Fate/Last sin -31
「ライダー! ライダー!」
何度も呼ぶ自分の声は掠れていた。冬の午前の薄い陽が差し込む、教会の裏の雑木林で、ラコタは必死に礼拝堂に向かって走る。念話のパスはまだ繋がっているが、突如として現れた謎の黒いサーヴァント五騎に対して、ライダーが劣勢なのは否が応でも感じ取れた。
『来るな! 小僧一人来て何になる!』
しわがれた、冷厳な声が脳に重く響く。それでもラコタは脚を止めない。
「僕は――――」
先日の雨で濡れそぼった落ち葉を蹴りながら、ラコタは耳元の羽飾りを引き抜いた。
「自分の見ていないところで何かを失うのは、もうたくさんだ!」
キイィン、と鋭い金属音のような音が脳天を突きあげるように聞こえた。礼拝堂の割れた窓ガラスが陽の光を反射して、きらめいている。音はその中から聞こえたのだ。
「flying――――!」
ラコタは躊躇うことなく、引き抜いた耳飾りを二本、窓の中へ投げ込む。二枚の小さな羽はすぐに白く光る巨大な鳥となって、窓から礼拝堂の中へ滑り込んだ。
「小僧!」
ラコタが窓枠を飛び越えて暗い礼拝堂の中に入ると、黒い弓兵のサーヴァントと対峙していたライダーが、ラコタの方を見て、虚を突かれたように目を見開いた。その隙を狙って、その真後ろに立っていたセイバーと思われる影が、素早く長剣を振りかぶった。
だが影セイバーは、上から鉤爪を振りかざして舞い降りてきた白い巨鳥にあっけなく蹴り倒され、その背に深く鋭い嘴を受ける。タールのような黒い液体が噴き上がり、巨鳥が翼を羽ばたく毎に大きな羽が舞い上がった。
「僕一人、増えても、たかが知れていますが」
ラコタは息を切らせて、更にもう一本の白い羽を引き抜いた。もう残っているのはわずか二、三本だ。それでも彼は躊躇う表情を見せない。
「それでも、僕は貴方のマスターだ。自分のやるべきことは、自分自身で決める」
白い光の鳥が、ほとんど礼拝堂いっぱいに翼を広げて大きく鳴いた。その爪と、嘴と、巨大な体躯で、次々に影のサーヴァントを蹴散らしていく。
「……」
ライダーはその様子を見て、自分の血に塗れた手袋をした手で軍帽のひさしを少し下げた。日本刀を鞘に納め、軍靴を鳴らしてマスターの方へ近づく。十分近づいたところで、ライダーはおもむろにラコタの肩に手を掛けた。
咄嗟に身体を強張らせたラコタの両目を見下ろして、ライダーは言う。
「………女子供は、戦争など出る幕は無いと思っていた」
ラコタはわずかに顔を引きつらせた。
「だが認識を改めよう、ラコタ・スー。お前は護るべき弱い子供ではない」
ライダーはラコタの肩を掴む手に力を込めた。ラコタは、急激に消費した魔力の反動でふらついたが、ライダーを見上げる目だけは離さなかった。低く重い声が続ける。
「ここが正念場だ」
「……はい」
そのとき、光る巨鳥がひときわけたたましい鳴き声を上げた。見れば、両眼に影アーチャーの太い鉄矢が何本も刺さっている。見えない血を流して、鳥はもう一声叫ぶと、胸に影セイバーの剣を深々と受けて、パッとただの羽毛の塊に戻った。
ライダーが白鞘を抜いた。
その瞬間、全身の魔力回路から勢いよく大量の魔力が引き抜かれ、ラコタは思わず呻いて床に膝を突きかけた。
「堪えろ! 儂のマスターならば!」
「――――ッ……」
体の先から鉛になっていくようだった。ラコタは必死に声を噛み殺し、前に立つライダーの背を見据える。さらにその先には、荒れた礼拝堂と、未だに飄々とした体で立つ五騎のサーヴァントがいる。その全てが、魔力の渦によって引き起こされる地響きのような揺れによって、震えている。
次々に流れ出す魔力に、いよいよ気を失いかけた時、ライダーの重く低い声がいっそう質量を持って響いた。
「――――皇国の興廃は此一戦に在り。
天上菊花、永、若葉、我が旗艦に依って敗戦無し。
臣民たる我等、海上の虚国に恐れを知らず―――」
その言葉の重さは、それまで彼が聞いたことのあるどんな言葉も―――或いは先生の言葉ですら凌駕するほどだった。ラコタは激しい地響きに揺さぶられながら、先生のかつての言葉を思い出した。
『それが果たして聖遺物と言っていいのか、ましてや英霊召喚の触媒になどなるかは疑問だが、せめてもの餞別として君にあげよう。だが注意してほしい。もしその触媒で英霊を召喚できたとしても、その英霊が最強とはまず言えないだろうから』
今なら、その言葉の意味が分かる。ライダーは、英霊として召喚されるには新しすぎた。他のどのサーヴァントと比べても、時代も、信仰も薄すぎる。
けれど先生は、最後にこう付け加えた。
『だが、もし本当に彼を召喚できたとしたら、君の向かう国において、他の何よりも強いサーヴァントになれるだろう。なぜなら彼は――――』
ラコタは鳶色の目を見開いて、激しい魔力の奔流に髪と服を煽られながらも、彼の背を見た。
「天気晴朗なれど波高し。各員一層奮励努力せよ―――『三笠に続け、丁字戦法』」
ラコタ自身から流れ出ていった数十倍もの魔力が、礼拝堂の中に渦巻いている。その魔力の奔流は五騎の実体を引き裂かんばかりに暴れ狂った後、突如として辺りは静寂に包まれた。
見上げると、鉛色の空がある。
「これは―――」
ラコタは目を疑った。先程まで礼拝堂だったはずの空間は、鉛色の曇天と、濃灰色の海と、巨大な戦艦の甲板になっている。ライダーの姿を探して目線を右往左往させていると、不意に船が大きく揺れ、冷たい波しぶきが甲板にまで降り注いだ。
「固有結界……?」
以前、ランサーも似たような宝具を使っていた。だがこれは、余りにも規模が違う、とラコタは肌で直感する。
魔術で編み上げられた世界、というには、何もかもが現実的すぎた。まるで世界のすぐ裏にいつもこの濃灰色の大海があって、ライダーの詠唱によってそれが鯨のように現実を飲み干したかのようだった。
「マスター」
しわがれた声に振り向くと、すぐ後ろにライダーがいた。曇天の薄い光を浴びて、胸元の勲章が鈍く光っている。
「ライダー、これは」
「儂の固有結界だ。よう堪えた。見ておけ」
衣擦れの音を立てて、ライダーが素早く右腕を振り上げ、無言のうちに振り下ろす。その瞬間、戦艦がぐわりと旋回を始めた。次いで、すぐ目の前にあった砲台が轟音を立てて海のある一点へ向けられる。その点には、別の黒々とした巨艦が海上で揺られていた。
「撃ち方、用意―――」
「はじめ!」
次々に砲台が火を噴き、猛スピードで海上を進むラコタとライダー達の戦艦はあっという間に黒い巨艦の上を火の海にした。揺れる船上で、ラコタは潮風で海に投げ出されないよう鉄柵に掴まり、錆と潮の匂いに眩暈を起こしそうになる。
「あのバルチック艦隊が、この宝具においては影のサーヴァント五騎と同等の概念となっていると考えていい」
未だに砲台が轟音を立てているにもかかわらず、ライダーの声はラコタの耳に自然に届いた。ライダーは柵にしがみつくラコタに手を差し伸べ、意外なほど強い力でラコタの身体を立たせる。
「ライダー、これは……」
ラコタは信じられないといった目でライダーを見上げた。荒波と砲台の轟音とが綯い交ぜになる甲板で、ライダーは顔色一つ変えずバルチック艦隊と呼んだそれを眺めている。
「その気になれば、この海をどこまでも広げられる。未だ健在のセイバーも、アーチャーも、聖杯すら……」
ライダー――――この国において最も高名な海軍元帥、つまり東郷平八郎は、そう呟いた。
「じゃあ……」
ラコタはライダーの袖を引いた。けれどその時向けられた目に、思わず口をつぐむ。
「……この海はあまりに死を生みすぎた。戦争をして勝てば英雄だと称えられる。だがこの前の戦争でも、この後の戦争でも、何人も犠牲は出た。敵も味方も問わず、海に沈んだ人間の魂は、彷徨をやめられはしないのだ。
儂はそれら全ての償いを未だに終えてはいない」
「……だから、聖杯を?」
彼方に、黒煙を上げて沈む敵国の艦を見ながら尋ねる。風を切って進んでいたライダーの艦隊はいつのまにか速度を落とし、凪いだような海面の上を滑るように進んでいる。
沈黙を守るライダーの顔を見上げようと振り向いた時、不意にそのライダーが険しい声を上げた。
「待て。――――何だ、アレは」
ライダーの目は、沈みゆくバルチック艦隊の方角へ向けられている。その視線を追ってラコタも海上を見た。
「あれは――――」
黒煙ではない何か、微かな揺らぎのような煙が、巨艦の上から立ち上っている。
それは次の瞬間、爆発的に質量を伴って侵食を始めた。黒と、乾いた血のような褐色とを綯(な)い交ぜにしたような―――液体とも個体ともつかない物質が、巨艦を踏み台にするかのように増殖し、海面を舐めるように世界を塗り潰していく。
「なッ……!」
ラコタは初めて、ライダーの狼狽した声を聞いた。
「儂の……結界が……喰われている――――」
言うやいなやライダーは甲板を蹴り、目にもとまらぬ速さで艦上からバルチックへ跳んだ。樫の木のような手には白鞘の刀を握り、血走った眼を黒い侵食者に向ける。
「ライダー!」
マスターの声も遥か後ろに残して、単身、炎を上げるバルチックの残骸の上に立ったライダーは、ただ唖然とした。
「貴様――――――」
頬を掠めて立ち上がる熱気と、増殖する黒い泥の中心に立っていたのは、汚れ一つない真っ白なカソックに身を包んだ、監督役の神父だった。
「良い宝具だ。期待以上だよ」
腕に陶器人形のような金髪の女を抱え、神父―――否、アスクレピオスは薄く微笑んだ。溢れ出る泥海をものともせず、意識を失っている女を軽々と抱えたまま、一歩、艦の上を進む。
ライダーは白鞘から躊躇うことなく刃を抜き、神父の首を横一文字に切り落とした。
だが、彼の首が落ちることはなかった。斬られた傷など初めから無かったかのように、首は胴の上に居座っている。
「つまらないことはやめてくれよ」
アルパは紫水晶の目を冷淡にライダーへ向け、つと顎を動かす。その瞬間、足元に淀んでいた黒い血のような泥が、太い縄のようになってライダーの両脚へ絡みつき、残骸へ括りつけた。
「……ッ」
「さあ誕生の儀式だ。五騎目の英霊の魂が注がれたら、この海は聖杯のための胎盤となって現実世界に翻って現界する。これだけの規模の魔力構造体が手に入るとは思わなかった。ライダー、貴殿に感謝しているよ」
ライダーは皮膚に血管を露わにするほど身をよじりながら、深い皺の刻まれた顔を歪めた。
「ここで、儂を殺すとでも?」
アルパは首を振った。
「それは無理だ。ここはあなたの世界。あなただけの固有結界内で、あなたを殺せるわけがない。最強の魔術基盤と知名度補正に裏打ちされた結界なんて、この泥でもなければ傷すらつけられないだろう」
「……ならば……」
「そう。もっと確実な方法がある。あなたにそれが分からないわけないだろう?」
ライダーは脳裏に掠めた予感に、目を見開き叫んだ。
「やめろ!」
パアン、と空砲のような乾いた音が、黒い平原へと塗り潰されつつある海原に響いた。
「―――――え」
その少年は、最初、何をされたのか分からないという顔をした。
「……い、」
それから胸元に溢れだした真っ赤な血を両手で拭って、それを天にかざす。震える両手を映した瞳孔はすぐに緩み、彼は次の言葉を紡ぐより先に、潮の吹きつける甲板の上に前のめりに倒れる。
その一部始終を、錆びた柵に背をつけて、空閑灯は見ていた。
「これでいいのでしょう?」
灯は、魔力を放ってラコタの胸を撃ち抜いた右手をひらひらと振って、海上のアルパに合図をする。だがその口元は、今にも綻ぶのを止められないといったふうに震えている。
「儀式を、もう少し手伝う必要がありますね」
足元を激流となって通り過ぎていく黒い泥を楽しげに撥ね散らかしながら、彼女は恍惚とした微笑みを浮かべた。
*
眼前で、ライダーの亡骸が黒に塗り潰され、即座に周囲の泥と同化して消える。
その時、アルパの抱えたクララの身体が、大きく震えた。激しい熱を出した子供のように、細い彼女の肉体が暴れ出し、もう自分の意識では開かれることのない瞼が突如として開く。
「……ああ……」
周囲はとっくに、曇天の大海原から、黒い肉と血のような泥に囲まれた醜い結界へと変貌していた。アルパは見えない空を見上げ、クララの存在など忘れたように腕を下ろす。悪意と呪いの結晶ともいえる、その泥溜まりに堕ちた彼女の胸元が裂け、内側を曝け出すように開きながら泥の塊へと変化していく。
やがて、渦を巻く黒泥の海から、眩く輝く、穢れのない黄金の杯が姿を現した。
「ああ―――――」
ずぶり、と深く、踏み出した足が沈み込む。
灯は黒い呪いの泥と数多の血に塗れた上着の裾を握って、一歩、また一歩と、泥の海を、輝く黄金の光に向かって脚を進めた。
「あれが、聖杯―――」
また一歩。
「あれが―――」
また、一歩。
とうに失った全てのものを、数えるように思い出しながら。
「―――父上、母上。叔父様、叔母様、従兄弟たち。女中さん、お弟子さん、それから、ええ、それから―――」
あの屋敷にいた全てのひとを思い出しながら。
輝く聖杯の麓まで辿り着くと、そこで待っていたアルパと目が合った。
「マスター」
彼は目で促す。灯は、泥の上に精一杯の背伸びをして、呪いと、穢れに満ちた両手を聖杯に伸ばす。
その万能の杯は、溢れんばかりの光を空閑灯に注ぐ。
*
「なんて、上手い話があるとでも思ったのかい?」
嘲笑するかのような声が聞こえたのと同時に、聖杯に向かって差し出した両手の十本の指が、一斉に血を噴いた。
「―――――え?」
灯は困惑して、両方の手のひらを見る。だが次の瞬間には、肺から溢れて気道をせり上がってきた血を泥の上に吐き出していた。
「ええ、っと―――?」
膝から崩れ落ちた灯と目を合わせるように、アルパが目の前でしゃがみ込み、うっすらと笑った。灯の脳内に、焦燥が一斉にあふれ出す。
「私、わたし、うそ、違う―――油断なんて、していませんでした、―――ほんと、に」
薄れていく意識を手放さないよう必死に目を開きながら、灯は至る所から鮮血を噴き続ける自らの身体を抱きとめる。
「うそ、ちがう―――」
「君と契約するときに仕掛けた、神代の魔力の制御式を一方的に外したよ。思ったより、聖杯を見て油断してくれて助かった。君の遺骸はライダーと同じように、この儀式の最後の贄にするから安心してくれ」
「―――――だめ、ま、だ―――――」
ずるり、と黒い泥が蛇のように灯の四肢へ巻き付いていく。口を塞がれ、身体を押さえつけられ、徐々に泥海の底へ引きずられて行きながらも、灯は必死に身をよじって、天を見る。
そこに空は無かった。ただ小さい粒ほどに遠くなった金色の光が、頼りない星のように見える。
「母さ―――――」
灯が母から教わった歌を思い出すより先に、彼女は完全に泥の中へ姿を消した。
*
視界の端に、何か見慣れないものが映った気がした。
「……?」
セイバーは満身の力を込めて引いていた、空を駆ける馬の手綱をより一層強く引く。そうでもしなければ、不可視の魔術を掛けたまま黒馬は天の果てまで飛び去って行きそうな勢いだったからだ。首が反るほどくつわを噛まされた馬は、大通りが貫く市街地のひときわ高いビルの屋上で蹄を鳴らして止まった。
「どうしたの?」
背後から、不安げに楓が尋ねる。セイバーは手綱を手繰って、馬上から南、つまり湾岸の見える方へ馬を向けた。
「あそこに何か見えないか?」
「んん……?」
真冬の昼間、薄曇りで日差しもぼんやりとしているせいで海の方角は見とおしが悪かった。楓はしばらく唸っていたが、セイバーの目はすぐにその異変を捉える。
「黒い―――」
言いかけて、セイバーはすぐに口を閉じた。楓は何か尋ねようとしてセイバーを見上げたが、楓も不意にその異様な雰囲気を感じたように体を強張らせる。
「……な、何だろう、この魔力は……」
「おかしい。今は昼間のはずだ。俺の時代から、魔術の類は夜に蔓延るものと決まっている。だが、これはあまりにも―――」
慎みがない。
セイバーはそう吐き捨てて、馬上から素早く降りて剣を抜いた。主を失った馬は、即座に霧散する。湾岸の方から隠れることもなくやって来る違和感が、二人の肌を粟立てている。
その時、突然、空に幕を引いたように周囲が闇に包まれた。
「!」
闇の中で、空気が震えている。地響きにも似た唸りが、地中から、海から、空気を通して響いている。不慮の事態に、眼下の大通りからいくつもクラクションや悲鳴が湧いた。
「楓!」
セイバーが楓の腕を引くのと、海の上で何かが轟音を上げて爆発したのがほとんど同時だった。セイバーは咄嗟にマントの下に楓を引き入れ、片手で剣を構えて風見湾の方を見据える。だがそこにあったのは、常識を遥かに超える光景だった。
「あれは――――」
海水を蒸発させながら、黒く巨大な柱のようなものがゆっくりと頭をもたげるように立ち上がった。
一瞬にして夜の帳が落ちた空に『頭』が届きそうなほど巨大なそれは、徐々に正体を露わにした。丸い頭部があり、その下に首、肩の曲線、豊かな胸、肉のついた腹部――その黒い皮膚は純粋な魔力体であり、表面にはいくつも浅葱色の亀裂が走っている。腰から下を海水に沈めた、女体のように見えるそれは、おもむろに浅葱色の双眸をセイバー達の方へ向けた。
「……ッ」
理解の追い付かない事態に、流石のセイバーも一歩退いた。背後から顔を覗かせた楓が、声を呑んで、すぐに息を殺す。
「セイバー……! あれを!」
楓が指で示したのは、緩慢ながらも街灯や照明の灯り始めた眼下の街並みだった。見下ろしてみれば、それまで何の変哲もなかった大通りの上に、うっすらと光の筋が刻まれているのが見える。それは街のあちらこちらに点在し、微かにしか感じ取れないが、確かに魔力を帯びていた。そしてその筋は、複雑に他の光線と交わりながら、海の方へと向かっている。
風見市全体に魔方陣が敷かれているのだとセイバーが気付くのに、そう時間はかからなかった。
「……あり得ない。あれは――俺の時代の巨人種ですらない。規模が違いすぎる……!」
グレーの瞳が海上のそれを見上げて震えた。黒い巨人のような何かは、ただ静かにセイバー達を見つめている。と思った瞬間、
「 !」
彼女は、声も音も無い叫びをひとつ上げた。
Fate/Last sin -31