いつか死ぬのだがら

あめのみやつこ

  1. 人は死んだら生き返らない
  2. 美しい朝
  3. 川沿いを歩きながら
  4. 女と私
  5. 山口の入れ墨

人は死んだら生き返らない

 人はいつか死ぬ。百年後、今生きている人の大半はこの世から去って誰もいなくなる。今いない新しい人たちで世界は埋め尽くされる。今存在している人は跡形もなく消えていなくなるわけだ。これは自然の摂理であって誰にもどうすることもできない。
それなら今生きている意味は何? こう、私はありとあらゆる人に問いかけてきた。この問いは、私にとって終わりなき命題であった。
小さい頃は両親に、少し大きくなったら学校の先生に、高校では同級生の友人に、大学に上がった時には親しくなった若い准教授に同じ質問を投げかけた。
今まで誰一人として、この問いかけに納得できる回答を与えてくれた者はいなかった。
ほとんどの人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で「そんなこと考える必要あるの?」と言うようなことを言った。
ある人は「自分たちは生まれ変わる」ことを信じきって語っていた。まあだいたいの人は輪廻転生を前提に語った。
だけど無理はない。生まれ変わりがないとしたらその人に行き場がないのだから。
 あれは小学校に上がったばかりだったから、六歳頃のこと。この歳になるまで私は漠然と「人は死んだら生きかえる」ものだと認識していた。
 ある時、故人であるテレビタレントの追悼番組を家族で見ていた時のこと。高いところにある祭壇の、さらにもっと高いところにある大きな遺影を取り囲む大勢の弔問客がすすり泣く映像をみて、私は不意に「何でみんな泣くの」と母親に問いを投げかけた。
「どうしてって、死んだら人は生きかえらないからでしょ」と母親は言った。
 人は死んだら生きかえらない。
母親の言葉から幼少期の私がショックを受けたのか、そうでないのかをあまり覚えていない。たぶん、俄かには、その意味するところを認識できなかったのではなかったか?
死んだ人が生き返らないのであれば……それ以上のことを、私は考えなかったのだと思う。意識が、まだ自他未分の状態だったのだろうか、この時は、ただ、母親の言ったことを聞き流したに過ぎなかった。
意識の中で、どのような変化が起こったか、私が思い出せることは一つだ。それは、川岸に一人で佇んでいる私。目の前が真っ暗な闇で覆われている光景、確か、そんなイメージが頭の中に浮かんだような気がする。
「死」に対する恐れは、時間の経過と共にやがてじわじわと何の前触れもなく、私の心の中に浸透してきた。

美しい朝

 私は母親のベッドから起きだして、窓の外を覗いた。そこにはいつもより眩しい太陽が燦然と輝いていた。光は街を生き返らせているようだった。
窓の外からは、街のシンボルであり、一番高いところを示している鉄塔が聳えていた。鉄塔のある東の方角から太陽が顔をのぞかせており、太陽光線が溢れるように街のあらゆるものをあまねく照らしていた。私はこの光景を生命の息吹のように感じ取った。神というものを思い浮かべる時、この時の光景と相重なって、イメージの残像として記憶に残っている。
どころでどうして私は立ち直ったのだろう。それから死を怖いとは思わなくなった。ただ、あの日を境に、生きることが有限であるということを強く意識するようになった。
この世には、全てを闇に覆いつくす「死」という怪物がいる。そして、日常、私はその怪物を忘れて生きている。夜になると、時々、「死」という概念を深い闇が連れてくる。
この世には「死」を忘れる程に、美しい朝がある。本当に両極端な光と闇、「死」を含んだ恐ろしい闇と生命の根源である光に満ち溢れた美しい朝。

川沿いを歩きながら

「だいたいそんなもんだよ。考えなくてもいいんだよ、そんなこと」陽子は私に云った。
「まあ、考えなくてもいいんだけどさ、無意味になっちゃうじゃんね、全てがさ」
「あんたは、まったく」と陽子は呆れたように言った。呆れたようでていて、どこか困惑しているような感じで彼女は眉を顰めた。
我々は川を見ながら歩いていた。
アスファルトで綺麗に舗装された河川敷は、自然の草木には悪いけど、とても歩きやすく、見た目にも整っていて自然に服を着せているようで、私は好きだ。私が小さい頃歩いた草ボウボウの道は、それはそれで自然そのものの風景であったのかもしれないけど、私が現代っ子なのだろうか、自然な風景より人工的に作られた風景の方を好むことが多々ある。
 陽子とは付き合い始めて二ヶ月が経つ。付き合った当初のぎこちなさがすっかり解けて今は言葉の掛け合いも恋人らしくなってきたように思う。このことに私は喜びを感じつつ、言葉を弾ませて喋っていた。
「死ねば何もかもがなくなる。勉強とか仕事とか財産を蓄えるとか過去にあったこと全部消えてなくなるんだぜ。死んだらさ、ストーンって目の前が真っ暗になって全部なくなる」
「死んだら生まれ変わるでしょ」陽子は私の死生観を否定した。
「でも人は生きかえらない」
「輪廻転生して生きかえるよ」
  私はそうは思えなかった。輪廻転生をして生まれ変わる、ということを信じていた時期もあった。ただ、虫に生まれ変わるとか来世は犬になるとか他人になるなんてことが果たして起こりうるだろうか?
「何の脈絡もないだろ、そんなの」私は呟いた。
「もし、死んで生き返らないとしても今を生きればいいんじゃない?」
 今を生きる、という言い方は、いささか「死」の事実から逃げて無責任なような気がした。
「でも本当に何で生きてんだろうね、私たち」と陽子も呟くように言った。
 そう云った後、我々は立ち止まって別々の方角を向いていた。陽子は東側の河川の方を向いていて、私は海のある方角を向いていた。

女と私

 穏やかに晴れた三月の散歩道。私と陽子は、最近、よく散歩をする。いろいろごちゃごちゃしている喧騒の街に行くより、こういった街外れにある河川敷や海や木々のあるところを私たちは好んで歩いた。二人で意識して自然な方向に向かっていく。こっちへ行こうとかあっちに行こうとかは互いに言わずに歩いていくことが多い。
河北には私鉄の路線が通っていて、十分置きに電車が通過する。地面を揺らすガタンゴトンという音が、これもまた、私には自然の風景の一部だった。人が造ったものも自然と溶け合っていて、人工物のない自然のままの風景よりも私は人が手を加えてできあがった風景の方を好んだ。しかし、一つだけ、こういった日常の光景を見てうんざりすることがあった。それは、どこに行こうとも、私は、一人になることができないという現実だった。
 私が本当に一人になることができる場所はこの世界にはない。逃げることができないのだ。綺麗に舗装された道路は、私を社会という牢獄に閉じ込めているようで、アスファルトやビルなどのコンクリート群はそのことを象徴していた。
 私はしばらく黙って風が吹いてる方へ顔を向けていると風向きが変わって陽子の髪の匂いを運んできた。
 いい匂いだった。女性のいい匂いは、髪から薫ってくるのだと聞いたことがある。男だって、同じように、毎日、髪を洗っているのに若い女の匂いばかり良いのは何故だろう。それから女の肌艶はきめが細かい。こういった女の清潔な特徴は、どうやら新陳代謝が良いからだと誰かが言っていた。子を産む身体に生まれついた女の身体は、男の代謝よりも激しく、代謝の速度が良いから肌に艶があるのだとか。それに呼応して、男が体験している時間と女の体験している時間は違うとも聞いたことがある。当然、脳の使い方も発達の度合いも違ってくる。私の感じていることや考えていることと陽子が感じていることは同じではないのだろうか? そのようなことを考えながら、私は上を見上げる。
 見つめているととても刹那くなるような、薄いブルーの空に浮かぶ陽の光に照らされて私は何かとても満たされたような気持ちになった。
「今が至上の時」私はどこか訊いたことのあるセリフを呟いた。
「ん? 何」
「何でもねーよ」
 笑って応えた私を見て陽子は「変なやつ」と言って私の尻を蹴った。

山口の入れ墨

 しばらくして我々は手を繋いでまた北に向かって歩きながらお喋りをした。
「ねえ、山口君の刺青ってどう思う?」
「刺青?」
「そう、山口君、夏休みが終わってクラスの必修の初めの日にね、腕に龍の刺青がしてあったの」
「まじか。気づかなかったけどな」
 山口とは、陽子や私も在籍する社会思想史研究の正木クラスの友人であった。彼はどこか私や陽子とは毛並みの違う人間だった。無頼といおうか、何といおうか、どことなく「荒野の狼」を思わせるような内面を抱えていた。
「なんか怖いよね」
感情のこもらない乾いた口調から、陽子が山口のことを得体の知れない人間のように感じているように聞こえた。
「山口の腕に刺青なんかあったか?」
「タンクトップになった時に肩から二の腕のあたりにみえた」
「そうだったかなあ? 四月に体育で裸になったの見た時には、何もなかったような気がするけど」
「五月の連休明けまでは、なかったと思う。最近、彼がタンクトップになった時に、腕に青いタトゥーが掘ってあった」
「ふうん。休みの間に入れたのかなあ?」
「たぶんそうでしょ」
「なんであんなもん掘るんだろうな」
「まあ、人の勝手といえば勝手だけどね」と陽子は云った。
「山口君にね、悪い噂があるんだけど」
「悪い噂?」
「黒い噂」
「悪い奴には思えないけどな。紳士的なやつだよ」
「あの人ね、怖い人たちとつるんでいるって噂」
「怖い人たち?」
「山口君のこと高校の時から知っている人がいて、右翼の人とか反社会的な人と付き合いがあるんだって」
もしそうだったとしても、なんてことないだろ、と私は思った。山口がどんな人間と付き合っていようと、彼は人間だ。
「本当に怖いのよ、あの人。あの人の周りにいる人が失踪したことがあって、あの人が関わったんじゃないかって噂もあるのよ」
女って生き物は、一度毛嫌いしたり、警戒すると、つくづくしつこくその人物の人格まで否定するところに少なからず違和感を覚えつつ、彼と出会った時のとこを考えていた。
風は緩やかに我々の背後から、ギュッと結ばれた二人の手に吹き付けた。この風は、同時に、草木を揺らしたかと思うと、今度は強く吹いたので、私と陽子は一瞬立ち止まって風が過ぎるのを待った。
「死ぬことって、そんなに怖くないかも」と陽子は少し上を見てから言った。
「怖いって言うか、孤独だろ。みんな独り死んでいくなんて」
「まあ、輪廻転生はあると思うけど、私にとって死んだ後、何もなくったって私には『今』裕二がいるから」
「俺がいるからって怖いだろ、死ぬ時は孤独なんだし……」
陽子は、この後、何も言わなかった。「刺青みたいな人間が手を加えることの方が怖いよ」と話しを、また、元に戻した。
「刺青は無意味だよな」
「刺青って、自分以外の人に何か決意みたいなものを見せつけてるわけでしょ? 」
「まあ、意味はわかんねーけどな」
「やっぱり怖いなあ、身体に刻印しているものって、残酷なことが隠されているみたいで。死ぬことよりある意味怖いかもよ」
「まあ、なんだかわかんねーけど、自分が生きていられる時間は有限だから、今みたいな時間が長く続けばいいや。勉強だとか働くだとか、そういったものことより、毎日、気分さえよければ、それでいいや」何気ない言葉ではあったが私は本心から、そう思っていた。あれこれ煩わしい人間社会に生きるよりも植物の方が気分が楽でいいのかもしれない。
「快楽主義ってこと」
「いや、快楽なんてものも色褪せていくし、後に何にも残らないからな。それに執着すると碌なことねーし……」
「ふーん、裕二が求めてるものは快楽じゃないんだ」
「ああ、昔は、俺も快楽の量は幸せの量だと思っていたけどな、今はそう思わなくなったな」
陽子はふむふむと頷きながら、私の手を再び握って、思いっきり上下に振った。
「……どうして生きてるのか、死ぬことがどういう意味をもっているか、一緒に考えていこう……」陽子は、相変わらず、屈託なく言った。
『死』とは向き合った方がいい。特に『今』のように一人じゃない時に『死』について考えればそれほど怖いものでもない。陽気になれる。今なら孤独とも向き合うことができる。私は、漠然と陽子を見つめた。そんなことを考えながら家路までの道のりを二人で歩いて帰った。

いつか死ぬのだがら

いつか死ぬのだがら

人はいつか死ぬ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-11-08

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