或るカッフェの女

美他人 猫

或るカッフェの女

私がまだ20代の若い頃の話しである。



私は滔々と降り続く秋の雨粒にうたれながら喫茶室へ急いでいた。

雨を避ける為にではない。雨の中、家をでたのである。此のような豪雨は村雨に違いない。しばし待てば日が差すかもわからない。急ぐ理由(わけ)があるのだ。



喫茶室の重い戸を押すと、女給が雨具を片付けてくれた。

外の景色が見える奥の角席。いつもこの席でカフェオレを頂くのである。

「雨が止んでから、来て下さってもよろしかったのに 」「この時間のあの席は開けてあるんだから」女給のひとりがこう言ったが、私は「そう言う訳にはいかない、他の客に申し訳ない」「取れなきゃ。又次の日曜にするだけ。気遣いはいらないですよ。」

「貴重なお客様を逃したら店が潰れちゃう」一番年傘らしい女給が冗談めかしてこう言う。それに「コーヒー一杯逃したって潰れはしないでしょう。悪い冗談だ。」と答えながら席についた。

いつも同じカフェオレだから、注文をとらずに運ばれてくる。いつもの茜という若い女給である。正直に言おう。私が半年通いつめている理由(わけ)は彼女を観たいがためである。此処で逢いたいと使わぬのはわざとである。客と女給の間柄以上の事は何もない。



ここで少し私の知る限りのこの娘について話す。年は18、9といったところだろうか?(正確には知らない)長い髪を後で束ねた女給結いから後れ毛の落ち葉が色白いうなじに被さっている。幼さの残る目は黒黒と大きく、馴れない薄化粧に淡いコーラルピンクの紅を引いている。肩幅の狭い撫で肩をすぼめて、若い女の子のあの自信なさげの姿勢が何とも可愛らしい。小さい背丈に白エプロンをしているから、なんとまあ。ままごとを想像して頂いければ大体あっている。



「いらっしゃいまし。今日もお勉強ですか?」

「はい。」と自分でもわかるほど素っ気ない返事をした。



無論彼女目当ての客は他にもいるようだった。



私は煙草を燻らせ文筆を進めていた。と斜向かいの4人掛に3人の客が着いた。



彼らは草野球の途中雨にやられたらしく。ユニフォームを泥水で汚した風体だった。



とくに気に止めず、筆を進めていたが、事態は変わった。火急に対処しなければ。



3人中の一人が馴れ馴れしく彼女に話しかけている。品位の欠けた言葉を吐いている。嗚呼なんということだ。困っているではないか!往々にしてこう言う輩はいるものだ、ある一定の確率で育つ。日本という国の教育上の副産物である。



私は1人のボーイを呼び彼女を接客から外してもらった。

ボーイにはそっとテーブル下から野口を2枚握らせた。



私の筆は中世の古城。幼い姫を守る近衛騎士を描き出していた。

秘めたる恋の物語はすでに佳境に入っていた。



結末をどう結ぶかが問題であった。古よりこのての話しは全て悲恋で終わるに違いなかった。私は大いに悩み。ついに筆が止まった。



何時もより長居して私は店を出た。



雨はとうに止んでいて、高い日陽がアスファルトの油を虹色に輝かせていた。



そこに目を疑う光景を見た。仕事帰りの彼女の姿らしかったが。1人ではなかった。迎いに来たらしいバイクの男に彼女は低い背丈から上目遣いで甘えていた。



「女は生まれながらに女優」私はつくづくこの言葉を思い。この時脳裏で結末を書き上げていた。



今日このカッフェは一人の客を失い。



中世の騎士も又ひとつの恋を失った。



-完-

或るカッフェの女

或るカッフェの女

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-10

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