紙一重その三

紙一重その三

 高校時代、通学手段は主に自転車だった。
 北国ゆえ積雪量が多く路面も凍結しがちのため、
冬が始まると電車に切り替わったが、春夏秋は風を切ってペダルを漕いだ。

 最近は自転車交通事故多発に伴う道路交通法の改正によって、
地域で状況は異なるが音楽を聴き自転車に乗っていると違反対象となってしまう。
 この摘発回数が重なれば反則金納付の上、安全講習を受けなければならない。

 その点、僕が十代の頃はまだ規制が緩かった。
 ポータブルカセットプレーヤーから流れるメドレーにノッてチャリを飛ばし、
爽やかな歌声や軽快なリズムで気分の重くなりがちな朝を乗り切っていた。
 
 だが入学したての頃は道のりに慣れていなかったため、
同じ中学出身の友人と二人、一列になって通学していた。
 この道であっているのかおっかなびっくり、スピードは緩めで、
路地や十字路を慎重に渡る安全運転に努めていた。
 音楽を聴くなんてもってのほか、会話さえ必要最小限。
 雨の日の傘さし運転となれば、それこそ必死だった。

 そんな安全教室の模範走行のような日々も早々に終わりを告げた。
慣れに独り身の気楽さが加わり、朝は一人で通う場合が増え始める。
 彼は理系僕は文系とクラスが違うこと、教室入りのタイミングも異なっていたため、
各々のペースで家を出て好きなルートで投稿する。

 それでも同じ部に入っていたため、帰宅時は彼と一緒の場合が多かった。
 一時的とはいえ学校というしがらみから解放され、
校門閉門という問答無用のリミットが存在しない放課後は断然リラックスできた。
 たまには寄り道もした。
おやつを食べたり自販機でジュースを買ったり。本屋での立ち読みも楽しかった。
 中学時代味わえなかった娯楽を月のお小遣いが増えた恩恵、その範囲内で享受していた。
 制限が撤廃され世界が広がった気分。
思春期特有の世間を甘く見る向きがあったと思う。自分だけは大丈夫、そんな過信も確かに存在していた。
 気分は緩んでいた。
 その分、危険は近づいていた。

 ある日の夕暮れ時、部活からの帰路。
ぐだぐだしゃべりつつ歩道を走っていた。
 十字路に差しかかった。目線を上げる。
車両用信号機は緑、歩行者用信号機は赤。
 片側一車線ではあるが広めの道幅、帰宅時間帯と重なり通行量は多い。
目の前を車がビュンビュン通り過ぎていく。
 横断歩道手前で自転車を止め、信号が変わるのを待つ。友人が右、僕は左という並び。
右に視線を向けると、黄色と緑のランプが点滅している。もうすぐだ。
 変わった。
友人が一足先にペダルを踏み込む。
 その時。

 猛スピードでオートバイが左折してきた。
運転手が友人に気づいたようで、急ブレーキをかけた。が、遅かった。
 カーブで曲がるため車体を傾けていた大型二輪は倒れ、
軋み擦れる甲高い音を立てながら、アスファルトを勢いよく横滑りしていく。

 友人は踏み出した瞬間気づき、ギリギリで自転車ごと横に倒れていた。
接触もけがもなかった様子。
 交差点へ入る直前、遠心力でバイクの車体が膨らんでいたため双方の距離が広がり、
運よく二台が衝突することはなかった。

 フルフェイスヘルメットにバイク用レーシングスーツと完全防備のライダーは、
バイクもろとも豪快に倒れながらも見た目は無傷で、横滑りが止まると間もなく自力で立ち上がり、
「大丈夫だった?」とこちらに声をかけてきた。
 声が出ず頷きで答える友人。
 突然の出来事に放心状態の僕。
 周囲のざわめきが聞こえてくる。

 もしも自分が車道側にいたなら。
 勢いよくペダルを踏み出していたら。
 ゾッとした。

紙一重その三

紙一重その三

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-07

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