シロナガスクジラが泳ぐ頃

 ねずみが、なんだか、チーズをかじるみたいに、星を、がりがりと、やっているような気がする。
 午睡。
 つねにだれかが、わらって、ないて、おこって、ねむっているのが、せかい。まるく。
 朽ち果てた秋が、冬の気配にかき消されてゆく。
 屋上では、三年二組の女子が、セーラー服で儀式めいたことをまじめにとりおこなっている。赤いスカーフを、手首にまいて、十七時にみおろす町は、澄んだ空気に灯りがうつくしく映えるね。あの、好きなひととぜったいにつきあいたい、みたいな内容の、熱量のこもった儀式は、ぼくは、あまり、おすすめしない。ひとのきもちをうごかすまやかしの代償は、破滅であると、せんせいがいっていたので。シロナガスクジラが、おりてきた夜の緞帳のなかを、ゆうゆうと泳いでるから、たにんにはやさしくしたい。たとえば、そこに、恋愛感情はひつようない、のに、おおくのひとびとは、異なる性別のふたりがちょっと親密というだけで、恋だの愛だのに結べたがって、はやし立てるよ。
 ことばから、せい、とか、し、とか、そういうの、かぎりなくうまれる。
 せんせいがぼくとつきあったら、罪になるので、三年二組の女子が、あの、自転車屋のおじさんとつきあっても、おじさんは、罰せられるのだろうか。十八歳。ぼくも、十八歳。せんせい、二十七歳で、おじさんの推定年齢は、四十一歳。おとことおとこ、おとことおんな。せんせいと、生徒。おなじ町に住んでいるおとなと、こども。
 手首にまいた赤いスカーフから、三年二組の女子は、分解されてゆくの、たぶん、そういう仕様の儀式で、いちど分解されても、すぐにまたもとにもどって、もとにもどったときに、女子のせかいになんらかの変化があるはずで、でも、それでおじさんが、女子のことを好きになっているかは、わからない。あれは、神さまのきまぐれみたいなものだからと、せんせいは嘆いていた。女子をひきとめないのは、せんせいも、その儀式をとりおこなったことがあるから、とのことであるが、くわしいことはおしえてもらっていない。ただ、いちど、せんせいも、分解したことがあるのだ、と想うと、分解、というものに、うっとりしてしまうよ。どうしようもなく、ね。
 シロナガスクジラが泳ぎ去ったあと、夜は、凪いでゆく。
 女子の赤いスカーフが、炎のように燃えて、揺らいでいる。

シロナガスクジラが泳ぐ頃

シロナガスクジラが泳ぐ頃

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-16

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND