七時の蜜事

 空から降ってくる星の死骸を拾い集める仕事、というのを、くまはしていて、くまは、おなじアパートの、ぼくの部屋のとなりを借りていて、でも、ほとんどつかっていない、なんだか、倉庫、みたいな感じになっているので、ちょっともったいなくないかな、と思うのだけれど、けんかしたとき頭を冷やすのにちょうどいいのだと、くまは言うのだった。

「いつも、朝早いから、申し訳ないのだけれど」
と謝りながらも、くまは、おふとんのなかでぼくを、ぎゅっと抱きしめる。くまは、たぶん、みんなが想っているほど、ふかふかはしていなくて、どちらかといえば、ごわごわしていて、それから、かなり、けものくさくて、ときどき、無意識に爪をたてるから、からだが、すこし痛い。カレーをつくるのが好きで、お休みの日は一日中、カレーを煮込んでいる。ライスよりもルウ多め派で、福神漬けは必須党、で、ぼくは、あまりこだわりがないので、食べられれば、それで、と思っているひとなので、なんだかわるいな、とも思うのだけれど、そんな細かいことを、くまは気にしない。星を拾うのも、カレーをつくるのも、丁寧に行うくまであるが、一種の興奮状態になると、我を失ってしまうひとなので、ぼくのからだには、ひっかき傷のほかに、噛んだ跡も残っていて、ぼくは、それを、鏡で眺めては、うっとりするのだけれど、くまは、申し訳なさそうに、ぼくの傷跡を、舐めるのだった。決して、ごめん、とか、もうしない、とか言わないあたりが、やっぱりぼくは、好きだと思うのだ、くまの、そういう、本能をたいせつにしているところというか、欲望に忠実であるところというか、ひどく動物的なところ、というか。

「星は死んだら石になるけれど、現代、私たちは大方が骨になるので、星とあまり変わらないと言うアルバイトの男の子が、いるんだ」
 朝、お風呂に入りながら、くまは、仕事での話をしてくれた。
 ツインテールの女の子は見た目の派手さに反して、まじめな働きぶりをしていること。さいきん雇ったおじさんが、リストラされたときの苦悩を懇々と語ってくること。以前同僚だったひとに、赤ちゃんが生まれたこと。アルバイトの男の子は、ぼくと背格好も、年齢も近いこともあって、話しやすいのだという。
 ぼくは、濡れたくまの毛を指でつまんで、ぎゅ、ぎゅ、とひっぱってみた。もちろん、ひっこぬくつもりはないので、いたずら程度で、お遊びの感覚で。
 せまい浴槽のなかで、ぼくは、くまに抱えられたまま、身動きがとれないで、くまが、うで一本、動かそうものなら、湯がざぱんとあふれてしまうのだけれど、くまは、気にする様子もなく、ぼくをしっかりと、抱きかかえなおして、それからしばらく、ちゅっ、ちゅっ、と頬に、くちびるに、髪に、耳に、キスをするのだった。からだを洗ってしまっても、くまは、けものくさくて、それから、毛は、なんだかつるつるとして、ちいさな窓が白く光っているのは、太陽が昇ってきた証拠で、くまの首とも、肩ともとれる部位に顔を埋めると、けものぐさいのとは異なるにおいがして、もしかしたら、死んだ星のにおいなのかもしれない、と思った。
 石と骨って、だいぶちがうよ。
 ぼくが言うと、くまも頷いて、でも、こう続けた。
「かたさが似てるって。あと、表面が、ざらりとする感じ」
 骨にさわったことがないと、わからない感覚だね、それ。
「そうだね」
 くまの太いうでが、ぼくの腰をしっかりと抱く。
 浴室の、青いタイルが、なんだかとても美しくって、ぼくは、きょうもがんばろう、と思いながら、目を閉じた。

七時の蜜事

七時の蜜事

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-03

CC BY-NC-ND
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