兎おいしかの山 その二

MK3

兎おいしかの山 その二

 母の実家へ泊まりに行くのは楽しみだった。
 ただ、就寝前が怖かった。
 入眠するまで緊張が続いた。

 大人たちは茶の間で歓談を続けている。
「もう寝ろは」母の声が合図となる。
 茶の間から寝床までそう遠くはない。
しかし道中、そして床に就き眠りに入るまで、ブルブル震えることとなる。

 まずは茶の間の隣の仏間。消灯済みである。
 畳敷きの和室。そこへ鎮座しているお仏壇と鴨居に並んだ歴代当主のお写真。
頭上から無言の圧力をひしひしと感じる。
 冬はもちろんのこと、夏の寒暖差が激しい地域ゆえ、室内はひんやりしている。

 仏間を通り抜ければそこが客間、今夜僕の眠る場所。
川の字に布団が敷かれている。

 ふすまを挟んだ右隣は祖父の部屋。
しかし祖父は茶の間にて娘との久方ぶりの再開に、積もる話に花を咲かせている。
 つまりは無人。
主不在という状況が、幼心に想像力をかき立てる。
 左手には床の間。壁には風景画の掛け軸が飾られ、床には花の生けられた花瓶が置かれてある。
昼は何でもない空間が夜はうらさびしい。

 そして部屋の端が母屋の端、つまり外と壁一枚で隔たれているということ。
 壁には大きな磨りガラスがはめこまれている。
外部からの視線を遮るため不透明な仕様となっている、別名曇りガラス。
 確かに内側である室内からも、外はぼんやりとしか見えない。
プライバシー保護の観点からいえば適切である。

 が、この窓にはカーテンが付いていない。これは何より怖かった。
日中なら問題ない、人が通ったところで。しかし、夜中となれば話は変わってくる。
 人影も幽霊も区別がつかなくなる。
例え足音が聞こえたところで、果たして誰が通ったのか気になって仕方なくなる。
 家人なのか隣人か、それとも……

 ここまで僕が怯えるのには訳がある。
母が幼いころに起こった出来事。
 昔、駅前で強盗事件が発生した。
 犯人は逃走。後に捕まったのだがその逃走ルートに母の実家の目の前、
左右に民家が立ち並ぶ直線道路が含まれていた。
 しかも通った時刻は人々が寝静まった真夜中。
住民は誰一人、逃走する犯人に気づかなかったらしい。 
 また町から遠く離れており、よほどの用がない限り訪れる人のいない土地柄から防犯意識が薄く、
昼夜問わず一日中玄関の鍵をかけない家が多かった。
 母の実家も同様で、翌日事件の全容を知り震え上がったという。それ以来、夜はしっかり戸締りするようになった。

 この実話以外にいとこ伝いだったと思うが、都市伝説めいた話を聞いたことがあった。
集落から少し離れた小山に、アスパラ団地と呼ばれるまとまった畑があった。
 そこに死体が埋められているというのだ。
登場人物や背景など具体的な内容がない噂レベルのものだったが、それでも幼心には深く印象に残った。

 夜になると死体が土の中から蘇り、殺した犯人を見つけるべく、山を下り家々を歩き回る。
玄関を、窓ガラスを叩きながら……
 想像力たくましかった自分はそんなありもしないストーリーを思い浮かべてしまい、
磨りガラスの向こう側が見えないよう、布団の中に潜り込み必死に眠ろうとした。

 暗闇は妄想をかきたてる。

 翌日、お墓参りに出かけた。
 前述した直線道路の終着点、家々と広大に広がる田んぼを抜けた先、うっそうと茂る雑木林の手前。
未舗装の地面、雨が降れば靴はたちまち泥まみれになる。
 ご先祖様のお墓、その隣に更地があった。その一角だけ、何ひとつ立ってやしない。
お参りを済ませた後、好奇心が湧きそこに足を踏み入れようとした。
 
 そのとき、母の声が響いた。
「だめ!そこは土葬だから」
 ゾッとした。

兎おいしかの山 その二

兎おいしかの山 その二

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-10

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