アーユルヴェーダ*拾

これちかうじょう

  1. 君が居たから
  2. だんだん心魅かれてく
  3. ドキッ

俺が何を選ぶと言うのだろうか?
冬至は悩みます。
そして近々やってくるのが中間テストです。
忘れないでください、あなたたちは学生なんです。

君が居たから

「よーす」
お見舞い、第二弾である。
脳外科に入院していたのは、理由があった。
何でも、頭の中に、脳腫瘍というものができていたらしく、
それが神経を圧迫して、血を吐いたり鼻血噴いたりしてたんだとのこと。
そして何より、その圧迫こそが、
運動神経を傷つけてしまい、柳瀬橋は歩けない体になってしまった。
「もう俺、自転車乗れないんだ」
「…うん」
中学1年の時、柳瀬橋は自転車に乗ることができなかった。
それは心臓が弱いからで、そして交通事故で父親が他界しているからこそ、
おじさんおばさんが過保護になって、自転車を遠ざけていた。
俺はそんなこと知らないもんだから、悠々と自転車で柳瀬橋家に遊びに行き、
「俺も乗りたい!乗りたい!」
と柳瀬橋の自転車愛に火をつけてしまったのであった。

「それに普通に歩くこともできないんだよ、あーもう最悪」
「いやいや、そういう簡単なことじゃねえって」
「1年の校舎って4階建てじゃん?4階まで俺上がれないもん、もう退学なのかな、
 あーやだなー」
「…」
どこか真剣みがないというか、にわかに遊んでいるかのような話し方だ。
まあ、本人はショックなんだろうけど。
「でもね、俺ね、嬉しかったんだあ」
「何が」
「中村が必死こいて土下座してくれたこと」
「は?俺がいつそんなことしたよ」
「この前来てくれたじゃん、あれ、俺さ、なんつうか、浮遊?
 寝ている自分を上から見てたっていうような、そういうやつでさ、
 そしたら中村が俺の親に頭下げてくれたろ?
 すんげえ恥ずかしくてさ、でも嬉しかったの」
幽体離脱というものを体験していたらしい。
俺のしにんととしての力も、そこで見ていたんだろう。
「でもすごいね中村、昔からあの2人見えてたのか?」
「まあね」
「俺はこの前が初めてだよ。親より年取ったことになんか変な感じ」
「いくつだったんだろ、あのふたり」
「12だよ」
「12!?そんでお前産んだの?」
「最期は植物人間状態になってのお産だったってさ、本人から聞いた」
「…本人ねえ」
何気にSF感満載なんですけど。

「でも意識戻ってよかったよ、だって襟が植物人間になるって言ってたからさ」
「俺もね、それは確信してたんだけどさ、神様に逢っちゃったんだよねー」
「神様?」
「名前は聞かなかったんだけどさ、髪の毛の長い女の人だったよ。
 その人が、中村が待ってるから、橘が待ってるからって、
 まだここで死んじゃ駄目だよって言って、そしたら目が覚めたんだ」
「ほえー、神様ってそんなんできんの」
「女神様っていうのかなあ、でも不思議なことにさ、その神様、
 近藤と同じ服着てた」
「近藤って、吹奏楽部で一緒の近藤か」
「服って言っても制服だけどさ、女子の冬服。それ着てたんだ。
 あの神様、もしかしたら先輩の中に居るのかもね」
不思議な話だ。
神様なんて俺は信じないけれど、でも結ちゃんのこともあるしな、
いるのかもしれないな、と俺は思い始めていた。

「なあ柳瀬橋」
「何」
「あのな、俺、今までずっと黙ってたけどさ」
「うん」
「入学式の日に、結ちゃんとさ」
「4月8日?」
「その、しちゃったんだよ、…あれを」
「…そーだろーなーとは思ってた」
「ほ」
「だって見てて分かるもん。お前藤原先輩のこと好きじゃん。
 なんだかんだ文句言っても、結ちゃんってちゃんづけで呼んでさ、
 弁当食う時もすげえ嬉しそうだったし、居候だっけ?それ始めてからお前、
 顔色よくなったっていうか…だから心身共に藤原先輩に助けられてんだなって、
 俺は分かってたよ」
くさい台詞を普通に言う、親友が。
何気にいろいろ俺のことを理解してくれていた。

「俺もね、倒れる少し前にさ、橘としたんだよ」
「え」
「いやあ恥ずかしいというか意味不明というか、でもあいつさ、すげえ俺のこと好きって言うの。
 だからもういいかって思ったらできたんだよね」
「橘のこと好きか?」
「うん、好き」
そっか、と俺は頭を掻いた。
あんまりこういう病院で話す内容じゃないけれど、それでも慎重に、かつ丁寧に、
俺たちは行動できていると思う。
初恋という、微妙なアングルでもって、相手を想うことが。

「あー、やだなんて言うんじゃなかったなあ」
「どしたん」
「結ちゃんにキスされそうになったの、俺、やだって言っちゃった。
 だってその前にいろいろあったから、そのついでにって感じだったから、
 もっとムードとか考えてよって思ったから」
「藤原先輩、きっと優しい人なんだよ。俺さ、部長のこと訪ねて2年8組行ったことあるんだけどさ、
 楽しそうにしてたよ?天野先輩と一ノ瀬先輩、それと部長と藤原先輩の4人でさ。
 部長と一ノ瀬先輩が喧嘩するのを止めたりさ、そういうの、いいなって思った。
 俺たちもさ、ふたりだけじゃなくてさ、もっと交友範囲広げないとって思わない?
 そうそう、近藤がね、中村と喋りたいって前に言ってたんだ。
 ホルンのこと、いろいろ聞きたいって」
「じゃあ今度喋ってみる」
「近藤はクラリネットやってんだ。部長はピアノとかバイオリンとかトランペットとか、いろいろ。
 俺はフルートって、知ってるか、はは」
「吹奏楽部、いいじゃん」
「応援団は」
「うん、こっちもなかなか面白いよ。2年生トリオってすげえ足が速いの。俺、置いてけぼりくらってる」
「お前足遅いもんなあ」
「お前に言われたくねえわ」

それから長々と喋ってしまった。
疲れたのか柳瀬橋がうとうとしてしまったので、俺は帰ると言った。
「病み上がりに悪かったな」
「手術はうまくいったって、橘にも言っておいて」
「うん、じゃあリハビリ、頑張れよ」
「ありがと」
嬉しかった。
こうもいろいろ話せたのが。
そして、柳瀬橋が無事だったのが。
何よりも、心から嬉しかった。
また話せる、またセッションできる、また一緒にいられる。
「お前1人で来たの?」
「うん、結ちゃんはまだ学校だ」
「大丈夫?ひとりで帰れるの?」
「そりゃあ、居候だけど、帰る家はもうあそこしかないからさ」
今日も弁当、うまかったな。
好きなおかず入れてくれるし、ご飯も炊き加減が絶妙で。
「じゃあ、また」
「うん」

嬉しくても泣けるんである。
悲しくても、泣けるんである。
俺は今、どっちの『泣き』をしているんだろうか?
ああ、早く帰ろう。
そして、結ちゃんに言わないと。
弁当も、ご飯も、毎日おいしいって言わないと。
ありがとうってたくさん言いたい。
俺のために頑張ってくれる美人を、喜ばせたい。

************************************
「…おかえりなさい」
ほっとした。
帰ってきた。
「た、ただいま?」
「ご飯」
できてる、と俺は言う。
「今晩のおかずは何」
「ハンバーグ」
「うっほー」
「それと付け合わせでポテ」
トサラダ、と言おうとして、俺はあれ、と思う。
何だか、いつもの冬至と違う気がするけれど。
「結ちゃん、ちょっとしゃがんで」
「?」
「いーから早く」
「…こう」
両手で頬を撫でられる。
何をしてるのかと思えば、冬至が屈んでそのままキスされてしまった。
「この前はやだって言ってごめん」
「とう」
「本当はやじゃなかったの」
「うん」
まだ、好かれているとは思ってもいないけれど。
確信も持てないのだけれど。
「やな時は言うから、それ以外だったら応じるから」
「…うん」
目がちかちかした。
世界が明るい。
やはり、君が居たから、全てのドアが放たれる。
心が息づいていく。
「ありがとう」
「は?」
「ありがとう」
「…おうよ」
嬉しい。
ただその一言に尽きる。
人を好きになるということは、それ以上に、触れたいと願ってしまうもの。
それが叶うと、こんなにも嬉しいのかと、
俺は死ぬほど痛感した。

だんだん心魅かれてく

「結ちゃん、隣いいか」
枕を引き摺って冬至がやってくる。
俺はドキドキしている。
さっきのことを思い出しては、胸が逸るのを抑えられない。
「おい、聞いてんのか」
「うん」
「じゃあいいんだな、隣で寝るぞ」
「うん」
懐かしい人々、懐かしい風景、その全てと離れてもあなたと歩きたい。
そういう歌があった。
麦の歌。
冬至は多分、いろんな葛藤を抱えているんだと思う。
中村家を出て、居候とは本人は言い張っているけれど、
もう藤原家の食卓には冬至が欠かせない。
父も母も、そして職人さんたちも、冬至が今度は何杯おかわりをするのかを賭けているくらい、
すっかり馴染んでいる。
俺はいそいそとおかわりを準備する。
空っぽになったジャーを見れば、嬉しくて笑みがこぼれる。
そういう、あたたかい家庭というのを、冬至に教えたかった。

「あーぬくいぬくい」
「冬至」
「何」
「柳瀬橋、どうした」
「うん、大丈夫大丈夫。今は歩行練習をしてるんだ。歩けないってわけじゃなくて、
 リハビリすれば杖とかで歩けるようになるって。若いっていいねって先生に言われたんだって」
「…杖」
「中学ん時からあいつ、体育とか運動会とか見学だったし、俺も俺でばてちゃって一緒に休んでたりしたんだ。
 まあ、もやしの俺と、ひ弱なあいつみたいな」
「…うん」
「でもさ、応援団で今俺、走れてるでしょ?3キロは余裕になったし、今度は5キロでもいいよ。
 そんでいつかは結ちゃんたちと普通に走れるようになりたいな」
「うん」
「体育祭ってあるんだろ?高等部も。中等部はこの前春の大会やってたよな。いつやるんだ?」
「前期は6月、後期は9月」
「2回もあるんかい…」
「その前に」
「ん?」
中間テスト、と俺は呟く。
「何、それ」
「中間テスト」
「いやだから、それは何」
「5月の末にやるテスト」
「げ!」
1年の中間テストの結果いかんでだいたいの位置を掴むのが通年だが、
冬至ってどれくらいの成績なんだろうか?
長谷川たちに言わせれば『超馬鹿』なんだけれど。
「あと2週間くらい」
「まじか、まじなのか」
「まさか」
「ほえ」
「授業、聞いてるか」
「…」
「冬至」
「き、聞いてないじゃんよお!だって午前の授業は朝寝のため、午後の授業は昼寝のためにあるんだぜ!」
がく、と俺は言葉をなくす。
寝てるのか、全部。
「そういう結ちゃんは学年で4位だっけか?どうしてそんなに勉強ができんの?いつ勉強してるんだ?」
「授業を聞いてるだけ」
「へ」
「授業中、ノート取って、先生の話を聞くだけ」
「神業だね!すげえや」
普通のことなんだけれど、冬至にとってはどうやら離れ業みたいな感じに思えたんだろうか。
「4人でいるの、楽しい?」
「?」
「天野先輩と一ノ瀬先輩、そんでもって城善寺先輩と結ちゃんだよ」
「…」
楽しいと言えば、楽しい、のか。
「お前と柳瀬橋と同じくらい」
「まあそうだね、人数じゃないわな、密度だわな」
「去年から」
「去年?」
「11月から、ずっと見てたから」
「…何いきなり、怖い話しないでよ」
そうそう、11月がどうのって誰かも話してたよな、と冬至が頷く。
「結ちゃんて俺のこといつから好きなの」
「11月」
「去年の11月?」
「うん」
「何があったんだっけ、去年の11月」
「学校説明会」
「あ、あー、そうだそうだ、そんなのに参加したわ俺」

去年の11月13日。
学校説明会というのは、新入生となる現中学3年生を相手にした、
入学説明会のようなもので。
そこで部活動代表として応援団とか野球部とか、活動を発表するのが通例だった。
俺はそこで冬至に一目ぼれをしている。
冬至は忘れているんだろうけど、俺は覚えている。
いつか、思い出してくれればいいなとは思う。

「ふわーあ」
「もう寝よう」
「うん、おやすみー」
ぎゅむ、とスウェットを掴まれる。
いつも泣いてばかりだった冬至がもう泣いていない。
それだけで俺は満足だ。
そして、選んでくれた。
それに満足することなく、俺は明日も弁当を作る。
だんだん、今まで以上に心が魅かれていく。
手塚先輩には知られたくない。
冬至は渡さない。
「おやすみ、ふゆちゃん」

ドキッ

「むがー」
ぐるぐる巻きなんである。
勉強をしろ、と迫られたかと思えば、
椅子にぐるぐる巻きにされているんである。
「結ちゃんは馬鹿か!俺に勉強させようとか思ってんじゃねえよ!」
「1時間だけやれ」
「5分ももたないー!」
「いいから」
両手までぐるぐる巻きにされてるんだから、シャーペンも持てないじゃないか!
それなのに勉強しろしろとうるさいので、
俺は黙って目の前の教科書に目を落とす。
ちんぷんかんぷんだ!

「結ちゃんが教えてくれよ!」
「できない」
「どこまで不器用なんだお前は!」
「できないものはできない」

そんな夜の一時を超えれば、添い寝タイムである。
俺は俺で快眠であり、結ちゃんも結ちゃんで快眠である。
もはや自分の部屋なんて荷物置き場だい、と俺は開き直っている。
それくらい、結ちゃんと添い寝の毎日だ。
「治ってきたなあ」
左手が包帯まみれから解放された。
よくよく見れば縫った痕も見られて、重症だったんじゃないのと思うのだが、
本人は痛くない痒くないという感じで、
じゃあ俺も気にしないよと思いつつ、手でその左手をいじっている俺である。
「結構血が出たもんなあ、俺だったら包丁なんて怖くて触れないよ」
「包丁は友達」
「は?」
「まな板は友達、やかんも鍋も、フライパンも友達」
「おばあちゃんの仕込みか」
「針も糸も、ミシンも友達」
「お前の幼少期時代が悲しくなってくるわ、俺、寂しいわ」
ただ、ドキッとする瞬間がある。
結ちゃんが少し眠そうに瞬きするとき、が美しいのである。
「まつ毛長いね」
「…?」
「結ちゃん、綺麗だよ」
「…?」
分からなくていいのだ。
当人に、綺麗だよと言っても、自分が綺麗なのかどうかなんて、分からないのだ。
「もう寝よう」
「うん」
この関係性を何ととらえるべきだろうか。
兄弟じゃないな。
恋人でもない。
まだまだ、発展途上の、
未発達の初恋同士だ。

アーユルヴェーダ*拾

テストの結果はどうだったんでしょうか。
そして運命の5月末にふたりは向かいます。
中村家の実情、藤原家の食卓。
最終的に冬至が選ぶ未来はどっちなんでしょうか。
是非とも次回、お付き合いくださいませ。

アーユルヴェーダ*拾

中間テストがやってくる。 勉強しないと、多分、進級とか無理になる。 いろんなことがありすぎて忘れてたけど、 俺、まだ高校1年生だったよ…。

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  • 短編
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  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-11-07

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