さんを射止めた上に、結婚かよ!」


「やったああああああああっ〜!!」


喜びのあまり雄叫びを上げる諒。有栖は途端に恥ずかしくなった。


「ちょっと諒、恥ずかしいからやめてくれないそう言うの。ブーケたまたまゲットしただけでまだ結婚したわけじゃないんだから。同棲してるから夫婦みたいなもんだけど」


「…はい、すいません」


「でも、そう言うバカなところが好きなの。結婚しょう」


「はい!有栖さん!一生ついていきます!」


結婚前から完全に有栖の尻に敷かれている諒に一同は笑った。


ブーケトスの後、佳奈子と先生を囲んでれな、諒、有栖、そしてそのバンドメンバーたち、知世、佳苗が「旅立ちの鐘」の元に集まった。

佳奈子が挨拶する。


「皆さま、本日は私たちの結婚式にお集まりくださり、誠にありがとうございます」


「かたいよ!佳奈子っぽくしなよ」


「そだね、れな」


仕切り直して、佳奈子は鐘のロープに手をかけた。


「幸せになるぞーぉ!おー!」


「「「「「「「おー!」」」」」」


「…なんじゃそりゃ、まぁいっか」


ーーカラーンカラーンカラーン…


5月の札幌に、羊ヶ丘の鐘が響き渡る。


リラの花が咲く頃に…。


ーfinー

リラの花が咲く頃に 最終話

リラの花が咲く頃に 最終話

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日 2019-11-26

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