日本マター(会議は踊りも進みもしない)

龍 佐秋

 東京都H王子市のごみ焼却場が、突如爆発した。ごみの排出をしていた市民、施設運営の委託先社員、市職員、雀、鴉、だんご虫、蚯蚓(みみず)、合わせて死者三人+二羽+二十匹、重軽傷十五人+三羽+四十二匹の大惨事となった。吹っ飛んだ炉には、真っ黒で光を虹色に反射する不気味な物体が残っていた。

 果たして事故の原因は、炉に残っていた物体だった。それは熱を加えると、容易に爆発した。しかも不思議な、またタチの悪いことに、爆発してもそれ自体は全く損傷せず、体積も質量も全く減少しなかった。
 焼却や溶解による処分は不可能と思われたので、埋め立てが検討された。が、結論は容易には出なかった。H王子市に限らず、東京都の区部以外のほとんどの自治体は、域内に埋め立て地を持っていない。日の出町の二ツ塚処分場に、いわばごみを「輸出」しているのだ。このような危険なものを持ち込むなど、とても許されることではない。
「うっかりさあ、混じっちゃったことにすればいいんじゃないの?」
 所長のS木が言った。S木は事故以来矢面に立たされ、一日五十回の土下座のしっぱなしですっかりヤル気を失っていた。
「今さら二ツ塚にも謝ったって同じでしょ、なあ?」
「所長、それはいくらなんでもひどすぎます。それに、そんな事できないのはご存知でしょう」
 係長のT沢が応じた。T沢の言う通りだった。謎の物体は、移動させても何故かH王子の焼却炉跡に戻ってきた。自衛隊のヘリからも、忽然と姿を消してしまう。
「分からない、分からない分からない分からない……」
 物体を移動させられないので、国から派遣された研究員のN崎がぶつぶつ言っていた。物体は移動させられないだけでなく、時々変なガスを出した。有毒な時もあれば、ただ(くさ)いだけの時もあり、ただの酸素の時もあった。それでも質量は減じなかった。
「そうだ、これはダークマターだ、可視化され、質量もあるダークマターで、ブラックホールの出口なんだ」
 自分に分からないことがあるということが分からないN崎は、とうとう滅茶苦茶なことを言い出した。
「まあさあ、それでいいんじゃないの? 物体の性質は」
 それでもS木がそう言えば、所長のお墨付きを得たことになる。科学と社会は別物である。
「でさあ、名前はどうするの、名前は? いつまでの謎の物質とか呼んでらんないでしょ」
「H王子で発見されたダークマターだから、H王子マターというのはいかがでしょうか?」
「やだよ! なんかウチの市で全部責任取れって事みたいじゃん! こんな手に負えない物、国のマターでしょ、日本マターにしてよ、世界初でしょ? 国レベルだよ」
「じゃあ、日本マターにいたしましょう」
 名前が決まると、急に愛着が湧くのは不思議な事である。日本マターは周囲に草一つ残っていない焼け焦げた炉の跡地で、夕日を虹色に反射していた。残ったコンクリート壁の影になった部分が深く深く、人の心まで吸い込んでいくようだった。H王子マターでも良かったかな、とS木は思った。
「一か月ぶりに帰りましょうか……」
 T沢にはまだ幼い子供がいる。目にはくまが浮かんでいる。シャワーにも入っていない。
 久しぶりに、虫が鳴いていることに気が付いた。宵の明星が、日本マターを覗き込むように瞬いている。

 しかし、不思議なことである。日本マターはごみとして出された。ごみは元々、人に使われていた物である。
 処分のことだけ考えて、何の役に立つのか考えないとは、全く不思議なことである。

日本マター(会議は踊りも進みもしない)

循環型社会って何でしょうね。

日本マター(会議は踊りも進みもしない)

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-02

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