アーユルヴェーダ*拾肆

これちかうじょう

  1. 此処ではない何処か
  2. 此処は404
  3. 美人薄命論
  4. お迎えに上がりましたシンデレラ

低体温症である冬至を何とかしないとと思っている結ですが、
何でもやることなすこと空回り。
そんな時、冬至にもうひとつ、力が芽生えます。

此処ではない何処か

写真をぺらっとめくってみる。
何て読むんだろうか、この名前。
正岡神田浪。
まさ、おか、かみ、た、…。
「冬至君、これ見てくれる?」
「何ですか?」
お父さんが何やら広げているので、見てみるとそれは新聞だった。
結ちゃんいわく、新聞はとってないとのことだが?
「これはね、コンビニで買ってもらってたやつなんだけど、ちょうど15年前の新聞だよ」
「15年前?」
「そう、冬至の日の新聞、15年前の12月22日のね」
大きな火災があった、と出ている。
そんな昔の新聞、しかも俺の生まれた日の新聞なんて、どうすればここまで保存できるんだろうか?
「俺はね、15年前、この火災の原因を突き止める調査班の班長だったんだ」
「ほえー」
「結局犯人は見つからなかった。放火だと分かっていて、調査を捻じ曲げた人間がいたってことさ」
「捻じ曲げた?」
「そう、君のお父さんだよ」
どゆこと?と俺ははてなまーくである。
父さんがその火災に出動したのはだいたい分かるけど、調査を捻じ曲げるとは?
「仁道君がね、つい一昨日だけどとうとう放火犯を見つけ出したって騒いじゃってさ。
 それがなんと、冬至君のお父さん、つまり忠則さんだったって言うんだよ。
 裏を取ったのかって言ったら本人が自供してきたって話でさ」
「えーと」
「それでね、いろいろ今は分からないと思うんだけど、そこの火災現場でひとりの人が亡くなってるんだ。
 俺もまさかって思ったんだけど、その身元も忠則さんが明かしてくれたんだよ」
「誰なんですか」
「君のお母さんさ」
さっきからお父さんは本当に訳の分からないことを言っている。
もう少し俺が利口だったら理解できたのかな。
「名前をこの前聞いた時にね、あれって思ったんだ。どっかで聞いたことあるなあって。
 駅東にさ、大きな地主さんがいて、そこが正岡神田さんっていうのは知ってたけど、
 そこのお嬢さんじゃないかなってピンと来たんだよ」
「まさおかかんだって言うんですか」
「あれ、読めてなかった?」
「はい、名前も読めません」
「浪さんって言うんだよ。なみ」
「なみ…」
まさおかかんだ、なみ。
それが俺の本当のお母さんの名前だとやっと分かった。
「仁道君に調査をお願いしたから今度報告するね」
「あー、その、じんどうくんって誰ですか?」
「そっかそっか、知らなかったっけか。俺のかつての部下でね、何をやらせてもとろい男なんだけど」
「部下?」
「うん、警察官僚時代の名残っていうかね」

「父は警察のトップに居た人だ」
結ちゃんに聞いてみる方が早かった。
ゴロゴロしながら話をしている俺たちである(添い寝タイム)。
「その時の消防課ってところに冬至のお父さんが居たらしい」
「そこで知り合いだったわけか…びっくりしちゃったよ、いきなり俺の父さんのこと知ってるっぽかったから」
「…」
「もしかして、その警察の関係で俺の家のこといろいろ知ってたのか」
「うん」
「どーりで…知りすぎてるとは思ったよ、母さんの名前も出た時にはびっくりしたし」
でも、お父さんの話では、もうお母さんは死んで居る。
それがどうにもひっかかる。
放火犯が父さんで、被害者がお母さん。
お母さんを殺すために火をつけたってことか?
でもそんなの、事後的な事象だ。
それに、父さんは消防士だ。
消防士が火をつけるなんてこと、御法度じゃないか。
「せめてお母さんに逢えればなあ」
「…」
「あ、逢えるか?でもどこに行けばいいんだろ」
「冬至」
「何」
「駄目」
「…うん、分かってるけど」
寒い寒いと言い張ると、つい先日のことだが、力を使いすぎだと言われた。
でも勝手に使っちゃうんだから仕方ないじゃないか。
制御しろと言われても、どうすればいいのか分からないし。
未だに結ちゃんの夢の中に入っちゃうし。
「そうだ、今日はひとりで寝ようかな」
「どうして」
「隣で寝てるから入っちゃうんだよ多分。隣の部屋まで避難すれば入らないかもしれない」
「…」
「あーあーその顔は嫌がってる顔だな?俺さ、此処の家に来てからずっと結ちゃんに甘えてばっかだろ?
 寝る時まで一緒だなんて柳瀬橋にばれたら俺、恥ずかしくて死んじゃう」
何故に恥ずかしいのかは分からないけれど、親友にはばれたくないことだった。
「じゃー、そういうわけで向こうで寝るからな、夜中に襲うとかやめろよな」
「…うん」
「ばーか、冗談だよ」
襲ってきたのは入学式の日だけであって、その後はちゃんと段階を踏んでもらっている。
それを学習させたのは俺だけどさ。

そうして、隣の部屋、つまり自分の部屋にて就寝中の俺。
しかししかし、困ったことに俺はまた違う現象に襲われていた。
結ちゃんの夢の中に入っていたからこそ、他のどこにも行かなくてもよかったわけであり。

「どこだここ」
俺は寝ているはずだ。
それでも、ちゃんと制服(夏服)を着て、どこか見慣れた部屋にいる。
どこだ、どこかで見たことがある部屋だ。
「…凪ちゃん?」
「…え」
可愛い声だなと思った。
しかしその名前は、俺と、父さんと、お母さんしか知らない名前だ。
振り返る。
部屋の隅に置かれたベッドの上に、あの写真のままのお母さんが座っていた。

此処は404

「あー本当に凪ちゃんだ、ねえ凪ちゃんでしょ?」
いや待て、と俺は言葉を飲み込む。
死んで居る人と話せる力は確かにある。
それでも、もう既にどこにも居ない人と、死んで居る人と逢うという力は今までなかった。
逢おうとすれば逢えたかも知れないけれど、
こうして逢ってしまっているのは俺もびっくりだ。
「お話しようよ、ね、お話」
ぽむぽむ、とシーツを叩くお母さんだが、俺は首を横に振った。
「どうしたの?せっかく逢いに来てくれたのにお話しないなんてもったいないよ」
「…戻して」
「戻す?」
「藤原家に戻してくれ」
「…それは」
凪ちゃんの力じゃ無理だよ、と笑われる。
「どうして無理なの」
「確かに、逢いに来てって思ってたのは謝る。それで呼んじゃったのも謝るよ?
 でも、逢いに来てくれたのは凪ちゃんの力と、私の力が共鳴したからなの。
 だから、凪ちゃんだけの力じゃ戻れない。私が力を貸さないと」
「じゃあ貸して」
俺は無慈悲だろうか。
せっかく逢えたというのに、逢えないかなって言ってた俺なのに、
もう戻りたいだなんて。
「でも私、死んでるから貸せないんだよね」
「じゃあどうして此処に俺居るの」
「だから言ったでしょ、共鳴したって。凪ちゃんの中の忠則さんの血と私の血が、
 今の凪ちゃんの血にあいまって、それで此処に来れたんだよ」
3人の血ってことは、やっぱり本当に親子なんだな。
でも、俺にはまだ、お母さんをお母さんだと思えない節がある。
母さんのことを、まだ思っている自分がいるから。
「とりあえずお話だけでもしようよ。好きな人できた?」
「ぶは」
「あっははあ、できたんだあ?ねえねえ、それってあの子?どの子?」
「い、いないよ!好きな人なんて!」
「まーたまたあ、いるって分かってるよ?ついさっきまで一緒だった子かなあ?
 柳瀬橋君じゃないよねえ、あ、うん、ハザマからいっつも凪ちゃんのこと見てたんだもん、
 いろいろ知ってるよ~?」
ハザマとは何ぞや。
「ハザマってのは今の私がいる世界だよ。この世界には凪ちゃんがいて、向こうの世界には忠則さんがいるの。
 で、忠則さんももうすぐこっちに来ることになってる。だから凪ちゃんを呼んじゃったの私」
「?」
「伝えたくて。後悔して欲しくなくて。忠則さん、もうすぐ死んじゃうよ。だから逢ってあげて。
 あの人、すごくすごーく疲れてるでしょ?それって私がもう同じ世界にいないからなの」
意味不明。理解不能。
俺は頭をパンクさせてしまった。
「此処は404。かつて忠則さんと私が逢っていた部屋なの。此処がハザマへの入り口。
 そうそう、つい最近此処に柊さんと来たでしょ?それも私、見てたんだよ」
「404…」
「人ってね、不思議な関係性ってのがあるんだよ凪ちゃん。忠則さんには私が必要だったの。
 それは私がゆめんとだから。夢の中に入ってね、お話を何度もしたわ。
 それが忠則さんを救ってたってことなんだけど、分かる?」
「全然」
「もー、凪ちゃんは私に似て馬鹿だなあ」
「…馬鹿、か」
「私ね、成績悪くって大学行けなかったの。だからこの404でバイトしてたんだ。
 ゆめんととしてね、夢の中に入って相手の癒しになってたってわけ。それがアルバイトなの、私の」
「夢の中に入ると相手の癒しになるの?」
「うん、相手のつらいこととか悲しいこととかを共有するからね。もう凪ちゃんは経験したでしょ?
 誰かの夢の入るってこと」
「うん」
「多分ね、相手は最初びっくりすると思うんだけど、次第に癒されてるって分かるようになるよ。
 夢ってのは大抵無意識下の欲望が働くものでね、凪ちゃんの相手はどんな夢を見てた?」
小さい頃の夢、それとそのちょっと先の話。
「多分だけど、その人は小さい頃、すごく悲しい思いをしたんだと思うの。それを凪ちゃんが癒してるんだよ」
「結ちゃんを俺が?」
「へえええ、結ちゃんっていうんだ?可愛い名前だね」
「ち、ちが!」
「多分ね、今、凪ちゃんがその人のおうちにいるってことはさ、その人にとって凪ちゃんがなくてはならない存在だからなんだよ。
 結ちゃんて子はどんな人なの?」
「…き、筋肉馬鹿」
「筋肉?え、じゃあ、男の子なの!?」
「でもすんげえ美人だよ、でも結ちゃんが悲しいとか思うことってあんまないし…。
 それに、俺がどうして結ちゃんにとってなくてはならない存在なわけ」
「よーく考えてみてよ、その結ちゃんて子はどんな子?」
「…超不器用、超無表情、超無口、だけど超美人」
それだあ!とお母さんは笑った。
「その美人ってやつで思い出したよ!『美人薄命論』って知ってる?凪ちゃん」
「何それ」
「多分だけどね、凪ちゃんはそれを覆すことができるんだと思う。そのために、一緒に居るんだよ」

美人薄命論

要は、美人は命が薄い、不幸であるという意味。
それくらいは俺だって分かる。
でも、結ちゃんは今のところ不幸ではないと思う。
優しいおじいちゃんとおばあちゃんに育てられて、確かにお父さんとお母さんとは離れてたかもだけど、
何不自由なく、幼馴染の一ノ瀬先輩とも仲良く、そして今まで生きてきた。
おばあちゃんが亡くなってさぞかし悲しいだろうと思いきや、
毎日ちゃんと仏壇に手を合わせて話しかけているし、
男泣きをしてから少し、ハレバレとしているような気がする。
そう、今のところ、あいつは不幸じゃないと思う。

「それは凪ちゃんが近くにいるからだよ。忠則さんが疲れ果ててる時に私が癒したように、
 凪ちゃんが結ちゃんを癒してるんだ」
「夢の中に入って?」
「うん、それがゆめんとだから。元々、ゆめんとってのは他人のために存在する生き物として、
 古代から受け継がれてきたんだよ、一部の人の中にね」
「他人のため?自分のためじゃないの?」
「うん、残念ながらね。でも凪ちゃんは違うかな。だって忠則さんのしにんとまで背負ってるもの。
 だからいつかこの世界を去る時にね、ハザマに来れるかどうかは分からない。
 私だって初めてだもの、しにんととゆめんとが両方あるって人」
「…」
俺は、そういうのは嫌いだ。
特別扱いみたいで、嫌なのだ。
でも、俺が居ることで結ちゃんを救っているんなら、それはそれで感慨深い。
むしろ、あいつを下僕化できそうだ(再び)。
「此処から帰りたいって思ったらどうすればいいの、お母さんも一緒に力貸してよ」
「きゃー」
「え?」
「お母さんって言ってくれたね!うっれしー」
「…」
駄目だ、この人、俺みたいに馬鹿だ。
「いつでも来れるわけじゃないよ?今しか来れないかもしれない。それでも帰りたい?」
「うん」
「じゃあひとつだけ教えてあげるよ凪ちゃん。此処から引き戻してくれる人を探すんだ」
「引き戻す?」
「すんごい力を持ってる人だよ、私もかなわないくらいの。その人を呼んで」
「…」
たまに、水道の蛇口を捻じ曲げちゃう人とか?
「…ちゃん」
どうしようもなく俺を好きでいる人とか?
「…」
体温計、見せてくれない人とか?
「結、ちゃん」

お迎えに上がりましたシンデレラ

どっすん

その衝撃に俺は目を覚ました。
というか、戻って来れた。
「…おい、俺は言ったよな、襲いに来るなよって」
「冬至、」
「ちょっとやめてって」
プロレス技ならまだよかった。
思いっきしのしかかられて、俺は手足をバタバタさせた。
「おーもーいー!」
「聞こえる?」
「聞こえるって?何が!」
「呼んでも返事なかった」
だから乗ってみたよ!って言いたいのかこのあほんだら!
結ちゃんのベッドはキングサイズでそれはそれはでかいけれど、
俺のベッドは普通にシングルサイズなので結ちゃんの足は勿論投げ出されている。
「もしかして」
「?」
「戻してくれたの?こっちに」
「?」
「まさかな、ははははは」
そんな器用なこと、できるはずがないのだ。
「隣行こう」
「何で」
「此処じゃ狭い」
「はいはい」
結局のところ、俺は強制帰還となった。
それはそれで助かったけど、俺はお母さんに聞きたいことがあったのだ。
それを聞きたかったのに、その前に戻されては困る。
「やっぱり」
「何」
「やっぱり一緒がいい」
「はいはい」
俺が回避すべき、結ちゃんの不幸。
それが美人薄命論だとしたら、俺のこれからやるべきこと、すげえスケール壮大じゃね?

アーユルヴェーダ*拾肆

404に逢いに行けちゃったんですね。
そもそも、404はホテルの一室であり、15年前の火災で焼け落ちた火元です。
改修工事が進んで今では新しいホテルになってますが、
かつての404に入れたのは冬至と浪が共鳴したからなんだそうですね。
つまり、此処ではない何処か、に行けてしまう、
そういう力が新たに冬至の中に芽生えたようです。
それはしにんととゆめんととはまた違う、新たな力です。
同時に体力を消耗しますので、これから新しい章へと突入します。
頑張れ結!頑張れ冬至!

アーユルヴェーダ*拾肆

低体温症である冬至を何とかしないとと思っている結ですが、 何でもやることなすこと空回り。 そんな時、冬至にもうひとつ、力が芽生えます。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
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  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-11-25

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