ロボット彼女~ユア~

『あなただけのロボットをお届けします』



ピンポーン

チャイムがなった。

夏の暑い日、浅い眠りについていた俺はその音で目を覚まして玄関に向かう。

「お荷物をお届けしました」

無愛想な配達業者から荷物を受け取る。
無愛想なのも当然だ。
この荷物はとてつもなく重い。
おまけに、縦1.6メートルときたもんだ。
運ぶのは一苦労だろう。
台車から荷物を下ろす業者は汗だくだった。

部屋に荷物を引きずって運び込む。

はやる気持ちでダンボールのガムテープをハサミで切りそっと開ける。

「うわ…」

ダンボールの中には緩衝材に覆われていたがたしかに女性型ロボットが入っていた。

壊れないようにゆっくりとそのロボットを床に座らせる。

見れば見るほど本物の人間のようだ。

そっと手をロボットの腕に触れる。
長くて細い腕だ。白くてきめのこまかい肌。
皮膚は滑らかでひんやりとしているが毛穴はうすいうぶ毛が生えている。

顔を見る。

卵形の輪郭に小さな赤い唇、小ぶりの鼻、目は閉じているがまつげは長い
黒い艶のある髪は腰の長さまで達している。

腰に目をやる。

細くて折れそうなのに、柔らかい肉がついている。

床に投げ出された足は、しなやかに長い、足首が細くて綺麗だ。

黒い袖のない簡素なワンピースを着ている。

このしたはどうなってるんだろう…いやいや
それを、ロボット相手にやると終わりな気がする。

みとれること数分。

とりあえず俺は、ロボットの機動スイッチを押すことにした。

スイッチは背中の目立たないよう皮膚の下についている。
カバーのように皮膚の一部をはがし、スイッチを押して元に戻す。

ごく小さな起動音とともにロボットはゆっくりと目を開けた。

横にスッと伸びた大きな目
茶色味がかった瞳は俺を映していた。

……もう話してもいいのだろうか?

相手が人間ではない機械だから、なんだか気恥ずかしい気持ちを隠して
「あの…」と、声をかける。

ロボットは…いや、彼女はごく自然な動作で俺の方へ振り向いた。

「はい、なんでしょうか」

音声合成ソフトのような声をイメージしていたが
まるで、生きた人間が話しているようなゆったりとした発音。
高くもなく低くもない落ち着いたその声が一瞬、俺を懐かしくさせた。

「あなたが誠二さんですね」

いきなり、名前を呼ばれ狼狽するがなんとか、そうだと答える。 

「今日からお世話になります。ユアと申します」

ユアはそういって穏やかな笑顔で微笑んだ。

このロボットが俺の彼女だ。 

彼女との日々が始まった。

仕事へ行く。
ユアは玄関まで見送ってくれる。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

気恥ずかしいがいつもよりも充実した気分だ。


仕事から帰ると彼女がいる。

今までは、仕事から帰ると誰もいない暗い部屋
ため息をついて、風呂に入り、飯を食い
特に趣味もないからネットをぼんやり眺めて、あとは眠るだけ。

それが、毎日の繰り返しでうんざりしていた。

しかし、彼女が来てからの俺の生活は張り合いがある毎日になった。

「お帰りなさい」

「ただいま、今日はオムライス?」

食欲を刺激する香りが台所から立ち上っている。

「ええ、うまく作れてるか分からないけれど…」

ユアは白いワンピースを着ていた。
白い肌に溶け込みそうなほどによく似合う。

「ユアが作るものならきっとおいしい」

俺は椅子に座ってオムライスに手をつけた。

ユアもそれにならいオムライスを食べる。
ロボットなのに、どうやって食事をしているのか
機械に明るくない俺にはよくわからない。


彼女はオムライスを作るとき時々、失敗していた。

休みの日

ユアを連れて海へ行った。
長い黒髪をポニーテールに結ってその先が揺れている。

パーカーこそ羽織っているがその下はビキニだ。
白い肌が夏の青い空と対比してユアはさらに美しかった。

……が、先程から海辺の男共がユアに視線を送っている。

それにもかまわず

「きゃーー!誠二さん!この貝中身が入ってます!」

いや、どこに驚いてるんだ。

でも、改めてユアをみる。

スッとした鼻に、大きな切れ長の目
横顔だけでもわかるほどきれいだ。

ロボットであるユアは海自体が珍しいのだろう
押し寄せる波に足をひたし
しゃがんで貝殻やヒトデをつまんで
わざわざ俺に見せつける。自慢げに。

ユアは可愛い。


なんで早く気づけなかったんだろう。

※  

ああ、今日は仕事でミスをした。

自分の好きなことを仕事にしたというのに、なかなかうまくいかないものだ。

とぼとぼと帰り道を歩く。

俺の住むマンションは五階だ。
五階の俺の部屋の窓から明かりがもれている。

ユアがいる。

それだけで、少し元気がでてきた。

玄関に入るとユアが出迎える。

「お帰りなさい」

ユアが俺の顔を覗きこむ
大きな目が上目使いで俺を見つめる。

ドキッとして飛び退いた俺に彼女は
「お仕事でなにかありましたか?」

驚いた。

ロボットは表情までよむことができるのか。

最近の技術は目覚ましいものがあるが
ただ、たんに俺が気持ちの切り替えをできてなかっただけかもしれない。

表情がまるわかりになるほどに。

あまり、仕事のことはぐちりたくはないが隠せてないなら仕方ない
「うーん、今日仕事で細かいミスをしてさ…」と、軽く伝えた。

「誠二さんだから、大丈夫ですよ」

俺だから大丈夫ってなんだよ…とは思ったが
ユアの可愛い笑顔を見ていると不思議と「大丈夫」な気がする。


今はそう思う

季節が変わってもユアとの日々は変わらず続いていた。

12月24日

ありがたいことに、今日は仕事は休みだ。

二人ででかけることにした。

ユアは薄いピンクのコートに身を包んでいた
きれいな長い髪がマフラーからふんわりとのぞいている。

ユアの手を握って歩いた。
その手はロボットだということを忘れさせるほどに柔らかく細く暖かい。

「わあ、すごい大きなツリー!」

ユアは街の広場に飾られていた大きなツリーに目を奪われていた。


彼女もこんなのが好きだったな。

。 
俺とユアは昼食を食べ
午後の間はユアの好きな映画や雑貨屋などを見て回った。

なんでもない過ごし方だがとても幸せだ。

外は夕方だというのに暗くなっていた。

街のイルミネーションが輝いている。

「……そろそろ帰りましょうか」

ユアが言った。

「ちょっと待って」

俺はどうしたもんか悩んでいたが
ジーンズのポケットから小さな箱を取り出してユアに渡した。

「?」

「これ…」

ユアが受け取る。

そっと箱を開ける。

「指輪…?」

「全然、高いもんじゃないけど…」

寒さで鼻をすすりながら言う。 

ユアは指輪を取り出して薬指につける。
そっと指輪のついた手をあげてイルミネーションの明りに手をかざす。
その輝きが反射してユアの手が光っていた。

ユアは背伸びをしてそっと腕を伸ばし俺に抱きついた。


俺はずっとこうしたかったんだ。

帰宅したユアはコートを脱いでソファにかけた。

あの時と同じだ。

あの時も彼女は同じことをした。

「もう9時ですね、買ってきたケーキでも食べましょうか」

「うん…」

ユア

「ユア」

彼女は振り向いた。

白いワンピースは彼女の白い肌に溶け込みそうなほどによく似合っていた。

あの時と同じだ。

「ユア」

姿は変わらず、彼女はここにいるのに。

カーテンが静かに揺れる。

涙が頬を伝っていた。

「優愛」

5年前の今日の夜、優愛は亡くなった。

俺はその日の夕方、バイトから帰宅した。

そのあと、優愛も仕事から帰り
脱いだコートをソファにかけ俺の隣に座った。

「誠二くん?」

俺は、やりたい仕事がなかなかできず
実力も認めてもらえず焦っていたのだ。

不機嫌な顔をしていたのだろう。
優愛は大きな目で俺の顔を覗きこむ。

そんな俺に優愛は「誠二くんなら大丈夫だよ」と言って頭をなでた。

彼女の口癖のようなものだった。

なにが、大丈夫なものか。
優愛には俺の焦りなんて何も分からないのだ。

なによりも、1歩踏み出せない自分が情けなくて…

今でも思い出せる。
俺は優愛に許されない言葉を浴びせかけた。

茶色い瞳が俺を見つめる。その目は潤んでいた。

「ごめんね」

そういって、優愛は俺の部屋からそっと出ていった。


その数時間後だった。

優愛が交通事故にあったのは。

その日はとても寒く雪で路面が凍結していた。
スリップした車に衝突されたのだ。

救急車が到着するのに時間がかかり、搬送先の病院で優愛は亡くなった。

優愛がどんな思いで寒く暗い夜道を歩いて
救急車が到着するあいだ、どれほど苦しんだか。
きっと、俺を恨んでいただろう。

あのとき、俺が優愛にひどいことを言わなければこうはならなかった。

優愛の葬式で俺は泣かなかった。

泣く権利がないと思ったからだ。
優愛は俺が傷つけたそのせいで亡くなった。

俺が殺したようなものだ。だから、俺は泣かない。

泣くことが自分勝手なような気がしたからだ。

それから俺は優愛を忘れるためにがむしゃらに働いた。
バイトからやっと自分が希望していた職場へ就職することができた。
やりたかった仕事ができる
忙しい毎日を過ごすことで俺は優愛を忘れようとした。


去年のことだった。

仕事が一段落して俺はなんとなくネットをぼんやり眺めていた。

『あなただけのロボットをお届けします』

シンプルな白いサイト

ロゴもなにもなく、ただその一言だけがサイトに記されていた。

俺は、なんとなく

『あなた好みのロボットをお届けします』

という、文字をクリックした。

数分後、メールが届いた。

『ご注文承りました。ロボットの製造に入るため発送は来年の夏ごろとなります』

ただのイタズラだと思ったが今年の夏、本当にユアが届いた。

ユアは生きていた時の優愛そのものだった。
優愛の長い髪も、茶色い瞳も、落ち着いた声も。
「誠二さんなら大丈夫だよ」という口癖も。

なにもかも同じだった。


「優愛…ごめん」

俺はユアの足下にうずくまった。

涙があとからあとから溢れだす。

優愛を忘れようとして涙を飲んだ
泣く権利はないと必死で押さえ込んだ涙が時を越えて溢れだす。

「誠二くん…」

ユアは指輪のついた細い手を俺の膝においた。

大きなあの目で俺を覗きこむ。

「知ってたよ」

「全部、知ってたよ」

「だから、私はここに来たんだから」

ユアの目は心なしか潤んでいる。

「優愛…忘れてたんだ。お前を大切に思ってたこと」

「大丈夫だって言葉も、口下手なお前が俺を信じて言ってくれてたってこと」

「あの時、優愛にあんな事を言わなければ…」

優愛は生きて俺の側にいたのに。

「誠二くん…」

泣かないで。

「私は怒ってないよ」

「あの時、出ていったのだってそう」

「誠二くんが、つらそうな姿を見ているのが苦しかったから」

「私には元気付けることしかできなかったから」

「私には力がないって…思っちゃって…だから逃げたの」

ユアは後ろを向いた。
俺に泣き顔を見せないようにするためだろう。

「誠二くん、今幸せ?私がいなくても大丈夫?」

それは、俺が聞きたかった言葉だ。
俺といて幸せだったか。
たった一人でこの世界から旅立って寂しくないか。
でも、俺にはこれしか言えなかった。

「幸せだよ。優愛にもう一度会えたから」

ユアは、俺の体に腕を回した。

俺とユアの唇が触れあった。

朝、目が覚めるとユアはそこにいなかった。

ユアの服や、靴や、生活用品だけがユアがいた証拠だ。

ユア自身と指輪だけが俺の前から消えた。

あの半年間はなんだったんだろう。
優愛がユアに姿を変えて俺のところにきてくれたのだろうか。

あれから、あの白いサイトへはアクセスできなくなっていた。
メールも知らないうちに消えていた。

「優愛…」

優愛と逢うということはもうないと嫌でも痛感する。

寒い冬の日。

空を見上げた。

ちらほらと雪が降っていた。

いつか…いつか俺がそっちに行ったら
優愛…お前は俺を迎えてくれるか?

それまで…俺は優愛に胸をはれるように、こっちで頑張るからさ。

だから、心配しないでくれよ。


俺はいつも通りの朝に戻る。

仕事へ行くために玄関へ向かう。
ユアが半年間だけ見送ってくれた
あの「いってらっしゃい」を思い出す。

「いってきます」俺は小さく呟いてドアを開く。

外は相変わらず寒い。

冬の寒空の下、俺は地面を蹴って進み出す。



『あなただけのロボットをお届けします』

ロボット彼女~ユア~

ロボット彼女~ユア~

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-24

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