にんじんのケーキと夜のものたち
にんじんのケーキ、というものを、ぼくは、童話のなかでしか、みたことがなかったので、じっさいに、ケーキやさんのショーケースに鎮座する、それをみたときに、一種の、感動、みたいなものが、うまれたのでした。
シーラカンスと、せんせいは、おどっていました。
もう、すでに、廃墟となった遊園地で、ときどき、ぬいぐるみたちが、遊んでいるのをしっているのは、ぼくと、せんせいくらいでした。うさぎ、くま、きつね、ぞう、らいおん、それから、シーラカンス。どれも、これも、遊園地が廃業となったとき、おみやげものやさんに取り残された、ものものでした。夜は、そういったものものの、時間であり、ぼくや、せんせいのように、眠らず、起きているためには、神さまとの契約がひつようでしたが、これは、案外、かんたんなことで、ほかのにんげんたちは、契約をめんどうくさがって、夜は、眠るもの、としているのでした。
もったいないねぇと、うさぎは言います。
うさぎ、くま、きつね、ぞう、らいおん、シーラカンスのなかで、唯一、ぼくたちの言語がわかるのが、うさぎなのでした。そして、ぼくたちとおなじ言語をあやつり、まるで、にんげんのようにふるまう、うさぎなのでした。ピンクのからだに、白いシルクハットをかぶって、白いタキシードを着て、水色のリボンタイをしている、うさぎを、せんせいは、さいしょ、結婚式でもするのかと思った、と言っていました。にんじんのケーキは、うさぎから、買ってきてくれと、頼まれた代物なのでしたが、うさぎは、ケーキをよろこび、うけとったあと、でも、なかなか食べようとしませんで、ぼくは、はやく食べようと、思わず急かしたのでした。にんじんのケーキは、にんじんの色っぽい、といわれればそうなのですが、ちがうといえばちがうような、そんな感じの色を、していました。らいおんが、ジェットコースターのレールのうえを、のそりのそりと、歩いていました。神さまが、月灯りを消したとき、夜はおわるのでした。
シーラカンスと、せんせいは、たおやかに、おどりつづけていました。
ぼくと、うさぎは、にんじんのケーキを食べました。くまが、観覧車のゴンドラのうえで、おおきないびきをかいていました。下から三番目くらいの、なかなかの高さにあるところで、嵐のときに吹き荒れる風の音のようないびきを、くまはかいていました。にんじんのケーキは、にんじん、というほど、にんじんの味はしませんでした。想っていたほど、そんなには。にんじんのケーキをひとくち、ふたくちとかじりながら、うさぎはぼやくのでした。
「あーあ、ぼくたちもはやく、街にすみたいなぁ」
神さまが、ぬっ、と手をのばし、月からたれさがるひもを、いまにもひっぱりそうなので、ざんねんながら、そろそろ夜は、おわりでした。
さようなら、またあした。
にんじんのケーキと夜のものたち