Ode
脳皮の真裏、恐らく組織の最も薄く柔らかい部分が震え、太腿が痙攣するように数回はね上がった。ブラッドメルドゥーを聴く時、それはいつも自分の自我とは無関係に行われ、掴みどころのない虚空に溺れる快感に浸れた。パチンコ屋から突き出た僅かな廂でにわか雨を凌いでいた女が、苛立った様子で路上に寝転び、その手前で5.6人の若い男女が奇声に近い声で何かを話し、男達はさも当然といった様子でズボンを尻までずり下げ、自身の陰毛の毛繕いを始める。swingするメルドゥーのテンポに身体を委ねながら、僕はその空間を構成する1つの要素でありたいと思う。深夜0時を回った池袋の、あの特有の酸っぱい臭いに、今日は雨に蒸れたアスファルトがよく混ざった。人間の頭に虫のような触覚が生えて見えるのは決まってこんな時で、僕は触覚をふりふり揺らす人間たちを見て慈しむような甘ったるい気持ちになる。雨はなかなか止まなかった。出鼻をくじかれた夜勤の土木作業員が数人雨宿りに来、路面にあぐらをかく。彼らには触覚がない。次第に強まる雨に拭われるように周囲の臭いが薄まり、はね上がる水滴がクロックスの下の素足を濡らし始めると、深い現実感が底から沸き上がってくるような不快な感覚に包まれる。メルドゥーのテンポはひたすらに逃走を図る。僕の身体に、ここを離れろと急かす。
乾燥している。留まっているとくしゃみを催すような乾燥。日陰が少ないせいだろうか。不釣り合いに広い歩道と、照りつける日射しの受け皿にもならない棒切れのようなプラタナスの街路樹が立ち並ぶ白い路上で、暴走した車が母子をはね飛ばし殺した。
「碑が建つらしいな」
「民意がそうさせたんだ」
日ごとに増える献花と供物で路面の余白が埋められ、少しだけ歩きやすくなった歩道に、そうか余白かと、僕の中の何かが音をたて、微かに痙攣を始める。
Ode