日々

鉄橋

 私は小さな紙袋に包まれた箱を取り出すと中のカプセルを下から順に包装シートから机へ落とした。全部で十二錠であった。机の前の方で横になりながらテレビを見ている妹は我関せずといった風であった。鳥の模様が描かれたガラス製のコップにお茶を満たしていく。十二錠を全て口に含み満たされたコップを自分の口の中へと傾けて流し込む。錠剤は喉につかえることなく体内へと流れ込んだ。
 所謂OD、オーバードース、過剰服薬。呼び方はなんでもいいが私がそれに及ぶのになにか大きな理由があったようには思われない。若者らしいその場の勢いが全てかと言ってしまえば決してそうだとは思いたくないがそうまとめられてしまっても仕方はないのかもしれない。空虚で怠惰で自堕落な生活を暫く続けているとそういう気分にもなるのだ。勿論万人がそうではないだろうが、私の場合はそういう傾向があるのだ。ある人がこれを言い訳だと言ったら私はああそうだよと言って下を向くしかない。
 元の高校への最後の登校を終えてから暫くが経っていた私はいつ終わるとも分からぬ空白期間を過ごしていた。恐らくそう長くは続かないであろう空白期間を。なにも私が満を辞して高校を卒業したなんてわけではないのである。ただ別の高校への転校を決めたのだ。テレビでは首里城が燃えていた。私はちょうど元いた高校が今沖縄へ修学旅行へ出ていることを思い出したがそれ以上の懐古には至らずリビングを離れた。
 自分の部屋の淀んだ空気を心地よいと思う。少なくとも澄んだ循環し切った空気なんかよりよほど私の体に合っている。机の上には面倒になって塗るのもやめてしまった軟膏の処方箋が二つほど散らばっていた。
 服薬から三十分か一時間かそこらが経って急激な眠気に襲われたのを覚えている。そういうものなのだ。私がリストカットやODで体を傷つけることを止める人は少ない。悲しく思っている人は少なくないと思う。自分でも不如意にしてしまっているような節があるのでこんな自分を哀れには思うがどうしようもない。きっと何かを拗らせてしまっただけなのだ。
 かつての高校にいたいくたりかの学友のことに思いを馳せ、Twitterに書き込む、書き込む。時間が過ぎるのを、効果が出るのを待つように文字を玩弄し咀嚼せずに吐き棄てる。なにも面白いことのない虚無で退屈な毎日。自分が面白くない人間だから、毎日も面白くないのだろうが面白い人間とはいったい誰目線なのか。つまらない人間でも楽しめるような社会にするべきだ。このやろう。破れた壁の穴に手を突っ込む。そこには管があって木材があって冷えた空気がある。冬には寒くなる。かと言って夏は涼しいかと言えばそれほどのことはないのだ。
 頭がふらふらしだした。揺らすたび残像のように意識がおくれてそこにあったことを後追いする。こうなってくるとそろそろ楽でもないのでイヤホンをつけて音楽を脳に流し込む。ひどい酔いのような感覚、目を閉じれば遍く妄想が脳裏をかけるが、それは脳が許容しきれない量でもあるのであまり楽しいものでもない。それまでは現代思想11月号の反出生主義を考えるなんか辛うじて読めてはいたが、流石にそれを続けられる状況でもなくなってくる。少しの吐き気を催す。ベッドに横になりながら布団を被り、イヤホンで好みの音楽を流す。つまらない音楽を、俗悪な音楽を。
 私はODをしてもトリップできない、気持ちよくなれない体質だというのにODを繰り返してひまうのはもうある種病的なものがある。ただ眠くなって苦しい酔いが続き吐き気を催して場合によっては吐いて寝て十時間以上経ってやっとおわりである。なにもいいことはない。内臓も荒れるしお金もかかる。どうせ気持ちよくなぞなれないと内心分かっていながら、買う銘柄を変えるたびに一縷の望みをかけては裏切られている。
 私は眠気を感じながら眠れずに長時間横になりながらするともなくTwitterに耽っていた。こういう日は大抵よく眠れず苦しむだけ苦しむのである。にしても自ら望んでかは分からないが、分かっていながら苦痛へと走ってしまうのはどういうことだろう。こんなことをしても生きている実感なぞ手に入らないし寧ろ虚を漂わされている気すらしてくる。
 自分が鬱病患者なのだということをありありと感じさせられてしまうような、そんな気分になって冗談じゃなく死にたくなる。いや冗談なのかもしれない。冗談でもつかないとやってられないからそうやって自分を偽っているのかも。嫌な泥沼の思想にはまって薬も抜けきらず最低最悪な気分になる。
 深夜5時、自分の部屋を離れてリビングに降りる。冷蔵庫から三ツ矢サイダーを取り出して鳥の模様のコップに注ぐ。コップ一杯を一気に飲み干せば脳が泡立つような感覚を味わうことができる。それから誰もいないリビングのしじまをテレビで破壊する。特段みたい番組があるわけでもないのですぐに消す。画面はふっつりと映し出すのをやめてしじまがまたリビングを満たす。
 次の日、起きるとほぼ薬は抜けて脳が揺れることもなくなっていた。私は食べたくもない朝食をとり、怒りをぶつけるように歯を磨いた。することもなく自分の部屋に篭り横になって時間を徒費する。そんないずれ終わる日々を愛しいとも思わず、ただ憎々しいと思う。唾棄すべき日々だ。
 机の下に佇んでいるキャリーバックを眺めて悲しくなった。親が私の為に、修学旅行の為に買ってくれたというのについぞ使うことはなかったキャリーバックよ。私は親に迷惑をかけ過ぎている。そんな事実がそのキャリーバックの中に詰め込まれているようでただ悲しかったのだ。

日々

日々

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-05

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