挿れたら気持ちいいだろうなあ

『挿れたら気持ちいいだろうなあ』

 それを目にするたび思う。

『挿れたら気持ちいいんだろうなあ』

 思いが頭の中をぐるぐると駆けめぐり、それは渦となって他の思考を弾き飛ばしていく。

『ああ、気持ちいいんだろうなあ』

 いつもならここで思いとどまりその場を離れるのだが、その日は欲求に抗えず手を伸ばしそれに触れてしまった。そのとき「失礼します」と背後からの声。びくりとしてふり返ると店員がにこやかな笑顔をしてそこにいた。「こちらがお探しの商品です」
 どうやら客を案内してきたらしい。店員は老婦人の客と、そしてわたしに会釈をすると足早に持ち場へと去って行った。客はごめんなさいねと小声でいうと、棚から目当ての商品を手に取り、そのままカゴに放り込むと次の品を求めて立ち去った。またその場にひとりとなったわたしは、無意識のうちにそれを手にしていたことに気づいた。慌ててそれを棚にもどすと、平静を装いながらレジへと急いだ。顔がほてっているように思えて気が気ではない。皆がこちらを見ているような気がする。動悸が強く速くなる。

 レジ袋をぶら下げて表に出ると雨はあがっていた。路面はまだ濡れていて、ところどころに水たまりができている。するとランドセルを背負った女の子のふたり連れがやってきた。畳んだ傘をくるくると回し、楽しそうにおしゃべりをしながら歩いている。そのうちのひとりが水たまりの中へ進んでいった。兵隊のような芝居がかった歩き方をして、ばしゃばしゃと水がおおきくはね上がる。
「ああ、怒られるよ」そのようすを見てもうひとりが笑いながらいった。
「だって面白いんだもん」靴やソックスや、脚が濡れるのもまったく気にする様子もなく、堂々とした一定の足取りで女の子は進んでいく。
 少女たちの後ろ姿は黄昏まえの雑踏に消えていった。私は持っている傘をくるりと一回転させ、水たまりの端を踏むように歩を進めた。足元でぱしゃっと心地よい音がした。

挿れたら気持ちいいだろうなあ

挿れたら気持ちいいだろうなあ

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2019-11-24

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