第8話-30

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「生命の住処」海溝の壁面、そこに突如として現れた巨大な文字らしきもの。全長は一文字が人間の単位で300メートルは超えている。

 それが海溝の断崖壁面にびっしりと刻まれているのだ。

 あまりに常人には想像もできない言葉を絶する光景に、兄妹は愕然とするしかなかった。

「父さん……の記録にこんなことは……」

 ようやくビザンが処理できない情報を目の前に、言葉を絞り出した。

「何が書かれてるのかしら」

 ビザンはさっきまで神に祈っていたのに、もう目の前の好奇心に吸われていた。

 兄よりも言語学に通じているミザンは、その脳内で必死に解読を試みるものの、彼女の脳にある膨大な記憶の中にすら、その言葉に合致する言語は出てこなかった。

「古代ビダリア人の言葉にも似てるけど、形状が違うし、そもそもビダリア人は山岳民族。海のない惑星で進化したと考えられているから、こんな海底に文字を残せたはずはないわ」

「そうとも限らないさ。この惑星が古代からこの姿だったとは言い切れない。海面が今より低かったと考えれば、ここが山脈だった可能性だってある。そこに大事業として文字を刻んだとなれば、説明はつく」

 ビザンは冷静にいうのだが、確信も確証もない。ただ父が残した記録に、海溝でこのような巨大な文字を見たという記録がなかったことだけは確かであった。

 ターミナズが更に深海へ潜っていくと、それは静かに2人の前に口を広げた。

「あった、本当にあったぞ」

 ビザンは叫び、白く枝のような指で海水の向こう側を指し示す。

 そこには確かに父が記録に残していた、銀色の柱に挟まれた石の天井と床で形成された、遺跡の入り口があった。

第8話-31へ続く


《用語》

『ターミナズ』

主人公ビザンの部族が属する種族ティーフェ族が育成する、クラゲ型の陸海空、宇宙、超光速移動が可能な万能生物。内部に乗り込み、操縦者が意識を直結することで、ターミナズを自在に操ることが可能となる。
移動手段として、戦争の手段として用いられる。

『古代ビダリア人』

主人公ビザンが生きている時代にはすでに宇宙から絶滅した種族。歴史は地球標準時間で5万年前に文明の繁栄を極めていたとされる。灰色の巨大な頭部に、不釣り合いな小さな人形の身体。頭部から発せられる反重力波動で常に空中に浮遊して移動していたとされ、言語はあったもののほとんどを脳と脳を音のように反響させて会話をしており、声というものを使わなかったとされる。
太陽の寿命により大爆発を起こした星系に存在した、岩石ばかりの惑星で誕生、進化したと考えられている。いくつかの宇宙考古学の記録では、ビダリア人の痕跡が発見されているものの、未だに研究が続けられている文明の、種族の1つ。

第8話-30

第8話-30

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-24

CC BY
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