水族館はすこしだけ宇宙に似ている

あおい はる

 たきびをかこんでいるのは、りす、くま、きつね、たぬき、など、森に棲む、おきまりの彼らで、ぼくは、きょうは、すこしはなれたところから、どうぶつたちと、せんせいが、おだやかに話し込んでいる様子を、眺めていました。野鳥観察をするために、せんせいが設置した、手作りの、丸太のベンチに座って、せんせいが淹れてくれた、ノンアルコールの、ホットサングリアを、飲みながら。
 水族館に、行ったのです。
 せんせいと。
 水族館、という場所に行くのは、ほんとうに久しぶりで、ぼくは、イルカに、サメに、アシカに、ペンギンにと、ちいさな子どものようにはしゃぎながら、彼らを観ていたのでした。優雅に泳ぎ、にんげんの言う通りに動き、あたえられたエサを食べて、生きている、彼らを。せんせいは、大水槽の底や、岩の陰に潜んでいる、ウツボを、ずいぶん熱心に観ており、好きなんですね、と言えば、模様をじっと見つめているとくらくらしてくる、と答えました。ぼくよりも、うんとちいさな子どもたちは、水槽に顔を近づけて、知っている魚のなまえを、くりかえし呼ぶのでした。タイ、エイ、サメ、クジラ。クジラ、というのを、世間一般で認知されている、マッコウクジラや、シロナガスクジラ、ザトウクジラでしかないと、うんとちいさな子どもたちは思っている節がある、と呟いたのは、せんせいで、イルカもクジラであると、でも、せんせいは大人なので、くちにはしなかったのでした。せんせいは、水族館に行くと、やや面倒くさい感じの大人になるのだと、ぼくはきょう、はじめて知りました。
 そういえば、ミュージアムで、せんせいは、ぼくに、青い石のついた、イルカをかたどったピアスを、買ってくれました。
「きみの褐色の肌に、よく似合うと思って」
と言って、車のなかでつけてくれたときの、どきどきに、ぼくはしばらく、うなされるかもしれません。触れられるのには、まだ、なかなかなれませんで、きんちょうして、せんせいの、体温を感じた部分は熱をもって、その瞬間の、せんせいの表情や、指の動きや、くちびるの形なんかを思い出して、余韻に浸るのでした。そのあいだの、ぼくといえば、いやはや、なんとも情けないくらい、へろへろになるのです。
 故に、今夜は、せんせいと、どうぶつたちの話に、どうにもついていけないような気がしたので、ぼくはすこしはなれたところに、います。
 せんせいの淹れてくれるホットサングリアは、ひとくち飲むと、からだのなかがカッカッと、燃えるように熱くなるのですが、その感覚は、非常に心地よいのです。ときどき、きこえてくる、甲高い笑い声は、きつねのそれで、わっ、という歓声があがると、みずうみの上で、星がはねます。
 流れ星が、みずうみの底に沈む前に、水面で青白く光り、踊るのです。

水族館はすこしだけ宇宙に似ている

水族館はすこしだけ宇宙に似ている

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-04

CC BY-NC-ND
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