落とす者ときっぷの良さ
落とす者ときっぷの良さ
昔からよく物を落とす。
頭の中の引き出しを開け、最も古い記憶を探ってみる。
それは小学校二年生のとき、誕生日プレゼントとして両親に買ってもらったラジコン。
緑色の4WD仕様、ジープラングラータイプだった。
ほとんど遊んでおらず操縦もおぼつかなかった、買って二日目の夜のこと。
遊び終えたラジコンを、二階へ上がる階段の端っこに置いていた。
思い返せば危険な場所、そして位置。しかもフロント部分が一階廊下側に、ちょっとはみ出していた。
まだ背の小さかった僕や妹ならともかく、
通りすがりに両親や祖父母の肩がぶつかれば、タイヤが回れば車体は動く。
そうなると、階下へ真っ逆さま間違いなし。
実際そうなった、当然そうなってしまった。
当時の僕は齢七つ。軽くて持ち運びやすい、ゆえにボディは薄くて壊れやすい、手ごろなお値段の品である。
簡単に壊れてしまった。
タイヤは外れサイドミラーは曲がり、プラスチック製のガラスにひびが入っていた。
テカテカに光っていた鮮やかな塗装はところどころ剥げ、下地が見えている。
「なんでこんな危ないとこに置いたの!?」母にこっぴどく叱られた。
たったの二日であっさりおじゃん。
そりゃ怒るのが当たり前、怒らなければおかしいくらい。
それ以来、僕は二度とラジコンを手にしていない。
日本中を席巻し男の子諸君を魅了した第一次ミニ四駆ブームのときでさえ、壊してしまう恐れから手をつけなかった。
このように幼少時からコントのごとく鮮やかに物を落としてきた、
そんな黒歴史のなかでも最たるもの、回数ランキングナンバーワン。
それは切符。
そのなかでも各種乗車切符、これに関する失敗が非常に多い。
市の中心部、玄関口たるターミナル駅まで一駅という好条件に実家があるため、
繁華街へ出る際には電車をよく使う。
免許を取った後も駐車料金を考えれば往復四百円未満で済む上、
十分足らずと車の半分の時間で駅前までたどり着くため、JRの利用は多い。
車社会である地方都市であっても、置かれた環境によっては都会のような移動手段を活かすケースもあるのだ。
本数、一時間に一本だけど。
不名誉な称号ではあるが自称落とす者としては、できれば電子マネーを使いたい。
切符と比べサイズが大きいし、差し込むよりもタッチする方が改札時の緊張感が下がり安心感は上がる。
だが悲しいかな、残念なことにここにきて、抗えない地域間格差が生じてしまうのである。
実家最寄りの駅は未だ、駅員さんの手作業なのである。
夜間帯の不在時は常設ポストへ切符を投函するシステム。
うっかりできない理由がここにある、しっかりしなければならない。
電車以外、バスに乗る際も注意が必要だ。
県内ではほとんど利用しないバスだが、県外へ脱出する場合は選択肢一位となる。
特に日本版リトル・トーキョーの表口たる隣県のターミナル駅まで行くには、
電車と比べ高速バスの方が時間に料金、停車回数においてもお得なためである。
通勤通学、お買い物と用途多様、便利な足。
しかしバスにおいても悔しいかな、電子化の進展は思うように進んではいない。
通るルートは同じでも、運航会社が違ったり片道乗車であれば現金のみ、というルールが設定されている。
電車の改札と同じくらい、バスの運賃箱はプレッシャーを強いてくる。
あの間口の狭さは集中力を必要とする。
加えて後方に降車待ちの列ができてしまうと、切符のふやけを危惧せんばかりに手汗が噴き出てしまう。
扱い下手な自分が恥ずかしくなってくる。
落ち着かねば、焦るんじゃない。
視点を変えれば見える世界も変わる。一度切符を見つめ直してみよう。
紙は薄くて軽い、落ちても音が立たない。
折れれば入りにくくなり、濡れると印字がにじみ始める……
なんて繊細、まるで女性のようだ。
よし、当面のスローガンはこれでいこう。
『エスコートはエレガント且つセクシーに』
我ながらスマートな考えかと思う。
落とす者ときっぷの良さ