獣頭症の見えない未来
ある日突然、体の一部が動物化する奇病。主にその症状は首から上に出るため、一般に「獣頭症」と呼ばれている。
『かつては数万人にひとり、と言われていましたが今やそれほど珍しくもないですよね。タレントの○○さんも先日、獣頭症だと公表されました。健康研究センターが先日発表した、獣頭症有病率の推移グラフ、こちらですね。こちらをご覧ください』
大学の食堂で朝食が始まったのは2年前からだ。大学から徒歩5分の部屋を借りているタイラには願ってもないことで、今日も食堂が開く7時前に並び300円の朝食を美味しくいただいている。
朝が苦手な学生は多く、食堂にはまだ10人ほどしかいなかった。
『○○さん。ここ1年ほどの獣頭症の急激な増え方には、なにか理由があるのでしょうか』
『そうですね。まず生活習慣や食生活の変化が指摘されています。しかしそれでは説明できないと、私は考えています。患者に共通点がなさすぎるんです。様々なデータと照らし合わせて各所で研究が行われています』
タイラの家にテレビはない。地上デジタル放送が終了するとともにテレビはただの箱に戻り、そのうち捨てようと思いながら狭い部屋を圧迫するインテリアと化していた。代わりの情報源は、ネットとラジオだ。
『獣頭症って言ってもね、見た目以外の症状はまだ報告されてないって話じゃないですか。むしろ、花粉症や頭痛が治ったって人もいる。私なんかはね、これって人類の進化なんじゃないかなって思ってるんですよ。いずれ皆、獣頭症になっていく。むしろそれが当たり前になっていく。昨日、獣頭症の子たちを集めた男性アイドルグループのデビューが発表されましたよね。新しい方向に進んでいる、そんな気がするんですよ』
朝食メニューは一種類しか用意されていないが、特に好き嫌いのないタイラが困ることはない。和食になったり洋食になったり、意外と飽きない上に栄養バランスのとれた朝食を食べ始めてから体の調子も整い、疲れにくい気がする。
おかわりが一回だけ許されている味噌汁を貰うために立ち上がると、食堂に備えつけられたテレビには獣頭症アイドルグループの会見映像が映っていた。
『昭和生まれのやんちゃ男子、ペンギンのマサキです。イメージカラーはグリーン!』
『見た目は肉食系、中身は草食系。ライオンのタクト。イメージカラーは、レッドです』
『体力とやる気だけはあります!アクロバットが得意。サイのヨシヤです!せーのっ、ヨッシャー!!イメージカラーはイエロー!』
アイドルのつまらない自己紹介に、食欲を失いつつも味噌汁をしっかり貰って再び席につく。
――アイドル、ねぇ
タイラの目には、アイドルなんて到底勤まらないだろう地味顔で魅力など何一つ感じさせない人間の顔をした男3人が見える。
『獣頭症について街の人たちに聞いてみました』
『よく見かけるようになったなっていう感覚はあります。前ほど気にならなくなったかな。――私?うーん私はあんまりなりたくないですね。メイク困るし。早く予防法とか見つかってほしいです』
『すごいかっこいいと思います。皆もそう言ってるし。学校でも獣頭症になった子は人気があります』
『私はやっぱり怖いですね。特に肉食動物の方は怖いですよ。本能っていうんでしょうか。危険だ!って頭が判断してる気がします』
『今年(獣頭症に)なったんですけど、中身は変わってないんであまり自覚がありません。話のネタにはなるんで、営業には役に立ってるかな』
彼はなんの動物なのだろう。鹿か、馬か。
今までのタイラの観察によると、なんの動物になるかは、その人がなんの動物に似ているかで、ある程度予測できる気がする。ならば、鹿か。
テレビ画面を真剣に眺めてみても、なんとなく鹿要素があるようなないような普通の人間の顔が映っているだけだ。
タイラは思う。
自分がおかしいのか、皆がおかしいのか。
『今夜9時から、特別報道番組―獣頭症の未来―をお送りします』
世界は変わったのか。変わっていないのか。
「来週、フレンチトーストを出してみようかって話が出てるのよ。タイラ君はどう?」
「あ、俺好きですフレンチトースト。楽しみにしてます」
厨房側にいる食堂のお姉さん(敢えてそう呼んでいる)に答えた。
獣頭症の見えない未来